オークのダンジョン

  エルフの少女リュンナがダンジョンの入口にたどり着いたのは、まだ夜明け直前の時間だった。森を越えた先に、岩肌を抉るように空いた巨大な裂け目───それがこのダンジョンの入口だという。

  夜の闇がわずかに青みを帯びはじめ、森から湿った冷気が立ち込めていた。リュンナは短剣と弓矢の確認を済ませると、胸元の小さなペンダントを握りしめ、目を閉じて祈る。

  「姉さん……無事でいて」

  祈り終えた直後、ふと岩壁を照らすランタンの光に、細い霧の筋が浮かび上がった。ダンジョンの内部からわき出てくる冷たい空気が、外の世界の空気と交じり合ってできる薄い霧。まるでこの場所そのものが、招かれざる侵入者を拒んでいるかのようだ。

  入口は古びた門扉で塞がれていた。ところどころに刻まれた文字は読み取れないほど風化しており、エルフの文字でも、人間の文字でもない。誰が、いつ、何のために造った扉なのか───誰も知らない。

  だが、扉の中央に施された微かな魔力の痕跡だけは、まだ生きているようだった。

  「こ、これは……」

  リュンナはエルフの高い感受性を研ぎ澄ませるように集中する。扉全体から伝わってくるのは、冷たく陰鬱な気配。姉のフィオラが行方不明となったことを思い返し、背筋が震えた。だが、ここで引き返すわけにはいかない。

  扉を手で押そうとしてもびくともしない。以前、訪れた冒険者の話によれば、ここは高位の魔術で閉ざされているらしい。

  「姉さんも、この扉をどう突破したんだろう……」

  そう呟きながら、リュンナは携えてきた魔道書の一頁を開く。エルフ古来の呪文───自然の精霊に扉を開いてもらうための祈りの言葉を低く唱えはじめた。

  地面に根ざす植物たちが、かすかに揺れる。やがて扉に張りついていたツタが動き出し、まるで鍵のように扉の中心へと絡みついていった。

  「……今だ!」

  タイミングを見計らって扉を押す。すると、魔力をまとったツタがねじ切れるように砕け散り、固く閉ざされていた扉がゆっくりと軋みを立てて開かれていった。

  内側からはひんやりとした空気が流れてくる。いかにも不気味な暗闇が、闇の奥へと続いている。

  リュンナは腰につけた水晶灯を握り、慎重に足を踏み出す。コツン、コツンという足音が冷たい石の床を伝い、扉の外でいつも聞こえていた森のざわめきが遠のいていく。生暖かいような、けれど湿っぽい風がリュンナの頬をかすめ、すぐに奥底から漂う妙なにおいが鼻をついた。鉄のような、血のような、生物が混じり合った臭気。

  「……嫌な感じ」

  エルフの嗅覚は鋭いが、このダンジョン内にはそれを上回るぐらいの混沌とした気配が充満しているのだろう。リュンナは息を潜め、警戒心を最大限に高める。背中を守るように弓矢を構え、通路の奥へと慎重に進みはじめた。わずかに見上げる天井には、何者かに削られたような模様が描かれている。魔術の紋様のようにも見えるが、明確な意味は分からない。壁には細長い隙間が所々にあって、何の目的かは不明だが、嫌な予感がする。

  「ここが、姉さんの手がかりになる場所……」

  暗闇に溶けるようにして、リュンナは静かに通路へ歩を進めた。 それでもリュンナの胸中に一瞬、ためらいが芽生える。もし姉がすでにこのダンジョンの奥で無残な目にあっていたら───そんなことを考えるだけで、足がすくむほどの恐怖がこみ上げてきた。

  だが、ここで逃げ出すわけにはいかない。幼い頃、何度もフィオラに守ってもらった思い出が胸を支えている。

  「私は、姉さんを探す。それだけ……」

  そう自分に言い聞かせると、彼女はぎゅっと唇を噛んで、先へと踏み出した。扉の外から入りこんだ月光はもう届かず、最初の曲がり角に差しかかるころには、水晶灯の弱い光だけが頼りになっている。

  突き当たりには無骨な扉。そしてその手前には、ぼんやりと人影のようなものが立っているように見えた───まるで亡霊のように揺れている。

  「……誰かいるの……?」

  リュンナは声を殺しながらそっと近づいてみるが、それは結局、風化した石像に過ぎなかった。オークと思しき醜い顔を模した像が、空洞の眼窩でリュンナを見下ろしている。嫌な汗が背中を伝う。ここに巣くうものたちの存在を、嫌でも感じざるを得ない。

  「行こう……あの奥へ」

  リュンナは短く呟き、石像を横目に見つつ、扉を押し開ける。

  [newpage]

  扉を押し開け、リュンナが足を踏み入れた先は、狭く細長い通路だった。天井は低く、入り口付近よりもさらに湿度が高い。水晶灯の光が壁に反射して、ぬらりとした岩肌をぼんやり照らしている。

  通路を進みながら、リュンナは細心の注意を払う。足を動かすたびにブーツがわずかに石床をこすり、かすかな音を立てる。

  「……この先に、姉さんは行ったのよね」

  心細さを抑えるように呟く。扉の外で決意を固めたつもりでも、孤独と暗闇は想像以上に精神を削る。

  やがて通路はゆるやかにカーブし、視界の先にぼんやりと古びた扉が見え始めた。扉があるということは、そこに“部屋”があるということ。広い空間が待ち受けている可能性が高い。

  「……罠とか、出てこなければいいけど」

  そう思った矢先、リュンナの背筋を冷たいものが走った。わずかに耳がピクンと動く。エルフ特有の鋭敏な聴覚で、いま確かに何かの“気配”を感じ取ったのだ。

  通路の壁、床、天井……視線を走らせるが、とくに不審なものは見当たらない。水晶灯の光がつくる陰影が怪しく揺らめいているだけ。しかし、神経を集中すると、石畳の隙間に風が流れ込むようなかすかな音がかすめた。通路の向こうにある部屋から、かすかに呼吸のような音を感じる。

  「誰か……いるの?」

  息を呑んで、短剣の柄をしっかりと握りしめる。リュンナはできるだけ足音を立てないようにゆっくりと進んだ。

  扉を少しだけ押し開け、隙間から中を覗き込む。そこは天井が高く、壁にはかつて何らかの魔法陣が描かれていたらしき痕跡が残っている広間だった。石畳の床はところどころひび割れており、中央部には木製の台座のようなものが据えられている。台座の上には、錆びついた鉄製の籠のような装置が置かれていて、まるで生け贄を閉じ込める籠のようにも見えた。

  だが、先ほど感じた“呼吸のような気配”は見当たらない。リュンナは眉をひそめ、慎重に部屋へと足を踏み入れた。天井から下がる鎖がかすれた金属音を立て、床には何の意味か判然としない文様が描き込まれている。視界の隅々まで警戒しても、人影や生物の姿は見えない。

  (気のせい……だったのかな?)

  それでも警戒を解かないまま、リュンナは台座のほうへと近づく。錆びついた籠は今にも崩れそうで、触れればがらがらと壊れてしまいそうだった。

  「これ、何のために……?」

  呟きながら周囲を見渡すと、籠の下に暗い染みのようなものがこびりついているのが目に入った。血痕なのか、それとも別の液体がこぼれた痕か。嫌な胸騒ぎがする。

  そのとき、不意に床下から冷たい風が吹き上がった。僅かに浮き上がる砂埃。リュンナは反射的に飛び退る。直後───ゴトリと何かが動くような、地面の下から蠢く音がした。

  「罠……!」

  床のタイルがせり上がり、そこから無数の棘のある檻のような仕掛けが飛び出してくる。巨大な歯車か歯状の仕掛けが噛み合いながらゆっくりと上昇し、リュンナの行く手を阻んだ。部屋の入り口付近や壁沿いには、既に同じような装置が起動しており、鋼の棘があちこちから突き出して部屋を囲むように配置されていく。

  「まずい……閉じ込められる!」

  足場を確保しようと視線を走らせると、唯一出口のほうだけ歯車が回りはじめていなかった。短剣を握ったまま一気に走り、そこへ飛び込もうとする。だが、ギィンッ!と耳障りな金属音が響き、出口付近でも同じ棘の罠が起動をはじめた。

  「間に合わない……」

  リュンナは覚悟を決め、武器を捨てずに身を伏せる。棘が目前でせき止めるように交差し、もう一歩動けば血を見そうなほど危険な状態だ。そのとき、かすかな違和感を感じた。棘の一本に、古い紋様が刻まれている。近づくにつれ、その紋様が微かに発光しているのがわかった。

  「あれは……もしかして、魔力の流れを操作する印……?」

  エルフの里で教わった知識が脳裏を掠める。リュンナはごくりと唾を飲み込み、短剣を握り直す。

  (あの紋様を破壊すれば、罠の動力を断てるかもしれない)

  ゴリッ、ゴリッ……と、棘の歯車は規則的に噛み合いながら、じわじわとリュンナを追い詰めようとする。わずかな隙間を狙い、短剣を投げるようにして突き出した。

  カーン!

  鋼の棘に当たって短剣が弾かれ、火花が散る。タイミングがほんの少しずれた。

  「くっ……!」

  けれど、リュンナは諦めない。再度短剣を構え、今度はわずかに身を捻り、刃先を低い位置からすくい上げるように狙った。歯車の回転を読み、紋様が刻まれた棘がちょうど迫ってくる瞬間を捉える。

  「───ッ!」

  深く踏み込んで斬りつけた。ガキン、と嫌な衝撃が腕に走るが、棘の先端にあった魔力紋様がパリンと砕け散るように光を散らした。

  途端に、歯車から伝わっていた振動が止まる。金属の棘ががくりと動きを失い、室内の罠の歯車群が連鎖的に停止していった。

  息が荒くなるリュンナ。いまの短時間に、汗が肌を濡らしている。

  「はあ……っ、はあ……」

  止まった棘の間から、どうにか抜け出す。さきほどとは打って変わり、部屋全体が死んだように静まり返った。

  「なんとか……やった……」

  鞘に短剣を納めながら、ひとまず安堵の息をつく。が、それもつかの間。背後の台座の近くから、ゴロゴロ……と何か転がる音が聞こえた。そちらへ振り返ると、台座の足元が沈み込み、まるで暗渠のような空間がぽっかりと開いている。そこから冷たい湿気を伴って、再び風が吹き上がった。

  「……地下があるの?」

  姉のフィオラが先へ進んだとすれば、おそらくこの地下通路に向かった可能性が高い。リュンナは躊躇いつつも、台座まで歩み寄る。覗き込むと、薄暗い階段が何段も下へ伸びている。苔やツタに覆われており、足を踏み外せば大怪我しかねない。

  「大丈夫……きっと姉さんもこれを下りたんだわ」

  足をかける前に、水晶灯を少しだけ階下にかざしてみる。すると光が届かないほど深く、先の様子はわからない。ただ、不気味な淀んだ空気と、どこか湿った臭いが立ち上ってきた。

  ゆっくりと階段を降りはじめると、部屋の罠が止まったとはいえ、万が一再起動するかもしれないという不安が頭をよぎる。だが、戻るわけにはいかない。一段、また一段と降りるたびに、上階の広間から差し込む微弱な光が遠ざかっていく。水晶灯の光だけが頼りとなり、階段の縁がぼんやりと浮かび上がる。

  「……ん?」

  途中まで降りたあたりで、壁に妙な刻印が見えてきた。オークを思わせる獣人の絵が幾重にも重なり合った不気味な紋様。さらに奥には、何やら儀式めいた光景を描いたレリーフが掘り込まれている。それを見つめると、なぜだか胸がざわついた。心臓がどきりと脈打ち、視線が離せなくなる。

  「やだ……気持ち悪い」

  と呟いた矢先、そのレリーフに手を触れてしまった。勢い余ってバランスを崩しかけるが、なんとか踏みとどまる。しかし一瞬、指先に熱を感じた。まるでこのレリーフから、何らかの力が流れ込むような───説明のつかない感覚だった。

  ごく自然な動作のつもりで指を離そうとするが、なぜか身体が思うように動かない。心がどこか惑わされている……。

  「しっかりして、リュンナ……!」

  自分の名前を呼んで意識を引き戻し、慌てて手を振りほどいた。すると、レリーフの表面から赤黒い光が滲むように浮かび、またすぐに消え失せた。思わずその場で後ずさる。どうやら不用意に触れれば、何かしらの呪いが発動しそうな気配がある。ひとまず階段をさらに降り、そこからはレリーフを見ないようにして足早に進んだ。

  やがて階段の終着点が見えてくる。扉らしきものはなく、ただ冷たい石のアーチをくぐる形になっている。そこから吹き出す風が、階段上とは比べ物にならないほど湿り気を帯びていた。

  (地下水脈か何かがあるのかもしれない……)

  リュンナは乱れる呼吸を整え、水晶灯を高く掲げた。

  アーチをくぐった先は、想像していたより広い空間だ。中央には浸水した跡があるようで、水たまりが点々と続いている。無造作に散乱する石材や壊れた木箱、そして廃棄されたロープや錆びた鎖が床に転がっている。奥には、右方向へ折れ曲がる通路と、左方向へ階段のように高い段差が重なる道筋が見えた。どちらへ進むべきか迷う。

  「姉さん……どっちに行ったの?」

  エルフの聴覚を頼りに、耳をそばだててみる。だが、両方の道からは特に音もせず、物陰の生き物の気配すら感じられない。仕方なく、まずは右の通路へ足を踏み出そうとしたとき───わずかに視界が揺れた。

  「え……?」

  目の前が霞んで見える。毒ガスのような霧が立ち込めているわけではないのに、ふわりと頭が重くなる。体温が急に上がるような、胸の奥がじんじんと疼くような感覚。先ほどのレリーフに触れたときの熱が、いまになって広がってきているのかもしれない。

  「まずい……落ち着くのよ」

  額に手を当てて深呼吸を試みる。鼻先に微かな獣の臭いがした気がしたが、それはこのダンジョン特有の腐臭や錆びた鉄の臭いに混じっているだけかもしれない。リュンナは首を振り、意識をはっきりさせようとする。

  手の甲に視線を向けると、ほんの少しだけ血管が浮き出て見えた。心なしか指先にも力がこもり、以前より太くなったような……。

  「まさか……もう……?」

  まだほんの初期症状なのか、それとも気のせいで済むものなのか。確信が持てないが、胸騒ぎは収まらない。それでも、動かないわけにはいかない。右か左か───どちらへ進むかは賭けだが、姉を探すためにはどちらも確認せねばならないだろう。

