誰か、オレの神様を知りませんか。(後編)【ケモホモ】

  14

  「状況を整理しよう」

  そう言って、カトレアは洋紙を取り出すとサラサラと図を書いていった。

  簡単に、俺と貴昭との略図が洋紙の上へと書かれていく。

  「まず、あんたの契約者は自殺をしようとした。理由はどうであれ、この時点では神格による魂を昇格させない限り、確実にあんたの契約者は地獄に落ちる事になる。…つまり、あんたがこいつの寿命を延ばそうとして、またこいつの元から離れ、神格を上げないまま余生をズルズル生きながらえさせたまま死なせたとしよう。その場合、確実にあんたの契約者は地獄に落ちるという事になるんだ」

  矢印が2本、引かれた。

  一つは、『神格の上昇×強制的な寿命=神界の住人。』

  もう一つは、『契約者を見放す×自然死=地獄の住人。』

  その瞬間になって、突きつけられている現実がいかに難しい問題なのかを理解した。

  「…つまり、だ。あんたの契約者を本当の意味で助けたいなら、神格を上げ尚且つ魂を昇格させる事を前提にしながら、ギリギリまで寿命を延ばさなきゃいけないという事になるんだ。そうしなければ、あんた達の思い描く結末には到底辿りつけない」

  矛盾している。

  その言葉を聞いた瞬間、俺はそう思ってしまった。

  …できるわけが無い。神格を上げながら、寿命も延ばすだなんて。

  そんなの、到底不可能な事のように思えた。

  「…無理だ」

  そう、隣にいたカイアスはそう言葉を漏らした。きっと、俺の顔も同じだったのだろう。

  目を向ければ、目の前の獅子は苦悩にも困惑にも似た表情で歪んでいる。

  「…そんなの、無理じゃないのか…? オレ達契約神の中じゃ、最後の転生を迎えた人間の神格を上げる事は、死期を早める事と同義だとして扱ってきた。どう考えても…」

  カイアスはそう言って、言葉を止めた。

  きっとそれ以上は言えなかったからだろう。俺だって同じだった。

  「そうかも、な。だが、何だって抜け道はあるもんさ。その為に、俺は今日ここにきたんだろう?」

  カトレアの黒い目と、目が合う。

  俺の瞳とは違う、柔らかな色をしたダークブルーの黒い瞳だった。

  「…不正な手を使えば、方法は一つだけある」

  そう言って、彼はテーブルの上に一つの手帳を取り出した。

  それを開くと、数々の人間の名前と、顔の写真とが貼られている。俺達には見たことのない、全く初めて見る手帳だった。

  それをパラパラと、俺達に見せるようにカトレアはそのページを軽く捲って見せた。

  「これは、予定帳って言うんだ。俺達執行部の人間しか持たない。ここに担当している人間の名前、今までの経歴、神格の高さ、そして自然死による最高限度の寿命と、それまでに起こりうる様々な死期のタイミングとが記されている。俺達はこの手帳を元に、人間たちがいつ死ぬべきなのかを取捨選択して、色んなバランスを保つようにしているんだ。つまり、人間たちはその一生の内で、何回か死ぬタイミングがもう予め用意されているんだよ。その中から俺達が一つ選んで、寿命の長さを設定する。それが俺達執行部の役割だ」

  そう、カトレアは説明した。

  黒い鱗に包まれた手の平が、ページを捲る。

  「青で書かれているのは、まだ確定されていない、修正可能な“確定予定”の項目だ。そして赤で書かれているのがもう確定されてしまった、修正不可の項目だ。こうやって予めアタリをつけて、周囲の人間とのバランスを調整するんだ。その人間が生き延びた結果、その周囲の人々に与える影響と、その人間が死ぬ事で周囲の人間に与える影響、そして未然に防止された作為が与える影響とを比較考量する。その結果、極めて合理的かつ明白な理由があるだけではなく、その作為によってもたらされる犠牲や被害が最小限に留まると判断された上で、各項目はやっと赤の文字で確定されるんだ。もしその作為によって著しく何かのバランスが崩れるような場合は確定前に修正されるし、確定が微妙な項目は保留として青文字のまま確定もされない。…ここまではいいか?」

  「…あぁ、なんとなくだが分かった。だが、どうして赤で書かれた項目はもう修正が不可なんだ? それほどの重要なものなら、それも修正可能にした方いいんじゃなかったのか?」

  「あぁ。それは、この予定帳の限界って奴だ。確かに全ての項目を修正可能にした方が、何かと後で融通が効く場合がある。俺達執行部の人間にも間違いはあるからな。たまに小さなミスが波及して、甚大な被害が人間の方に出てしまった事は何回か見たことがあるよ。…だが、何かしらの項目を確定して、確定条件として事を進めないと、他の案件も他の人間の予定も、何もかも調整不可能になってしまうんだ。全てが未確定だとするのなら、理論上では何もかもが一気に180度変更可能となる。その場合にもたらされる影響と予定の変更は、甚大なものになってしまうだろう…? 確立の計算と同じだ。予め何かしらの確定条件があって、そこである程度の未来の方向性とか人々に与える影響の方向性が分かって、そこで初めて他の案件との調整が可能となる。この予定張に書かれているものが青と赤に分かれているのは、その為だ」

  そう、カイアスの質問に対してこいつは答えた。

  きっとこの手帳は、俺達部外者が見ていいような代物ではないのだろう。ここで聞く話も今まで全く聞いたことが無かったし、全てが初めて知るようなものばかりだった。

  …俺達とは、何もかもが違う。

  そう、思わざる負えなかった。

  「これが、あんたの契約者の予定だ」

  そう言って、カトレアは手帳をこっちに向けながら俺の方に差し出してきた。

  堤下、貴昭。そこに映る顔も、今までの経歴も、確かにあいつのものそのものだった。

  ふと、あいつの寿命の項目に目が入る。

  ――“神格の昇格による死亡”

  そう、そこには青文字で書かれていた。[newpage]「あんたら契約神なら分かるだろうが、この場合死因はどうでも良くなるんだ。強制的に寿命を迎えるだけだからな。今までは病死もあったし、事故死もあったし、原因不明の自然死といったものもあった。まだ青文字なのは、あんたの契約者の神格が、まだ魂を昇格させるまで高くなっていないからだ。先の自殺のように、事故死なんかでこいつが死ぬ可能性だってまだあるんだからな。限界まで神格が上がらない以上、これが赤文字で確定されることはない」

  そこまでの言葉で、俺は思わず顔を見上げてしまった。

  目の前の黒い竜人と、目が合う。その瞬間こいつの言わんとしている意図に、俺は気がついてしまった。

  「つ、つまり…それって――」

  「…あぁ。お前の契約者の寿命は、まだ変更可能なんだ」

  ストンと、言葉が落ちていく。

  まだ可能性があるという、唯一の希望の言葉だった。

  「…ただし、問題が二つある」

  そう言って、カトレアは再びペンを持ち直すと洋紙を広げた。

  さっき書いた図の横に、また新しく文字が書かれていく。その文字面を、俺は必死になって目で追った。

  「一つは、あんたの契約者が死なないということは、現世で神格が上がり続けてしまうと言うことだ。しかも若干22歳で最後の転生を終え、魂を昇格させる寸前の所まできた逸材だ。これからの余生で、ハンパない神格を彼は上げてしまうことになる。…つまり、あんたの契約者は、いずれ人間ではなくなってしまうという事になるんだ。その先にある結末は、執行部の俺ですら責任を持つことは出来ない。…最悪、あんたの契約者が人間でなくなった結果…あんた自らの手で、あんたの契約者を殺さなくてはいけない事にもなりかねないんだ」

  『貴昭→いずれ、人間でなくなる。=誰かが、その時は処理しなくてはならない。』

  そう、目の前の洋紙には書かれた。

  生ぬるい唾が、喉に絡みつく。その言葉は、簡単に理解する事が出来た。

  あいつが、人間でなくなってしまう。それは、寿命を延ばした結果必ず訪れるであろう結末だと言うことは、俺も最初から分かってしまっていたからだ。

  「…もう一つは?」

  「もう一つは…遅かれ早かれ、あんたが死んでしまうという事だ。あんたの契約者は生き、その結果あんたの寿命はなくなる。…それが、二つ目の問題だ」

  その瞬間、俺の中で何かが止まった。

  目の前の死神が言っている事が、一瞬理解出来なかったからだ。

  「ど、どういう事だカトレア。こいつの契約者を助けたら、遅かれ早かれガルドが死ぬ事になるって…ど、どういう意味なんだ…?」

  そう言って、カイアスは声を震わせた。

  目の前の獅子は、動揺と困惑で目が揺れている。俺はそんな親友の姿を、ただジッと固まったまま見つめる事しか出来なかった。

  「…これは、あんたらの限界の話だ」

  カトレアは、そう言葉を続けた。

  ふと、カイアスと目が合う。獅子の形をした親友は、俺に「やめろ」と言っているようだった。

  目の奥が、恐怖と不安で揺れている。

  「どうして、神格が上がった人間は強制的に死ななくてはならないと思う…?」

  そう、目の前の死神は俺達に聞いた。

  俺達が長年悩み続けていた、核心を突いた疑問だった。

  「魂がもはや人間のものでなくなってしまうからか…? それもあるだろう。その場合、周囲の人間に与える影響が甚大なものになってしまうからか…? それもあるだろう。…だがな、もっと本質的な所は、あんたらの寿命と必要性にあるんだ。予め与えられた役割があって、その行為に対して責任がある。そして何か過ちがあった場合、その役割に必要性が無くなった場合、その責任は取らなくてはならないんだ」

