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【ファンコロ】コロシアムに吹き荒れる魔導

  風が吹いていた。

  「心地よいのう....」

  もう一年ほど、コロシアムには出ていない。裏稼業(魔法関連専門のトラブルシューター)が忙しかった所為もある。イマイチ、心惹かれる魔導を使う闘志が見当たらなかったというのもある。まあ、歳が歳だけに、ちょっと躰に無理が効かなくなってきたというのもある。まあ、それらは全部表面上の言い訳に過ぎない事は判っていた。

  『イマイチこう....闘うという事に心踊らん』

  これが本音だろうか。魔法に対する探究心は今でも消えてはいない。魔法現象が全て可視化されて視えるエドワードには、この世界を彩る様々な魔法は幾ら見ていても飽きないし、珍しい魔法は何があっても目に焼き付ける。魔法専門のトラブルシューターをしているのも、珍しい魔法に出会う為の方法の一つにすぎない。

  自身の魔力を自在に使える魔導師という存在に対する嫉妬という物は確かにある。しかし、彼らは天から与えられた才能を使っているに過ぎない。全ての魔法現象を『視る』事が出来る自分自身が『自分の魔力を使う事が出来ない』のは、自分自身の問題であって彼らの所為では無い。

  まあ『視える』から、余計に腹立たしいのも事実なのだが。

  5年前のコロシアムに突如として現れた、登録名「ヨアヒム」と言う緋色のフードを目深に被って短槍を持つ無口な正体不明の男。その後、コロシアムの魔導闘士を片っ端から食い散らかす様に負かしていき『魔導師喰らいのヨアヒム』という渾名を持つに至った。

  対戦相手の魔導師達が放つ魔法に全くダメージを受ける事なくじわじわと追い詰めていき、嬲る様に短槍で打ち据えて、相手が最後に放つ必殺の『秘伝』の技を見届けると、満足気にフードの奥の目が笑い、その直後、掌底で体内に打ち込まれる『魔力封じの魔法陣(呪い)』。期間は様々だが、これを食らった者は一定期間、魔力を行使する事が出来なくなる。

  最初は「我こそは」と、挑戦してくる腕に覚えのある魔導師も居たが、一方的な試合が続くにつれて、その様な者は居なくなっていった。魔導武器で挑戦してきた者も居た。確かに詠唱の隙も無く、素早く魔法攻撃を連射出来るのは脅威ではあったが、瞬時に対魔法陣を同時に5個描けてしまうエドワードにとってはさほど意味は無い。寧ろ、出る魔法が限られている事から一度見てしまえばどうという事も無く、様々な魔法を放つ魔導師達よりも対処法はあっけなかった。そして、その者達にも『魔力封じの魔法陣(呪い)』は有効だった。とうとう、コロシアム内で、魔導で闘う闘士で『魔導師喰らいのヨアヒム』に挑戦する者は居なくなってしまった。

  魔導を使わない闘いをする者達には挑戦しようとする者が居たが、逆にそういう者達には、エドワードは欠片も興味を持つ事が出来なかった。「逃げている」と言われても別段気にならなかった。闘いはあくまでも様々な魔法を『視る』為の手段でしか無い。やがてコロシアムから足が遠のく様になり、その次に始めたのがコロシアムで売った名前を元に始めた「魔法関連専門のトラブルシューター:ヨアヒム」だった。

  こちらは現在も続いている。持ち込まれる案件は様々だが、基本的に治安維持担当の第7騎士団に相談できない、非合法に近い案件が多かった。

  「(非合法)組織同士の抗争にて、敵対する魔導師を倒して欲しい」

  「誰かに呪いをかけられているらしいのだが、覚えがありすぎて誰だか判らない」

  「魔導師に彼女を寝取られたので、仕返しして欲しい」

  ..........

  無論、仕事は選ぶ。もろに非合法な案件に足を突っ込んで、騎士団に追われるような事はいくらなんでも避けたい。なので、相手方の魔導師を抑える為だけの用心棒とか、恨みを買いまくっているギャングのボスの呪いの解呪、裏であからさまに犯罪行為を行っている裏稼業の魔導師の捕縛と第7騎士団への引き渡し等など。だが、一回だけ『面白そうだから』という理由だけで引き受けた案件がある。

  「魔導師に彼女(お気入りの娼婦)を寝取られたので、仕返しして欲しい」

  ....とどのつまりはフラれた男の逆恨み案件なのだが。興味を惹かれたのは、その相手だった。「エラセド・アウストラリス」....第2騎士団所属の不良騎士魔導師の獅子である。一度、その男の魔力オーラを見た事があるヨアヒムの顔が我知らず緩んだ。

  『あの手の魔力オーラの持ち主は、つつけば、大体面白い事になる』と....

