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魔女エレナはカエルの使い魔となったラーナを無造作に掴んだまま、帰路へとついた。
無造作に鷲掴みな上、ラーナの視界やら平衡感覚やらを気にせずに普通に腕を振って歩くものだから、ラーナの今の体の大きさに反してダイナミックに景色が動くせいで、頭がぐるんぐるんと、気持ち悪くなりかけた。
そんな劣悪な視界の中、顔を上げれば魔女の家の前に子供程の小さな羽付きの影が浮かんでいるのに気がついた。
その影は、エレナが近付いて来るのに気付くと、手に持っていたのを両手で持ち上げながら背中の翼を羽ばたきながら近付いてきた。
身長は1mほどで、赤褐色のツルツルの肌に頭に角と背中に翼の生えた、インプ、と呼ばれる一般的な小悪魔だ。
ラーナが魔女の家に侵入を果たした時、魔法の網で捕らえて行動を封じた、あのインプだった。
おそらく、ラーナにとってこれから『先輩』となる使い魔の一体なのだろう。
エレナが何体と使い魔契約しているかは知らないが、家に置いてある辺り、お気に入りか何かかもしれない。
その近付いて来たインプが両手に持っているのは、四角くて透明なケージ…底には、半分が水場、半分は土が盛られて、如何にも小動物をケージに入れて飼います。といった感じだ。
それを持つインプが、ニタァ、と、エレナの手の中に囚われたラーナを見て、牙を見せて笑った。
「ケケッ、カエルだ。カエル。オマエのスガタ、カエル。ザマミロ、ザマミロ」
ラーナはギョッとして、背筋を使って体を反らし、少しでも上を見れるようにしてインプを見上げた。
笑われた事でも、ザマミロと言われた事でもない。インプからしてみれば、突然現れた侵入者に突然縛られて動きを封じられたのだから、言いたくもなるだろう。
『言葉が分かる事』に驚いたのだ。
だが、考えてみればこのインプはエレナの使い魔であり、ラーナも現状はエレナの使い魔である以上、魔力的なパスか何かで意思疎通できるのかもしれない。
「マジョのイエ、カッテにハイッテ、オレ、シバルからコウナル。ザマミロ、マヌケ」
「ふーん、それじゃ、そんな私にあっさり縛られたアンタは大間抜けねっ!」
愉快そうに飛び回って笑うインプに対し、ラーナは声を上げて言い返してやる。
「ナンダトッ! オマエ、ナマイキ! イキナリヤッテキタクセに!」
「真正面からやったって、アンタなんか100回やっても勝てないわよ!
大体、悪魔の癖に『正々堂々〜』だとか言い出す気? 小狡い事が好きなインプの癖にっ!」
「ナラ、イマスグショウブだ!」
「えうっ……!」
今すぐ勝負と言われて、ラーナは言葉に詰まらせた。
当たり前だが100回勝てるのは人間の姿だった時の話で、今はただのカエルだ。
1m程のインプでも、今は下手な巨人よりも大きく見え、しかもそれが空を飛んでいるのだ。勝てるわけも無い。
言葉に詰まらせたラーナを察してか、黙って聞いていたエレナがここで口を開いた。
「はいはい。この子…ジースはラーナに縛られて大変だったんだから、少しぐらい文句言われても仕方ないでしょー? 全く」
言いながら魔女は、すっとラーナを持つ手をインプへと差し出した。…どうやら、このインプ、名はジースと言うらしい。
「えっちょっ、何すーー!?」
「はいっ。適当にオシオキしちゃっていいから、さっさとカゴに入れちゃってよ! ジースはまだまだお仕事一発あるんだから、手早くねー?」
嫌な予感を感じたラーナがジタバタするが、エレナがインプのジースにかけた言葉は無情だった。
ジースはエレナから、ラーナが逃げられない様に素早く受け取れば、そのままラーナをぎゅーっと握った。
「ぐえぇぇぇぇ!!」
エレナより遠慮がない上、インプは人間なんかよりずっと皮膚が硬くて痛い。ラーナはあまりの痛みに声を上げたが、ジースはケケッと笑い、そのまま反対の手に持つケージへとラーナを投げ入れた。
「ぶへっ!」
カゴの中に作られた水場へと、頭から突っ込んだ。
顔をあげれば、ニタァ、とジースが醜悪な笑みを浮かべていた。
そのままジースはカゴを持ち、嬉しそうに家の中へと入っていった。
『オシオキ』は終わったという事でいいのだろうか? これからの事に戦々恐々しながら、ラーナはケージの中でジッとしていた。[newpage]
ラーナの入ったケージは、家の二階、恐らくジースの個室であろう部屋の棚へと置かれた。
ジースの部屋……の割に、下手な宿屋の部屋なんかよりもずっと良さそうな部屋で、それなりのベッドやカーテンに、木製の素朴なクローゼットまで置かれていた。小さい部屋だが、住み心地も悪くなさそうだ。……インプは服なんか着ないだろうに。
(インプなんかをこんな部屋に住ませて、私にはこれ!?)
