006-010
遊魔としてまだ完全な羽化を果たしていないフェイベルは遊魔椅子からたちあがって、初めて眼にする主人に対して深々と頭を下げる、アーグルにお辞儀の習慣は存在しないが、この行動こそが魔進化成功の証ともいえる。
対してダインは立ち上がってフェイベルに右手を延ばすと、フェイベルはその手を取って片膝立ちになると手の甲に口付けをする。
ダイン 「これは驚きました、騎士に忠誠を誓われている様ですね」
フェイベル 「勿論です、私の主人は今日以降ダイン様しか存在しません、ご自由にお使い下さい」
リレッタ 「見上げた忠誠心ですね、マギクランとは上下関係に厳しいんでしょうか?」
フェイベル 「そういう事は有りません、ダイン様に心酔するのは私個人の感情です、遊魔に招かれた喜びは言葉だけじゃ言い表せません」
ダイン 「愛情に上下なんて有りませんよ、全身全霊の愛情表現が迷惑になる時も有りますからね、その点遊魔の愛情表現の上限には限界ラインが設けて有ります」
リレッタ 「何だか初めて聞く話ですけど」
ダイン 「まぁ種族全体的な縛りですからね、意外と気付かないと思いますよ」
ファイベル 「なるほどこの溢れる感情がちゃんと身体で表せないもどかしさは、予めダイン様が定めていた距離という事ですね」
リレッタ 「確かにそういうのが無ければ、遊魔はもっと殺伐とした状態に陥るでしょうね、でもそういった準備を怠っていないのもダイン様らしいです」
ダイン 「私は悪い事態を想定する事が得意なんですよ、だからこそ色々と小細工してるんですよ」
リレッタ 「行き当たりばったりな事も多いですけど、でも、ダイン様が直感で行った事って良い方に転ぶ事が多いですよね、トルポが良い例だと思います、トルポに関して隠してる事有りますよね?」
ダイン 「それはリレッタにだって有るじゃ無いですか、繋がっていて公じゃない事は大切ですよね」
リレッタ 「確かにそうなんですけど、ダイン様は予測出来ない事しますから、不安なんですよ、最近はナナ姉様もそうですし」
リレッタは遊魔社会自体の変化も明確に読み取っていた、遊魔最古参の七実はリレッタが出会った頃に比べてダイン気質が増している様に思えるのだ、そしてそれは七実だけに限った事では無く、創造に優れた遊魔達がより自由な意思を持ち始めた感じもする。
その一例が昨日の夕食であり、本来希少な獲物を手に入れた遊魔が自らの意思で料理など始める事は考え難い事だった、だが、リノールとシノールはダインの為に耳長料理を作ってダインの帰りを待っていたのだ。
ダイン 「やはりリレッタは鋭いですね、ならその直感を自分のやりたい事に反映してみてはどうでしょうか、リレッタなら私の好みも読み解いているでしょうから」
リレッタ 「そう言われてましても難しいですよ、私には強みが無いですから」
ダイン 「そうは見えませんが、フェイベルは遊魔の為に出来る事が有りますよね?」
ダインは新参のフェイベルに創造を促す事でリレッタにプレッシャーを与える、ダインの中でのリレッタの評価はリレッタが思っているよりも高い。
フェイベル 「もちろんです、遊魔の力ならば限界で諦めていた事を何だって出来そうに思えます、遊魔の為になるかは解りませんけど、やりたい事が浮かび上がって来ます」
ダイン 「それは楽しみですね、遊魔の魔術は発展途上なので期待していますよ」
ダインのフェイベルへの期待にリレッタは惨めな思いを抱いてしまう、だが、逆境に陥った時に頭の回転が良くなるのが遊魔の性質でもあるのだ。
フェイベル 「では、ダイン様に一つお披露目したい事があります、フェイベルの遊魔としての再誕をお楽しみ下さい」
そう言ったフェイベルの身体は宙に浮き上がると、羽化を演出する為のポーズを作り出す、浮遊魔術自体は遊魔でも確立された魔術だが、自身を演出する行為にフェイベルの自信が現れていると言っていいだろう。
