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楽しい夕食の後は、「アドの魔法について、詳しく!」と話を聞きたがるボサ髪の魔法使いが赤髪の双剣使いに拳で止められるという一幕があったり、時間を作って「褐色肌以外のメンバーとも手合わせをしていく」という約束をしたりと『これぞ冒険者』といった時間を過ごした。
『思っていた以上に楽しい時であった』と記憶を反芻しながら起床後の身支度を整え、ブーツの紐をきっちりと絞めて寝台から腰を上げる。
自身が想像していたよりも得難い経験を積めていると、充足感でやや浮ついた気持ちのまま天幕の出入り口の布を捲った。
そこで聞こえて来たのは、見知らぬ男の声。
「[[rb:森狼 > フォレストウルフ]]を提供してくれた冒険者のカルセ殿はこちらでしょうか?解体した毛皮と爪と牙をお届けに参りました」
ふっくらとした商人風の男が、にこやかな雰囲気で傍仕えに話し掛けている。
「ええ。カルセはわたくしです」
「おぉ!やはりそうでしたか!此度は変異種の森狼の肉をご提供頂き、誠にありがとうございます!私、小さな商会を営んでおりますポッドと申す者。カルセ殿に是非お礼をと思い足を運んだ次第です!」
「そうですか」
我が傍仕えは興味が無い者・・仕事に差し障らず、配慮の必要が無い者への対応が一律氷の如くだが、目の前の商人は気にした様子もなく言葉を続けた。
商人だけあって、粘り強い精神の持ち主らしい。
「ええ!変異種の肉など滅多に口に出来ませんから!命拾いしただけでも幸運なのに「金を積んでも口には出来ぬ」という変異種の肉を無料で頂けるとは!もう驚くやら嬉しいやら!」
「そうですか」
「それでですね!ご相談なのですが・・貴重な変異種の品、是非私に購入させて頂きたく!」
腰を低くして笑顔で傍仕えに迫る商人の目的は変異種の素材のようだ。
その傍仕えはというと、冷たい口調のまま淡々と答える。
「そうですか。幾ら出します?」
「おぉ!売って頂けるのですか?!これは有難い!え~、毛皮と牙と爪、全て買わせて頂きたく、合わせてこれくらいで如何でしょう?」
そう言って、商人は懐から粗末な革袋を取り出すと傍仕えの手に握らせた。
口の紐を解いて中身を確認した傍仕えは一言「良いでしょう」と言って近づいた半精霊に小袋を渡した。
「即断即決とは!なんと素晴らしい!また機会がありましたら是非とも我が商会とお取引をお願いします!それでは・・」
「待ちなさい」
「はい、何でございましょう?」
商人は急いでいるのか、商談が済んだと見るや別れの口上を述べようとする。
しかし傍仕えは声を掛けてそれを遮り、護衛だろう商人の背後に控える素材を担いだ者らに顔を向けて言った。
「良い取引の礼です。素材の洗浄をしましょう」
「いえいえ!そのようなお手間を―」
「直ぐ済みます。「A」「H」」
呼びかけに応じ、2体の半精霊が姿を現すと商人の背後に控えていた護衛らしき者らが抱える素材に優しく触れる。
突然増えた姿形のよく似た半精霊に驚き、止める間もなく行動を起こされた商人は数秒固まっていたが、素材がきれいになった事を確認すると満面の笑顔で立ち去って行った。
「・・何とも、慌ただしいものだな」
忙しなく商談を進めた商人に圧倒され『口を挟む余裕も無かったな』と、既に小さくなった背を見送る。
ただ見ていただけだったが、何となく疲れたように感じた。
「しかし、洗浄までするとは。余程良い取引だったのか?」
疑問に思って傍仕えに訊ねると「いいえ。全く」と思っていたのとは真逆の答えが返される。
「何?そうなのか?」
「はい。最初からまともに取引するつもりは無い様子でしたので、適当にあしらいました」
「ご覧ください」と傍仕えが示す先で、小袋を受け取った半精霊がその中身を手の平に落とす。
先に数枚の金貨が落ちた後、続いたのは似た色と形をした金属の駒のようなもの。
「贋金ですらない、平らな石に色を付けて色と重さを誤魔化しただけの物です」
「・・あの商人は阿呆なのか?」
詐欺を働いたということか。
最初からそのつもりで声を掛けて来たと。
『逃げようにも、周囲は土壁で囲われている筈・・』と、周囲を取り囲む壁に視線を巡らせれば、丁度数台の馬車が慌ただしく土壁に開けられた穴を通り抜け、走り去って行くところだった。
傍仕えは焦りも無く答える。
