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この聳え立つ木からしたら、きっと俺らの一生なんてほんの瞬間的な物でしかないのだろう。
それでも、俺達は生きて死ぬのだ。
だから。
せめて。
この一瞬。
この一瞬が。
ほんの少しでも、長く、永く。
続いて欲しいと思う。
ほんの一瞬でも。
俺達は。
『龍狼ファインディング』
どうやって俺達は出会ったんだろう。
正直、全然きっかけは覚えていないんだ。
ただ、もうずっとこうして。
俺はじいさんの隣で笑っている。
灰色の目は、俺の姿を捉えることは出来ない。
光を映すこともない。
けれど、凄く澄んでいる。
「のう、真。」
「どうした、じいさん。」
じいさんの優しい声に俺は応える。
じいさんは一瞬迷ったような表情を浮かべた。
そして俺の手をそっと握る。
ごつごつとした、けれど心細い手。
「…ワシが死んだら、お前はワシのことを忘れて、生きてくれないか?」
もう自分の死期が近いことを、じいさんはこのとき悟っていたのかもしれない。
けれど、このときの俺はただそれを笑い飛ばす事しか出来なかった。
ここで頷いてしまえば、じいさんが本当に居なくなってしまうかもしれない、と。
そう思ったからだ。
「何言ってんだよ。俺がじいさんのこと、忘れるわけねぇだろうが。それに、じいさんはまだ全然生きれそうだ。俺が保障してやるよ。」
「…そうかのう?」
「そうだよ。むしろ俺より長生きするんじゃねぇの?」
「ほっほっほ。…それは無理でも、お前の子供の顔ぐらいは見たいのう。」
「まかせとけよ。彼女いねぇけど。」
そしてじいさんは俺の頭をやさしく撫でるのだ。
くしゃくしゃと、くしゃくしゃと。
じいさんから貰ったお守り。中にはじいさんの鱗と髭が入っている。
龍にとって、とても大切な髭の一部。
そんなものもらえねぇ、と断ったんだが無理矢理渡されたもの。
俺はたまにそれを開いては触っている。
もう体温なんて残っているはずも無いのに、暖かく感じて。
今日もまた、俺は爺さんのところに行っていた。
日の当たる縁側で、俺は背伸びをし横になる。
「なぁ、じいさん。」
「なんじゃ?」
じいさんは縁側より部屋の中に居る。
布団の中で横になり首だけをこちらに向けていた。
近頃では起き上がるのも難しくなってしまったのだ。
けれど、まだ生きている。
生きてくれている。
「…」
俺は言葉を詰まらせてしまった。
じいさんの息子から頼まれた事を言おうとして、いえなくなってしまったのだ。
もう先が短い事。
何が起きても不思議じゃないこと。
じいさんを病院に、入院させたい事。
本人はとても嫌がっているらしいのだ。
…俺と逢えなくなるのが。
一人になるのが、嫌だ、と。
この年で、病院に入院となれば、退院する事はほぼ無いだろう。
病気に関する知識が無い俺でも、そんなことはわかる。
けれど、このままここに居ても、一人で死んでしまうことだってある。
本人の好きにさせてあげたいとも思う。
だけど。
少しでも、ほんの少しでも長生きして欲しいと。
生きて欲しいと。
そう思ってしまうのは、わがままなのだろうか。
本人がこのままで居たい、というのに。
病院に押し込めて。
少しでも生きて欲しいからと。
本人の希望を摘み取って。
それでも生きて欲しいと。
そう思うのは、わがままなのだろうか。
わからない。
わからなくなってしまった。
「…じいさん。」
「だから、どうしたんじゃ?」
「俺は…じいさん。俺、少しでもじいさんには長く生きて欲しいんだ。」
「…」
じいさんは何も言わない。ただ静かに聞いてくれている。
ぽろぽろと、言葉が。
俺の拙い言葉が溢れる。
「だから、じいさんにとってはきついかもしれない。一人にしちまうかもしれない。ボケて、俺のこともわからなくなっちまうかもしれない。けれど、だけど。俺はじいさんに生きて欲しいんだ。」
「…」
「俺…俺…酷いやつだよな。ごめんな、じいさん。ごめん…」
「いいんじゃよ。…お前さんは、本当に優しい子だ。お前さんのおかげで、ワシももう少し、ほんの少し長く生きたいと思ったよ。」
俺はじいさんのそばにかけよる。
縁側の光が、遠いのに、眩しくて。
じいさんの差し出す手をぎゅっと握り締める。
俺の体温は、伝わるだろうか。
じいさんの手は、酷く冷たくて。
俺の体中に生える毛を、全て。
全てあげても足りないほどに、冷たくて。
清潔な、白を基調とした部屋。
そこで横になるじいさんの手をぎゅっと握り締めながら。
俺はなんてことのない話をじいさんにしていた。
今日の授業はこんなことがあってさ。
昼はこんなの食ったぜ。
最近はこんなのが流行ってんだよ。
じいさんが若い時は、なにしてたんだ?
そんな、本当になんてことの無い話。
呼吸を助けるためのマスク。
体中に繋がれた点滴のコードとケーブル。
それでも、じいさんは俺の話を聞いて笑ってくれていた。
たまに喋る事もできるけど、すぐに苦しくなってしまうらしい。
けれど、それでも。
じいさんは、生きている。
俺のしたことは、罪なのだろうか。
許されない、大罪なのだろうか。
本人が苦しいと。
そう思っていたのに。
生きていて欲しいという、俺のわがままで。
その苦しみを与えてしまった。
きっと、罪なのだろう。
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