夏休みに牧場体験へ来た僕たちは、牛舎に繋がれて乳牛の仲間になってゆく

  ※CAUTION※

  ・主人公たち(被害者)は男女ともに幼い○学生です。

  ・獣化には動物だけでなく、人間の意図が介入します。

  ・牧場の牛舎なので、臭いや汚物の描写があります。

  以上ご了承の上お楽しみください。

  [newpage]

  その日僕は、朝からソワソワして落ち着かなかった。

  「お母さん、ヒマリちゃん、もう来たかな?」

  「まだよ。もう、いいからほら、早くごはん食べちゃいなさい」

  お母さんが呆れたように言う。

  「でもさ、今日はさ」

  「はいはい、わかったから。もう何度も聞いたわよ」

  そう言いながら、お母さんは僕のコップにお茶を注ごうとした。

  「あ、待ってよ。お茶じゃなくて、牛乳ちょうだい」

  「ええ? だって今日からいくらでも……」

  「いいの!」

  「はいはい、わかりました。牛乳ね、牛乳」

  お母さんはやれやれとため息をつくと、冷蔵庫から牛乳パックを取り出して、僕のコップに注いだ。

  「あんまり飲みすぎて、お腹こわしても知らないわよ」

  「平気だよ……うん、ありがとう。ふふふ」

  「まったく、楽しみでしょうがないのね」

  「へへ、まあ……ね」

  僕は顔がゆるむのを抑えられず、照れ隠しに、注いでもらったばかりの牛乳を、ぐいっと一息で飲み干した。

  「ぷはぁ、美味しい!」

  牛乳。毎日飲んでるものだけど、今日の僕にとっては特別なアイテムだった。

  「お母さん、牛のおっぱいって、どんなかな」

  「うるさいわねえ、行ってみたらわかるって、昨日も言ったでしょう」

  そういえば、昨日も同じことを聞いたんだった。

  「いいから早く食べちゃいなさいってば。ホントにヒマリちゃん、来ちゃうわよ」

  その言葉に僕は慌ててごはんを書き込んだ。もたもたして、待たせちゃったらいけないもんね。

  夏休み初日の今日から僕は、クラスメイトのヒマリちゃんと一緒に、ヒマリちゃんの叔父さんがやっている牧場に泊まりがけで遊びに行くことになっていた。

  そこで牧場のお手伝いをしながら、乳搾り体験をさせてもらうことになっている。そして、それを夏休みの自由研究としてまとめるつもりだった。

  「ごちそうさま!」

  食器を流しに出して、歯磨きを始める。ゴシゴシと歯ブラシを動かしながら、玄関に用意してあるリュックサックをちらっと見た。それでまた顔がニヤついてしまう。

  ああ、楽しみだなあ。

  「ねえ、もう出られる? ヒマリちゃんたちの車、来たみたいよ」

  ベランダから下の道路を覗いていたお母さんが、声をかけてきた。僕は急いで口をゆすいで、リュックサックを背負う。

  「うん、大丈夫!」

  「いいこと? 自由研究もいいけど、ちゃんとドリルも進めてくるのよ。それから向こうに失礼のないように……」

  「わかってる! 行ってきます!」

  玄関を飛び出す僕に、お母さんは最後まで小言を投げてきたけど、僕はもうそれどころじゃなくて、振り返りもせずにマンションの階段を駆け下りていった。

  「おはよう、ハルトくん!」

  マンションの前に止まっていた白い大きな車の窓から、ヒマリちゃんが顔を出して僕に向かって呼びかけてきた。長い黒髪がふわっと揺れる。

  「おはよう!」

  僕も挨拶を返すと、車の後部座席に飛び込んで、運転席にいるヒマリちゃんの叔父さんに頭を下げた。

  「おはようございます! 今日から、よろしくお願いします!」

  「よろしく、ハルトくん。うわさ通り、しっかりした子だねえ」

  ヒマリちゃんの叔父さんは、人の良さそうな笑みを浮かべて、気さくに挨拶を返してくれた。ヒマリちゃんのお父さんの弟さんらしいけど、実際のところ、おじさんというより、お兄さんと呼んでも良いくらい若く見える。

  「そんなことないです、へへ」

  僕が照れ笑いをすると、ヒマリちゃんが助手席から身を乗り出してきた。

  「ヤマトさんっていうの。予定が決まってから、ハルトくんに会うの、ずっと楽しみにしてたんだよ」

  「ほんと?」

  すると、ヤマトさんは照れたように笑いながら頷いた。

  「ああ、ヒマリから、同じ飼育委員で、すごく真面目で、しっかりした子だって聞いてたからね」

  「ふーん、そうなんだ」

  僕はますますうれしくなった。僕もヤマトさんのことは、ヒマリちゃんからいろいろ聞いていて、ずっと会ってみたかったんだ。

  「よーし、それじゃ、行こうか。シートベルトは……はは、さすがだ。もう締めてるね」

  ヤマトさんは感心したように笑って、車を発進させた。

  牧場に到着したのは、お昼を少し回った頃だった。

  「うわあ、すごい」

  車から降り立った僕は、思わずため息を漏らした。

  目の前に広がる青々とした草原と、その奥に見える、木々が生い茂る森。風に揺れる緑の草たちが、まるで波のようにざわめいている。

  「ほんとに、すごいね!」

  ヒマリちゃんが僕の隣で目を輝かせて言った。僕も大きく頷く。

  「うん、きれいだ……」

  森の中からは、鳥のさえずりや虫の鳴き声が響いてくる。これから、こんな素敵なところで夏休みを過ごせるなんて!

  「ヤマトさん、ありがとうございます!」

  まだ着いたばかりで何もしてないけど、僕は思わずお礼を言った。

  「ははは、まあ、君たちがお手伝いするのは、あっちの牛舎ばかりだから、ここからの景色を楽しんでいる暇はほとんどなくなっちゃうだろうけどね」

  ヤマトさんは笑って、今走ってきた道路を挟んだ反対側にある建物を指差した。

  「じゃあ、案内するからついてきて」

  お昼のお弁当を食べたあと、ヤマトさんはそう言って歩き出した。僕とヒマリちゃんもそれに続く。

  牛舎には、大きな白黒柄の牛たちが所狭しと並んでいた。中に入ると、むわっとした臭いが漂ってくる。

  「うわー、やっぱりちょっと臭いね」

  ヒマリちゃんが鼻をつまんで顔をしかめる。それを見て、僕は思わず、くんくんと確かめるように鼻を鳴らしてしまった。

  ヒマリちゃんは「ちょっと」って言ってるけど、正直だいぶ臭い。動物園の臭いを、ぎゅっと濃縮したみたいな、そんな感じ。でも、学校のうさぎ小屋だって、はじめに入った時は臭いと思ったけど、今じゃすっかり慣れた。ここだって、お手伝いするうちに慣れるよね。

  「じゃあ、さっそく作業に入ろう。乳搾りの前に、まずは掃除を手伝ってもらおうかな」

  ヤマトさんはそう言って、僕にトンボを手渡してくれた。うわあ、すごい! 学校にあるグラウンド用のとは違う、業務用の大きなやつだ。ちょっと僕の手には重いけど、これだけで本物の牧場の人になったような気がして、嬉しくなった。

  「ハルトくん、頑張ろうね!」

  ヒマリちゃんもやる気満々といった様子で、元気よく話しかけてくる。僕は気合いを入れて、力強く頷いた。

  「うん、頑張ろう! ヤマトさん、よろしくお願いします!」

  それから休憩を挟みつつ、三時間ほど経ったところで、ようやく掃除がひととおり終わった。いろいろと教わりながらの作業なので時間がかかったけれど、慣れれば一時間くらいで終わるようになるらしい。

  「どうだい、疲れたかい」

  ヤマトさんが、僕たちに声をかけてくる。

  「はい、ちょっと」

  僕は正直に答えた。正直、足が少し重いし、腰も痛い。ヒマリちゃんも、疲れた顔をしている。

  「そうだよね。でも、牛のお家の掃除は大事なんだ。君も、自分のお部屋が汚れていたら、元気に暮らせないだろう?」

  「はい、そうですね」

  僕は頷いた。確かに、もし家の掃除ができてなかったら、ご飯が美味しく食べられなかったり、ぐっすり眠れなかったりするかもしれない。僕だけじゃなくて、お母さんやお父さんだって困っちゃうはずだ。

  「モオオオオゥ」

  「お、ほら。牛さんも嬉しいってさ」

  大きな鳴き声をあげた牛の顔を見て、ヤマトさんは笑いながらそう言った。

  なるほどね。学校の飼育小屋掃除は、ただなんとなく決まりだからやっていただけだったけど、こう考えるとちゃんと意味のあることだったんだなあ。

  「この牛舎を自分の家だと思って、牛のつなぎ場のひとつひとつを自分の部屋だと思って、しっかり愛着を持つことが大事な心構えだよ」

  「はい!」

  ほんとに、その通りだ。そう思って頷くと、ヤマトさんは満足気ににっこり笑みを浮かべて、手を叩いた。

  「じゃあ、次はお待ちかねの乳搾りをやってみようか」

  僕とヒマリちゃんは、お互いに顔を見合わせた。

  「やった!」

  「お願いしまーす!」

  僕とヒマリちゃんは、元気よく返事をした。いよいよ乳搾り体験だ。なんか、想像するだけでわくわくしてくるなあ。僕はドキドキしながら、乳搾りの作業場へ向かうヤマトさんの後ろについていった。

  「これが、牛のおっぱいだよ」

  そう言いながら、ヤマトさんは牛の前でしゃがみこむと、お腹の下のピンク色に膨らんだ部分を、両手でそっと持ち上げてみせた。

  「うわぁ、おっきい……」

  ヒマリちゃんが、思わずといった様子で声を上げる。たしかに、思っていたよりも、ずっと大きい。ヤマトさんが手で持ち上げると、牛のおっぱいは、まるで小さなバランスボールみたいに丸々としていた。

  「この子は仔牛を産んだばかりだから、お乳の出が今一番いいんだ」

  ヤマトさんが、僕たちのほうを向いて、解説してくれた。

  「早速、搾ってみようか」

  僕たちは、そろって首を縦に振った。

  「まず、乳首の触り方を教えるから、よく見ておくんだよ」

  ヤマトさんは、そう言うと、牛の前で四つん這いの姿勢になった。それから、僕たちにもそうするように促すと、床に両手をついて、僕にもヒマリちゃんにも見えるように、おっぱいをそっと持ち上げて見せた。

  「こうやって……」

  ヤマトさんが、牛の長い乳首を根本から先端に向かって優しく握り込むと、早くもビューッとミルクが勢いよく吹き出してきた。

  「わっ、すごい!」

  「もうこんなに出るんだね!」

  僕たちは口々に驚きの声を上げた。痛くないかと思ったけど、牛は全然平気な様子だ。むしろ気持ち良さそうに、もっともっとと搾られるのを待ってるように見える。「さあ、やってごらん」

  じゃんけんで順番を決めて、まずは僕からだ。

  「こ、こうですか……?」

  恐る恐るといった感じで、ヤマトさんがやったみたいに、牛の乳首を握ってみる。そして、見様見真似で搾ってみたのだけど、ヤマトさんのときとは違って、ポタポタと垂れるように出てくるだけで、なかなかミルクが出てこない。

  「もっと強く握って大丈夫だよ」

  ヤマトさんの声がする。僕は、言われたとおりに少し力を入れてみた。すると、今度は勢い良くピューッとミルクが出てきた。

  「結構、ちゃんと握らないとダメなんだね」

  ヒマリちゃんが、興味深そうに見ている。僕はドキドキしながら、そのまま牛のおっぱいを絞り続けた。やがて、ピューッという音が、シュッ! シュッ! というさらに勢いのある音に変わっていった。

  「上手い上手い、ハルトくん、上手だね。才能あるよ」

  ヤマトさんはそう言って、笑顔で褒めてくれた。

  ヒマリちゃんと交代したあとも、僕はその手の感触と握り具合を忘れないように、自分の指を握って何度も練習していた。

  その夜は、ヤマトさんの奥さんが手料理を振る舞ってくれた。

  牧場で取れた卵や、見たこともないくらい大きなお肉を使った料理がテーブルにずらりと並ぶ。

  「いただきます!」

  みんなで手を合わせてから、さっそく食べ始める。

  「おいしい!」

  一口食べるなり、ヒマリちゃんは大声でそう言った。

  確かに、美味しい。今まで食べたどんなものよりも美味しいと言っても過言ではないと思うくらいだ。

  「きっと、疲れたからよ」

  ヤマトさんの奥さんは、僕たちに優しい目を向けて、ニッと笑みを浮かべた。

  「おかわり!」

  ヒマリちゃんがすぐさまご飯のおかわりをリクエストした。僕も負けじと夢中でご飯をかきこんだ。どれもこれも、すごく美味しい!

