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【81】寄り添う距離。香る衝動。

  「もにたー」から注がれる、アキ殿の真っ直ぐな視線に射抜かれ、身動きが取れない。

  羞恥、怖れ、安堵、恐怖・・

  瞬きの間に、胸の内で様々な感情が目まぐるしく荒れ狂い、浮かび上がってはまた直ぐに沈んでいった。

  ぐっと奥歯を噛みしめ、乱れた感情を平坦に近づけるべく一度ゆっくりと息を吸い・・吐いて、無理やりに落ち着かせる。

  伏せていた瞼を開いた時には昂り、荒れ狂いそうになっていた魔力も大分安定していた。

  お陰で落ち着いて声を出すことが出来る。

  「・・その通りだ。私はアヤを・・彼女を、一人の女性として愛している」

  緊張の所為か、一瞬。音が遠のき耳が痛いほどの静寂が空間を支配したような感覚に陥った。

  冷静に答える事が出来た・・だが、口に出してしまえばどうしても緊張が全身を強張らせる。

  心臓は五月蠅いくらいに存在を主張してきて、急に何もかもが煩わしく思えてきた。

  黙れ。

  落ち着け。

  何も恥じる事はない。

  好いた彼女の親友に、正直に告げたのは悪い判断ではない筈・・

  だが、もし「お前など!」と彼女を愛しく思うこの感情を否定でもされたら・・

  思考が悪い方へと傾き始めたところで、漸くアキ殿から反応が返って来た。

  「やっぱりそうですか。なら、控えめに応援させてもらいます」

  予想していなかったその態度に、思わずぱちりと瞬きをする。

  アキ殿のカップが殆ど空になったのに気付いた傍仕えが、私の前にそっとポットを置いた。

  無意識にその取っ手を持ち、鏡の近くに置かれたアキ殿のカップに追加の茶を注いだところで、漸く思考が追い付いてくる。

  「応援?・・つまり、アキ殿は私がアヤを好いている事を黙認してくれる・・という事だろうか?」

  思わずそう問うと、アキ殿は「ありがとうございます」と追加した茶の礼を言って、カップに息を吹きかけ・・ゆっくりと傾けてから問いに対しての言葉を返した。

  「あたしはアド氏の邪魔をするつもりはありません。まぁ、異世界の方ですから、勿論思う所はあります。けど、アコの気持ちを第一に考えてくれるなら邪魔も、反対もしません・・あたしとしては、アコが幸せに生きられるなら、割と何でもアリなんです」

  苦笑と共に、そう言い切ったのは如何なる心境なのか・・

  ただ、アキ殿は彼女の事をとても大事に思っている事は、しっかりと伝わった。

  未だ信頼を得るには遠い間柄かもしれない・・だが、今の言葉だけでもこの愛しい人の友人とは良い関係を築いていけそうだと感じて、安堵から笑みが浮かび自然と言葉が零れる。

  「私も、アヤの幸せを願っている」

  いや、既に決めている。私が幸せにすると。

  「良かった・・では、私は静かに状況を見守る事にします・・あ、アコの「しゃしん」についてはちょっと思い付いた事があるので、上手く行ったらもらえるかもしれませんよ?」

