第11章:暗黒の回廊と、泥棒猫の小さな嘘

  「……フィーナ、お前、もういろいろと諦めろ」

  本日二度目となる規格外の魔力暴走。

  『感覚遮断の落とし穴』という極悪非道なトラップから引き抜かれた瞬間に、スタックされていた膨大な快感を一気に脳へフィードバックされたフィーナは、「おほぉっ!」という情けない絶叫と共に大爆発を引き起こした。

  その凄まじい爆発の余波が収まった後。

  完全に全裸となり、全身黒焦げで絶頂死(いや、死んで無いけど)している、うちのパーティーの事実上エロ担当エルフに、俺は自分のマントを被せてやりながら、深く、深く溜息をついた。

  「タイチさん、大丈夫ですか? 私、少し耳鳴りが……」

  「俺もだよ。引き抜いた反動でまさかあそこまで大爆発するとは思わなかった……って、ん?」

  剣を杖代わりにして立ち上がったセリアが、瓦礫の向こう側――今までフィーナのアヘ顔大爆発によって粉砕された『遺跡の最奥の壁』があった方向を指差した。

  「タイチさん、あれ……」

  「壁が、完全に吹き飛んでるな。……いや、違う」

  俺は目を凝らした。

  爆発によって崩れ落ちた強固な石壁の向こうに、さらに奥へと続く『入り口』のようなものがポッカリと口を開けていたのだ。

  だが、その入り口の先には、たいまつやヒカリゴケのような光源は一切ない。ただただ、光を完全に吸い込むような、底知れぬ『漆黒の結界』めいた暗闇がどこまでも続いているように見えた。

  「にゃ……!」

  その時、俺の足元で宝箱を漁っていたはずのクロエが、弾かれたように立ち上がった。

  「ここにゃ……! まちがいないにゃ……! この奥にゃ……っ」

  「おいクロエ? どうした?」

  クロエの様子がおかしかった。

  普段の「にゃっはー!」という能天気な叫び声ではなく、まるで何かに取り憑かれたかのような、あるいはずっと探し求めていた悲願の地を見つけたかのような、切実な響きがその声にはあった。

  「クロエ! 待て!」

  俺が止める暇もなく。クロエはその真っ黒な暗闇の入り口へと駆け込み、吸い込まれるように消えていってしまった。

  「クロエ!? ……くそっ、アイツ、何か様子が変だったぞ。追いかけるぞセリア!」

  「は、はいっ! でもタイチさん、その……」

  セリアが俺の腕にギュッと、文字通り胸が密着するほどの強さでしがみついてきた。

  「前が、全然見えないです……。私、暗いところは……その、おばけとか出そうで、少し苦手で……」

  「あー……。そういや、唯一の明かり(魔法使い)は今、完全に事切れてるんだったな」

  俺は足元でピクピクしている黒焦げエルフを一瞥した。無理に起こせばまた「おほぉっ」と暴走しかねない。ここは寝かせておくのが周囲にとって一番安全だ。

  「仕方ない。俺の腕にしっかり掴まってろ」

  「は、はいっ……!」

  「【バックエンド・アイ】、起動(ブート)」

  俺はチートスキルを発動し、視覚の認識モードを切り替えた。

  瞬間――絶対的な暗闇に包まれていた俺の視界に、無数の緑色の『ワイヤーフレーム』とデータログが浮かび上がる。

  目に見える「光」を頼るのではなく、このダンジョンの「空間の構造データ」そのものを脳に直接ダウンロードして視覚化させる。それが俺の【バックエンド・アイ】の応用テクニック、『暗視(ナイトヴィジョン)モード』だ。

