イスラーム法学と神学について

  何も分からん。

  基礎的なアラビア語文法と、クルアーンとハディース(スンナ、言行録)、法學と神學と靈學とか。

  中田先生監譯のクルアーンには、クルアーン注釈學だか、ハディース六正傳だかが付いてゐるらし。

  大川周明や井筒俊彦、ムスリム協会譯には無いんじやないか?

  「イスラム法學はある」けど、「イスラーム法」つて無いらし。(中田考『イスラーム法とは何か』)

  賭け事は、神様の創造を疑ふ事になるからダメだとか

  成人年齢は男は15で女は12、個人差によつて早くもなり得るとか

  殺人や強盗は死刑になり得るが、被害者遺族が「許す」事もできるとか

  クルアーン、ハディース、同意、演繹の四つの法源とか

  義務、推奨、許可、忌避、禁止の五段階とか

  無いんだ。

  法体系があつて、それに従へば良いのだと思つてゐた。

  スンナ派の四法學二神學派と、シーア派のジャアファル法學派とかはあるけど、「イスラム法」は無いんだ。

  預言者が、音に耳を塞いだてふ伝承と、「イスラームでは音樂禁止」なる噂つて、「ハディースの徒」なのかなとか。演繹に頼るより、疑作のハディースを優先するとか。違つたかな。記憶があやふやな私だ。

  法(自然法、道徳)と宗教が不可分であり、イスラームつて「文明」とでも言ふべきものらし。

  四法学二神学派の「叛徒」章で論じられたカリフから、イブン・タイミーヤが「法の支配」へと範型を移行させたとか。

  シナ文明にも、「徳知主義」か「法治主義」があり、古代ギリシアにも「哲人政治」とかがある。

  孔子の儒教が描いた理想の政治が「徳」であつたが、日本の儒学者に言はせたら、「徳があつたのつて後漢だけ」らし。他に「中国から孔子が攻めてきたら、孔子を切るのが儒教だ」てふ名言(?)もある。

  他文明との対決つて何なんだらう。

  世界最先進國だつた「シナ」と、それに返り咲かうとしてゐるシナ以後の「中華人民共和國」。ウイグルをジェノサイドしてゐる。チベットも弾圧し、パンチェンラマを誘拐して反省もしない。徳も糞も無い、考へ得る限り最悪の国家なのかも知れない。

  日帝や西欧文化の後継なのかも知れない。産業革命と領域国民国家システム下のポスト・シナつて。

  文明の再起動つて何だらう。