  「たくさん食べてね。きっと、こんなごちそうはこれが最後だから」

  「えっ、どういうことですか?」

  奥さんの言葉に思わず聞き返すと、ヤマトさんが言った。

  「明日からは、普通のご飯しか出ないぞってことだよ。今日は初日だから、ずいぶんはりきったんだ、こいつ」

  「ああ、そういうことですか」

  僕は、なるほどと納得して、またご飯を食べ始めた。

  でも、こんな美味しいご飯がもう食べられないなんて、ちょっと残念だなあ。

  そんなことを考えているうちに、すっかりお腹がいっぱいになった僕は、ヒマリちゃんと一緒にごちそうさまと手を合わせて、食器を下げるために席から立ち上がろうとした。

  「あれ……?」

  「ハルトくん、どうしたの?」

  どうしたことか、膝に力が入らなくて、立てなかった。ヒマリちゃんが心配そうに僕を見つめてくる。

  「なんか、立てなくって……」

  「え? あ、私も……」

  どうやら、ヒマリちゃんも同じらしい。

  「ははは、相当疲れてるな。いいよ、座ってて」

  ヤマトさんは笑って、代わりに食器を下げてくれた。

  「すみません……」

  そう言って、ヒマリちゃんの方を見ると、ついさっきまで元気に喋っていたはずなのに、既にこっくりこっくりと船を漕ぎ始めていた。

  「ヒマリちゃん、眠いの?」

  「う、うん……なんか、急に、すごく……」

  「ダメだよヒマリちゃん、食べてすぐ寝たら牛になっちゃうよ」

  「そんなこと、言われても、なんだか、すごく、眠くて……」

  「もう、しょうがないなぁ」

  僕は小さくため息を漏らした。ヤマトさんも苦笑してる。

  「それじゃあ、布団を敷いてあげるからね。ちょっとそこで休んでてよ」

  それからすぐに、僕たちは隣の和室に通された。

  布団は、部屋の隅にぽつんと置かれていた。それを広げて、僕たちはその上に寝転がった。ヒマリちゃんはもうスヤスヤ寝息を立てていたし、その頃には僕も疲れたせいか、ものすごい眠気を感じていた。

  「それじゃあ、電気を消すよ」

  そう言い残して、ヤマトさんは部屋を出ていった。パチリという音とともに真っ暗闇になった部屋のなかで、僕たちの意識も静かに遠のいていく。

  あ、そういえば、まだお風呂に入ってなかったな……。

  最後に思ったのはそんなことだった。

  [newpage]

  目が覚めたとき、最初に感じたのは、強烈な牛の糞の臭いだった。まるで、目の前で嗅がされているかのような、すさまじい臭いに、思わず声が出た。

  「うっぷ……」

  そして身体を起こそうとしたのだけど、その瞬間に、首や顎に何か硬いものが当たって、上手く身動きができない事に気づいた。

  「え、なにこれ、どうなってるの?」

  目を開けて、狭い視界のなかをキョロキョロと見回す。すると、すぐ隣に牛がいることに気づいた。

  「うわっ、なんでここに……」

  びっくりして飛びのこうとしたけれど、やっぱり首が何かに挟まれるように固定されていて、動けない。

  動くたびに、硬いもの同士が擦れ合うような音が響いて、首のあたりが痛かった。

  そこでハッとした。

  「こ、これ、もしかして」

  確か、昨日説明してもらった、スタンチョンとかいう、牛の首を繋いで固定するための器具じゃなかったっけ。

  それに気になるのは、お腹の下に昨日敷いた、寝藁みたいなチクチクするものがあるような……というか、僕、裸だ!

  ……も、もしかして僕、素っ裸で昨日掃除した牛舎に繋がれてる? まるで、牛みたいに……!

  「だ、だれか! ヤマトさん! ヒマリちゃん!」

  暗い牛舎の中で、必死に叫び声を上げる。けれど返事はない。

  (どうしよう、早くここから抜け出さないと……)

  必死で身体をよじったけど、ギチギチという金属が擦れる嫌な音がするだけで、びくともしない。

  その時だった。

  「なっ、なにこれ! おじさん!? どこにいるの? ていうか、ハルトくんは!?」

  近くで、ヒマリちゃんの声がした。

  「やだっ、誰か!! 誰かいないの!?」

  ヒマリちゃんは、パニックになってるみたいだった。もしかして、僕と同じ状況なんだろうか。

  僕は急いで声を上げた。

  「ヒマリちゃん!! 僕、ここにいるよ!」

  「え、ハルトくん!?」

  驚いたような声で返事があった。どうやら、僕の目の前にいるみたいだった。

  「助けて! ハルトくん!! 私、なんか、動けないの! 首が、挟まれて……。お願い、ヤマトおじさんを呼んできて! 外してって頼んで!」

  それで確信が持てた。ヒマリちゃんも、僕と同じ目にあってるんだ。

  「ごめん、ヒマリちゃん! 僕も、繋がれてるんだ。ヒマリちゃんとおんなじで、身動きができないんだよ!」

  「……ハルトくんも、そうなんだ」

  ヒマリちゃんは、力なくそう答えた。

  「で、でも! このまましばらく待ってたら、きっとヤマトさんが来てくれるよ。だって僕たちがいなくなったら心配するだろうし、それに朝になれば牛のお世話を必ず——」

  僕がそこまで言ったところで、ガラガラと牛舎の扉が開く音がした。外から差し込む朝の光が、牛舎の中を照らし出す。

  それで、僕たちはお互いの状況がはっきりと見えた。

  「や、やだ……」

  ヒマリちゃんが真っ青な顔をしていた。

  僕たちは、牛舎の真ん中の通路を挟む格好で、全身裸の状態で、向かい合わせに繋がれていた。思った通り、スタンチョンという縦に細長い枠が首にかけられている。ちょうど首が通るくらいの幅しかなく、抜け出そうにも肩や顎が引っかかって抜けない。

  そして、僕たちの左右には同じように繋がれた牛がずらりと並んでいる。

  ……つまり、僕たちは完全に、牛と同じような扱いで牛舎に繋がれていた。

  「見ないで……!」

  「ごめん」

  慌てて目を閉じる。といっても、僕だって見られたくない。こんな恥ずかしい姿、よりにもよってヒマリちゃんに見られてしまうなんて。

  すると、入口の方から声が聞こえてきた。

  「なんだ、起きてたのか二人とも」

  ヤマトさんだった。

  「おじさん! 助けて! 私達、こんなとこに繋がれちゃって!」

  ヒマリちゃんが必死に助けを求めた。

  そんな姪っ子に対するヤマトさんの声は、酷く冷たい響きだった。

  「知ってるよ。俺が繋いだんだ」

  「えっ、そんな、なんで、どうして!? 冗談でしょ!?」

  ヒマリちゃんの声は、驚きと戸惑いに満ちていた。僕も同じ気持ちだ。ヤマトさんが僕たちをこんな目に合わせただなんて、信じられない。というより、信じたくない。

  こんな、まるで家畜みたいに繋がれて、僕たちはこれから一体どうなるんだろう。

  「冗談なもんか」

  ヤマトさんは平然と答える。

  「おい、始めてくれ」

  その声と同時に、おそろいの作業服を来た人たちが数人、牛舎の中へ入ってきた。

  「やだっ、誰か、ねえ、外してっ! 助けて!!」

  ヒマリちゃんの悲鳴が聞こえる。

  「ね、ねえ、叔父さん、恥ずかしいよ……せめて、服を着せて」

  僕は胸が締め付けられる思いがした。

  今僕たちは見知らぬ人たちに、全裸で首を繋がれているところを見られてる。僕だって恥ずかしいのに、ヒマリちゃんだったら……。

  それでも、ヤマトさんは何も言わなかった。

  作業服の人たちは、忙しく牛舎中を動き回り、僕たちの目の前に並ぶ水桶や、餌を入れる溝の中を掃き清めていく。僕は上下に少しだけ動かせる頭を必死に上げて、みんなの顔を見ようとしたけど、全員深く被っている帽子の影になって、その表情はよく見えなかった。

  「ンモオオォオゥ!!」

  突然、僕の隣に繋がれた牛が、大きな声を上げた。

  「こらこら、暴れるな」

  いつの間にかヤマトさんが僕の背後に立っていた。何をしているんだろう。首が繋がれてているせいで振り返ることもできない。僕はいろんな怖い想像をして身体を震わせた。

  「そう怖がらなくていいよ。ただの健診……牛さんが元気かどうか、確かめてるだけだから」

  ヤマトさんは昨日と同じ優しい口調で、牛の頭を撫でながらそう言った。

  だけど、そんなヤマトさんが僕たちをこんなところへ牛みたいに繋いだんだと思うと、かえって得体の知れない怖さを感じてしまう。

  「さあ、ご飯の時間だよ」

  ヤマトさんの言葉を合図に、作業服の人たちは、さっき綺麗にした餌入れに干し草を大量に盛り付け始めた。

  そして、水桶には水を注ぐ。

  「お腹いっぱい、食べなよ」

  僕たちの目の前のエリアにも、同じように餌と水が与えられた。頭を下げると、ちょうど口をつけられる位置にある。だけど、とてもじゃないけど食べる気にはなれなかった。

  「叔父さん、もうふざけるのはやめて! 私達、牛じゃないんだから!」ヒマリちゃんが怒ったように、だけど涙混じりの声で言った。

  そうだ、僕たちは人間なんだ。こんなの食べられるわけがないし、恥ずかしくてやってられない。

  「うーん、まあ、いきなりは無理か。仕方ないな」

  ヤマトさんが少し思案するような声になった後「おーい、頼むよ」と呼びかけた。

  すると作業服の人のうちの二人が、僕たちの前にやってきた。

  「やだっ、何する気!?」

  ヒマリちゃんが怯えているのがわかる。僕も恐怖で身体が震えた。

  やってきた二人は、それぞれ手に何やらポリタンクのようなものを持っていた。タンクの先にはホースがついていて、さらにその先端にはおしゃぶりを大きくしたような、楕円形のゴムみたいな出っ張りがあった。

  「お手伝いするよ」

  ヤマトさんの声とともに、作業服の人は僕たちの頭を掴むと、口に無理矢理そのホースの先端を咥えさせてきた。

  「いやっ!!! やだぁ!! こんなの!!! 怖いっ!!!」

  ヒマリちゃんはイヤイヤをするように首を振って抵抗しようとしたけど、スタンチョンに挟まれた状態ではほとんど動けない。

  結局僕たちは、そのホースの先端を口に突っ込まれた挙げ句、そのままベルトのようなものを僕の頭に巻き付けられ、ホースを吐き出せないようにされてしまった。

  「むーーー!! んむぅーーーっ!!」

  両手を回してほどこうとしたけど、結び目が見つからない。ハサミか何かで切らないと、外せないようになっているみたいだ。

  「じゃあ、いくよ」

  ヤマトさんは、僕たちの返事を待たずに、スタスタと歩み寄ってくると、ホースの根本のスイッチを入れた。

  その瞬間、ホースの中を伝って、口の中に、何かトロッとした液体が流れ込んできた。

  (なにこれ!?)

  驚いて吐き出そうとしたけど、口が塞がれているのでできない。そのまま、その液体は勝手に喉の奥へと流れ込んでいく。

  「牛さんのミルクだよ。とくにヒマリの方は、ちょっと特別なミルクなんだ」

  ヤマトさんの言葉を聞いて、僕は舌を動かして口の中の液体を味わってみた。

  (……たしかに、牛乳だ)

  それは、濃厚な搾りたての牛乳のようだった。味は、わるくない。というか、かなり美味しい。

  「んふっ……んぐぇっ……」

  その味に少しホッとしている僕とは反対に、ヒマリちゃんは時折身体をビクンと痙攣させながら、苦しそうにえずいていた。無理矢理飲まされているのが辛いのか、それとも特別なミルクとかいうやつの味が美味しくないのか、それはわからなかった。

  (……いつまで、続くんだろう)

  それからしばらくして、僕は胸の苦しさとともに、そんな事を考えていた。

  タンクから送り込まれてくる牛乳は、僕がお腹いっぱいになっても止まることなく、むしろ勢いを増して、僕の口に注がれ続けた。

  そのころにはヒマリちゃんは気を失ってしまったのか、白目をむいた状態でぐったりとしていた。それでも、自動的に液体はお腹の中へ送り込まれているようだった。

  「んぶっ、んぐぅっ、むんんんっ!」

  僕の方はと言うと、何度か一息で飲みきれなかった分が逆流して、鼻から吹き出してしまった。それでも苦しさに唸り声を上げながら、僕は必死で飲み下し続けた。そうしないと、鼻でしか息ができない今の状態では、窒素してしまう。

  やがて、タンクの中身が空っぽになると、ようやくホースから口への注入が止まった。僕はその苦しさから解放されて、ホッとため息をついた。それと同時に、身体の中で何かが、ゴロゴロギュルギュルと動いているような感じを覚えた。

  (おなか、壊しちゃうかも)

  いったい何リットル飲まされたんだろうか。あんなに大量の牛乳を飲んだのは、当然生まれて初めてだった。むしろ、お腹が破裂しなくてよかったと思うくらいだ。

  「ひ、ヒマリひゃん……らいひょうふ?」

  意識を飛ばしてしまったヒマリちゃんに、僕は懸命に呼びかけた。口にホースが突っ込まれているせいで、上手く喋れないけど、そんなことに構っている場合じゃなかった。まだかろうじて息はしているみたいだけど、このまま死んでしまったら……。そう思うと居ても立っても居られなかった。

  すると、ヒマリちゃんは身体をビクビクと跳ねさせて、口から勢いよく白い液体を吐き出してしまった。

  「うっ、うう、うえっ、ううう……」

  あまりの姿に思わず目を伏せたけれど、僕は通路に広がるその液体の臭いが気になった。

  (なんか、変だな)

  僕が飲まされていた牛乳とは違って、その液体は、一度飲み込んでから吐き出されたものだとしても、なんだか変に生臭いような気がした。もしかして、腐っていたんだろうか。だとしたら、なんて酷いことをするんだろう。

  だけど、僕もすっかりやられてしまっていたので、ヤマトさんに文句をいう気力もなかった。

  そんな僕を次に襲ったのは、トイレに行きたいという切実な欲求だった。やっぱり、牛乳の飲み過ぎでお腹が痛くなってきたんだ。

  だけど、色んな人が見ているこんなところでするわけにはいかない。僕がもじもじと体を動かし、なんとか我慢しようとするのを、ヤマトさんは見逃さなかった。

  「我慢しなくていいよ。誰も気にしないさ。この人たちは、ここの掃除をするために来てるんだから」

  つまり、僕に牛たちと同じように垂れ流せと言ってるんだ。気づけば、食事を終えたらしい周りの牛たちから、糞の臭いが漂ってきている。彼らもトイレの時間だったらしい。

  「ほら、早く。出さないと、健康に良くないぞ」

  ヤマトさんは僕の背後に立つと、その大きな手で、優しくお腹を撫で始めた。

  (ううぅっ……!)

