甘いものが好き。いたずらが好き。陽太郎が好き。陽太郎の弟みたいに、可愛い可愛い虎。
そんな虎が、怪モノ退治の時には、最強の白虎に姿を変える。白虎の虎は、力が強くて、動きも速くて、頼りになって、すごくたくましい。
「虎、お疲れさま。今日も強くてカッコ良かったよ」
怪モノ退治を終えて、まだ白虎の姿のままの虎の頭を撫でると、ポンといつもの姿に戻った。
「えへへ、もっと褒めて〜」
ふにゃふにゃの顔で、頭を私の手に押し付けてくる。可愛いなぁ。さっきまで最強の怪モノだったなんて、信じられない。(今の姿でも、最強の怪モノには違いないんだけど)
「虎、頑張ったな。今日もありがとう」
「おう!陽太郎も、お疲れさま!」
三人で山道を歩きながら、陽太郎も虎を労う。虎は少しかすり傷を負ったはずだけど、それを感じさせないくらい元気にピョンピョンしている。
「白虎の虎…」
「◯◯?何か言ったか?」
「あ、ううん。白虎の虎と、だいぶ雰囲気違うなーって思ってただけ」
二人の後ろで考え事をしていたつもりだったけれど、声に出てしまっていたらしい。
「そういえば、最初は◯◯さんを怖がらせないように、あの姿は隠してましたよね」
「今でも怖いか?」
「そんなこと、あるわけないでしょ。虎はカッコいいよ」
「まあな!もっと褒めていいぞ!」
「ふふ。そういうところはすごく可愛いのに、怪モノ退治の時はすごく強くて頼りになって、その差が堪らないなーって思ってたんだよ」
褒められて喜ぶ虎が可愛くて、さっきまで考えていたことを言葉にする。全部本当のことだから、たくさん褒めて、自分のいいところをわかってほしい。
「そうだろう、そうだろう!…ん?ということは、◯◯は我が普段から白虎の姿でいても良いと思っているのか?」
「うーん、私は構わないけど、家に急に人が来たりしたら、びっくりさせちゃうかな。あ、でも、白虎の虎に乗れたら便利だよね」
「は?」
「え?」
虎と陽太郎の、ぽかんとした声が重なった。私は、実は前から密かに思っていたことなんだけど、二人はそんなこと、考えたことは無かったようだ。
「あ、ごめん。人間なんか背中に乗せないよね」
「別に構わんぞ。◯◯なら特別だ!」
「えっ、いいの!?」
「今、やるか?」
「でも虎、さっき怪我したでしょう」
「こんなの怪我のうちに入らぬ」
言うが早いか、虎はまた白虎の姿になって、私に背中を差し出した。乗れ、ということらしい。
「待て虎、危ないからやめなさい!」
「陽太郎は、我が◯◯を落とすとでも思っておるのか?心配するな、ゆっくり歩いてやる」
「◯◯さんも、本気で乗りたいわけじゃないですよね?」
「あー、うーん、いや、乗ってみたいかな」
陽太郎が私に助け舟を期待したことはわかっていたけれど、目の前に虎の背中を差し出され、どうぞと言われれば、素直に乗ってみたかった。
「◯◯さん!」
止めようとする陽太郎を無視して、恐る恐る虎の背中にまたがった。意外と胴体が太い。虎ってこんなに大きかったんだ。かなり脚を広げないと乗れなくて、着物がはだけて恥ずかしい。苦肉の策で、うつ伏せに寝るように、虎の背中にしがみついた。これなら前が隠せる。だいぶ間抜けな格好だけど仕方ない。
「しっかりしがみついておけよ」
「あ、虎!待て…!」
陽太郎の静止の声を聞かず、虎が私を乗せて走り出した。さっき、ゆっくり歩いてやるって言わなかったっけ!?まるで空を飛んでいるような感覚に怖くなって、虎に更に強くしがみつき、目もぎゅっとつむってしまった。けれど、
「◯◯、空を見てみろ」
