暑い暑い日差しが照りつける昼間とは違い少し気温が下がってきた夕方。気温が下がったとはいえ、30℃を超え、さらに湿気によりまるでサウナにいるかのように感じてしまうこの季節。夕方ということもあってか周辺には、パート帰りのような主婦や部活終わりの高校生など多くの人が駅前にはいた。駅前のカフェには学生やカップルが多く、繁華街方面には、これから飲みに行くであろう大学生の集団の姿がちらほら見られた。行き交う人の会話は、花火大会や祭り、お盆に実家に帰る話、旅行に行くなど多種多様な話題で溢れかえっていた。そんな8月初旬の平和な日常がこの後崩れることなど誰も知る由もなかった。
どこからか物音が聞こえてくる。しかしながら、駅前は人で混雑しており、その音に気づいているものはほとんどいない。その音が段々と大きくなるにつれて、地面が揺れ始めた。そこで、ようやく気づいたらしく、駅前の人達はその音が何なのか周囲を見渡していた。しかしながら、その音の正体は何か分からず、人々は不安そうな顔をしていた。その時、駅裏の方向からものすごい爆発音のようなものが聞こえた。それと同時に悲鳴が聞こえた。そちらの方向を見るとそこには、茶色い毛並みのオオカミの姿の獣人が仁王立ちしていた。タンクトップと短パンを履いており、見た目は小学生ぐらいに見える。しかしながら、問題はその大きさである。その大きさは隣のビル10階分ぐらいの高さがあり、ざっと見た感じ30mぐらいはありそうである。その大きな手は人間どころか自動車まで握りつぶせるそうなほどに大きく、その爪は人間を簡単に引き裂くことが出来そうな程の鋭さであった。そんな巨大な狼は、駅前にわんさかいる人をじっと見下ろしていた。人々は、混乱状態にあった。この騒ぎを聞きつけてか、周辺の飲食店やビルから次々と外へ人が出てきた。人間のスマホに対する依存度は高く、このような状況下においてもスマホを手に取り、野次馬のように動画を撮る輩が何人もいた。
「あれ、本物かな〜?」
「どうせ偽物でしょ。ここら辺で映画の撮影でもしてんじゃねぇの?」
「だよね〜!だって襲ってこないもんね」
実際にこの化け物は、駅前にいる人達を襲うこともなく、ただひたすらにこちらを観察するように見ていた。そういうこともあって混乱状態だった人達は、一旦落ち着き始めた。そして、先程よりもスマホを巨大な狼獣人に向ける人が多くなった。集団心理とは恐ろしいものであり、数分前まで混乱状態だったはずの駅前が今は皆スマホを上空に向けている。その光景を不思議に思ったのか、狼はその場にしゃがみこんだ。そのしゃがみこんだ風圧により木々が折れてしまい、人々は逃げ回った。狼獣人はそんな逃げ回っているうちの一人のスマホをその巨大な大木のような指で器用につまみ、小さな小さなスマホを観察していた。
「へぇ…僕が人間界に来た時にいつも人間が僕の方に何か向けてくるから不思議に思ってたけど、人間もこんなの使ってるんだ〜。小さくてよく分かんないけど」
そう言いながら彼はスマホを返そうとしたが、スマホの持ち主はとっくに逃げており、巨大な獣人が喋ったことで駅前の人達は、先程よりもさらにパニック状態になっていた。地上は逃げ惑う人でいっぱいだった。一方で、上空を見ると、ヘリコプターらしきものが飛んでいる。どうやらこの騒ぎを聞きつけ、各報道機関がヘリコプターから生中継をしているようだった。そのヘリコプターに気づいた彼は、逃げ惑う地上の人から上空のヘリコプターに興味を示した。
「なんだこれ?もっと近くで見たいなぁ」
そう言い、ジャンプしながらヘリコプターを掴もうとする。その動作で地面には大きなヒビが入った。数回ジャンプするがヘリコプターには届きそうにもない感じだった。それもそのはず、いくら巨大といってもせいぜい30mくらいであり、ヘリコプターはそれよりも高い場所を飛んでいる。そのため、いくらジャンプしても届かなかった。
「くっそぉ…どんなに頑張っても届かないや…まぁいいや」
彼は再び視線を地上に戻したが、駅前にはほとんど誰もおらず、出来るだけ遠くに逃げる人達や、地下に逃げ込む人達など様々だった。