  案の定、ヨアヒムには忘れられない夜になった。多分、エラセドにも。いつも通りに仕事をサボって娼館から出てきたエラセドにヨアヒムはただ口上を述べる。

  「拙者、お主に恨みはないが、お主に恨みある者から依頼故、その魔力を暫く封じさせてもらう所存なり」

  口上が終わる前から全力疾走し始めたエラセドを問答無用とばかりに追いかけ始めるヨアヒム。その晩、歓楽街では朝まで派手な花火があちこちで上がったそうな....

  その晩、視る事になった、逃亡の為のエラセドの様々な創意工夫を凝らした魔術の数々。一部は解析に手間取って打ち消し損なったりするくらいであった。まあ、それでも....明け方、ようやく追い詰めて『魔力封じの魔法陣(呪い)一週間』を食らわせる事が出来たのだが。最も、これ以上は自分の手の内を見せるのを嫌がったエラセドが、損得を計算してワザと捕まった可能性もかなり高いとは思っているのだが。

  『機会があれば、またやってみたいのう....』

  思い出して顔をにやけさせるエドワードだった。

  そんなエドワードもといヨアヒムが、明日、一年ぶりにコロシアムに出る。相手は、あのヴェンチャロフ・マキシハート博士である。相手にとって不足は無い。新しい魔法が『視れる』という意味でも、魔導の闘いという意味でも。

  いや、寧ろこっちが『喰われ』かねない相手だ。近代魔法学の礎を築いた巨人。こちらも魔導研究者の端くれ。最近のトレンドを読めば、定期購読している有名学会誌『魔術と月』にて、掲載されている最近の論文の殆どで、マキシハート博士の論文の引用は何度も目にしている。基本的に他の論文での引用回数が非常に多いという事は、つまりその論文無しには、今読んでいる理論達も成り立たないという事である。つまり、現代魔法学はマキシハート博士の偉業無しには成り立たないという事である。若かりし教授時代に発表された論文群からしてそうなのである。命を狙われる元になった『無詠唱魔法理論』に関しては言わずもがなである。

  まあ、『無詠唱魔法理論』に関しては政治的な話が多分に絡んでくる。何せ無詠唱である。タイムラグ無しに、魔法が繰り出される。しかもどの魔法が出て来るのか直前まで予測不可能なのだ。こんな理論が一般化した日には、現在幅を利かせている名門出身の魔道士達の職が一掃されてしまうだろう。長年一族で密かに培った秘術により、一般出身の魔道士達よりも優位な地位を築いている連中が理論ごと博士を葬ろうとするのは当然の流れといえば流れである。魔道士の軍事的な地位も変わってくるだろう。今まで呪文詠唱のタイムラグ故に後方に居る事が許された魔道士が、普通に前線で活躍する様になるだろう。まともに運用すれば、龍騎士(ドラゴンライダー)を凌駕する活躍をも見せる事になるかもしれない。軍人達とて、今の軍の体制で美味い汁を吸っている連中が放置している訳もない。

  そんな命の危険に脅かされている筈の博士が、よりにもよってこのジークランドのコロシアムの闘士として復活の狼煙を上げたのだ。驚きもし、呆れもした。恐らくはこのジークランドで闘士として名乗りを上げる事で、騎士団達が全力で『博士の暗殺』という不名誉な事態を防ごうとするだろう。という事を見越した事ではあるのだろうが。

  其れにしたって、である。今まで魔導研究一筋の、およそ荒事とは無縁だった人生を送ってきた人間が闘士、それも格闘スタイルである。魔法の腕は欠片も疑ってないが、いや、魔法にした所で、実戦慣れしているとは思えない。そんな訳で、興味深くはあったが、恐らくは「早々に闘士も引退」という事になるであろうと思っていた。

  が.....そうはならなかった。確かに魔法主体の闘い方ではある。しかし恐らくは一番有利な間合い5m....相手が弓なら、次の矢をつがえる間に次々と魔法を打ち込め、槍も届かないとあっては一方的に魔法で嬲る事が出来る。そんな有利な間合いをかなぐり捨てて、格闘戦にもつれ込む闘士ヴェンチャロフの闘い方は、戦術という物をまるで理解してないかの様に見えた。しかし....不利な筈の格闘戦でも存分に奮戦し、相手に捕まって「最早これまで」かと思われた時に炸裂する逆転の一手『接触魔法』....生き物である以上、誰しも躰の表面に魔法の侵入を拒む薄い結界を纏っている。魔法が使える・使えないに関わらずである。接触魔法とは、相手の躰に直に触れた状態で詠唱する事で、その結界の内側で魔法を炸裂させる事で同じ魔法でも数倍のダメージを与えられるそれを、格闘戦に入る危険を顧みずにヴェンチャロフは放ってみせた。まるで「新しい事を覚えるのが愉しくて仕方がない」かのように。

