第1章 過労死エンジニア、異世界で決意する

  ■ 無の空間と謎の声(システム・リブート)

  真っ暗だった。

  エラーを吐き続ける深夜のサーバー室よりも、もっと深い闇。

  手足の感覚がない。ただフワフワと、無重力空間を漂っているような浮遊感だけがある。

  (ここは……どこだ? たしか、会社でキーボードを叩いてて……)

  ショート寸前だった思考のキャッシュを、ゆっくりと再読み込み(リロード)していく。

  連日のデスマーチ。エナジードリンクとブラックコーヒーで無理やり脳髄をシバき回し、七十時間連続稼働の果てに……確か、モニターの前で突如、視界が丸ごとバグったように歪んだ。そして直後、心臓を物理的に握り潰されるような激痛が走った。

  そこから先のログ(記憶)が一切存在しない。

  指先一つ動かせないこの状況。導き出される結論(リザルト)は一つだけだ。

  (過労による心臓麻痺……つまり、俺はパタッと逝ったってわけか)

  「そっか、俺死んだのか……。女の子とも付き合えなかったし……なんか、こんな死に方、俺の人生バカみたいだな」

  自嘲気味に笑う自分の声は、反響することなくスッと闇に溶けた。

  九条太一・28歳、DTのITエンジニア。キーボードを叩いてバグを潰すだけの人生。ロジックとコードに身を捧げた結果がこれか。あまりにも虚しすぎる。

  そんな風に、己の人生という名のクソゲーを振り返っていた、その時だった。

  『ねえねえ、なら、もう一回やり直してみるってのはどう? 今度は上手くいくかもよ? その代わりぃ……私の役に立ってもらうけどね!』

  突如、空間に可愛らしい女の子の声がコロコロと響き渡った。

  え? と声を上げる間もなく、真っ暗だった空間がグニャリと歪む。

  闇が一つの点に集約し、強制再起動(システム・リブート)でもされたかのように、まばゆい光を放ち始めた。

  チカチカする光のノイズの先に、一瞬だけ『剣を構える女の子』の姿が見えた気がした。

  「なんだあれは……ゲームみたいな……」

  次の瞬間、強烈な引力が発生し、俺の意識は容赦なく光の中へと吸い込まれていった。

  アハハハハハと、可愛らしいけど、どこか人を小馬鹿にしているような笑い声が聞こえた気がした。

  ■ 実戦経験ゼロの騎士と空からの乱入者

  鬱蒼と木々が立ち並ぶ、異世界の森。

  静寂を切り裂いて、剣戟の音と乙女の悲痛な叫びが響き渡っていた。

  「何ということ! これでも剣術試合で優勝したことがあるというのに! このモンスターにはまったく通用しないなんて!」

  金髪の美少女は、絶望に顔を歪ませながらバックステップした。

  彼女が纏っているのは、本来ならば全身を覆うはずの堅牢なミスリル銀の鎧。しかし、度重なる猛攻を受けてあちこちが砕け散り、今や胸の半分以上と太ももを大胆に露出させる、極めて扇情的な『ほぼビキニアーマー』状態と化していた。

  彼女を追い詰めているのは、見上げるほど巨大で凶暴な熊型の魔物「ブラッド・グリズリー」。

  明らかに実戦慣れしていない彼女にとって、実戦の泥臭さと魔物の圧倒的な暴力は、綺麗な剣術試合のセオリーなど一切通用しない、理不尽な現実そのものだった。

  「ああっ……!」

  木の根に足を取られ、無様に尻餅をついてしまう。

  それを見逃す魔物ではない。熊型の魔物が咆哮を上げ、彼女に決定的なトドメを刺そうと、丸太のような豪腕に生えた鋭い爪を大きく振り上げた。

  (ここまで、ですか……!)

