魔王モリスとシエル先生

  あいつは婬魔だ

  だから俺の気持ちはあいつの能力によって作られた偽物

  俺は将来、この魔界の頂点に立つ王になるのだ

  あんな下等な悪魔の力に屈してはいけない

  なのに何故だろう

  複雑そうに笑うあいつの顔を見ると

  抱き締めて本気で愛してやりたくなるんだ…

  -魔王モリスとシエル先生-

  「久し振りだね」

  歪んだような空間の部屋に無数の本棚と書籍の詰まった小図書館のような部屋の真ん中。

  乱雑に積まれた本に埋もれた大きな机で真剣に視線を落とす男に声をかける。

  その男の視線の先にもやはり本で俺の声は届かない。

  音を立てないようにそっと背後へ回り、手元の書籍へ視線を落とす。

  ルーンがどうのとか…

  鉱石がどうだとか…

  何かの参考資料のようで面白くなくすぐさま視線を外した。

  そのままゆっくりと男へ目をやれば、男の手が髪を耳へと掛け、形のいい耳が露になる。

  へぇ…耳まで同じなんだ

  そう思うと悪戯心に火が点く。

  俺を無視するお前が悪いんだ

  ゆっくりとその柔らかそうな耳朶から耳の形に沿って舌を這わせれば

  「ひゃっ…!」

  という声をあげてバッという音が聞こえそうな勢いで耳を押さえてこちらを見た。

  「久し振りだな、シエル・セレス」

  「あっ……あなたは!」

  美しい白い肌が赤く染まり先程舐め上げた耳まで色付いている。

  中性的な顔立ちと潤んだ瞳が艶かしくて自分の相手のそれと比べた。

  姿形、性格は似ていても仕草や表情、反応に微妙に違いがある。

  あいつはこんなに初々しい反応はしないな。

  いや…昔は……

  ああ、俺のせいか。

  自分の相手の反応が自分によって作り上げられたものだと思うと自然と口角が上がった。

  「あの…何かご用ですか?」

  「ん?ああ、約束通り会いに来てあげたよ」

  「会いに来るなとは言いませんが、もう少し挨拶の仕方があるでしょう?」

  困ったような顔がそそる。

  あの男がセレスをかまいたくなる理由がよく分かった。

  俺と同じだ。

  「ちゃんと挨拶をしたのを無視したのはお前だ」

  「えっ…あっ……」

  自分の手元にあった本と俺の顔をキョロキョロと見ると眉を八の字にしてため息を吐き出した。

  「私は…またやってしまったのですね…すみませんでした」

  その顔は反則だ。

  そんな顔をされるともっと困らせたくなるだろ。

  少しくらいなら虐めてもいいかな…

  「悪いと思っているのなら…」

  セレスの顎に手を添えグイッと上を向かせる。

  「か…顔が近いですよ…?」

  「近付けてるんだよ。これから何をしようとしているのか分からなくはないだろ?」

  「悪魔さん、あなたにはちゃんとしたお相手がいるのに、こんなところで私をかまっていたら浮気だと思われてしまいますよ?」

  「何それ…」

  「はい?」

  「いや、今の呼び方」

  「………悪魔さん?」

  これは新しい!