  心が震えた。あれほどの偉業を成し、もう引退してもおかしくない歳の男が、更に「新しい事」に挑戦しようとする姿に。こう言い訳する事も出来る。

  『所詮自分は凡人。あの者とは違うのだ』と....

  だが、自分の心が其れに納得しなかった。同じ事が出来るなどとは思っていない。ただ、初めて

  『彼と....ヴェンチャロフと己の持てる力全てで戦ってみたい』

  そうした思いが湧き上がってきたのだ。勝ちたいとかそういう事では無く、純粋に。

  彼の何に惹かれているのか、自分でも良く判ってはいない。障害を物ともせずに、創意工夫を凝らして更なる魔導を追求する姿に、魔導にしがみつき続けた末に結局『捻れて』しまった自分との差を羨んでいるのか、『好き』な事を押し通すあのバイタリティに惹かれているのか....

  久々の対戦申請。しかし相手は今や人気闘士のヴェンチャロフ。ここ一年全く姿を見せていない自分なんかの相手をするだろうか?それに、逆に興味を持たれて、これまでの対戦を調べられたら却って避けられるかもしれない。そうも思ったが、特に小細工もせずに、対戦希望をコロシアムの事務局へと申請した。対戦が組まれなければ『まあ、縁が無かった』....そう諦めるつもりでいたのだが。

  予想外の事に、早々に対戦予定が組まれて、もう明日がコロシアムでの試合である。他にも対戦を希望する相手は数多く居るだろうに....

  「まあ、明日になれば判るじゃろうて.....」

  何故、自分の対戦希望が優先されたのか? 彼に惹かれる自分の気持はなんなのか?

  その答えが明日の試合で出る事を願って、エドワードは誰もいない夜のコロシアムから背を向けた.....

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  『さあ、本日午前の部の最終試合ッ!観客ども!盛り上がってるかあああ!!』

  実況役のガッツのマイクパフォーマンスはいつも通りに絶好調だが、盛り上がっているとは言い難い。空席もちらほら見える。なにせ昼飯前である。さほど興味のない試合はパスして、込み合う前の食堂や売店にさっさと昼飯を確保しに行こうという客の方が多かった。

  対戦の一方は人気上場中のヴェンチャロフ。もう一方は、久しく姿を見ていないヨアヒム。一般客は「まあ、ヴェンチャロフが最後に決める所さえ見逃さなけりゃあいいさ」くらいの認識である。次々と人気闘士が入れ替わるコロシアムでは、もう一年も出場していないヨアヒムの事などいちいち覚えている客も少ないだろう。

  だが....客席の最前列にて、異様な熱気?....否、怨念を放っている集団が居た。一言で言うと「ヨアヒム被害者の会」である。皆、コロシアムの内外を問わず、ヨアヒムに敗れ、その腹に『魔力封じの魔法陣(呪い-一定期間で自動解除)』を打ち込まれた者達だ。魔法が全く通用しない上に、じわじわと散々嬲られた挙句に一縷の望みをかけて放った『秘技』までも通用せずに、ただの敗北では無く「一定期間、魔法を使えなくされる呪い」をかけられた恨みは根深い物がある。ヴェンチャロフには声援と言うよりも

  「ヴェンチャロフ-!!! あの野郎をギタギタに伸してやれ!!!」

  「負けたら承知しねえぞ!!」

  「ヨアヒムの糞野郎を氷漬けにしてやれ!!!」

  最早、応援では無く、怨嗟の叫びである。

  ガッツも内心ではウンザリしながらも

  『其処で盛り上がっているのは、ヨアヒムにコテンパンに伸された魔道士達だ!! 期待されてるぞ、ヴェンチャロフー!!!』

  その言葉に応えてヴェンチャロフが右の拳を魔導器『シヴァ・イフリート』と共に高く掲げれば、魔道士達から歓声が上がる。まあ、苦笑いしながらであるが....