ダイン 「私の描く美に自らの思う美を加えるわけですか、再誕から私の美との共演を計るとは、嬉しすぎる演出です」
リレッタ 「もう、こんなに遊魔を理解してるなんて凄い娘ですね」
フェイベル 「マギクランでは魔族の研究もされてますから、人体により多くの魔力が扱える様にするならば、見た目の変容が起こるのは仕方ない事ですから、でも遊魔って人に完全擬態出来るほど進んでますよね」
ダイン 「人間と共存した方が楽ですからね、それに殆どが人間の生活圏で過ごしていましたから」
リレッタ 「確かに普段やってる事は劇的には変わってないかも、耳長は別でしょうけど」
フェイベル 「本当に耳長も遊魔に加えているんですよね、岩喰いからの情報で混沌大陸に居るとは聞いてましたけど・・・」
ダイン 「その情報は古く無いですか若い世代は東方大陸に移住してますよ、遊魔と接触したのはその移住した耳長達です、この世界も球体状をしている様で人類大陸と耳長の移住先は意外と近いんですよね」
フェイベル 「ダイン様はこの世界に来てまだ一年も経っていないのに、そんな事まで知ってるんですか」
ダイン 「遊魔は不安定な位置に有る種族ですからね、この魔族の様な姿が現状で発覚してしまうと人類から拒絶される恐れがあります、そういった事態に陥らない為にはこの世界の多くを知る必要があります」
フェイベル 「それを自らで実践する為にこの島にいらしたのですね?」
ダイン 「いや、他に試したい事が有ったと言った方がいいですね、まぁマギクランに興味は有りましたが、そしてその直感は間違っていなかった様です、まさか私に近い考えの者がいるとは・・・」
フェイベル 「マギクランの産み出したマギユメーヌは遊魔ほど優れてませんよ、魔族の出来損ないの様なモノです」
リレッタ 「あの、マギクランって勇者ルーフィンについて何か掴んでいるんですか?」
フェイベル 「他の二人より劣った勇者の事ですよね、騎士としての才覚に欠けて魔術を学んでいるとか」
ダイン 「灯台下暗しという奴ですね、ルーフィンは魔王ザキトスの後継者ですよ、もっとも私が遊魔にしちゃいましたけどね、ザキトスは人の形態を取れる魔族を産み出せていた様ですが、マギクランに情報は有りますか?」
フェイベル 「私が遊魔で無ければ震え上がる情報ですね、ですが思い当たる事は有りません、魔族関連で強いて言うなら、半年ぐらい前からマギユメーヌが大きく進んだ様なんですよ、ダイン様が召喚された後ですね」
ダイン 「魔龍が活性化した時期と重なりますね、そしてその時期は私がルーフィンを遊魔へと迎えた時期なんですよ、魔龍は偶然だというのが私の推測でしたが、二つが重なっているのは何かしらの原因が有るかも知れませんね」
ダインが得た情報を整理していた時、突然に爆音が響いてフェイベルの隠れ家が暴風に曝されて大きく揺れる、ダインが忍び込んだ時の天候は薄雲が掛かる程度で暴風が吹く様な気象条件では無かったのだが、外で何かしらの異変が起こったのだろう。
そして、外で見張りをしていたラフォリアから、緊急で強い思念が遊魔達に伝えられる。
ラフォリア思念 『上空から魔龍が現れて火球を放ちました、郊外に落ちた様ですが炸裂して突風が発生しました』
唐突な報告にもダインは冷静で直ぐに指示を下す。
ダイン 「取り敢えず避難すべきですね、深い坑道が安全だと思われますが・・・」
フェイベル 「この家には坑道への隠し通路が有ります、そこに逃げるのが得策だと思われます」
ダイン 「なら準備をして下さい、ラフォリアは私が呼び寄せます」
リレッタ 「フェイベルの服は拝借してもいいですよね」
ダイン 「出来るだけ坑道に持ち込みましょう、昼間から全裸は怪しいですから」
遊魔思考は裸でも取り敢えず逃げる事を選択した、服は安全な所で着るべきという判断で、逃げる事の迅速さは遊魔の思考の中で最優先されている。