「ほんっと人間って愚かだなぁ…そんなとこに隠れても無駄なのになぁ…」
と言い、我先に隠れようと混雑している地下への入口に近づき、しゃがみこむとそのまま指で入口を押し潰した。入口付近にいた人は、幸い怪我は無いみたいだが、地下へ逃げる手段を失ってしまった。
「これでもう地下には逃げれないね!」
子供のような無邪気な笑顔でそう言った。
「さてと…あとは、遠くに逃げた人達をここまで戻すか…でも暑いしめんどくさいなぁ」
と、悩んでいる狼獣人の元に1台のパトカーが近づいた。
そのパトカーに気づいた彼は、パトカーの方へと目を向ける。パトカーからは複数人の警察官が出てきた。そして、巨大な狼獣人に向けて拳銃を向けた。その手は震えているようにも見えるが、それも無理は無い。この世のものとは思えない、巨大な生物が街を襲っているのだ。警察官とはいえ、怖いものは怖い。手が震えて当然とも言える。
「僕の方に何を向けてるの?なにそれ?」
と興味津々の様子でしゃがみこんだ。彼は、拳銃に対して恐怖心はないようだ。
「くっそ…馬鹿にしやがって…!」
そう言うと、警察官達は銃をその巨大な生物に向けて撃った。周辺の人は、普段なら聞くことのない銃声に驚きを隠せず、逃げ場を失った彼らはただ不安そうにこの光景を見つめることしか出来なかった。
しかしながら、警察官達の攻撃は効いていないみたいであった。
「なぁんだ…もう少し凄いものかと思ったんだけどなぁ…こんなもんか」
そう言うと、警察官達の方に腕を下ろした。
「ひぃ…こっちに来ないでくれ。頼む!」
警察官は、こちらへと向かってくる大きな手を見ると、悲鳴をあげながらその場へと屈みこんだ。しかしながら、そんな小さな声が巨大な彼には聞こえるはずもなく、警察官達を掴みそのまま立ち上がった。そして、そのまま一人一人を目の近くまで持っていき、目を細めながら観察をしている。
「なるほどねぇ…人間はそんなに毛深くないんだね…他にも違いはないかな…?」
そう言うと、まじまじと捕らえた警察官を観察している。頼りの警察官と、地下への逃げ場を失った人達は、その光景を見ることしか出来なかった。下手に動いて、彼の興味の対象になるくらいだったらその場で戦況を見守る方がマシだと考えたみたいである。
「なるほどなるほど…違いも見れたことだし、自由研究の宿題がこれで進むぞぉ!協力してくれてありがとうね!人間のお兄さん!」
彼は警察官達を優しくそっと地面に置いた。警察官は、脚が震えて動けない様子だった。
「あ、あいつ自分の自由研究のために、俺たちの街をこんなめちゃくちゃにしたのか!?」
「し、信じられねぇ」
周囲にいた人達は、口々にそのようなことを呟いた。そんな足下の生物なんて気にしてない様子だった。
「そろそろ帰ろうかなぁ。家族も心配するだろうし」
彼はそう言ったことで、周囲の人達はホッとした様子だった。これで、この怪物から解放されるからだ。
すると、再び地面が揺れ始めた。ドスン…ドスンと足音のような音が聞こえる。しかし、狼獣人が動いてる様子はない。さらに、この足音は狼獣人のよりも大きい気がする。
「どこにおるんじゃ〜」
と、そんなガラガラの声が聞こえた。周辺の人達は、その声がした方を一斉に見た。やっとこの状況から解放されると安堵していた人間が絶望する瞬間に変わった。そこにいたのは、二足歩行の龍人が立っていた。口の周りには白髭がついており、和服を着ていること、さらに筋肉質な体のせいか厳つい雰囲気が漂っている。そして、何よりその大きさが桁違いである。そこにいる狼獣人もかなりデカいが龍人はそれよりも倍以上でかい様子であった。狼獣人の身長は、龍人の太腿程度しかなく、龍人は100mくらい身長があるように見えた。その風貌と100mということもあり、狼獣人よりも威圧感があった。作り物かと思えるほど、非現実的な大きさであったが、鍛え上げられたお腹周りが膨らんだり萎んだりしていることから作り物ではないことが分かる。
「げっ…爺ちゃん!?」
どうやらあの龍人は狼獣人のおじいちゃんらしい
「おぉ…そんなとこにおったか。1人で人間界に行ってはダメじゃろうが」