透明なケージの中から見渡す限りでは、普通の家の普通の私室といった部屋に、どうしても不満が出る。こちらはカエルで、虫かごの様なケージに水場を作って土を敷いただけだ。当然、ベッドも無い。
仮にカエルをベッドに入れようものなら、ベッドの布がカエルの皮膚の水を吸って、皮膚が濡れていないと呼吸が苦しいカエルには辛いだろうが、ラーナは元は人間だ。ちゃんとした寝具は欲しい。
それを見て不満顔を作ったら、ぷくーっと、丸まるに頬袋が膨らんだのが、透明なケージに映った。
そういえば、改めてこの姿を見た事は無かった。
始めにエレナに鏡を見せられた時は動揺でそれどころでは無かったし、それからエレナとジースの相手で息をつく暇も無かった。
ラーナは透明なケージに映るカエルの姿をじっと見てみた。……人間だった頃では考えられたない、超近距離でカエルの、自分の姿を見る。
カエルと言えば、種類によっては大きさは指の先程の大きさのもいるが、今のラーナの大きさは、丁度人間の手のひらの上に収まりよく座れるぐらいのサイズ。ガマガエルよりかは一回りかふた回り小さいくらいで、アマガエルよりかはずっと大きい。
肌は鮮やかな黄緑色で、顎やお腹といった内側は白に近いクリーム色、ガマガエルの様に土色でイボイボじゃなくって良かった。と、ラーナは思う。
鮮やかな黄緑色は、まだキレイと思えた。
とは言え、キレイはキレイでも、所詮はカエル。キレイとか可愛いと仮にと言われても、所詮は小動物としてだし、そもそもカエルでは、生理的に無理だと、そこらの女の子からは評価されないどころか、悲鳴を上げられてしまうだろう。
もう一度、ぷくーっと頬袋を膨らませて改めて見てみれば、まるでビー玉でも頰に詰めたかの様な、まん丸の頬袋が顔の横に二つ出来た。
「……ヘンな顔」
ふふっと笑って口を開けば、空気で膨らませた頰もあっという間に戻った。
カエルなんてまじまじと見た事が無いし、自分の顔、あるいは、自分と同等のサイズでなければ、何とも思わなかったであろう。
笑ったのは、自虐的にも悲観的にもならないための気晴らしかもしれなかった。
つぶやき終えるとほぼ同時に、ガチャリと、部屋の扉が開いた。
ドアノブとは反対の手に、ビンと袋を両手に持ったジースが、パタパタと翼を動かし近付いてくる。
「コレ、オマエの」
ドンっと、ビンをラーナのケージのすぐ横へと置いた。ラーナ本人が小さいからか、棚が凄く揺れた様に感じた。
ビンの底には、コロン、と一つだけビー玉が転がっていた。
……後、665個、ここにビー玉が溜まれば元に戻す、魔女エレナとの約束。先は果てしなく長いのが、目で分かる。
ラーナがビンを見つめていると、ケージの蓋がぱかっと開かれた。
「エサ」
ぼとと、と、ラーナの目の前に、バッタやイモムシがとどんっ、と積み上がる。動かない辺り、死んでいるのだろうか?