  お漏らしなんて恥ずかしいこと、絶対にしたくないと思って我慢していたのに、お腹を撫でられると途端に力が抜けてしまう。

  (あ、ダメっ)

  そう思った次の瞬間にはもう遅かった。

  ビチャビチャ、ボトボトと嫌な音を立てて、僕の体から絞り出されたものが、牛舎の床に垂れ流されていく。

  「う、ううぅっ、ぐすっ」

  もう、あまりの恥ずかしさと惨めさで涙が止まらなかった。なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。そんなことを考えているうちに、体がぶるっと震えて、僕は最後の一滴まで出し切ったのだった。

  [newpage]

  それから毎日、僕たちは牛舎に繋がれたまま、無理矢理ミルクを飲まされる日々を送った。当然、お風呂にも布団にも入れてもらえない。朝から晩まで、牛たちと隣り合わせで繋がれたまま、うんちやおしっこも垂れ流しだ。

  それに何より、真夏の牛舎の中は、むせ返るほど暑く、僕たちは毎日体力と気力を削られていった。

  「うっ……うっ……叔父さん、どうして……?」

  毎晩のようにヒマリちゃんは涙を流して、声を震わせていた。

  「ごめんね、ハルトくん。私がこんなところに誘ったから……」

  「ヒマリちゃんのせいじゃないよ!」

  なんとか励まそうと、僕は声をかけた。

  「僕も楽しみにしてたし、それに、こうなったのは、その……ヤマトさんのせいなんだから」

  「でも……」

  こんな会話を飽きるほど繰り返し、一週間くらいが過ぎた頃のことだった。

  「今日は、君たちも外へ行ってみるか」

  搾乳と放牧の時間になって、牛たちのスタンチョンを外していくときに、いつもなら僕たちを残して牛たちだけを外へ連れ出すところだったのだけど、今日はそのまま僕たちの拘束も外してくれたのだった。

  「あ、ありがとうございます」

  僕は思わず口にしてしまった。もちろん周りに作業服の大人たちが立っていて、逃げ出せる状況ではなかったけど、急に優しく扱ってもらえることに、違和感をおぼえながらも、ほっとしていた。

  だけど、ヒマリちゃんは納得がいかないらしく、訝しげな顔をしていた。

  「叔父さん、どうして急に私たちを出す気になったの?」

  ヤマトさんは肩をすくめて答えた。

  「そろそろ、リフレッシュしたいだろう? 他の牛たちと仲良くできるかも、見たいしね」

  ヒマリちゃんはまだ怪しんでいたけど、僕にとっては、何でもいいから、外に出られることが嬉しかった。

  一週間ぶりの外は、眩しかった。

  連れ出された小さな牧草地で、順番に搾乳を終えた牛たちは楽しそうに動き回り、草を食んでいた。だけど僕たちはここへ出るだけで疲れ切って、その場にしゃがみこんでしまった。ずっと繋がれたまま、四つん這いにさせられていたおかげで、両足がすっかり萎えていたせいだ。

  「そんな元気は無いと思うけど、逃げ出そうとしても無駄だからね。みんな見張ってるし、柵には電気が流れてるから。感電すると、かなり痛いよ」

  ヤマトさんはそう言って、僕たちを残して去っていった。

  思い思いに動き回る牛たちをぼんやりと眺めながら、僕たちは隅っこで身を寄せ合って座り込んでいた。

  「……暑いね」

  ヒマリちゃんが、汗をぬぐいながら言った。

  「でも、あの狭い牛舎よりは、ずっとマシ」

  確かにそうだ。いくら扇風機を回していると言ったって、牛舎の中は大勢の牛たちがずらりと並んで、いつも息がつまりそうな感じがしていた。送られてくる風も、牛たちの寝床を通って来るものだから、凄い臭いだったし、とても快適とは言えなかった。ここには障害物もないし、自然の風も気持ちいいし、さっきまでとは天と地ほどの違いがある。

  ただ、ジリジリと焼け付くような太陽が、服を着せてもらえない僕たちの肌に、容赦なく降り注いでくるのだけが、ちょっとつらかった。

  「冷たいシャワー、浴びたいね。ヒマリちゃん」

  「うん、そうだね」

  僕が言うと、ヒマリちゃんは力なく微笑んだ。

  暑いのもそうだし、もう何日も身体を洗っていなかった。お互いに口にはしなかったけど、僕たちの身体は、汗の他に、牛乳や、牛舎のうんちやおしっこの臭いが染み付いて、酷いことになっていた。せっかくのヒマリちゃんの長い髪も、砂埃がついて、ゴワゴワになってしまっている。

  しばらくそうして座り込んだまま、言葉少なに会話をしていると、どこからか一匹の大きな牝牛がこちらへ向かってトコトコと近づいてきた。そして、僕たちの前で立ち止まると、ジッとこちらを見つめてきた。

  (この子はこんなにかわいいのに)

  牛たちに罪はない。だけど、僕たちにあんな酷いことをしたヤマトさんが育てた牛だと思うと、何となく警戒心を抱いてしまう。

  「ねえ、ヒマリちゃ……」

  そう話しかけようとした僕は、思わず言葉を失った。

  ヒマリちゃんが、ハァハァと息を荒くしていたからだ。

  「どうしたの、ヒマリちゃん?」

  ヒマリちゃんは何も答えず、自分の胸をギュッと押さえながらなおも苦しそうに呼吸を繰り返した。その手が震えている。顔も赤いし、目も潤んでいるように見える。

  (もしかして)

  「だ、誰か来てください! ヒマリちゃんが、熱中症に!」

  僕はう言って、どこか涼しいところはないかとあたりを見回した。

  だけど日陰らしい日陰はどこにもない。どうしよう、と思っていると、作業服の人が駆け寄ってきた。

  「どうした」

  「ヒマリちゃんの具合がおかしいんです。熱中症かもしれません!」

  その言葉に作業服の人は、ちょっと驚いたような顔をして、ヒマリちゃんの顔を覗き込んだけれど、すぐに首を横に振った。

  「いや、心配ない。これは熱中症ではない」

  そんなばかな、と思ったけれど、ヒマリちゃんはなおもハァハァと荒い呼吸を繰り返し、倒れるどころかむしろ勢いよく立ち上がり、さっ

  き近寄ってきた牝牛の方に駆け寄っていった。

  「ヒマリちゃん……?」

  そして、僕の眼の前でヒマリちゃんは信じられない行動を始めたのだった。

  「フゥー! ふぅうぅん!」

  唸り声のようなものを上げて、ヒマリちゃんは牝牛のおしりの方から背中に跳び乗ると、お腹を牝牛の背中に何度も何度もこすりつけた。

  牝牛の方は、ヒマリちゃんの身体が小さすぎるせいか全く動じていない様子で、怖いくらい大人しくその場に佇んでいた。

  「ひ、ヒマリちゃん! 何やってるの!」

  慌てる僕を尻目に、作業服の人はトランシーバーで誰かに連絡を取っていた。

  「……始まりました。ですが……ちょっと、想定外の事態かもしれません。はい。すぐお越しください」

  (想定外って……何か、ヒマリちゃんがこうなった原因を知ってるの?)

  作業服の人の言葉も気になったけど、僕は呆然と、目の前の信じられない光景を眺めていた。ヒマリちゃんは、いつのまにか牛の背中から降りていて、今度は牛の下に回り込むと、足の付け根のあたりに頬ずりし始めた。それも、何度も何度も。

  「ううぅっ、んんっ」

  (どうしちゃったんだろう、ヒマリちゃん……)

  そんなことを考えているうちにも、ヒマリちゃんの動きはどんどんエスカレートしていき、ついには牛の股間に顔を近づけて頬擦りをし始めた。

  「ひっ、ヒマリちゃん、ダメ! 汚いよ!」

  僕の声が聞こえていないのか、それとももうほとんど正気を失っているのか、ヒマリちゃんはその行為をやめようとせず、それどころかその動きはますます激しさを増していった。

  そしてついには牛のお尻に顔を突っ込み、激しく舐め回しはじめた。

  「ダメだよ、そんなとこ舐めたらダメだってば! ……ねえ、やめさせてよ!」

  僕は力いっぱいに叫んで、作業服の人にお願いしたけど、その人は無言でヒマリちゃんをじっと見つめるだけだった。もうわけがわからない気持ちで見ていることしかできない自分に、嫌気がさしてくる。

  その時だった。

  「ンモオォウ」

  いつの間にか、別の牛が僕のすぐそばまで来ていた。

  「うわっ、何だよ!」

  「ブモオォウ!」

  「ひっ!」

  その牛は吠え声を上げながら、僕にのしかかるようにして伸び上がってきた。なすすべがなく仰向けに押し倒されてしまった僕は、そこで初めて気づいた。

  この牛が、牡牛だということに。

  「お、オスがいたんだ」

  乳牛牧場なのだから、てっきり牝牛しかいないと思っていたのだけど、牡牛もいたんだ。

  だけど、どうしてこの子は急に、僕にこんなことをしてきたんだろう。あんまり騒いだから、うるさいって怒ったのかな。

  そこまで考えたところで、突然、身体の奥で何かがドンと弾けたような感覚がやってきた。

  「あ……れ……」

  息が、苦しい。別にのしかかられて重いからじゃなくて、なんか、違う、そういうんじゃない……じんわりと、熱いお風呂に入ったみたいに、身体がぽかぽかしてきた。

  「な、なんか、おかしいな……」

  はあはあと息を懸命に吸い込むと、僕の鼻に牡牛のムワリとした、濃い臭いが入り込んできた。

  う、臭い、と思ったのはほんのちょっとの間だけで、次の瞬間、僕はそれどころじゃなくなっていた。僕の心臓が、どんどん大きな音を立てはじめたのがわかったからだ。

  「あ、え、あれ……?」

  僕は戸惑っていた。確かに牛の行動には驚いたけど、こんなに、まるで全速力で走った後みたいにドキドキするなんて、変だ。それだけじゃない。さっきから熱くなり始めた身体は、心臓の鼓動が激しくなるにつれて、さらに火照ってきて、夏の日差しよりも熱く感じられるくらいになってきた。お腹の中で、何かが内側から僕の身体をツンツンと突いているような、変な感じもする。

  これって、体温が高い牛の下敷きになっているから? それとも、何日も汚い場所にいたせいで、悪い病気にでもなってしまったから? どっちにしても、このままだと、ちょっと危ないかもしれない。

  「た、助けて……」

  そこにいるはずの作業服の人に、絞り出すように助けを求めたけど、やっぱり返事は帰ってこなかった。

  「フモッ! ンモー!」

  そんな僕の気も知らずに、牛はいきなり僕の顔をベチャリ、ヌチャリと舐めてきた。

  「ひゃあっ、おぇっ」

  分厚い舌に撫でられて、生臭い唾液で顔がベトベトにされてしまった。ただでさえ息が苦しいのに、そこにこの仕打ちは、本当にキツい。反射的に吐き気がこみ上げてきて、思わず顔を背けた。それでも牛の舌は僕の首を、肩を、そして頬を何度も往復して、べちゃべちゃと舐め回していく。

  「うぅ……おぶっ……げほっ」

  気味が悪くて逃げだしたい気持ちになるけど、頭がぼうっとして、手足に力が入らない。それに、なんだか背すじの方にゾクゾクッとした寒気のようなものまで感じはじめた。本当に、病気になっちゃったみたいだ。

  「ああ、はぁ、はぁ、んはぁ……!」

  呼吸はますます苦しくなって、僕はさっきのヒマリちゃんみたいに、さらに呼吸を荒くしていた。

  「ブモォウ、フモー」

  やがて牛は、少し身体を起こして、僕の身体の上からどいてくれた。

  やっと解放してくれた。早く離れなきゃ。そう思ったけれど、押しつぶされていた僕の身体は全身痺れたようになっていて、立ち上がる元気なんて残っていなかった。

  「あっ……!」

  そうこうしているうちに、牛は僕の身体を鼻で付き転がすと、草の上に腹ばいにさせた。そして、今度は背中の上に覆いかぶさってきた。

  姿勢のせいか、僕が疲れ切っていたせいなのか、今度はさっきよりもズシンと重さを感じた。口の中に、地面の土の味と、牧草の青々とした匂いが入ってくる。

  そして、背中の方から、牡牛の体温が僕の身体をじわり、じわりと侵食してくる。まるで牛に背後から抱きしめられているような、そんな感覚だった。

  「ぐえっ……あふぅ、んふぅ」

  重くて苦しいはずなのに、なぜか僕の口からは、うっとりした時に出るような息が漏れていた。お腹の中で感じていたツンツンされている感覚も、今はツンツンどころじゃなく、ズクン、ズクンと疼くような感じになっている。

  するとその時、僕のお尻に、何か硬いものが当たっているのに気づいた。

  「な、なにこれ?」

  僕は首をひねって、後ろを見ようとしたけど、牛の体重は重すぎて持ち上がらず、身体は思うように動かない。

  一体これはなんだろう。僕には見当もつかなかった。だけど、不思議と怖いという気持ちは起こらなかった。

  「んっ、んんぅ、どうして……」

  僕のお腹の中では、さらに重たい、ズシン、ズンとした感覚が渦巻き始め、全身から力が抜けていく。なんだか、ひどくもどかしいような、何かが早く欲しくてたまらないときみたいな、切ない気持ちがわいてくる。自分が何を欲しがってるのか、どうしてそんな気持ちになるのかがわからず、僕はただひたすら頭の中に疑問符をたくさん浮かべていた。

  すると、牛がゆっくりとした動きで、その硬いものを僕のお尻に擦りつけるように身体を揺すりはじめた。

  「んっ、んんぅ、くすぐったい」

  僕が身をよじると、牛はからかうようにいっそう激しく身体を揺すり始めた。そのたびに、お尻に不思議な感覚が走り、声が抑えられなくなった。

  「あっ、んっ、な、なんか、変、だよぉ……」

  そんな僕の様子に乗じるかのように、牛はさらに身体を密着させてきた。お腹にはあの硬いものが押し付けられたままで、ぐりっ、ぐりっと力強く動かされるたびに、お腹の奥がきゅうっと切ない感じになる。

  (な、なんで、こんな気分に……)

  「んっ、あっ、んんぅ」

  おかしいのはわかるんだけど、どうしても自分が何を求めているのかがわからず、ただ身を任せることしかできない。お腹のうずきはどんどん強くなっていくし、頭の中もモヤがかかったようにぼんやりしてくる。