そう言いながら巨大な龍人は、しゃがみこんだ。その何気ない動作であってもまるで、台風が迫ってきたかのような風が吹き、オフィスビルの窓がカタカタ揺れている。
「大丈夫だよ!爺ちゃん!だって人間ってこんなにちっちゃいんだよ。さっきも何か僕に攻撃してきたけど全然へっちゃらだったし!」
「それもそうじゃがな…やはり1人で行くのは危険じゃ。」
とまだ納得は言ってない様子の龍人。
「分かったよ。今度から気をつけるから」
「次から気をつけるのじゃぞ。じゃあ帰ろうか」
そう言いながら龍人が立ち上がろうとしたその時。
ドカンと音がした。
そしてそれと同時に狼獣人の方に何かが飛んでいった。煙が上がり、地上にいた人々はゴホゴホと咳をした。煙が消えて上を見上げると、狼獣人の顔の辺りに傷が入っていた。そこから僅かに血が流れているのが見えた。
「どうしたんじゃ!?」
龍人が声をかけると、狼獣人は涙目になりながら
「どっかから何かが顔の辺りに飛んできたんだ…痛いよぉ…」
と言った。
少し離れた場所に目を移すと、戦車のようなものが道に止まっていた。どうやら政府もこの巨大な生物の騒ぎに気づいたらしい。
「じゃから言ったであろうが!人間界に1人で行くのは危ないと…それにそんな小̀さ̀な̀姿で行きおってから!」
「ごめんよぉ…おじいちゃん…」
狼獣人は弱々しい声でそう言った。
「うむ…このまま大人しく帰ろうと思っていたところじゃが、そうにもいかんみたいじゃのう」
龍人は地上にいる人達をその鋭い眼光で見下ろしながら、獲物を狙うかのように舌なめずりをした。
「儂の可愛い孫に傷を…どう懲らしめてやろうかのう………ほれ、お主もいつまでもメソメソせずにシャキッとせんか!とりあえず、こんな大きさじゃ違和感しかありゃせんわ!元̀の̀大̀き̀さ̀に戻るぞ!」
(嘘だろ!?元の大きさって…な、何を言ってんだこのジジィ)
そこにいた人は、心の中でそう思った。この大きさでも脅威なのにこれ以上大きくなってしまったら………
しかしそんな願いは怪物2人に届くはずもなかった。
そして、ただでさえ大きかった2人はさらに大きくなり、大きくなるにつれて、周りの建物や木はメキメキと倒れていく。地上の人間たちは逃げる場所もないが、何とかビルの倒壊から間逃れた。
2人の巨大な姿はまさに圧巻だった。もはやどれくらい大きいのかも分からなくなるほどだった。それもそのはず、狼獣人は300m、龍人は600mほどまでに成長した。2人の大巨人は、駅前に連なる高層ビルよりも高く、その高層ビル達の隙間から人間たちを獲物を狙うかのように睨んでいた。その姿は、もはや人間では到底太刀打ちできる相手ではなく、神々しい存在であった。
「やっぱり元の姿に戻る方が気持ちええのう」
「そうだね!ただでさえちっちゃい人間がもう豆粒のようになっちゃった!」
2人はそう会話をしていたが、その声の圧だけでもはやガラスが揺れ、酷いところだとガラスが割れているところもあった。
「さっきの孫を攻撃した愚か者はどこに行ったんじゃ?」
龍人は戦車を探している様子であったが、戦車は既に壊れており、中にいた人物も既に逃げている。
「まぁ…いつか見つかるじゃろう。それよりも人間の癖に儂より大きい建物があるのがちょっと気に食わんのう…」
龍人が目を向けた先には、この国で1番高い建物であるタワーがあった。
人間たちはもうどうする事も出来ないため、ただそれを黙って見ることしか出来ない。
そして、そちらの方へ少し歩くと、龍人は思いっきり尻尾をふった。その威力は凄まじく、この街のシンボルが跡形もなく壊れてしまった。さらに、尻尾をふっただけで、竜巻のような強さの風が吹き、人々は飛ばされないようにするのに必死だった。
「ふぅ…これでこの周辺で1番デカいのは儂になったな!」
ガハハと笑う龍人とは対照的に、人間はみな絶望した表情を浮かべていた。
「流石爺ちゃん!かっこいいなぁ」
「そうか?孫に言われると照れるのう」
そんな会話を人間たちのはるか上空でしている。
上空でヘリコプターのような音が聞こえる。人間がその音に気づくと同時にどうやらあの二人も気づいたらしい。