と虎に言われて、ゆっくり目を開けてみたら、満天の星が視界を埋め尽くしていた。
「わぁ…」
「ここからだと良く見えるだろう」
「ここ、って…、わっ」
星空から視線を下げてみたら、なんと私達は高い木のてっぺんにいた。慌ててまた虎の背中にしがみつく。
「そろそろ戻るぞ。陽太郎を一人で山の中に残しておくのは心配だ」
虎はあっという間に木から駆け降りて、気が付いたら私達は、陽太郎のところに戻ってきていた。
「虎!待てって言ったのに!◯◯さん、大丈夫でしたか?」
「大丈夫だよ。虎、ありがとう。とっても素敵な星空だったよ」
「そうだろう!また連れて行ってやってもいいぞ!」
「ふふ、ありがとう。嬉しい」
今度こそいつもの姿に戻った虎と、私は手を繋いで家まで帰った。陽太郎は私達の少し後ろをついてきて、いつもより口数が少ないな、とは思ったのだけど…。
「いいですか。今後、虎の背中に乗るのは禁止です。虎も、わかったな?」
家に着いた途端にそんなことを言われるとは思わなかった。帰り道、陽太郎はずっとそのことを考えていたんだろうか。
「わからん!なぜ◯◯を乗せてはならんのだ!」
「あっ」
もしかして、と、ある可能性に思い至った。
「◯◯さん?」
「陽太郎、もしかして、ヤキモチ妬いてる?」
「えっ」
「ほほう?」
「ごめんね、私だけ虎に乗せてもらっちゃって。陽太郎も乗りたかったよね?」
「…あー、いや、ヤキモチはヤキモチでも、そっちじゃなくてですね…」
「うんうん、我にはわかっておるぞ、陽太郎。◯◯と二人で話すといい。我は先に寝るからな!」
そう言って虎はさっさと自室に引っ込んでしまった。なんだか話が噛み合っていないような気がするけど…。
「◯◯さん」
「はい」
「おれは、虎に乗りたかったわけじゃありませんよ」
「えっ、そうなの?」
「あなたならともかく、おれみたいなのが乗ったら、いくら虎でも重いでしょう」
「それは、そうかも…。え?じゃあ他にどんなヤキモチ?」
「わかりませんか?」
少し考えたけれどわからなかったので、素直に「うん」と答えたら。
突然、陽太郎の腕が背中に回った。
えっ、えっ、何!?
陽太郎に抱きしめられている。急に陽太郎と密着して、心臓が、あり得ないほど暴れ出した。
「嫌ですか?」
「い、いやじゃ、ないけど…。ドキドキするから、離してほしい、です」
目が回ったように頭がクラクラして、自分でもわかるくらいに顔全体が熱くて、そんな状態の中、必死で言ったのに、陽太郎はむしろ腕の力を強めてきた。
「じゃあ、離しません。お仕置き、です」
「な、なんの…」
「おれ、虎にヤキモチ妬いたんですよ。◯◯さん、虎にこうして、ぎゅってしてましたよね?」
まさか、虎に、嘘でしょ、と思った瞬間、耳元で名前を呼ばれた。陽太郎の唇が、耳の輪郭に触れてゾクリとする。
「わ、かったから…、耳元で、しゃべらないで…」
「本当に、わかってます?」
また、耳に陽太郎の吐息を感じる。今度はたぶん、わざとやってる。私の脳内に直接囁くように、陽太郎は私の耳の中に言葉を送り込んでくる。そうされると、背中を変な感覚が駆け上ってくる。
これ以上は心臓が保たない。嬉しいのよりドキドキが強くて、早く解放してほしくて、こくこくと必死で頷いた。
「虎とばっかり仲良くしてると、おれがヤキモチ妬いちゃいます。だから、もう虎には乗らないでください。…わかった?」
仕上げのように、背筋を下から上になぞり上げられた。
「ひゃあ!」
私が変な声を上げたら、陽太郎はやっと身体を離してくれた。さっきまで近過ぎて見られなかった顔を見上げたら、陽太郎は、満足気に微笑んでいた。