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優しさの傷

  吉澤が俺を避けるようになったのは、突然の事だった。何か理由があるんだろう。それとも、自分で仲が良い人を見つけて、そっちに話に行っているのかもしれない。そう考えた。

  でもよく見れば、昼は一人で食べてるし、ペアワークも楽しそうに受けている様子は無いし、グループ内でもあまり乗り気で話している様子はない。

  …まさか嫌われたか?どこかで対応を間違えたのかもしれない。そう考えても、中々聞き出せずにいた。

  話す機会が少なくなっていることに気づいたのは、吉澤が初めて俺の誘いを断わってから、数週間経ってからだった。

  「何か…俺、間違えたかな〜…。」

  自室で友達と通話しながら課題に取り組み、ひと休憩入れていたところだ。椅子にもたれかかって、吉澤に何かしたか考えてみる。…何も思い浮かばない。俺としては、普段と変わらず吉澤と接しているつもりだ。

  「なぁ、ちょっと聞いてもいいか?」

  「なになに?恋の相談?」

  「透弥ならそんなの相談しなくてももっとこう…ガツンと行くだろ!ガツンと!そんで色んな女子を…。」

  「ハイハイそこまで〜。こっから真面目な話ね。」

  一度逸れかけた話を素早くレールに戻し、話を続ける。

  「最近俺、吉澤に避けられてる気すんだよね〜。なんか知ってるヤツいる?」

  「吉澤って…あの、透弥と前クラス同じだったヤツ?」

  「そう。なんか明らか避けられてる気すんだよな〜って。」

  「あんまりガツガツ行き過ぎて、逆に苦手意識着いちゃったんじゃね?」

  「俺は一年の頃から同じように接してるだけなんだけど…。」

  「あ〜…じゃあ仲良い子見つけたとか!」

  「でも休み時間もあんま話してないし…。」

  「もうそこまで来てるなら聞いちまえよ…そっちの方が手っ取り早いだろ。」

  「うーん…でもなあ…。」

  「てか、お前がそこまで人の事で悩むやつとは思わなかったわ!」

  「光澤、次行ったら購買奢りな。」

  「へいへい気をつけまーす。」

  結局有力な情報は得られずか。こればかりは考えても仕方ない気がする…。

  「もうそこまで来てるなら聞いちまえよ…。」

  そう、誰かが言ってたっけ。…直接聞いてみるのも一つの手か。ってか、その前に一先ず課題を終わらせないとな。徹夜になる前にさっさと終わらせてやろう…。

  結局夜更けまで通話は続き、全員がそれぞれ眠りについたのは明け方の事だった。

  「…頭痛え。」

  「わかる…。ぐぅ……。」

  「寝言で返事するなっ。」

  隣で睡眠に入ろうとした光澤のヒゲを引っ張る。

  「あだだだっ!ちぎれる!起きるから!それやめろ!」

  ったく…もうちっと優しく起こせよな…。と愚痴をこぼす光澤を横目に、俺は吉澤にあの件をどう聞き出すか思考をめぐらせていた。こういう難しいことはあまり考えないが…吉澤のことになってくると話は別だ。

  内気で、誰にでも優しくて、聞き上手な吉澤。自分からアピールすることも少なくて、絡み始める前は滅多に自分のことを話さないやつなんだと思った。

  そうではなかった。話したいけど話せない。話すタイミングが分からない。自分の話より他人の面白い話を聞く方が好き。そう聞くと、ほんとにこいつは、どこまでも自己犠牲の精神が根付いているやつなんだと分かった。そんなの、いつかどこかで溢れてきてしまう。だから、そういうやつこそ自分をさらけ出す場所が必要だ。そう考えて、俺だけはせめてそういう場所でありたいと思い今まで接してきた。つもりだったんだが…。どうにも最近避けられてしまう。なんでだ…?どこで間違えている…?

  元々無い頭で考えても仕方ない。ただでさえ頭痛がして思考も理性も上手く機能していない。思わず吉澤の腕を掴んでから、そう気づいた。

  「…透弥?急にどうしたの…?」

  やばい。思ってもいない展開で話を進めようとしている。でも、ここで聞かないと次が無い。そう考えた。

  「なぁ、最近明らかに俺の事避けてないか?」

  「…え?」

  「勘違いならいいんだけどさ…最近、なんか変わったよな。」

  「…そう?僕としては、何も変えてるつもりは無いんだけど…。」

  「そうか。」

  吉澤の目を真っ直ぐ見つめて、俺は聞いた。しかし、返ってきた言葉があまりにも空っぽで、思わず驚いた。

  藍くて暗い、全てを覆う深海のような目。吉澤の目をここまでじっくり見たのは初めてだった。正直ドキドキした。でも、ハッキリとわかったこともある。

  こいつは俺を遠ざけて、元の関係に戻ろうとしている。何がそこまでして、吉澤にそうさせているのかは分からないけど、明らかに最近の吉澤はおかしい。まるで元々仲良くありませんでした、みたいな…そんな関係にまた戻ろうとしている。ここ数日の行動を見るにそれ以外考えられない。

  でも何故だ。一番聞き出したいところで、何も聞き出せなかった。こんな話をした後に呼び出すのはさすがに気まずい。明日、また日を改めて聞いてみよう。

  でも、その日から吉澤は学校に来なくなった。

  「帰りに吉澤の家まで寄ってくれる人〜。」

  「あ!俺家知ってるんでやりますよ!」

  「お、じゃあよろしく頼むぞ。」

  「はーい。」

  あれから吉澤は、多分1週間くらい学校に来ていない。明確な理由は分からないけれど、体調不良とだけ教えられている。実際は、自室でずっと泣いているかもしれない。そう考えると、何かあいつのためにできることは何でもしてやりたい。あいつが不意に消えてしまわないように、せめてこの繋がりだけは途切れさせないように。毎日、欠かさずプリントや日誌を届けた。

  それでも吉澤は姿を見せなかった。

  いつかそのうち会えるだろう。俺に出来ることはこれだけだ。そう考えていた。吉澤の訃報を聞くまでは。

  吉澤の葬式はスムーズに少人数で行われた。学校で見覚えのある顔や、近所の人らしき人もちらほらみえた。

  身投げ。そう囁き話す声が聞こえた。他殺ではない。吉澤が自身で選んだ結果だ。

  遺書には、たった2文でこう書いてあった。

  「ごめんなさい。本当に幸せでした。」

  吉澤が唯一残した文章だった。

  俺が、吉澤を殺した?

  俺があの日、吉澤に全てを聞いていたら。

  それとも、何も聞かなかったら。

  今まだあいつはここにいて、隣で笑ってくれていたのか?

  「全部俺が悪いよ。」

  いないはずの吉澤の声が、頭に反芻する。

  「何も悪くないよ。全部。透弥が自分を責めることは1つもないんだ。」

  嘘だ。何も気持ちが籠っていない。空っぽだ。

  「君は悪くない。俺が自分で決めたことだ。そこに君の意志も、感情も、何も関わっちゃいない。」

  「嘘つけ!!」

  近くにあったカバンを壁に投げつける。

  自室の壁が少し凹んだ気がする。

  「俺が…追い詰めたんだろ?」

  「違うよ。」

  「俺がお前を殺したんだ。」

  「違う。」

  何も無い空っぽの部屋で、一人取り残されている。

  散らばった本や教材が床を埋めつくしている。

  「何が…間違ってたんだ…?」

  「何も間違ってない。」

  鬱陶しい。誰なんだお前は。

  「…クソッ。」

  絶望に突き落とされた俺の横で、吉澤が、俺を優しく抱きしめてくれた気がした。

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