「きゃあああっ!! ちょっ、何よこれ!? こんなもの食べろっての!?」
思わず後ろに下がろうとしたが、四つ脚のカエルの移動にはまだ慣れてないラーナは、結果として体を少し縮こませるだけになった。カエルは後ろ向きにジャンプする生き物でもない。
ラーナとて各地を巡って旅をしてきた魔術師だ。今更虫やミミズぐらいでそこらの女の子の様に飛び上がったりしない…のは、人間のサイズだった時の話。このサイズで目の前に落ちてきたら、巨大な虫がドアップで現れたに等しい。
「カエルのエサ、マチガッてナイ」
ケケッと、笑い声が上から降って来る。パタリと、細かい空気穴の開いた蓋が閉じられて、ジースの顔がケージの上から横に回り込まれる。ラーナに視線を合わせる様に。
「ソレに、オマエ、ヒトのモノ、クエナイ」
「う…そーかもしんないけどぉ! もちょっと扱いってモンがあるでしょー! 何でアンタにはちゃんとした部屋があって、わたしにはこんなんなのっ!?」
「オマエ、カッテにハイッテキテ、マケタ。マケタ! オレ、ちゃんとケイヤクした、オマエとはチガウ」
ケケッ、と再び笑い声を響かせて
「オマエ、マケタッ、マケタッ! このアツカイ、アタリマエ! マケタ! マケタ!!」
楽しそうにインプは牙の生えた、赤銅色の顔歪ませ、笑って飛び回る。
「〜〜! うっさいうっさい! アンタに負けたわけじゃないんだから!!」
ラーナはぴょーんと飛びかかった。
当たり前だがカエルには壊せっこないケージの中。ぺたりと、ラーナは透明なケージの壁へと張り付く形となる。
ケケッ、と、その様子を見てまたジースは笑う。
そして、壁越しに鋭い爪のある指を近付けて、ケージごしにデコピン!
「あわっ、ーーキャッ!」
ケージの壁が勢いよく小刻みに震えて、ラーナは壁から剥がれ落ちた。
ぽてり、と、背中から土の地面に落ちた。
「ケケッ、オレ、もうネル、オマエ、シズカにシテロ」
背中から落ちてもがいていふラーナを尻目に、楽しそうに笑って、ジースはケージから離れて、ベッドへと飛び乗った音が聞こえてきた。
ジタバタと四肢を動かして、何とかして体を反転させられた頃には、灯りは落とされ、グースカと寝息が響いていた。[newpage]
翌朝、ラーナはエレナたちによって、家の裏庭にて、ケージから出された。
エレナはラーナに「ちょっと待っててねー」と笑顔で言い渡してから、薪割り用の台座に腰掛けて、何やら作業を始めた。インプのジースは、それをすぐそばで眺めている。何やら楽しそうに。
それにしても、とラーナは思う。
昨日はそれどころではなかったが、視界が極端に低い以外にも、カエルの姿ではやはり変に思う事が多い。
土の上での四つん這いのカエルらしい姿勢は、折りたたまれた後ろ足もだが、やはり両手ーー今は前足ーーを土につけているのが、凄まじく違和感を感じる。さりとてこれが一番安定した姿勢で、後ろ足だけで立とうとしてもひっくり返るだけだ。
そしてなによりも、僅かでも風が吹くたびに、ラーナの、カエルの湿った体の『全身』を撫でる。
ラーナは今、当たり前の話だが、全裸なのである。
全裸で、家の外で、四つん這いの姿勢で、エレナという魔女の小娘とインプを見上げているのだ。
人として、どうにも落ち着かないのは仕方のない事だったが、今のラーナはただのカエル。
服などないし、要求して作ってもらえる立場でもない。
だから違和感を感じつつも、努めて何も感じていないかの様に、何も言わなかった。
