AdAd
  
【サンプル】獣人がペットとして飼われている世界で狼獣人×白猫獣人が番になる話

  豪奢な屋敷の奥。重厚な鉄の扉の先に、それはあった。

  アベルの檻――

  使用人たちはそう呼ぶが、実際は広いサンルームと寝室を備えた獣人専用の快適な居住空間だった。

  壁の一面は強化ガラスになっており、内側からは開けられない。

  床には毛足の長い絨毯、中央には低く広いクッションベッドが鎮座している。

  アベルはそこにいた。

  黒と灰の混じった光沢ある毛並み。金色の瞳は、鋭く冷たい。

  彼は生粋の狼獣人であり、番を持たないまま過ごしていた。

  主に買い与えられた食事だけを口にし、毎日決まった時間に身体を洗われ、最低限の会話しかしない。アベルは心を閉ざしていた。

  ──不要な他者は、信じるに値しない。

  獣人の中でも狼種は群れで生きる性質を持つ。けれどアベルは、それを拒否していた。

  主人であるアランだけが、彼の唯一の「群れ」だった。

  ---

  「この子なら、アベルにも受け入れられるかもしれない」

  応接間に並べられた血統書付きの獣人たち。

  その中でもひときわ目を引いたのは、真っ白な毛並みと水色の瞳を持つ、小さな白猫の獣人だった。

  彼の名はノア。

  純血の白猫獣人で、まだ飼い主を持ったことがない未契約種。

  無邪気で、少し怖がりで、それでも瞳の奥には好奇心が宿っている。

  アランは付き人に支払いの指示を出し、ノアの前にしゃがみこむと、彼の尻尾をひと撫でして言った。

  「君を迎えよう。アベルの番としてね」

  それを聞き、販売員は言葉に詰まった。

  狼種に嫁がせるにはあまりにも小柄すぎる。それに、狼獣人は番に対して強い執着を示す。初期の相性を誤れば、命に関わることすらある。

  だがアランは微笑み、白猫の頭を軽く撫でた。

  「可愛いだろう? この子が、アベルの世界を変えてくれるかもしれない」

  それが、全ての始まりだった。

  ---

  「こ……こわ……っ、ここ、どこ……」

  ノアの声が震える。

  人間に買われ、車に乗せてもらったところまでは覚えている。

  飼い主から新しい家族の話を聞きながら、車の心地よい揺れにうとうとして……

  突然見知らぬ場所に放り込まれた。

  足元の絨毯がふわふわと心地よいことすら、今の彼には感じ取れなかった。

  キョロキョロと辺りを見回す。背後の重く閉じられた扉の向こうには、誰もいない。

  ただ、檻の奥。そこに一匹の獣がじっとこちらを見ていた。

  アベルだった。

  大きな体をゆったりと横たえ、鋭い目だけがノアを捉えている。

  その目には、感情がない。まるで、害があるかを見定める捕食者のよう。

  「……新しい餌か?」

  低く、落ち着いた声。だがその言葉には、棘がある。

  「ひっ……ち、違う……! あ、あなたがアベル……?」

  「名前を呼ぶな」

  ピクリとアベルの耳が動く。

  ノアの背中に悪寒が走った。尻尾がしゅんと垂れ、耳は伏せたまま震えている。

  だがアベルは、それ以上近づこうとしなかった。

  ただ、相手を値踏みするように、じっと見ている。

  ノアは勇気を出して、そっと一歩だけ前に出た。

  「……僕、ノアっていいます。……その、ここに一緒に住むことになったんです……よろしく、お願いします……?」

  ……。

  返事はなかった。

  ただ、アベルの耳が、わずかに動いた。

  ---

  ノアが来てから数日が経った。

  最初の夜、ノアは檻の隅で丸くなったまま一睡もできなかった。

  アベルはというと、ベッドの真ん中に堂々と寝そべり、時折、耳だけ動かして様子をうかがっているようだった。

  ノアが動けば、目を細めてそちらを見やる。まるで「自分の縄張りを荒らすな」とでも言うように。

  昼、使用人が食事を檻の外から差し入れる。

  ノアはいつものようにおそるおそる近づいて、皿を手に取る。そこへ──

  「それに、触れるな」

  ぴたり、とノアの手が止まった。

  低く響く声。振り返ると、アベルがいつの間にか背後にいた。

  「ご、ごめんなさいっ……!ぼ、ぼくの、ごはん、じゃないの……?」

  ノアはギュッと目を閉じ、耳がペタリと垂れ縮こまってしまう。

  「……これがおまえの分だ」

  「……え?」

  アベルは鼻を鳴らし、くるりと背を向けた。

  ノアは混乱した。けれど、次の瞬間、気づいた。

  アベルの分の皿から、半分ほどの食事が、ノアの皿に分けられていたのだ。

  (……わざわざ、分けてくれた……?)

  それが、アベルの最初の愛情表現だった。

  ---

  夜が更けていた。

  アベルはベッドに背を預けたまま、薄く目を開けていた。

  ノアの寝息が聞こえる。今は檻の隅、毛布にくるまって眠っている。

  アベルはふと、立ち上がった。

  静かに、音を立てずに歩み寄る。

  ──甘い匂いがする。

  猫種特有の体温。熱を帯び始めた皮膚。

  まだ発情には至っていない。けれど、ノアの身体は徐々に、番としての準備を始めているのかもしれない。

  アベルは、しゃがんだ。

  そっと、ノアの尻尾に鼻先を寄せる。

  ふわり。柔らかい香りがした。

  「……小さい、身体だ……」

  低く、微かに漏れた言葉。

  自分の手のひらに収まってしまいそうな背中。ちょっと力を入れれば、簡単に押し倒せてしまう細さ。

  だが──

  (……噛みつけば、壊れる)

  舌が、勝手に動いた。

  アベルは無意識に、ノアの頬にそっと舌を這わせていた。

  ぴくん。

  「……ん、ぅ……んんっ……?」

  ノアが目を覚ました。寝ぼけ眼でアベルを見る。

  「……え、え? アベル、さん……? な、なめ……た、の……?」

  アベルは答えない。ただ、ノアをじっと見つめた。

  ノアの小さな体が震え、頬がじんわりと赤く染まる。

  「ぼ、ぼく、なにか……した……?」

  「……気にするな。番にするかどうか、見極めているだけだ」

  「……っ、つがい、て……」

  ノアは自分の頬をそっと撫でた。

  湿った感触と、じんじんと火照るような皮膚。

  まるでそこに、焼き印のような「しるし」が残されたようで──

  (……なんだろう、これ……変な気持ち……)

  数日後。

  ノアの身体に異変が起き始める。

  熱い。息が上手く整わない。身体の奥がきゅうっと疼く。

  アベルが近づくと、甘ったるい声が自然と漏れた。

  そして──アベルもまた、本能に抗えなくなっていく。

AdAd