第六章 家族の話。あるいは、アルヴェインと云う男

  あれから数日が経った。

  夢みたいなフカフカのベッドで目が冷め、ぐっしょりと濡れたおむつ姿で、主人の部屋の様子を探る。

  あまり朝が早い時間だと、そのままベッドで時間を潰した。奴隷の身で、なるべく主人の眠りを妨げないように、息を潜める。

  少しして、彼が起き出した頃を見計らって、寝ぼけ眼を擦り、部屋を出る。

  アルヴェインとの関係は、あれから何事もなく続いている。

  おむつ姿は相変わらず恥ずかしいが、主人の手を不要に煩わせるわけにはいかない。彼の優しい指が、体を這い、体がひくんと反応してしまう。

  ビリビリ……

  紙おむつが破られ、吸水紙に隠れたおちんちんが、ぷるんとゆれる。相変わらず可愛らしいサイズで、陰毛らしい飾り毛も全く無い。

  「しーしーは?」

  「多分、全部でた」

  「了承。昼もおむつを穿いてもらうが、気に病まないでくれ。少しずつ、進めていこう」

  「うん」

  改めて考えたら、俺は奴隷なんだし、主人に命令されれば裸にされても言い返せないんだよな。

  恥ずかしいのは仕方ないけどさ。

  クニッ

  暖かな毛並みの細い指先が、おしっこの湿気を含んで暖かい股間を弄んでくる。

  「ひゃん」

  変な声が出そうになるのを、唇を噛んで押さえ込んだ。

  「拭いてるだけだ。じっとしてなさい」

  「うん」

  ピンと立ってじっとしていると、股間がひくんと反応を返す。

  朝日に照らされた主人の顔を見下ろすと、やはり綺麗だと思う。

  同時に、いつかの夜、階段から見下ろしたアルヴェインのくらい影を思い出す。担いでいたのは、多分、ヒトの死体。

  聞きたいけど、聞けないよなー。

  屋敷に来た頃より、ちょっとは仲良くなれたと思うけど、やっぱり俺は奴隷だし。

  例えまっすぐ聞いたとしても、教えてくれるわけないよなー。

  「ごろんして」

  「はい」

  防水準備が整ったベッドに仰向けになる。サラサラの股間とお尻まで、恥ずかしい場所が全部丸見えにされて、やっぱり恥ずかしい。

  「この前……」

  急に話が飛んできたので、心臓がドキリと高鳴る。

  「酔って言っていたことは、本心だったのか?」

  「へ?」

  下半身丸裸のまま、情けない格好で、情けない声を上げる。

  「家族には、なれないと」

  「……うん?」

  そんな話、したっけ?

  覚えてないけど、アルヴェインが好きって言ったのは覚えてる。これは本心。

  好きだけど、家族って、別の話じゃない?