エレナが、先程の作業で完成させたのだろう物を手を突き出して、ラーナに向ける様にしながら元気良く宣言した。
「じゃーんっ! お待たせーー!!」
しかし、ラーナにとってはエレナが座ってこっちにそれを突き出しているとは言え、凄まじい体格差で遥か上空にある物だ。前脚をぴんと伸ばして必死に見上げてようやく見えた。
木の枝の先端に、糸を結び、その糸の先にも小さな塊が結んである。
「何よ、それ」
「ラーナちゃんが一人前のカエルになれる様にするための訓練道具だよっ! はい、ジース、手はずどうりにねー?」
エレナからそれを受け取ったジースは、ケケッ、と笑いながら、ラーナの前方の少し高い位置に、木の枝に結ばれた塊を垂らした。まるで、釣りでもしているかの様に。
ある程度近くに来ることで、それが焼いた小さな肉の塊である事が分かった。
「ほらほら、ラーナ、お腹すいてない?」
「…バカにしてんのッ!」
薪割り用の台座に腰掛けて見ているエレナの声に、ラーナは声を張り上げた。というか、はたから見たら凄くバカっぽい光景だと分かる。
怒った声を聞いたからか、エレナは立ち上がって、ラーナのすぐそばまで歩き、しゃがみこんだ。
そして、まるで子供に対するかの様な猫なで声。
「バカになんてしてないよ〜? ラーナは昨日カエルになったばかりだもん。ちゃんと訓練しないと、どこにも出してあげれないよ?」
「……むぅ」
ラーナは、口をへの字に曲げた。
それを見て、エレナは「あはっ、面白い顔ー」とこぼした。
カエルの顔の割に大きい口で、いかにも人間らしいへの字口な不満顔は、ラーナの想像以上にコミカルだった。
「…何よ」
「べっつにー? それにほら、吊るしたのは虫じゃなくて鶏肉だよ鶏肉! 虫とかじゃないからチャンスじゃん!」
「それがっ! バカにしてるって言ってんのっ!! なにっ? 鶏肉ぶら下げれば私がぴょんぴょん跳ねるとでも思ってんの!?」
昨日ケージに投げ込まれた虫の死骸を、結局ラーナが食べずにケージに放置した事を言っているのだろう。当然食べてない事はエレナも見れば分かる。
確かに、虫よりかは100倍良いが、そのために、カエルらしく跳ねて食らいつけというのは……ラーナの美意識が許せない。そんなエサに釣られてたまるか、という話だ。
しかし、そんなラーナの言葉に、エレナは意地悪く笑った。
「ふぅん。じゃー今すぐどっか外で生活してねって言われて、出来るんだ?」
「ちょっ! それどういう事よ! 私、アンタの使い魔になったじゃない!」
「ケージの中にずっといて何もしないのはぁ、『使い魔』じゃなくって、『ペット』っていうんだよ!」
「うっ! ……そもそもっ! 今の私に出来る仕事って何よ! ちゃんと働いて欲しかったらまず元の姿にーー!」
ラーナが発した言葉の途中で、エレナはラーナの頭に指をついて、そのままぐいっと、地面にひれ伏させる様に押し込んだ。
当然ラーナは、顎が地面に付き、喋りを強制的に中断される。
「なにバカな事言ってんのさ! キミはボクの使い魔で、666個のガラス玉をボクから貰えば元の姿に戻れるって、昨日契約したばかりじゃない!」
人間基準じゃ随分手加減されているが、今のラーナでは押しのける事も出来ない頭の上の指先が、ぐりぐりとされる。
「そもそも、魔女の家に勝手にドロボーに入って、殺されもしないどころか呪いにかけられて、わざわざ戻れるチャンスを説明付きで貰えるなんて、ボクってすっごく優しいんだから!」
「…………。」
「ラーナに頼むお仕事だけど、沼地や水中の薬草や薬の材料探したり、その姿を利用して、気付かれずにこっそり偵察して貰ったりとか?」
