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重苦しい鉄と錆の臭いが立ち込める巨大工場。そこは、巨躯を誇る獣人たちが数多の人間を奴隷同然に酷使し、富を貪る搾取の舞台であった。
この世界において、獣人と人間の体格差は絶対的である。人間は彼らの足元を這い回る虫ケラであり、彼らに都合よく使われる便利な存在に過ぎない。
その日、その工場に現れたのは、視察のために中央から派遣されてきた女性の鶴の獣人であった。
美しく整えられた純白の羽毛に、しなやかで優雅な体躯。しかし、彼女も例に漏れずそのスケールは人間とは桁外れだった。
直立すれば人間用の3階建ての建物を超える巨体。彼女が歩くだけで工場の床は地鳴りのような地響きを立て、その鋭い嘴は天井の鉄骨を容易に噛み砕けると思わせる程に巨大だった。
彼女は支配階級としての気品を崩さぬまま、工場長に伴われて日中の視察を終え、特別に用意された巨大な客室へと入った。
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人間も獣人を等しく眠りにつく丑三つ時。彼女は静寂に包まれた工場内を、その巨体からは想像もつかないほど精密な足取りで音もなく歩いていた。彼女の目的は「抜き打ちの監視」である。
獣人、人間に関わらず、表立っては服従していながら、裏では不正や反乱を企てている者がいないか工場を見回っていた所、今は使われていない古い居住区の扉の隙間から、微かな明かりと声が漏れているのを彼女の鋭い聴覚が捉えた。
彼女は、人間の家畜小屋ほどにしか見えないその建物の前に、音もなく巨大な身を屈めた。
「クソッ、今日なんて16時間も働かせやがって……!ノルマが上がったのも全部、中央から来たって噂のあの鳥のせいだ。俺たちをこき使って死ぬまで働かせる気なんだよ」
「毎日毎日、煤(すす)交じりの配給飯だけで死にそうだぜ。あいつらはどうせ美味いもんばっか食ってるんだろうな…いつか全員呪われて、のたれ死ねばいいんだ!」
薄暗い部屋に集まっていたのは、過酷な労働に耐えかねた十数人の人間たちだった。彼らにとって、それは日常の辛さを紛らわせるための、ただの「愚痴」であり「悪口」に過ぎなかった。実際に反旗を翻す武器も、気概も、彼らにはない。
だが、建物の外から壁越しに耳を澄ませていた彼女の解釈は違った。その美しい双眸が、冷酷な巨獣のそれに変わる。
(…労働への不満、そして支配階級への明確な呪詛。これは怠惰を貪り、体制の転覆を狙う抵抗分子の集まり…と言った所だろう)
彼女は躊躇うことなく、長い脚を振り上げ、彼女にとっては部屋ごと潰れないように加減した――しかしながら人間にとっては地震が来たと感じる程に強烈な――蹴り一発で、建物の壁ごと扉が爆散した。
唐突な轟音と、夜空を背景にそびえ立つ純白の圧倒的な巨大。人間たちは息を呑み、彼らの血の気が引いた。人間たちの視界は、彼女の巨体によって埋め尽くされた。
「ひっ…! こいつは…昼に来てた…!」
「聞いていたぞ、人間どもよ」
天から降り注ぐような彼女の声音はどこまでも静かで、それゆえに圧倒的に恐ろしかった。
「妾たちの支配に対する不服従、そして不届きな呪詛。許し難い抵抗分子。即刻、処罰を執行します」
「ち、違う! 今のはただの仕事の愚痴で…!」
一人の男が恐怖に震えながら弁明しようと前に出た。しかし、彼女はそれを聞き入れるつもりなど毛頭なかった。彼女にとって、人間の命など一粒の木の実と何ら変わりはない。
「言い訳は腹の中でのたまうと良い」
彼女は巨躯を屈めると、丸太のように太く長い三本の指で、男を衣服ごと無造作に、しかし容易くつまみ上げた。彼女は鶴の獣人。その優美な外見とは裏腹に、獲物を丸ごと飲み込める構造をしていた。
人間の全身よりも遥かに巨大で、純白の美しい嘴が、ぱっくりと大きく割れた。
「いや、いやだあぁッ!」
