森の中で、満天の星空を…見上げるちいさな影。
後ろ足で体重を支えながら、時折り鼻を動かして匂いを嗅ぎつつ天を仰ぐ。
これは、小さな…ちいさなうさぎの話。
私は、この森が好き。
けど苦手な事や嫌いな事も当然ある。
黄緑色の草を、大地を力強く駆けて行く。飛び跳ねるように。
後ろは振り返らない、だってーーー
「グルルゥラッ!!」
獣が唸りながら、自分を喰らおうと追い掛けて来ているから。
だから全速力で駆け抜ける。
私の体は…とてもちいさい。
だから他のウサギに比べたら、全然走れない。
…だからって、馬鹿にされたり舐められたりなんかしたくない。
誰かに助けてもらわなくたって、生きていけるもん。
地を蹴る脚と、体が…心臓が破裂しそうなくらいにドドドドと早鐘を打ち続けてる。
流石に苦しい、けど脚は止められない。
止めたら…死んでしまうから。
木の周りを一周してから、幹の間にある隙間に小さな体を滑り込ませる。
一番奥に行くと…やっぱり獣は幹に鼻を突っ込んで爪で引っ掻き、穴を掘ろうとする。
「ちょっとちょっと!!ここを逃げ場にしないでっていつも言ってるじゃないですか〜」
「そうですぜ?ここは俺等の隠れ家でさ、ついでに憩いの場ですぜ兎さんや。そいつを邪魔される挙句に壊され、更には獣の腹ん中だけは勘弁ですぜ」
リスの夫婦にそう言われてしまう。
私よりも更に小さな、その体でどんぐりやきのみを抱えながら。
大きな尻尾を、震わせたり揺らしたりしながら。
私は穴を掘って押し入って来ようとする獣を睨んでから。
前歯を獣に突き立てた、噛み千切るし自慢の後ろ脚で強く蹴り付ける。
するとキャイン、なんて犬みたいな声を上げて無様にも逃げ出して行く。
「一昨日来なさいっての!」
「おぉ〜」
「さっすが兎さんですね〜、私達小動物の中でも勇敢な戦いっぷりですよ〜」
「お家壊してごめんなさい。埋めておくね?」
頭を下げてから周りを土を泥まみれになりながら運んで、強く脚で蹴り付けたりしながら土で固める。
また、次も逃げ延びられるように頑丈に。
完成して、上を見上げる。
天にまで伸びる大樹がさわさわと、爽やかな夏の風に揺れる。
セミの鳴き声がそこら辺から木霊する。
緩く風が吹いて、緑の葉が攫われて行くのが見えた。
もう一度リスの夫婦にごめんなさいをするけど、口いっぱいに頬張りながら何か言われても全然わかんない。
ゆっくり脚を動かしながら「体、洗わなくちゃ」と呟いて湖に向かう。
私が落ちたりしたら溺れちゃう、大きな湖の側の小さな川。
の、ため池みたいになってる場所で水浴びをする。
私は真っ白なウサギじゃない。
真っ黒なウサギでもない。
白と黒の、中途半端でちいさな存在。
水浴びを終えた水にそんな自分が映る。
「あら、先客が居たのね。でも終わったみたいだから次は私が浴びてもいいかしら」
美しい、澄んだ…歌声のような声を掛けられる。
しあわせの青い鳥さんだ。
私はそう呼んでる。
「鳥さん、こんにちは。いいですよ」
「それは良かった」
一瞬羽ばたいてから、体に水を被っては翼やその小さな体で水を勢いよく吹き飛ばす。
それを何回か繰り返すのを見つめながら。
「今日もね、たくさん走ったの」
「私も何キロも何十キロも飛んで来たわ」
「つらいよね」
「キツいわよ。そうだ、この森の先の話をしましょうか?」
しあわせの青い鳥さんは、私の知らない世界を教えてくれる。
こんなものがあるんだよ。
こんな世界があるんだよ、と。