「…ぬ…ま…!」
カエルの姿で、沼地で生きていくなんて、絶対嫌だ。
ぬめぬめのカエルの姿で、ドロドロの茶色く濁った水の中を泳いで生きるだなんて、考えただけでも全身鳥肌が立ちそうだ。…カエル姿では立たないが。
「やだ、ってゆーんなら、ラーナの事、今すぐ適当な沼地に飛ばしちゃうもんね!1日最低1個のガラス玉をあげる契約は残ってるから、精々後665日勝手に生き延びなよ!」
ふふーんとエレナは笑って、指をラーナの頭から離した。
「どーする?」
「や、やるわよ! 私にとって、訓練は必要だし……これが、焼いたお肉を食べる最後のチャンスなんでしょ?」
「まー、ボクの機嫌がいい時ならまた食べさせて上げるけどねー?」
…とはいえ、勝手に生き延びるコースを選んだ場合はご褒美もなしだ。
意を決して、ラーナはぶら下がってる鶏肉へと向き直った。
鶏肉をぶら下げていたインプのジースが、あくびをしてなら声を上げた。
「オマエ、オソイ。サッサとコイ」
「うっさい。女の子には色々あるのっ!」
ぷら、ぷらと揺れる鶏肉の向こうに、退屈そうな表情から、ケケッ、と愉快そうな表情に変えたインプが見える。
ぶら下げられた鶏肉は、いっそわざとらしい程に、ラーナが前脚を伸ばしても届かない高さで揺れていた。
ラーナは、思わず歯ぎしりをしたくなる程だったが、いくら口を噤んでも硬い感触はなかった。カエルにはそもそも歯なんて無いのだ。
これ見よがしに揺れる鶏肉めがけて、ラーナは意を決して後ろ脚のバネを解放して、ジャンプした。
「あっ!?」
しかし、ラーナが前に跳ねた分だけ鶏肉とジースは離れ、ラーナはただ跳ねるだけに終わる。
「ちょ! ちょっと! なにすんのよ! 食べれないじゃない!」
「ケケッ。モット、チャントヤレ」
ぷらぷら、と、楽しそうに鶏肉を揺らすジース。
「くっ! このっ!!」
ぴょん、ぴょんと、ラーナが必死にジャンプしても、ラーナが前に出た分だけ、ジースは下がる。距離が一向に縮まらず、ぷらぷらと、鶏肉が揺れている。
「…エレナぁぁ…!」
これはエレナの指示か。それとも使い魔のしつけがなってないだけか。
恨みがましげな声に、エレナはあはっと笑う。
「ラーナ、そんなんじゃダメダメ。これは訓練なんだから、もっとちゃんとカエルの食べ方をしなきゃ」
「チャンとカエル、ヤレ」
二人して、楽しそうにラーナを見ながら言ってくる。
「カエルの食べ方……って……」
ラーナはハッとした。ラーナはまず、前足で鶏肉を捕まえる様に飛んでいた。
だけどカエルは、前足で敵を捕まえないし、そのまま噛り付いたりもしない。カエルは、舌を伸ばして餌を取るのだ。
だが、跳ねて飛びつくだけでも嫌なのに、舌まで伸ばして取れというのは、やはりまだラーナにとって抵抗がある。
「うっさいっ! 取れればいーんでしょ取れればーーっ!!」
ムキになって、ラーナは思いっきり跳ねた。跳ねた分だけジースは下がり、鶏肉との距離はやはり縮まらない。
ぴょんっ、ぴょんっと、ムキになって、飛び跳ねる事すら抵抗に感じた事を忘れて、10数回も飛び跳ねた。
ジースも巧みなもので、円を描く様に下がる事で、魔女の家の裏庭からも、エレナに遠く離れすぎない様に、うまく調節していた。
「………う~……!!」
「ほらっ、頑張れっ。頑張れっ!」
楽しそうにエールを送る、魔女エレナ。
トドメとばかりに、更に声を発した。
「今日で全部の訓練終えたら、ガラス玉もう一個、ご褒美であげちゃうっ!
