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【176】詐欺に引っかかる人の心境って多分こんな感じ(遠い目)

  じんじんと、耳元で血流の音が煩く響いて他の音が聞こえづらい。

  座り込んだ床に体温を奪われて、体の震えが目に見えて悪化していく。

  尋常でない状態の私に、それでもオネェさまは慌てる事無く、根気強く話しかけた。

  「呼吸に集中するのよ。吸って、吸って、ゆっくり吐くの」

  反応の鈍い私に、そう繰り返し言って聞かせ「大丈夫、大丈夫よ」と励ます。

  暫くして。言われた通り呼吸に意識が向き始めると「その調子よ」とオネェさまは続けた。

  「吐く方に集中して。10数える間、吐き続けて」

  指示に従い、自分が吐き出す息に集中する。

  「吸って、吸って、ふーー・・3、4、5・・」

  何度も吸って吐いてを繰り返し、漸く呼吸が落ち着いてきた所で、オネェさまは「床は冷たいでしょ?」と近くのテーブル席に優しく誘導した。

  覚束ない足取りで椅子に座った私に、「ちょっとだけ待ってて」と離れたオネェさまは、すぐに大きなマグカップを手にして戻って来る。

  「ホットミルクよ。すぐに飲める温度にしたから、少しずつで良いの。飲んでみて」

  言われるまま、まだ震えている両手で置いたままのカップを包む。

  手汗で冷えた手に、じんわりと熱が移って少しだけ肩の力が抜けた。

  ゆるゆると熱が広がるにつれて、震えも幾分マシになる。

  6分目程に入れられた白い液体が揺れなくなってから、漸くカップを持ち上げて少しだけ口に含んだ。

  冷めてぬるくなったミルクが舌に広がり、優しい甘さにほぅと溜息が零れると、つられたように向かいの席からも溜め息が。

  「少しは落ち着けたみたいね・・良かったわ」

  「・・・ご迷惑を・・」

  ぼそぼそと小さく呟くと、「良いのよ」と首を振るオネェさま。

  「アタシも、洗面スペースとはいえ勝手に入ってごめんなさいね?なかなか出て来ないから、中で倒れたりして動けなくなったんじゃないかと思って・・」

  「いえ。ありがとうございました・・すみません。お会計を・・」

  今はまず、1人になりたい。

  他人に気を配る余裕がない。

  これ以上迷惑を掛ける前に帰らないと。

  マグカップに張り付いた手をペリリと剥がして立ち上がり、ふらりリュックを入れたカゴに向かおうと立ち上がる。

  「待って頼子ちゃん!そんなふらふらな状態で外に出たら危ないわ!」

  「いえ、お構いなく・・」

  「いいえ!構うわ!お願いだから、もう少し元気になるまでここにいましょう?」

  ・・何故、今日初めて会っただけの人に、自分の行動を制限されなければならないのだろう?

  後で冷静になって考えればただの八つ当たりなのだが、この時は余裕の無さからオネェさまの言葉が理不尽に思えてしまい、苛立って冷たく答えた。

  「・・・1人になりたいんで、帰ります」

  「・・・だめよ。このまま帰せないわ」

  拒否され、瞬間的に膨れ上がった怒りで衝動的に叫ぶ。

  「っ!帰りますっ!」

  ガタタっと大きな音を立てて椅子を動かし、一歩を踏み出した。

  が、足に力が入らずガクンと体勢を崩してしまう。

  またしても崩れ落ちるようにして座り込んだ自分が酷く情けなく思えて、苛立ちと恥ずかしさで顔が上げられない。

  急ぎ心配そうに、でも付かず離れずの位置で屈んだオネェさまは、掛ける言葉を探していたのか暫しの無言を経て、静かに言葉を紡いだ。

  「頼子ちゃん・・・ちゃんと力になるから、何があったのか話してくれないかしら?」

  未だ頭の中は混乱状態でぐるぐると意味も無い思考が流れ続けており、オネェさまの言葉に「はい」とも「いいえ」とも答えられずにいると、ずっと静かにしていた中年男性が目の前までやって来て、屈み込んで言う。

