パワードスーツ 〜オレとニトと、ときどきハカセ〜 2話

  スマートフォンの鋭いアラーム音が鈍い眠りを覚ました。目を開くと、見慣れた天井であった。昨日は散々な一日だったと隼人は振り返った。謎の廃工場に荷物を届けにいっただけなのに、眠らされ、謎の敵に襲われ、そして謎のパワードス―ツを着て戦って… きっと悪い夢だ、ずいぶんストレスや疲れがたまっているものだ… いま自分はいつものベッドの上にいて、空気だって吸い慣れた自室のもの… ではなかった。何となく樹脂や金属のにおいがする。ふと自分の手を見た。寝起きには似つかわしくない物々しい手袋だった。慌てて洗面所に駆けこんだ。そこには見た覚えのあるパワードスーツの姿があった。よくよく考えればそこに向かった

  際の足音もスキー靴をはいたような重いものだった。隼人の部屋は2階にあったので、下の住民に迷惑をかけないようそろりそろりと洗面所を出た。残念ながら昨日のことは現実であったのだ。

  「なあ、たしかお前『ニト』っていったよな」

  「ハヤトおはよー! それで?」

  「もしかして、昨日送ってもらったときからずっとこうだったのか?」

  「うん!」

  「たのむ、そろそろ一旦脱がせてくれないか? あとで絶対着てやるから」

  「えー… 絶対だよ?」

  ようやく脱げた。 そして吸い慣れた空気に包まれた。とりあえずサイドボードの上に置いたニトのヘルメットを見た。両目にあたる部分には何やら心電図のようなグラフが映し出されている。今も動いているのだろうか。声をかけてみようとしたその時、スマホに着信があった。

  「おはよう。私よ。因幡サヨよ。」

  「あー。おはようございます。でもどうして自分の番号を?」

  「覚えていないの? 昨日私が送った時、連絡先を確認したじゃない」

  どさくさですっかり忘れてしまっていたようだった。

  「とりあえず脱ぐことはできたようね」

  「そうだった、いまニトって...」

  「スリープモードのはずよ。その名の通り、人間が寝てるような状態。次着るまで起動しないはずよ。とりあえずそれが気になって電話をしただけだけど… ほか特に大丈夫かしら? 」

  「あー、はい… 」

  「じゃあ切るわね。なにか聞きたいことがあったらここにかけてきて」

  大丈夫なわけではない。これからニトとどう過ごせばいいのか、彼を留守にしていいのか、はたまた… そもそも、サヨだって信用していい人間なのかもまだわからないし、そもそもあの廃工場だって敵に目を付けられていたら彼女も長居はできまい。ずいぶん面倒なことに巻き込まれてしまったな… と隼人はニトを脱いだ後とりあえず用意した冷凍チャーハンをほおばりながら思った。テレビをつけてみる。気分が重い時には考え事をしないよう気を付けるのが彼の心がけであった。

  「1か月前、装備製作企業レイバック社の事業所を襲撃した事件の容疑者を昨日逮捕しました。容疑者は黙秘していますが、当局は事件の規模を考慮し共犯者の捜査を引き続き進めるとしています… 」

  気分も重ければニュースも重かった。彼はテレビを消して外に出ようと思った。ニトもしばらく静かにしていることを確認できたのもあった。

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  外の空気はすがすがしかった。隼人は久々にそう感じた。そういえば、さっきニュースで流れていたレイバック社の研究所とはどんなものだろうか、近所にあるようだったので怖いもの見たさもあり、ナビアプリを設定し、自転車を駆った。

  自転車で15分ほどの距離にその研究所はあった。ニュースでは容疑者が捕まったというニュースがあったためあたりは静かであったが、急ごしらえのフェンスで覆われており、物々しい雰囲気が漂っていた。当然だが、表向き部外者の隼人には他にできることも見るべきものもなかった。帰ろうとしたその時、屋内から目が合うようにして赤い閃光が放たれたのが見えた。すぐさま、人工音声が聞こえた。

  「昨日破壊された機械と同じ生体反応。条件を満たし次第排除する」

  昨日の敵と同じ勢力のようだった。隼人は慌てて自転車を走らせた。ただ、敵ロボットの足にはローラーのようなものがついているようで、彼が思ったより速くスケーティングで追いかけてきた。「条件」とはなんだろうか。とにかくいまは逃げないと、隼人は振り返ると、敵ロボットの銃口がこちらを向いていることに気付いた。銃口から飛び出すのは銃弾ではなくレーザーだった。隼人はタイミングを見計らい、咄嗟に回避行動を取った。

  「条件を満たした。排除開始」

  「なんだって?」

  隼人は振り返る。ロボットはそのまま追ってきている。よく見ると彼の乗った自転車の後輪が焼き切れていた。これはマズイと隼人は自転車を乗り捨てて全力で逃げ出した。隼人は全力で走ったが段差につまづいてしまった。周りには人目がない。これこそ向こうの狙いだったのだ。まんまと罠にハマってしまったのだ。