  「……まずは右」

  自分に言い聞かせて通路に一歩を踏み出した。その胸には、不安と決意がないまぜになった鼓動が響いている。リュンナは右手の通路へと歩みを進めた。湿った空気のなかに足音が吸い込まれ、壁際にちらつく水晶灯の明かりだけが彼女の存在を主張する。

  一歩ずつ歩を進めるたび、先ほどから感じている身体の熱がじわじわとこみ上げてきた。右手の通路は想像以上に長く、緩やかに下り坂になっているらしい。通路脇にはいくつか小さな石室のようなスペースがあり、そこには古びた樽や木箱、あるいは錆びた鉄製の什器らしきものが積まれていた。

  その樽や木箱がただの廃棄物なのか、何かの資材なのかは分からない。だが、リュンナが歩みを進めるにつれて、ずきりと胸に嫌な予感が走った。何か“目”が自分を見ているような気がする。

  「……気のせい、だよね」

  不安を振り払うように、小さく呟く。だが、まるで応えるように、石室の暗がりからカラカラ……と微かな音が聞こえた。リュンナは足を止め、短剣の柄に手をかける。音の正体が何なのか、耳をそばだてて探ろうとする。

  少し経っても、暗がりに人影は見当たらない。さらに慎重に視線を巡らせ、明かりを近づけてみると───そこには白く乾いた骨のようなものが転がっていた。骨の周囲には朽ちた衣類や錆びた兜が散乱している。

  「……骸、なのね」

  過去にこのダンジョンへ挑み、命を落とした者たちの末路なのだろう。ぞっとする光景に、思わず水晶灯を持つ手が震える。

  リュンナはそれらの骸が動く気配がないと確認すると、慎重に奥へと歩み寄った。何か手がかりがないかもしれない。あるいは姉が残した形跡が混じっているかもしれない。しかし、骸の破片をどけてみても、エルフの装飾品や姉の持ち物らしきものは見当たらない。

  「……姉さんはここを通っていないのか、それとも……」

  安堵と不安が入り混じる複雑な気持ちを抱えながら、リュンナは再び通路を進んだ。

  通路はさらに奥へと続く。やがて、左右の壁に古びたタペストリーの切れ端のような布が掛かっている区画にたどり着いた。ぼろぼろに破れた布には、オークの部族を思わせる紋様と、儀礼的な模様が混じっている。

  「こんなものが……なんで、こんなにたくさん……」

  通路のあちこちに貼り付けられた布切れに加え、床には何かを燃やした痕跡も残っている。まるで、ある時期にここでなにか大規模な儀式が行われていたかのようだ。

  ここに至るまで、動く敵や生き物とは遭遇していない。しかしそれは、逆に大きな不気味さを際立たせる。誰もいない場所に存在する“生々しい痕跡”ほど、人の心をざわつかせるものはない。リュンナはふと、再び視界がかすむのを感じた。脳が熱を帯びるような感覚に襲われ、耳鳴りまでしてくる。

  (まずい……焦点が合わない……)

  いつのまにか息も荒くなり、胸の奥からごうごうという血の音が響く。身体中の血管が熱を帯びているようで、手のひらの汗が止まらない。

  「……おかしい。あのレリーフに触れた呪い、こんなに早く……?」

  声に出してみたところで、答えは返ってこない。けれど、そう感じずにはいられないほどの倦怠感と熱。先ほどまでは軽い眩暈程度だったが、今は視界が二重にぶれてしまうほどだ。

  木箱の脇に身を寄せ、荒い呼吸を整えようとする。背中を壁に預け、水晶灯を床に置いた。少し瞼を閉じると、浅い呼吸の合間に、自分の耳のかたちがわずかに変化しているのを指先で感じ取ってしまう。もともと尖っていたエルフの耳が、分厚く丸みを帯びつつあるような感触。

  「……っ、やだ……そんな……」

  心の底から恐ろしさが込み上げ、衝動的に手を離した。現実から目を逸らしたいが、確かに“何か”がリュンナの身体を”何か”へと近づけている。

  「落ち着くのよ、私……。姉さんを助けるために、こんなところで倒れるわけには……」

  口の中で自分を叱咤しながら、リュンナは何とか立ち上がり、水晶灯を再び手に取る。そのとき、通路の少し先に小さな光が瞬いた。まるで、奥から漏れてきた灯火が壁に反射しているようだ。

  「……あれは?」

  ゆらぎのような光がちらちらと動いている。単なる錯覚とは思えない。リュンナは少し警戒しながらも、その光へ近づいた。

  数歩先、通路の壁には人間やエルフが好んで使う“魔導ランタン”の残骸が転がっていた。まだ完全には壊れていないのか、ちらちらと弱々しい火種が灯っている。

  (誰かが使っていた……?)

  一瞬、胸が高鳴る。姉のフィオラがここを通った際に落とした可能性もあるかもしれない。

  ランタンに触れてみると、ガラス部分が割れ、火種がかろうじて残っているだけだった。ランタンの外装にはエルフの紋章などはなく、明確な持ち主はわからない。

  「姉さんのものかどうかは、断定できないか……」

  それでも、最近まで誰かが通った形跡があるのは確かだ。

  リュンナは少し勇気を取り戻したように感じ、奥へと目を凝らす。通路は細かく曲がりくねり、その先がどうなっているのかは見えない。だが、いくつかの足跡がかすかに残っているのに気づく。湿り気の多い床に、わずかな靴跡や、足を引きずったような跡があった。

  「これ……姉さんのものかな。それとも別の冒険者か……」

  いずれにせよ、誰かがここへ足を踏み入れて奥へと進んでいるのは事実。リュンナは新たな一歩を踏み出した。視界の不調は相変わらずだが、水晶灯をしっかり握って慎重に進む。

  通路の先、壁の角を曲がったところに、木製の扉が見えた。金属の補強が施され、錆びつきはあるものの、まだしっかりしていそうだ。

  「こんな深いところに、扉……?」

  最初に見た大きな広間や、先ほどの歯車罠があった場所に比べれば、ずいぶん質素なつくりだ。しかし、それが逆に怪しい。罠がないとは限らない。

  リュンナは前回のような仕掛けがないかと警戒しつつ、扉の周囲をそっと観察した。すると、扉の右側の壁に、奇妙な板のようなものが嵌め込まれているのが見えた。鉄や石ではなく、角材のような素材だ。よく見ると、その板には地図の一部を描いたらしき痕跡がある。だが、擦れて読めなくなっており、いくつかの記号らしきものがかすかに見えるだけ。

  「……地図? それとも、何かのヒント?」

  文字らしきものもあるが、かすれて半分消えている。かろうじて読めたのは、いくつかの楔形の模様と、オークらしい文字の断片だ。エルフの里に伝わる知識を総動員してみても、翻訳するには情報が足りなかった。仕方なく、板の存在は頭の片隅に置いたまま、扉に向き合う。取っ手を持ち上げると、思いのほか軽い手応えで、扉が内側へと開いた。

  扉の先にあったのは、意外にも小ぢんまりとした部屋だった。四方の壁には等間隔で燭台のようなものが設置されているが、そのほとんどは使われていないようで、煤がこびりついたまま。床はほとんど土と化しており、奥には石造りの台座が一つだけ鎮座している。その上には、黒ずんだ一冊の本が放置されていた。

  「本……?」

  思わず水晶灯を高く掲げて、その本へと近づく。

  部屋の中央に立つと、不意に鼻をつく強い異臭が襲ってきた。血のような生臭さと、動物の排泄物じみたアンモニア臭が混ざった、どこか獣臭いにおい。思わず目頭が熱くなるほどの刺激に、顔を背けてしまう。

  「うっ……な、なに……?」

  鼻を押さえながら周囲を見回しても、原因となるものは見当たらない。腐乱死体があるわけでもないのに、これほど強い臭いが立ち込めているのは異常だ。しかし、その臭いに反発するように、リュンナの体内で今まで以上に何かがざわめくのを感じる。心なしか呼吸が荒くなり、脈拍が早まっていく。

  「まずい……頭が変になる……」

  どうにかして早く部屋を調べ、退出したい。リュンナは足を引きずるようにして台座まで近寄った。

  古びた革表紙の本は半分開いたままで、ところどころに獣の毛のようなものが挟まっている。ページの文字は、どうやらオークの古い文字らしい。エルフの知識では解読が困難だが、所々に奇妙な挿絵が描かれているのが見えた。挿絵には、獣人たちが何かの生贄を囲むように踊る姿や、エルフの女性らしき者を跪かせるような場面も……。眺めるだけで胸が悪くなるような画だ。

  「……何これ、儀式の記録……?」

  ページをめくろうとした瞬間、ビリッと電撃のような小さな痛みが指先を走った。まるで、この書物自体が呪いの触媒になっているかのように、赤黒い光が一瞬だけ走る。

  「くっ……!」

  思わず本を取り落としかけるが、気合いで踏みとどまり、床に叩きつけられるのだけは防いだ。しかし、その影響か、リュンナの体内に先ほどより強烈な熱がこみ上げてくる。

  呼吸が荒い。これまでは頭のなかで意識がぼんやりしていた程度だったが、今は明らかに筋肉そのものが熱を帯び、血管がどくどくと隆起していくのを感じる。

  「───あぁ……っ」

  耐えきれず膝をつき、片手を床に突いてしまう。視界がガタガタと揺れ、耳の奥でごうごうと血流の音が響く。

  自分の腕を見下ろすと、エルフ特有の華奢な骨格には似つかわしくないほど、筋が浮き出し始めている。細くしなやかだった指は、わずかに節くれだって厚みを増し、爪先が丸みを帯びてきたようだ。

  「嘘……こんなに早く……ッ」

  まぶたをきつく閉じて深呼吸を繰り返す。あくまで理性を保とうとするが、まるで身体の内側から押し広げる力が暴走しているような感覚だ。

  それでも、ここで折れるわけにはいかない。リュンナは呻き声をこらえながら、どうにか立ち上がると、目を細めて台座や周囲を確認した。すると、台座のすぐ脇に小さな金属のかけらが落ちているのに気づいた。長年の錆がこびりついているが、よく見るとエルフ語の刻印が微かに残っている。

  「これ……見覚えがある……」

  それは姉フィオラがかつて身につけていた護符の一部によく似ていた。完全な形の護符は輪のような形だったが、今は割れたか欠けたかして、ほんの切れ端しかない。

  「やっぱり、姉さんもここを通ったんだ……」

  胸がぎゅっと締めつけられる。それと同時に、姉が危険な目にあっているかもしれないという焦燥が、リュンナの精神を奮い立たせた。熱と眩暈に耐えながら、護符の切れ端を拾い上げる。姉が無事でいる確証はないが、少なくともまだ望みが消えたわけではない。

  「必ず見つける……!」

  その思いを胸に、リュンナは荒い呼吸を整え、本を台座に戻した。これ以上、この書物に触れれば、本格的に自分の身体がもたない気がする。

  部屋を出る際、リュンナは最後に周囲をざっと見渡した。特に他の手がかりは見当たらない。扉から廊下へ戻ると、先ほどの獣じみた臭いは幾分和らいだが、体内の熱は相変わらずだ。むしろ、じわじわと増している気さえする。

  (……いったい、どれだけの時間が残されているんだろう)

  エルフからオークへと変貌してしまう前に、姉を見つけ出さなければ───その焦りが、リュンナを前へ駆り立てる。

  ふと、通路に戻るときに、さっきの扉とは反対側にもう一つ小さな木枠の入口があるのに気づいた。先ほどは気づかなかったが、視線の高さが少し上がったせいかもしれない。試しに覗き込むと、人ひとりがようやく通れそうな幅の狭い通路が隠れていた。まるで裏道のように隠されており、普通に進んでいれば見落としていただろう。

  「……こんなところにも道があるの?」

  そこからは微かに冷たい風が吹き上がってくる。ダンジョン内部にしては珍しく、外の空気に近いような爽やかさが混じっている。ひょっとしたら脱出経路かもしれない。あるいは姉がここを通った可能性も否定できない。

  しかし、狭い通路を進むには、次第に大柄になりつつある自分の身体が気になる。すでに腕が以前より逞しく、胸まわりや肩幅に違和感がある今、あとどれほど自由に動き回れるか。

  「……でも、行くしかない」

  リュンナは意を決し、狭い通路へ身体を滑り込ませた。壁に擦れそうになるが、ゆっくりと体勢を整えながら進む。

  奥へと進むたび、変貌が進む恐怖と、姉の形見を見つけた安堵が奇妙に交錯し、リュンナの思考を乱す。だが、どれほど身体がオークに近づいても、心までは侵蝕されはしない───その強い意志が、彼女を突き動かしていた。

  「姉さん……待っていて……」

  湿った岩壁がわずかに狭まり、通路の先に淡い光が見え始める。そこはまた新たな部屋なのか、それとも先ほどの階段の下方へ繋がる空間なのか。どちらにせよ、リュンナには前に進むしか道はない。 水晶灯の揺れる光を頼りに、一歩、また一歩と踏みしめるたび───その靴音は、かつての軽やかなエルフのものではなく、どこか重々しい足音へと変わりつつあるのだった。

  [newpage]

  リュンナが細い通路を慎重に進んでいくと、やがて視界の先にほのかに揺れる光が見えてきた。まるで風にあわせて瞬くような、その光は外気の入り口とも、また別の部屋とも区別がつかない。しかし、いまのリュンナには引き返す道はない。姉フィオラの手がかりを示す護符の欠片を握りしめ、じっと奥を睨みつける。右手に持った水晶灯と、どこか頼りなく感じ始めた弓───そして肝心の自身の身体は、まだ完全にオーク化してはいないものの、見るからにエルフの華奢さは削り取られてきている。

  通路は相変わらず岩壁が濡れており、所々に黒ずんだコケやつたがへばりついている。わずかな風の通り道になっているのか、時折ひゅう…という音が耳元をかすめた。そんな湿った壁との隙間をすり抜けるたび、肩や腕が何度もこすれてしまう。かつてのスリムな体型なら楽に通れたはずだが、今のリュンナには少し窮屈に感じられる。

  「はあ…はあ…」

  熱のせいか呼吸が浅く、喉が渇く。かといって、ここで立ち止まって休むわけにもいかない。岩の苔を踏むたびにブーツの裏が滑りそうになるが、彼女は踏ん張る力が以前より強まっていることに気づいた。エルフのしなやかさが減った代わりに、筋力や踏破力が増している───皮肉にも、変容の副産物が彼女を助けているようにも思える。