  一方、闘技場を挟んで反対側には別の集団が最前列を陣取っていた。ヴェンチャロフの最近の活躍を快く思っていない者達。魔導の名家や、他国の軍所属の魔道士達である。ヴェンチャロフがジークランドのコロシアムで闘士として居続ける限り、彼らにはジークランドの名誉にかけて一切の手出しはさせないと騎士長以下の面々に阻まれ続けた者達である。彼らは声さえも上げない。ただ、この試合でヴェンチャロフが大恥をかけば良いと思っている者達である。対戦相手のヨアヒムの事を知り、今日こそはあの忌々しいヴェンチャロフ・マキシハートが大恥をかかされて、あわよくば失意の内に表舞台から去ってしまえばいいと思っている者達である。

  ガッツもその事は知っており、またしてもウンザリしながら

  『そっちはヴェンチャロフがコテンパンに伸されるのを見に来た連中だ! ヨアヒム、お前も期待されてるぞー!!』

  申し訳程度に左手に持った短槍を上に掲げれば、そちらからもどよめきが起きる。内心、反対側の客席の魔道士達と同様に、思い切り罵声をヴェンチャロフに浴びせたいのを我慢しているのだ。ただ流石に『品が無い』と我慢しているのだが....

  ガッツに言わせれば、変に取り繕っているよりも、素直に声を上げてる連中の方がまだマシなのだが....

  早いこと、一般客が戻ってきてくれないかとガッツは思っているのだが、試合時間は決まっている。いつまでも引き伸ばす訳にはいかない。仕方がないと選手紹介を始めた。

  『さあて、お待ちかね。選手の紹介だ!! 東の方角で拳を上げているのは、人気急上昇中の格闘魔道士、元魔導学の大家という異色の経歴を持つヴェンチャロフ・マキシハートォ!!!』

  「被害者の会」の魔道士達から歓声が上がる。

  『対するは、短槍を掲げる緋色のローブの男!! かつてコロシアムにて魔道士相手には負け知らずな上に、負けた相手に『魔封じの呪い』をかけていく魔道士達には恐怖の対象の正体不明の男!!! 「魔道士喰らい」ヨアヒムゥ!!! 一年ぶりの登場だー!!』

  今度はブーイングと熱のこもった拍手の音が闘技場にて交差する。

  お互いの距離は10m程、ヴェンチャロフの屈託のない笑みが眩しい。綺麗な橙色の魔力オーラが肩から湯気の様に立ち上っていた。果たしてヴェンチャロフには自分はどう写っているのだろうか?

  『陰険な男だと魔道士ならば思うだろうな....』

  自分でも苦笑する。幾ら『相手の魔法を隅々まで見尽くしたい』と思っているからと、半分白旗を上げている様な対戦相手を追いかけ回して精神的に追い詰めた挙句、本来ならばその者が学んだ流派にとっての『秘術』までをも出させた上、其れをあっさりと対魔法陣で逸した上に、更にトドメが『魔封じの呪い』である。どう考えても魔道士に恨みがあるとか、そういう系統に思われていても仕方がない。事実、そう思われている訳ではあるし。まあ、自分でも自覚はあるのだ。なまじ全ての魔法現象が『視える』が故に、其れをたいした苦労もなく『使いこなしている』魔道士という人種に。どう考えても『やりすぎている』とは思っている。しかもほぼ『八つ当たり』である事も。

  目の前に居るのは、そんな自分とは対極の男だ。魔導に真っ直ぐに邁進し、大きな業績を上げ、命の危険諸々の障害を物ともせずに、ひたすらに真っ直ぐに自分の道を進んでいこうとする。その姿がとても眩しい。

  『羨ましい』とも思う。だが嫉妬は感じない。しかし....自分の全てを出し尽くしてみたいと久々に思った相手だ。その結果として敗北したとしても。

  『始め!!』ガッツの掛け声と共に試合が始まった。

  お互い一気に駆け寄って間合いを詰める。間合いが5m程の所で、ヴェンチャロフが横走りを始めると、両の拳を交互に突き出して、《魔法の矢(マジックボルト)》を連射し始める。すかさずヨアヒムが右手の五本の指先に付けた魔道具『自動書記魔道具のペン先』を使って、瞬時に対魔法陣を同時に五個づつ対面の空中に描いて、《魔法の矢》自身の魔力を使って魔法の矢その物を無効化する。ヴェンチャロフの、矢継ぎ早に魔導回路が拳の前で閃光の様に次々に現れては消える光景を『美しいな...』と思いながらも、

  「(今日は)手堅いな....」

  いつものヴェンチャロフなら、《魔法の矢》の連射に相手が対応している内に懐へ潜り込んでの格闘戦を開始しそうな所なのだが。最も、今、ヨアヒムが見せている様に難なく対処されてしまっては、武器を持たないヴェンチャロフにはどうにもならないだろう。ヨアヒムの槍術は超一流とまではいかないまでも、40年以上振るい続けた確かな物。下手に接近すれば間合い3mの所で良いように嬲られるだけである。このままならヨアヒムが有利に見えるが....