  【エリア解析:隠された王の間(マスターエリア)】

  ・光源:0%

  ・トラップ:非検出

  ・概要:初代ルミナリア王の財宝庫。対象の所有権はシステムにより凍結中。

  「……なるほど。どうやらここが、あの悪趣味なエロトラップ遺跡の『本命』ってわけか」

  【バックエンド・アイ】が描き出すワイヤーフレームのおかげで、俺には暗闇の中の風景が明確に理解できた。

  ただの荒削りな洞窟の通路だったこれまでとは違い、この隠された回廊は精緻な彫刻が施された石柱が立ち並び、床には幾何学模様の美しいタイルが敷き詰められていた。

  「タイチさん、なにか見えるんですか……? 私、本当に真っ暗で、一寸先は闇、というやつです……ひっ!? い、いま何か私の足に触りませんでしたか!?」

  「ただの石ころだ、落ち着け。俺の目には周囲の地形が見えてるから、絶対にぶつけたりしない。俺を信じてついてこい」

  「は、はいっ! タイチさんのこと、信じてます……っ! だから、絶対離れないでくださいね……っ」

  ギュウウウウッ、と。

  暗闇への恐怖のあまり、セリアが俺の腕を力いっぱい胸板に抱き込んでくる。

  ビキニアーマーという圧倒的に布面積の少ない装備のせいで、彼女の豊満な果実の柔らかな感触と温もりが、俺の腕を通してダイレクトに伝わってきた。

  (……暗闇って、素晴らしいな)

  俺は前世からの煩悩をフルスロットルで稼働させながら、しかし表面上は冷静な「頼れる冒険者」の顔を作って、クロエの足跡データを追いながら回廊の奥へと進んでいった。

  * * *

  静寂に包まれた回廊を五分ほど歩いた頃。

  【バックエンド・アイ】のワイヤーフレームの奥に、ぼんやりとした本物の『光』が見え始めた。

  「タイチさん、あそこ、光が……!」

  「ああ。……あそこにいるな」

  近づくにつれ、その光が強くなっていく。

  広々とした円形の空間の中央。豪華な石造りの台座の上に、淡い青色の光を放つアーティファクトの宝玉が浮遊していた。

  そして、その宝玉の光に照らされるようにして。

  クロエが、台座にすがりつくようにして、その宝玉を愛おしそうに両手で抱え込んでいたのだ。

  「これにゃ……。伝説は本当だったにゃ……っ」

  クロエの声は微かに震えていた。

  「これがあれば……これさえあれば、みんな、追い出されずに済むんだにゃ……!」

  「……みんなって、スラムの孤児たちのことか?」

  俺が暗闇から声をかけると、クロエはハッとして振り返った。

  そしてその目には、大粒の涙がみるみるうちに浮かんでいた。

  「タイチのおにい……! セリアねーちゃん……!」

  「クロエ。一人で勝手に飛び出したりして、危ないじゃないですか。それに、その宝玉は一体……?」

  セリアが疑問符を浮かべる中、俺はゆっくりとクロエに近づいた。

  「お前が最初から狙ってたのは、これだったんだな。これまでの宝箱はただのカモフラージュで。……いや、そもそも俺たちをこの危険な遺跡に案内したのも、この『宝玉』を手に入れるためだったのか?」

  道中の違和感。

  危険な遺跡だと知りながら「絶対安全にゃ」と言い張って俺たちを連れ出したこと。そして探索中、罠の解除を急ぐクロエが時折見せていた切羽詰まったような表情。

  全てが繋がった。

  「……ごめんなさいにゃ」

  クロエはポロポロと涙をこぼしながら、宝玉を抱きしめたままその場に座り込んだ。

  「クロエ、嘘ついてたにゃ。スラムの孤児院を守れるなんて、ただの強がりにゃ。……ほんとは、もっともっと悪い奴らに、土地を奪われそうになってるにゃ」

  「土地を? 地上げか?」

  「にゃ。教会の偉いカエルみたいなおじさんと、悪徳商人がグルになって……スラム一帯の土地を『聖域化』するとかいう理由で、法外な立ち退き料を要求してきたにゃ。払えなければ、今週末にはみんな追い出されて野垂れ死ににゃ……」

  クロエはギュッと唇を噛み締めた。

  彼女が街でスリ(義賊)を働いていたのは、その膨大な立ち退き料を少しでも稼ぐためだったのだ。

  だが、彼女一人の稼ぎでどうにかなる額ではない。絶望的な状況の中、彼女が唯一耳にした希望の噂が、この嘆きの地下遺跡の最奥に眠る、莫大な価値を持つ『王の宝玉』だった。