彼女の手から無造作に離された男の悲鳴は、彼女の暗く深い喉の奥へと吸い込まれていく。彼女は抵抗する男をものともせず、長い首を上へと向けた。
――ゴクリ。
艶やかな白い首が一度だけほんの少し波打つ。男の身体は、彼女の首を僅かに膨らませながら、一瞬で遥か下へと滑り落ちていった。
「ひいっ…!ば、化け物…!」
残された人間たちは、目の前で行われたあまりにも圧倒的な「処罰」に腰を抜かし、逃げることさえ忘れて固まっていた。彼らのサイズでは、彼女の口は底なしの奈落そのものだった。
「次よ」
彼女は冷たく言い放つと、鉤爪であっさりと部屋の天井を完全に剥ぎ取った。逃げ惑う人間たちを、まるで子供が砂でも集めるかのようにまとめて、一度に三人、四人と大きな手で掴み上げていく。
「助けてくれ! 悪かった、明日からはもっと真面目に働くから!」
「働きたくないのだろう?なら、もう働かずともよい…妾の腹の中で、ゆっくりと休むがよい。」
泣き叫び、許しを乞う人間たちを、彼女はまるでスナック菓子でも口に放り込むように、次々と巨大な嘴へと放り込んでいく。彼女の喉は、数人の人間が同時に通過してもビクともしない。ゴクリと、彼女にとっては心地よい――人間たちにとっては絶望をより強く想起させる――嚥下音が夜の工場に響き渡る。
部屋の隅で震えていた最後の数人も、容赦なくその巨大な暗闇へと吸い込まれていった。
やがて、彼らがいた部屋には、まるで元から誰もいなかったような静寂が戻った。
十数人もの人間をすべて呑み込んだ彼女だったが、その圧倒的な巨体ゆえに、その惨劇を目に見える形で残すことは無かった。ただ、衣服の帯が少し窮屈そうに張る程度で、その優美なプロポーションはほとんど崩れていない。
「…ふぅ」
彼女は満足げに、しかし上品に口元を羽で拭った。
広大な胃袋の底からは、まだ小さい何かが蠢くような、微かな振動が伝わってくる。だが、それも時間の問題だった。彼女の強力な胃液が、彼らの「反逆の意志」ごと、跡形もなく溶かし尽くすのだから。
「愚かな人間たちよ。妾たちの胃袋を満たすこともまた、汝らの役割だ」
ほんの少しだけ重みを増した下腹部を愛おしげに一度だけ撫でると、鶴の女獣人は何事もなかったかのように、夜の闇へとその巨体を紛れ込ませ、優雅に去っていった。
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翌朝、鉄と錆の臭いが立ち込める巨大鋳造工場は、いつもと変わらぬ地響きを立てて稼働していた。
そこで働く人間たちのうち、何人かが居なくなっていること、今は使われていない旧居住区の一部屋が崩壊していることに気づく者もいた。しかし、この工場では劣悪な労働環境故に、ある日人間が消えることなど日常茶飯事であり、また旧居住区も老朽化が進み、いつ壊れてもおかしくない状況だった。そのため、それ以上詮索しようとする者は誰もいなかった。
工場の支配者である獣人たちも同様である。彼らにとって人間は替えの利く部品でしかなく、ほんの十数名が「消えた」ところで、工場の作業に影響を及ぼすことはないため、気にする者など誰もいない。
美しい鶴の女獣人は、工場長からの業務報告を聞き終わり、その視察を終える所だった。
彼女の均整の取れた美しい身体のどこにも、昨夜十数人の人間を丸呑みにした痕跡など残っていない。ただ、彼女が時折、満足げにその平坦な下腹部へとなめらかな羽を這わせるだけだった。
広大な胃袋の底では、すでに昨晩「処罰」を受けた人間の存在も、彼らの日々の労働への不満も、すべてが消化され、彼女の美しい美貌と血肉になるべく吸収されていた。
彼女は最後に昨晩の惨劇の舞台となった壊れた部屋にちらりと視線を向けたのち、何事も無かったように翻って、次の視察地へと向かうために大空へとその巨体を優雅に羽ばたかせた。
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