フェイベルは素早く床に降りるとダインを引き寄せる、そして怪力で重そうなベッドを縁を持って九十度傾けると、開けた床に扉が設置されている。
ダイン 「ベッドの下に通路を隠しているとはやりますね」
フェイベル 「本当は魔術で浮かせて入るんですけど遊魔の腕力なら余裕ですね」
このやり取りの間、リレッタは素早く着替えを済ませて、ラフォリアは部屋に合流する、ダインもリレッタに感覚されてズボンだけは履いたが、続いてフェイベルが床の扉を開けるとそちらに意識が向いてしまう。
フェイベル 「私が先導しますので続いて下さい」
ラフォリア 「ならラフォリアが殿ですね、後ろの護りは任せて下さい」
フェイベル 「魔龍相手じゃ直ぐに消し炭ですよ」
ダイン 「一応、対火炎の魔術は組み上げてますが、試していませんので何処までの効果が有るかは解りません、ですが無いよりはある方がいいでしょうから、共有知識に加えておきます」
フェイベル 「ダイン様は魔術の創造までなさるんですか、人智を遥かに超えてますね」
ダイン 「褒めても今はご褒美は与えられませんよ、安全圏への退避が最重要です」
フェイベル 「もちろんです、フェイベルの後に続いて下さい、ですが魔龍が着地すれば坑道が埋もれてしまうんじゃないですか?」
ダイン 「その心配は低いでしょう、魔龍の身体はああ見えても軽いんですよ、もっとも耳長魔龍の話ですが、飛来した魔龍は私の創造物では有りませんしね」
リレッタ 「もし崩落したとしても、遊魔形態なら耐えられるんじゃ?」
ダイン 「そうですね、順次遊魔形態で潜入しましょう、フェイベルの晴れ姿を楽しめなくなりましたが、今は身の安全が第一ですからね」
既に坑道に潜入しつつあるフェイベルの身体は、羽化を始め遊魔部位が急速に成長して行く、フェイベルのせめてもの救いは二番手がダインだった事で、変容の進行を間近で見て貰う事はフェイベルにも思い出に残る時間となっていた。
だが、今のフェイベルはより先により深く進む必要がある、魔進化によって与えられた角はセンサーの役目を果たしてより詳細に坑道の状況を伝えてくれる。
探知出来る範囲で危険となる状況は確認出来ず、明りを灯していない現状でも坑道を見渡す事が出来る、ならば記憶を辿ってより安全そうな所まで、ダイン達を導くのがフェイベルの使命である。
坑道では音の伝わるが鈍く外の状況は解りづらいが、時折起きる振動で坑道の天井から土が落ちる事も有る、遊魔達は不安を感じる状況の中でも歩を止めずに市街地の地下から退避して行く、幸い坑道内での揺れは殆ど無くなり、その事が安全圏に近付きつつ有る道標ともなっていた。
ダイン 「だいぶ揺れも感じ無くなりましたね、地上の状況を確認してみたいですが」
フェイベル 「それは直ぐには不可能ですね、大分下に降りましたから、一応隠れ家の方に近付いている筈ですが、合流が最優先ですよね?」
ダイン 「そうですね、魔龍への偵察はリノールとシノールに任せるべきでしょうね、いくら遊魔が強靭な身体でも魔龍相手に勝てるとは思えませんし」
リレッタ 「ダイン様には奇策があるじゃ無いですか、魔龍相手の策も想定してますよね」
ダイン 「ユーマ本国なら手は有りますが、ここじゃ無理ですね」
ラフォリア 「ですが、リノールとシノールをお供に選んだ判断は流石です、まさかこの状況まで予期していたんですか?」
ダイン 「魔龍が人類と同等以上の知性を持つ事は推測してましたから想定はしていました、問題は魔龍が遊魔の存在を感知していたかですね」
リレッタ 「確かに自分の存在を誇示するかの様な行動でした、ですが街を焼く意図は無かったと思います、もっとも爆風の被害は出てましたね、火球が着弾すると大爆発が起こってました」
ダイン 「口から火炎を吐いたのでは無く爆発する火球ですか、俗にいうドラゴンのイメージとは異なりますね、リノール魔龍は火を吹いてましたが、構造的には可燃性の高い脂を噴霧して火を付けているんですよ、氷結のシノールは熱を奪う魔術ですから真逆の効果に見えて全く原理が異なります、双子で遺伝子的には同一ですが魔龍化では別能力を得るんですよ」