  頭の奥が、グラグラと揺れ始めた。

  ふと、視界の端にカイアスの顔が目に入る。何かを悟ったように、苦悩に目を細めたような顔だった。

  「…あんたらの契約者が死ぬのは、あんたら契約神が生き続ける為なんだ。それを糧にあんたらは生きていると言ってもいいのかもしれない。…自覚は、なかっただろうがな」

  そう、目の前の死神は言葉を続けた。

  ずっと直視出来ていなかった、現実と核心とをついた言葉だった。

  「神格は、限界まで上げる事が許される。その為にあんたらは人間をサポートし、魂を昇格させるまで神格を上げさせるのだろう。…だが、限界以上に上げてしまった神格は、もはやあんたらを必要とはしていない。もはや害と呼べる代物へとなってしまうんだ。…その反動は、あんたら契約神に返ってくるように規則で決められている。神格の上昇に伴う全責任は、あんたらが全て負う事になっているからな。…つまり、あんたの契約者の神格が上がり続ければ上がり続けるほど、今度はあんたの寿命が短くなるんだ。全ての反動と責任を負わされて、代償として自分の寿命が削られる。死ぬべき人間を生かしてしまった、その代償としてな」

  たった一つの希望が目の前にあった。

  それは暗闇の中で、たった一つだけ光り輝く一筋の光のように、心に光を射して照らしてくれるのだろう。

  それさえあれば、どんな暗闇の中でもあがいていけるような気がした。

  それさえあれば、目の前の道が分からなくても、絶望と暗闇に自分を見失ったとしても、目的を見失わずに歩き続けることが出来るような気がした。

  今、その希望の光に一筋の雲がかかろうとしている。

  一瞬だけ訪れた月明かりの後で、何の光もない暗闇へと引き戻されたような錯覚が俺を襲った。

  光が、見えない。

  「…だからだ。だから…人間は死ぬんだ。限界まで神格が上がって、魂が昇格するその瞬間、それを人間達は悟るんだよ。『自分がこのまま生きてしまったら、自分の契約神は死んでしまうんだ』って。『その役割を終えて、逆にどんどん寿命が短くなるんだ』って。だから人間は、自分の寿命を受け入れて、魂を昇格させて死ぬんだ。…自分の、契約神を守る為にな。その結果あんたらはそれを糧に行き続け、契約者は死ぬ。…最後の恩返しとして、彼らは死ぬんだよ」

  『貴昭→いずれ、人間でなくなる。=誰かが、その時は処理しなくてはならない。』

  その下に、黒い文字が付け足される。

  『契約者が生き続ける→ガルディア・ラインハルトは全ての反動を受け、代償として寿命が削られる。』

  その後書かれた、『→いづれ、死亡』の文字に、目の前にいた俺の親友は目を逸らした。[newpage]

  15

  「何か…何か方法はないのか…?」

  「カイアス…?」

  「何か、手段はあるはずだろう!? こいつの寿命が削られない…何か方法があるはずだ!!! オレは…オレはこいつを死なせる気なんて、毛頭もない…ッ!!!!」

  俺の親友は、必死な声でそう叫んだ。

  心なしか、目の縁が濡れている。こんなカイアスの姿、俺は見たことがなかった。

  いつも、気丈に振舞う。

  どこか抜けている俺の事を支えてくれる、どこか兄貴肌のような面倒見の良さと厳しさを併せ持った獅子。それが、俺が今まで知っていたカイアスの姿だったのに。

  だけど今は、その余裕も、気丈さも、どこにもない。

  「…受けた反動を、誤魔化す手ならいくつかある。例えば、定期的に神界に戻って、受けた反動を精算してしまえばいい。反動は溜まれば溜まるほど、一気に寿命は削られていくし、契約者と離れれば離れる程、その反動も少なくなるからな。反動が溜まれば、それに伴って体調も悪化していくだろう。その前に、一度ここに戻って体をゆっくり休めて、受けた反動も代償も浄化すればいいんだ。…もちろん、その間あんたの契約者はあっちに置き去りになってしまうが…仕方ないだろう」

  「他には…?」

  「他には…そうだな。例えば今はあんたしか契約神はいないが、これが二人、三人になったとしよう。そうすれば、一番に反動を受けてしまうのはあんたに変わりないが、いくらかは他の契約神に反動は分散され寿命の短命化の進行は遅く出来るはずだ。…均等分散とまでは行かなくても、これで寿命はいくらか削られるのを遅くする事が出来る」

  そう言って、カトレアは一つの書面を目の前に差し出した。

  貴昭の名前の隣に、カトレア・ベルトウェイの名前と親指の捺印とが押されている。

  「今回の件についての、責任と反動を誰が受け持つのかを記した契約書だ。…もう、俺の名前は記入しておいた。最悪、俺一人でもこの案件は推し進めるつもりだったからな。ここに名前と捺印を押せば、反動は分散され寿命の短命化は進行を遅くする事ができる。今回の不正がバレときに来る反動も同じだ。この書面の署名と、契約者との二重契約。この二つがあれば、間違いなく反動は分散されるだろう。…代償を払う事には変わりないが、その代償を小さくする事はできるはずだ」

  目の前の死神は、そう静かに言葉を続けた。

  一瞬、こいつが一体何を言おうとしているのかその意図が分からなかった。

  「じゃあ…オレが、貴昭と二重契約を結んで…その書面に署名すれば、その反動も分散されるという訳か?」

  「…そうだ。今はまだ不可能だが、あの子の神格が一定以上に高くなったら…契約神の二重契約も可能になる。調べたら今までにも前例は沢山あった。…ただ、その場合その反動もあんたにいく。あんたの寿命も削られていく事には、変わりないんだぞ?」

  そこまで聞いて、俺は今一体話がどの方向へ行こうとしているのかをやっと悟った。

  思わず、カイアスの顔を見る。

  何を決めたような、決意を固めたような顔だった。

  「お、おい…カイアス、お前…一体何を考えている?」

  返事が、ない。

  目を逸らした先で、一体何を見つめているのか、その視線の先にあるものが一体何なのか、検討もつかない。

  「ば、馬鹿な事は考えるなカイアス!!! これは…これは俺と貴昭との問題だ!!! お前は――」

  「お前は、関係ないとでも言うのか今更!!!! オレは無関係だと…そんな事を言うのか!!?」

  いきなり、胸倉を掴まれそうな勢いでそう言われた。

  目の前に、カイアスの顔がある。その目と鼻の先で、琥珀色をした獅子の瞳がゆらゆらと揺れていた。

  「…オレは、お前を…失いたくない」

  「カイアス!!! 」

  「お前はオレの親友だ!!! 違うか!? オレが誰を守ろうが…てめぇに口出しされる筋合いはない!!!」

  濡れた瞳で、そう言われた。その言葉に、俺は声をなくしてしまった。

  いつもとは違う、そんな姿が目の前にあったからだ。

  上手く言葉が、出てきてくれない。

  「お前が、誰に惚れようとオレは知らない。その結果てめぇの身を滅ぼしても、オレはいつも通りお前を説教して、励まして…一緒に酒を飲むだけだ。だけどそれは、お前がオレの隣にいてくれる事が前提の話だろう? 違うか…? お前だけが死ぬなんて、そんなの…そんなの、許せる訳がない!!! それが、お前の色恋が原因だったとしても…お前は――」

  その瞬間、目の前の瞳はそっと横にそれていった。

  心なしか、肩が揺れている。

  「それでも、お前は…オレの、たった一人の…親友なんだ。…失える訳が、ない」

  この瞬間になって、俺は自分の罪に気がついた。

  何も、否定する事ができない。説き伏せて、説得する事もできない。

  自分ひとりだけが背負うものならば、良かったのに。そう思っていた自分の考えの浅はかを、今呪った。

  …そうだ。

  もう、手遅れなんだ、これは。

  俺一人がこれを背負っても、こいつを巻き込んでも、もはやもう関係ない。

  「カイアス…」

  何も、言葉をかけてやる事ができなかった。

  謝罪も。

  感謝の言葉も。

  何もかもが、急に力をなくしてしまったかのようにその命を無くした。

  「カトレア、と言ったな…あんた」

  「…あぁ」

  「オレも…それに署名しよう。これで、反動も三つに分散される。これで…いくらかはマシになるだろう…?」

  そして俺は、そんな親友の優しさでさえ止める事が出来なかったんだ。[newpage]