  そしてついに、僕の口からは考えられないような言葉が飛び出した。

  「ねぇ、お願いだよ、もっとしてよぅ……」

  すると、牛はさらに強くその硬いものを押し当ててきた。

  「あっ、あっ、ああっ、んんっ」

  硬くて熱い塊は、まるで棒のような形で、僕のお尻の割れ目を、ごしごしと擦り上げていた。すると、僕の全身に、ピリピリと痺れるような気持ちよさがやってきた。なんだかとっても恥ずかしいことをしているみたいだけど、もっと、もっとしてほしいという気持ちになってしまう。

  もっと、気持ちよくなりたい。まだ、物足りない。

  しばらくしていると、その物足りなさの理由がわかった。

  (そうだ、これじゃ、お腹の中のキュンキュンしてるところに、届かないんだ)

  どうにかして、届かないかな。外じゃなくて、身体の中に。ぼうっとした頭で、僕は一生懸命考えた。

  そして、ふっとあることを思いついた。

  「ね、ねえ、牛さん……」

  その時だった。

  「ほーれ、そこまでだ」

  ヤマトさんの声が聞こえた。それと同時に、僕の上に乗りかかっていた牡牛が、何かに押しのけられるように離れていった。

  「あ……」

  おかげでようやく圧迫感から解放されたのだけれど、僕の身体はまるで自分のものじゃないみたいに、自由が効かなくなっていた。

  「ずいぶんお楽しみだったじゃないか」

  太い木の棒のようなものを持ったヤマトさんが、僕を見下ろして言った。顔は笑っていたけれど、目が笑っていないように見えたのは、気のせいだろうか。

  「牛の下敷きになるなんて、とんだ災難だったな、ハルトくん」

  そう言って、僕のそばにしゃがみ込むと、震える僕の手を取り、引っ張り起こしてくれた。だけど、身体に力が入らない僕はその場にへたり込んでしまった。

  「すみません、なんか、身体に力が入らなくて」

  すると、ヤマトさんのもう片方の手が、するりと伸びてきて、僕の胸をがしっと鷲掴みにした。

  「ひぅっ!?」

  突然のことに驚いて変な声が出てしまう。なんで急に、こんなことを? 僕は恐る恐るヤマトさんの顔を見た。

  「うーん。たしかに、お前の言う通りだな」

  最初、僕に話しかけているのかと思ったけど、どうやら後ろに立っている作業服の人に向かって話しているみたいだった。その表情は真剣そのもので、どこか困っているような感じでもあった。

  それからヤマトさんは、僕の足の間を覗き込んで来た。おちんちんを見られているみたいで恥ずかしいけど、今日まで散々、もっと恥ずかしいおトイレの処理をしてもらっていたので、いまさら隠そうという気も起きなかった。それに、ヤマトさんはふざけている感じでもなかったし、むしろ難しい顔をしてうーんと唸っている。単に、僕の体調を確かめてくれているだけなのかもしれない。そういえば、毎朝牛の体調をチェックしているときも、似たような顔をしていたっけ。

  だったら、と僕は思った。さっき僕は、全身がゾクゾクするような寒気を感じたり、反対に火照ったり、お腹の中がズキズキするような感じがあった。それを伝えてみよう。もしかしたら、病院に連れて行ってもらえるかもしれない。

  「や、ヤマトさん」

  「うん?」

  「あのね……」

  僕はさっき感じた身体の異変を、一生懸命丁寧に説明した。するとヤマトさんは、僕を安心させるように微笑むと、頭を優しく撫でてくれた。

  「大丈夫、それは心配ない。普通のことだよ」

  「そ、そうなの?」

  「ああ。……ハルトくん、今日の放牧は終わりだ。おうちに戻りなさい。歩けないなら、この人に連れて行ってもらうといい」

  ヤマトさんはそう言って、作業服の人を指差した。その言葉に甘えて、肩を貸してもらうことにした。

  [newpage]

  牛舎に戻って、僕が元いた場所のスタンチョンにもう一度首を繋いでもらうと、ようやくホッと一息付けた。

  「おかえり、ハルトくん」

  同じように首を繋がれたまま、向かいの牛床に寝転がったヒマリちゃんの姿があった。いつのまにか、ひと足先に戻って来ていたらしい。

  「ただいま」

  そう答えながら、僕はさっきのことを思い出した。僕も牡牛と随分おかしなことをしていたけれど、ヒマリちゃんだって、牝牛の身体に変なことをしてた。あれは一体、なんだったんだろう。

  「ねえ、あのさ——」

  僕は、ヒマリちゃんに話しかけようと口を開いた。だけど、そこまで言ったところで、ヒマリちゃんが突然笑い出した。

  「あはははっ!」

  「な、なにがおかしいの」

  「ハルトくんってば、顔真っ赤だよ?」

  その言葉に驚いて、思わず手で頬を押さえてしまった。たしかに顔が熱い気がするけど、そんなこと言われると余計に意識してしまって、ますます酷くなってしまう。

  「も、もう、変なこと言わないでよ!」

  するとヒマリちゃんは、さらにゲラゲラと笑い出した。からかわれているみたいで、なんだか悔しいけど、同時にドキドキしてしまう自分もいる。なんだろう、こんなこと今までなかったのに、さっきから、僕はどうも変な感じだ。

  ヒマリちゃんはひとしきり笑った後、目じりの涙を拭いながら口を開いた。

  「ごめんごめん、なんか、可愛いって思っちゃって」

  「可愛いって言わないでよ」

  そんなこと言われても、僕は嬉しくない。男の子なんだから、可愛いよりも、かっこいいとか、頼りになるとか言われたいのに。

  「ほれ、ご飯だぞ~」

  そこへヤマトさんが入って来たので、話はそこで打ち切られてしまった。

  「はあ、ご飯か……」

  僕たちは揃ってうつむいた。また、あの牛乳を無理やり飲まされるのかと思うと、ちょっと憂鬱な気持ちになる。美味しいけど、あれだけ大量に飲まされると、もううんざりという気持ちになってくる。

  だけど今日は、いくら待っても例のタンクを持った人たちは現れなかった。代わりに、僕たちの目の前に大量の干し草が、山のように積まれていた。

  「ヒマリ、ハルトくん。今日から、君たちも普通のご飯だよ」

  ヤマトさんの言葉に、僕たちは顔を見合わせた。

  「えっと、普通のご飯ってことは、ミルクはいいの?」

  ヒマリちゃんがおずおずと聞く。するとヤマトさんは大きく頷いて答えた。

  「ああ、そろそろ乳離れが済んだみたいだから、君たちにも、ちゃんとしたご飯をあげないとね」

  僕たちは驚いた。一体いつになったら終わるんだろうと思ってたけど、ようやく解放されるんだ! 嬉しくて涙が出そうになるのを堪えながら、僕は思わず拳を握りしめ、ガッツポーズをしてしまった。

  「やったぁ!」

  ヒマリちゃんの方を見ると、彼女も満面の笑みを浮かべている。どうやら、僕と同じ気持ちみたい。

  ということは、今日から僕たちもこっちを食べられるんだ。そう思って、餌入れの中に積まれた干し草をじっと見つめた。周りの大人の牛たちが美味しそうに食べているのをずっと見せつけられていたから、牛乳にうんざりしたあたりからずっと、そっちを食べたいなと思っていた。ようやく、それが叶うんだ。

  僕は期待に胸を膨らませながら、顔を餌入れに突っ込んで、干し草の匂いを嗅いだ。

  「ふわぁ、いい匂い」

  ヒマリちゃんが、僕の向かいでうっとりとした声を出している。確かに、何とも言えない良い香りだった。たちまち僕のお腹がぐぅっと鳴って、食欲が湧いてくる。

  「いただきます!」

  僕は気合いを入れるために一度大きく深呼吸すると、口を大きく開けて、干し草を一気に口に含んだ。

  そして、もぐもぐと咀嚼する。

  「んん~、おいしい!」

  少し青臭いけど、噛めば噛むほどほんのり甘くなって、とてもおいしい。こんなに美味しいご飯が食べられるなんて、夢みたいだと思った。

  夢中で貪って、あっという間に全部食べ終えて、口の中がからっぽになったとたん、また急にお腹が「ぐぅぅ」と鳴った。僕のお腹はまだまだ全然物足りなかったらしい。仕方なく、少しでもお腹の足しにしようと、水桶の中の水に口を付けて、ゴブリと飲む。

  ふと見ると、向かいのヒマリちゃんも同じような感じだった。

  まだ食べられるとでも言いたげに、ヤマトさんの方をじっと見つめている。

  「ねぇ、おかわりは?」

  ヒマリちゃんが、僕よりも先にヤマトさんに尋ねていた。そんなに食べたらお腹が痛くなるよ、とも思ったけど、僕のお腹もまだ全然余裕があるので、一緒になっておかわりのおねだりをした。

  そんな僕たちの様子を見たヤマトさんは、クスッと笑った後、背中の籠から干し草を取り分けてまた餌入れに積んでくれた。

  「ほれ、たんと食べな」

  それから僕たちは、夢中になって餌を食べ始めた。途中で混ぜてもらった、乾燥したトウモロコシや大豆のカスでできた配合飼料の味は、干し草とはまた違った香ばしい風味と油気のある食感がたまらなくて、干し草と交互に食べると、いくらでも食べられそうな気がするくらい、最高の組み合わせだった。

  「どんどん、大きくなれよ」

  ヤマトさんはそう言いながら、僕たちの頭を優しく撫でてくれる。その顔はなんだか嬉しそうで、それを見ていると、僕もホッと嬉しい気持ちになった。

  それから僕たちは、日が暮れて眠くなってくるまで、一心不乱に干し草を食べ続けたのだった。

  翌朝目が覚めて、身体を起こそうとすると、牛床の左右にある金属製の枠にお尻がぶつかって、ガチャンと大きな音を立ててしまった。左右の牛が、驚いたような鳴き声を上げる。

  「わ、ごめんごめん」

  「ハルトくん、気を付けなきゃ」

  向かいで、先に目を覚ましていたらしいヒマリちゃんがクスクス笑っていた。

  その姿を見て、僕は妙な違和感を覚えた。

  「あれ? ヒマリちゃん……大きくなった?」

  そう、スタンチョンに繋がれて四つん這いになっているいつものヒマリちゃんの身体が、随分大きくなっているような気がした。とくに胴の部分が、まるで水風船みたいに膨らんで、床に寝転がっていてもこちらの方からお尻や背中がちらちら見えるくらいになっている。

  「それを言うなら、ハルトくんもだよ」

  その言葉にハッとする。後ろを振り返れないから確かめられないけど、確かに、どことなく僕がいる牛床が昨日よりも狭くなったような感じがした。さっきお尻をぶつけてしまったのも、そのせいだ。そしてそれは、狭くなったというよりも、僕の身体の方が大きく膨らんでいるせいなんだ。

  「こ、これ、どういうこと?」

  こんなに急に身体が大きくなるなんて、普通じゃない。僕たちの身体は、どうなっちゃったんだろう? 僕は不安になって、ヒマリちゃんに聞いた。すると、ヒマリちゃんは平然とした様子で、なんてことはないという風に答えてくれた。

  「うーん、わからないけど……でもたぶん、餌をいっぱい食べたからじゃない?」

  「えっ、それだけ?」

  あまりにもあっさり言われたものだから、拍子抜けしてしまった。僕の問いかけに、ヒマリちゃんはうなずいて答えた。

  「うん、たぶん」

  全然動じていないみたいだった。

  「ああ、お腹空いたなあ」

  そう言って、牛舎の入口の方をじっと見つめている。ヤマトさんたちが餌を持ってやって来るのを待っているんだろうけど……。

  「そんなに落ち着いてていいの?」

  思わずそう聞くと、今度は逆に聞き返されてしまった。

  「ハルトくんは不安なの? なんで?」

  なんでって、普通じゃありえない速さで身体が大きくなっているのに、不安にならない方が不思議だった。

  そう言ってみたけど、ヒマリちゃんはやっぱりわからないといった感じで、よほどご飯が待ちきれないのか、口を何やらもぐもぐ動かしていた。

  「ヒマリ、ハルトくん、お待たせ」

  その時、ヤマトさんがやって来た。昨日と同じように干し草が積まれたカートを引いてきている。僕はそれを見て、思わず唾をごくりと飲み込んだ。

  「ご飯の時間だぞ~」

  そう言って、僕たちの餌入れに、昨日と同じように大量の干し草を盛ってくれた。さっそく牛床の中に顔を突っ込んで、その匂いを嗅ぐ。一日ですっかり食べ慣れたせいか、昨日初めて食べた時よりも、もっと良い匂いに感じられた。

  「いただきます」

  僕たちが口いっぱいに干し草を頬張る様子を、ヤマトさんはニコニコしながら見つめていた。その視線に気づくと、なんだか急に恥ずかしくなってきて、照れ笑いしてしまう。

  「慌てなくても、たくさんあるから。ゆっくり食べな」

  そう言って、昨日と同じように頭を優しく撫でてくれた。

  その時だった。

  「あっつ……!」

  突然、撫でられたあたりの頭が、ズキンと痛んだ。思わず顔をしかめて、ヤマトさんの手を振り払うように首を振ってしまう。

  「ハルトくん、どうしたんだい?」

  ヤマトさんが心配そうな声で聞いてくる。僕はそれに答える余裕もなく、頭を下げて痛みに耐えようと、歯を食いしばった。手を当てたかったのだけど、もう僕の肩も腕も大きくなりすぎて、スタンチョンの脇の隙間からは手首をちょっと出すくらいしかできなくなっていたので、どうすることもできなかった。

  「ヒマリ?」

  ヤマトさんの声が聞こえる。頭痛をこらえてなんとか前を確かめてみると、ヒマリちゃんも僕と同じように、頭が痛いと訴え出したようだった。

  「ふたりとも、ちょっと見せてごらん」

  ヤマトさんはそう言って、僕の前髪をかき上げた。その瞬間、また頭がズキンと痛んで、思わず目をつぶってしまう。ヤマトさんは、僕の頭をしばらくじっと観察していたようだったけれど、やがて、言い聞かせるように話し始めた。

  「大丈夫、二人とも心配ないよ。ちゃんと、うまく行ってる証拠だ」

  「ど、どオいう、こと、ですか」

  僕は、うまく動いてくれない口をなんとか動かして、ヤマトさんに尋ねた。ヒマリちゃんも、痛みに顔をゆがめながら、ヤマトさんを見上げている。

  「いま、君たちが感じているその痛みはね、身体が成長しようとしている証拠なんだ。だから、大丈夫」

  そう言いながら、ヤマトさんはそのまま、他の牛たちの健康チェックをしに行ってしまった。

  「成長、っで、こんな痛くなる、のオォ?」

  ヒマリちゃんは、泣きそうな声でそう言った。僕も同じことを考えた。成長なんかで、こんなに痛いってことあるんだろうか。頭の中で、ガンガンと鐘が鳴っているみたいだ。おまけにキィンと耳鳴りまでしてくる。早くこの頭痛から解放されたくて、だけどどうしていいかわからないまま、ひたすら耐えるしかなかった。

  「とにかく、ご飯を食べよう」

  僕は必死にそう言った。美味しいものを食べれば、少しでも気がまぎれる。今の僕にできるのは、それくらいしか思いつかなかった。

  「うん、そうだね」

  ヒマリちゃんも、同じことを考えていたみたいだ。僕たちは、今度は前歯で嚙みついて、干し草を食べ始めた。おいしいはずなのに、頭痛のせいで味がよくわからなかったけど、とにかく無心になって食べ続けた。

  朝ごはんが終わってからも、僕たちの頭痛は収まらなかった。その後しばらくは、僕たち二人とも何もしゃべる気にならず、それぞれじっと横になって、目を閉じたまま、痛みが引くのを待つばかりだった。

  [newpage]

  夕方になり、少し頭痛が収まってきた僕は、ゆっくりと目を開けた。

  (ん……なんか、痒いな)

  おなかのあたりがむず痒い。それに気づいた僕は、身体を起こして床に膝をつき、痒い所に手を伸ばした。

  (あれ……?)