  通路が左へ大きくカーブした先、岩壁の狭間にぽっかりと広がる空間が見えた。地面は緩やかに下っており、小さな洞窟のようになっているのかもしれない。通路の出口には水が滲んだ跡があり、足元はぬかるんでいる。

  「暗い…でも、そこに光が……」

  通路を抜けてみると、部屋というより天然の大きな横穴のような空間に出た。天井はざらざらした岩肌むき出しで、側面には粗雑に彫られた紋様がちらほら見受けられる。

  リュンナの水晶灯を補佐するように、岩壁には所々に淡く光る菌類らしきものが生えていた。青白い光を放つそのキノコは、危険な毒を持っている場合もある。踏み抜かないよう注意を払いながら、足を進める。目を凝らすと、中央付近には小さな水たまりが広がっていた。足元の水がチャプチャプと揺れる音が薄暗がりに響く。どこかから水が染み出しているのか、天井から一定のリズムで滴る水滴が、空間にこだまする。

  そして、その水面の向こうに見えるのは、大きな穴。まるで縦穴のように地面が割れ、その下にまた別の空洞が広がっているらしい。遠くのほうから、さざ波のような音や、風が抜けるような音がかすかに聞こえてくる。

  「……下に降りるしかない、のかな」

  姉フィオラが、あるいは誰かほかの者がここを通ったなら、足跡やロープの痕などが残っているかもしれない。リュンナは水晶灯を掲げ、足元を注意深く見渡す。

  そのとき、奇妙な圧迫感を胸のあたりに感じ、リュンナは思わず息を止めた。

  「また……っ」

  心臓がどくどくと脈打ち、血液が全身を猛スピードで巡っていく感覚。そして、肌がざわざわと逆立つような熱。これまでは腕や肩の筋肉が増している程度だったが、今度は胸まわりにも変化が及んでいるのがわかる。エルフらしい柔らかな輪郭が、ごつりとした厚い骨格へ変わりはじめているのだ。息苦しさに耐えながら、服の襟元を引っ張ると、きゅうきゅうに張り詰めるような不快感が広がった。鎖帷子と革の胸当てが、胸郭の拡大に追いつかない。

  「くっ…外さないと、呼吸が…」

  とっさに胸当ての留め具をひとつ外す。そうしないと、次第に呼吸すらままならなくなりそうだった。顎を伝う汗を拭い、水面に映る自分の顔をそっと覗いてみる。暗がりの中でも、自分の輪郭が以前より“粗く”なっているのがはっきりわかる。尖っていた耳も分厚くなりかけ、一部が丸く変形している。

  「私…本当に、このままオークになっちゃうの…?」

  恐怖と焦燥が入り混じった感情が込み上げる。姉を助けるために来たはずなのに、自分がこんな姿になって帰れなくなったら───そんな思考が一瞬よぎる。

  だが、ここで立ち止まってはいられない。必ずフィオラを見つける。自分がどんな姿になろうと、彼女を救い出すまでは諦められない。少し荒い呼吸を整え、リュンナは覚悟を決めるように震える手を握りしめた。

  胸当てを緩めた分、動きやすさは多少戻った。下を覗き込むと、縦穴の縁には古いロープの切れ端が垂れ下がっている。錆びついた金具のようなものが壁に打ち込まれており、そこへ縄の一部が結ばれていた形跡だ。ロープは途中でちぎれており、人がぶら下がって落ちてしまったのか、あるいは自分で切り離したのか───状況まではわからない。

  だが、その壁際には複数の足跡がかすかに残っている。少し大きめの靴跡と、エルフが履くような軽やかな靴跡の両方が混在しているようにも見える。

  「姉さん……?」

  エルフの足跡が姉のものかは断定できない。だが、ここに来ているのは明らかに人間やオークだけではないのだろう。あたりに他の手がかりがないか探すために、縦穴の周囲をぐるりと回り、岩場の湿った部分を念入りに見て回る。すると、岩の裂け目に何か光るものが挟まっているのを見つけた。そっと水晶灯を近づけると、それは短い矢羽のようだった。先端は折れているが、鳥の羽根を丁寧に取り付けた跡がある。エルフの弓矢によく用いられる作りだ。

  「もしかして……」

  姉フィオラは弓の使い手だった。もし彼女が矢を放った際、岩に当たって折れたのだろうか。ほんの僅かだが、姉の存在を感じられる手がかりにリュンナの胸は高鳴る。

  縦穴の底からは、さらに深い闇が口を開けている。岩肌に足をかけ、慎重に降りれば行けなくはないが、ロープは途中で切れてしまっている。普通のエルフであれば、下手に降りるのは危険だろう。落下すればただでは済まない高さだ。だが、いまのリュンナには、オーク化しつつある分、筋力が増しているという皮肉な利点がある。腕の力なら岩にぶら下がっても、以前よりは耐えられるかもしれない。

  「行くしか、ないよね……」

  妹として、姉を諦めるわけにはいかない。たとえ自分がどこまで変わろうとも、フィオラを置き去りにはできないのだ。リュンナは意を決し、短剣を腰の鞘に収め、両手で岩肌を掴んだ。湿った苔が滑りやすく嫌な感触だが、腕の筋肉が以前よりも頼もしく感じられる。

  ぎしり、と岩肌をつかむと、分厚くなりかけた指先が少しばかり岩の凹凸にうまく食い込む。慎重に足を探りながら、少しずつ縦穴の中へと体を降ろしていく。自分の呼吸音が大きく耳に響き、心臓の鼓動が腹の奥で鳴り響いているのがわかる。息を吐くたび、オークのように重々しい吐息が混じることに自分でも驚くが、いまはどうしようもない。

  縦穴を数メートルほど降りると、岩肌がせり出してきていて、身体をやや斜めにしながら降下する必要がある。まるで下へ行く者を拒むような形状だ。

  「うっ……! く、苦しい……」

  胸当てを一部外していたことは幸いだが、それでも肩幅や腕が引っかかりそうになる。以前の細いエルフ体型なら楽に通れたはずなのに。自分が変化していることを、まざまざと実感させられる。ふいに、一瞬だけ頭がくらりとした。視界が揺れ、右腕の力が抜けそうになる。

  「ここで落ちたら……終わり、だよ……っ」

  必死で岩にしがみつき、左手で水晶灯を持ち上げる。足場を探るが、湿った岩肌は予想以上に滑りやすい。ごおおう、と下から風が吹き上がり、まるで巨大な獣が息を吐いているような音がする。そこには、どんな空間が広がっているのだろうか。姉フィオラは、この恐ろしい縦穴をどうやって降りたのか。想像するだけで寒気が走る。しかし、リュンナは必死に歯を食いしばり、少しずつ身体を下へと移動させていく。降りるたびに、腕の血管が浮き出して脈打ち、オークのように膨張した筋肉の力を感じるたびに、別の意味で恐怖が込み上げる。

  降り始めてからどれほど経っただろう。両腕は疲労し、足裏の感覚も麻痺しかけている頃、ようやく縦穴の底へ足が届いた。ずるり、と泥のような湿った地面にブーツが沈む。そこはひどくじめじめしており、苔や菌類の群生地のようだ。中には光を放つキノコがちらほらあるため、辺りは真っ暗ではない。

  リュンナは慎重に着地し、水晶灯をかざす。上を見上げると、すでに通ってきた縦穴の出口はかなり高い位置にある。ロープを垂らしても上るのは相当骨が折れそうだ。

  これで戻れなくなってしまったかもしれない……そんな不安が脳裏をかすめる。

  「戻れるかどうかより、姉さんを見つけるのが先……!」

  自分に言い聞かせるように声を出し、ぬかるんだ地面を抜け出す。

  すると、縦穴の壁のすぐ脇に、奥へ繋がる隧道のような開口部が見えた。まるで今しがたリュンナを待ち構えていたかのように、そこからは生ぬるい風が漂ってくる。洞窟か、あるいはダンジョンの下層に通じる道なのだろうか。これまで以上に妙な臭いが混じっており、獣くさいような、鉄臭いようなにおいが鼻をつく。

  「はあ…はあ…」

  荒い呼吸を落ち着かせようと何度か深呼吸をするが、そのたびにオークのような低い唸り声が自分の喉から漏れる。エルフならざる声に変わりつつあるのを意識すると、いっそう恐怖が増幅する。しかし、姉フィオラの存在を感じさせる痕跡は、まだこの先に続いているはずだ。

  かすかな光を手掛かりに、リュンナは再び一歩を踏み出した。彼女の足取りは重々しく、以前のような軽やかさとは無縁だ。それでも、その瞳にははっきりとした意志が宿っている。───たとえ身体が何に変わろうとも、最後の最後まで諦めない。

  「姉さん……今度こそ、絶対に助けるから……」

  そう誓いながら、リュンナは下層の闇へと歩みを進める。心にはまだエルフとしての誇りと強さを抱えたまま、ゆっくりと、しかし確実にオークへ近づく足音が、深く静かなダンジョンの底に響き渡っていった。

  [newpage]

  リュンナが縦穴の底に降り立ち、さらに奥へと進んでいくにつれ、空気はますます重く淀んでいった。どこか生臭く、獣くさいような臭いが鼻をつき、耳の奥では自分の呼吸音が低い唸り声のように響く。まだはっきりとオークの姿になったわけではないものの、胸当てを外した肩口や胸板は目に見えて厚くなっているし、細く柔軟だったエルフ耳は肉厚に変わり始めている。ふと顔を撫でると、鼻筋が横に広がり、上唇のあたりに違和感のある盛り上がりがあるのに気づいた。

  「くっ……ついに顔つきも……」

  わずかに隆起し始めた牙や、短く盛り上がる鼻先。オークと化していく自分の姿を想像し、リュンナの胸は強く疼いた。それでも、姉フィオラの痕跡を捜す気力だけは失われていない。むしろ、焦りの炎が彼女の心を奮い立たせる。

  縦穴の底に開いた隧道を進むと、やがて人工的に切り拓かれたと思しき回廊へ出た。先ほどまでの洞窟とは異なり、床は比較的平坦だが、所々に水たまりができており、不自然なほど生温い空気が通路にこもっている。リュンナが耳をすませると、かすかに水音と、何かを引きずるような摩擦音が混ざって聞こえる。慎重に歩を進めるたび、彼女の足取りは以前のエルフらしい軽やかさではなく、ずしりと重い足音を響かせた。

  通路を曲がると、古びた松明が壁にかけられており、弱いオレンジ色の光が明滅しているのが見えた。

  「誰かが最近まで使っていたの……?」

  リュンナはまだ人影こそ見つけていないが、ここまで来れば誰かが足を踏み入れているのは確かだろう。あるいは、姉フィオラの可能性も捨てきれない。だが、その松明の揺れる光が照らし出すのは、苔と泥にまみれた石壁と、床に散らばる古い骨片───そして、所々にこびりついた赤黒い染み。思わず唾を飲み下す。まるで、ここが“生贄の通り道”か何かであるかのような不吉な雰囲気だ。

  壁沿いをそっと進むうちに、リュンナはある場所で足を止めた。そこに彫り込まれた紋様は、これまでに見かけたオークの部族儀式を思わせるものよりも、さらに禍々しい意匠を帯びている。複雑に入り組んだ線が幾重にも重なり、そこから赤黒いかすかな光が漏れていた。まるで血管が脈打つかのように、ぼんやりと明滅を繰り返している。

  「あの本に描かれていたような……呪いの刻印、かもしれない」

  呟いた瞬間、リュンナの胸にまた熱がこみ上げた。心臓の鼓動が一気に強まり、鼻先がビリビリと痺れるような感覚を覚える。

  「く……ここから離れなきゃ……」

  刻印が放つ力が、彼女の体内で進行している変質をさらに後押ししているかのようだ。リュンナは壁を背にして、できるだけ紋様から遠ざかるように身を引いた。しかし、身体の中で暴れ出す衝動は一度高まると、なかなか収まらない。彼女の耳からはエルフの繊細さが失われつつあり、低い鼻息と荒い呼吸が洞窟の壁に反響する。

  「ダメ……耐えなきゃ……」

  視界がにじむ中、水晶灯に頼って暗い通路を奥へと逃げるように進む。姉フィオラへの想いだけが、かろうじて理性をつなぎとめていた。

  曲がり角を抜けると、小さなアーチ状の通路が見える。その先は多少広い空間になっているようだ。リュンナが慎重に歩を進めると、床に何か落ちているのを発見した。弓の弦の一部だ。まだほのかに魔力の痕跡が感じられ、エルフの作った良質な弦特有のしなやかさが失われていない。

  「姉さんの……!」

  かすれた声で呟いた瞬間、込み上げる喜びと、さらに強まる焦燥感が胸を突き上げる。もし姉がここを通り、何かをきっかけに弦を破損してしまったのだとすれば、フィオラは無事とは限らない。

  (早く……早く、探し出さなきゃ!)