その目で見た事を、こうやって水浴びや羽休め、羽根の手入れの時に話してくれるから私は大好き。
「鳥さんはすごいなぁ」
「そんな事ないわよ。あなたの脚ならこの森くらいは抜けられるわ」
「ダメだよ…だって森の出入り口の手前には、心のない獣しかいないもの。死にたくないから、行かない」
「……そう」
私の体が鳶みたいに大きければ連れて行けるのに、としあわせの青い鳥さんは言うけれど。
「鳶はやだ。前に空に飛ばされた事あるけど、あの爪痛いもん。叩き落とそうとするもん。だから嫌だ。鳥さんは今の鳥さんのままで居て?」
「そうね、じゃあお歌を歌いましょうか」
水浴びを終えたしあわせの青い鳥さんが、枝に飛ぶと素敵な声で囀って歌い出す。
森のみんなはそんなしあわせの青い鳥さんの歌声が大好きだから、みんな聴きに来るし耳を傾ける。
スズメさん達はコーラスを入れる、私達小動物の為のちいさなコンサート。
暫く歌ってくれた後は「じゃあまた来るわね」と言い残してまた羽ばたいて言ってしまう。
小さな…でもとても素敵で綺麗な青い羽根だけを残して。
私は、しあわせの青い鳥さんが大好き。みんなも大好き。
お腹が空いたからきのみやブルーベリーを食べる。
森で食べられるものは少ないから、たくさん噛んで食べる。
「ニンジン、どこかにないかなぁ」
これだけ走ったんだから、一本くらいまるっと齧り付きたい。
お腹いっぱいになった後は、自分のおうちのある方に帰って行くと。
「良かったぁ、兎ちゃん!獣の声が聴こえたから心配してたんだよ〜!」
アヒルさんが羽ばたきそうな勢いで羽根を広げて出迎えてくれる。
「大丈夫、何かやって来たらおれの蹴りが炸裂するからね!」
「蹴りなら私の方が強いけど?」
パカ、と口を開けるアヒルさん。
「そ、それでも兎さんを守りたいんだよ〜!」
「お気持ちだけで結構」
「おぅ、戻ったか。なんだァ?まぁた追い掛けられてたんだって?お前」
ボッサボサの、汚れた…多分綺麗にしたら『白い』猫さんが言って来る。
「お前、ちいさいからなぁ」
「うるさいなぁ!アンタも小動物じゃんか!」
「俺は狩りをするネコ科だから。喰われる心配はねェよ」
横になったまま、毛繕いを始める。
ふん、とそっぽを向く。
変わった毛色の猫さんがもう1匹いる。
やたらときのみや食べ物の話を聞きたがるし、「ならそのきのみと、これ混ぜたら美味しくなるんじゃないか?腹も膨れると思うぞ」とか。
この森で生きて行く為には、結構必要な存在の猫さん。
意地悪でばっちい猫さんとは全然違う。
なんか、のらりくらりやって来てここに辿り着いたらしい。
「兄貴〜!今日の収穫っす〜!」
「ん…?ああ」
奥の方に行けば、ここの周辺を仕切っているライオンが居る。
多くは語らない。
ただ、「狩りをしてて、深追いし過ぎて戻ろうとしたらここに来た」とだけ言っていた。
そしてその少し離れた場所には…真っ黒な毛並みをした狼さん。
気怠げに、眠そうに伏せて目を閉じてる。
狼さんは…怪我をしている。
人間に追われたり、銃で撃たれて脚を痛めたから置いてくれと言ってた。
基本的にこの森では…少なくとも私達のルールでは1日を生きる為にご飯は自分で調達して来る事になってる。
私はライオンさんは「動けない奴は要らない」と言うと思ってた。
だって、ネコ科とイヌ科の頂点だもん。仲、絶対に悪いでしょ。
だけどライオンさんは、狼さんを…自分の一番近い場所に置いている。
多分、いつでも守れる位置や距離感なんだと思う。あれは。