  おへその下に、大きなイボみたいなものがあった。

  虫にでも刺されたかな。蝿とかアブとか、たくさん飛んでるもんなあ。そう思って、指先で軽く引っ掻いてみる。

  「ひゃうっ!?」

  その瞬間、ビリビリっとした感覚が走ったかと思うと、勝手に変な声が出てしまった。

  (な、なにこれ!?)

  僕はびっくりして、とっさにその感覚を消そうと、手のひらでぺたぺたとその周りを叩いた。すると、そのイボがひとつだけじゃないことに気づいた。右と左に二つずつ、綺麗に縦に並んでできている。引っ掻かないように優しく触ると、ちょっとむず痒いような、くすぐったいような感じがして、なんだか落ち着かない気分になる。だけど例によって首が固定されているせいで、自分の目で確かめることができない。

  (どうなってるんだろう。早く夕飯の時間にならないかな。ヤマトさんに、診てもらわなきゃ)

  そう思っていると、ヒマリちゃんの声が聞こえてきた。

  「ハルトくん、どうしたの?」

  その声に、なんでもないよと返事をするつもりで、僕は顔を上げた。

  「……えっ」

  目の前に、信じられないものがあった。いや、正確には、ヒマリちゃんの頭の上に、信じられないものがあった。

  「そ、それ……」

  あまりのことに僕は口をぱくぱくさせたまま、すぐに言葉が出てこなかった。

  「! は、ハルトくん!」

  そして、そんな僕と同じように、ヒマリちゃんも僕の顔を見て驚いた顔をしていた。

  ぱっと目に付くのは、顔についた赤黒い血の跡だった。頭の方から出たらしいそれは、顔の左右を伝って流れ落ちたようで、まるで赤い涙の跡のようなスジが、おでこから顎にかけて、何本も描かれていた。

  だけど、僕たちが驚いていたのは、そんな程度のモノじゃなかった。

  「つ、ツノ……だよね、それ」

  ヒマリちゃんが、僕の顔を見ながら、恐る恐るといった感じで言った。

  「ひ、ヒマリちゃんにも」

  そう。僕たちは二人とも、お互いの頭の上に生えた二本のツノを見て驚いていた。まだポッコリとした白いゴルフボールみたいなでっぱりくらいだけれど、間違いなくそれは生えて髪の隙間から顔をのぞかせている。

  試しに、頭を動かして、スタンチョンの枠にこめかみの上あたりをぶつけてみると、確かに何か、カツンカツンと硬いものが当たるような音がして、僕の頭にまるで頭を強く打ったみたいなグワングワンとした衝撃が響いてくる。本当に、ツノが生えてきちゃったみたいだ。僕の頭に。そして、ヒマリちゃんの頭にも。

  「ど、どォゥなってるの、僕たち」

  思わず叫んだ。頭が混乱して、うまく考えがまとまらない。だけど、ひとつだけ言えることがあった。それは、朝からの頭痛は、きっとこのツノが生えてきていたせいだったんだということ。

  「ね、ねえ」

  僕はさっきからずっと、何となくぼんやりと考えていたことについて、口にしてみることにした。

  「もしかしてだけど……そんなこと、ありえないと思ォうけど」

  「うん」

  頷くヒマリちゃんの声は、震えていた。多分、同じことを考えているんだ。

  「僕たち、牛になっちゃうの、かな」

  牛舎に、沈黙が流れた。僕たち二人とも、それ以上何も言えずにただ黙ってお互いの顔を見つめているだけだった。

  それからしばらくして、ヤマトさんがやってきた。

  「ほーら、ご飯だぞ~」

  いつもの口調で、いつもの言葉。作業服の人たちがぞろぞろ入ってきて、昼間の間に出したうんちやおしっこを片付けていく。それを見ながら、ヤマトさんが牛たちに餌をやっていく。

  そして、僕たちの前まで来た。

  「おっ」

  僕ら二人の顔を見るなり、ヤマトさんは嬉しそうな声を上げて、微笑んだ。

  「いいじゃないか。カッコいいぞ。そのツノ」

  全身に寒気が走る。やっぱり、ツノなんだ。そして、ヤマトさんはこうなることが、わかってたんだ。

  ヤマトさんはその場でしゃがみ込むと、牛床の片側に手をついて、僕の方を見ながら、にっこりと笑みを浮かべながら言った。

  「うすうす気づいてると思うけどな、二人はこれから、立派な牛さんになるんだよ」

  僕は目の前が真っ暗になるような絶望感に打ちのめされた。嘘だ、と思いたかったけど、大きく膨らんできた身体と頭に生えたツノを見てしまえば、本当なんだと信じざるをえない。

  「うし、になるって、どオいう、ことですか」

  恐る恐る聞くと、ヤマトさんはにこにこしたまま答えてくれた。

  「言葉の通りだよ。君たちはこれから、身体も心も全部、本物の牛さんになっちゃうんだよ」

  「そ、そんなのやだ!」

  叫んだのはヒマリちゃんだった。

  「嫌なのか?」

  ヤマトさんは困ったように言った。ヒマリちゃんは怒ったように声を上げた。

  「嫌に決まってるじゃない! ……だいたい、こんなのオォかしいよ! 私たち、こんなとこに繋がれて、服も着せてもらえないし、お風呂にもトイレにも行かせてもらえない! 全部、叔父さんのせいなんでしょォオ!? どうして、こんなことするの!? もうやめてよ!」

  その言葉を聞いて、僕ははたと正気に戻った。

  確かに、おかしい。牛になっちゃうって言われて怖いと思ったけど、それ以前に僕たちは、随分おかしな待遇を受けていたんだ。裸にされて、牛と同じように牛舎に繋がれて、おまけにご飯まで牛と同じものを食べさせられて。これじゃ、人間としての扱いを全く受けていない。

  でも、どうして今まで何とも思ってなかったんだろう。……いや、いつから何とも思わなくなっちゃってたんだろう。最初は、すごく恥ずかしくて、苦しくて、嫌だったはずだし、そう言っていたはずなのに。そう思うと、こんな状況を受け入れていた自分の頭がおかしくなっていたんだということがハッキリわかって、逆に怖くなった。

  「ねえ、叔父さん、今何日なの? 私、モォ帰りたい! ハルトくんだって、そうでしょう!?」

  「う、うん。僕、お母さんとお父さんに、会いたいな……」

  するとヤマトさんは、頭をポリポリ掻いて、ため息をついた。

  「はあ、戻っちゃったか。かわいそうに。……戻らない方が、楽だったろうにな」

  僕は、ヤマトさんの言った言葉の意味がわからずに、困惑した。ヒマリちゃんも、不機嫌な様子でヤマトさんを睨みつけている。

  「予定通り、明日、修練を始める。給餌をしておいてくれ」

  ヤマトさんは周りの作業服の人たちにそう言って、牛舎を出て行った。

  「なに、それ。どういうこと?」

  ヒマリちゃんが、怒りのこもった声で、ヤマトさんの背中に向かって叫ぶように言った。だけど、もうヤマトさんはいなかった。

  「ハルトくん、明日、逃げよう」

  餌の時間が終わって、作業服の人たちが出ていったあと、ヒマリちゃんは小声でそっと言った。

  「に、逃げるって、どうやって」

  「わかんないけど……でも、もォこんなの嫌でしょう?」

  その気持ちは痛いほどわかる。僕だって、出来ることなら逃げ出したい。だけど、本当にそんなこと可能なんだろうか? だって、ここは街からかなり離れたところで、周りには森や川以外何にもない。僕たちだけで逃げ出すなんて、無茶な話だ。

  「そうだ、スキを見て、叔父さんの家の電話を使えばいいんだ。それでお母さんたちと、警察に連絡するの。助けてって」

  ヒマリちゃんはそう言って、目を輝かせた。確かに、それならうまくいくかもしれない。

  「それ、いい考えだね! 明日、試してみよォオ」

  僕がそう言うと、ヒマリちゃんは嬉しそうに頷き、にっこりと笑った。

  (よし、やるぞ!)

  二人で力を合わせれば、きっと上手くいくはずだ。そう信じて、僕たちは寝床で横になった。

  お腹はペコペコだったし、目の前に残った僕たちの分の干し草が美味しそうに思えて仕方がなかったけど、必死に我慢して食べずに寝ることにした。これを食べたら、ますます僕たちは牛になってしまうような気がしたから。

  代わりに、さっきからやけにゲップと一緒にお腹の中から口へ戻って来るスジっぽいカタマリを噛んで、空腹をごまかすことにした。

  なんだか身体がむずむずするような感覚でなかなか眠れなかったけど、それでも懸命に目をつぶって、出来るだけ何も考えないようにした。

  そして、朝が来るのを、今か今かと待ちわびていた。

  [newpage]

  次の日、いつものように朝の掃除と餌やりに、ヤマトさんたちが現れた。

  「なんだ、結局昨日は食べなかったのか」

  そう言って、作業服の人たちが牛舎の中に入ってきて、ヒマリちゃんと僕の夕食を片付けていく。そして僕たちの目の前には、新しい干し草が盛り付けられた。

  「お腹、空いてるだろう? 食べないと、持たないぞ?」

  ヤマトさんが、優しく僕の頭を撫でながら言った。確かに、お腹は空いているし、これ以上我慢できそうになかった。だけど、食べちゃダメだ。昨日の夜決めたとおりに、僕は首を振って食べたくないとアピールをした。ヒマリちゃんも、必死に口を閉じている。

  「強情だなあ」

  ヤマトさんは呆れたように言った後、僕たちの前にしゃがみ込んできた。

  「ちょっと、味見でもしてみないか?」

  そう言って、僕の目の前に、干し草の山からひとつまみ取り出してみせた。

  「だ、ダメだよォ! ハルトくん!」

  ヒマリちゃんの声がする。見れば、ヒマリちゃんの頭のツノは、昨日よりも更に大きく伸びていた。見えないけど、僕も、同じくらい大きくなってるのかもしれない。

  「大丈夫だって。これ、おいしいから」

  ヤマトさんはそう言って、僕たちの口に干し草を近づけてきた。

  (だめだ!)

  (食べちゃだめ!)

  僕とヒマリちゃんは、同時にそう思ったけど、お互い口からはよだれが信じられないくらい溢れてきて、ネバネバとした糸を引いて床に落ちていった。

  「ほら、味見だからな、一口だけな」

  ヤマトさんはもう近づけるどころか、僕たちの鼻に直接干し草の束を押し当ててきた。ああ、もう我慢できない。

  そこで、パク、とヒマリちゃんが干し草を咥えるのが見えた。そ、それなら、僕も……そう思って、口を大きく開け、一つまみの干し草を頬張る。

  「あ!」

  ヒマリちゃんが、しまったという具合に叫ぶも、既に遅かった。口の中に、昨日からずっと食べたかった、干し草の青臭い味が広がっていく。

  (おいしい、おいしい、おいしい!)

  そして、僕はそのまま干し草をバリッバリッと噛み締めながら、喉の奥へと飲み込んでいった。

  (ああ、止まらない!!)