  それでもなお、彼女の呼吸は荒く、脈拍はオークのように激しく鼓動している。手足にも力が入りすぎるほど入り、かつての繊細な弓捌きが難しくなっているのがわかった。もし矢を放つ場面に遭遇したら、従来の方法では狙いを定めにくいかもしれない。それでもリュンナは、折れかけた弓を片手に握りしめながら、奥へと足を踏み出す。

  先ほどのアーチをくぐると、中央がやや窪んだ広間のような空間に出る。薄暗い天井の下、通路の両側には骨や古びた布が散らばり、中央に獣道のような細い道ができていた。そこには大きな足跡がいくつも残されている。オークの類かもしれない。あるいは、何か別の大型獣が通り抜けている可能性もある。

  「……ここを通ったなら、姉さんは危険な相手に出くわしたかも」

  フィオラが無事である保証など、どこにもない。だが、リュンナは立ち止まれない。変わり果てた己の姿を見ると、いっそう焦りが募るばかりだ。

  広間の片隅を見ると、壊れかけた木製の柵が立てかけられている。かつては捕獲用の檻か何かだったのかもしれないが、今は底が割れ、鉄の補強部分も錆びて役に立ちそうにない。その柵のすぐ脇で、さらにオーク化を促すかのように、鼻をつんざく強烈な臭いが漂ってきた。

  「うっ……」

  腐肉とも糞尿ともつかない獣じみた悪臭。まるで豚小屋が何十倍にもなったかのような、濃くむせ返るような臭いが広間を覆っている。鼻の奥が焼けるような刺激に、リュンナは思わず足をよろめかせた。すると、再び身体の奥で熱が暴れ始める。かつては嫌悪しか感じなかった悪臭が、どこか妖しく刺激的に思えてしまう感覚がわずかに芽生えるのだ。

  「いや……そんなはず……」

  必死に頭を振り、理性を保とうとする。だが、否応なく身体は獣化を進めている。意識の片隅で、鼻息がますます荒くなる自分に気づいてしまう。

  嫌な予感を押し殺しながら広間を横切ろうとしたとき、奥の闇の中からガサリと音が聞こえた。何かが地面をひっかくような、重たい足音。瞬時に警戒を強め、弓を構えようとするが、握力が強まりすぎたせいで、いまいち自分の力加減が把握できない。

  「まずい……」

  闇の中から飛び出してきたのは、異形のオークらしき存在だった。豚の顔を持ち、下顎から突き出る太い牙、肥大化した腕。だが、よく見ると普通のオークよりもさらに獣寄りのフォルムを持ち、目が血走っている。グルルル……と低い唸り声を上げ、リュンナを威圧するように近づいてくる。

  「姉を、どこへやったの……!」

  問いかけるも、返事はない。ただ飢えた猛獣が喉を鳴らすような声を漏らすだけで、一気に突進してきた。リュンナは咄嗟に矢をつがえるが、腕が思うように動かない。むしろ今は、握力が強すぎて弓をしならせる繊細な調整が困難なのだ。

  「───ッ!」

  仕方なく矢尻に魔力を込め、近距離で撃ち込む。すると、矢は狙いがブレたものの、オークの腕を掠め、火花を散らすように飛び去った。一瞬だけ相手の動きが鈍るが、仕留めるには至らない。

  グオオオッ!

  力任せに地面を蹴り、突進してくる巨体をなんとか身を翻してかわそうとするが、以前より身体が重いリュンナは十分に回避できない。肩口に衝撃を受け、壁に叩きつけられてしまった。

  「ぐあっ……」

  衝撃で息が詰まる。混乱する頭で必死に短剣を探るが、腰の位置も微妙にずれていて、すぐにつかめない。オークが咆哮しながら一気に間合いを詰め、リュンナを押し潰そうと腕を振り上げた───その瞬間。

  「……おおおおおッ!」

  リュンナの喉から、かすれたエルフの声とはまるで違う雄叫びが漏れた。驚くほどの力が右腕に漲り、気づけば短剣の柄を掴むより先に、オーク化し始めた自分の腕でオークの拳を受け止めていた。鈍い衝撃が腕を通して走り、骨がきしむ音がする。しかし同時に、これまで感じたことのない快感にも似た筋力の高揚がリュンナの胸を突き上げた。

  「うっ……うあああっ!」

  両腕の筋肉が一気に膨張し、先ほどまで窮屈だった胸当てが完全に裂ける。嫌でも目に飛び込んでくる、自分の身体に浮かんだまるで獣のような血管と、鼻先に感じる獣臭。そのまま相手の腕を弾き返し、反撃の拳を打ち込む。

  ドゴンッ!

  低い音とともにオークは壁に激突し、一瞬動きを止めた。リュンナ自身も驚くほどの一撃。エルフ時代には考えられないパワーだ。

  「はあ…はあ……っ」

  荒い呼吸が喉の奥から漏れ、鼻面の形へ変化しかけている顔には汗が滴っている。自分が今、まぎれもなく“オーク”の力を使ってしまったのだという現実が、嫌でも突きつけられる。しかし、戦うためにはこの力に頼らざるを得ない。たとえ、それが自分を更なる獣化へ近づけるとしても。

  オークは壁に倒れ込みながら、まだ息があるのか、じくじくと苦しそうにうめいている。止めを刺すべきか、あるいはこのまま放置するか───本来のエルフらしさを思えば、ここでさらに血を流すのは気が進まない。だが、このまま放置すれば再び襲ってくるかもしれない。

  「ごめん……っ!」

  低く変わりかけた声で呟き、リュンナは短剣を抜いてオークの首元へと突きつける。震える手をなんとか押さえ込み、仕留めるように一刺しを入れた。オークのうめき声が途切れ、息絶えたのを感じると、リュンナはひどく重苦しい気持ちに襲われる。自分がついに、オークの力で相手をねじ伏せ、生死を奪ってしまったのだ。

  けれど、こんなところで躊躇っていれば姉を助けることなど不可能だろう。暗い洞窟の片隅で膝をつき、リュンナは震える手を握りしめた。姉を探し出すためには、より奥深くへ進まなければならない。

  「姉さん……ごめん。私は……こんな姿になってる。だけど、絶対に助けるから……」

  胸の奥の熱はますます高まり、息を吐くたびに獣くさい湯気のような湿った吐息を感じる。鼻先はわずかに上向きに盛り上がり始め、牙が唇の端を切りそうなくらい覗いている。手は血と泥まみれだ。自分が何者かもわからなくなりそうな恐怖に苛まれつつ、リュンナは懸命に立ち上がる。

  視線を奥にやると、広間の先にまた下へ降りる通路があるのを見つけた。そこからは先ほどにも増して強い生臭い風が吹き上がってくる。ここが、このダンジョンのさらに深層へと繋がっているのだろう。噎せ返るような悪臭の向こうに、姉フィオラがいるかもしれない。リュンナは裂けた胸当ての残骸を脱ぎ捨て、左肩だけでもまだ使えそうな革の防具を無理やり身体に引っかける。もはやエルフの防具はまともに機能しないが、多少なりとも身を守らねばならない。

  「行くよ……私が、どんな姿になっても……姉さんを置いてはいかない」

  低く獣臭さを帯びた声でそう呟くと、彼女は奥へと歩き出す。足音はますます重く、踏みしめるたびに泥と血が混ざり合う音が聞こえる。エルフの面影をわずかに残しながらも、徐々に雄の豚オークへと変わりゆく身体を揺らし、リュンナは深い闇の向こうへと消えていくのだった。

  [newpage]

  リュンナは、かつて自分が身にまとっていたエルフの防具の一部を引きずるように身につけたまま、獣臭漂う通路をさらに奥へと進んでいく。ぼんやりと灯る古い松明の明かりが、苔むした石壁や、床に散らばる骨の欠片を醜悪な影として浮かび上がらせる。鼻を刺すような鉄臭さと、生々しい獣の体臭。それらの混じり合った空気を吸うたびに、リュンナの胸の奥で暴れる熱はさらに激しく脈打ち、頭の奥がガンガンと痛むほどの動悸が襲ってくる。

  胸当てを外した上半身には、これまでにないほど厚みのある筋肉が盛り上がっていた。かつてのしなやかなエルフの骨格は見る影もなく、胴回りは明らかに逞しさを増している。そのうえ、ぬめった汗が皮膚を覆いはじめ、その汗にはどこか野獣じみた獣臭さが混ざっていた。鼻先を指先で確かめると、横に広がりつつある鼻腔がかすかにヒクつき、呼吸のたびに熱い息が鼻づらから漏れ出していく。唇の端に触れると、そこには牙の先端がチラリと見えていた。強く噛みしめれば、自分の肉を傷つけかねないほど尖っている。わずかに鼻息を荒げるだけで、低く獣のうなり声のような響きが漏れてしまう。

  「……大丈夫、私はまだ───」

  自分に言い聞かせるように呟く声も、もはやエルフのそれではなく、低く濁った響きを帯びていた。言葉の端々がどこかうまく回らず、唾液と荒い息が混じって熱い蒸気のように口元から立ち上る。

  “完全にオークになりきってしまう前に、姉を助ける”───その一心がリュンナを突き動かす。視線の先には、通路の果てがかすかに明るんでいるのが見えた。どうやら、広めの空間に繋がっているらしい。

  足音を忍ばせながら進むと、大きな祭壇のような構造物がある部屋へたどり着いた。天井は高く、壁には古い紋様やオークの呪術的な落書きが幾重にも重なっている。所々に据えられたトーチが照らす空間は、不気味なほど静まり返っていた。血や油の焦げたようなにおいが漂い、石の床には赤黒い文様が蠢くように描き込まれている。

  「……ここは、何が行われていたの」

  思わず呟くリュンナの耳は、すでにエルフ耳の尖りを失いかけ、丸みを帯びた肉厚な形状になりつつある。祭壇の上には、かつて生贄を捧げていたのか、錆びた鎖や黒ずんだ鉄輪が散乱している。その中心には、煤や泥にまみれた何かの台座があり、その上に乱雑に放り出された布の切れ端が見えた。近づいてみると、それはエルフ語の模様が織り込まれた小さなマントの一部らしかった。リュンナの故郷でよく見かける織物の質感に、彼女の心臓がドクリと高鳴る。

  「姉さん……!」

  まだ、フィオラがここに連れ込まれた可能性は高い。けれど、無造作に放置された布が示唆するのは、決して無事とは言いきれない現実だ。

  祭壇から下に降りる段差を見つけ、そこへ足を掛けた瞬間、濃厚な悪臭が顔を覆った。鼻が曲がりそうな腐臭───豚の糞や、血が腐ったような生臭さが混ざった、先ほどとは比べ物にならないほど強烈な臭いだ。普通のエルフなら意識を失いかねないほどだが、リュンナの鼻はその刺激を嫌悪しつつも、どこか求めるように膨らみがちになる自分を感じる。

  「……っ、こんなの……やめて……」

  自分の身体が嫌悪と同時に“興奮”に似たものを覚えようとしているのがわかる。鼻面がひくつき、唾液が増え、呼吸はさらに荒々しくなる。こんな臭いすらも、オークの本能には心地よいのかもしれない。エルフとしての理性があるうちは、必死に耐えるしかなかった。腰に残っている革ベルトをぎゅっと締め直し、意識をはっきり保つ。筋肉の隆起でズレかかっていた装備が、今にも壊れそうだが、服を失えば一層“オーク”としての獣性がむき出しになってしまいそうで恐ろしい。

  そのとき、部屋の奥から複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。豚の蹄が石を踏みしめるようなコツコツという音。耳が肉厚になったとはいえ、リュンナにはその音を敏感に感じ取るだけの鋭さがまだ残っている。

  (まずい……複数、いる……!)

  引き返すか、それともこのまま通り抜けるか───一瞬迷う。だが、姉フィオラがこの先にいるかもしれない以上、戻る選択肢はない。リュンナは弓を手に取ろうとしたが、すでに弦は自分の強すぎる力で歪んでおり、まともに撃てるか怪しい。短剣を握りしめ、柱の陰に隠れてやり過ごすことを選んだ。

  視線の先に見えたのは、2体の豚顔のオーク。それも、先ほど倒したオークほど凶暴そうな形態ではなく、半ば鎧のような物を雑に身にまとい、鼻息荒く巡回している一般的なオーク兵に近い姿だ。彼らは何やら低い声で会話しているようだが、リュンナには理解しきれない。ごく一部、オーク語の断片で「祭壇」「囚われ」「戻らぬ」「食らえ」などの言葉が耳に入ってきた。

  (姉さんのことを話しているのか……? 何かを“食らう”って……嫌な予感しかしない……)

  オーク兵たちは柱のあたりをゆっくりと通りすぎ、部屋の反対側へ回り込もうとしている。いまだリュンナには見つかっていないが、彼女の胸の奥の熱はますます高まっていた。胸板に浮き出る血管がどくどくと鼓動し、額からは嫌な汗が噴き出す。視界まで赤く染まったように感じ、喉からは低いうなりが漏れそうになる。

  (だめ……このままでは、見つかる……!)

  オークの嗅覚は優れている。自分がここに隠れていることに気づかれるのも時間の問題かもしれない。リュンナは荒い息を必死に抑え込むが、それがかえって熱を煽る。

  ───姉を助けたいという焦燥。

  ───刻々と深まるオーク化への恐怖。

  そして、オークの雄としての獣欲に似た衝動が、混在して彼女の理性を蝕みはじめていた。

  噎せ返る豚の臭いが一層濃厚に感じられ、理性が弱まれば、いつ暴走してもおかしくない。リュンナの唇の端から牙が突き出し、呼吸音は低い雄豚さながらの鼻息へと変わりつつある。

  (……今なら倒せる。これだけ力があるのだから……!)

  自分でも驚くほどの怪力を、一つ前の戦闘で体感した。もしこのオーク兵を一気に仕留めることができれば、先へ進む道は開ける。

  だが、オーク2体を同時に相手にするのは危険だし、戦闘の衝撃がさらに変貌を進める恐れもある。けれど、姉フィオラが捕まっているという可能性がある以上、ここで静観していられない。リュンナは思い切って立ち上がり、短剣の柄を強く握った。

  「……行こう」

  低く変わり始めた声が、自分でも聞き慣れないほどの迫力を帯びているのを感じる。

  オーク兵たちはリュンナに気づくと、驚愕の表情───というより、豚の鼻先をひん曲げて怪訝そうな声をあげた。まるで「同族か?」とでも言いたげに、一瞬動きを止める。だが、リュンナにとっては好機。彼女は一気に踏み込み、短剣を振りかざした。

  「うおおおおっ!」

  獣臭い唾液が散るほどの咆哮とともに、1体目のオーク兵の喉元へ刃を突き立てる。手応えとともに熱い飛沫が弧を描き、オーク兵が膝から崩れ落ちる。2体目が甲高い声で何事かを叫ぶが、リュンナは本能に従うように腕を振り上げ、壁際へ追い詰めるように突進した。

  (これが……オークの戦い方……?)