  16

  目の前の書面に、三つの名前と捺印とが押される。

  ガルディア・ラインハルト。青い毛皮に包まれた、虎の名前。

  カイアス・ランクフォード。気高き獅子の、俺の親友の名前。

  カトレア・ベルトウェイ。突如救いの手を差し伸べてくれた、黒い鱗に包まれた竜人の名前。

  こうやって見ると、三人とも似た名前を持っていたんだな。そう今更感じた親近感の中で、俺が唯一直視できたのは、今目の前にある重すぎる罪悪感だけだった。

  「これでいい。あとは、頃合をみてあの子と二重契約を交わすだけだ。執行部の俺には無理だが…同じ契約神であるあんたには可能なはずだ」

  何もかもを、巻き込んでしまった。そればかりが、頭の中で何度も何度も繰り返し流れている。

  かける言葉が、見つからない。

  「不正がばれた場合は、どうなる?」

  「まぁ…確実に俺の首は飛ぶだろうな。ただのミスや過失なら許されるが、今回はそこまで上の連中らを誤魔化す事は出来ないだろう。…まぁ、ギリギリまで上手く誤魔化すさ」

  カトレアは、そう言って目の前の書類を直し始めた。

  目の前で、手帳が開かれる。右手に持っていたのは、赤い色をしたペンだった。

  「お、おい…カトレア…」

  「…なんだ?」

  「お前は…それでいいのか? 俺達ならまだ分かる。だが…だがお前は今回の件とは、全く無関係の人間のはずだ。どうして…どうしてここまで俺達に肩入れをする?」

  さっきのカイアスとのやり取りを見て、これだけは確認しなければならないと思った。

  動機が、不明確すぎる。そう思えてならなかったからだ。

  今思えば、軽い自己紹介と今回の件についての説明ばかりで、何一つこいつの素性については聞かされていない。

  「もし不正がばれたら…お前はどうする? 首がかかるほどのリスクを、なぜお前が負わなければならない?」

  その言葉に、明らかに動揺したようにカイアスは俺達の目から視線を逸らした。

  きっと、この死神は信用に足る男なのだろう。それは分かる。それは、さっきまでのやり取りだけで十分に分かった。

  だけどこのままでは、納得が出来なかった。

  「…なぁ、ガルディア」

  「なんだ?」

  「…罪って、償えると思うか?」

  ふとかけらた言葉に、一瞬頭が止まった。

  予想もしていなかった言葉の内容に、どう返答していいのか分からなかったからだ。

  「…許されると、思うか? 結局は、自分自身が自分を許せるか許せないのか、自分の過去を受け入れられるのか受け入れられないかの問題なんだろう。それも分かっている。だが…自分の過ちのせいで、とてつもない不幸を背負った人間がいる。悲しみの淵へと追いやられた人間がいる。…その現実も、変わりはしないんだ。どんなに自分の過ちを受け入れたくても、それも許されない。それでも…罪は償えるものだと、そうあんたは思うか?」

  深く、静かに吐き出された声だった。

  その厚みのある重みに、言葉を失う。そんな切実な痛みのある声が、浅はかな言葉をかけようとする俺の同情を止めた。

  そんな中身のない言葉、きっとこいつは望んでなんかいない。そう思ったからだ。

  「…さぁな。俺には…分からない」

  冷たく、無機質な声でそう俺は答えた。それが、生々しくも切実な、今の俺の本音だったからだ。

  今まさに、自分は多くの人間を巻き込んで、罪を作ろうとしている。そんな自分が、「罪は償えるものさ」とかそんな軽い台詞を吐けるわけがない。

  「…そうか」

  テーブルの上に、赤いペンが置かれる。

  こいつが言っていた、これで書いて一度確定してしまったものは、もう修正不可になってしまうという文字の色だ。

  赤く、濃い、血のような色だった。

  「一度、ミスをしてしまったんだ。本当はまだ寿命じゃない人間の死期を、間違ってこいつで確定してしまった。本当なら、もっと何十年も生きていくはずだったのにな。…俺ミスのせいで、二人は俺の目の前で死んでしまったよ。…どうあがいても、確定済みになった死期は変える事が出来なかった」

  ふと、彼が打ち明け始めたのはそんな言葉だった。

  カトレアの手の平が震え始める。

  それを誤魔化すかのように、カトレアは自分の手の平で頭を覆って、その顔を隠した。

  「だから俺は…あの時誓ったんだ。あの子の両親を奪ったのは、間違いなく…俺なんだ。だから、この子だけはなんとしてでも、俺が守っていこうって。命に代えても、俺が守り通そうと…そう誓ったんだ」

  その言葉で、俺は全てを悟ってしまった。

  いや、違う。違っていて欲しいと、未だに頭の中でもう一人の自分が叫んでいる。

  せめて、こいつだけではあって欲しくないと、そう必死に願っている自分がいた。

  「お、お前…まさか――」

  そう、思わず声に出してしまった。

  その声に、目の前の死神はふと俺に顔を向ける。

  怯えたように瞳を濡らしたその目の向こうで、「許してくれ」と必死に懇願しているような顔だった。

  「…そうだ」

  静かにカトレアは、そう声を吐き出した。

  「…堤下夫妻を殺したのは、俺なんだ。俺が…あんたの契約者から、両親を奪ったんだ」

  一瞬だけの静寂が、胸を鷲掴みにする。

  黒い鱗に包まれた体が、冷たく震えていた。[newpage]「まだ死ぬべきじゃない人間の命を、自分のミスで奪ってしまった。それもまだ幼い、あんたの契約者の元から。あの子に…あんな辛い人生を歩ませてしまったのは俺のせいなんだ。あんなに悲しませてしまったのも、あんなに辛い目に合わせてしまったのも…全部、全部俺の…せい、なんだ…ッ」

  ふと、手の平で覆われていた顔が露になった。その瞬間垣間見えてしまったカイアスの表情に、言葉を失ってしまう。

  黒く大きな瞳が、大粒の涙で濡れていたからだ。

  「なんとかしようと思った!!! 死に物狂いで、なんとか出来ないかとあがいたさ!!! だけど…一度こいつで確定してしまった死期は、どうしても…どうしても変える事は叶わなかった… すがる気持ちで、あんたの契約者の前に姿を見せたよ。『どうか、両親の事を止めてくれ』って。『今止めてくれたら、君の両親は死なずに済むんだ』って…!!!」

  その瞬間、貴昭が昔言っていた言葉が脳裏に蘇った。

  俺も必死だったから…気づく事が出来なかったのだろうか?

  それとも、執行部の人間とは原則として関わりを持ってはいけないというがんじがらめになった規則の言葉が、その時の俺の体を縛っていたのだろうか?

  …どうして、俺は気づく事が出来なかった?

  「…賢いあの子は、俺のサインに気づいてくれたよ。だけどそれでも尚…二人の死を変える事は出来なかった。あんなに自分の役割と立場を呪った日は、なかった…!! 死にたいとさえ思った!! だけど俺は…あの子を守らなきゃいけないと、思ったんだ。許されないとは分かっている!!! どんなに謝っても、償った気でいても、あの子にも、あんたにも…許されない事は分かっているんだ。憎まれても、ここであんたに殴り殺されても仕方ないと思っている!!! だけど…」

  もし、「懺悔する」という言葉がこの世界にもあるのなら。

  それは今こうして彼が自分の罪を告白する事も、救いの手になってくれるのだろうか?

  ずっと、そうだった。

  こいつだけじゃない。自分だって、そうだった。

  自分の帰る場所が、見つからない。

  抱えた罪も過ちも、誰にも打ち明けられないまま、誰に許されるのか分からないまま、漠然とした世界の中で生きながらえなければならなかった。

  それが神様だという役割を担われた俺達の罪なんだと、そう言い聞かせて生きていくしか術はなかった。

  「だけど…それしか、俺には生きていく理由が見つけられなかったんだ…ッ!! 自分の都合のいい御託だと分かっていても、俺には…」

  答えが、見つからないじゃないか。

  人々から、神様だと敬われ、あがめられ、時に呪われて、憎まれるだけの存在。生きていく理由なんて、どこにもないじゃないか。そう思えてならなかった。

  だから俺は、貴昭に惚れてしまったのか。

  生きる目的をくれたから。生きていく喜びと幸せを、あいつは教えてくれたから。だけどこいつは、それさえも知らないままなんだ。

  『自分は死ぬまで許されない』と、そう思ってしまっている。

  「カトレア…」

  返事は、ない。

  ただ静かに押し殺したような嗚咽だけが返ってくるだけだった。

  俺はそんなカトレアに、ゆっくりと近づいて行った。

  ギシリ、ギシリと、重く歪む足音だけが部屋の中に響いている。

  「お、おい…ガルド…」

  そんな俺の歩みを制するように、後ろからカイアスの声がかけられた。

  振り向けば、どこか「駄目だ」と首を振って切実に訴えかけている獅子の顔が目に入る。

  その意味が、俺には十分すぎる位分かった。

  「…大丈夫だ。俺は…大丈夫だから」

  それをなだめるように、俺は自分の親友に向ってそう声をかけた。

  そのままゆっくりと、ゆっくりと俺はカトレアに近づく。

  目の前の竜人は、魂が抜けてしまった骸のように怯え、震えていた。

  「おい、顔を上げろカトレア…お前がここにいる理由も動機も、分かった。分かったから…顔を上げろ」

  ゆっくりと、顔が上がっていった。

  濃い青色をした瞳の中で、黒く透き通った光がさし込んでいるのが見える。

  「…殴ら、ない…のか?」

  「どうして、お前を殴る必要がある? もう過ぎた事だ。今さら蒸し返して…一体何になる」

  そっと、手を伸ばして肩に手の平を乗せる。

  力が抜けていたのか、カトレアの体は思っていた以上に軽く俺の方に引き寄せる事ができた。

  その挙動に、カトレアは怯えたように体を固まらせたままだった。

  「…辛かったな。お前も…」

  たった、一言。

  俺はそうたった一言だけ言うと、グッと力を入れてこいつの肩を優しく掴んだ。

  俺の手の平の下で、ワナワナとカトレアの体が震え始める。きっと、これ以上にいうべき言葉はないんだろう。そう思って、色んな想いと言葉とをその一言にこめて、目の前の竜人の肩優しく手を置いた。