  さすがに可笑しくて吹き出してしまった。

  セレスから離れて飛び回りながら笑えば

  「そんなに可笑しかったでしょうか…」

  と呟いて沈んでいるのがまた良くて、その両肩に手を掛け覗き込むように瞳合わせる。

  少しだけ悪戯で体を縛ってやった。

  「セレス、勘違いしているようだから教えてあげるよ。俺はただの悪魔じゃない」

  「それは…、この間の子の様に何か種族のようなものがあるのですか?」

  「あんな下級と一緒にしないでくれるかな」

  「では…」

  「魔王だ」

  「はい?」

  「俺は魔界の王だ」

  「…………っ!!!!」

  驚いて言葉も出ないのか外せない瞳を見開いて、半開きの唇が何かを紡ごうともごもごと動く。

  あいつと同じで美味しそうだ。

  少しくらい味見をしてもいいかな…

  ゆっくりと近付く。

  「…あ…あの子にもこんな風に動きを封じて…何かしたのですか?」

  「は?」

  つい先日、似たような台詞を聞いたな…と思い出したら興が冷めた瞬間だった。

  手を離し目線を外す。

  自由になったセレスが深く息を吐いた。

  「えっと…魔王さん?」

  「それを聞いてどうするんだ?」

  「どうする…」

  「君が身代わりにでもなるの?」

  「身代わりって…そんなに酷い事を?」

  酷い事をしたのか…か

  怒った顔は結構男らしいな。

  「冗談だよ。多少お仕置きはしたけどそこまでの事はやっていない」

  「そうですか…。すみませんでした」

  「何故、お前が謝るんだ」

  「睨んでしまうなんて、お客様に対してあるまじき行為でしたでしょう?」

  「そうさせたのは俺なのに」

  「ふふふ。では、私の気持ちの問題という事にしておいてください。さて…」

  席を立ったセレスは部屋の隅へ行き

  「魔王様はコーヒーと紅茶どちらがお好みですか?」

  と振り返りふわりと笑った。

  花がほころぶようなそんな顔を無防備に突然見せられる。

  あの男が拗れた理由までもがよく分かった気がした。

  誰に対しても無防備なこの男に…自分だけが特別でないこの男に苛立つのだ。

  そういうところも二人そろってよく似ているのか。

  「どちらでも…お前にまかせる」

  「では、今日は私にお付き合いいただいて紅茶にしましょう。昨年の秋口に収穫されたものなのですけどね。香りも味も濃厚で美味しいのですよ」

  「へぇ…」

  後ろからその手元を覗く。

  大きめのティーポットとティーカップ2つに湯を注ぎ、しばらく待ってからティーポットの湯を捨てた。

  ティーポットにティースプーン1杯分の茶葉を入れ再び湯を注ぐ。

  ティーポットの蓋を閉めると砂時計を逆さまにする。

  3分か…。

  その隙に棚を開き何かを探しているようだ。

  「困りましたね…お茶菓子を切らしてしまっているようです」

  「なくてもいい」

  「そうですか?では、お言葉に甘えて」

  セレスが戻ってくると砂時計の砂がちょうど綺麗に落ち切ったところだった。

  カップの湯を捨て、水分を軽くふき取るとそこへティーポットから茶を注いだ。

  湯気と共にふわりと上がる茶の濃厚な香り。

  「あちらへどうぞ」

  と促されてソファーに座る。

  目の前に出された紅茶は深めの茶色でその表面は光によってゴールドにオレンジがかかったような輝きを放っていた。

  砂糖の小瓶とミルクの小瓶を置き、セレスが向かいに座った。

  「お口に合うといいですが…」

  一言呟くと、セレスは砂糖もミルクも入れずに口を付けた。

  合わせて俺もカップを手に取り口を付ける。

  最初に口内に広がったのは、先程淹れた瞬間に立ち上がった濃厚な茶の香り。

  そしてその後をほんのりと甘みが追ってくる。

  コーヒーや紅茶の味に拘りはないが、これは美味しい方だと思った。

  「ダージリンオータムナルと言います。」

  「秋口だからオータムナルか。収穫時期で味が変わるの?」

  「ええ、ダージリンには3種類あるのですよ」

  「へぇ」

  「春に摘んだファーストフラッシュ、夏に摘んだセカンドフラッシュ、秋に摘んだオータムナル。味も色見もそれぞれ違います」

  「詳しいんだな」

  「それほどではありませんが…あなたもこの部屋を見て私の趣味がなんだかもう分かっているのではありませんか?」

  ぐるりと部屋を見渡す。

  入ってきたときの印象、小図書館が再び頭に浮かんだ。

  「読書か」

  「ええ。それですっかり雑学まで身についてしまいました」

  「それにしては専門的だね。知識も淹れ方も」

