第一幕
春樹が風邪を引いた。多分今までの仕事の疲労かなんかが今になってドッと押し寄せてきたんだろう。
抱えて運んできた春樹はなんか少し苦しそうな顔をしている。
疲労、室内と室外の気温差。この2コンボが揃うとそりゃぁ体調も崩すよね。
そんな春樹の体に羽毛布団を被せて少し経つと自分の嫌なものが目の前に出てきたような顰めっ面から少し和らいだような気がした。そんな珍しく子供のような表情をする春樹が愛おしくて思わず顔が綻んだ。もう少し表情を柔らかくできないものか、と額や耳の付け根あたりを撫でていると「にへぇ...」とよくわからない笑い方をした。俺は「こんな春樹滅多に見れないぞ」とカメラでその表情を撮り納めた。永久保存だな、これは。
少しニヤニヤしながら春樹の表情を眺めているところをハルトに見られたらしく、少しびっくりした。
ハルト「そんな驚かなくても...」
ワタル「びっくりした...」
ハルト「寝てるなら林檎は別に大丈夫だったかな」
ワタル「まぁすぐ起きるでしょ。」
ハルト「だといいんだけど」
ハルトも俺の隣に腰を下ろした。ベッドの上だったから一気に沈んだ。
ワタル「ハルトって意外と重いんだな」
ハルト「まぁちょっとは鍛えてるからね。」
ワタル「へ~」
ハルト「でさ、ワタル」
ワタル「ん?」
ハルト「ぶっちゃけ、春樹のことどう思ってる?」
ワタル「どうって......」
急に言われても返答に困る。答えは一つ、「好き」しかないけどいざどう思ってるかなんて聞かれたら少し言いずらい。
俺は一呼吸置いて言った。
ワタル「好き。春樹が俺のことをどう思ってようと、俺は春樹が好き。大好き。」
ハルト「そか。」
ワタル「急になんでそんなこと聞いたん?」
ハルト「だって、寝てて無防備だからなんかしでかすんじゃないかな~ってちょっと思ったから。」
正直に言えば頬にキスくらいならいいかな~とか思ったけどさすがにできない。したい気持ちは山々だけどね。
それがきっかけで春樹に嫌われようものなら一生立ち直れない自信がある。
ワタル「...春樹に嫌われたくないから...」
ハルト「そか。じゃぁひとつ言っておくね」
ワタル「ん?」
ハルト「春樹、お前に抱えられてからさらに顔が赤くなった、とだけ。」
そんなまさか、とその場は凌いだ。
第二幕
春樹「ん~...」
ワタル「お。起きたか?」
春樹「ん~...頭いてぇ」
ワタル「休んでろ。」
熱で少し紅潮させた顔をこちらに向けて「今起きました」とでも言わんばかりに春樹は表情を緩めた。
布団に顔を埋める春樹の額をそっと撫でた。もふもふやさらさらとは違うけど心地よい触り心地だ。
春樹「なでんなって...」
そうは言っても顔は満更でもなさそうだ。
ふふ、顔赤くなってる。かわいい。
少し暗くした部屋の中で二人きり。変態を極めた俺には少し邪な気持ちを増幅させるようで。
ワタル「なぁ春樹」
春樹「ん~?」
ワタル「春樹って、俺のこと、どう思ってる?」
聞いてしまった。自分が思ってる通りの答えが返ってくることはないと分かっていて、聞いた。
暫くの沈黙の後、春樹の口が動いた。
春樹「自分でもよくわからない。でも、ワタルは俺のかけがえのない親友。今はそうとしか言えないかな...」
後半はともかく、『自分でもよくわからない』ってどういうことだろう...?
ワタル「そっか。」
『かけがえのない親友』そう言ってもらえただけでもすごくうれしかった。
ダメだ、自分でもわかるくらいニヤけてる。
感情を抑えられずに尻尾を振りそうになったがぎりぎり抑制できた。
林檎の皮でも剥こうかと台所に向かおうとすると春樹に袖を掴まれた。
春樹「...ぁ」
ワタル「どした?」
春樹「...ぇっと......」
ワタル「...?」
春樹の顔がまた赤くなってる。どうしたんだろう
春樹「い...ぃかないで...」
小声で、しかしはっきりと『いかないで』と、春樹は言った。
恥ずかしさからか、春樹はわたわたしていた。そんな春樹を見ていつも通り『かわいいな』と思った、それと同時に春樹に対する『好き』がまた少し大きくなった気がした。
寒波ですごく寒い気温なんてどうでもよくなるくらい今、俺と春樹が居る空間は暖かかった。それこそ、春の日、大きな樹の下に居るような、そんな暖かさ。もちろん、その『いかないで』に対する返答は一つ。すぐそばに居る、それだけだ。
ワタル「わかった。行かない。」
春樹「...ありが...と」
なんだか照れくさそうに礼を告げた。ツン1割デレ9割のツンデレみたいだな。いや、この割合だとほぼほぼデレだな
暫く春樹の横に居るといつの間にか春樹は眠っていた。無防備に放り出された春樹の手は雪みたいに真っ白で綺麗だった。けど、雪とは違って暖かい。そんな春樹の手を握っていた。春樹に『握ってて』と言われたわけではない。自分が小さい頃風邪を引いたときに母親にそうしてもらっていたから春樹にもそうしているだけだ。なんとなく、春樹の表情も柔らかくなっている気がした。
今なら、いいよね...?