  「ねぇ。綾小路さん・・今だよ」

  ・・何が?・・

  そう思っても、声は出ない。

  でも、あまりに真剣な・・キリリと張りつめたその声音に、のろのろと顔を上げた。

  そして、続けられた言葉。

  「―救えるか失うか・・ここが君の分水嶺だ」

  ひゅっ、と。飲んだ息を最後に、呼吸の仕方を忘れる。

  目の前の中年男性を見つめたまま、思考は『何故』で埋め尽くされた。

  すると今度は『仕方ないなぁ』とばかりに苦笑の形に唇を歪めて言われる。

  「ま。まずはおいちゃんたちに訳を話してごらんよ。絶対悪いようにはならないからさ」

  「そうよ頼子ちゃん。コウちゃんが関わるだけで、最悪な出来事が回避出来る可能性があるわ。だから、ね?」

  そうオネェさまも続いて言うと、フロアカーペットについた手を、上からそっと触れられた。

  優しい温もりにつられ、ぎこちなく顔を向けると淡く微笑まれる。

  2人からの優しさと気遣い、[[rb:友人 > アド君]]を助けられるかもしれないという可能性に、堰を切ったようにぼろぼろと涙が溢れ出た。

  「ぁ・・アド君・・アド君がっ!・・」

  「落ち着いて。大丈夫よ。コウちゃんの異能力って凄いんだから!」

  「まぁね!でも状況が分からないと俺ちゃんの「勘」もいまいち働かないからさ、ゆっくりでいいから話してみ?」

  優しい言葉を掛けられ、安心させるように背中を労わり撫でられる・・

  そうまでされてしまったら、もう疑い続けるのも難しい。

  「もしかしたら」の僅かな希望に縋って、なりふり構わず頷いた。

  「こ、この。胸の模様・・契約した相手の状態が、分かるんです」

  だるんと伸びてしまっている襟ぐりを少し下げて、契約紋の一部を見せる。

  「契約って・・赤いけど、痛みはないの?」

  「はい。大丈夫です。赤いのは、たぶん私が擦ったから・・」

  「あぁ。周りのお肌も赤いけど、そうじゃなくて模様も赤錆みたいな色してるから」

  「えっ・・」

  オネェさまの言葉に驚いて、焦りシャツの中を覗き契約紋を確かめた。

  黒に侵食されていた筈の模様は、元の赤銅色に戻っている。

  つまり、アド君の状態も問題ない?

  助かった?

  「よ、良かったぁ~・・良かったよぅ・・」

  「頼子ちゃん?!」

  「ありゃりゃ・・こりゃ話せるようになるまでかかるかねぇ」

  先程とは違い、今度は安心感で涙腺が大変な事になった。

  ちょっと申し訳なく思いつつ、感情の制御を放棄して思いきり泣く。

  あ、コンタクトどっかいった・・・

  その後、無事コンタクトを見つけてケースに仕舞い、代わりに眼鏡を出して掛ける。

  大泣きしたので眉間の辺りが重い上に鼻声だが、息が整った所で自分の鏡が異世界に繋がった一連の出来事を2人に語った。

  「・・想像よりだいぶ斜め上の話だったわ・・」

  「異世界かぁ~。いくつ目だっけ?」

  「これまでに確認されたのは17つよ。今回を入れたら18ね」

  「他にもそんなにあるんですか?!」

  ・・・・え。じゃあ私以外にも似たような経験してる人がいるかも?

  この世の中にな○う小説みたいな事象が溢れてる可能性が?

  衝撃の事実に言葉を失っている間にも、オネェさまたちの話は続く。

  「観測しただけならね。実際にやり取りがあるのはもっと少ないわ」

  「ここ以外の世界を、次元がズレてるのも含めてまるっと「異世界」として一括りにしてるワケ!友好的なのもそうでないのもあるし、危険だから観測だけして放置してるトコもあるのさ☆」

  「へぇ~・・」

  「一番交流があるのは「妖界」や「妖精界」なんて呼ばれてる私たちの世界と次元がズレてるだけの近しい世界ね。行き来してる人も居るし、たまにあちらからも来たりもしてるわ」

  「ほわぁ~・・」

  もう既に情報過多で頭が追い付かずぽわぽわしているでございます・・

  思ってたよりやべぇなこの世界。普通にファンタジー・・は今更か。

  「それで?頼子ちゃんの鏡と繋がった世界はどんな感じの所なのかしら?」

  「あ。はい。あちらは精霊とか魔法とかあって、魔物?とかもいる王道ファンタジーな感じです」

  「現地の人と物のやり取りをしてるって?何を渡して何を貰ったか訊いてもいいかな?」

  「はい。こちらからは主に食品ですね。味覚が近いらしくて、こっちのご飯とかお菓子とか気に入ったみたいです。あっちからは同じく食品と、あとはお代として道具と・・」

  そこでちら、とカウンター近くに置いたリュックに視線を向けると、気を利かせた中年男性が取りに行ってくれた。

  「ありがとうございます」と礼を言って受け取り、中から銀行に預けられなかった金貨を袋ごと取り出してテーブルに置く。

  「これです」

  袋の口を縛る紐を緩めて傾け、ざらりと中身を出して見せた。

  「あー・・成程ねぇ・・」

  「わぁお・・」

  照明を反射してキラリと輝く金貨を見て、2人はどこか疲れたような溜め息を吐いたのだった。

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