私は物心かついたときからこの鐘を護っている。私が小さな時から父に何度となく言われてきた。
『お前は護鐘龍として生まれてきたからには、この鐘を護っていかねばならぬ。よいか、如何なる時でもこの鐘が鳴らぬように護るのだ。鳴らせば、この世界は忽ち崩壊するであろう』と。
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これはこの世界ができてからずっと続いているらしい。
この鐘を鳴らぬように護ることは、護鐘龍としての使命であり、誇りなのだ。
私はその使命に忠実に従った。何年も、何十年も、何百年も、何千年も。
鐘の傍から片時も離れる事なく鐘を護った。
雨が降り、風が吹き、嵐が襲ってきても護り続けた。
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時にはどこからこの鐘のことを聞いてやってきたのだろうか、鐘を鳴らそうとする者、鐘を奪おうとする者、はたまた私に友好を求めてくる者、様々な輩が来る時もあった。
喰らってやった。
鐘を護る為には、鐘に近付く者は躊躇なく喰らった。
そうしなければ使命を果たせぬ、世界を護れぬ。ただそれだけだった。
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しかし或る時、私はふと思った。この鐘はどんな音がするのだろうと。それは今まで何故沸かなかったのかが不思議なくらいの疑問だった。
鐘が鐘であるからにはそれは音を奏でられる筈である。しかしその音は私が護鐘龍である以上聞けない、聞いてはならない音だ。
だが、その小さな疑問はだんだんと大きくなり、私を苛ませた。
どうしても鐘の音を聞いてみたかった。
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一度だけ…たった一度だけでいい。
一度だけでもこの音を聞きたい。
許されることではないと解りつつも私には我慢出来なかった。
何故かこの好奇心を押さえることが出来なかった。
私は鐘を鳴らす紐を力一杯引いた。
辺りには鐘の音が高らかに響き渡った。
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禁忌の音色は美しかった。
今まで一度も聞いたことのないような美しい音色だった。
まるでその音が私と共鳴しているような気さえした。
私は鐘の音の余韻までしっかりと耳に焼き付けた。
やがてまたいつもの静寂が戻って来た。
その頃にはもう私はすっかりその鐘の音色に魅了されてしまっていた。
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私は苦しんだ。
罪の意識、後悔の念などでなく、またあの音が聞きたくて苦しんだ。
私は護鐘龍失格だ。
しかしもう失格でも何でも構わない。もう一度、もう一度あの鐘の音が聞きたい。
一度聞いたその音で、既に私でなく私の身体がその音を欲するようになっていた。
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そして私はまた鐘を鳴らした。
そのやはり素晴らしい音は直接私の心に響いているようだった。
もう使命などどうでもいい。世界などどうでもいい。
私は誇り高き護鐘龍からただの愚かな龍に成り下がっていた。
それほどまでにその鐘の音は私を狂わせたのだ。
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鐘の音の代償は大きかった。
ある国では大地震が起こり、全てが崩れ去った。
またある国は火山の噴火に飲み込まれ消え去った。
またある国では水が干上がり全ての生き物が滅び去った。
それでも私は鐘を鳴らすのをやめなかった。やめることができなかった。
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気付いたときにはもう何もかも全てが無くなっていた。
緑も水も生き物も全てが滅び、地表には岩肌を残すのみとなっていた。
全て私がやったことだ。全ての責任は私にあるのだ。
そう解っていてもまだ私の身体は鐘の音を欲していた。
しかし、鐘はもう鳴らなくなっていた。
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鐘を鳴らすには代償が必要であった。しかし、もう代償になるものは何も無くなった。
私はそれでも鐘に請いた。あの音を響かせてくれと必死に請いた。
しかし鐘は鳴ってはくれなかった。
代償…、何か代償になるものはないか…
そして私はまだ残っているものがあるのに気付いた。
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『鐘よ、最後に私を代償に鳴り響いてくれ。』
私などもう必要ない。
消えてなくなればいい。
私はこの星を滅ぼしたのだ。
私は私利私欲の中に自責の念を含めて鐘を鳴らした。
そして私は鐘と共に消え去った。
薄れゆく意識の中に聞こえた最期の鐘の音は、今までで一番美しく聞こえた。
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こうして私はの一生は護鐘龍の誇りを捨て、世界の全てを裏切った自分本位な龍として幕を閉じた。
こんなことをしておいてなんだが、ただ使命に縛られ鐘を護り続けるだけの私の未来を想像するとこれでよかったのかもしれないと思う。
しかし今となってはその後どうなったのかを知る術は私には残されていない。
私が滅ぼした『月』は一体今どうなっているのだろうか。
-END-