一先ずの安心を得たダインは状況に対する見解を語り始める、通常の人間なら呆れられる行為では有るが、ダイン流の思考に染まった遊魔には興味深い話でも有り、各々が飛来した魔龍に関する見解を語り出す。
フェイベル 「フェイベルは実際の魔龍は見た事有りませんが、マギユメーヌが人の形を維持できないのは魔力量と為だという見解が有りました、男性の場合は魔力量に関係無く異形化が進みましたが、女性は変容度と魔力量は比例してましたから」
ダイン 「ルゥから聞いた魔族の特徴とは異なりますね、マギユメーヌはザキトス魔族とは別種の存在な訳ですか?」
フェイベル 「そこまでは解りません、フェイベルが見たマギユメーヌは数人ですから、同期でマギユメーヌの実験に使われた者もいます、ラシカという名の落ちこぼれでしたがフェイベルより魔術の行使が上手くなっていました」
ラフォリア 「あのラシカがですか、あの娘熱魔術にも苦労してましたよね、魔力は高かったですけど」
ダイン 「熱と回転は魔術の基礎ですからね、で、そのラシカという娘は処女なんですか?」
リレッタ 「何というか流石ダイン様ですね、一番に尋ねる事がそことは」
ダイン 「魔進化させればマギユメーヌに関しての情報も得られますからね」
フェイベル 「フェイベルが会った時は純粋魔力を維持してました、空を難なく飛んでいましたから、因みに遊魔に加えても遜色の無い美少女ですよ、男性のマギユメーヌはケダモノという話ですから」
ダイン 「男が高い魔力を持つと理性を失うんでしょうか、一部例外は有る様ですが」
リレッタ 「ザキトス魔族も男性は初期だけですから、魔族化しても魔力よりも体格が肥大化して行く様ですね」
フェイベル 「マギユメーヌもそう言ってました、ダイン様みたいに男で高魔力を持つ事は難しい様です」
ひと段落着いて話し合いをしていていたその時、今までに無い揺れが坑道を襲う、かなり深部まで降りたダイン達でも十分に感じる程で、上でかなりの異変が起こったと思われる。
ダイン 「一先ず合流を急ぎましょうか、状況によってはリノールとシノールを頼るかも知れません」
状況の変化にダインも戦力の集結を急ぐ事にする、実際に魔龍の姿は見ていないがリノールとシノールの二人掛かりならば、混沌の魔龍にも勝てるとダインは想定しているからだ、だからこそなるべく早く最大戦力を手元に置いておきたい。
おまけ
マギユメーヌ マギクランが研究している魔力強化体、フェイベルは魔族の出来損ないと表現したが厳密には全くの別物で、ザキトス魔族や遊魔の様に魔力コントロールを司る細胞を外部から与えるのでは無く、人体自体に魔力コントロール細胞を生み出させる事によってより高魔力で魔術行使に長けた存在を産み出すのが目的だ。
長年研究が続けられていたが、余り成果を上げていない研究ではあったがちょうど半年ぐらい前から劇的に研究が進んでおり、試験個体数名がここ半年の間に生み出されている。
優秀とはいえないマギクラン養成所の出身者を実験体として使っており、ラフォリアとフェイベルの同期生のマギユメーヌも存在している。
研究を統括しているのは魔族であると言われている研究であり、詳細はマギクラン関係者であっても殆ど知らない、フェイベルは過去を知る実験体と偶然出会った為にその存在を認識したが、魔族の出来損ないと思ってしまうぐらいに詳細については殆ど知らない。
基本的に最も実用性の高い純粋魔力の増大を念頭に置かれている為に実験体は全て処女である、高い純粋魔力を有している為に騎士としてフーティアやザガルバで実験を行っている者も存在していて良好な結果を出している。
レボトが再起の地としてレブナン島を選んだ理由の一つに、マギユメーヌ騎士に期待したという理由もある。