  身体の底から湧き上がる幸福感に包まれ、口の中に広がるうま味と香りを堪能するうちに、あっという間に食べ終えてしまった。

  ふと向かい側を見ると、ヒマリちゃんも僕と同じように誘惑に勝てず、すっかり干し草を平らげてしまっていた。

  「あ、ああ……!」

  ヒマリちゃんは、ひどく後悔しているような表情を浮かべ、小さな呻き声をあげた。

  「よぉし、いい子だ」

  ヤマトさんは満足そうに言うと、僕たちの頭をポンと叩いて立ち上がった。そして、牛たちのスタンチョンを外しにかかった。乳搾りの時間だ。

  「今日は、君たちもだ」

  そう言って、僕たちの分も外してくれた。またこの前みたいな放牧かと思ったけど、どうやら今日は違うようだった。

  「修練と言ったろ。君たちにも、他の牛さんの仕事を見学してもらうよ」

  そう言って、ぞろぞろと出ていく牛たちと一緒に、僕たちを乳搾り用の作業場へと追い立てようとしてきた。

  「ほら早く、牛さん達についていくんだ」

  首を開放されたことで、僕たちは初めてお互いの全身をしっかり観察することが出来た。

  「う、うそだ……」

  それで初めて気付くことがたくさんあった。

  まず、僕の身長は、もうヤマトさんと同じか、それ以上に大きくなっていた。ヒマリちゃんもだ。背だけじゃない。お腹も肩も、全体が丸々と大きくなっている。反対に手足は短いままで、重すぎる身体を支えて立ち上がるのに、かなり苦労した。

  僕たちは何度も何度もよろけながら、なんとか牛舎の外まで、牛たちの列について出ていくことが出来た。

  体の変化はそれだけじゃなかった。

  「ね、ねえ、ハルトくん……」

  牛舎の外に出たところで、ヒマリちゃんが僕に耳打ちしてきた。

  「もしかしてそれ、おっぱい?」

  そう言って、この間から僕のおへその下にできていたイボを指さした。よく見てみれば、それはソーセージみたいに長く伸びて、牛のおっぱいの形にそっくりだった。逆に、人間のおっぱいがあったところはつるんとして、なんにも無くなってしまっていた。

  「ひ、ヒマリちゃんも」

  ちょっと失礼かもしれないけど、僕もヒマリちゃんの胸を指さした。

  「うん、おっぱいが牛さんと同じとこに移動しちゃったみたい。だけど……」

  そう言いながら、ヒマリちゃんは彼女自身の新しく出来たおっぱいを触りながら首を傾げた。

  「私のは、ハルトくんみたいに大きくないの」

  確かに、そのとおりだった。ヒマリちゃんの新しいおっぱいは、僕の長く伸びたそれに比べて小さすぎて、ほとんど点にしか見えないくらいだった。

  「おい、早く来な」

  後ろからヤマトさんが声を掛けてきた。僕は慌てて、牛たちの列に続いて歩き出そうとした。

  「待ってよ、ハルトくん」

  すると、ヒマリちゃんがまた耳打ちしてきた。

  「ハルトくん、今がチャンスだよ。叔父さんの家に駆け込んで、電話をかけるの」

  そうだった。今僕たちはどこにも繋がれていないし、外を歩かされている。今なら、走ればなんとか計画を実行できるかもしれない。捕まっちゃったとしても、電話をかける時間だけあればいいんだから。

  「う、うん。やってみる!」

  僕は、ヤマトさんの様子をうかがった。少しでも余所見をした瞬間に、そっと群れから離れて走り出すつもりだった。

  (……いまだ!)

  僕は全力で走り出そうとした。

  だけど、できなかった。

  「あうっ!」

  「きゃっ!」

  僕たちは二人揃って転んでしまった。

  やっぱり、身体が大きくなりすぎて、上手く動けなくなっていた。それに、足がどうも変な感じがして、フラフラする。

  「大丈夫かい?」

  懸命にもう一度立ち上がろうとしているところへ、ヤマトさんが心配そうに駆け寄ってきた。

  「どうしたんだい、急に転んだりして」

  まさか逃げようとしていたなんて言えるわけもないので、僕たちは言い訳をした。

  「ちょ、ちょっと身体が重ォオくて」

  「そう、それでちょっと躓いちゃったの」

  なんだ、そんなことかというようにヤマトさんは笑って、そのまま作業場に向かって歩いていった。ちょっと迷ったけど、僕もヒマリちゃんも、牛と一緒にヤマトさんの後ろ姿についていくしかなかった。

  「ダメだったね。もォ私達、まともに走ることもできないんだ……」

  ヒマリちゃんが、落ち込んだように呟く。僕はそのヒマリちゃんと、僕自身の足を見ながら首を傾げていた。

  (こんな感じだったっけ……?)

  なんだか、中指と薬指だけが異常に大きくなっているような気がした。反対に、親指がものすごく小さくなっている。それに、かかとからつま先までがやけに長くなっているような。

  「どうしたの? ハルトくん」

  ヒマリちゃんが、僕の顔を心配そうに覗き込んできた。

  「う、ううん、なんでもォ、ない」

  本当のことを言ったほうが良いだかはと思ったけど、やめた。これ以上心配させたくなかったし、僕自身、あんまり考えたくないことだったから。

  もしかして、これも牛になる前触れなのかな。もしそうだったら、どうしよう。そう思っていると少しだけ、昨日の晩みたいにまた身体がむず痒くなったような気がした。

  気を紛らわそうと、僕はまた口の中に戻ってきたカタマリをもぐもぐ噛むことにした。

  乳搾りの作業場では、順番待ちの牛たちが所狭しとごった返していた。牛舎の中と同じくらい、牛たちの臭いがムッと立ち込めている。

  順番が来たら呼び出されて、おっぱいに乳を搾るための機械を取り付けられる。そうして、手で搾るのとは比べ物にならない速さで大量のミルクが搾り取られていく。それが終わると、放牧地へとしばらく開放されることになる。

  ヤマトさんは、そんな一連の仕事を、作業服の人たちと一緒に手際よく進めていっていた。

  それを見ていると、なんだか切ない気持ちになってくる。本来なら、僕たちもあっち側にいるはずだったのに。今は反対に、牛たちの側に入れられてしまっているなんて。

  「はぁ、はぁ、はぁ……」

  「え?」

  突然聞こえてきた喘ぎ声に、思わず振り返った。見ると、ヒマリちゃんが胸を抑えて、苦しそうに息をしている。

  「ど、どうしたの、ヒマリちゃん」

  「はぁ、はあ、ごめん、ハルトくん、なんか、ここ、すごい、牛の、ううん、牝牛の、匂いが……私、ちょっと、ドキドキしちゃって……」

  「ええ?」

  どういうことだろう。牛の匂いなら、もう僕たちはずっと嗅ぎっぱなしだし、なんなら僕たちの体にも染み付いている。たしかに作業場は混んでいて、すごく臭うけど、特別これまでより強い匂いがするってわけでもない。

  だけど、ヒマリちゃんの様子はますますひどくなる一方だった。

  「ふぅーーっ、ふぅーーっ!ンモオォウ、フごぉオウ!」

  やがて、鼻息を荒くして、言葉にならない声を上げ始めた。

  僕は、あの前回の放牧の時のことを思い出していた。あのときのヒマリちゃんもおかしかった。今回は、あれと同じか、それよりももっと変だ。

  止めなきゃ、と思ったけど、なんだか怖いという気持ちが勝って、僕は何もできなかった。

  「ンオォオオウ!!!!」

  そしてとうとう、ヒマリちゃんは近くにいた順番待ちの牝牛にのしかかるように体を擦り付け始めた。

  「ンモゥッ!?」

  乗りかかられた牝牛は驚いたように身を捩ったけど、すっかり大きくなったヒマリちゃんの身体は、牝牛のお尻をがっちり抑え込んでいた。

  「ヒマリちゃん!」

  そこへ、ヤマトさんが大きな声を上げた。

  「ん……? あっ、おい! ヒマリの方だ。処置室に連れて行け!」

  言うが早いか、作業服の人たちが五人くらい近寄ってきて、猛り狂うヒマリちゃんの頭に縄をかけて、全員で作業場の外へ引っ張っていった。

  あまりの光景に、僕は呆然とその様子を眺めていることしかできなかった。

  「いったい、ヒマリちゃんは、どォしちゃったんですか」

  恐る恐る尋ねてみると、ヤマトさんは何でもないといった風に軽い口調で答えた。

  「あれは盛り……要は、可愛い女の子を見て夢中になっちゃったんだよ」

  「だ、だけど相手は牛で、ヒマリちゃんもォオ女の子なのに……」

  「それはどうかな」

  「えっ?」

  「君は牡牛に気をつけろよ」

  「??? ……どういう、ことですか」

  僕は、ヤマトさんの言ったことがよくわからなかった。だけど、それ以上聞く前に、新しい牛の順番が来て、ヤマトさんはまた機械の取付作業に入ってしまったので、結局何そこで話は終わってしまった。

  (牡牛に気をつけろって、どういうことだろう。それに、ヒマリちゃんのこともなんか、変なことを……)

  その疑問の答えはすぐにやってきた。

  突然、後ろから何かに突き飛ばされるような感覚があって、僕は前のめりに倒れてしまった。

  「な、なに!?」

  「ブモォォォオ!!」

  その声を聞いて、直感的にわかった。僕、牡牛に突き飛ばされたんだ。

  急いで立ち上がろうとしたけど、その後ろから、さっきのヒマリちゃんみたいな声を上げて、牡牛が僕にのしかかってきた。

  「ブモォオ、ンモ、フモぉおお!!」

  「いた、いたた、あうっ!」

  身体が大きくなったおかげで少し押し返すことができたけど、それでもなお牡牛は、僕に乗りかかる勢いで、荒い息をしながら、身体を擦り寄せてくる。

  「おーい、ハルトもだ。連れてってくれ」

  また、ヤマトさんの声がした。すぐさま作業服の人たちが寄ってくる。

  牡牛を引き剥がして、今度はそれだけじゃなく、下敷きにされていた方の僕まで一緒に連れて行かれてしまった。抵抗する暇もなかった。

  「ど、どこへ行くんですか」

  そう問いかけても、作業服の人たちはなんにも答えてくれない。

  [newpage]

  やがて僕が連れて行かれたのは、床に藁が敷き詰められた、木造の小さな小屋だった。そこへ、さっきの牡牛と一緒に押し込められると、扉を閉められてしまった。耳を澄ますと、どうやら鍵もかけられてしまったらしい。

  僕は、この牡牛と二人きりで、狭い部屋の中に完全に閉じ込められてしまった。

  「や、やあ……」

  血走った目をしている牡牛は、やっぱり息を荒くして僕に近寄ってくる。

  怖い。だけど、もっと怖いのは、僕自身の身体も、なんだかおかしいということだった。

  さっきからずっと、身体が熱い。熱でもあるみたいな感覚で、胸の奥が締め付けられるように痛いし、耳もとでジンジンと何かが疼くような音が聞こえる。

  (なんでだろう、これ……)

  そんなことを考えているうちに、牡牛はどんどん僕に近づいてきて、とうとう僕の身体に鼻先を擦り付けてきた。

  「あっ……!」

  ちょうど、その鼻先が、僕の新しく出来た乳首のところに当たった。その瞬間、信じられないくらいの快感が、電流のように走り抜けた。そして、同時にどこからか、声が聞こえてきた。

  (後ろを向け。尻を出せ)

  それはまるで、この牡牛が僕に命令しているみたいだった。牡牛は、僕のおっぱいとお尻の匂いを、くんくんと嗅ぎながら、ぐいぐいと顔を押し付けてくる。

  (早く、尻を出せ。俺の言う通りにしろ)

  「う、ん……」

  僕は、もはや逆らえなかった。まるで、学校では先生の言うことを聞かなきゃいけない、というのと同じ感じで、今はこの牡牛に従わなくちゃいけないという気持ちが強くなっていく。

  そして僕は、壁に手をついてから、四つん這いになって後ろを向いた。その瞬間、身体が一気にゾクゾクと震えるのを感じた。まるで僕がこの体勢になることを待ち望んでいたかのように、そして、実際にそうしたことを喜んでいるかのように、胸の奥から幸せな気持ちが溢れんばかりに湧いてくる。

  「はぁ、はぁ、んはぁ……」

  気づけば僕の息も荒くなってきた。息を吸い込むたびに、牡牛の体の匂いが鼻に突き刺さる。

  「あは、くさ、くさいよぉ……」

  うわごとのようにそう繰り返して、僕はダラダラとよだれを垂らしてしまった。おかしいことはわかっているのに、身体が言うことを聞かない。

  (足を開け)

  また、声が聞こえた。僕は言われるがままに、ふらふらと足を開いていると、牡牛はまたクンクンと僕のお尻の匂いを嗅いで、それからすぐさま僕の背中に乗りかかってきた。

  (よく出来たな)

  「え……?」

  そして次の瞬間にはもう、僕のお尻に生暖かい何かの感触があった。

  「な、なに、して、るの?」

  すると牡牛の方から返事があった。

  (まずは最初の一回だ)

  「ひっ!?」

  僕のお尻に当たっている何かが、どんどん固くなっていく。その正体を想像しそうになって、僕は怖くなって首を振った。

  (いくぞ)

  「えっ、ちょっ、ま、待って……」

  その瞬間、熱いものが僕のお尻の穴を突き抜けて入ってきたのがわかった。それと同時に、これまでに感じたことがないような激しい痛みも一緒にやってきた。あまりの痛みと衝撃に、僕は叫んでしまった。

  「うっ、うおぉぉァァ!」

  でも、牡牛はそんな僕の叫び声がまるで聞こえていないかのように、激しい動きで、僕の中に何度も何度もそれを突き立ててきた。

  「あん、あんっ、あぁんっ!!」

  痛くて苦しいはずなのに、僕は喘ぎ声を上げて、身体をくねらせることしかできなかった。その度に、僕の中の牡牛のものはますます大きくなっていって、僕の中をごりごりと削りながら突いてくる。

  「あんっ、ああ!!」

  そうしていると、僕はこの間の放牧のとき、体の外を擦られているだけでは物足りない感じがあったのを思いだした。

  (ああ、きっと僕、ずっとこうされたかったんだ)

  そんな馬鹿な、と思った。こんな痛くて、臭くて、気持ちの悪いこと、望むはずがない。絶対に。

  (でも……でも……!)

  僕の心は、確実にこの牡牛とのやり取りに幸せを感じはじめていた。

  一突きされるたびに、どんどん、どんどん、心の形が変わっていく。

  苦しい、痛い、気持ち悪い。そんな言葉が、まるで修正ペンで塗りつぶされるみたいに溶けて消えていく。代わりに、嬉しいとか、しあわせとか、気持ちいいとか、あり得ないはずの言葉が僕の心の中を埋め尽くしていく。

  自分が、自分じゃなくなっていくみたいで、怖い。そう思ったとき、ふと、ゾッとする考えが頭をよぎった。

  自分が、自分じゃなくなる。それ、僕が牛になりかけているのと、関係があるんだとしたら?

