AdAd
  
巨龍来襲-自分勝手な魔導師-エドワード・ミトロードの闘い

  ジークランドの各地にて、災害指定級巨龍達と、其れに抗う騎士達や有志達の闘いが繰り広げられていた....

  『蒼の巨角』....触れた物を分子レベルに分解する電撃を角から放ちながら、南の港を破壊して運河を作りながら北上してくる巨大な亀。迎え撃つは、ヴァルガードの船に乗船した腕に覚えのある魔導師達。

  近代魔法の大家にして無詠唱魔法の使い手、ヴェンチャロフ。

  歴戦の闘士、アレクサンドロス。

  齢数百年の伝説級の魔獣召喚師、ギルバインと使い魔達。

  巨角の攻撃エリアぎりぎりを、ヴァルガードの巧みな操船で移動しながら攻撃の機会を伺っている。

  『黒曜の氷河』....周囲に冷気を撒き散らしながら北の山脈を南下してくる400m超の巨大なムカデ。各々の強者達がその背中へと取り付き、うねる背中から振り落とされそうになりながらも、頭部に一撃を叩き込んでいく。

  その一方、多数の脚の周りを魔導式の三次元立体機動装置を駆使しながら、脚を一本づつもぎ取る様に一撃を加えながら、徐々に黒曜の推進力を奪っていく影が一体。「死神」アイネその人である。僅かなミスが即死に繋がる死線をくぐり抜けながら、一本、一本確実に脚をもいでいく。

  『瑠璃の翼』....翼長150m以上の巨大な鳥。飛び立てば巨大な次元気流で周囲の空間を捻じ曲げ、天空から隕石雨を呼び寄せ、その進路上の地上に壊滅的な破壊をもたらしていく。周りの空間は次元気流よって捻じ曲げられた空間断層により、通常の攻撃は全て遮られ、攻撃するには正面に回り込むしかない。

  飛翔能力を持つ術者達が、各々の技で迎撃を試みる。その悪魔の翼をもぎ取らんと。

  『焼けつく山嶺』....無数の巨大な棘に覆われた全長100mを超える小山。強烈な熱波を周囲に撒き散らし、本体は空間断層により干渉不可能な空間に潜む。捕食体という、特殊な分体を棘と共に射出して、周囲の生命力を奪っていく。

  唯一の弱点、膨大な魔力消費を補う為の捕食体達を、騎士達と有志達が刈り取っていく。順調に数を減らしていき、そのまま「魔力切れ」に追い込む事がもう少しで達成されると、その場の皆が思った刹那....背後から凶刃が襲いかかった。

  氏族長が一人....インティの裏切りである。記憶を取り戻したインティはジークランド全ての者を「復讐の対象」として凶刃を振るう。しかし....どうしてもとどめを刺す事は出来ぬ迷いの刃を振るいながら.....

  それら各地の戦況を高空から眺める瞳があった。エドワード・ミトロード。コロシアム登録名ヨアヒム・ファレルである。

  上空一万メートル....生身では冷気と薄い酸素により30分以内に絶命してしまうであろう、その領域を、『茶毛商会』魔導研究所謹製....試作魔導飛行体『烏1(レイブン・ワン)』の中で幾重もの魔導結界に守られて、操舵士役の魔導師と共にジークランド各地の戦場を、音の三倍もの速さで移動しながら観察し続ける。動力は、『商会』によってジークランド全土に張り巡らされた通信網に沿う形で形成された動力供給用の魔法陣からの集積魔力。その魔力を同じく魔法陣から供給されて、上空一万メートルの高空を音速の三倍という凄まじいスピードで移動しながら各地の戦況を、ヨアヒムの『魔導の目』を通して観測し続けていた。

  事の始まりは5年前。ジークランドに移り住んだエドワードに『商会』からの接触があった事に端を発する。『商会』のジークランド全土に張り巡らされた魔導通信ネットワークの刷新に助力して欲しいとの要請に、エドワード....否、ヨアヒムは魔法陣研究者としての知的興味からその申し入れを快諾した。実際、攻撃や防御では無く「情報処理」に特化した魔法陣の数々はヨアヒムの知的好奇心を満たすのに充分刺激的な物であった。一方、『商会』もヨアヒムの魔法陣研究者としての技量と知識は、システムを向上させるのに非常に役立った。そして、その中でヨアヒムの『魔導の目』についても知る事となった。