  いつの間にか、体全体が普通のエルフではあり得ないほど筋肉の塊と化しており、踏み込むたびに床が軋む。短剣だけでなく、“腕力”そのもので相手を捻じ伏せられるほどだ。2体目のオーク兵は必死に抵抗するが、力の差は歴然。リュンナは相手を壁に押し潰し、鋭い牙を剥くように大きく息を吸い込み───次の瞬間、短剣を胸に深々と突き立てた。

  オーク兵はくぐもった断末魔をあげ、そのまま動かなくなる。リュンナの手は血と汗とでどろどろに汚れ、鼻息はますます荒くなるばかりだった。

  倒れたオークたちを前に、リュンナは膝をついて荒い呼吸を整える。自分がふたたび命を奪った事実に心が痛むと同時に、身体の変貌は勢いを増して止まらない。肩や胸の筋肉が隆起し、鼻先は豚の鼻へと近づき、耳は分厚い半円状に丸まっている。もはや鏡があれば、自分をエルフと認識するのは難しいだろう。

  しかし、それでも。

  「姉さん、あなたを探しに来たのよ……」

  低くこもった声でそう呟くと、彼女は落ちていたオーク兵の粗雑な布切れを引っ張り、胸当てが破れた部分を覆うようにぐるぐると巻きつけた。むき出しの筋肉を少しでも隠し、最低限の理性を保つためである。

  祭壇の奥にはまだ通路が続いている。嫌でも感じる獣たちの臭いと、生臭い風。それが告げるのは、ここがまだダンジョンの深奥部へと繋がっているという事実。リュンナは荒れる呼吸をなんとか落ち着かせ、水晶灯を持つ手を握り直す。視界の端には、もはやエルフとは程遠い姿へと変貌しはじめた自分の大きな腕が見えた。

  (それでも……姉さんを助けるんだ)

  自分が雄オークに成り果てようとも、最後の最後で姉フィオラを見つけ出す。その決意だけが、かろうじてリュンナの心をエルフとして繋ぎとめていた。

  そして、血が滴る石床に重々しい足音を響かせながら、リュンナは祭壇の奥へと歩みを進めていく。何者かが待ち受けるのか、あるいは姉が囚われているのか───暗く淀んだ闇の向こうで、運命が彼女を静かに呼び寄せるようだった。

  リュンナは自らの歩幅が確実に大きくなっているのを感じながら、祭壇の奥へと続く暗い通路を抜けていった。血と脂とがこびりついた石畳を踏みしめるたび、靴の底から伝わる感触がどこか生々しい。今の彼女にとって、かつてのエルフらしい足取りはもう遠い過去のものとなりかけている。

  [newpage]

  ふと、前方から複数の声がこだまするのが聞こえた。オーク特有の低く荒い鳴き声と、何かを嘲笑するような甲高い響き。鼻腔を満たす獣臭はますます濃くなり、リュンナは思わず鼻面を手の甲でこする。だが、その手の甲に浮き上がる血管や分厚くなった指先が、ひどく醜悪な“雄オーク”の手そのものになりかけているのを、理性の片隅で感じ取る。

  「っ……落ち着くのよ……」

  言葉に出した声は、低いうなり声にも似た響きだ。それでも、姉フィオラの行方を思う気持ちだけは捨てられない。自分が完全にオーク化してしまう前に、何としてでも姉を見つけるのだ───その思いが彼女を歩かせる。

  先へ進むにつれ、通路の幅がやや広がり、ところどころに茨のようなツタが絡まった柱が立ち並んでいる。柱には雑多な道具や古びた杭、さらに儀式に使われたらしい鎖がぶら下がっていた。おぞましい装飾の数々に、エルフだったころの価値観なら即座に背を向けていただろう。だが今、リュンナはそれらを見ても強い嫌悪を抱きつつも、同時にどこか胸がうずくような奇妙な感覚も覚えていた。かつての自分ならあり得ない“獣じみた昂ぶり”が心の底から湧きあがってくる───本能的な興奮とも言えるそれを、必死に押さえつける。

  柱の林立する通路を抜けると、半円状に広がる半地下のような空間に出た。天井は低く、あちこちの壁面に苔むした裂け目があり、そこから滴り落ちる汚水が下水のように床を流れている。通路の先ほどの声は、どうやらこの部屋の中央付近から響いていたようだ。奥の方に松明が灯っており、ぼんやりとオークらしき姿が浮かび上がる。三体、いや四体いるのか。にぶい金属音も聞こえ、何かを引きずっているらしい。

  (こんなに数が多いなんて……。でも、ここを越えないと奥へ進めない)

  心の中で覚悟を決めるとともに、また熱がこみ上げてくる。今度は背中全体が焼けるように熱を帯び、筋肉がさらに膨張していくのがわかった。鎖帷子や革の切れ端がずるずると背筋に食い込み、苦しげに軋む。

  「ぅあ……ぁあ……っ」

  激痛にも似た感覚に顔をしかめながら、壁に手をついて踏ん張る。だが、その苦痛の合間から“力”がみなぎる衝動を感じ取ってしまう。踏み込む足裏には揺るぎない重量感があり、腰をひねれば腰回りの筋肉が弾けそうなほど強靱になっているのがわかる。限りなくオークに近い身体へ変容しつつある今、リュンナはその力を利用しなければ先へは進めないのだ。

  奥のオークたちは、どうやらリュンナの気配にはまだ気づいていないようだった。代わりに彼らの足元には、何か人影のようなものが横たわっている。ボロ布を被せられているので詳細はわからないが、誰かが捕らえられて倒れているのかもしれない。

  熱い息を漏らしながら、リュンナは一歩、また一歩と慎重に近づいていく。ふと、彼女の視界に、床の隅に散らばった木製の矢筒の破片が飛び込んだ。そこには、エルフの紋章がかすかに残っている。フィオラが愛用していたものと酷似している記憶が脳裏をよぎった。

  「姉さん……」

  こみ上げてくる焦燥と、まぎれもない怒り。いつの間にか唸り声のようなうめきが漏れ出し、リュンナは慌てて口をつぐむ。奥のオークたちはまだこちらに気づいていないようだが、声を出せば一斉に襲ってくるに違いない。

  しかし、足元に横たわる人影───もしそれがフィオラなら、今すぐ助け出さねば手遅れになる恐れだ。あるいは他の冒険者かもしれないが、放っておくにはあまりにも非道な状況が目に焼きついてくる。

  「……行くしか、ない」

  リュンナは短剣を逆手に握り、一気に走り出した。足を踏みしめるたび、以前とは段違いの重量が床に伝わり、水たまりが荒々しく飛沫を上げる。突然の闖入者にオークたちは驚きの声を上げ、振り返る。肉の塊のような腕で棍棒や斧を構える者、獰猛な牙をむき出しにする者───四体とも見るからに屈強な戦士たちだ。

  「ぶぁああああッ!」

  声が、すでにエルフのものではない。完全に雄の獣じみた咆哮だ。一体目のオークが斧を振りかざすより早く、リュンナは巨体をぶつけるように相手を横から押し倒す。そのまま短剣を振り下ろし、オークの首筋に狙いを定めて深く突き刺した。

  同時に、別のオークが背後から棍棒を振り下ろす。エルフの頃なら即死していたであろう一撃だが、今のリュンナの背筋はまるで鎧のように厚く、衝撃は受けたものの致命傷には至らない。

  「ぐっ……! でも……っ」

  痛みに顔をしかめつつも、リュンナは片腕で棍棒を押さえ込み、もう片方の腕で勢いよく相手の脇腹を殴りつける。ごうん、というにぶい音とともに、相手の体が横へ吹き飛んだ。残り二体が同時に襲いかかってくる。リュンナは短剣を構え直すが、うまく力をコントロールできず、弾き飛ばされた短剣が石壁へ落ち、甲高い音を立てた。

  「しまっ───」

  武器を失った彼女に、さらに巨大なオークが突き刺すように槍を構える。しかし、リュンナは自らの獣化した腕と肩に渦巻く筋肉を信じ、突き出される槍を横にさばきながら、組み付くように相手の首に腕を回した。

  「うおおおぉっ!」

  凄まじい力で締め上げると、オークは苦悶の声を漏らしながら膝を折る。最後の一体が横合いから斬りかかってきたが、すんでのところでリュンナは体を回転させ、首を絞めたままのオークを盾のように使って斬撃を受け止めた。盛大に血飛沫が散り、盾にされたオークもろとも二体が崩れ落ちる。床に溜まった汚水が血と混ざり、どす黒い沼のようになっていく。

  激しい戦闘の末、四体のオークはみな動かなくなった。リュンナは泥と血だらけの床に片膝をつき、息を整えようとするが、呼吸は落ち着くどころかむしろ荒いままだ。戦いの快感が、獣の血となって脈打っているのだ。鼻づらがヒクつき、牙がむずがゆいほど伸びてきている。あふれる唾液を嚥下するとき、のどからは低い獣のうなり声が上がる。

  「はあ…はあ……っ、でも……私は……」

  必死に理性を取り戻そうとする。もしこのまま興奮に身を任せれば、もう後戻りはできなくなってしまう気がするからだ。

  乱れた呼吸のまま、横たわる人影───ボロ布を被ったまま動かない人物へ駆け寄る。激戦の振動を感じているはずなのに、まったく身動きもしていないのが不安を煽る。

  「お願い、姉さん……!」

  震える手で布をめくると、その下にはぐったりと横たわるエルフの女性がいた。痩せこけた頬と、白く冷たい肌───どこかで見覚えのある顔立ち。その髪には確かに、フィオラと同じ銀糸色の面影が残っている。

  「姉さん……! 姉さんッ!」

  リュンナは必死に揺すり、頬を叩き、呼びかける。だが、フィオラはうっすらと目を開けるものの、視線が虚ろで焦点が合っていない。唇はひび割れ、乾ききった喉からは声が出ないようだ。

  「……間に合った、の? でも……」

  周囲を見回しても、薬草や回復のための道具は見当たらない。フィオラの身体はあちこちに傷があり、衰弱しきっている。一刻も早く休ませ、治癒を施さなければ命に関わるかもしれない。リュンナは血と汗、泥にまみれた己の身体を省みず、フィオラの肩をそっと抱き上げた。

  すると、彼女の視線がようやくわずかに動き、リュンナの顔を認めたように見えた。が、それはまるで化け物を見るような怯えと困惑の混じった眼差し。

  「大丈夫、姉さん……わたしだよ、リュンナ……!」

  突き出した牙が口の端を切りそうになりながら、必死に言葉を紡ぐ。自分がどれほど変わり果てているか、ここまでの戦いと変容の痛みがすべて証明していた。

  「……リュンナ……? …な、の……?」

  か細い息の合間から辛うじて出た声は、姉が妹を呼ぶ愛しさよりも、恐怖に染まっているように感じられる。それでも、リュンナは姉の手を握りしめる。自分を怖がる彼女を少しでも安心させようと、祈るように。

  「もう少し……待って。必ず助けるから……!」

  あたりには死の匂いが漂い、リュンナ自身の身体からもむせ返るような獣臭が立ちこめる。フィオラの命を繋ぎとめるためにも、こんな場所に長居はできない。だが、これほど奥深くまで来てしまったダンジョンからどうやって脱出するのか。縦穴を降りてきた段階で、帰路はほぼ断たれている。

  さらに、時間が経てば経つほどリュンナは雄の豚オークへと変貌し続けるだろう。完全に人語すら解せぬ獣になってしまえば、姉を守るどころか傷つけてしまうかもしれない。

  「それでも、姉を置いていくなんてできない……」

  低く太い唸り声のような囁きに、フィオラはひくりと肩を震わせる。意識はもう薄れかけているらしく、目の焦点が定まらない。リュンナは自分の逞しすぎる腕にフィオラの身体を抱き寄せ、そっと立ち上がった。以前とはまるで違う重心と筋力に戸惑いながらも、エルフだったころの繊細な心だけは捨てていない。

  「……さあ、一緒に帰るよ。わたしは、絶対に諦めない……」

  その声は、もう妹とは思えぬほど低く猛々しい。けれど、そこに宿る“姉を想う心”だけは紛れもなくリュンナのものだった。血生臭い通路を振り返り、うっすらと見える先へと目を凝らす。かすかに風を感じる方向があれば、そこに出口があるかもしれない。もしくは、さらに奥に隠された経路があるのかもしれない。

  どちらにせよ、リュンナは行くしかない。エルフとしての姿を捨てても、姉を助ける。それが今の彼女を支える、唯一の誇りだった。踏みしめる足音はもう人とは思えないほど鈍重な響きを立てるが、その一歩一歩が確かに二人を生存へ導く道になる───そう信じて、リュンナは姉を抱いたまま、血塗られた闇の奥へ消えていく。

  [newpage]

  リュンナは姉フィオラの身を抱えたまま、闇の通路をひたすら奥へと進んでいった。どこからか入り込むかすかな風と、遠くのほうに見える崩れた岩のすき間だけを頼りに、脱出できそうな方向を探りながら。すでに妹というよりは、獣臭漂う雄オークと化しつつある姿───だが、意識の片隅には「姉を助けたい」という最後の願いが必死にしがみついていた。

  どれくらい歩いただろう。リュンナは血と汗にまみれた姉フィオラを抱きかかえ、かつて自分のものだった理性が徐々に失われていくのを感じていた。彼女の呼吸は低く荒い獣じみた音に変わり、鼻腔を満たす姉のかすかな香りが、これまでとは違う意味で彼女を強烈に刺激している。

  「……姉……さん……」

  リュンナの声はすでに低く濁り、単語すら正しく発音できなくなりつつあった。喉の奥で絡まるような声に、自分自身で違和感を覚えるも、もはや止める術はない。

  姉の体温は低く、先ほどまでほとんど意識を失っていた。しかし、彼女の瞼が薄く震え、やがてその瞳がかすかに開いた。

  「……ぅ……ここ、は……? リュンナ……?」

  フィオラはうっすらと目を開けたが、目の前にいる妹の変わり果てた姿に言葉を失った。筋肉で膨れ上がり、分厚い皮膚に覆われたリュンナの顔は、もはやかつてのエルフの美しさを失い、豚の獣と化していた。

  「リュンナ……? これ……どうして……」

  弱々しい声で問いかけるフィオラ。しかし、その問いを受け止める理性が、もはや妹には残されていなかった。

  「だ……だい……じょぶ……」

  リュンナは必死に言葉を紡ごうとするが、声はどんどん途切れ途切れになり、最終的には喉の奥からくぐもった唸り声しか出てこなくなった。

  「ゴッ……グルル……ッ、フィオ……あ……」

  リュンナの身体はますます熱を帯び、汗が滲み出て獣臭がさらに濃厚になる。背筋を覆う筋肉が盛り上がり、腕の太さは異常な力を感じさせるほどに太くなっている。フィオラの身体を抱えるリュンナの鼻先は、自然と姉の髪に近づいていた。そこから漂うフィオラのかすかな体臭───血と汗の混ざった香りが、彼女の本能を強烈に刺激する。

  「ん……くっ、ぐああ……」

  リュンナは苦しげに顔を背けようとするが、鼻先がフィオラの首筋に触れるたび、さらに強い衝動が押し寄せてくる。理性を必死に繋ぎ止めようとするも、もはやそれすら限界だった。