  いつかあいつに言ってあげた言葉と、全く同じ言葉だった。

  「い、いいのか…? 俺は…あの子の両親を殺してしまったんだぞ…? なのに、俺は――」

  「…誰にだって、間違いはある。それにお前は、こうして貴昭の事を助けてくれたんだ。…あいつだってきっと分かってくれるさ。俺が惚れた奴を、そう甘く見るな」

  きっと、まだ言えていない感謝の言葉だったのだろう。

  目の前で大声を上げながら泣き始めた竜人を目の前に、俺達は黙ったまま見守るようにその場に立ちつくしていた。

  自分も止められなかったあいつの両親の死を、自分を棚に上げてこいつだけを責めるような事は、出来るはずがなかった。

  「すまない、ガルディア…俺は…俺は――」

  「…いいんだ。いいんだ、もう…もう、いいんだ」

  ――いわば、同罪だ。

  そして今、再び罪を犯そうとしている。巻き込もうとしている。

  そんな俺の姿が、さっきから黙ったまま俺達の姿を見ている親友の目にどう映っているのか、それをカイアスに聞くのがどうしても俺は怖かった。[newpage]「…これで、いいのか?」

  「あぁ。もうこれで、あの子は神格の昇格じゃ寿命を迎えない。これで俺達も…共犯だな」

  そう言ってカトレアは、赤い目のまま苦々しく笑って見せた。

  『堤下貴昭:自然寿命による死亡。』

  そう手帳に赤く書かれた文字に、脳裏が焼きつく。

  「分かってると思うが…本人の意思による自殺はここには含まれていないからな。今回みたいに、あの子が自分で死のうと思ってしまったらいくら俺でも止められなくなる。それだけは気をつけといてくれ」

  「…分かっている。それは俺も承知済みだ。…分かっている」

  パタンと、目の前で手帳が閉ざされる。

  その重みの中で、感じていたのは一体何なのだろう?それさえも俺は、確かなものに揺ぎ無いと感じる事が出来なくなっていた。

  これから、俺は貴昭の元に帰って行った時。

  俺は…一体どんな風にあいつに説明すればいいと言うのだろう?

  「良かったな」

  「…え?」

  「お前、何白けた顔してんだ。これであの子も、助かるんだろう? もっと喜べよな、お前も」

  ふと、肩にカイアスの手の平が置かれる。白い牙を見せながら、純粋に喜んでくれている笑顔だった。

  そんな目の前の獅子の笑顔に、言葉をなくしてしまう。

  「カイアス…」

  なんて、優しい奴なんだこいつは。そう、思わざる負えなかった。

  きっと、今の俺の本音も、何を感じて、何を悩んでいるのかも、もうこいつには心の中を覗く間もなく全て見透かされているのだろう。それが有難いと感謝している自分と、申し訳ないと思ってしまっている自分とがいる。

  …だから余計に、もし今話しているものとは違う、本当のこいつの本音があるとするのなら、それを知るのがどうしても怖いと思ってしまっている。そんな自分が、どうしようもなく醜く感じてしまっていた。

  「…そうだ。これも、俺が好き勝手やった事だ。別にあんたが気に病む事はない。そうだろう?」

  隣で、そう死神の竜人は言った。その言葉に、俺は二人の顔を見上げてしまう。

  目の前の獅子も、竜人も、優しく俺に笑って見せてくれていた。

  「あぁ。カトレアの言う通りだ。オレだって、お前の力になりたくて署名したまでだ。オレとお前は、親友だろう? …もう、気にするな。お前は優しすぎて、なんでも自分のせいに考えすぎてしまう悪い所があるからな。今回位、オレ達が言うことを鵜呑みにしろ。…な?」

  そっと、肩からカイアスの手の平が離れる。

  その温もりの名残惜しさに、思わず俺は自分の親友の顔をジッと見つめてしまった。

  雄々しく、威厳のある顔立ち。

  その琥珀色をした瞳の奥には、揺ぎ無い優しさと強さが滲み出ている。

  …俺よりもよっぽど神様らしい、本当に大きな存在だった。

  「…すまない…本当に、ありがとう。本当に…」

  「いいんだ。お前もいつか、俺の事をその子に紹介してくれよ? いずれ俺もそっちに行くんだ。カトレアだって、貴昭に会いたいだろ?」

  「お、俺は――そ、そんな事許される身じゃ…」

  「…何言ってんだ。いつか会って、真正面から話して、謝ってみればいい。きっとあいつも許してくれるさ。な、そうだろう?ガルド」

  もう、戻れないのかもしれない。

  それでも、俺はこつらとなら笑って生きていけるんじゃないのかと思えた。

  …もう、申し訳なさと罪悪感から人の優しさを疑ってしまうのは止めにしよう。

  こうして今、自分たちは笑っていられるのだから。

  「…あぁ、そうだな。あいつの神格が上がってお前らが見えるようになったら、いつか向こうで一緒に酒でも飲もう。俺もお前らの事は…あいつに紹介したいからな」[newpage]

  17

  「もう、寝てしまったのか…」

  薄暗い部屋の中で、ベッドの淵に座りながら吐き出したのはそんな言葉だった。

  予想以上に、向こうで過ごしていた時間は長かったのだろう。部屋の時計を見れば、もう夜中の二時を回っていた。

  「貴昭…」

  そっと、眠っている貴昭の髪に触れる。

  とても柔らかく、それでいて短めの髪だからか少しこしのある感触だった。

  …どうして、なんだろう?

  こうやって、無防備なまでに眠って、甘えるように枕に抱きつきながら寝息を立てている。そんな貴昭の寝顔を見るのが、なぜか俺は好きだった。

  いつまでも、守っていたくなる。

  いつまでも、傍にいたくなる。そんな愛おしさが、胸の中で溢れ出していくのを感じた。

  (たか、あき…)

  その中で、寂しさにも温もりに飢えた情欲にも似た感情が、胸の中で締め付けていくのを感じる。

  一度気づいてしまったその感情に自分の体は反応してしまったのか、ゆっくりと体積を増やしていくその欲望に、俺はゴクリと生唾を飲み込んでしまっていた。

  自分の中にあるケモノのような性欲が、今はち切れそうになっている。

  「…抜いて、くれば良かったな… くそ…」

  そういえば、貴昭の寿命に気づいてからはもうずっと抜いていなかった。

  この前だって、カイアスに半ば強引に甘えるようにあいつを求めてしまって、それなのに中途半端な所でお預けを食らったばかりだった。

  もう、結構溜まってしまっているんだろう。

  今まで感じたことがないような生々しいムラムラとした欲情と激しい欲望に、内心俺は焦り始めていた。

  (…仕方ない。)

  今、貴昭は寝ているんだ。抜くなら、今しか…ない。

  そう思って俺は、固くなって窮屈に股間を押し上げたそれを柔らかく手の平で包み込むように握り締めた。

  目の前で、自分が惚れた相手が寝ている。その寝顔を、そっと覗きながら。

  「ん…ガルド、か?」

  そんな時だった。

  目の前でゆっくりと、貴昭の目が開かれた。

  「た、貴昭…!! す、すまん…起こしてしまったか?」

  慌てて、自分の股間から手の平をどかす。せめて自分が、欲情してしまっているんだという事実を貴昭には知られたくなかったからだ。

  少し余ったシーツの端で、歪に膨らんだ下腹部を必死に隠している。そんな俺の様子を知らないまま、貴昭は体を起こすとゆっくりと俺の体へと身を乗り出すように近づいていった。

  ビクビクと、服の下で脈打って、痛い。

  「いや、いいよ…俺も、起きていようと思って待ってたんだけれど、気づいたら寝ていたみたいでさ。悪ぃ…」

  もぞもぞとベットの中が動くと同時に、シーツの中からゆっくりと腕が伸びてきた。

  程よく筋肉がついていて、俺よりも固い骨が浮き出た締りのある腕だ。

  それがそっと俺の顔を撫でるように、頬にゆっくりと添えられる。

  「…もう、帰って来ないかと思っていた」

  一瞬、俺の瞳の奥の瞳孔が一気に閉じていくのを感じた。

  胸の奥に、痛みが走る。

  俺の柔らかな毛皮を指で掻き分けながら、貴昭が言ったのはそんな言葉だった。

  「な、何を言ってるんだお前は。もう…お前は二度と離さないって、そう約束しただろう?