ワタル「...ごめんな、春樹」
事前に春樹に『ごめん』と謝って春樹に顔を近づけた。
穏やかに眠る春樹の頬にそっとキスをした。
特に罪悪感はない。昔はじゃれつくような感覚でたまに春樹にしていたからな。
口と口でもキスはちゃんと関係が深まってから。まぁ、その関係まで発展するとは思ってないんだけど。
第三幕
夢を...見た。ワタルとえっちなことをする、そんな夢。顔を赤くしたワタルが俺にのしかかったところから始まった。
服を脱いで...あとはなんとなく想像できるでしょ?
そこまでは別にいい。いや、いいわけではないけど...
一番問題なのは、起きたらワタルの手を握っていたことと、寝てる間に果てていた。俗に言う夢精というものだ。
今まで経験したことなかったから頭の中は謎まみれ。ていうかはやく処理しなきゃ...ていうか左手がっちり握られてるからどうしようもねぇ...
ワタルが起きたらどう説明したものか...ていうかなんで相手がワタルだったんだ?
ワタル「ん~...あ......寝てたのか俺」
春樹「ぁ...ぉ、ぉはょ...」
結局後処理できないままワタルが起きてしまった。焦りか恥じらいからか、目が泳ぎまくってる。
独特な臭いが鼻腔を突く。
ワタル「...」
春樹「ぇ~っと...ぇぁ...」
ワタル「春樹も人並みにはスケベで安心したよ」
なんでそこで安心するんだよ、こちとら今すぐ逃げ出したいくらい取り乱してるってのにぃぃ...
ワタルがそう安堵しているが俺は安堵してられないんだよ...ワタルはまだ良かったとはいえハルトとかレンには見られたくないなぁ...
あっそういえば俺風邪引いてたんじゃん...でも...辛くはない。少し寝れば治る風邪とかあんのか...?まぁどっちにしろ良かった。体は少しだるいけどだいじょぶだよネ。
そこからなんとか後処理を済ませてワタルに『俺になんかした?』と聞いた。
ワタル「えっと...手握って...そんくらいかな」
春樹「そか。」
ワタルに夢のことは打ち明けなかった。というか打ち明けられない。打ち明けて『ド変態狼獣人』とかいう不名誉極まりないイメージを持たれるのだけは勘弁してほしい。
ワタル「ちょっ春樹!鼻血!鼻血!」
やっべ鼻血出ちゃってる...やっぱ変態だ俺...それと同時に気づいた。俺、ワタルのことも恋愛の対象として見れるらしい。喜んでいいことなのかはよくわかんないからもう少し様子を見よう。本当に『好き』だと思えたら、その時にワタルに明かそう。
ワタル「ほらほら服汚れるって」
そんな邪なことを考えているうちにワタルが出ていた鼻血を拭いてくれた。スマホの内カメで確認すると少し口元の毛に鼻血の跡がついていた。まぁすぐに取れるでしょ。
羽毛布団に残った自分の体温を感じながらすぐそこにあるワタルが切ってくれたであろう林檎を食べた。
まだ下半身は収まってないみたい。うぅ...なんか過ごしずらいよぉ...
ワタル「ん? ずっとこっち見てどした。俺になんかついてる?」
春樹「ぁ...なんでもなぃ...」
ワタルにそう指摘されて慌てて目を逸らした。
なんかワタルの近くに居ると体がそわそわする......距離は別に取らなくても大丈夫だけど...
ワタル「お~い、どーした」
春樹「ひゃぅっ」
横腹をワタルにつつかれて反射的に体が跳ねた。こいつ...俺の弱点知っててそこつついただろ...
暫くワタルとそんな感じでじゃれあった。昔に戻ったみたいでなんか楽しかった。
春樹「ワタル~お腹空いたからなんか作って」
最近はこれをワタルに言うのが日常になって来た。だって、俺の一人暮らししてたときの料理、自炊しようとしたら炭が出来上がる。
今まで無駄にしてきた食材は数知れず、神速の炭化料理人とはまさに俺のこと。
...自分で言ってて悲しくなるな、これ。
ワタル「お前ほんとに料理の腕前絶望的なんだな...一回作ってるとこ見ていいか?」
春樹「炭になってもいいなら。」
ワタル「この際だから一回見せてくれ。」
そう言われたらやるっきゃない。とりあえずチャーハンでいいかな。
材料は...卵、玉ねぎ、白ご飯、チャーハンの素だったっけ...
ワタル「ん、あとこれな。じゃ、やってみてくれ」
よ~うし。やるぞ~。
まずは玉ねぎ炒めて~...んでこうして...こう!
3 2 1 はい! あっれ~?炭ができたぞ~...?
ワタル「おいどうしてそうなった」
春樹「知らん」
ワタル「...やっぱ飯係は俺だな」
春樹「ぁぅ...任せた。」
またこうして、新しい一日が始まった。今までと違うのは...ワタルを見ると少し気分が昂ってしまうということ。