  「リュンナ、お願い……正気を保って……!」

  フィオラの言葉も、リュンナにはもう完全には届いていなかった。ただその声の震えと、姉の身体の温かさが、ますます彼女の獣性を煽るだけだった。鼻腔に満ちる姉の香りが理性を削り、唇の端から伸びた牙が唾液とともに光る。

  「……ぐるるっ、ふ、ぅ……ああああっ!」

  リュンナはついに声にならない叫びを上げると、姉の身体を抱え込むようにして倒れ込んだ。かつての彼女なら、フィオラを守るために慎重に扱っただろうが、今の彼女は完全に本能のままに動いていた。

  フィオラは身動きの取れない身体を必死にねじりながら、妹の顔を見上げる。そこにはかつてのリュンナの面影はなく、獣じみた目が血走り、鼻先が大きくヒクついている。

  「リュンナ……お願い……!」

  叫ぶフィオラの声は、恐怖と絶望に染まっていた。しかし、リュンナの耳にはそれがどこか心地よい音に聞こえてしまう自分がいた。

  「く、ぐるるるっ……あ……ぅ……」

  リュンナは姉の身体に覆いかぶさるようにして、その香りを貪るように嗅ぎ始める。鼻先を首筋に押し付け、牙をむき出しにして唾液を滴らせながら、次第に正気を完全に失っていく。

  「やめて……お願い……! リュンナ、戻って……!」

  フィオラの叫びにも構わず、リュンナは低いうなり声を上げながら姉の身体をさらに強く押さえつける。その手の動きは、もはや理性を失った獣そのもの。姉の温かい身体が、彼女の中に眠る本能を完全に解き放とうとしていた。

  妹の名を呼びかけようとしても、リュンナはもはや言葉を解さないかのように、口からは荒い呼吸と唾液が混じる獣じみた呼気ばかりがあふれている。

  「ねえ……お願い、返事をして……っ」

  フィオラは自分の脇腹に走る激痛を無理やりこらえ、なんとか半身を起こそうとする。しかし、その動きにつられるように、リュンナが奇怪な動きを見せ始めた。まるで「生きのいい獲物が動いた」とでも感じたのか、鼻を膨らませ、喉の奥から低いうめき声を漏らす。

  「なに……? リュンナ、痛いところがあるなら言って……」

  しかし返事の代わりに、リュンナはフィオラに向けて鼻をひくつかせると、びくり、と身体を硬直させた。エルフだったころの思い出が、わずかでも妹の心を引き留めてくれることを願うフィオラ。だが、リュンナの瞳にはもはや、姉を慕う優しい光は残っていない───代わりに獲物を前にしたオークの嗜虐心と興奮が宿っているように見えた。

  「リュンナ……っ、落ち着いて……!」

  悲痛な叫びは空しく、妹───いや、すでに雄豚オークと化しかけた存在が、フィオラへと腕を伸ばした。驚くほどの力で肩を摑まれると、骨が軋むほどの圧迫感が襲いかかる。

  「痛っ……やめて、やめて!」

  フィオラは悲鳴を上げながら必死に身をよじるが、リュンナの腕からは獣のような体温と、むせ返るような汗のにおいが漂う。まるで捕食者が獲物を捕らえるような力強さに、彼女の華奢な身体はあっという間にねじ伏せられてしまった。

  「グルルル……ッ」

  リュンナの唸り声が姉の耳元に響く。力任せに地面へ押さえつけられたフィオラの瞳には、恐怖と混乱が滲む。

  (妹が……私を襲うなんて……)

  信じがたい現実が、目の前で繰り広げられている。

  荒い息遣いを爆音のように響かせながら、リュンナはフィオラの首元に鼻面を押し付ける。その行為は、敵を確かめるオークの本能なのか───あるいは支配欲や凶暴性の発露なのか。いずれにせよ、まともな言葉は通じる様子がない。

  フィオラは呼吸もままならない状況で、震える指先をリュンナの胸へと伸ばした。かつて妹が大切にしていたペンダントが、ちぎれかけの革紐にぶら下がっているのが目に留まったのだ。

  「───リュンナ、お願い……思い出して……」

  割れそうな声で懸命に呼びかける。そのペンダントは、幼いころ二人でお揃いで身につけていたお守りの片割れ。

  力任せに押さえつけるリュンナの鼻息が、わずかに緩んだ気がした。いや、勘違いかもしれない。姉の存在に反応したのか、あるいは獲物がいったん大人しくなったと判断しただけなのか。それでもフィオラは、涙を浮かべながらペンダントにそっと触れ、途切れ途切れに妹の名を呼び続ける。

  「……あなたは……わたしの…大切な……妹でしょう……? お願いだから……思い出して……」

  僅かな沈黙のあと、リュンナの動きが止まる。肩で荒い息をしながら、ぎょろりと充血した目を動かし、ペンダントに視線を向けた。そこにどんな思いが去来しているのか、姉には想像しきれない。たった数秒の静寂の中、フィオラは懸命に妹を呼び戻そうと願う。

  しかし、リュンナの瞳に浮かんだのは、姉への愛情でも、エルフとしての誇りでもなかった。それは、オークの“征服欲”や“凶暴性”といった獣性の色。どんなに呼びかけても、いま彼女の思考を支配しているのは“捕らえた獲物をどうするか”という、歪んだ衝動に近い衝撃でしかないのだろう。

  バリバリ……と、リュンナの腕の筋肉がさらに膨張する音がする。彼女の耳は完全に獣の形になり、牙が唇をこすってうっすら血を滲ませている。フィオラが叫ぶ間もなく、リュンナはもう一度、より強い力で姉を押さえ込んだ。

  「いやっ……! やめて、リュンナ───!」

  泣き叫ぶ声に応えるどころか、リュンナの喉からは狂獣さながらの猛りの咆哮が絞り出される。姉の目には、もはや妹の面影どころか、人の心すら感じられなくなっていた。

  そこにあるのは、血と暴力が支配する陰鬱なダンジョンの底。エルフの少女だったはずのリュンナは、徐々に雄豚オークの怪物へと成り果て、姉を守るどころか襲おうとしている。皮肉にも、姉を救うために選んだ道が、妹のエルフとしての魂を深い闇へと沈めてしまったのだ。

  「……ッ、リュンナ……!」

  フィオラの声は、洞窟の暗がりへむなしく吸い込まれていく。

  「あぅッ……!」

  フィオラの口から苦悶の声が漏れる。しかし、それは痛みよりも驚きや恐怖の色が濃かった。

  「やめて……お願いだから……もう……」

  フィオラは必死に訴えるが、リュンナの耳はピクリとも反応しない。彼女の意識は完全に雄豚オークに乗っ取られ、もはや目の前の獲物を狩ることしか考えられなくなっていた。

  「……グルルル……ッ、アウウゥ!」

  リュンナは唸りながら、フィオラの襟元を爪で引き裂く。服が裂ける音とともに下着まで切り裂かれ、姉の乳房と白い肌があらわになる。その柔らかな肌は薄暗い洞窟の中でまぶしいほどの白さを帯びていた。

  「やめっ……! いやぁっ……!」

  フィオラの悲痛な叫びも空しく、リュンナは彼女の胸に顔をうずめるようにして覆いかぶさった。そして、まるで赤子のように、無遠慮に乳房を舐め回し始めた。

  「ひっ……やぁっ……! いや……!」

  ざらついた舌が肌を這う感触に、フィオラは背筋を反らせながら喘ぐ。しかし、その反応はリュンナを喜ばせるだけだった。オークの本能に突き動かされるまま、彼女は姉の柔らかな乳肉へと牙を立てていく。

  「あぐっ……痛っ! やめ……やめてぇ!」

  鋭い牙が食い込み、フィオラの口から悲鳴が上がる。だが、リュンナは構わず乳房に牙を立て続けた。乳房の先端から赤い血が滲んでくると、彼女はそれを舐め取りながらさらに激しくむしゃぶりついた。

  「ひぅっ……! いやぁっ! 痛いっ……!」

  フィオラの目から涙が流れ落ち、土で汚れた頬を濡らす。だがそれでも彼女の動きは止まらず、むしろ一層激しさを増していくばかりだ。姉の胸に夢中でかぶりつくオークは、もはや血と肉しか目に入っていないようだった。

  「お願い……もうやめて……」

  フィオラはかすれた声で懇願する。しかし、その声は届かない。リュンナはただひたすらに姉の胸を貪っていた。その股間の生殖器は痛いほど勃起し、布地を押し上げているのがわかる。妹の無残な変貌ぶりと、むき出しになった性欲への嫌悪感がフィオラの中で膨れ上がった。

  「いやっ! もう……いやぁぁっ!」

  フィオラは地面に押さえつけられながら、もはや理性を失ったリュンナの巨大な身体の下で必死にもがいていた。かつて自分を慕い、エルフの里で共に過ごした優しい妹の姿は、もうどこにもない。 その変貌ぶりに涙が溢れ、止まらない。

  フィオラの視線に飛び込んできたのは、かつての妹とはかけ離れた、雄豚オークへと変わり果てたリュンナの姿だった。

  かつては華奢でしなやかだったエルフ特有の細身の身体が、いまやまるで彫刻のように膨れ上がった筋肉と筋肉の塊と化している。肩幅は倍近く広がり、胸板は鉄板のように厚く、鎖帷子の切れ端すらまともに支えきれないほど。腹部には力強く割れた筋が浮き出し、腰回りの筋肉が盛り上がりすぎて、かつての冒険装備はすべて裂け落ちている。

  細く華奢だったエルフの腕は、今や太い丸太のようになり、血管が浮き上がったたくましさを誇っている。指先は短く太くなり、爪が黒く濁った刃のように変わっている。かつてのしなやかさは跡形もなく、もはや物を掴むのではなく握り潰すための腕と言えるだろう。

  美しかったエルフの輪郭は完全に変貌を遂げていた。かつての整った鼻筋は横に広がり、豚のような鼻面へと変わり果てている。鼻孔は荒い息遣いに合わせて大きく膨らみ、湿気を帯びた獣臭い吐息を漏らしている。 耳は尖った形状を完全に失い、厚ぼったく丸まった獣耳へと変わっている。額の筋肉は隆起し、眉間は深く刻まれて、瞳は血走った赤黒い色へと変わっていた。口元からは牙が突き出しており、その牙が唇を傷つけ、血が滲んでいる。

  かつてのエルフ特有の透き通った白い肌は、くすんだ灰色を帯び、ところどころに毛深い部分が目立ち始めている。特に腕や肩、胸の周囲には、粗い毛が生え揃い、いよいよ完全な獣の姿へと近づいている。 さらに皮膚全体が汗で濡れており、そこから発する臭いは、血と鉄、そして獣臭が入り混じったむせ返るようなものだった。かつて清潔感の象徴だったエルフの香りとは真逆のものに変わり果てている。

  すらりと伸びていた脚は、短く太く筋肉質なものに変わり、歩幅も以前とは比べ物にならないほど広くなっている。足の裏は分厚くなり、石畳を踏みしめるたびに低く鈍い音を響かせている。

  フィオラの脳裏に浮かぶのは、変貌前のリュンナの姿だ。かつては穏やかで美しく、繊細だった妹───その記憶が、いま目の前の怪物との落差を際立たせていた。

  かつてのリュンナは、華奢で優雅な体型、長くしなやかな手足を持ち、艶やかな銀髪と赤みがかったピンク色の瞳が美しい。服装もエルフらしい軽装の冒険者スタイルをまとい、周囲に自然の香りを漂わせるような存在だった。細い指先で短剣や弓矢を器用に扱い、表情は常に柔らかだった。

  その面影は見る影も無く、現在は筋肉が盛り上がり、無骨で雄々しい体躯。顔は豚のような鼻面、牙、血走った瞳が並び、以前の柔和な表情の面影は消え去った。武器を握るどころか、力任せに砕きそうな太い指。全身から漂う濃厚な獣臭は、かつての清らかさを塗り潰している。

  「どうして……こんな……」

  フィオラは、リュンナの胸板に手を押し当て、必死に抵抗しながら涙を流した。重すぎるその身体に押さえつけられ、もはや身動きひとつ取れない。

  「リュンナ、戻って……あなたの姿が……こんなになっても……私は……」

  涙声で叫びながら、フィオラは妹の瞳をまっすぐに見つめた。しかし、そこに返ってくるのは、欲望に濁った瞳だけ。彼女の言葉は、リュンナには届かない。

  リュンナの鼻先が、まるで姉の恐怖を嗅ぎ取るようにひくつき、さらに獣じみた咆哮を上げる。フィオラの涙は、妹を目の前にして何もできない無力感に支配され、途切れることなく流れ続けた。

  フィオラの叫びと涙は、獣化した妹に届くことはなく、むしろ彼女をさらなる衝動へと突き動かしているようだった。

  「お願い……リュンナ……私を、どうか……!」

  暗闇の中で響く姉の懇願もむなしく、雄豚オークと化したリュンナはなおも姉を押さえつけ、歪んだ欲望のままに彼女を支配しようとする。 それでもフィオラは、かつて妹だった存在の中にわずかでも残る理性を信じ、最後の力を振り絞るように手を伸ばした───だが、もはやその手が届く相手は、完全に失われつつあったのだ。

  「グルルルル……ッ!」

  獣のような唸りを上げるリュンナ。彼女の興奮は、もはやとどまるところを知らなかった。固く張り詰めた下半身が、姉の柔らかな腹部に押し付けられ、その感触を楽しむかのようにぐりぐりと動かされる。フィオラの白い喉が反り返り、声にならない悲鳴が上がる。

  「いやぁっ! やめてっ! いやぁぁ!」

  泣き叫ぶ姉の声に耳を貸すこともなく、雄オークと化した妹は欲望のままに動き続けた。そして、ついにその男根が、フィオラの下腹部に狙いを定める。

  「グルルル……ッ」

  リュンナは牙を剥きだしにして唸りながら、姉の下着へと手をかける。そして、そのまま力任せに引き裂いた。

  「あぅっ! いやぁっ!」

  布地が裂ける音とともに、フィオラは顔を真っ赤に染めて悲鳴を上げた。だが、彼女の叫びは誰にも届かない。雄オークと化した妹にはもう何も聞こえないし、姉の言葉も耳に入らないのだ。リュンナは、姉の両足首を掴むと、そのまま大きく左右に開かせる。そして、その股間に自身の腰を押し当てた。

  「ひっ……いやぁっ!」

  フィオラが恐怖の声を上げると同時に、リュンナの巨大な男根が彼女の膣内へ侵入する。

  「ひぎぃっ! あぐっ……!」

  フィオラは目を見開き、身体を弓なりにして痙攣させる。オークの巨根は、まだほとんど濡れていないフィオラの膣を強引に押し広げながら奥へと突き進んでいく。

  「あぐぅっ……痛いいいいいいいっ……!」

  あまりの激痛に、フィオラは苦悶の表情を浮かべて歯を食いしばった。だが、そんな彼女を気遣う様子もなく、リュンナは容赦のないピストン運動を始める。

  「ひぃっ! いやぁっ!」

  フィオラが悲鳴を上げると同時に、オークはゆっくりと腰を引き始めた。その動きに合わせるように、彼女の秘所からは鮮血が流れ出し、太股を伝って地面へと落ちていく。しかしそれでも構わずに、リュンナは抽送を再開した。

  「やめてぇっ! いやぁっ!」

  フィオラは涙を流しながら懇願したが、当然聞き入れられるはずもない。むしろそれは、雄豚オークをより興奮させる材料にしかならないのだ。リュンナは姉のことなどお構いなしに、激しく腰を動かし続ける。その勢いはまるで嵐のように激しかった。

  「あぁっ! いやぁっ!」

  フィオラは苦痛の声を上げ続けたが、リュンナは容赦なく責め立ててくる。彼女の膣内で肉棒はさらに大きさを増し、やがて限界に達したかのように脈動を始めた。

  「あぅっ……な、中に出すつもりじゃ……」

  絶望に満ちた表情を浮かべるフィオラに構うことなく、雄豚オークはその欲望を解き放った。

  「いやぁぁ!!」

  どぴゅっ!びゅるるるるっ!!ぶしゃああっ!!