  「え…」

  「カップを温めたり、時間を計ったり…」

  「ご存知だったのですね」

  「これでも王だからね。優秀な執事くらいはいる」

  「なるほど。それでは私の淹れたお茶ではあまりお口に合わなかったのでは?」

  「いや?なかなかいい」

  「それは、お褒めにあずかり光栄です」

  ふふふと笑みを浮かべカップを置くと俺を真っすぐ見つめてくる。

  俺を探るように見つめる目は、どう切り出そうかと悩むあいつとよく似ていた。

  しかしセレスはそこを躊躇うほどしおらしい性格ではないようで、俺がカップを置くのを待ってからストレートに切り出した。

  「なんの御用でいらしたのですか?」

  大した用が合ったわけではない。

  本当に簡単な報告と会いに来ただけなのだ。

  だけどここですんなりそう答えるのは面白くない。

  「お前を口説きに来た」

  「は…い?」

  自分の予想していた返答と大きくズレていたのだろう。

  目を見開いてこちらを見る顔が結構間抜けで面白い。

  「だから、口説きに来たと言っている」

  「えっと…また…冗談か何かですよね?」

  「俺がそんな暇なように見える?」

  「……」

  真剣に考えるな。

  心の中でツッコみながらもその光景が愉しくて上がる口角を隠すのに苦労する。

  初めてセレスに会ったあの日

  もう何千年もすれ違い続けたあいつよりも

  セレスを手に入れた方が楽なのではないかと思ってしまうほど

  この男とは意思疎通が出来たような気がしたのだ

  口に出さなかったがセレスがあの時、俺に対して何を思っていたのかも分かってしまうくらいに。

  だからあの日、魔界に戻ってやり方は手荒だったけど

  今まで一方的に押し付けていた自分の想いを一旦置いておき

  一歩引きながらあいつのしたいようにさせてみた

  そして結果的に、あいつは俺がいつも伝えているそれをすんなり受け入れたのだ

  つまり俺達がうまくいったのは目の前の男のおかげの様なところもあって報告がてら会いに来たというわけだ。

  さて、どうやってからかうか…

  「あの…」

  「何?」

  「何故、私なのですか?」

  「ん?」

  「ほら、あなたにはあなたのお相手がいるでしょう?それも容姿や性格まで似た。それなのに…どうしてわざわざ私なのかなと…ちょっとした疑問ですよ」

  なるほど、そう来たか。

  「全てが同じではないだろ?お前にしかないものがある」

  とは言っても、その仕草はとても似ていると指摘すれば、傾げていた首を戻した。

  「あの日、お前は口に出さなかったけど、俺にあいつを理解していないと思わなかった?」

  「あ…」

  「『理解をしてくれないから反発するのだ』と…そして俺にもっと素直になれとも…」

  「ええ。あ、失礼でしたよね?気持ち悪いって言われましたし」

  「ああ、失礼だね。だけど、俺があいつを想っているとお前に言われた時…お前が俺のならこんなに苦労しなかっただろうなと思っただけだよ」

  ポカンとしたと思ったらクスリと笑い細くなる目元。

  よく笑う奴。

  あいつも昔からそうだった。

  「それはあなたの勘違いですよ」

  「勘違いね。どの辺が?」

  「私は第三者だから気が付けただけです。もしも、私があなたのお相手だったならきっと気が付かない自信があります」

  「そんな自信があるんだ?」

  「ええ。あなたとお相手のお二人を見たからこそ分かったことですから」

  真顔になるとと射貫く様な視線をこちらへ送る。

  「…あなたはあの子が何故モリスを選んだのか分かっていないのではないですか?」

  「突然踏み込んで来るね。あの件についてはたまたま見つけたと聞いている。あとは俺に似ていたからと」

  「似ていたから…何故似ている人を選んだのでしょうね」

  何故…

  改めて問われると確かに分からない。

  「…似た人を選んでその人に自分を認めさせることで、自分の本当に認めさせたい人にアピールしているように思えませんか?」

  「俺に自分を認めさせたいって?」

  「ええ。あなた…あの子を否定し続けていませんでしたか?」

  その言葉に遠い日を思い出した。

  まだ、俺もシエルも子供で俺達は城下で会う友人だった。

  あの頃あいつは自分が婬魔であると平然と言えていた。

  そして俺を、魔王様の息子と少し引いた立場で見ていたのだ。

  あいつは下級な悪魔の中では力が強い方だったから、婬魔の仲間達の間では将来は有望だと言われていた。

  友になったのはそんなあいつに興味を持った俺が声をかけたことがきっかけだった。