  思えば、今までにもありえないことがたくさんあった。裸でも、首を繋がれていても何にも思わなくなっちゃったり、人間が食べるようなご飯じゃないのに、すごく美味しく感じちゃったり……まるで、身体だけじゃなくて、心まで牛みたいになってしまったような。

  じゃあ、この得体のしれない幸せを感じるのも、僕の心が、牛になりかけてるって、こと……?

  「やっ、やだっ、そんなのっ、僕、に、にんげんっ! うしじゃ、ない、のにっ!」

  僕は泣きながら叫んだ。だけど、それでも僕の心の中の変化は止められない。

  気持ちいい。嬉しい。もっと、もっと。この牡牛の、好きにされたい。もっと奥まで突かれて、めちゃくちゃに、されたい。

  「はぁ、うぅ、ンオォ、んモォぅ」

  いつの間にか、僕はまるで牛みたいな声を上げて、腰を振りながら、牡牛のものをお尻の穴で飲み込んでいた。

  (ははっ、いいぞ。やっと正直になってきたな)

  牡牛の興奮したような声が、頭の中に響いてくる。

  (ほら、もっと鳴いてみろ)

  「ンモォッ、ンモッ、オッ、オオ、オォ!!」

  (ああ、良い子だ。かわいいぞ)

  それは人間に対する言葉じゃない。牛の、しかも、牝牛に対する言葉。

  ああ、僕、ほんとに、牛になっちゃうんだ。

  牝牛に、されちゃうんだ。

  そう思った瞬間、僕の心の中で、何かがバンッと大きく音を立てて破裂した。

  「ンモォオオォォォーーーーッ!!!」

  僕の喉から出たそれは、獣の鳴き声だった。

  「ンモ、ンモ、ンモ、モーーッ!!」

  僕は夢中になって、ずっと欲しかったものを味わいながら、吠えまくった。

  「フモ、フ、モッ! んもぉ、お、オォォっ!!」

  もう自分が何を言っているのかわからない。ただ、ただ気持ち良くて、幸せで、何もかもどうでもよかった。

  (出すぞ!)

  牡牛もそう叫んで、僕の中に何か熱いものを放ってきた。それが何なのか、僕にはわからなかったけど、熱くて、ドロドロしていて、その熱がお腹の中で広がっていくたびに、僕の心も溶けていくような気持ちになった。

  「終わったか」

  その言葉と一緒に、人間たちが入ってきた。

  「どうだ、気分は」

  ヤマトさんだ。一緒に入ってきた作業服の人たちが、僕の上から牡牛を引き剥がして、またどこかへ連れて行った。

  「あ、あの、その、僕は、どう、なって」

  まだ頭がボーッとする。身体中がじんじんしびれて、熱い。特に、お腹の中に何かが入っているような感覚があって、それが僕の心も体も支配していた。

  「うん? もう喋れないか。混乱してるのかな。いいんだよ、そのうち慣れるさ」

  ヤマトさんは、そう言って僕を優しく撫でてると、足腰が立たない僕を五人がかりで小屋から連れ出してくれた。

  あの牛とやっていたことはなんだったのとか、ヒマリちゃんはどうなったのとか、色々と聞きたいことはあったけど、とりあえず今は、早く牛舎に戻りたい気持ちでいっぱいだった。

  だって、すごくお腹が空いていたから。

  牛舎に戻ると、先に戻っていたヒマリちゃんが、僕に笑顔で話しかけてきた。

  「おかえり。なんか、また可愛くなったね、ハルトくん」

  「あ、う、うん」

  ヒマリちゃんに言われて、僕はドキッとした。なぜか、さっき牡牛に乗っかられていたときと同じような感情が、ヒマリちゃんを見ていると湧いてくる。

  「ひ、ヒマリちゃんも、カッコいいね。その柄」

  僕はヒマリちゃんの身体を覆っている白黒のまだら模様を褒めた。すると、ヒマリちゃんは、すごく嬉しそうに笑った。

  「でしょ? えへへ、嬉しいな。でも、ハルトくんの模様も、可愛くて素敵だよ」

  「そうかな。ありがとう」

  さっき戻って来る途中で気づいたけど、僕の肌も、白と黒のまだら模様で覆われていた。うっすら毛も生え始めている。そのことが、なんだかくすぐったくて、嬉しかった。

  「ほーら、ご飯だぞ~」

  そして、いつものようにごちそうが運ばれてきた。

  [newpage]

  食事が終わって、胃から戻ってきたものをもぐもぐしていると、突然、ズキンと鈍い痛みが口の中に走った。

  「あぇ……?」

  何か、歯がグラグラしているみたいな感じだ。気持ち悪い。でも、手で触れないから、自分ではどうにもできない。

  気持ちの悪い感じが、すごく嫌だ。何とかしてほしい。

  (助けて、ヤマトさん)

  「どうした、ハルト」

  じっと見つめて念を送っていると、ヤマトさんは僕の異変にすぐ気づいて、声をかけてきてくれた。なんとか説明しようと口を動かそうとしたけど、歯のせいかうまく舌が回らない。

  「も、ンモォオ、モォぅ」

  口からは、牛の鳴き声みたいな、変な音しか出てこなかった。

  ヤマトさんは、真剣な顔で僕の言葉を聞き取ろうとしてくれていたけど、やがてにっこりと微笑んだ。

  「もう、喉が牛の形に変わってきたんだな」

  「も、モォっ!? ン、モォ、ンムゥ!」

  そんな。歯じゃなくて、喉のせい? それじゃ僕はもう、人間の言葉を喋れないの?

  それって、それって、僕はもう、人間じゃなくて、動物になっちゃったってこと……?

  「モゥ、モォっ! もぉぉ!!」

  「そう騒ぐない。それよりも……」

  ヤマトさんは僕の鼻先を掴むと、ぐいっと口を開けさせてきた。うえっ、苦しい、と思った次の瞬間、ヤマトさんはペンチのようなものを取り出した。

  「歯も抜けてきたってとこかな」

  そう言って、そのペンチみたいなもので僕の上の前歯を掴むと、ひとつひとつ抜いていった。

  もともと抜けかけていたせいか、スポスポと音がなるような感じで、どれもほとんど抵抗を感じないくらい、簡単に抜けていく。おかげで、さっき中途半端にグラついていたときよりも全然痛くなかった。

  「永久歯がまだ生えてなかったところはどうなるかわからないけど、とりあえず、これで大丈夫。よしよし、落ち着け落ち着け」

  ヤマトさんはそう言って、混乱している僕の頭を撫でながら、そのペンチみたいなものを、ポケットにしまった。

  口の中を舐めて確かめてみると、僕の上の歯は前歯がすっかり全部なくなって、奥歯だけになっていた。

  とりあえず言葉のことは置いといて、口の中の不快感だけでもなくなったのは、ちょっとホッとした。なにより、これなら餌が食べやすい。草や穀物しか食べない僕らにとって、鋭い前歯は邪魔になるだけだ。

  「ヒマリちゃん、見て」

  僕はヒマリちゃんに向かって、口をニッと開き、抜いてもらった前歯のところを見せた。

  「ああ、私も、ほら」

  するとヒマリちゃんは、自分の前歯が無くなったところを見せて、同じようにニッと笑う。

  「お揃いだね」

  「うん、お揃い」

  僕とヒマリちゃんは、顔を見合わせて笑った。

  その日の晩、僕は新しくなった歯並びが嬉しくって、横になりながら寝落ちるまで、胃から吐き戻したものをもぐもぐ噛み砕いていた。

  喋れなくなったことはショックだったけど、ヒマリちゃんとはお話ができるみたいだし、まあいいか、と思うことにした。

  それからさらに何日かたったある日のことだった。

  「ねえ、新入りちゃん、あなた、まだ子供を作らないの?」

  いつものように作業場への列を歩いている途中で、一頭の牝牛が僕に話しかけてきた。

  「え……」

  僕は戸惑った。どうしてそんなことを聞くんだろう?

  「私たち、子供を作らないとお乳が出ないのよ? そうしなきゃお仕事もできないじゃない。ここには牡牛が三頭もいるんだから、早く適当な相手に種付けしてもらって、子供を産みなさいよ」

  ああ、そういえば、確かにこの前の放牧のときに、そんなようなことを言われたような気がする。でも、僕には関係ないことだと思ってた。だって僕は、牡牛だもん。いくら頑張ったって、赤ちゃんを生むことはできない。

  「あら、そうなの?」

  牝牛は、不思議そうに首を傾げた。

  「おかしいわね。あなたからは牝牛の匂いがするのだけど」

  「えっ、そうなの?」

  「ええ、そうよ。だから、てっきり、あなたは牝牛になるのだと思っていたのに」

  そういえば、ここのところ毎日、僕は牡牛にのしかかられていたっけ。よく考えてみれば、あれは牡牛同士でやるものじゃないような気がする。……もしかして、ほんとに僕は牝牛になるのかな。

  「私も、ハルトくんは牝牛だと思う」

  僕の背後で、ヒマリちゃんも言った。もう振り返らなくても後ろが見えるようになったから、僕は前を向いたまま尋ねた。

  「ヒマリちゃんも、そう思うの?」

  「だって、ほら」

  そう言って、ヒマリちゃんは列から離れて僕の横に回ると、僕の長い乳首をギュッと咥えた。

  「あうっ」

  「このおっぱい、牝牛のだもん」

  その感触に、思わず身悶えて、両手をついてしまった。一度ついてしまうと立ち上がるのが大変なので、列を乱さないように、そのまま四つ足で歩き続ける。

  「もォオウ、やめてよヒマリちゃん」

  「ごめんね。でも、ハルトくんだってその方が歩きやすいでしょ? 無理して人間みたいに歩かなくっていいのに」

  ヒマリちゃんはもう、ここのところずっと四本足で歩いている。もう髪の毛もすっかり抜けて、見た目は殆ど本物の牛と変わらない。

  だけど僕はどうしても、二本足で歩きたいような気がして、なるべく手をつかないようにしていた。ヒマリちゃんの言う通り、最近ではそれもしんどくなってきているのだけど。

  「前足にも立派な蹄があるんだから、ちゃんと使ってあげないとかわいそうだよ」

  ヒマリちゃんは厳しい口調でそう言った。

  確かに、僕の手足はもう、ほとんど牛と同じ形になっている。

  それだけじゃない。鼻先は四角くなって、口と一緒に前に伸び、その先っぽはいつでもネバネバしたよだれと体液で湿っている。まだら模様になった肌には、それと同じ色の長い毛がびっしりと生え、もう汗もほとんど出なくなった。おかげで、汚れや周りの環境のせいだけじゃなくて、体臭そのものが牛そのものになってしまった。そうすると、他の牛たちと同じようにアブが寄ってくる。近ごろは、それが悩みの種だった。

  その点、手を使えるようにしておくと、自分で追い払えるから便利だ。二本足で立つと、こういう良いことがある。

  そう答えると、ヒマリちゃんは呆れたようにため息をついた。

  「全くもオォ、なんのために尻尾があると思ってるの!」

  そして、僕に見せつけるように、先っぽにふさふさの毛が生えた尻尾を振った。ちょうど、お尻にアブが止まったところで、それをヒマリちゃんは尻尾で器用に追い払ってみせた。

  そうだ。僕にも昨日、尻尾が生えたんだったっけ。すっかり忘れていた。

  「ヒマリは頼もしいわねぇ」

  僕に話しかけてきた牝牛が、そう言って目を細めた。

  「私は、やるならしっかり仕事がしたいんです。ハルトくんも、そうでしょ?」

  「う、うん」

  するとその牝牛はなるほどいった感じで、頷いた。

  「じゃあ、ヒマリには立派な種牛として頑張ってもらわなきゃね」

  「はい!」

  ヒマリちゃんは、嬉しそうに返事をした。

  「私、もうすぐおちんちんが完成するんです。叔父さんが言ってました」

  ヒマリちゃんはもともと女の子だったのに、牛になってから、おちんちんが生えてきたらしい。

  「だから、完成したら、種牛としてしっかりお仕事しようと思います!」

  「それは、楽しみだわねぇ」

  「はい!」

  ヒマリちゃんは、満面の笑みで頷く。

  そんな様子を見て、僕は少しだけ羨ましくなった。もうヒマリちゃんは、新しい身体と新しい心に完全に染まっているみたい。

  僕だって、このまま牛になるんだろうなとは思ってるけど、なんだかモヤモヤしたものがまだ無くなりきってくれない。

  「ねえ、ハルト。あなた、ヒマリに種付けしてもらったらいいんじゃない?」

  さっきの牝牛が、そっと僕の耳元で囁いた。

  ああ、そうしたら僕、ヒマリちゃんみたいに思い切って完全に変わることができるかもしれないな。

  ピシリ、と僕の心の中のなにか大切なものに、ヒビが入っていくような気がした。

  [newpage]

  それは、次の日の朝のことだった。

  「おっ!」

  僕の身体をチェックしていたヤマトさんが、嬉しそうな声を上げた。

  「できたぞ、女の子の穴が。ハルトくん、これで君はすっかり牝牛になったんだ」

  「えっ……」

  僕は、まだはっきりとしない頭で、ぼんやりと自分の身体を見た。

  おっぱいは、もうすっかり大きくなっていた。それに、身体の方も、前足と後ろ足が完全に蹄になってしまっている。もう二本足で立つことはできなそうだった。

  ヤマトさんはそのまま、反対側のヒマリちゃんの方に駆け寄っていった。

  「それじゃあ、こっちも……やっぱり! ペニスが完成してる。みんな来てくれ! ついにやったぞ!」

  ヤマトさんが、作業服の人たちみんなを呼び集めると、一斉に僕たちに駆け寄ってきた。そして、僕たちの身体をみんなでジロジロ観察しはじめた。

  僕はヒマリちゃんの顔を見ようとしたけど、何だか視界がぼうっとして、よく見えなかった。

  「ヒマリちゃん、ヒマリちゃん?」

  「ああ、ハルトくん、そこにいるんだね。匂いがするよ」

  「ねえヒマリちゃん、僕、女の子になっちゃったみたいなんだ」

  「それなら私も、もう牡牛だよ」

  それを聞いた途端、僕の心にまたピシリとヒビが入った。

  僕は男の子だったのに、牝牛になっちゃって、ヒマリちゃんは女の子だったのに、牡牛になっちゃった。

  僕たちはもう、本当に別の生き物になってしまったんだ。

  「ねえ、ヒマリちゃん、僕たち、どうなっちゃうんだろう?」

  「わかんない。でも、ハルトくんは牝牛になったんだから、これから頑張って子供を産んでいかないといけないよ」

  「やだよ、そんなの」

  僕は、思わずそう声に出した。

  僕の心はまだヒマリちゃんみたいに完全に染まりきっていない。こんなの、受け入れようったって、簡単にはできない。人間の男の子だった僕が、牝牛として子供を生んでいかなきゃいけないなんて。