「じいちゃん!なんか飛んでるよ。ほら、ここ」
「ん、どこにおるんじゃ?いくら目を細めても分からんわい。」
龍人にとっては、あまりにも小さすぎて見えていない様子であった。
その小さな小さな航空機から攻撃を仕掛けているが、龍人は攻撃をされていることにも気づいてないみたいであった。龍人と人間の間にはそのくらいの力の差があった。その様子を見ていた人間はもはや絶望を通り越した顔をしていた。
「もはや絶望している感じかのう。恨むならそんなちっぽけな人間に産まれた自分自身を恨むことじゃのう。」
龍人はこちらを睨んでくる。龍人と狼獣人の2人の足の太さは、駅前に連なる高層ビルにも負けない、いやそれ以上の太さだった。
「爺ちゃん爺ちゃん、ここってさっきまで僕達がいたところじゃない?こんなに小さかったんだあ〜」
そう言うと狼獣人は、駅前の広場に指を指す。
「そうじゃの。そろそろ夕ご飯の時間じゃ。ちと暴れ足りんが、帰らなければならぬ。お主はそこら辺の人間にお世話になったんじゃろ?最後に挨拶でもしときなさい」
そう言うと、2人はその場にしゃがみこむ。その動作で辺りに衝撃波が生じる。駅前の人達は何とかそれに耐える。
「そうだね!人間の皆、ばいばーい。」
無邪気な笑顔で狼獣人は手を振る。
「儂の孫が世話になったのう。」
高層ビルの間の狭い狭い空には、2つの巨大な顔が視界を占めていた。
そして、龍人のガッハッハッと豪快に笑うその姿は、人間界に侵略してきた魔王のようなものだった。その笑い声は徐々に大きくなっていき、ビルのガラスにヒビが入り、どんどん割れていく。そして風がだんだん強くなり、吹き飛ばされそうになり人間たちは何とか物にしがみつくが、体力がどんどん消耗されていき、その場に倒れこみ気絶してしまった。
この国の首都はたった2人の生物によって半壊することとなってしまった。
「そろそろ帰るかのう」
「そうだね」
半壊して静まり返った街に佇む2人はそう言った。
「でもお爺ちゃん。これ元に戻さなくていいの?」
「何を言っておる。もう戻してるじゃないか。」
龍人がそう答えたことに驚いた狼獣人が後ろを見ると、先程までおじいちゃんによって破壊されたはずのタワーが復活していた。それだけでなく、辺りの傷ついた建物や木なども全て元通りになっていた。
「す、すげぇ。」
「それよりお主。学校の課題をやるために人間界に来たんじゃろ?何か分かったことはあるのか?」
龍人がそう尋ねると
「うん!あのね、人間って僕達の産まれる前にはあったスマホを皆持っているの。びっくりしたなぁ」
「ふむ、そんなものを持っておるのか。あれは儂が生まれる300年前には既に存在してたもので、今では見ることもないというのに、人間共はそんなものをまだ持っておるのか。よっぽど技術が進歩してないようじゃの。まぁ、それも仕方ないかのう、人間界は辺境の地にあるからのう。まだまだ文明が発達しておらぬのじゃろう。」
「文明も発達してないし、あんなに小さいしなんか可哀想だなぁ。」
「あれでも人間界の中じゃと発展してる街らしいのう。いつか儂を超える位のビルが建てば壊しがいがあるんじゃがのう。それにしても、人間界に行く時は誰かと一緒に行くか、もしくは本来の大きさで行くんじゃぞ。今日みたいに蟻のような大きさ(30m)で行ったら儂は心配じゃからのう」
「はーい。わかったよぉ」
そう言うと2人は何処かへと消えてしまった。しかし、その光景を見たものは誰1人いなかった。
夕方の駅前広場。そこには、いつもと変わらない景色が広がっていた。
「この後、どうするー?」
「カラオケでも行かない?」
「今日も部活疲れた〜」
「この後飯行かない?」
「今年のお盆は実家に帰ろうと思うんだよね〜」
「うちは、旅行に行こうかな〜って」
皆それぞれ楽しそうに会話をしながら歩いている。おそらくあの龍人が何かやったのであろう。先程のことなど誰も覚えていない様子だった。ビルもタワーも地下に通じる階段も全部元通りになっていた。空は夕焼け色に染まっており、何も無い平和の1日が終わりを告げようとしていた。