  大量の白濁液を子宮内にぶちまけられ、フィオラが絶叫する。しかしそれも虚しく、彼女はただ身体を震わせることしかできなかった。

  「あ……あぁ……そんな……」

  絶望に打ちひしがれながら、フィオラは呆然と呟いた。

  リュンナの暴力的な衝動の中、フィオラの細い身体は獣化した妹に押さえつけられたまま、抵抗も叶わず震えていた。だが、押し潰されるような感覚とともに、彼女の中で奇妙な熱が沸き上がってくる。まるでその熱が体内に流れ込み、内側から身体を侵していくかのようだ。

  「いやっ……何かが……私の中に……!」

  フィオラは叫び声を上げながら、獣化したリュンナの力に必死で抗おうとするが、腕を押さえつけられ、自由を奪われている。だが、その熱は止めどなく全身に広がり、脳を焦がすような感覚とともに、身体が徐々に変質していくのを感じる。彼女の指先はかすかに太くなり、関節がきしむように歪み始めた。耳の先端がチクチクと疼き、鏡がなくとも、自分のエルフの耳が丸みを帯びてきているのを理解する。

  「リュンナ……っ! なぜ、こんなことに……!」

  だが、フィオラの叫びに応える者は誰もいない。リュンナはもはや人語を解さず、荒い鼻息と低いうなり声だけが喉の奥から漏れ出している。姉への愛情や使命感は、彼女の心の奥底に押し込められ、いまや暴走する獣欲だけが支配しているようだった。フィオラの肌にはうっすらと汗がにじみ、その臭いにリュンナの鼻がひくつく。まるで、オークとしての嗅覚が姉の変化を察知して喜んでいるかのように。

  「やめて……こんなの……おかしい……っ!」

  フィオラの手足は次第に力強さを帯びていく。細く華奢だったエルフの手は厚みを増し、腕の筋肉が隆起し始める。胸板もわずかに張り出し、かつての優雅なラインは失われつつあった。

  「こんな……身体に……なりたくない……っ!」

  声はまだエルフとしての繊細さを保っているが、その響きには徐々に濁りが混じり始めている。息を吸うたび、鼻腔が広がり、鼻先に何とも言えない違和感が生じてくる。

  「リュンナ……止めて……私たちは……気高いエルフなのよ……!」

  フィオラはリュンナに向けて叫ぶが、妹は獣化した腕で姉をなおも押さえつけたまま、鼻息を荒らげている。目には血走った赤い光が宿り、その視線にはもはや理性の欠片も見当たらない。

  フィオラの胸の奥で、奇妙な衝動が湧き起こる───それは、絶望感や恐怖だけではない。獣の本能に似た“興奮”が、彼女の心を侵し始めているのだ。

  (だめ……これ以上、私まで……!)

  フィオラは震える手でリュンナを押し返そうとするが、その力はすでに妹の怪力に及ばない。むしろ、自分の手に宿る力が不気味に膨れ上がっているのを感じる。

  「うっ……うああああっ!」

  声が自分のものではないように響き渡る。喉の奥から漏れる低い叫び声に、フィオラは驚愕するが、それを止める術が見つからない。次第に、彼女の背中には隆起が走り、筋肉が張り詰めていく。細くしなやかだったエルフの骨格は、大柄なオークのそれに近づいていき、服が裂ける音が響いた。

  「やだ……こんなの……いや……!」

  最後の抵抗のつもりで叫ぶフィオラの声は、すでに低く濁り、豚の鼻息が混じり始めている。肩から首にかけて血管が浮き出し、獣じみた体臭が自分の鼻腔を満たしていく。鼻先が横に広がり、牙がわずかに覗き始める───それを自覚した瞬間、彼女の瞳には涙が溢れた。

  「助けて……誰か……!」

  しかし、リュンナは姉の変化を抑えるどころか、まるで自分の手柄のように興奮し、さらにフィオラの身体を覆い隠していく。ついに、フィオラの身体は完全にオーク化し始めた。リュンナによる抑えつけと、奇妙な熱が全身に流れ込む中で、フィオラの身体は徐々にエルフの華奢で美しい形状を失い、醜悪で力強いオークの身体へと変わり始める。その過程は恐怖と苦痛、そして抑えきれない奇妙な興奮の入り混じった、耐え難いものだった。

  長くほっそりとしていた指は、関節が太くなり、皮膚が分厚く荒々しく変化していく。爪が黒ずみ、尖った形状へと変わり始める。手の甲には筋が浮き上がり、血管が脈打つ音さえ聞こえるようだ。優雅に弧を描いていた足の形状が失われ、つま先が丸まるように肥大化し、豚の蹄に似た形状へと変わる兆候を見せる。かかとは厚みを増し、床にずしりと響く重い音を立て始める。

  エルフの象徴ともいえる尖った耳がその形状を失う。先端が丸まり、全体的に厚ぼったく変わり始める。触ると柔らかく、獣耳のように少し上向きに動き始める。皮膚がざらざらとした感触に変わり、エルフらしさを失っていく。鼻が横に広がり、鼻孔が大きく膨らむ。荒い鼻息が漏れ、鼻先からは湿った獣臭が漂い始める。唇の端からは牙が少しずつ突き出し、口を閉じるたびに違和感が走る。瞳が赤みを帯び、視界がぼんやりと歪む。血走った目が薄暗い空間を探るように動き、理性よりも本能が優先され始めているのが自覚される。

  柔らかな胸のラインが失われ、筋肉が隆起して分厚い胸板へと変化する。骨格が広がり、胸郭そのものがたくましい形状に変わりつつある。丸みを帯びた肩がごつごつとした形状になり、首と肩の境目が曖昧になるほど筋肉が張り詰める。肩幅が広がり、エルフの服が裂けていく。腕全体がたくましくなり、筋肉が盛り上がって見える。皮膚がざらつき始め、毛穴が目立つようになる。まるで力そのものが膨れ上がっているかのようだ。

  下半身も、フィオラがエルフとして持っていた軽やかさが失われ、力強く粗暴な形状に変わっていく。腰回りが大きく太くなり、骨盤が雌らしい形状に変化。筋肉がごつごつと主張する。太ももが膨らみ、筋肉が肥大化してズボンを引き裂く。皮膚が硬くなり、触るとまるで革のような手触りに変わる。膝から下はさらに太く短くなり、獣じみた印象を与える。

  フィオラの声も、エルフとしての清らかさを失い、次第に低く濁り始める。声帯が太く変化し、最初はかすれ声のような低い響きから、次第にオーク特有の唸り声へと変わっていく。 最初は必死に妹の名を呼んでいた声も、次第に言葉を形成できなくなり、「グルル……」「フゴォッ」という濁った音が漏れるばかりになる。

  フィオラの身体全体から発せられる臭いが変わっていく。肌の表面が常に湿ったようになり、汗の量が増える。獣臭と混ざり合い、むせ返るような臭いが漂い始める。自分でも感じるほどの獣じみた臭いが鼻腔を満たし、理性を奪っていく。嗅覚が鋭敏になり、周囲の臭いを異常に意識するようになる。

  ついに、フィオラは身体の全体がオークへと変貌してしまう。理性はほとんど消え去り、思考は本能と獣欲に支配されている。完全に赤く濁り、エルフの優しさや知性はもはや見られない。身長も体重も増し、巨大なオークとしての存在感を放つようになる。

  フィオラが完全に変わり果てたその瞬間、彼女はかつて妹を救おうとした自分自身を思い出すことすらできなくなっていた───。

  リュンナもまた、フィオラの変化に同調するように荒い鼻息を立てる。ふたりはもはや「姉妹」という概念すら忘れ去り、ただ同族として、獣じみた興奮の中で互いを認識し合うだけの存在となる。

  ダンジョンの奥深く、二人のエルフはもはや元の姿を完全に失い、オークとして暗闇に溶け込んでいく。薄暗い通路には、低いうなり声と足音が響き渡り、その気配が闇の中へ消えていく頃には、二人を知る者は誰もいなくなっていた。ただ、姉妹がこの場所で変わり果てたという事実だけが、陰湿な空間に静かに刻まれ続けている。

  ダンジョンは、再び静寂を取り戻し、次なる犠牲者を待ち続けていた………。

  [newpage]

  ダンジョンの深奥───光の届かぬ湿り気を帯びた空間には、腐臭と獣臭が混ざり合い、重く淀んだ空気が漂っている。その中心には二つの巨大な影がうごめいていた。

  リュンナとフィオラ───かつてはエルフの姉妹であり、森の民から尊敬される存在だった彼女たちは、今や見る影もない。二人はオークとして完全に変わり果てていた。

  リュンナはその逞しい筋肉質の体を見せつけるように立ち上がり、低く濁った鼻息を荒げた。瞳は赤く血走り、額から滴る汗が光を反射している。彼女の鼻孔が大きく広がり、周囲の臭いを嗅ぎ取ろうとしているようだ。その隣にはフィオラがいる。彼女もまた、かつての華奢な姿は消え失せ、巨体を揺らしながら不規則な動きで周囲を徘徊していた。

  二人の体臭は濃密で、腐った肉と汗の混ざったような臭いが広がり、付近に近づく生物を震え上がらせる。それでも二人には、この臭いが心地よいものと感じられる───オークとしての本能が、それを「自分たちの臭い」として認識しているからだ。

  その日、ダンジョンには新たな侵入者が現れた。若い冒険者の一団だ。彼らは噂を聞きつけ、この地の財宝を手に入れるために挑んできたのだ。だが、ダンジョン内に一歩足を踏み入れた瞬間から、彼らは強烈な臭気と異様な雰囲気に圧倒され、互いに顔を見合わせた。

  「ここが……噂に聞く『深奥の巣窟』か。何かがいるのは間違いないな……」

  リーダー格の男がそう呟いたときだった。遠くから低いうなり声とともに、鈍重な足音が響いてきた。

  「なんだ、この音……!」

  恐怖に怯える声をあげる一人の冒険者。その視線の先に、暗闇から現れたのは、リュンナとフィオラだった。彼女たちは、すでに人間の言葉を解さない。ただ目の前に現れた侵入者を“獲物”と認識し、その巨体を揺らしながらじりじりと近づいていく。

  「逃げろ!」

  リーダーが叫ぶや否や、二人は一斉に駆け出した。床を踏みしめるたび、石が砕けるような轟音を響かせながら突進する。冒険者たちは悲鳴を上げながら散り散りに逃げるが、リュンナがその巨腕を振り下ろすと、一人の冒険者が壁際に叩きつけられ、意識を失った。

  フィオラは低く唸り声を上げながら、別の方向に逃げる者を追い詰める。その動きには迷いもなく、ただ本能に従った行動だった。

  「こんな……こんな化け物がいるなんて聞いてない!」

  冒険者たちは次々と倒され、ダンジョン内には彼らの断末魔と二人の唸り声が響き渡った。

  全ての侵入者が息絶えた後、二人は静かに獲物の残骸を囲むように佇んだ。リュンナが何かを感じ取ったのか、目の前に散らばった矢筒の残骸を手に取る。その瞬間、彼女の瞳がかすかに揺らいだ。

  それは、かつてエルフだった頃の記憶───森での平和な生活、姉フィオラとの穏やかな時間。それらが一瞬だけ頭をよぎる。

  「……ブィ……オラ……」

  低く濁った声が、初めて形を成した。しかし、その声はすぐに喉の奥で途切れる。彼女にはもはや言葉を紡ぐ能力は残されていない。

  隣のフィオラもまた、何かを思い出したかのようにリュンナを見つめる。だが、その目に宿るのは、獣としての衝動と混ざり合った曖昧な感情だけだった。

  ◇

  その後も二人はダンジョンの深奥で生き続けた。新たな侵入者が現れれば、容赦なく排除し、巣を守る。エルフとしての記憶は徐々に薄れ、オークとしての本能に完全に支配されていく。

  二人の生活は、もはやエルフとしての過去とはかけ離れたものになっていた。

  湿り気を帯びた空気の中、リュンナは重い足音を響かせながら歩いていた。彼女の巨体は汗と脂にまみれ、動くたびにむせ返るような獣臭を周囲に撒き散らしている。ダンジョンの壁面には彼女の体臭が染み付いており、侵入者を遠ざける威圧感を放っていた。

  ダンジョンの深奥、暗闇に包まれた空間で、リュンナとフィオラの生活は本能に支配された日々となっていた。彼女たちはもはやエルフとしての自我を完全に失い、オークとしての本能に従うだけの存在だった。

  リュンナとフィオラは、同族のように振る舞いながらも、時折互いの存在を強く意識することがあった。それはもはや姉妹としての絆ではなく、オークとしての本能が相手を「繁殖の対象」として捉える瞬間だった。