  「でも、ここには恐ろしい罠がいっぱいあって……とてもクロエ一人じゃ、一番奥までは来れなかったにゃ。だから……」

  「だから、ちょうどいいカモに見えた俺たちに声をかけて、護衛代わりに使ったわけだ」

  「にゃっ……! ちがうにゃ! カモだなんて思ってないにゃ! ごめ、ごめんなさいにゃ! タイチのおにいとても優しいから、きっとクロエを助けてくれるって思っただけにゃ。フィーナねえちゃんがあんなひどい目に遭うなんて、本当に思ってなかったにゃ! 許してにゃんっ……!」

  クロエは土下座をする勢いで、地面に頭を擦り付けた。

  その小さな体は、罪悪感を感じているのだろうか、小刻みに震えている。

  俺とセリアは顔を見合わせた。

  確かに、今回は散々な目に遭った。服は溶かされ、壁に埋められ、おなら疑惑をかけられ、ついには感覚遮断の恐怖と快楽の波状攻撃によって絶頂大爆発を引き起こし、全裸で気絶した……フィーナが。

  ……よく考えてみると、酷い目に遭ってるの、全部フィーナだけだったな。クロエの言う通り、あれはどう見てもクロエが仕組んだ罠ではなく、ただの不運なスケベ事故だ。

  まあでも、本来なら、騙して危険な場所に連れ込んだクロエに激怒してもおかしくない事案ではある。

  「……タイチさん」

  「あぁ。わかってる」

  俺はクロエの前にしゃがみ込み、その小さな頭の上にポンッと手を置いた。

  「……タイチ、のおにい……? 怒ら、ないのにゃ?」

  「バカだなお前。怒るわけないだろ。……まぁ、フィーナが起きたら間違いなく『丸焦げにしてやるわ!』ってガチギレするだろうけど」

  「ひゃんっ」

  「それに、結果オーライだろ」

  俺は笑って、クロエの頭を優しく撫でた。

  「お前が俺たちを誘ってくれなかったら、俺たちは今頃、宿代も払えずに路頭に迷ってた。それに、一番の功労者はフィーナだ。あいつが『絶頂エネルギー』を暴走させなけりゃ、この壁は壊れなかったし、宝玉への道は開かなかったんだからな」

  「タイチさんの言う通りです!」

  セリアも明るく笑って、クロエの隣にしゃがみ込んだ。

  「フィーナさんの身を挺した尊い犠牲と恥辱があったからこそ、私たちはこの宝玉にたどり着けたんです。全部、フィーナさんのおかげですよ! フィーナさんが自らの尊厳と純潔を捨ててくれたおかげで、この場所に辿り着けたのです。少しばかり単純でお下品で淫乱でお馬鹿で年齢過多ですけれど、彼女は立派に役に立つ便利で実用的で扱いやすい私たちの仲間なんです!」

  ……気絶している本人には絶対に聞かせられない、あまりにも残酷で純真すぎる全肯定である。

  もし今のセリフを聞いていたら、フィーナは確実に三度目の大爆発を起こしていただろう。

  「うぅ……っ。タイチおにい……セリアねーちゃん……っ! クロエ、クロエ……っ!!」

  「よしよし。これで一件落着だな。ほら、宝玉をカバンに入れたら、早く帰るぞ。フィーナが風邪引っちまうからな」

  「にゃあああああんっ! ありがとうにゃんっ! 大好きにゃーっ!!」

  クロエは堰を切ったように泣きじゃくりながら、俺とセリアに思い切り抱きついてきた。

  冷たい暗闇の中で、3人の体温が重なり合う。

  俺の腕には純真な貴族令嬢の柔らかな感触。そして胸元には、涙と鼻水で顔をグシャグシャにした猫耳少女の温もり。

  ――異世界転生して、俺が夢見た「可愛い女の子といちゃいちゃする」という目標。

  その道のりは、想定していたよりもハプニングに満ち溢れていたけれど。

  この温もりを感じられるなら、こういうドタバタな非日常も、悪くないのかもしれない。

  残されたスラムの地上げ問題や、フィーナとの『責任問題』など、課題は山積みだが。

  とりあえず今日のところは、この騒がしくて愛おしいハーレム冒険の初日を、無事に(?)乗り切った自分を褒めてやりたい気分だった。