  」

  「そうだけどさ…お前だって、オレの寿命を延ばそうとオレの前から居なくなったじゃないか。今回だってそうだ。今回だって…オレの寿命をどうにかしようと、色々無理をしてくれたんだろう…? 不安になるに決まってるじゃないか。…この馬鹿虎」

  そう言って貴昭は、甘えるように俺に抱きついてきた。

  俺の太い首に、両腕が回される。嗅ぎなれたはずの貴昭の匂いと、いつもこいつが使っているシャンプーとソープの匂いが鼻の奥をくすぐるように香り始めた。

  「帰ってきてくれて…本当に良かった。本当に…」

  グッと、抱き締められた腕に力が入った。

  言葉が、出ない。

  「た、たかあき…」

  胸の奥で、痛みにも似たような寂しさと愛おしさが、溢れ出す。それを誤魔化すように、俺も貴昭の背中へとそっと腕を回し始めていた。

  ずっと、待ちわびていた。

  喉の奥から手が出そうな程欲しがっていたくせに、ずっと指をくわえて眺めているだけだった。

  そんな、優しくも儚い人の温もりだった。

  「すまなかった…貴昭。もっと早く帰りたかったんだが、予想以上に時間がかかってな…本当に、すまん。お前を不安にさせて、本当にすまなかった…」

  種族も違う。立場も生きている世界も違う。

  なのに今感じるぬくもりと愛おしさだけは、ゆるぎない何かに固く結ばれているような気がした。

  どうして、こんなにも愛おしく感じてしまうのだろうかと。そう、思いたくなる位に。

  大きな息が、吐き出される。

  その深いぬくもりに、胸の奥がジンワリと熱くなっていくのを感じた。

  ゆっくりと、痛みがとき解れて、溶け出していく。そんな感触だった。[newpage]「いいんだ。オレも、駄目だよな!! まだ…完璧に立ち直れていないみたいだ。…ごめん。それで、どうなった? 話は、上手く行ったか?」

  体を引き離しながら、そう貴昭は食いつくように俺に聞いてきた。その顔を見た瞬間、酷い勢いで俺は今現実に引き戻されたかのような錯覚に襲われた。

  …言える、訳がない。

  いつかお前は、人間じゃなくなってしまうんだって。

  お前の寿命が延びる代わりに、俺の寿命が削られていくんだって。そんなの、今言える訳がなかった。

  「あ、あぁ…全部、上手く言ったよ。お前の寿命も、何とかなった。もう…何も心配しなくていい」

  「本当か!?」

  「あ、あぁ!!! 本当だ!! これで…また一緒に暮らしていけるな」

  胸の奥が、鋭利な刃物でゆっくりと締め付けられていく気分だった。

  俺は一体、あと何度こいつに嘘をついてしまうのだろう…? あの件で、もう嘘も隠し事も絶対にしないと、そうあの時泣いていた貴昭の涙に誓ったはずなのに。

  …そう、固く心の中で誓ったはずなのに。

  なのに、どうしてもそれが、本人を目の前に出来ない。

  「…そうか」

  そう言って貴昭は、静かに俺の体を引き離した。

  どこか顔が、暗い。明かりがついていない薄明かりの部屋の中でも分かる位に、表情が酷く強張っているのを感じた。

  「た、たかあき…?」

  返事が、ない。

  今、貴昭の心の中を覗くのが酷く怖かった。さっき自分の親友に対して感じていた感情と、全く同じだ。

  貴昭も、カイアスも、俺のせいで何もかもを歪ませてしまっている。そんな気がしてならなかったからだ。

  今、こいつの本音が全く分からない。

  「なぁ、ガルド」

  「な、なんだ?」

  「約束してくれ。『いつか、ちゃんと本当の事は話す』って。そう俺に…約束してくれ」

  ふと、大きな瞳が俺に向けられる。

  栗色をした濃い茶色の目が、なぜか今酷く綺麗に透き通って見えた。

  「今はまだ、無理なのかもしれない。だけどオレも、お前の事は…本当の事を知っておきたいんだ。自分の寿命のことだから、尚更だ。だから…約束してくれ。お前がオレの為に、血反吐を吐くような無理をして、今だってボロボロに疲れ果ててしまっているんだと言う事も…オレだってちゃんと気づいているんだ。だからもう…お前には、これ以上の無理も負担もかけたくは…ない。だから――」

  そっと、顔に手が添えられる。

  俺は体が固まったまま、そのまま動けなかった。

  ゆっくりと、そっと、貴昭の顔が俺の顔へと近づいていく。そのまま唇と唇が、そっと触れ合うように重なり合った。

  濡れた柔らかな感触が、触れ合う。

  初めて交わした、初めての口付けだった。

  「だから…もう、無理はしないでくれ。…頼む。もう…お前ばかりが何かを背負うのは、オレも耐えられないんだ。オレだって、お前に惚れているんだぞ…? それを忘れるなよ、この馬鹿虎」

  ゆっくりと、貴昭の顔が離れていく。

  わしゃわしゃと大きな手の平で頭を撫でながら、貴昭は俺にそう笑って見せてくれた。

  目じりの奥が、ツンと痛くなっていくのを感じる。

  「た、貴昭…!!!」

  きっと、溢れかえる何かに俺は、もう我慢できなかったのだろう。それを必死に誤魔化すように、俺は思いっきり貴昭に抱きついていた。

  揺らいだ痛みと、溢れ出した寂しさとで、心を押さえつけることができない。

  「が、ガルド!?」

  「す、すまない貴昭…本当に、すまない!!! 俺は…本当は、俺は――」

  「分かってる。全部、分かってるから。本当に、ありがとう。オレも、お前がオレの神様で本当に良かったよ。…本当に、ありがとう」

  いつからか、俺は貴昭の優しさに甘えてしまっていたのだろう。

  それを今になって、俺は痛感させられたような気がした。

  なのに…なのに、何度も『ありがとう』と言ってくれる貴昭に、どう説明すればいいのだろう…?

  こんなにも優しすぎるこいつに、こんなにも、こんな俺の事を想ってくれているこいつに、『お前の代わりに、俺は死ぬんだ』と、そう言える日が来るとは到底思えなかった。[newpage]

