私のことを名前で呼んでくれるのはおばあさまだけだった。町で呼び止められるときは専ら「赤ずきん」で、過去に着用していた真っ赤な頭巾が理由だった。それも妹に捨てられてしまって、今は異端を示す白い髪が風に揺れている。
おばあさま、私の唯一の家族。父は何かと対立しがちだったおばあさまが少し肺を患った途端、療養などといって森の奥に追いやってしまった。おばあさまはそんな父にほとほと愛想が尽きたと言って、まだ全然元気なのにもうお屋敷から出てくることはない。今は私が週に二度、おばあさまの好きなケーキやスコーンを焼いてお屋敷を訪ねる以外、誰とも交流をしていない。
「おばあさまが戻ってきてくださったらいいのに……」
森はいつもと変わらない、鬱蒼とした雰囲気だった。いつもほんのりと薄暗く、日差しの当たらない場所なんて触れてみるとびっくりするほど冷たかった。おばあさまが昨年隣町のご友人にお願いして作ってくれたレースのワンピースの裾は強い風のせいではためいている。この一年で身体がずいぶん成長してしまって、きっと来年には着れなくなっているだろう。決まった道を歩いているだけなのに、いつもどこか不安でいっぱいで、風が木々を揺らすたびに鳥肌が立った。
「町で罪を犯すと、森に追放されるのよ。今も森の奥には犯罪者の子孫が住んでいるの――狼っていうの。貴方なんか近づいたらすぐに殺されちゃうわね」
小さい頃、森に入ろうとする私に母はそう囁いた。きっとそうやって怖がらせて、森に行くのをやめさせたいだけ。結局森に行くことはなくなったけれど、恐怖だけはずっと残っている。
おばあさまのお屋敷まであと半分ほどというところで、突然背後でジャリ、と土を踏みしめる音がした。吃驚して振り返って息をのむ。きっとタヌキと言い聞かせていたのに、そこにいたのはそんな可愛い動物などではない、私よりも随分大柄の男性だったからだ。声も出せず、脚も動かなかった。背丈は百八十はあるだろうか、肩幅も広く、二の腕なんて私の何倍もありそうだった。一応村の男性と同じような服を着ていたけれど、随分と着古したようにボロボロだ。――――狼だ、とすぐにわかった。夜闇を切り取ったような真っ黒い髪、日に焼けたのとは明らかに違う褐色の肌、こんなひとは村の男性にはいなかった。
足を一歩下げようとして、しかしその足が狙っていた場所に着地することはなかった。そのひとが私の腕を掴み、道なき道に引きずり込んだからだ。今までおばあさまの家に行くときも、ひとりで散歩をするときも整備された道以外絶対に歩くことはなかった。おばあさまに危ないとずっと言い含められていたから。おばあさまを慕っていた村のひとたちも皆そうだ。この先に連れていかれたら、決まった道しか通らない村人は、仮に森を歩いていてもきっと私を見つけてはくれない。――尤も、気づいてくれたとしても助けてくれるかどうか。待って、と私を引っ張る大きな背中に言いたいのに、怖くて声が出てこなかった。
「ま、待って……」
ようやく口に出来たときには、その言葉の意味も変わっていた。彼は拓けた野原――そこだけは木々がなく、不思議と日差しが差し込んでいる。草が潰れていることから、そこで横になっていたりするのかもしれない――に私を押し倒し、両腕を彼の腕ががっしりと拘束している。少し身じろいでもびくとも動かなかった。既に私は彼の目的を察していて、身体が少しずつ、しかし確かに震えだす。
「や、やめてください、お願い……」
彼の顔は逆光でよくみえなかった。鋭い目つき、尖った八重歯、少し険しい表情をしていることだけがわかる。狼という呼称に頷けるほど、獣的な顔をしているのは間違いがない。
「可愛いな、お前は」
状況にも彼の表情にも似つかわしくない言葉が降ってきて、私が何の反応も出来ないでいる間に彼の手は私の両腕を解放し、代わりにワンピースの裾を掴んだ。――おばあさまがご友人に頼んで私のために作ってくれたワンピース。
「待って、待ってください、……大事な服なの、破かないで」
「じゃあ自分で脱げ」
声はひどく低く、耳の奥にいつまでも余韻のように残り続けた。彼の手が服の上から私の胸を撫で、そんな場所を触られたことがなかったので恥ずかしくて顔を背けた。脱がないのか、と彼の声が注ぎながら、胸元のボタンがひとつずつ外されていく。すぐに胸が露わになり、彼の視線に顔が熱くなるのがわかる。逃げる方法も彼を説得する言葉も出てこずに、私が何もできないでいる間に彼の指が乳首を摘まむ。
「っ……」
身体の奥がしびれるような刺激に唇が震える。もう少しで声が出そうで、それがだめなことの気がして唇を噛む。彼が私の腰の外に膝をついたと思うと、屈んで胸に顔を寄せる。
「待って、まって、」
いつの間にか身体は動いていて、両手は彼の大きな両肩を押し返すけれどやっぱりびくともしないで、彼を止められないでいる間に舌が乳首に触れる。声が出そうになって再び唇を強く噛んだ。彼の動きに合わせて何度もそうして、鈍い痛みと、感じたことのない刺激が交錯して頭がちかちかする。空いた方の胸を彼の手が包み、舌が乳首を吸うのに合わせて摘ままれると、とうとう我慢できずに声が漏れた。
咄嗟に手で口元を押さえるけれど、彼には聞こえていたのだろう、顔をあげた彼が少し口角を吊り上げ、再び可愛いなどと口にする。彼を拒み、急いで逃げ出したい気持ちは震える膝が証明している。なのに声は漏れ、そして彼の言葉に確かに反応している自分がいた。
「脱がないのか?」