ただし、それは今日だけだからねー。明日からは訓練終わっても、あ~げないっ、んだもんねっ!」
「っ!」
ぴくりと、疲れかけたラーナの背筋が、ピンと伸びた。
一日でも早く元に戻りたいラーナにとっては、最高の餌だったからだ。
「ええいっ!」
意を決して、跳ねる。今まで舌が飛び出ない様に、口を開けすぎない様にしていたが、跳ねると同時、口を全開にして、鶏肉へと向かう。
人の基準では伸びすぎ! と言いたくなるほど、ピンク色の舌が真っすぐに伸び、まるで獲物に飛び掛かる蛇の様に、鋭く鶏肉へと向かった。
鶏肉が下がる距離よりも長く伸びた舌は、獲物を捕らえて、ラーナの口元へと戻った、が
(んぎっ!?)
戻る途中で、強烈な引っ掛かりを感じて、逆にラーナの方が引っ張られた。
鶏肉をぶら下げていた糸が切れなかったのだ。ぷらーんっ、と、まるで餌にかかった魚の様に、ジースの持つ木の枝へと吊り下げられた。
「ケケケッ!」
罠にかかったとばかりに、ジースが棒を振れば、ラーナはぷらぷらとされるがままに揺れる。
いくらラーナが今は小さな一匹のカエルだとしても、口だけで体重を支えるのには限度があり、すぐに振り落とされて、背中を地面にしたたかに打ち付けた。
「い、いったーい……っ! こら、なんて事すんのよっ!!」
ひっくり返ったまま、ジタバタしながら抗議するラーナの声などどこふく風で、ぷらぷらとラーナの顔の前で鶏肉を揺らしながら、楽しそうに笑うジース。
ひっくり返っては、元の態勢に戻るのすら苦労するラーナなんて、インプのジースからしたら、怖くもなんともないだろう。
エレナがすたすたと近づいてきて、コツンと、ジースを小突いた。
「――ジース、守りの魔法使ったなぁ」
「ケケッ、フタリがオシャベリシテルアイダ、ヒマスギ」
どうやらその間に紐にインプでも使える初歩の魔法で、紐の強度を上げていたらしい。
ジタバタしているラーナの横にしゃがみ込み、指で横腹をつついて、ラーナをコロンと半回転させた。
地面に落ちた時もそうだが、やはり全裸で土や指の感触を感じるのは、気恥ずかしさが混じる。亀の様に起き上がらせられたのだから、それもある。
そして、しゃがんでいる、見た目はラーナよりも年下のエレナを、遥か下から見上げるアングルも、未だ慣れなかった。
色々と新鮮な感覚を改めて感じているラーナの横で、エレナはローブのポケットから、小さな包みを取り出して、中身をぽいっと浮かせる様に投げた。
宙を舞うそれを見て、ラーナははっとした。紐がついていたのと同じ、鶏肉だった。
ぴょんっ、と反射的に跳ね、舌を伸ばした。今度は紐の邪魔もなく、舌でからめとり、ぱくりっ、と巻き取った鶏肉を口の中へと入れた。
「あはっ。うまいうまーいっ。ラーナ、カエルの才能あるじゃんっ!」
「…………っ! いきなり投げないでよっ! もったいないでしょっ!! 土がついたのなんて、食べたくないんだからっ」
指摘されて、ラーナは恥ずかしさで顔から火が出そうだった。カエルだから、顔は赤くはないが。
ラーナとしては、地面に落ちて土で汚れた鶏肉よりも、空中でキャッチした方がいい。といった感覚でやってしまったのだ。
「でも、その分だと今日で訓練終われそうだねー。」
「ふんっ。あったり前でしょ。一日でも早くとっとと使い魔なんて辞めてやるんだから!」
「んじゃ、次は水泳ーっ!」
おー、とエレナが手を挙げて、人差し指をくるくるっと回せば、鶏肉を吊るしていたのとは別の紐が、しゅるしゅるとラーナへと向かってきた。
「えっ、わ、ちょっ!?!?」
ラーナが慌てている隙に、ラーナの後ろ脚の片っぽに、きゅっ、と結ばれた。
エレナはまだまだ、指を動かすのを止めない。
ラーナに結ばった糸の、反対側が、また別の木の枝に結ばれる。