  18

  「じゃ、寝る…か。どうするガルド。今日は…一緒に寝ないか?」

  笑いながら、そう貴昭は俺に尋ねてきた。

  その言葉に、また急に現実へと引き戻されていく感覚が俺の頭の中を襲う。

  「い、一緒にか?」

  思わず、そう驚いてしまった。

  こんな提案、こいつからされた事なんて一度もなかったから尚更だった。

  「そうだ。…どうした?何か困る事でもあるのか?」

  「い、いや…!!! な、ない。ないんだが…」

  今更になって、焦りだしたように俺は困ってしまっていた。

  さっきまで忘れていたはずの情欲と寂しさとが、急に溢れ出す。鼻にくすぶる貴昭の匂いが、シャンプーの香りが、何もかもがそれをかき立たせているようだった。

  …駄目だ。

  このままじゃ、絶対に、駄目だ。

  急に感じた下腹部の違和感に、増して行く体積と窮屈さが胸を高鳴らせている。

  「ほら、こっち来いってお前も。昔はよくこうやって一緒に寝てただろう?」

  「う、うわ!!! た、貴昭!!! 」

  腕を急に引かれて、体がバランスを壊す。

  そのまま俺は、貴昭に覆いかぶさるようにベッドの上へと転げ落ちてしまった。

  すぐ目の前に、貴昭の顔がある。

  「た、貴昭!!!」

  「なんだ、お前らしくないなぁ今日は。いつもはオレと一緒に寝たがるくせに、今日は…あ」

  ふと、貴昭の言葉が止まる。

  その目線の先を見てみれば、貴昭の膝がちょうど俺の股間の膨らみに当たってしまっていた。

  窮屈に、歪な形をして、盛り上がっている。どこからどう見ても、俺が勃起してしまっている事は一目瞭然だった。

  「が、ガルド…お前…」

  「す、すまない、貴昭…そ、その…そんなつもりは、なかったんだが…」

  バレて、しまった。

  俺が、こいつに欲情してしまっていた事が、バレてしまった。

  「お前…だから嫌がったのか? オレと一緒に寝るのを…」

  貴昭はそう、俺に聞いてきた。

  その表情に、俺の目線は情けなく泳いでしまっている。それでも今こうして貴昭を押し倒しているような体制に、体は思うように鎮まってはくれなかった。

  頭の奥が、チカチカと歪に揺れ始めている。

  「あ、いや…最近、抜いて…なくてだな。お前の隣で寝ると、自分を…抑えられそうになくて怖くて、だな…その…」

  今も、そうだ。

  言葉を吐き出すのが精一杯な程、ギリギリのラインで理性を保っている。

  「…溜まってるのか?」

  「あ、あぁ…」

  「どれ位?」

  「…二ヶ月、位は…」

  「そ、そんなにか!?」

  事実だった。

  自分でも夢精しなかったのが不思議な位、もう溜まりに溜まってしまっている。きっと今日で、自分が安心しきってしまったのもあるのだろう。

  ずっと心の奥底に追いやって、閉じ込めていた欲望が、今はじき出されそうにパンパンになって透明な汁を滲ませている。

  「ず、ずっとお前のことで必死だったから…そんな、そんな気分には…なれなかったんだ。

  悪い、貴昭。今日は…別々で寝よう。お前が寝た後、自分で処理するから…」

  そう言い掛けて、ベットから起き上がろうとしたその時だった。

  グッと、腕を掴まれて俺の体が引き戻される。

  それと同時に、俺の股間に当たっていた貴昭の膝がグッと、折り曲げるように強く押し付けられた。

  その瞬間押し寄せてきた快感に、思わず体から力が抜けてしまう。

  「た、貴昭!?」

  「溜まってるんだろ…? いいよ。オレが、手伝ってやる」

  「貴昭!!」

  制する声も空しく、大きな手の平が俺の下腹部を優しく揉みこむように掴まれてしまった。

  力が、入らない。

  「ぅぁ…」

  ジーンズの布越しに、優しく指先でなぞられ、揉みこまれていく。その快感に、うめき声にも似た声が漏れ出してしまった。

  貴昭を押し倒すように四つん這いになっていた膝が、ガクガクと震え始める。

  「た、たかあき…や、やめろ…別にお前が、こんな事――」

  「ん? お前…嫌だったのか?」

  「ち、違う!!! 俺は、その…俺は…く、くそ!!!」

  あぁ、なんなんだ。

  揉みこまれていく柔らかな快感が、上手く言葉を紡ぎ出させてくれない。

  「…正直に言うなら、俺は、その…お前と、ずっと前からこんな事したかった。…したかったさ。だ、だが…お前は違うだろう? お前は――」

  ガリガリと削れられていく理性の中で、そう言うのが精一杯だった。

  確かに、ずっとヤリたかった。何度も何度も、夢見ては胸を焦がしていた。

  だけど、こいつの事を本当に惚れているからこそ…こんな展開は、俺は望んでなんかいなかった。

  「…なるほど」

  「た、たかあき?」

  「じゃあ…オレもヤリたいって思っているなら、別に問題ないんだな?」

  言っている意味が、全く分からなかった。

  「これで、分かるか?」

  そう言って俺の腕を掴むと、無理矢理貴昭は自分の股間へと俺の手の平を持っていった。

  そのまま、貴昭は俺の手の平の上から思いっきり揉みこむようにそれを掴ませる。柔らかく、大きなものがある感触の中で、確かにある熱と固さがそこにはあった。

  それが、俺と同じように脈打って、ビクビクと手の平を押し返している。[newpage]「お、お前――」

  「なぁ…分かるか、ガルド。さっきお前が勃ってるのを知ってから、ここずっとこんな風になってるんだ。お前、この前ちゃんと抜いてるのかって…そうオレに聞いてきただろ? オレ…ずっとお前の事考えながら抜いてたんだ。ずっと昔から、あんたに惚れてるんだって自覚した時から、ずっとこんな風な事するのを待ちわびていた。ずっと、お前に抱かれないかって…」