  ドスンという大きな音と共に大きな土煙が上がり、ヴェンチャロフの姿が消える。

  「(脚力)強化か....」

  ヨアヒムの周囲を盛大に土煙を上げながら螺旋を描いて、ヴェンチャロフらしき砂煙の先頭が迫ってくる。無論、このまま、懐に飛び込ませるつもりは無い。こちらも全身に『筋力強化』『体力増強』等の魔法陣を刻んでいる躰。魔力供給が自身の躰から漏出する微弱な魔力と周囲の空気から集積する魔素による物である為、パワーで見劣りはするが持久力なら負けない自信はある。一気に詰め寄られない様に並走して相対速度を殺しながら、不用意な接近による槍の間合いへの侵入を待つ。ジリジリとお互い並走しながら間合いが詰まっていく。横走しながら砂煙の先頭を見つめるヨアヒム。姿は砂塵に隠れてしまっているが、先程と違って橙色の魔力オーラが派手に立ち上っている。かなり気合を入れて魔力を行使しているのが判る。確かにポジション取りという意味では、今はヴェンチャロフの方が圧倒的に優位である。しかし....

  「あんな(脚力)強化、いつまでも続けられる筈も無い」

  如何に筋力を強化しようと、支えるのは自身の膝関節である。無論、其処にも防護魔法をかけているのだろうが、あの速度を続けては、本格的な戦闘に入る前に膝が....と、思っていると、ヴェンチャロフと思しき人影が空中に『飛んだ』!

  「むぅ!?」

  このまま真っ直ぐに飛び込んでくるのなら、その前に距離をとるだけである。だが今度はボンッという爆裂音と共に空中から更に加速して飛び蹴りの姿勢で飛び込んできた。

  「爆裂魔法!」

  ジェット機よろしく、背面に向けて爆裂魔法を拳でぶちかましたヴェンチャロフがライダーキックも真っ青な勢いで飛び込んでくる。長年の躰の反射で、辛うじて空中のヴェンチャロフに対空姿勢で槍を構えるヨアヒム。このまま突っ込んでくるなら容赦なく串刺しにするつもりである。

  『まあ、第4騎士団も居るから、大丈夫じゃろ』

  かなり物騒な考えだが、相手の躰を気遣っている余裕はない。相手はあのヴェンチャロフ・マキシハートなのだ。どんなトリッキーな事をしてくるのか油断ならない。ヨアヒムの槍先とヴェンチャロフの飛び蹴りの足が交差しようとする瞬間、またしてもヴェンチャロフの拳が火を吹き逆噴射での制動をかける。急激な減速により、ヴェンチャロフの躰は槍先の手前で一気に落下する。そのまま落下すると膝を曲げて着地姿勢を取り、しゃがみ込んでから、其処へ槍先を突きこんでくるヨアヒムの槍を背面跳びの様に躱して正面に飛び込んだ。ヨアヒムがすかさず足払いを入れてくるのに、ヴェンチャロフが右脛で合わせる。間合い1m....ヴェンチャロフの距離だ。上体を捻って槍で払おうとするヨアヒムの左腕を右手でガッシリと掴むとニィと笑って

  「儂の間合いじゃ!!」

  開いている左拳の連打が炸裂する。打ち込まれる拳が皮膚に接触した瞬間に冷気魔法・アイスミストが同時に打ち込まれる。『接触魔法』だ。ヨアヒムが、がっくりと膝から崩れ落ちる。ヴェンチャロフが手を離して、そのまま追い打ちの特大の一撃を決めようと構えた刹那、スッとしゃがみ込んで槍を下にヨアヒムがバク転し、離れ際にヴェンチャロフの顎に蹴り上げを決めようとした所をすんでの所でヴェンチャロフが躱した。距離は2m。どちらの距離とも言い難い間合いだ。ヴェンチャロフが