  「そ、そうか。分かった」

  突然話が前に飛び、驚いたが「感謝する」と礼を言った所で、彼女が「何の話~」と訊ねながら戻って来て納得した。

  どうやら誤魔化してくれたらしい。

  「お帰りアコ!また一つ実験を思いついたからその話をしてたよ」

  「へ~。どんな?」

  「「すまほ」の「かめら」部分が境目にあったら、どんな「しゃしん」が撮れるかってヤツ!」

  「えっ?!ナニソレ面白そう!ちょー気になる!」

  「でしょ?早速試さない?並んで「じどり」とかどうかな?」

  「おっけー!いいね!それで行こう!」

  ぽんぽんと弾むような会話を聞くに、また何か鏡に対して試すのだという事は解った。

  だがよく分からない内に彼女に勢いよく「アド君ちょっと協力して!」と声を掛けられ戸惑うも、その背後でアキ殿が器用に片目で瞬きをして合図をくれたのに気付く。

  『成程これか』と察して、わくわくと期待に目を輝かせる彼女に「何をすればよい?」と落ち着いて返事をした。

  「こう、鏡に頬っぺたくっつける感じで寄ってくれる?」

  「あぁ、少し待ってくれ・・こう、か?」

  手前に置いていた茶器をジャスに預け、場所を開けるとそこに肘を付いて鏡に肩を付け、頬を添わせるようにして横を向く。

  すると彼女も向こう側から直ぐ隣に頬を寄せて来て—・・

  そのあまりの近さに、心臓が一瞬止まった。

  鏡越しに、私の上着の肩部分が、彼女の薄い服と擦れ合う感触がして・・動揺から背中にどっと汗が噴き出る。

  何か話しながら動く彼女の髪が、さらりと流れる様子が視界の端に映り・・ふわりと、飢えを誘発するような甘い香りが鼻孔に届いて衝撃に視界が揺れ、更に緊張が高まった。

  「はーい!視線上げて~笑って笑って!」

  振動を感じられる程すぐ真横で紡がれる彼女の言葉に従い、なんとか笑顔らしきものを作る。

  瞬間。「すまほ」に映し出された私と彼女の姿が「かしゃ!」と奇妙な音と共に固まった。

  直後にスッと傍から離れ、何やら確認している彼女とは裏腹に、私はぎこちなく体を動かしてどうにか椅子に座る。

  今、何が起こった?

  状況は解る。だが、上手く理解する事が出来ずに頭だけが混乱していた。

  音を立てず、目の前に茶が満たされたカップが置かれると、ほぼ無意識にそれを持ち上げ口に運ぶ。

  だが動揺からか、勢いよく傾けすぎて口の端から大量に零してしまった。

  慌てて、カップを置くも、白い服は所々茶色の染みが広がっていく。

  『何をしているんだ私は・・』

  身内以外のやり取りでの失態は、身の破滅を呼ぶ。

  何より家族に迷惑を掛けるからと、常に他人とは気を張って接してきたのに何と言う体たらく・・

  好いた人の前で醜態を晒すとは、我が身のなんと情けない事か。

  滅多にない類の失敗に気分が落ち込む。

  「ありゃ?大丈夫?火傷してない?」

  「・・・大丈夫だ。すまないが、着替えも必要になったので今日はこの辺で失礼しても良いだろうか?」

  傍仕えが綺麗な布で服にしみ込んだ茶を拭き取るのに任せながら退席を願い出た。

  「勿論いいよ!時間も大分遅いしね。あ、明日の夜はまた集まれそう?」

  「今日と同じ時間になら」

  「おっけい!したら無事買い物出来たらそれを確認よろしくです!あ、「もにたー」と「かめら」回収するね~」

  にこやかに明日の予定を伝えて来た彼女に「分かった」と頷いて、手前に置いていた板状の「もにたー」と、同じく黒い線が向こう側に続く「かめら」を手渡す。

  入れ替わりに、今度はこちらが空になった茶器を受け取って片付けが終わると、アキ殿が別れの言葉を口にした。

  「お茶、ごちそうさまでした。明日もまたお邪魔する事になるかと思いますが、よろしくお願いします」

  「分かった。では、また明日・・」

  「うん!またね!オヤスミ!」

  「あぁ、おやすみ」

  立ち上がった私の隣に立つ傍仕えにも軽く頭を下げ「ジャスパーさんも、おやすみなさい!」と就寝の挨拶をした彼女だが、もう傍仕えにはその姿を認識できない。

  だが傍仕えは「おやすみなさいませ」と深々と頭を下げて挨拶を返した。

  ・・時々、この傍仕えは本当に信じられないような力を発揮する。

  今回も、私の言葉と雰囲気からあちらの状況を予測して対応しただけなのだろうが・・

  普通に、出来るものだろうか?

  疲れから、湧いた疑問はもう『ジャスだからな』と結論付け、思考を放棄した。

  ひらひらと手を振った彼女は、そのまま白い布を鏡に降ろし、視界を遮る。

  私もぎりぎりまで手を振り返していたが、彼方の様子が見えなくなると手早く茶器類をカートに乗せた傍仕えと共に小部屋から退出した。

  背後で扉が閉まると、思わず大きなため息と共に肩を落として背中を丸める。

  「おめでとうございますアディード様。一歩前進ですね」

  祝福の言葉に振り返れば、微かに口角を上げた傍仕えと目が合った。

  そうか・・そうだな。

  一応、彼女の親友に認められた・・という事でよいのだろう。

  まだ完全ではないが、それは私の努力次第といったところか。

  だが、今は進展の喜びより、彼女との接触による衝撃が強すぎてそれどころではない。

  「・・ありがとうジャス・・だがすまない。今すぐ横になりたい気分だ・・」

  「畏まりました。では直ちにご用意致します」

  「頼む」

  傍仕えの洗浄魔法を受け、上着のボタンを外しながら大きく溜息を吐いた。

  余裕の無い今の状況では考えが及ばず。

  明日もまた、嬉しい驚きが待っているとは予想出来ないアディードであった。

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