  ヨアヒム自身、全ての魔法現象を可視化する『魔導の目』に関しては、色々な疑問点を抱えていた事から『商会』と共同で、その能力の解明に力を注いでいった。その過程で、ヨアヒムがどの様な光景を見ているのかを取り出す為に開発されたのが、今、ヨアヒムが被っている兜である。精神探知の魔法陣を複雑に組み合わせたそれは、今ヨアヒムが『魔導の目』を通して視ている光景を吸い出して、商会本部へと送信する。それは厳重に秘匿された回線の為、『瑠璃の翼』による次元気流によるジークランド全域に対する通信妨害にも影響されずに『商会』本部へと送られていく。

  巨龍達による通信妨害を予測していた、第2騎士団のエラセドと、『商会』の切り札であった。各地の状況をリアルタイムに知るという点については、観測点への到着までの時間によるタイムラグが生じてしまうものの、確実に詳細を知る事が出来るという利点は見逃せない。

  元々、ジークランド国内における物資輸送の一手段として研究されていた魔導飛行体は、基礎研究は全て終え、実験機もほぼ実用機のレベルにまで2年前に完成していたが、「運用コストが非常に高価である」事から倉庫の中で研究資料と共に埃を被っていた物を、一月で運用可能な状態まで仕上げた物である。其処に些か不安が残る物ではあったが.....現状では十二分に役割を果たしていた。

  「気に入らんな....」

  ヨアヒムが呟く。戦場の各地を『魔導の目』で観察し、苦戦しつつも、しかし、どうにか巨龍達を退けつつある戦況を確認してきたヨアヒムが呟く。確かに『焼けつく山嶺』でのインティの反乱行為は、無視など出来ない重大な脅威ではある。しかし....負傷者達の救出作戦が実行されつつあり、インティも執拗にジークランドの者を付け狙うというよりも、抑えきれない怒りを周囲に撒き散らしている様な行動は、『焼けつく山嶺』にも向けられており、無事に負傷者全員が退避を完了すれば、インティと『焼けつく山嶺』の一騎打ちとなるだろう。その後、どうするかは王並びに騎士長の判断を仰がねばならぬだろうが、致命的な戦略ミスになるとも思えない。今の所、大きな魔力を感知しているのも巨龍の4箇所だけである。しかし....

  『何か....何か大きな物を見落として....否、視えてないのでは?』

  との不安がよぎる。ヨアヒムの『魔導の目』は、あらゆる障害物を透過して、ヨアヒムに可視化された魔法現象を見せつける。ヨアヒムが対魔法戦闘で鉄壁とも言える対魔法陣を予め準備できるのは、相手の次の魔法が形成される過程が視えているからである。しかし『魔導の目』は全ての真理を見通す神の目では無い。氏族長達が使う『神器』や、騎士長が使う『剣』に伴う神の魔法とも言うべき物は、視えていても理解する事が出来ない。それは巨龍達に対しても同様であった。空気中に漂う魔素の蓄積だけでは、これほどの魔力は貯められない。大概の災害級魔獣は、神の魔法に良く似た『自然からの加護』を魔力の源にしていた。それらの魔法の形をヨアヒムは視る事は出来ても理解は出来ない。今後、研究が進めば、理解できる時が来るかも知れないが.....

  だが、ヨアヒムが気にしているのは、その事では無い。人の手により作られた『神器』ですら、その力の源である「神の魔法」を、従来の魔法理論では理解できていない現状である。ましてや自然から生み出された最も猛々しい力の権化である災害級魔獣-『巨龍』達の力の源たる「自然からの加護」など、神器の理解の更に先にある物である。だから、ヨアヒムは理解するという事は諦め、詳細の観測に努めていた。将来、これらの観測記録が、後々の研究により解明されていく事を願いながら.....