  美少女が死を覚悟し、ギュッと目を瞑った絶体絶命の瞬間。

  パカッ。

  彼女の目線より少し上の空間が、突如としてまるで物理的な窓が開くように割れた。

  「うおおおおおっ!?」

  そして、割れた空間の中から、真新しい麻布の服を着た青年――タイチが、情けない絶叫と共に空から降って乱入してきたのである。

  ■ パニック逃走とゼロ距離のセーフエリア

  「痛ってえええっ!?」

  背中から地面に激突し、息が詰まる。

  だが、痛みに悶えている暇はなかった。

  「は!? 熊!? なんで!?」

  視界の先には、前足を振り上げた巨大な熊型のバケモノ。完全にパニックだ。なんだよこの初見殺しの無理ゲー!

  そして俺のすぐ背後には、今にもポロリ寸前のエロい鎧を着た美少女がへたり込んでいる。つまり、俺は熊と彼女の間に落ちてきたらしい。

  (見捨てたら夢見が悪いだろ、クソッ!)

  生来の「困っている奴を見捨てられないお人好しな性格」と、純粋な「男の本能」が強制駆動する。

  俺は状況も分からないまま飛び起き、火事場の馬鹿力で美少女を小脇に抱え上げると、全力で森の奥へとダッシュした。

  「うわあああああっ!」

  「きゃあああああっ!?」

  木の根を飛び越え、必死のエスケープ連打。

  なんとか熊の追跡を撒くことに成功した俺たちは、木のウロを利用した狭い安全地帯(セーフエリア)に身を隠した。

  「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

  「あ、ありがとうございます……」

  息を荒らげる俺に対し、腕の中の美少女が完全に密着した状態(ゼロ距離)で、上目遣いに感謝を伝えてくる。

  問題は、俺の胸に押し付けられた彼女の装備が破壊されており、豊かな双丘が今にも零れ落ちそうに揺れていることだ。甘い匂いと柔らかな感触がダイレクトに伝わってきて、DTの理性がショート寸前だ。エラー発生! CPU温度異常上昇!

  *

  『グルルルゥ……ッ!』

  だが、ピンク色の思考は、野太い獣の唸り声によって強制終了させられた。

  すぐ外――隠れている木のウロのわずか数メートル先を、あの巨大なブラッド・グリズリーがのっしのっしとうろついている。

  執念深く鼻を鳴らし、獲物(俺たち)の匂いを探っているのだ。ここが見つかるのは時間の問題だろう。

  見つかれば、今度こそ確実に殺される。逃げ場はない。

  (いや待て落ち着け! あの熊をどうにかして倒さないと死ぬ! 確実にゲームオーバーだぞ!)

  必死に邪念をリジェクトし、俺は生存のための打開策をフル回転で思考し始めた。

  ■ チート発現と限界突破

  生存への強烈な渇望がトリガーとなったのか。

  突如、俺の視界に半透明のARウィンドウがポップアップし、スキルを認識した。

  『固有スキル【バックエンド・アイ】および【マナ・テザリング】をアンロック』

  表示されたテキストを瞬時に読み解く。

  【バックエンド・アイ】は対象のステータスや構造を解析する能力。

  【マナ・テザリング】は、自分の魔力を対象に分け与えるバフスキルらしい。

  だが、【マナ・テザリング】の発動条件(プロトコル)を見て、俺は愕然とした。

  『※発動には物理的接続(接触)が必須。転送効率は接触面積に依存』

  つまり、ガッツリ直に触らないとダメってことだ。なんだそのエロゲみたいな変態仕様!