  敵ロボットの銃口が光を集める。またエネルギー弾を放つ算段だろう。隼人は急に背筋が凍り、眉間がこわばるのを感じた。無念、まだ大学に入ったばかりだったのに… まだやりたいことがあったのに、そして、仮にもしてしまったニトとの「約束」があったのに… 最後は余分なような気もするが、ニトの屈託のない声や笑顔(機会に表情があるかは別として、彼の顔が何となく微笑んでいるように隼人は思いはじめていた)には、どこか守ってやらないといけないようなものを感じ取ってしまうのだった。

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  刹那

  「ハヤトーーーー!!!」

  背後から聞きなれた声がした。背中から、金属音がした。エネルギー弾は隼人に直撃しなかったようだった。

  「ニト!? どうして!?」

  「だってニト約束したもん! 『ハヤトにまた着てもらう』って! でも今は目の前の敵をやっつけよう!! 」

  「ああ!! 」

  半身に構えて敵ロボットと対峙した。

  「周りに人がいるかもしれないから飛び道具は使えない、接近戦で仕留めるよ! 」

  左手にオフセットしてある敵ロボットの銃口が光りだした。またまたエネルギー弾を撃つつもりだ。敵が狙いを定め、そして弾が放たれる直前の一瞬… 懐ががら空きになる一瞬を見逃さず、ニトは敵の右手側から懐に潜り込み、背中を敵の腹に密着させ左腕を下に捻った。刹那、下に向かった銃口から地面へとエネルギー弾が放たれる。ひとまず周囲への被害を避けることはできた。

  「やぁ!!」

  その勢いのまま上に飛び跳ね、敵を背負い投げのようにして地面にたたきつけた。そして抱えていた左腕をもぎ、敵の殺傷能力を無効化した。そして増援を呼ばれないためには…「えい!!」

  ニトは懐剣で敵ロボットの首を撥ねた。力なく転がったロボットの頭からは、トランシーバーのケーブルと思われる銅線からはスパークが線香花火のように小さく放たれていた。

  「隼人くん!? 敵の反応があったみたいだけど大丈夫だった !?」

  サヨが車で駆けつけていたようであった。ニトはこくりとうなずいた。

  「ハヤト、守ったよ!!」

  サヨは自分自身と隼人のみの秘密にしようとしていたニトがなぜ屋外にいたかに戸惑いながら、車に誘導した。そしてやはり車内ではその質問が飛び出た。

  「自分も敵ロボットに撃たれかけてもうだめかと思いました。ただ、なぜかニトが現れて助かったんです。ニト、何があったんだ?」

  「ふふーん。ニトも車を運転したんだよ!」

  隼人は戸惑った。装着者がいないならスリープモードになっているはずなのに…

  「その答え、ここにあるみたいね。ちょっとマズいことかも知れないけど」

  自宅アパートの前に着いたサヨがスマホを見せた。そこにはSNSで「ちょっと対向車の運転手wwwww」という内容の書き込みがあった。添付されている写真には、誰かの車の中にいるニトのような画像がブレながらに載っていた。

  「えーっとニト… 通りすがりの人に自分を着せてもらって来たの…?

  「うん!」

  屈託のない声でニトは頷いた。

  「助けてくれたのはありがとうなんだけど… これからは僕以外の人は着てもらっちゃいけないようにしないか? 他の人にバレたら大変だし、サヨは秘密にしたいようなんだ」

  「でもそしたらハヤト助けられない...」

  ニトは不安そうにつぶやいた。一理あった。現に今はいないところを襲われてしまったのだから。

  「出来るだけニトと一緒にいるよ。そしたらいつでも助けてもらえるからね」

  「うん! ニト、ハヤト助ける!!」

  「分かったわ、できるだけニトをコンパクトにできるように考えてみるわ」

  そうしてこの日は解散となった。家に帰るとどっと疲れが込み上げた。リフレッシュのために外出したのに気が付けば本気の運動をしたようなものであるからだ。そういえば明日は大学とアルバイトの予定だった。授業はいわゆる「ブッチ」をすればよいが、バイトはどうしようか、どうせ歩合制なので1日ぐらい休んでも大勢に影響はなかろう。彼は熱を出したと一報を入れた。部屋の隅に置いてあるパソコンデスク(とは言いつつものぐさな彼はいつもそこで食事なども済ませている)の上に置いたニトのヘッドギアを見つめた。「ありがとうな」と隼人は思った。午後6時半のことである。

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  レイバック社… 「ニト」を開発していた企業であり、日本国内トップシェアのアーマースーツ・パワードスーツの製作会社である。横浜テクノポートシティにあるその本社は、テナントこそいるものの50階建ての自社物件である。その最上階のさらに上、ペントハウスに社長、冷麦名都緒はいた。その横には青いバイザーのフルアーマーが渋く黒光りしている。彼はスマホを一瞥した。「ちょっと対向車の運転手wwwww」SNSの書き込みには1か月前に忽然と姿を消した自社の試作機「ニト」と思しき写真があった。

  「見つけた、ニトの手がかり。しばらく普段の稼業はお休みだ。ニトを全力で探し出す」

  輝くバイザーを横目に、レイバック社の若社長はつぶやいた。午前2時のことである。