  そう言って、貴昭は俺の腕から手を離すと両腕で首に巻きつくように、抱きついてきた。

  甘えるように、貴昭の顔が俺の首筋に埋められる。

  「なぁ…だから、駄目…か? やっと、オレ達想いが通じ合ったんだ。もう我慢しなくったって…バチはあたらねぇだろ?」

  そっと、首筋から顔が離れる。

  目と鼻の先で、貴昭の甘えたような濡れた瞳が、ギラギラと光るように俺の目を射抜いていた。

  その瞬間、ジーンズの中で濡れた冷たい感触が滲み出したのを感じる。

  もう、「我慢しろ」と言われるほうが不可能だった。

  「…分かった」

  「が、ガルド…!!!」

  「お前がそこまで言うのなら…断れる訳ないだろう? 俺だって、お前にずっと…惚れていたんだからな」

  そっと、指の背で頬をなぞる。

  まさかこんな温もり、感じる事が出来るなんて夢にも思っていなかった。

  「まぁ…まさかお前が、こんなにエロいとは思ってもいなかったがな…」

  ニッと牙を見せて笑いながら、もにゅもにゅと貴昭の股間を揉みながらそう言った。

  俺の下で、貴昭は顔を赤くしながら、それでも俺の瞳を真っ直ぐに見ている。

  「し、仕方ねぇだろ? こんなにも雄々しい奴が隣にいんのに、ずっと我慢すんのがホント一苦労だったんだぞ?」

  「まぁ…な」

  こう言われてみると、少し照れくさいと言うか、恥ずかしいものがあるんもんなんだな。

  今まで、知らなかった。

  「だけどまぁ…それは、俺だって同じだ」

  そう言って俺は笑って見せると、貴昭も恥ずかしそうに笑い返してくれた。

  額と額とをくっつけて、目を細めて笑う。抱き締め合いながら俺はそっと貴昭の頬を指でなぞると、ゆっくりと唇を近づけていった。

  そっと、唇と唇が重なり合う。

  俺はゆっくりと舌先で貴昭の唇をこじ開けると、柔らかく自分の舌を口の中へと絡ませていった。

  「んん…むふ…」

  目を閉じて、柔らかく舌を絡ませあう。そんな優しいキスだった。

  重なり合う体に、温かな快感が流れていく。

  初めて絡み合わせるそれは柔らかく、温かく、そして甘かった。

  「はぁ…はぁ…が、ガルド…」

  「…なんだ?」

  「お前のを…触りたい」

  貴昭の手の平が、下へ下へと降りていく。指先がジッパーに当たる感触がもぞもぞと動き、ゆっくりとそれは下へと降りていった。

  急に、今まで窮屈だった感覚が開放される。

  それと同時に入ってきた手の平の温かな感触を、薄いパンツの布越しにそれを俺は感じていた。

  「ぅ…ぁ…」

  「お、お前…濡れ過ぎ…じゃないか?」

  つつつ、と、指先が根元から先っぽの方へと人差し指の腹がなぞられる。その瞬間感じた冷たくとも糸を引く粘着質な感触に、俺も思わずそこを見てしまった。

  薄いボクサーパンツの布を押し上げるように、そこはグッショリと濡れ、濃い色に染まってしまっている。

  「お、お前がエロいから…うぁあっ…」

  もにゅもにゅと、双球が手の平で柔らかく揉まれる。それと同時に、もう片方の手の平がパンツの中へと入ってきた。

  ヌチャリと糸を引きながら、布が離れていくのを感じる。それと同時に中へと進入してくる確かな温もりと直接的な刺激に、体が震えているのを感じた。

  ゆっくりと、絡みつくように、肉厚な手の平がそれを握り締める。

  「た、た…たかあ…き…」

  「へへ…き、気持ち…いいか?」

  「あ、あぁ…くっ!!」

  ゆっくりと、上下に扱かれる。その瞬間襲ってくる確かな快感に、鈴口から透明な汁がまたドクドクと溢れ出すのを感じた。

  手の平を、そっと貴昭のシャツへと持っていく。俺はその中へと手を入れると、直接肌をなぞって、そして胸の方へと形をなぞるように手の平を這わせていった。

  指先が、微かに胸の突起に触れる。

  「ぁ!! が、がる…ど…」

  耳元で、荒い息と喘ぎ声とが聞こえる。それだけで、俺は今にも達してしまいそうだった。

  シャツを脱がせて、貴昭の体を露にさせる。程よくついた筋肉に、すこし余った贅肉。その中で少し生えた胸毛と大きな肉輪が、雄臭くもどこか若さを感じさせた。

  「はぁ…はぁ…た、たかあき…」

  荒い手つきで、俺もシャツを脱ぎ捨てる。そのままもう一度貴昭の上に覆いかぶさると、俺の毛皮と貴昭の肌とが直接触れ合って、その感触に思わず俺は目を細めてしまった。

  ゆっくりと、手を貴昭の下腹部へと伸ばしていく。

  俺は荒々しくジャージの布の端を指先でこじ開けると、一気にそれを中へと入れていった。

  「あ…あぁ!! はぁ…くっ!!」

  「…や、やっと、出来たな…お、お前と…」

  「そ、それはこっちの台詞だガルド!!! ぁ…く!!!」[newpage] 互いのものを扱きながら、確かに感じる快感に溺れている。

  手の早さを増すと、その瞬間口が半開きに開いて呻く貴昭の顔がなんとも言えず、たまらなかった。

  荒々しい手つきで、二人のズボンも下着も取り払う。生まれたままの姿でもう一度覆いかぶさりながら、体と体を重ね合わせるように脚を絡ませた。

  俺の我慢汁で濡れた感触と、互いのものが重なり合って触れ合う熱さと快感とが、絡まりあう。

  腰をくねらせる度に、ジュクジュクと濡れた粘着質な毛皮の感触が互いのものにまとわりついていくようだった。

  「が、が…ルド!!! や、ヤバイ!!! オレ…もう――」

  「い、イキそう…か?」

  「あ、あぁ!!! も、もう…ヤバイ!!! 」

  腰を打ちつけるように、激しくくねらせた。溢れ出た俺の我慢汁で、滑らかに絡み合って、泡だって白くなっている。

  俺は貴昭と俺の体の間に手を滑り込ませると、貴昭のそれを握り締めて、一気に扱き上げた。

  ジュクジュクと、俺の肉球と毛皮とが絡み付いて、離れない。

  「い、イク!!! イクイクイク!!! ぁあああ!!!! …ぁ…」

  一際大きな声で、貴昭は体を弓なりにさせて喘ぐ。その瞬間、勢いよくそれは溢れ出した。

  白くゼリー質のものが、大量に吐き出されて、まとわり付いて、貴昭の体を汚していく。

  思わずその光景に、俺は目を見開いて釘付けになってしまっていた。

  ゴクリと、飲み込んだ唾が喉に絡み付いて、上手く飲み込めない。

  「が、がる…ど…」

  「ど、どうだった…か? 気持ち良かった…か?」

  「あ、あぁ…す、凄かった…」

  そう言って、照れくさそうに貴昭は笑う。

  そのまま貴昭は、気だるそうな体を動かすように手を伸ばして、俺のを掴んだ。

  その瞬間鈴口から溢れ出した透明な汁が、雫になって玉袋の法へと滴り落ちていく。

  「た、貴昭?」

  濡れた瞳で、貴昭は手を動かさないまま俺を見つめている。その意味が、その時は俺にはまだ分からなかった。

  「な、なぁ…ガルド」

  「なんだ?」

  「そ、その…だ、駄目…か?」

  もぞもぞと、俺の体の下で脚が動いていく。そのまま貴昭は俺の体を引き寄せるように、脚を開いて俺の腰に絡ませてきた。

  グッと、俺の体を引き寄せながら。その瞬間になって、やっと貴昭の言っている意味を悟った。

  「い、いいのか!? お、お前…」

  「あ、あぁ…お前となら…オレはいい。いや…して欲しいんだ。だ、だからガルド…」

  背中に、手が回される。そのまま抱きつくように、貴昭は俺に体を寄せてきた。

  二人の汗と体液が、重なり合うように混ざり合う。

  「た、頼む…」

  そう、たった一言だけの言葉だった。

  その言葉に、俺は貴昭の瞳を見つめる。瞳の奥に、確かに燃え上がる何かを感じた。

  …今の俺と、同じだ。

  「…分かった。出来るだけ、優しくするから。痛かったら…言うんだぞ?」

  「あ、あぁ…頼む…」

  指の先で、腹に溜まった貴昭の精液をすくう。その感触に、貴昭は顔を歪めた。

  そのまま、濡れた指を秘部へと塗りたくり、指を割れ目へとあてがう。

  ヌメリのある透明な糸が、指先から離れていった。

  「力を抜け。…いいな?」

  「…あぁ」

  ゆっくりと、割れ目をこじ開けて、指が中へと入っていく。

  その瞬間指先を包みこむ圧倒的な熱さにも似た温かさに、吸い付かれるように指は奥へと入っていった。

  トクトクと、貴昭の体の中で脈打つ心臓の鼓動を感じる。

  「ど、どうだ…? 痛く…ないか?」

  「だ…大丈夫だ…。た、多分…」

  指を、増やしていく。固さのあるところを解すように広げながら、なるべく貴昭が痛まないように、ゆっくりと時間をかけて慣らしていった。

  指が吸い付くように、離れない。

  その快感に、俺は思わずゴクリと唾を飲み込んでいた。

  指だけでも…こんなに貴昭の温もりと快感を感じてしまうんだ。自分のをここに入れたときの快感など、想像する事も出来なかった。

  「ぁ…っ…が、がる…ど…」

  「どうだ…? もう…いいか?」

  「あ、あぁ…もう、結構…や、やば…い…」

  貴昭のが、固くそそり立っている。予想以上に感じている貴昭の体に、俺ももう我慢の限界のようだった。

  まだ入れてもいないのに、イキそうな位にガチガチになって、汁を垂らしている。[newpage]「…分かった。今、入れるから、な…」

  亀頭を、入り口へとあてがう。

  その瞬間吸い付くようなクチュリとした感覚に、ゴクリと俺は生唾を飲み込んだ。

  温かな温もりが、俺のを優しく締め付けるように包み込んでいく。

  俺はゆっくりと体重をかけるように、それを中へと押し込んでいった。

  「っぁ…ぁぁああ!!! ぁ…はっ…」

  「はぁ…はぁ…っく!!!! ぜ、全部…入った、ぞ…い、痛くないか? 大丈夫か? た、貴昭っ…」

  柔らかな、吸い付くような熱さが、俺のを包み込んでいる。

  それが絡みついて、トクトクと脈打つ貴昭の心臓の鼓動の感触だけで今にも達してしまいそうだった。

  これで、身も、心も、一つになれたんだ。

  その感覚が、溢れ出した愛おしさを繋ぎとめるように俺の体を包み込んでいた。

  「あ、あぁ…だ、大丈夫だ。た、ただ…」

  「ただ?」

  「こ、こんなに気持ちいなんて…し、知らなかった…が、ガルド!!! ん…んん!!!」

  唇と唇が、重なり合う。

  そのまま舌を絡ませながら、俺はゆっくりと腰をくねらせ始めた。

  貴昭の中を、優しくかき混ぜるように。その瞬間駆け抜ける生々しい快感に、ドクドクと我慢汁が溢れ出すのを感じた。

  「ぁ…が、がる…ド…ぁっあ…」

  「き、気持ちいい…か? か、感じてる…か?」

  コクコクと、首が縦に振られる。

  俺はギリギリまで俺のを素早く引き抜きながら、ゆっくりと焦らすようにヌプヌプと腰を沈めていった。

  引き抜く瞬間に、俺のに吸い付いて離さない快感と、腰を沈める瞬間に感じる絡みついて優しく包み込むような快感が、俺の限界をガリガリと削っていくようだった。

  それが吸い付いて、締め付けて、離さない。

  「あ!!! が、ガルド!!! だ、駄目だ…駄目だそこは!!! うああああ!!! 」

  「こ、ここがいいのか? ここがいいんだな?」

  「や、やめろ!!! お、おかしくなっちまう!!!!! あぁああ!!!!」

  段々と、腰つきが荒く激しいものになっていく。近づく射精感に、俺は貴昭の体をグッと抱き締めながら、激しくパンパンと腰を力強く打ちつけていった。

  貴昭の首筋に、俺の熱いと息が篭って濡れていくのを感じる。

  「だ、駄目だ!!! や、ヤバイ!!!! も、もう!!!」

  「お、俺もだ…た、たかあ…きっ!!!! ぁ…あああ!!!」

  その瞬間だった。急に、締め付けが強くなって、俺のを搾り取るようにいきなり絡みつく。

  その快感に、俺はもう耐えられなかった。

  根元のすぐそこまで、溢れかえりそうな位にもう来てしまっている。

  「い、イク!!!  イクイク!!!!  あぁ…ああああああ!!!!」

  「た、貴昭!? ぬぁ…ぁああ!!!! い、イク!!!!! うがぁああああああああ!!!!」

  ドプンと、強く最奥まで打ち付ける。

  その瞬間、貴昭の中で俺はドクドクと大量の精液を吐き出した。

  最後まで出し切るように、腰をくねらせる。熱く解き放たれたドロドロの精液が俺のに絡みついて、中に入りきれなかったものが結合部から溢れ出してシーツを濡らした。

  「あ、熱い…ぁ…ああ…!!」

  貴昭の中が、俺の精液で熱く満たされていく。

  長い長い射精を終え、俺はやっと事切れたかのように貴昭の体に崩れ落ちてしまった。

  あまりにも大きすぎる快感と脱力感に、体が動いてくれない。

  「お、おい…が、ガルド。お、重い。重いって…」

  「す、すまん…あ、あまりにも…き、気持ちよすぎて…だな…」

  ゆっくりと、体を引き離す。

  その瞬間結合部から俺のが抜け、栓を無くしたそこから大量の俺の精液が溢れ出した。

  ドクドクと、粘りのある固形のゼリー質なものが、シーツに水溜りを作っていく。

  「お、お前…どんだけ量出るんだよ!?」

  「す、すまん…た、溜まってたんだ。し…仕方ないだろう?」

  「そ、それでも、だろ… こんなの、人間じゃどんだけ溜めても無理なんじゃないのか?」

  驚きにも、呆れにも似たような貴昭の声が聞こえる。だけどどこか、貴昭は満更でもなく嬉しそうだった。

  その表情に、俺も思わず笑みが零れてしまう。

  本当に、生きてくれて良かったと、そう思わざる負えなかった。

  「ま、いいけどさ… ほら、ガルド。風呂入るぞ。シーツも代えなきゃだし…ほら、もう行くぞ!?」

  「行くって…一緒にか!? お前と!?」

  「…嫌か?」

  「い、嫌じゃない!!! 一緒に入ろう!!! 貴昭!!」

  これから、ずっとこんな毎日が続いてくれるのなら。

  俺は、全力でこいつを守っていきたいと思った。

  自分がこいつの神様だからとかじゃない。純粋に、こいつの幸せだけは俺が守って見せると思った。

  その為なら、どんな犠牲もいとわない。

  例えそれが、自分の命を削る事になったとしても。

  「お前なぁ…そんなに嬉しがらなくてもいいだろ? ったく…」

  ずっと、貴昭がこんな風に笑ってくれるのなら。

  俺は…それだけで、いいんだ。[newpage]

  19

  「ん…」

  柔らかな光が、差し込んでいる。その温かな温もりに、ゆっくりと意識が戻っていくのを感じた。

  手の平に握り締めたシーツの感触が、確かなものへと変わっていく。

  「…ガルド?」

  まだ完全に戻ってくれていない意識の中で、あいつの姿を探す。だけど隣には、隣にいるはずのあいつの姿はどこにも居なかった。

  一人きりで目を覚まして、一人きりで新しい一日を迎える。

  見慣れた、いつもの朝だった。

  「なんだよ…今日位、最後まで一緒に寝てくれたって良かったのに…」

  誰も居ない部屋の中で、オレの独り言だけが響き渡る。その中で、思い出していたのは昨日の事だった。

  やっと、あいつと出来た。

  その快感も、温もりも、さっきの事のように体が覚えている。だからこそ尚更、今あいつが隣にいない事に酷い違和感を感じていた。

  やっと、身も心も一つになれたのに。

  そう、思っていたはずなのに。

  どうして…こんなにも満たされない何かがあるんだろう?

