メシヤマ考

  1437年(2016.9.2)までは褒められてゐた、Mrs Dr 飯山陽さん。

  頼山陽と見紛はれる名誉(?)

  「どこまでもイスラーム國」てふブログを書いてゐた頃は、イスラム国の言葉を忠実に日本語訳し、啓蒙的な仕事をしてゐたといふ。

  Twitter有志によると、西暦2017年にタイに移る前後で、言動が不穏になつたとも言はれてゐる。

  ハサン先生「松山さんは私の啓蒙書のジハード論やカリフ論についても杜撰な点を批判している。飯山さんは正確にはイスラーム法(フィクフ)ではなくイスラーム法理学(ウスールルフィクフ)の専門家」(2019.2.24)

  1440年(2019.3.20)でも、Mr Prof 池内恵 先生と共に名前が挙がつてゐる。

  1441年(2019.10.20)、[[jumpuri:晶文社スクラップブックに最初の交換書簡が掲載された。 > http://s-scrap.com/3393]]

  ハサン師は、ラノベ『妹カリ』の出版で恩ある編集者の企画であり、バカブロックできず、互ひにストレスフルであつたと述懐された。

  中田先生との共著が出版されたのは1442年(2020.10.2)。

  同年(2021.7.17)、ハサン師は「博士でなければ知的でないなどということがないのは勿論博士だから必ず知的だなどということもない。」と言つてをられる。

  現在はバカブロックされ、相互ブロックの関係となつたらしい。

  中田先生「研究者のレベルではたいしたことがなくても素人に比べれば比較になりません。正確に言うと彼女の専門はイスラーム法学(fiqh)ではなく法理学(usul fiqh)でしかなくしかも特定の法学者ジュワイニーのマスラハ論のでしかない」(2023.11.26)

  確かに、[[rb:私 > シロウト]]にはジュワイニーやマスラハは愚か、アラビア語も分からんのであつた。