「ここが皇国で、わたくしが純人ではない事で「どうとでもなる」と思ったのでしょう。あの自称商人は契約書も出さず、商会名も明かしませんでした。こちらが皇国の商業組合に訴えたとしても、名を偽っていたとしたら・・まぁ普通に偽名でしょうが、現状。泣き寝入りにしかなりません」
「そうか、私に手伝える事はあるか?」
傍仕えがこのまま手をこまねくとは思えず、手が必要か訊ねた。
すると「いえ、それには及びません」と軽く首を振り断られる。
「既に対処済みでございますので」といつも通りの声音で明かされ、『ならば問題ないだろう』と商人の事は意識から外すことにした。
「・・ところで、壁はあのまま残す事にしたのか?」
「ええ。均すのも手間ですし、防衛にも有効でしょうから。馬車が通れるように2カ所に穴を開けたので、出入りも問題ないでしょう」
「そうか」と頷いたところで、半精霊の「D」がやって来て天幕横のテーブルを示す。
どうやら朝食の支度が出来たらしい。
旅での一番の楽しみといえば食事だ。
『今日の朝食は何だろうか?』と心を躍らせる頃には、詐欺を働いた商人の事などすっかり忘れ去っていたのだった。
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
パーガルディア皇国は純人優遇の思想が蔓延る純人至上主義の国である。
ひと昔前まで判然たる身分制度によって区別され、あらゆる面で純人優先のなんとも歪で一方的搾取による不安定な社会を形成していた。
それが変わったのは100年程前。
純人にとっては何の問題も無く、安定した国家運営が行われていたのだが、隣国であるオレグラント王国が他種族を真に受け入れ平等に扱い始めた途端、無視できない程に傾き始める。
それはそうだろう。
どんな者でも差別されず、理不尽な扱いを受けない国で暮らしたいと思うものだ。
国益を担う筈の民が隣国に流れて行くのをどうにか止めたかった皇国は、慌てて他種族に対する法整備を進め、建前上は公平に扱うこととなった。
しかし、人々の意識がそう簡単に変わる筈もなく、未だ根強い差別意識が残っているのが現状だ。
皇国内に有益な[[rb:迷宮 > ダンジョン]]が数多く存在するという旨味が無ければ、人口流失によって疾うの昔に国が立ち行かなくなっていた事だろう。
今は迷宮に潜る冒険者からの税収や、買い取った素材の販売利益でなんとか体面を保っていた。
そんな皇国で商会を営む「ポッド」改め正普名「モルドーレ」はガタガタと走る馬車の中でニヤニヤと上機嫌で森狼の牙を愛でていた。
混ざり者の間抜けな冒険者から上物の素材を騙し取れたからだ。
やはり冒険者というヤツらは低能でモノを知らない。
ちょっと低姿勢で好意を前面に押し出して見せれば、簡単にこちらの意図する通りに動く。
相場の半分・・いや、1割以下の値でこれらを入手出来たのは、偏に自分が優秀であるが故。
これも、取引のある貴族に売りつけるにはもっと付加価値を高めた方が良いだろう。
爪と牙は装飾品や武器、魔道具の素材にするか。
毛皮は傷の無い最高の状態。なれば、服などに仕立てるより敷物や壁掛けにすれば―
「あ?」
先の金儲けに思いを馳せ、にやけ顔で撫でていた牙にあり得ない物を見つけて思わず声が零れた商人。
手の中、視線を注ぐ白い牙に・・緑の葉が生えていた。
唖然として見つめる中、緑は着実に数を増やしあっという間に牙を侵食する。
驚きから取り落とした牙は、床に落ちた衝撃で割れぐずぐずに崩れてしまった。
「な、な、な・・」
私の高級素材が!
こんな、こんな事があって良い筈が無いっ!
手にしていた商品の価値が失われてしまったという現実を受け入れられず、商人は手元の袋をひっくり返す。
ごろごろと出て来た牙は、どれもこれも同じように緑に侵され、床に落ちて崩れた。
それを見た商人は顔色を失くし、泡を食って御者に馬車を止めるように言う。
そうして急ぎ護衛の者に荷馬車に括り付けた爪と、毛皮を持ってくるように言った。
一縷の望みを捨てられずにいた商人だったが、護衛が持ってきたのは素材ではなく報告。
「爪も毛皮も、草に覆われていて、とても使い物にならない」と。
それを聞いた商人は、どさりと床に座り込み絶望に満ちた悲鳴を上げるのだった。
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