  友人として過ごす中でいつしかあいつには色香が漂うようになってきた。

  幼いと自分の力を制御できない。

  あいつから漏れ出す色香はその力が溢れているのだと俺は勝手に思っていた。

  だからあの日俺はシエルに言った。

  「シエル、君は俺が好きなの?」

  「え……」

  戸惑う表情のシエルに冷たい言葉だった思う。

  「君から…おそらくだけど力が溢れてる。そうじゃなきゃ、俺が君といてこんな気持ちになるなんてありえない」

  それから少してシエルの力のせいではないと気が付いた。

  口にしたのは一度だけど、シエルと居る度に多分言動に表れていたのだと思う。

  「心当りがあるようですね」

  セレスが複雑そうな表情をする。

  「何千年も前の話だよ。それもたった数百年の間だけだ」

  「それから一度でも認めてあげたことはあるのですか?」

  「俺の中で認めてからは何度も伝えてるよ」

  「何をですか?」

  「俺の妃になれと伝えている」

  ポカンとしたセレスはクスクス笑うと

  「分かりにくいですね」と言い放った。

  何が分かりにくいだ

  分かりやすいだろ

  「それだけでは伝わるものも伝わりませんよ」

  「は?」

  「私を口説く前にちゃんとあの子の存在そのものを認めてあげてください」

  シエルを認める。

  『どんな私でも…認めてくれるのですか?』

  数カ月前のシエルの言葉が浮かんだ。

  あの時は今更何を言ってるんだと浮かんだが口にせず、何者であれシエルはシエルだと伝えたが…

  まさか…

  ずっとあの言葉が欲しかったっていうのか…

  だとするとそれは…

  この数千年の遠回りの元凶が俺だということになる

  自分の言動に頭を抱える日が来ようとは…

  あの幼い日の頑なな自分が今の俺を見たら滑稽だと笑うだろうか

  いや、その前に俺があの思考を正してやらなきゃならない

  そうすればもっと事は単純だったのだ

  乾いた笑いが漏れる。

  「セレス、お前はやっぱり俺のにはなれないよ」

  「ええ、なる気はありませんから安心してください」

  「可愛くないね」

  「未だにあなた方の可愛いの基準が分かりませんが、もしも私の可愛いと言われる姿が見られるとしたらそれは多分どの世界を探してもたった一人だと思いますよ」

  俺は多分、そのたった一人しか見られない貴重な姿を見てしまったような気がするけど「そうなんだ」と目を反らしておいた。

  「ところで…本題は何でしょう?」

  「ああ、それは…」

  「シエル!!!!!!」

  突然乱暴に開かれる扉の音にセレスも俺も扉の方へ釘付けになった。

  「モリス…?」

  ズカズカという音が似合う足音を立てて入ってきた男は俺を一瞥するとセレスの隣に腰を掛け引き寄せるように腕の中に閉じ込める。

  モリス・ディートリヒ。

  改めて見てもよく似ているなと観察する。

  「何ですか!?急に!」

  ディートリヒの胸をグイグイ押して離れようとするセレスを押さえ込んで俺に視線を戻した。

  「シエルに何をしに来た?」

  何も?と言おうとして

  「口説きに来たんだよ」

  と答えてやれば先程に増して凶悪な表情をする。

  「もう!彼の冗談ですよ!!真に受けないでください!」

  ようやくディートリヒの胸から顔を上げられたセレスが伝えれば、ディートリヒが口を塞ぐように口付けた。

  「シエルは黙ってて」

  突然の口付けに顔を真っ赤にして恥ずかしさと怒りに震えているであろうセレスをそのままに俺を睨む。

  「口説く相手を間違えてるんじゃないか?」

  「俺は本気で口説きに来たんだよ」

  「へぇ…」

  ディートリヒは扉へ目を向け怒鳴るように言う。

  「おい、入っていいよ」

  ゆっくりと開いた扉から入ってきたのは…

  ああ、やっぱり俺を追ってきてたのか…

  「酷いです…なんでこんな大切な日に…君はそういう事をするのですか!?」

  目を真っ赤にして俺の元へ飛んでくると、跨がるように膝に乗り襟をグイッと掴まれ首が閉まる。

  「俺を殺す気?」

  軽く言えば

  「そうして欲しいのならそうしますけど!そういうことじゃありません!」

  腰に手を回してヨシヨシと頭を撫でる。

  不服そうな顔のまま首に手を回して顔を埋めた。

  「冗談だよ」

  「こんな悪趣味な冗談を言うためにわざわざこんなところまで来たのですか?」

  「いや、それだけじゃないさ。俺達の事を報告に来た」

  「ここの二人には関係のない事でしょう?」

  「君が俺のだとそこのそっくりさんにちゃんと言わないとね」