  そのヨアヒムがどうしても気になるのは、巨龍達の力の源が、通常の災害級魔獣に見られる様な「自然からの加護」とは、どうしても違う様に視える事であった。何が、どう違うのか?それを言葉で説明する事は、今のヨアヒムには出来ない。理解できてないのだから。しかし、違和感だけは消えない。幾ら人という存在にとって禍々しい力の塊である災害級魔獣でも、その力の源には、その災害さえも荘厳な大自然の摂理の証したる「自然からの加護」を、過去に観察してきた災害級魔獣には必ず見つけていた。しかし....その様な冷酷だが荘厳な「自然との繋がり」を、今回の4体の巨龍に感じる事が出来なかった。むしろ、まるで人の悪意の様な「穢らわしい禍々しさ」しか感じられなかった。その事がヨアヒムを不安にさせる。無論、人の手でこの様な4体の巨龍を創る事など出来ようも無い。だが、どうしても、この4龍には、自然の荘厳さとは無縁な禍々しさしか感じられないのだ。

  だが、ヨアヒムは頭を振ると、再び観測に集中する。

  『今は、ひたすら観測するだけじゃて....』

  ヨアヒムは基本的に魔法現象にしか心が動かない。正直言えば、今回の仕事も巨龍達の「魔法現象」を直に目にする事が出来るという研究者としての興味から請け負った物であり、ジークランド自体がどうにもならなくなれば、さっさと隣国へと逃げのびる。そういうつもりであった。元々、『家』に捨てられ、己の心からも家族と故郷を追い出した、浪々とした居を定めない暮らしをしてきたヨアヒムには『愛国心』という物は皆無であった。何よりも集団という物を心の底からは信じる事が出来なかった。一番『守って欲しい』と渇望した時に、誰も、何処も、自分を守ってくれなかったという記憶が....

  多感な少年期に何もかも奪い去られた経験は、他人に対する同情心という物を削り取ってしまった。共感する心もである。これまで、ヨアヒム以外にも様々な名前を名乗って生きてきたが、表面上はにこやかに微笑んでいても、その内側にあるのは共感や楽しさでは無く、その場を取り繕うとする醒めた心である。

  ただ....そう、魔法の事に関してだけは、違っていた。魔法に関してだけは、本気で怒り、喜び、泣き、共感できた。素直に感情を表す事が出来た。

  魔導の名家の跡取りに生まれながら『自身の魔力を行使出来ない』という、最も手酷い『裏切り』を魔法から受けながらも、みっともなくも足掻きしがみつき続けた、自分に残された最後の物....

  だから....そんな事を話せる相手に思いが及ぶと、我知らず無表情だった顔が曇る。

  ヴェンチャロフ.....あの陽気な天才は、皆を守る為、四龍が一つ、『蒼の巨角』に僅かな人数で挑んでいた。

  エラセド....あの何処か自分と似た、決して本心を見せようとしない油断ならない相手だが、魔法の事に関しては、心から会話を楽しめた。今、ジークランド全軍の指揮という重責を担っている。

  弟子の貴文....こんな碌でなしの自分を師と仰ぐ、ワノクニの若武者。『店を守れ』と厳命しておいたので、前線に出る事は無いだろうが、正直、自分もジークランドも放り出して、ワノクニへと逃げ帰って欲しいと思う。

  皆、自分以外の『誰か』の為に戦っていた....

  そして....あの「ゴトラス事件」....共に生き延びた者達。

  あの状況下、最も苦しい思いをしていた筈の茶毛商会の会頭・趙はどんなに苦しくても『諦める』という事をしなかった。そして他の者に思いをはせる事を忘れなかった。現在も、決して万全とは言えない躰を押して、商会の陣頭指揮を執っている。

  石工のホス....あの立ち直りが早い龍人の石工は、対巨龍用兵器を短期間の内に作り上げ、今、戦場へと向っている。

  二人共、あの絶望的な状況を生き延びた疲労困憊の躰にも関わらず、休む事なく、今、ジークランドの国難に立ち向かっている。

  あんな目に遭った直後だというのに、何故、ああもひたむきに他人の為に戦えるのだろう?

  そう思った所で、『自分は?』とふと、疑問に思う。本当に巨龍に対する興味だけだろうか?

  あの時、賊にされた『実験』により、体調の不調が続いていた。珍しく、薬で体調を誤魔化していた。正直、店に帰って休みたい。無論、四体の巨龍の同時観測という、魔導研究者として滅多にない機会に心踊っているのも確かではあるが....

  『自分にしか出来ない事』という言葉が脳裏を過る。まさか、本性は自分勝手極まりないエゴイストのヨアヒムが、この件で義務を感じているというのだろうか?

  「まさかな....」

  一人呟き苦笑する。きっと疲れているのだろう。これが終わったら、久々に店も休んで、休養でも取ろう。温泉が良いかもしれない。誰か誘おうか?

  そんな事を考えているヨアヒム....エドワードは、自分では気がついていないが、とても柔和な笑顔を浮かべていた。まるで心からの....

AdAd