鶏肉の時よりも、木の枝も糸自体も、遥かに長くて大きくて、まるで本当の釣り竿みたいな大きさだ。
ラーナは木の枝を拾い上げたエレナを見ながら、凄まじく嫌な予感がした。本当に釣り竿よろしく、水の中に放り出すのだろうか、と。
「それじゃあジース。お願いね。」
「えっ、ちょっ!? このインプがやるのっ!?!?」
ジースに手渡しするエレナを見上げて、嫌な予感が加速する。絶対絶対、余計に酷くなる方向に行っている気がする。
抗議しているのをアピールするために、ぴょんぴょんと飛ぶが、エレナの膝にも及ばない高さでは、大した効果もなく、二人の手渡しが成立した。
ジースが木の枝についている糸を短く持ちかえれば、何の抵抗もできずに、逆さまにラーナの体が宙に吊り下げられる。
ラーナに顔を近づけ、ケケッ、と何度目かの、ジースの醜悪な笑みが漏れる。
「ごめんねー。ラーナ、ボクだって忙しいの。ちゃんと泳げる様になったかは、ジースが見てるから」
「ちょ、ちょっとっ!? それなんか信用できないんだけどーーっ!!」
「オマエ、ナマイキッ! ホントにソウするゾ」
短く糸を持った手を回し、ぐるんぐるんと、ラーナを振り回す。
「えっ、わっ、や、キャーーーーーーッッ!!!」
ぐるんぐるんぐるんと、凄い勢いで天と地が回る。風景がシェイクされて、交互に天地が見える。
遠心力で全身が外側に引っ張られるが、糸で離されないからまるで体の中身が飛び出しそうだ。
「ケケッ、ソレジャ、イッテクル」
ラーナを振り回したままエレナに挨拶して、ジースは森の泉の方角へと、背中の翼で低空飛行をしていった。
「いってらっしゃーーいっ!」
そんなジースを咎める事なく見送る声が、滅茶苦茶な感覚に翻弄されているラーナの耳にも届いた……。[newpage]
「ケケケッ、サァオヨゲッ!」
くるくる回した遠心力そのまま、ジースは前へ向けてラーナを放った。
ぽちゃんっ、と、まるで子供の石遊びの様な、軽い音が響いた。
だが、ラーナにとってはそれどころではない。ぐるんぐるんと凄い勢いで回り続けた視界が、収まったと思う間もなくいきなり水中に叩き込まれたのだ。
「ごぼっ。がぼげぼっ!?!?」
必死に前足で、水面を目指そうとばたつかせるが、未だ、どっちが上でどっちが下か、右も左もこんがらがって、今にも吐き出してしまいそうな状態では、仮に人間の姿であってもどうする事も出来なかっただろう。
ただ無茶苦茶に手を動かして、何とか溺れない様にしようとして……余計溺れている様な状況になってしまった。
「ギャハハハハッ!! オボレテル! オヨゲテナイ!! カエルのクセに!」
ジースは爆笑しているが、もはやそれに反論する余裕すらも無い。
ばちゃばちゃと、必死に助かろうともがいていたら、いきなり後ろ脚が上へと引っ張られた。ジースが木の枝でできた釣り竿もどきを引き上げたのだ。
「ケケッ、カナヅチガエル。モイッカイ、イクゾ?」
休む間も無く、釣り竿もどきを振り回して、再びラーナの体が放物線を描いて、水の中へと投げ出された。
エレナは主につついたり、指を押し付けたり、あくまでカエルのラーナにとって致命傷にならぬ様にしているが、このインプのジースは、まるで子供の様に容赦が無い。まさしく悪魔の様だと、今のラーナには思える程だ。
それでも声をかける間と、放物線を描いて飛んだ僅かな間の間に、ごく僅かだが、混乱と平衡感覚は戻ってきた。
今度は無理にばたついたりせず、冷静に動かず、だがまだ視界がぐらぐらして、どちらが右で左で上なのか、が、水中な事もあり不明瞭だ。何より
(……うぇ……!!)
吐きそうだった。いっそ吐き出したかったが、自分が今まさに泳いでいる水の中で吐き出すのは耐え難く、前足で口を押えて必死に耐えた。
(………あら?)