  フィオラの瞳には、かすかに迷いが浮かんでいた。どこか奥底に眠るエルフだった頃の自我が、こうした行為を拒もうとしていたのかもしれない。だが、その迷いは本能の前では無力だった。リュンナが荒い鼻息を漏らしながら近づいてくると、フィオラの瞳にも赤い輝きが宿り、理性は完全に吹き飛ばされた。

  リュンナはフィオラの背後に回り、彼女の肩を巨大な手で掴む。その動きは荒々しく、力強い。フィオラは低いうなり声を漏らしながら体を突き出し、リュンナの行動を受け入れる準備を整えた。

  リュンナがフィオラに触れるたび、二人の身体から滴り落ちる汗と脂が混ざり合い、湿った音を立てる。皮膚はざらざらとしており、毛深い部分からは体臭が一層強烈に漂っていた。フィオラの背中にリュンナの息がかかり、その熱気が彼女の全身を包み込む。

  リュンナの性器は、獣的な形状に変わり果てていた。巨大で膨張し、表面は荒々しく濡れた光を放っている。その周囲には硬い毛が密集し、動くたびに脂と汗が滴り落ちる。臭いは強烈で、鼻を刺すような酸味と生臭さが混じり合っていた。フィオラの性器も同様に肥大化し、膨れ上がった腹部との不釣り合いな形状を成していた。かつての清潔感や繊細さは完全に失われ、見る者に圧倒的な不快感を与える。

  肛門は赤黒く腫れ上がり、その周囲には濃密な毛が無造作に生えている。汗や体液、脂の影響で光沢を放ち、不潔さが際立っている。時折、排泄物の名残が見えるなど、その醜悪さは生々しく、オークとしての獣性がむき出しになっていた。

  リュンナとフィオラの身体から漂う臭いは、汗や脂の臭いを基調に、獣臭が混じり合ったものだった。その臭いは周囲の空気に染み渡り、侵入者を遠ざけるほど強烈だった。特に繁殖行為の最中には、臭いがさらに濃厚になり、ダンジョン全体を支配する。

  腋や性器から漂う臭いが二人の周囲に充満する。特に繁殖期を迎えたフィオラから発せられる甘酸っぱい臭いがリュンナの本能をさらに刺激し、彼女を衝動へと駆り立てた。

  そして、巨大な鼻同士をくっつけあった。交尾開始の合図だ。リュンナは巨大な体躯を前後に動かし、フィオラに覆いかぶさるように結合を始めた。その動きは荒々しく、獣そのもの。二人の巨体がぶつかり合う音がダンジョンの暗闇に響き渡る。

  「フゴォ……ッ!」

  喉の奥から漏れる唸り声が交互に響き、行為が進むにつれて音はさらに激しくなっていく。

  行為の最中、二人の身体からは大量の汗と体液が分泌され、それが床に滴り落ちる。湿った音が次第に大きくなり、臭いが一層濃厚に広がっていく。フィオラも次第に本能に侵食され、獣としての動きに身を委ねていく。二人の身体から発せられる唸り声は徐々に高まり、その動きはさらに激しさを増す。

  「グルル……ッ」

  「フゴォッ」

  二人の口から漏れる声は、もはや意味を持たない。ただ本能のままに快楽を求め、繁殖の相手を求めるだけだ。フィオラが身体を震わせるたび、彼女の体内で新たな命が育まれる感覚があった。それはリュンナも同様だった。オークとしての命が彼女の中で芽吹き始める。その感覚に酔いしれながら二人は行為を続けていく。オークとしての本能に身を任せながらも、二人の脳裏には過去の思い出が蘇る。それらは全て断片的なものだったが、二人がまだエルフだった頃の楽しかった日々を思い出させるには充分だった。

  それはまだエルフとして生きていた頃の記憶。広がる青空の下、緑豊かな森の中で、姉妹が笑い合いながら花を編んでいた。フィオラの笑顔は太陽のように輝いており、リュンナはその笑顔を守りたいと思った。森を駆け回り、静かな川辺で水を汲み、歌を歌いながら日々を過ごしたあの穏やかな時間。

  「……ブィ…………オラ……」

  かすかな声が喉の奥から漏れた。だが、その瞬間、現実の光景が彼女の意識を押し潰した。自分の体は醜悪なほど膨れ上がり、かつての美しさは跡形もない。手は巨大で毛深く、ざらざらした感触しか残っていない。視線を下ろすと、脂ぎった肌が反射する光とともに醜悪さを際立たせていた。

  彼女が抱きしめる相手───フィオラもまた、かつての面影を完全に失っていた。美しく長い髪はぼさぼさに乱れ、毛むくじゃらの背中が汗と脂で濡れている。かつての姉妹としての優しさに満ちた目は、今や血走り、動物的な輝きを放つだけだ。

  フィオラもまた、自らの身体に染み込む衝撃を感じながら、意識の奥底で記憶を手繰り寄せていた。彼女が見たのは、リュンナと一緒に過ごした幼い頃のひとときだった。小川のそばで、二人で作った花の冠を互いに被せ合った日。森の鳥の声に耳を傾けながら、風の中に揺れる花を摘み、互いに笑い合った日々。リュンナの優しい声が彼女の心を満たし、全てが幸福だった。

  だが、その記憶が蘇るたびに、現実の光景がそれを押し流す。二人の間に漂う臭い───獣臭と脂の混じった濃厚な臭気。湿った音と共に響く衝撃音。自分たちの行為がエルフだった頃の記憶とはあまりにもかけ離れた現実であることを痛感した。

  「フゴォ……ッ!」

  リュンナが再び低い声を漏らし、フィオラに覆いかぶさる。二人の体はぶつかり合い、その音がダンジョンの壁に跳ね返る。汗が滴り落ち、床に染み込む。かつての美しい声はもう出せない。獣としての本能だけが彼女たちを支配し、行動を導いていた。

  二人の鼻が触れ合い、互いに強烈な臭いを確認し合う。これが今の自分たちの絆の形───本能に従った動きの中で、かつての姉妹としての愛情は完全に壊れてしまったかのようだった。

  記憶の中のフィオラは、透明感のある白い肌と長い銀色の髪を持ち、森の中で微笑んでいた。リュンナはその傍で、木漏れ日の中に立ち、二人の笑顔が永遠に続くと信じていた。彼女たちの間には、言葉にならないほどの優しさと繋がりがあった。

  だが、現実は違う。彼女たちは膨れ上がった脂肪に覆われ、体臭と湿った音が支配する空間で、獣として生きる存在へと変わり果てていた。互いに鼻を擦り合わせ、獣のように唸り声を上げる。それが彼女たちの現在の全てだった。

  二人は同時に涙を流し、快楽に身を委ねた。行為の勢いは収まることなく、行為はさらに激しさを増す。リュンナはフィオラを完全に支配下に置くような動きで、その巨体を押し付け続けた。フィオラもそれに応えるように腰を押し返し、行為そのものに没頭していく。彼女たちの動きには、もはや理性はなく、ただ繁殖の成功を目的とした本能が支配していた。二人の口から漏れるうめき声が次第に高まり、それはやがて大きな叫びへと変わった。

  「グオオオオオオオオォォォォ!!」

  「ブオオオオオオオオォォォォ!!」

  獣の叫びとともに、二人の身体は床へと崩れ落ちる。激しい絶頂が彼女たちの身体に訪れ、全身が痙攣する。互いの性器からは熱い液体がほとばしり、それが混ざり合い床に流れ落ちる。行為を終えた後、二人は荒い息を吐きながら見つめ合った。

  リュンナの脳裏に浮かんだのは、フィオラの笑顔だった。それはもう現実には存在しない、かつての記憶の中にしかないもの。彼女の瞳にわずかな涙が浮かんだが、それが何を意味するのかを自分でも理解できなかった。

  一方のフィオラも、記憶の中のリュンナを見つめていた。それはエルフとしての優しさと誇りを持つ姉だった。だが、その記憶は次第に薄れ、暗闇の中へと消えていく。

  二人の目にはもう理性の光はなく、本能のままに動く動物としての姿が映っていた。

  ダンジョンの暗闇は深く、彼女たちの美しかった記憶を次第に覆い隠していく。それでも時折、記憶の片隅に残るエルフだった頃の幸福な日々が、わずかな光として彼女たちの心を揺さぶった。しかし、その光が現実の醜悪さを変えることはなかった。彼女たちは再び本能に従い、同じ行為を繰り返す───それが、オークとしての運命だったのだ。

  行為が終わると、二人はその場に横たわり、荒い息を吐きながら動かなくなった。フィオラの腹部はさらに大きく見え、次世代の雄豚オークを宿していることが明らかだった。リュンナは満足そうに鼻を鳴らし、巣穴の周囲を見渡しながら警戒の態勢を整えた。

  フィオラは低いうなり声を漏らしながら体を起こし、出産に備えるように巣穴を整え始めた。もはや二人にとって、この一連の行為は本能に従った日常であり、エルフとしての過去とは完全に切り離されたものだった。

  それでも、わずかに残ったエルフだった頃の記憶が、彼女たちの心の片隅にあるかのように見える瞬間が時折訪れる。しかし、その記憶が何を意味するのかを思い出すことはもうなく、ただ肉体の変化とともに深い闇に沈み込んでいく。

  ダンジョンの中には、彼女たちの放った排泄物と体臭が充満し、新たに足を踏み入れる者たちを遠ざけていた。侵入者がいない時間が続く中、彼女たちはその場で横たわり、また次の衝動に身を任せる準備をする。

  行為から数日が経過すると、フィオラの膨れ上がった腹部がさらに大きさを増し始めた。体の内部で新たな命が芽生え、成長を始めている感覚が彼女の全身に広がる。

  「フゴォッ……グルルッ……」

  フィオラは自らの腹部を見下ろしながら低いうなり声を漏らし、その感覚を本能的に受け入れていた。

  妊娠の兆候は腹部だけでなく、全身に及んだ。腋や性器から放たれる臭いがさらに強まり、汗と脂の分泌が増えたことで、体全体がぬめりを帯びたように見えた。その臭いは周囲の空間に染み込み、侵入者を遠ざける強烈な威圧感を生み出していた。

  妊娠が進むにつれて、フィオラの体はさらに重さを増し、その動きは鈍重になった。膨れ上がった腹部は前に突き出し、歩くたびに揺れる。

  ドスン……ズルッ……

  重い足音が湿った空間に響き、動くたびに体から滴り落ちる汗が床に広がっていった。フィオラは本能的に自らの腹部を守るような動きを見せる一方で、繁殖行為を繰り返すようリュンナを誘う仕草を見せた。

  「フゴフゴ……フゴォッ!」

  その行動には、完全に本能に支配された獣としての姿が現れていた。

  妊娠が進むにつれて、フィオラの体から放たれる臭いはさらに濃厚になり、ダンジョン全体を支配するほどの強烈な臭気を放つようになった。その臭いは、もはや空間そのものに染み込んでいるかのようで、周囲の空気を圧倒的に汚染していた。

  フィオラの妊娠は、彼女が完全に獣として堕落し、エルフとしての尊厳を失ったことを象徴している。その膨れ上がった腹部は、新たな命の誕生を告げる一方で、彼女たちの変身が持つ悲劇性を一層強調する存在となっていた。

  妊娠という新たな局面を迎えた彼女たちは、もはや元の姿には戻れない。彼女たちの変化が不可逆であり、獣としての本能に完全に支配された存在となったことを物語っていた。

  湿気と腐敗臭が漂うダンジョンの奥深く。フィオラの膨れ上がった腹部は日に日に大きさを増し、全身が重々しい存在感を放っていた。

  「フゴォ……フゴフゴ……」

  低いうなり声を漏らしながら、彼女は膨張した腹部を揺らして歩く。動くたびに体から汗が滴り落ち、その脂と混ざった臭いが空間全体を覆っていた。リュンナもまた、フィオラの体の変化に反応するかのように彼女を嗅ぎ回り、時折その膨れた腹部を眺めながら低い唸り声を漏らしていた。

  「フゴッ……フゴフゴッ!」

  その視線には理性の光はなく、ただ本能的な満足感が浮かんでいるだけだった。

  数週間が経過し、フィオラの体は限界を迎えた。膨れ上がった腹部がさらに重さを増し、動くたびに体全体が震えるようになっていた。

  「フゴッ……フゴォ……!」

  低いうなり声を上げながら、フィオラはダンジョンの隅に腰を下ろした。その顔には苦悶の表情が浮かび、全身から汗が滴り落ちていた。腹部が激しく収縮し、フィオラは低い唸り声を漏らしながら体を震わせた。

  「グルルッ……フゴォッ!」

  その声はダンジョン全体に響き渡り、周囲の空気をさらに重苦しいものにした。床には彼女から滴り落ちた汗と体液が広がり、ぬめりを伴った臭気が充満していた。腹部がさらに収縮を繰り返し、フィオラは全身を震わせながら力を込めた。

  ジュル……ズチャッ……ドシュッ!

  湿った音と共に最初の子がフィオラの体から放出され、床に転がった。その表面は粘液で覆われ、動き始めるまでわずかに時間がかかった。フィオラの体からは次々と新たな命が生み出され、そのたびに湿った音と共に粘液が飛び散った。

  ドシュッ!ズルズル……!

  生まれた子たちは粘液に包まれたまま床に広がり、やがて自らの体を動かし始めた。出産を終えたフィオラは、荒い息を漏らしながら自らの子を見下ろした。その目には母親としての情愛ではなく、本能的な満足感だけが浮かんでいた。

  「フゴフゴ……フゴォッ!」

  彼女は子たちを嗅ぎ回りながら、臭いを確認するようにして鼻を鳴らした。彼らの姿は、母親たちの強靭な肉体と醜悪な特徴を受け継いでいた。

  新たな命が誕生するたびに、二人はその本能に従い、再び繁殖行動を繰り返していった。もはや彼女たちの人生はエルフとしての自我や理性とは無縁のものとなり、ただ獣としての本能に支配された永遠のサイクルへと突入していく。

  フィオラとリュンナの繁殖行動は、彼女たちが完全にエルフとしての過去を失い、オークとしての新たな生態系の一部となったことを象徴している。繁殖によって生まれた次世代のオークたちは、彼女たちの痕跡を永遠に残し続け、いつの間にか”オークのダンジョン”と呼ばれているこのダンジョンの中で繁栄を続けるのであった。