  「…やっぱ、そう話が上手く行ってる訳ないよな。あいつも、何も教えてくれなかったし…」

  分かりきっている事実だった。

  だからこそ、罪悪感が拭えない。自分のせいで、一番大切な奴を困らせ、そして振り回している。どんなに自分を擁護したとしても、それだけは誤魔化す事が出来なかった。

  自分は、神様なんかじゃない。

  どんなに神格の高い魂を持っていたとしても、人間でしかないんだ。

  その事実が、オレとあいつとを遠く引き剥がしそうで、それがどうしようもなく怖かった。

  だけどあいつは、本当の事さえ教えてくれない。

  「そんなに…ヤバイ事なの…か? オレに言えない位、あいつは…」

  ええい、違う。違うだろう!!!

  あいつは、約束してくれたじゃないか。いつか、ちゃんと本当の事を話すって。それまでオレは、待つんだって。

  …そう、約束したじゃないか。

  「…よ。もう、起きていたのか貴昭。意外と早かったな」

  ふと、聞きなれた声が聞こえる。

  オレは振り返ると、そこには見慣れた青い虎の姿がそこにはいた。

  いつもと同じジーンズとタンクトップの姿で、オレに優しく笑いかけてくれている。

  「が、ガルド!!! どこ行ってたんだよお前!!」

  「あぁ。ちょっと向こうに物を取りにな。お前、体は大丈夫か? 痛んだりはしないか?」

  そう言って、ガルドはオレの隣に腰掛けるとオレの肩を掴んで、そっと体をさすった。

  その大きな手の平の温かさに、心が溶き解れてしまう。

  「あ、あぁ…多分、大丈夫だ。多分…」

  「…良かった。痛かったら、すぐに言うんだぞ? 明日は学校もあるんだしな」

  そっと指先が頬をなぞる。その瞬間、ガルドの瞳と目があってしまった。

  綺麗な、エメラルド色をした透き通った瞳だった。それがオレを真っ直ぐに捉えて、目を逸らさずに見つめている。

  もう、何度も見慣れたはずなのに。いつまでも見ていたくなるような、そんな綺麗な瞳だった。

  「が、ガルド…?」

  「…すまん、貴昭。少し…我慢していてくれ」

  「我慢するって、何を…んんんん!!!!」

  そう言われた途端、いきなり唇を塞がれた。

  強引に開かれた唇の中で、舌と舌が絡みあう。なのに、どこも荒々しくない。激しくもない。ただゆっくりと絡め合わせるような、どこまでも甘えたくなるような、そんな優しいキスだった。

  本当に、愛しているんだと。

  そう、言ってくれているような長いキスだった。

  「ぷは…お、お前なぁ…」

  「おはキス、って奴だ。恋人同士は、毎朝やるものなんだろう?」

  目の前の虎は、フフンと自信ありげに鼻息を立ててそう言ってきた。

  その瞬間、色んなツッコミとか、疑問が、頭の中で爆発しそうになるくらいに沢山の言葉が飛び交っている。

  それでもそれを無理矢理飲みこむようにして、オレは重いため息だけを吐き出した。

  「…お、お前…その情報どこから仕入れてきたんだよ…」

  「…朝ドラ?」

  「いや、オレに聞くなよ!?」

  きっと、それを機に何かの糸が切れてしまったんだろう。

  どちらからと言うわけでもなく、ほぼ同時にオレ達は腹を抱えるように笑って、涙を流していた。

  …あぁ。

  なんで、こんなにも楽しいんだ。

  こんなに思いっきり笑ったの、もう随分と久々なんじゃないかと思える位だった。

  何もかもが、重さを無くしたように、軽い。[newpage]「あ、そういや…お前、向こうに何を取りに行ったの? っていうか、取りに行ったって事は…今、ここに持ち帰ってきてるって事なのか!?」

  「…あぁ。カイアスが、お前にこれをあげていない事を知って酷く怒ってだな。このアホ虎だとか、酷い言われ方だった…ホントに…」

  「カイアス…って?」

  「俺の一番の親友だ。お前の事も、助けてくれた。いつかお前にも、ちゃんと紹介する。あいつらも、お前に会いたがっていたからな」

  そう言って、ガルドはオレに何か大きな首飾りのようなものを差し出してきた。

  中央に大きな卵型の緑色をした石と、その両サイドに青い色をした石がはめ込まれている。

  ガルドの瞳の色と、毛皮の色と全く同じ色をしたものだった。

  「これは?」

  「俺の魔力を込めて、結晶化した石で作った首飾りだ。その昔、神界に言い伝えがあってな。人間も神様も、魂を昇格させたり転生をすると、ほとんどの者が生前の記憶を無くしてしまうんだ。ごく稀に神になる前の記憶を持っていたり、同じ人間でも前世の記憶が残っている奴がいるが…正直、ほとんどそんな奴はいない。だから向こうでは、魂を昇格したり転生をして記憶を無くしてもいいように、最も大切な者にはこれを送るんだ。どんなに離れても、記憶を無くしても、もう一度…巡り合えるように」

  そっと、首にガルドの腕が回される。

  ガルドはその首飾りを俺の首につけると、そっと笑って見せてくれた。

  「名前を無くして、記憶もない。そんな魂だけの存在になったとしても、この首飾りが俺を見つけてくれる。どんなに離れていても、俺の代わりにこれがお前を守ってくれるんだ。これは、俺の分身みたいなものだからな。もしお前が最後の転生を終え、記憶を無くしたとしても…きっと、俺とまた向こうで巡り合える。そう、俺は願っている」

  首に下げられたそれを、もう一度オレは見つめなおした。

  淡く綺麗な、エメラルド色の石。

  見つめているだけで、ガルドが今すぐそこにいる。オレのことを、見つめてくれている。そんな揺らぎのない感覚が、オレの体を包み込んでくれているようだった。

  「あ、ありがとう…ガルド。ほ、本当に――」

  「…いいんだ。それにまだ、お前にはまだ言ってなかったからな。これは…その印だ」

  「言ってなかった、って?」

  その瞬間、ガルドはオレを優しく抱き締めた。

  首飾りが、光ながら揺れる。柔らかな毛皮に包まれながら、オレは息を呑んだ。

  その温もりと、あまりにも深すぎる優しい温かさに、言葉を無くしてしまったからだ。

  「…愛している。お前の事を、誰よりも。…本当に、愛している」

  耳元で、そう静かな声でガルドはオレに言った。

  抱き締めていた体に、グッと力が入る。

  「ずっと、お前の事は守る。俺が、何に代えてもだ。お前だけは…お前だけは、絶対に守ってみせる」

  いつもの声色とは、全く違う。

  そんなガルドの言葉が、オレの心を真っ直ぐに貫いた。

  急に目じりが、熱くなってしまう。こんな告白の仕方、想像すらしていなかったからだ。

  オレの息が、荒くなってしまっている。

  「あ、あぁ…オレもだ」

  オレは、泣き出しそうになる自分を必死に抑えながら、そうなんとか言葉を紡ぎだした。

  「オレも…お前の事が大好きだ…ッ あ、愛して…る…」

  

  

  自分が普通の人間じゃないんだと気がついたのは、物心つく前だった。

  今でも覚えている。

  両親が交通事故で亡くなったあの朝、二人の背中には大きな黒い『影』が渦巻いていた。

  子供ながらにそれは、禍々しく見えて何か不吉な予感がしたんだろう。それを恐れるようにオレは独り家に残って、結果オレ独りだけが生き残ってしまった。

  今でも、二人が「いってくるね」と言って笑って出て行ったあの時の顔を、オレは覚えている。

  これが、オレが見えている世界。

  これが、今オレが生きている世界。

  何一つ望まないまま、持って生まれついてしまった呪われた力だった。

  

  そう、今までは思っていた

  だけど今は、違う。

  父さん、母さん。

  オレ、生きていて本当に良かった。

  辛かったけれど、生きていて本当に、良かった。

  ずっと独りだと思っていた。誰にも理解されないと、そう思って生きていた。

  神様からも見放されてしまったんだと、見えているはずなのにそう思えてならなかった。

  だけど違った。

  父さん、母さん。

  オレの神様は、ここにいます。

  

  

  (了)