  するとその時、ヤマトさんが大きな声で言った。

  「よし、それじゃあ、早速種付けだ!」

  「ええっ、い、いまから?」

  僕は驚いて声を上げた。まさか、このタイミングでそんなことを言われるなんて思ってなかった。まだ心の準備もできていないのに。

  だけど、僕の言葉はもうヤマトさんたちには牛の鳴き声にしか聞こえないみたいで、全く反応してくれない。

  「さあ、行こうか」

  そう言って、ヤマトさんは僕たち二人を別室へ引っ張っていった。

  牛舎の、少し奥まったところにある、狭い個室。

  僕とヒマリちゃんがそこに連れてこられると、ヤマトさんは真面目な顔をして、とんでもないことを言い出した。

  「よし、ヒマリ。まずはハルトくんのお尻の匂いを嗅いでみろ」

  「はい!」

  ヒマリちゃんは、言われるままに、僕のお尻に顔を近づけてきた。

  「ちょ、ちょっとまってよ!」

  「どうしたの、ハルトくん?」

  ヒマリちゃんは、不思議そうな顔をして僕の顔を見つめてきた。

  「は、恥ずかしいよ」

  すると、そんな僕の様子を見たヤマトさんや作業服の人達はみんな一斉に笑い出した。

  「どうした。モーモー鳴いて。そんな身体でも、まだ恥ずかしいのかい?」

  「うう、ひどい」

  僕は思わず泣きだしてしまった。そんな僕を見て、作業服の人たちはさらに面白がるように笑う。

  「そうか、わかったぞ。ハルトくんは、まだ子供だから恥ずかしいんだな」

  ヤマトさんがそう言うと、周りのみんなも納得したように頷いた。

  「おいおい、お子様のハルトくんには困ったな。もう、身体は立派な発情期の牝牛だってのに」

  作業服の人が言うと、周りの人達はまた、笑いだした。

  「ねえ、ヒマリちゃん、なんとか言ってよぉ!」

  僕が、ヒマリちゃんに助けを求めようとした、その時だった。

  「ひゃっ、くすぐったい!」

  突然、僕のお尻の谷間に、なにか暖かくて、柔らかいものが触れてきた。僕は思わず身を仰け反らせたけど、すぐにその感触の正体がわかった。

  それは、ヒマリちゃんの舌だった。彼女が僕のお尻をペロペロと舐めている。

  「ひ、ヒマリちゃん!」

  僕は思わず、悲鳴のような声を上げた。でも、ヒマリちゃんは夢中で、全然僕の声を聞いてくれない。

  「よしよし、ヒマリは仕事のできる牡牛だな」

  周りの人達が囃し立てると、ヒマリちゃんもさらに激しく舌を動かた。それに、フゴフゴと荒い鼻息を漏らしはじめている。

  「だ、だめ、くすぐったいって、ヒマリちゃん」

  すると、ヒマリちゃんが突然、ボソリと言った。

  「黙れよ、メスガキ。ピーピー鳴くな」

  いままで聞いたこともないような、低い声だった。

  「え、ヒマリ、ちゃん?」

  僕は驚いて、思わずヒマリちゃんの顔をマジマジと見てしまった。そして、目があった。

  「大人しくオレに抱かれろ。オマエはもう、牝牛なんだよ」

  横長の瞳孔がガラリと光った、まさに獣の眼光だった。

  怖い。こんなの、ヒマリちゃんじゃない。僕を襲う、オスの、ケダモノだ。

  そう思った瞬間、僕の身体の中で、何かがキュウッと縮こまるような、不思議な感覚がした。

  「い、いや、やめて、ヒマリちゃん、僕、男の子だよ、ねえ」

  「うるせえ!」

  ヒマリちゃんは乱暴な言葉遣いで吠えると、前脚を振り上げて、僕の背中にのしかかってきた。

  胸がドキドキする。怖いはずなのに、ヒマリちゃんに凄まれるたびに、何故か僕は、心が熱く燃え上がるような、不思議な気持ちになっていく。

  「はぁ、はぁ、はぁ」

  いつの間にか、僕は息を荒げていた。なんだか頭がぼーっとして、熱っぽい。

  これ、知ってる。いつも、牡牛たちにお尻をいじめられていたときの、あれと一緒だ。

  そんな僕の様子を、作業服の人達は、ただニヤニヤと見ているだけだった。

  「発情したな」

  ヤマトさんのその一言を合図に、ヒマリちゃんは大きな吠え声を上げた。

  「ンモォオオオオ!! ブオォオオオ!!!」

  ビリビリと、空気が震えるほどの大声。その音に、僕の身体がビクンッと大きく震えた。

  「尻尾を上げろ!」

  さらに、ヒマリちゃんが僕に強い口調で命令してくる。

  逆らえない。逆らっちゃいけない。僕の頭の中に、そんな言葉が強制的に浮かんでくる。強い牡牛の、ドスの利いた声。そして、僕を酔わせる、魅力的な匂い。

  僕は自然とヒマリちゃんに従って、自分の尻尾を高く上げた。すると、ヒマリちゃんはすかさず、硬い棒のようなものを僕の新しく出来た女の子の穴にあてがってきた。

  「ンモォ……こ、これって」

  僕にはもう、それがなんなのかわかっていた。

  「フゴ、ブモォ」

  僕は、そんな鳴き声を上げながら、これからくるであろう衝撃にそなえて、身体をこわばらせた。

  怖いはずなのに、ドキドキが止まらない。来る、来る。はやく、来て。僕を、貫いて。そんな思いが何度も脳内を駆け巡って、僕の後ろ脚が、ガクガクと震え出す。

  そして、ついにそれが入ってきた。

  「ンモォオオオッ!♥♥♥」

  僕の口から、今まで発したこともないような、甲高い鳴き声が漏れた。

  気持ちいい。こんなの、はじめて。お尻の穴をほじられるのとは全然違う、もっとあったかくて、僕の深いところに突き刺さって、グズグズに溶かされる心地よさ。

  「どうだいハルトくん、いや、もう女の子だから、ハルちゃんと呼ぼうか。これが、本物の交尾だよ」

  ヤマトさんが、僕を見下ろして言った。

  「ンモォ♥♥♥」

  しあわせ。気持ちいい。もっと、もっと、きもちよくなりたい。そんな思いを込めて、とろけたような声で答える。すると、それに応えるように、ヒマリちゃんの腰の動きも激しくなった。僕の中の一番大事なところに、何度も何度も硬い棒が打ち付けられてくる。そのたびに、僕の心が突き崩されて、ぐちゃぐちゃに潰れて、消えていく。

  「ヒマリ、どうだい。オスとして味わう快感は」

  ヤマトさんは、今度はヒマリちゃんに尋ねた。すると、ヒマリちゃんは腰を振りながら、低く唸るような声で答えた。

  「ああ、最高だよ。はぁ、はぁ、ハルト、ハル、ハル! オマエのおまんこ、気持ち、良すぎる!」

  「ンモォオ!♥♥♥」

  嬉しい。僕の身体が、ヒマリちゃんに悦んでもらえているんだ。

  「ハル、ハルよ、オレのちんこの味は、どうだ、イイか? イイのか?」

  「ンモォ、イイ、ブモゥ、イイわ!♥♥♥」

  僕は、もうほとんど牛の言葉すら喋ることもできないまま、激しく頭を縦に振った。ヒマリちゃんのおちんちんが突き刺さって来るごとに、気持ちよさと幸福感が爆発して、脳みその中まで作り替えられていく気がした。

  「ヒマリ、ヒマリ、大好き、もっと、もっとぉ♥♥♥」

  わたしがそう言うと、ヒマリはより一層激しく腰を振り始めた。

  「ハ、ハル! イク、イっちゃうぞ! もう、オレ、イクからなぁ!」

  その言葉の意味も分からず、けれども何かとても嬉しいことなんだと本能で感じながら、わたしはただ夢中で何度も鳴いた。そして、ヒマリのおちんちんが、わたしの一番奥深くまで突き刺さり、そこで止まった。それと同時に熱いものがわたしの中に流れ込んでくる。それを全部受け止めたわたしの全身はビクビクと痙攣し、意識がまるでミルクのように真っ白な海の中へ、沈んでいった。

  [newpage]

  あれから、五年の月日が流れた。

  あの後、私たちは牧場の見学中に行方不明になったということで、捜索願が出されることになった。何度か牧場にも警察や、お父さんやお母さんが来たけれど、牛になってしまった私たちのことなんて、誰も見つけられるはずもなく、そのまま私たちは失踪ということで処理されることになった。

  その間に私は四回の出産を経験した。そして……。

  「ほら、ハルちゃんおいで。お仕事だよ」

  ヤマトさんがいつものように私を呼んだ。トコトコと歩いていくと、彼はそのまま、搾乳用の器械を私のパンパンにはったおっぱいに取り付け、スイッチを入れる。

  私は今、この牧場の乳牛として、仕事に励んでいる。去年あたりからしっかり身体も成長しきったようで乳量も増えて、ますます牧場の仕事に貢献できるようになった。

  スイッチの入った搾乳機は、ブーンというモーター音とともに私の乳首を引っ張って、お乳を吸い上げていく。

  「ンモォオオ♥♥♥」

  最初は痛くて暴れてしまったけれど、もうすっかり慣れて、むしろこの刺激が心地よく感じるくらいになっていた。今ではこの時間が待ち遠しくてたまらない。

  「ハルちゃん、今日もいっぱい出てるよ」

  ヤマトさんは嬉しそうに言うと、さらに搾乳器の出力を上げた。

  「ンモ、ブモ、ァオォ♥♥♥」

  私は、ビクビクと身体を痙攣させながら、軽く絶頂を迎えた。私の身体から溢れ出した濃厚なミルクが、勢いよく吸い上げられていくのを感じる。同時に、私のおまんこからはドロリとした愛液が流れ出し、太ももを伝っていった。

  「ハルちゃん、気持ちいいかい」

  ヤマトさんが尋ねてきた。

  私は快楽に蕩けた頭で、鳴いた。

  「ン、モォ♥♥♥」

  気持ちいい。すごい、しあわせ。

  もちろん、単に気持ちがいいだけじゃない。かつて人間の男の子だったころに飲んでいた牛乳を、今は私が、私の身体から出している。その事実に、誇らしさも感じる。

  「そろそろ、五回目の種付けだな」

  発情のスイッチが入った私の身体を見て、ヤマトさんは嬉しそうにそう言った。

  種付け。その言葉でまた心が躍る。

  今年も、ヒマリに子種を仕込んでもらえるんだ。そう思うと、ワクワクして、おまんこがキュンとしてしまう。

  ヒマリはあれからも、ホルスタインの種牛として私を含めたここの牝牛たちへの種付けに貢献している。さすがに私の娘には種付けしていないけど、他のほとんどの仕事仲間は、ヒマリに孕ませてもらっている。

  ご飯を食べたあと、ヒマリに今年の種付けの話をした。

  「そういうわけで、今年もお願いね、ヒマリ」

  「ああ、任せろ。たっぷり、濃いのを付けてやる」

  ヒマリは自信満々に答えた。

  「ありがとう、嬉しい!」

  私は心から感謝した。私たち牝牛にとって、種牛に孕ませてもらえるのは、最高の誉れなんだから。

  「それにしても、今年で五年目か」

  ヒマリが、感慨深げに言った。私は、うん、と頷きながら答えた。

  「ええ、普通のホルスタインだと、そろそろ処分されちゃうころね」

  「だが、オレたちは普通じゃない。そうだろ?」

  そう。あの後ヤマトさんが教えてくれたことだけど、私たちが牛に変えられた理由は、長く仕事ができる特別な牛を作るためだった。

  普通のホルスタインは、早ければ三年、遅くても五年程度で処分されてしまう。歳をとって、いいお乳が出なくなるからだ。

  だけど、もともと長い寿命を持つ人間だった私たちは、短く見積もっても三十年は働ける。おかげで、私たちも牛として生まれ変わってから五年が経つけれど、当分は将来の心配をしなくていい。

  それだけじゃない。私たちから生まれた仔牛たちは、みんな私たちと同じ長い寿命を受け継いでいる。

  ヤマトさんの計画では、この特別な牛たちの血統を、どんどん広げていくつもりらしい。それが叶ったら、私たち二人の遺伝子から、酪農の新しい時代が始まるということになる。

  「そうなったら、素敵ね」

  「ああ、そうだな」

  私は、牛舎の窓から空を見上げた。青い空に、真っ白な雲が浮かんでいた。

  この牧場では、今、たくさんのホルスタインたちが、それぞれに与えられた仕事をしながら、のんびり暮らしている。その中で、私たちの交配によって生まれた仔牛たちは、元気に跳ね回りながら、将来に待ち受ける酪農の大革命への希望を育んでいたのだった。

  「ねえ、ヒマリ」

  私は改めて彼に呼びかけた。

  「なんだ?」

  聞き返してくる彼に、私は微笑んで言った。

  「ありがとうね、私をこんな素敵な世界に連れて来てくれて」

  もう何度も伝えた感謝の言葉だけど、それでも、何度でも伝えたかった。

  「どういたしまして。オレこそ、オマエがいてくれて本当に良かったと思っているよ」

  ヒマリも、私と同じ気持ちのようだった。私はとても幸せな気分のまま、口の中で反芻した食べ物をもぐもぐもぐもぐと、噛み続けるのだった。

  (完)