しばらく耐えていたら、ふと気が付いた。水の中だというのに、息苦しく感じないのだ。
そうかカエルだからか、と、納得しかけた時、再び後ろ足が上へと引っ張られた。
ジースの方へ、何の抵抗も出来ずに飛んでいく。
糸を片手に持ち、ジースは逆さづりのラーナへと声をかけた。
「チャントオヨゲ、このカナヅチガエル」
自分の全身よりも、ジースの顔のほうがデカい上にドアップだ。ラーナは一瞬尻込みしかけたが、言われっぱなしな性格じゃあない。
「………う、うっさいっ! あんなグルグル回していきなり放り出されて泳げるわけ」
ぬっ、と、ジースの手が顔の前に現れて、おもむろにデコピン!
「ぶげっ!?!?」
たかがデコピンでもこの体格差。まるで巨大な魔物の尻尾に薙ぎ払われたかの様な衝撃だった。実際は、小悪魔の指にしかすぎないが。
「オマエ、ガクシュウしない。バカ」
「げほっ……ごほっ……!」
衝撃に呻いているラーナが呼吸を整えて反論する前に、再びジースは釣り竿もどきをふるって、ラーナの飛ばした。
再び水中へと叩き込まれるが、振り回された気持ち悪さはまだ残るが、反論するだけの元気は戻ってきた。
こうなれば、何度も放り込まれる前に、とっとと泳ぎをマスターして、ご褒美のガラス玉をもらうまでだ。
身体を水平にして、ラーナの頭の中にある、いかにもカエルらしい動きをしてみる。
後ろ足をガニ股に開く平泳ぎなど人間だった頃はした事がないが、見様見真似というか、イメージの真似をしてみる。
すーい、すーいと、思ったより呆気なく、水面を進む事が出来た。
エレナに言われた、カエルの才能がある。なんて言葉がリフレインしたが、すぐに振り払って、泳ぐのに集中する事にした。
そんな時、くいっと後ろ足が引かれた。続けて、ジースの声が飛ぶ。
「コッチ、モドッテコイ!!」
「…分かったわよ!」
水中では声が出せないが、厳密にはジースとは同じ主人の使い魔同士の、魔術的な念話だ。
素直に聞くのはシャクだが、無理矢理空中に放り出されて戻されるのよりはマシだと、ラーナは泳ぎながら弧を描くように方向転換してから、ジースの方へとすーい、すーいと泳いでいった。
遠い、とジースまでの距離を見て感じたが、あくまでラーナが小さいからそう感じるのかもしれなかった。
カエル基準でかなりの距離を泳ぎ、大分ジースとの距離が近くなった、とラーナが感じた時、ジースが両手に持った竿をぐいっと上へと跳ね上げた。
繋がれているラーナの足が、強烈な勢いで上へと引っ張られた。
「きゃああっ!?!?」
凄まじい勢いで逆さ釣りで上昇する感覚に、思わず悲鳴を上げて目を閉じた。
勢いが止まり、目を開ければ、逆さまの視界に、ジースの顔が正面に映った。
ニタァ、と再びジースは笑い。
「イイゾ、モウイッカイダッ!」
再び、ラーナの繋がれている糸をぐるぐると回転させてから、放り投げた。
「わっ、きゃあああーーーーっ!!」
目まぐるしく変わる視界に、大きく投げ飛ばされて、ラーナは空中でジタバタしながら悲鳴を上げるしか出来なかった。
「モドッテコイ! モドッテコイッ!!」
「お、覚えてなさいよーーーっっ!!」
乱雑な扱いに怒りを覚えながらも、具体的に仕返しをする手段など、今の状況では何も思いつかない。
仕方なしに、ラーナは再び一生懸命、ジースの元へと泳いでいくしかなかった。
結局この日は、ジースが飽きるまで、泳ぎと放り投げを繰り返させられた。
一応、そのかいもあって、エレナとの約束通り追加のガラス玉を貰えたが、大きなビンに入った、合計たった3個のガラス玉を見て、ラーナは溜息をついたのだった。
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