彼が体を起こした隙にワンピースを手繰り寄せて胸を隠す。片方の胸が彼の唾液でひどく濡れていた。
「このまま、返してくれませんか……」
「お前が脱がないながら、俺が脱がすしかない」
愚問であるかのように彼は私の言葉を無視し、ワンピースの裾を持ち上げた。太腿が露わになって急いで抑え込むけれど、彼の視線はずっと私に固定されている。その視線はじっとりと熱い。
どんな対応が正解なのかはわからなかったけれど、彼が絶対にやめないだろうことも、おばあさまからいただいた服を喪いたくはないことも確かな事実だった。日差しは一時雲に隠れ、今だけは少しだけ肌寒かった。あるいは、ただ怯えているだけなのかもしれない、今から起こりうることに。
「脱ぎます……」
身体を起こすと彼が途中まで外していたボタンを続きから外し、腰についたリボンを解く。彼はじっと私を見ている。視線が熱いほど、胸や太ももに注がれていた。この服だけは守る――と、腹を括ってワンピースを脱いだ。外で裸になったことも、それを誰かに見られたこともなかった、俯いたまま息が出来ないほど恥ずかしくて、いっそとっとと済ませてほしいとすら思った――その行為の具体的な順序すら知らないというのに。太腿から先を隠していたワンピースを彼が奪い、一瞬ぞっとしたけれど、彼の手は服を破くことはなかった。畳んだつもりなのか、しわくちゃに丸め込んだだけなのか、中途半端にワンピースを折りたたんで草むらに置くと、視線が再び私に集中する。座り込んだままの私の胸を彼の手が包み、揉みしだかれるとさっきのような刺激が押し寄せて、声が出ないようにぐっとこらえる。指で摘ままれると身体が震え、彼の舌が首筋をなぞり、生ぬるい感触に鳥肌が立つ。彼の手はとうとう太ももを撫で、その先を進んでいく。自分でも触らない場所に彼が触れると、くちゅっと音がたち、羞恥で顔が熱かった。それがどういう現象かもわからないのに、ただどうしようもなく恥ずかしいことだけは確かだった。視界の端にワンピースが入り、逆に見えない場所においてもらえば良かったとすら思う。自分がされていることが、きっとおばあさまの望まないことであるのは確実だった。
彼の指は割れ目をなぞり、指が少しずつ入っていく。何度も音が立ち、唇を噛むのすら忘れて声が漏れた。吐息が熱くなり、忘れたころに指が乳首を嬲るたび、ひときわ甲高い声が出る。違う、と思うのに、指が奥をこするたび、いつの間にか彼の二の腕を掴んで身体を震わせていた。
「まって、これ以上は……」
指が奥を乱暴にこすり、右胸を触られれば左胸に触れてほしくて、声だけじゃなくて唾液すら唇の端からもれて太腿に落ちる。彼に見られているのは知っているのに、息が荒くなって、指が激しさを増しながら出し入れされ、とうとう背中がのけぞった。何も考えられなくなって、たぶん、これがそういうことなんだって、言葉でしか知らなかったことを理解した。――きっと、今私はイってしまったのだ。初めて会う狼に、乱暴に弄られて。
「もういいだろう」
それが何か、どれほど男性の象徴的なものなのかは知っていたけれど、見たことはなかった。もちろん小さい頃に父が入浴を手伝ってくれた時に見たことはあったのかもしれないけれど少なくとも覚えていなかったし、私にはそういった関係になる殿方などいなかったから。彼のそれは赤黒い血管がドクドクと脈打ち、先などは濡れて光っている。彼は再び私を押し倒すと、割れ目にそれをあてがう。怖い、と思う前に彼の顔が近づいて、生まれて初めてキスをされた。唇が重なって、彼の舌が私のものを捕らえる。何をすればいいのかわからなくてされるがままになっている間に、彼の舌は口内を蹂躙し、涎が流れる。そうして彼はゆっくりそれを挿れ、声をあげることすら出来ない間に微かな痛みとともに全部入ったのがわかった。諦めに近いものが胸を覆っていた。ここまでされたら、もうどうにもならなかった。ただでさえ十八にもなってお相手が決まらないことに父は怒っているのに、挙句森で狼に襲われたときた。家族は今度こそ私を追い出すかもしれない。元々家に居場所なんてなかったけれど、あたたかいベッドと満腹になれる食事がどれほど幸福かは知っていた。今身一つで放り出されて、どう生きていくというのだろう。鬱々とこの先を思った私に低い声が降り注ぐ。彼は思えば既に二度、その言葉を口にしていた。
「可愛いな、お前は……」
狼は恍惚とした表情で私を見下ろしていた。自分が初対面の女性を手籠めにしている事実などないように、まるで恋人を可愛がっているように、私を見つめ、そしてキスをする。決して乱暴にはせず、胸をまさぐり、確かな刺激を与え、腰はゆっくり動き出す。鈍い刺激は指とは全く違う次元のもので、彼が突き入れるたびに波が砂浜を襲うように何度も視界が点滅した。声は止まらなかった。自分が喘いでいるのだという自覚すらなかった。彼の律動に合わせて嬌声がもれ、股間からは水音とともに愛液が太ももを伝い、腰が震える。
身体はもう限界に達していた。初めての経験に与えられすぎた刺激によって、自分の身体を制御することは出来なかった。突かれるたびに喘ぎ、イくときは彼にしがみつくしかなかった。耳元で彼は何度も私を褒め――たとえばしがいついて可愛いだとか、声が可愛いだとか、そんなことばかり――彼のほうの息もだんだん荒くなってきたことに私が気づけたときには、奥で射精していた。その動きに身体を震わせて私も絶頂する。精液が太ももまであふれるのを感じながら、彼の言葉がずっと脳裏に響いていた。