  「確かに体内に打ち込んだ筈じゃ? まさか全く魔法が効かんのか?」

  ヨアヒムが、些か息を荒げてニヤリと笑い

  「体内じゃろうが、魔法陣を張れれば、打ち消すのは可能じゃよ。マキシハート博士。拳は効いとるがのう」

  ヴェンチャロフがニィと笑う。そして

  「やはりか。ヨアヒム・ファレル博士。流石、魔法陣研究の第一人者じゃの」

  その言葉に、ヨアヒムが動揺する。

  「何を言って....」

  その言葉を遮って、ヴェンチャロフが続ける。

  「かつて....40年以上昔にバージル・ファレルと言う魔法陣研究の第一人者が居った。その者は確かに優れた研究論文を発表していた。特に、研究から引退する2年前に発表された2つの論文はな。じゃが、それを発表してからどういう訳か研究から一切手を引いてしまったのじゃよ。若い儂は、その論文にいたく感銘を受けてのう。既に引退しておったバージル博士の元を尋ねた。幾つかの疑問点に関する質問をする為にの。じゃが....判ったのは、バージル博士は、その二つの論文を完全には理解していないという事じゃった。そう、その論文を書いたのはバージル博士では無い。助手じゃった。儂が訪れる数年前にバージル博士の元を去ったな。その名がヨアヒム・ファレル。つまりお前さんじゃ」

  尚も必死にヨアヒムが

  「お前さんが、バージル博士の元で何を見つけたのか、儂は知らん。大体、儂とバージル博士に何の繋がりがあると言うんじゃ!」

  と言い募っても、ヴェンチャロフは

  「儂は、其処で未発表の論文も見つけておるんじゃよ。今迄の、そして今の、お前さんの魔法陣の扱い方、その未発表の部分までも熟知して無くては説明が付かん。何よりも、その右手の指先についている自動書記魔道具のペン先、バージル博士の所にあったモノと同じなのはどういう事じゃ?」

  ふぅっと溜息を付くと、ヨアヒムは

  「もしかして、其れを確かめる為に、儂との試合を?」

  その問いに

  「勿論、それもある。じゃが....『魔道士喰らい』なんて、如何にも挑戦したくなるじゃろう?魔道士闘士なら」

  そう言ってニィと笑った。ヨアヒムが

  「そういう事なら、今は闘いに専念せんか? そろそろ客も戻ってきたみたいじゃしのう」

  見れば、一般客が食事を抱えて観覧席に戻り始めていた。ヴェンチャロフも

  「じゃのう。儂ら闘士は客を楽しませんとのう。所で、各々、勝った時に貰える物が決まっておらんかったが?」

  「では、お主は何を?」

  「一週間、儂に付き合え。聞きたい事が山ほどある」

  「成る程....では、儂は....サインでも書いてもらおうかのう。お前さんの著書が20冊、儂の所においてあるからのう。それにプラスして色紙500枚じゃ。店で高値で売れるじゃろ」

  二人共、ニヤリと笑う。

  「では、」

  「思う存分、今は楽しませてもらおうかのう」

  二人が再び対峙する。間合いは2.5mか.....

  『出し惜しみは無しじゃ....』

  ヨアヒムはフードの袖口から4枚のカードを取り出すと、オリハルコンで薄くコーティングしてあるエッジ部を人指し指に少し強く押し付けた。血がポタポタと流れて、カードに染み込んでいく.....ヨアヒムは先天性の病により、自身の魔力を任意の箇所に集中させる事が出来ない。だがその血には紛れもない強い魔力が秘められている。その血を、魔法陣が描かれたカードに染み込ませれば.....ボソリと呟く

  「ブラッディカード」

  ヨアヒムの手から離れた数枚のカードが、意志を持つかのように宙を舞いはじめ、同時にカードが視界を覆うほどの枚数に増大してヴェンチャロフを中心に渦を巻き始めた。

  「何じゃ!?」

  実際にヴェンチャロフの周囲を舞うのは数枚のカード。しかしカードに刻まれた魔法陣による光学屈折魔法と幻視魔法の組み合わせにより、嵐の様な枚数のカードが周囲を舞っている様に見える。そして、その間隙を縫って

  「くぅ!!」

  ヴェンチャロフの肌上を、カードのオリハルコンのエッジが掠める。表面的な出血だが、心理的な効果は大きい。精神作用による幻覚でもなく、実際にこれだけのカードが舞っている訳でもなく....ヴェンチャロフの拳から《魔法の矢》が放たれるが、矢は虚しくカードの幻をすり抜けていく。完全な目くらましならば無視してしまえばいい。だが、時折ヴェンチャロフの肌を掠めて出血させるカードが其れを許さない。このカード達に紛れて本物のカードがヴェンチャロフを傷つける。見た目の派手さに対して、魔力の消費量は驚くほど少ない。それ故、よほど魔導探知に優れた....そう、例えばヨアヒム自身の様な魔法が『視える』様な魔道士でなければ、本物のカード達を見つけるのは至難の業だろう。そして....手元に残した一枚を、時折任意の変則的な軌道でヴェンチャロフに投げつける。