  だが……心の中で、俺はあの謎の声の主に特大の感謝を捧げた。誰だか知らないけど、アンタ、最高だよ。

  迫り来る重低音の地響き。巨木のような熊型モンスターの凶悪な牙が、すぐそこまで迫っている。

  俺は必死に顔面の筋肉を制御し、前世の過酷なクレーム対応で培った完璧な『営業スマイル(極めて真摯で頼りがいのある顔)』を顔面にデプロイした。

  「心配するな! これは君の内に眠る力を引き出す、神聖な契約の儀式だ!」

  「えっ? 神聖な……ひゃあっ!?」

  俺は息をするように嘘八百を並べ立てながら、彼女の半ば破壊された鎧の隙間――豊満な胸の下の柔らかな膨らみや、汗ばんだ素肌の露出した肩を両手でガッチリとホールドし、密着率(アクセス権)を最大化させた。

  「そ、そうですか……っ。冒険者の世界には、そういう儀式があるのですね! 私、お屋敷を飛び出してきたばかりで、まだそういう常識に疎くて……んっ」

  彼女は顔を林檎のように真っ赤にしてビクンと震えたが、どうやら俺の言葉を完全に信じ込んでいるようだ。

  『Connection Established(接続確立)』

  その瞬間、俺の奥底からターボチャージャーをかけたような強大な魔力(マナ)が、密着した手のひらを通じて彼女の体内へと流れ込んでいくのを感じた。まるで最新型のゲーミングPCをフル稼働させたかのような、圧倒的帯域による莫大なバフのストリーミングだ。

  「あ……っ、んぁっ! な、なにこれ……っ、あつい……!」

  彼女の桜色の唇から、甘く熱を帯びた吐息が漏れる。ビクン、ビクンと体が跳ねるように震え、翠色の瞳がトロンと潤みを帯びていく。

  「あっ、あっ、体の中が、熱い……。すごい……力が、奥のほうから溢れて……っ、だめ、こぼれちゃいそうですぅっ!」

  「今だ! その溢れる力で、あいつをぶった斬れ!」

  「は、はいぃっ!!」

  彼女は紅潮した顔に気合を乗せ、手にした長剣を真横に薙ぎ払った。

  ――ドゴォォォォォンッ!!

  剣閃から放たれたのは、単なる斬撃ではなかった。RPGであれば、クリティカルヒット確定の暴力的な数値のエネルギー波が、轟音と共に射出される。それは迫り来る巨大な熊型魔物を、周囲の巨木ごとあっけなく両断し、さらには後方の地形すらも抉り取った。

  完全なるオーバーキル。文句なしの一撃必殺である。

  「や、やりました……! あなたのおか……きゃあっ!?」

  戦闘終了。安心した少女が満面の笑みで俺に振り返った瞬間――。

  パァァンッ!

  度重なる衝撃と急激なマナの奔流に限界を迎えていた彼女の胸の装甲の留め具が、景気の良い音を立てて完全に弾け飛んだ。

  重力から解き放たれ、これでもかとばかりに自己を主張するFカップの豊満な双丘。そして、その先端の可愛らしい突起までが、俺の視界に完全に露出した。

  「いやあああああああああっ!?」

  「最高級のボーナスグラフィックじゃねえか……」

  森に響き渡る美少女の絶叫と、ツーと鼻血を垂れ流しながら感嘆の声を漏らす俺。

  俺はそっと自分の真新しい麻布の上着を脱ぎ、震えてしゃがみ込む彼女の背に掛けてやった。

  「あ、あの……私はセリア。助けていただいて、本当に……っ」

  上着をギュッと握りしめ、涙目で名乗るセリア。

  (前世の俺は、死ぬまでPCの前に座ってバグと格闘するだけのクソみたいな人生だった。女の子と手を繋ぐことすらできなかったのに……)

  だが、今の俺にはチートじみたスキルがある。しかもそれは、女の子とイチャイチャしないと発動しないという夢のような変態仕様……いや、神プロトコルだ。目の前には、顔を真っ赤にしてうずくまる圧倒的な美少女がいる。

  これまでのように妥協して生きる必要なんて、どこにもない。さらば、社畜人生。

  (決めた。俺はこの世界で、絶対に働かずに可愛い女の子たちとハーレムを作る……!)

  柔らかく暖かな異世界の大地を踏みしめながら、俺は第二の人生(ニューゲーム)での固い誓いを立てたのだった。