  「だったらどうしてこの部屋に居るのですか?」

  「君を連れて帰ったあの日にまた来ると約束したからね」

  「浮気ではないのですね…」

  「そもそも、俺はきっぱりフラれている」

  ようやく顔を上げたシエルは俺の上から退くと隣に腰掛け深々と頭を下げた。

  「お騒がせしました」

  「まったくだ」

  ディートリヒが不服そうに組んだ足を肘置き代わりにして頬を付いて答えた。

  解放されたセレスが新たな紅茶を淹れて来てディートリヒの隣に掛ける。

  「仲直りが出来たようで良かったです」

  しかし、同じ顔がこうも揃うと気持ちが悪い。

  報告をしてさっさと帰ろうと決めた。

  セレスの入れ直した茶に口を付け口を開こうとしたとき

  「あの時は」

  「ん?」

  「中途半端だけど治療をしてくれたんだってね」

  『中途半端』にやけに力を込めて言われた。

  「しっかりと治っていただろ?」

  「傷はね」

  「痛みは対価だと言ったはずだけど?」

  「嫉妬と八つ当たりの間違いだろ」

  「俺に喧嘩を売るとは良い度胸だ。受けて立とうか?」

  「望むところだ」

  「お二人共そのまま本当に続けるようでしたら、外でやってくださいね」

  にっこりと張り付けたような笑みのセレスの目の奥が笑っていない。

  そして、こちらのシエルを見た。

  「あなたは…女性にもなれるのですね」

  「え、ええ。私は…」

  「サキュバス」

  「ご存知ですか?」

  「インキュバスといえば婬魔でしょう?婬魔は別名夢魔と言ってサキュバスになって男性から…ってご本人に話すことではありませんね。すみません」

  「セレスは雑学もよく知っている」

  「なるほど…だから私の事も分かるのですね」

  「シエル、よく女だって分かったね」

  「え?どう見ても女性ですよ?」

  「そこは、ディートリヒに賛同するよ」

  「「どういうことでしょう?」」

  綺麗に重なった声と仕草。

  「シエルは中性的すぎて男も女も変わらないって事だよ」

  「失礼な人ですね」

  ディートリヒとセレスのやり取りにこちらのシエルが笑い出す。

  機嫌は直ったようで良かった。

  時間も良い頃合いだ。

  「さて、俺達はそろそろ帰るよ」

  席を立ちシエルの手を取りそのまま姫抱っこで持ち上げる。

  珍しく暴れることなく俺の首に腕を回した。

  「これから婚儀なんだ」

  そう告げれば一瞬呆けた二人が見えた。

  「それはおめでとうございます」

  「その報告のためにわざわざ来たのか」

  「今回の此処での一件のおかげでもあるからね。報告は大切だろ?」

  「別に要らないけど」

  「そんな言い方はいけませんよ、モリス」

  この二人はこの先どうなっていくのか。

  たまにはこっそり様子を見に来るのも良いかもしれないな。

  「ではまた、セレス、お前に会いに来る」

  「来なくていい!」

  「ふん。お前に言ってない」

  羽根を広げ飛び立つ瞬間

  「あの!あの時はご迷惑をおかけしてすみませんでした!シエル・セレス先生、ディートリヒ先生とお幸せに!」

  ずっと言うタイミングを伺っていたシエルが叫んでいた。

  本当は俺が促してやっても良かったのだけどそれではきっと気が済まないのが俺のシエルだ。

  ようやく言えた満足感にニコニコと俺にしがみつく。

  「あなた達もお幸せに!お体を大切になさってくださいね!」

  後ろから聞こえたセレスの声に手を振るシエル。

  「長居をし過ぎた。急ぐよ」

  「それは、モリスのせいですよ」

  そう言いながらも幸せそうなシエルに口付ける。

  「急ぐのでしょう?」

  「急いでるよ」

  「ふふふ。あ、そう言えばセレス先生気が付いてましたね」

  「ああ。そうみたいだね。次に会うときに小言を言われそうだ」

  「順序が逆ではありませんか?とかでしょうか」

  「あーそれは面倒くさいな。そもそも俺達は悪魔だ。人間の価値観なんて知らないね」

  「でもきっとあの人は喜んでくれていますよ」

  「シエルが言うならそうだろうね。さぁ、もう少し急ぐよ。ベッドの上の時のようにしっかりしがみつくといい」

  「い、いきなり何を言うのですか!もう!」

  そう言ってしがみつく手に力が入ったのが分かればスピードをあげる。

  大切な者の重みが増えた。

  悪魔の俺達に幸せを望まれても困るだろうが

  あの二人にもいつかこの幸せが訪れるように…

  なんて魔王の俺が思ってしまうようになったのは

  シエルの影響のせいなんだろうな…

  Fin