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ひかり射す

  朝霧、深く沈む。

  木々の深い山奥に、社がある。空気が、張り詰め人を寄せ付けず、静かに佇んである。

  ある日、小狐が迷い込んできた。どうやら、親とはぐれた様子で、今にも泣きそうな顔をして、こちらを見ている。

  「誰か、いる?誰か…」

  小狐の声だけが、か細く反響し、寂しさに耐えかねて、ついに、泣き出してしまった。

  見兼ねた社の主人が、「小狐、何処から来た」と、話しかける。小狐は、びっくりして、声の方を見遣るが、姿が見えない。

  「だ、誰か、そこにいるの…」

  「ああ、居るとも」

  老男が、返事をする。

  「おじちゃんは、誰なの?」

  小狐は、不安そうに、声を絞り出しながら聞く。

  「私は、この山の主人。龍神さ。もう、ずっと古くからこの土地を護っている」

  「神様なの?」

  「そうだよ」

  小狐の瞳が、輝いた。

  「僕、神様と出会ったの初めて!でも、神様は、どうして、姿を見せることができないの?」

  その様子に、龍神も、表情を変える。

  「私は、朝霧の深い青い満月の夜に、社から出ることができる。数年に一度の事だ。小狐、おまえさんは実に、運がいいようだ。今夜まで、待っておいで。ここから、連れ出してやろう。所で、もう一度、尋ねるぞ。何処から来たのだ」

  小狐は、俯いてもじもじしながら考え始める。

  「うぅ…んと。あっち!だったと思う」

  これ如何に。なんとも、曖昧である。龍神は、言った。

  「小狐、そなた、方向がわからぬのか。親とどこで、離れた」

  すると、小狐の顔に影がかかる。

  「僕に両親は、いないよ。人間に捕まって、殺されてしまったんだ。必死に逃げて来たから…」

  また、小狐はぐずぐずと泣き出してしまった。

  龍神は、月が顔を出すまで、社の呪縛から逃れる事が許されない。困り果てて、一つ提案をした。

  「小狐よ、ここは、我が領域にある聖なる山。静まり返ってはいるが、山の民は常に、お前さんを見ているよ。風が吹けば、木々が靡き葉が歌う。霧は、冷たい空気を降ろすが、この一帯を浄化し、潤いを与えてくれる。小狐よ、自然と遊んでおいでなさい。迷わないように、木の実を両手いっぱいにあげよう、水引を編んで、持っておいでなさい。お前さんが、この場所に戻ってくる頃には、月も顔を出すだろう。大丈夫だ。山が、お前さんを導いてくれる。さぁ、行っておいで。出来たら、戻ってくるんだよ」

  小狐は、不安げに「うん」と答えた。社から離れる際に、貰った木の実を、迷わない様に道に落としながら山の奥深くに入って行った。

  山の中は、静まり返っている。

  小狐は、怖くて今きた道を振り返りながら奥へと進んでいた。

  「寒いなぁ。怖いなぁ。一人ぼっち。神様は、大丈夫って言ったけれど、本当かなぁ…」

  すると、突然、ざわ…っと、木々が靡き「見てるよ。こっち」と、小さく小狐の耳を撫でた。風は、優しく、小狐の背中を押して行く。

  それは、小狐が心細くなり、振り返るたびに風の声が聞こえてきた。

  「僕の耳元で、喋っているのは誰なの?」

  風は、応えない。

  「どうして、僕のことを知っているの?僕、一人ぼっち。寂しいよ…」

  すると、今度は朝陽に反射してキラキラと輝いている霧の向こうから、「坊や、こっちよ」と聞こえてきた。それは、優しく柔らかな女の声だった。小狐は、はっとして「お母さん!」と、声を上げ力強く声のする方へ走って行った。「お母さん、お母さん!僕だよ。どこにいるの?僕を、置いて行かないでよ。お母さん…」小狐は、急に悲しくなって、その場でわんわん声を上げて泣き出してしまった。するとまた、「坊や、こっちよ。泣かないで。さあ、いらっしゃい」と、声がし、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、ぽぅと暖かな光に森が包まれ、風が靡いて、草木が揺れた。小狐は、涙を袖で拭いて、また、歩き出し、声は、寄り添うように小狐を森の奥へと誘って行っ

  社を離れて、どれくらいたっただろうか。太陽は、天辺まで高く登り、木漏れ日が差し込んで、いつしか、霧は晴れていた。

  随分と、遠くへ来てしまったようだ。気付けば、女の声は、聞こえなくなっていた。

  「早く、水引を探さなくちゃ」

  小さく、力強く呟くと小狐はまた、森の奥へと歩き出す。

  どこからか、水が流れ出す音が聞こえて、小狐は、歩みを止める。そして、吸い込まれて行った。夜明けから休むことなく歩き続け、小さな足はくたくただった。

  清流は、森の恵みである。

  水面を除くと、魚たちが悠々と泳いでいるのを見て、お腹が大きく鳴いた。

  「僕、初めての狩だ…」

  途端、不安になってきた。でも。小狐は、水面に狙いを定めると、えい!と、飛び込んだ。魚は、びっくりして、散りじりになって逃げる。小狐は、諦めなかった。今度は、先ほどよりも、大きな獲物に狙いを定めたが、魚は、すっと、小狐の脇をくぐり抜けてしまった。何度も繰り返し、周囲の魚が警戒して岩陰へ隠れてしまった頃、小狐は、

  力尽きてしまった。

  「お母さん…お父さん…」

  呟くと、そのまま深い眠りについた。

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