  「ぐあ!」

  急角度で斬りつけるカードは、ヴェンチャロフの皮膚を更に深く切り込んでくる。そうして変則的なカード攻撃に翻弄されている間に....ヨアヒムが切り札の一枚を取り出す。真っ直ぐに勢い良く飛んで深く突き刺さり、ヴェンチャロフの体内で麻痺毒を合成させるカードだ。

  『これで決める!!』

  先のカードと合わせて投げつければ、今のヴェンチャロフは躱す事は出来ないだろう。決着を確信したその時、ヴェンチャロフの魔力オーラが激しく燃え上がった。

  思わず目を凝らせば、ヴェンチャロフの右の拳には赤く輝く魔導回路....爆炎魔法が、左の拳には青く輝く魔導回路....凍気魔法が浮かんでいた。その両拳を胸前で合わせれば、

  「ふん!!」

  「む!!」

  凍気と熱気が衝突して、爆発的な空気の流れが胸元で発生して周囲の空気を押し流す。大量のカードを幻視させていた屈折魔法も幻視魔法も押し流されて、周囲を飛んでいる3枚のカードの姿が顕になる。そのカード達に魔導器の小手「シヴァ・イフリート」をぶち当ててカードを墜落させた。

  圧倒的な空気の流れの中心から顕になるヴェンチャロフの姿。カードにより傷つけられて、躰のあちこちから出血しているかなり壮絶な姿だ。もっとも、表面的な傷なので、見た目程のダメージは無いだろう。それよりも....先程、爆炎魔法と凍気魔法を同時に胸前で放った事の方が、胸と拳のダメージが大きいのではないだろうか。本来、離れた相手に放つべき物で、間近で解き放っていい魔法ではない。ヨアヒムが

  「無茶をするのう....儂のカードでのダメージよりも大きいんでないかのう?」

  ヴェンチャロフが、少々苦しげに笑いながら

  「あのままではお前さんの術中にハマるばかりだからのう。無理矢理でも仕切り直しさせてもらったんじゃ。しかし....変わった魔法じゃの」

  ヨアヒムは目を細め

  「儂の師は、魔道士(ウィザード)バージルだけではない。魔法が無い世界で奇跡を演出する『奇術師(マジシャン)』ソアラも儂の師の一人じゃ」

  ヴェンチャロフが血だらけの躰で壮絶な笑みを浮かべ

  「ふふ、いよいよ持って色々と聞かせてもらわんとな。お前さん、儂の想像以上に面白い男じゃ」

  ヨアヒムが意地の悪い笑みで

  「ほう。その躰でまだ勝つつもりか。今なら、儂が勝っても、サイン色紙2000枚で儂の話を聞かせてやっても良いぞ」

  「ふん!! その余裕ごと殴り倒してやるわ!!」

  「近づけるものなら近づいてみろ!! 今度こそ、槍のサビにしてくれる!!」

  その言葉に、ヴェンチャロフはニヤリと笑って

  「近づかんでも殴れるわい!!」

  両拳を前に突き出した。ヨアヒムは何が来るかと目を凝らす。魔法の癖は大体掴めた。こちらに飛ばしてくる魔法の見極めさえ間違えなければ、今度は打ち消しだけでなく、そのまま打ち返す事も可能だ。さて、何が出てくる?

  ヴェンチャロフの拳の上に各々違う魔導回路が現れる。どうやら系統的に凍気系の魔法の様だが....しかし、そのままでは両の拳から中途半端な凍気が出るだけの....其処で、ヨアヒムは思い出した。本来ならば非常に長い詠唱が必要になるが、二種類の凍気魔法を完全に同時のタイミングでぶつけ合う事で放つ事が出来る伝説の凍気魔法の存在を....

  「ま、まさか....《テスタメント(絶対零度凍気破)》!?」

  「逃げる事をおすすめするぞい!死にたくなかったらのう!!」

  そう叫ぶと同時に、合わされた両手が開かれて前に突き出された。その瞬間、絶対的な死の凍気が放たれた。

  ヨアヒムの対魔法陣は、出て来る魔法が判っていれば殆どの魔法を無効化もしくは反射させる事が可能だが、理論上其れが不可能な魔法も存在している。絶対零度もその一つだ。絶対零度では物理法則が変化してしまう。つまり、絶対零度の凍気を対魔法陣が受け止めた瞬間に、対魔法陣が完全凍結して機能しなくなるのだ。

  従来の魔法理論では、絶対零度の凍気を放とうとしても、その前に魔導回路自身が凍りついてしまう為、絶対零度への到達は不可能とされてきた。従来とは全く別の理論の、絶対零度の中でも機能する魔導回路が必要だと....