私達小動物は少なくとも…いいや、みんながライオンさんが守ってくれるからそのおかげで生きていられる。
だからお礼に、アヒルさんは湖で獲れた魚を。
他の肉食獣は狩って来た肉を。
私達はきのみをライオンさんに渡す。
ライオンさんは目の前に置かれた肉を銜えると、狼さんの前にいくつか置く。
それを、狼さんも体を動かさないまま食べ始める。
狼さんが元気になったら、この森を出るのかはわからない。
けど、私はこの狼さんが好き。
「私のこと、絶対食べるでしょ?」
「誰がお前なんか喰うかよ」
「ウサギのお肉は柔らかいんだって」
「はっ、自分で言うのかよ其れ」
狼さんは小さく笑ってから。
その、綺麗な瞳を私に向ける。
「そんな小さなお前を喰って、何になる?精々非常食だろ。俺の胃袋はお前なんかじゃ満たされねぇよ」
解ったらあっち行け、と言われてしまう。
狼さんは、どうやら本気で私を食べる気はないらしい。
多分私に興味すらない、あれは。
「ねぇ、ライオンさん。狼さんが元気になったら、その後はどうするの?」
「さぁな」
「さぁなって…気にならないの?」
「彼奴が決める事だろ。居場所なんか」
「ふーん」
そういう、ものなのかな?私にはわかんない。
たぶん、肉食獣だから分かる何かがあるのかも。
「まぁ…彼奴の脚があれば俺達の行動範囲は広くなるだろうがな。狩りも楽になるし、お前らの食糧も調達しやすくなる」
「だったら…!」
「居て欲しい、と思うのは…俺達の欲でしかない。あの狼の意思なんか、なんにもないからな」
ライオンさんが、寝ている狼さんを見つめる。
綺麗な、その瞳で。
「………俺も居て欲しいとは思うぜ」
ガサリ、と森の茂みから顔を出したのは虎さん。
なんでも、元々はこの辺りは虎さんの縄張りだったらしい。
そこにあの意地悪猫さんが来て、敵わなかったとか。
迷い犬やアライグマや、熊さんにやっぱり迷い込んだらしい元ペットらしいホワイトタイガーさんやらと…みんなで共存してるらしい。
ああ見えて意地悪猫さんは、喧嘩っ早い癖に争いは好きじゃないらしい。
私には喧嘩を売って来るのに。なんか、理不尽。
私はライオンさんがいつから居たのかは知らない。
ここに来た時には既に居たから。
夜になって、みんなで寄り集まって寝る。
意地悪猫さんとは距離を取って。
アヒルさんはめちゃくちゃくっ付いて来るけど…嫌じゃないから身を寄せて顔も埋める。
毛色の変わった猫さんは、気まぐれに私達に寄り添ってくれたり。
でも尻尾が邪魔で寝れないから無意識に蹴ったりもしてちょっと喧嘩になると。
「うるせぇぞ、お前ら」
ライオンさんに怒られる。
ライオンさんが本気で怒った姿は見た事ないけど…肉食獣だし、百獣の王って呼ばれてるんだから多分怖い。
狼さんは偶に、満月が綺麗な夜とかは天に向かって吠える。
ライオンさん曰く、威嚇なんだとか。私達以外の縄張りの奴等に来るな、と言ってるんだとか。
私には…その遠吠えが誰かを呼んでるような、寂しそうにも聴こえたりする。
だから訊いてみると。
「お前馬鹿だろ」
なんて言われる。
やっぱり私、肉食獣きらい。
虎さんは大好き。
だって私に攻撃して来ないもん。
少し離れた場所で、みんなを守ってくれてるの知ってる。
なのに『守ってやったんだからなんか寄越せ。』とかは言わない。
何にも言わないし、私とは話そうともしない。
たまに、目は合うけど。すぐ逸らされる。
私もネコ科の大型は…本能的に苦手。
目が合うと喰われる、と体が竦んで動けなくなるから。
そんな、私達。
そんな私の…大切な家族たち。