  目の前の男は、其れを....一瞬の躊躇がヨアヒムが逃げる時間を失わせた。このままでは死は不可避!ならば!! ヨアヒムは両手を合わせて前へと突き出して開いた.....

  ............

  ........

  ....

  会場は静まり返っていた。一瞬ごとに切り替わる攻防。両者の思いもよらぬトリッキーで大胆な攻撃。ガッツも実況を忘れて見入っていた。そして、最後に放たれた....伝説の絶対凍気。闘技場の両サイドの最前列で陣取っていた双方の魔道士達が固まっていた。伝説の、不可能とされていた魔法が無詠唱で放たれた事による精神的な衝撃で。

  観客達も、アナウンス役のガッツも固まっていた。思いもよらぬ激しい攻防。そして、その最後に放たれた圧倒的な凍気。嫌な予感が全員を包んでいた。『死者が出てしまったのか....?』

  その静寂は、闘技場の中央からの音で破られる。凍気を受け、真っ白に凍りついた人形の氷像が音を立てて崩れ始めたのだ。観客達が絶望的な視線を向ける。恐らく、躰の芯まで凍りついた対戦相手・ヨアヒムがそのまま崩れ去るのだろうと....だが

  「....殺す気か!」

  周囲の空気中の水分が全て凍りついて躰に凍着した為に、生きた氷像と化していたヨアヒムが、自身の血を吸わせたカードを使って、炎熱魔法を行使して内側から氷壁を破って叫ぶ。ヴェンチャロフが申し訳なさそうに

  「いやあ、すまん。ちと熱くなりすぎてしもうた....しかし、お主、アレをどうやって受け止めて?」

  ヨアヒムが

  「一か八か、そちらの魔導回路を見よう見まねで作っての。凍気を打ち消すのは無理じゃが、受け止めて、躰の外側に何とか逸した。本当にまあ....よくまああんな事出来たもんじゃ...」

  闘技場の張り詰めていた空気が一気に緩んだ。『良かった、生きていた』と....

  魔道士達はそうでは無かった。伝説の魔法が無詠唱で放たれただけでも十分すぎる衝撃的な出来事なのが、更にそれを受け止める魔道士が居た事に。

  我に帰ったガッツが叫ぶ。

  『ヨアヒム、なんと、あの凍気を受け止めた-!! なんとも凄い攻防だ-!!』

  そして....

  『この試合、これ以上は危険と判断してドロー(引き分け)としますー!! 両者とも異存は無いか?』

  両者....ヴェンチャロフとヨアヒムはガッツに向かってニッコリと頷いた。

  ............

  ........

  ....

  コロシアムの救護室にて、二人の老人が各々ベッドに横たわっていた。一方はヴェンチャロフ。皮膚の傷は回復魔法で塞がれていたが、自分自身で放った魔法のダメージが抜けきっていない為、ベッドに寝かされて回復魔法を掛けられ続けていた。

  もう一方はフードを脱いだヨアヒムもといエドワード。先程の絶対凍気による凍傷を治療されながら隣のベッドに横たわっていた。

  第4騎士団の(自称)良心、クリスが二人を叱りつける。

  「もう! ここのコロシアムは殺し合いは禁止なんですよ! うっかり手が滑ってじゃ済まされませんよ!」

  「いやあ、試合になるとつい熱くなってしもうてなぁ」

  「はは、年甲斐もなく熱くなってしもうて....」

  両者とも、顔を合わせて苦笑いしながら、答える。暫く説教が続いたが、最後に

  「本当に気をつけてくださいね!」

  もう二人共大丈夫であろう事を確認すると、部屋を出ていった。ヨアヒムが

  「なあ、儂の店、コロシアムの近くなんじゃが、羊羹とお茶が評判での。良かったら来てくれんかの? 「よろず屋-夢庵」という名前じゃ。正直、儂もお主に聞きたい事がある」

  ヴェンチャロフが

  「そうか。ならば行かせて貰おうかの。そうじゃ、もう一人連れてきて良いか? エラセドっちゅう第2騎士団の....」

  「ああ、あの不良騎士なら儂も知り合いじゃ」

  二人は顔を見合わせて、何とはなしに笑いあった.....

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