  「僕は……いや、ただの早合点だ。忘れてくれ」

  クシュ……

  手際よくテープがまとめられ、気づけばわ下半身がおむつに包まれていた。最低限でも衣服が与えられ、ティオの頭がちょっとずつ動き始めた。

  「なんだっけ、ずっと怖いって、話かな?」

  「何故? それも、言っていたが、何が怖い」

  「怖いんじゃなくて、無くなっちゃいそうって感じ? 全部アルヴェインのものだもの」

  当主は目を見開いていた。

  「ほ、欲しいものはあるか? あるいは、指輪。そう、約束の手形として指輪を贈る週間があると聞く」

  「例えばさ、その指輪をくれたとしても、いつか心変わりして、俺を殺して奪い返すことだってできるでしょ?」

  「な……んで……」

  「アルヴェインを疑ってるんじゃないよ。でも、奴隷って、普通にそれくらいの扱いだからね」

  「品目ではなく、契約、契約書を……」

  「できないよ。奴隷だもん」

  アルヴェインは初めて、本当に困った顔をした。

  意味が分からなくてキョトンとした顔では無く、眉を額に寄せた、困惑の表情。

  残酷な事を言ってしまったと、後悔した顔。

  喋りながら、ティオも自分が言ったのことを思い出してきた。

  「えーっと、俺、アルヴェインが好きだよ。それは、本心で言ってる」

  「光栄だ。だが、その……」

  「でも、家族は無理だよ。俺、奴隷だもん。 結婚は神様が許さないだろうし」

  「無理。しかし、遠方には人前式という婚約もあると聞く。世間が認めれば、事実的な関係を得ることも……」

  「そんなこと言っても、俺、友達とか居ないし、アルヴェインは?」

  「無い。兄も……決していい顔はしなかろう」

  「あとは、子供になる? 奴隷の養子縁組なんて、聞いたことないよ?」

  「寡聞。そんな制度があるとは思えない」

  肩を落とす主人を見て、なんとか慰めてやりたいと手を伸ばしたが、やはり身分の低い立場から勝手はできないと思い、慌てて引っ込めた。

  「例えば、この屋敷のヒトがそうみたいに、街中のヒトたちが、僕達を家族だって分かってくれたら。できるかもね」

  「街中に、そう、認識させる……」

  ティオはかけるべき言葉が分からなくて、わたわたした。

  「あっ、あのね。だから、気持ちの話じゃなくて……その、俺、別に奴隷でいいし、アルヴェインが主人なら、ずっと、お前の奴隷がいい」

  「承知だ」

  暗い顔のまま、ベッドから立たせてもらう。

  いつものスモックを着せて貰って、首に真鍮の鍵を下げ、主人の寝室を後にした。

  温室の水やりを手際良く済ませる。来た頃より、かなり減ったものの、まだ枯れた区画は残る。

  それから、新しい日課に移る。隠し通路探しだ。

  温室から庭を抜ける途中にあったことは覚えている。とにかくもう一度あの通路を見たい。

  あれが夢でなかった確証が欲しい。あるいは、ただの夢だったと、枕を高くして寝られる理由が欲しい。

  そういえば、こうやって中庭をウロウロしていると、いつもは決まって御者のおっちゃんが話しかけて来てくれたけど、その日は不思議と誰も居なかった。

  午後の遅い時間だし、何かで出払っているのか、邸内には使用人が一人も居なかった。そういえばアルヴェインも、何か用事があるらしく、今日は書斎にこもりっきりだ。

  「ま、そっちのほうが、都合が良いか」

  調べたところをメモした紙をちらりと見る。

  草木の流れが偏る、2ヶ所。

  擦れたあと、多分無関係。

  足跡らしきもの数点。前日は雨。

  単なる図示ではなく、こうして内容も記せるのは、文字を覚えて良かったと思う。胸ポケットから、主人にもらった木炭を取り出し、またメモを重ねる。

  次第に調べる範囲を減り、もう一つの怪しい区間に向かったとき、石壁の隙間に取っ手のようなものが目に止まった。

  「……え?」

  カコンと静かな音を立てて、壁が開く。

  あの夜に見た、真っ暗な階段が、口を広げる。

  嘘

  嘘だと言ってよ。

  夢じゃ……夢じゃないの……

  ドクンドクン……

  全身が心臓に変わっていくような錯覚。

  頭がガンガンと鳴って、次第に痛みを増してくる。

  「そこから離れろ、今すぐ」

  静かだが、驚くほど低い声で命令される。

  振り向くより先に、腕を引かれて、庭に転がされた。

  カコン

  扉が閉まる音。

  見上げると、さっきの扉を隠すように、御者のおっちゃんが立っていた。

  見開いた目は充血し、怒りに染まった真っ赤な顔で睨みつけてくる

  「来い。すぐに歩け」

  腕を掴まれ、引きずられるように、庭を離れ、廊下に戻った。

  「あ、あの……俺……」

  何の聞く耳も持たず、玄関から連れ出され、動物の入っていない綺麗な馬房に立ち寄ると、彼は一本の黒く細長い道具を取り出した。

  鞭だ。

  馬の調教に使う、本物の鞭。もちろん、奴隷にも使う。

  ティオの血の気がさっと引いて、体が冷たくなる。

  「あっ、い、嫌だっ……」

  暴れて逃げようとするが、腕をつかむ力は強く、振り払えない。

  「主人のところに行くぞ」

  思い口調で命令され、引きずられながら、書斎に向かう。

  ドアの前で、ふーふーと何度も深呼吸していた。顔色が少しずつ戻り、いつものおっちゃんの顔になった。

  手には、大きな黒い鞭を握ったままだ。

  ガチャリ

  書斎の中は、いつも以上の人通りで賑わっている。なにか特別な用事があったことは、本当らしい。

  「アルヴェインさま、ティオのことで、少々、私に一任をいただけますかな?」

  書斎の机から、慌てた様子で、アルヴェインが駆け寄ってくる。

  おっちゃんの口調はいつも通りだが、ギリギリと締め上げる腕と、手に持った道具を見て、ただ事ではないと察したのだろう。

  「何事だ? それは……?」

  「些事でございますがな。お坊ちゃんが少しばかり粗相を。どこかに部屋を借りてもよろしいですかな? 壁の件もございましてな」

  「壁? まさか、湿気っていた?」

  「かなり、すぐに調べを……」

  壁? なんの話?

  しかし、目の前のアルヴェインの顔は、みるみる困惑していく。

  「アルヴェイン様はお優しゅうございますからな。そうは言えども、𠮟りつける必要もございましょう」

  ギリギリとティオの腕が締め上げられた。

  「手荒はするな……頼む。ティオの……ティオの部屋を使うと良い。人払いも頼む」

  「かしこまりましたな」

  「頼む。手荒なことは、しないでくれ」

  「存じておりますな。御当主様も、今は目の前の仕事に向かうべきでは、ありますまいか」

  「あ、ああ。分かった。任せるよ」

  ティオが言葉を挟む隙間も無く、また書斎から連れ出された。

  パタン

  見慣れた扉が、重々しく閉じた。

  部屋の中には、ティオとおっちゃんの二人。

  苦々しい顔で、おっちゃんが口を開く。

  「誰に聞いた?」

  「誰……? いや、誰も……知らない」

  「中は、見たか?」

  あまりの気迫に、言葉に詰まった。

  本当は、見てる。

  だけど、本当のことを言っていいのか、分からない。

  「知り合いはいるか? 記録は?」

  「いっ、いない。おっちゃんだけは、友達だと思ってたのに……」

  「今は事情が違う。ほかには?」

  「め、メモ……これ、自分用だから。誰にも見せてないからね」

  胸ポケットから紙片を取り出すと、ひったくるように取られ、おっちゃんは血走った眼でじっと見た。

  「脱げ、いや、そこで立ってろ」

  奥歯をカタカタと鳴らしながら、直立する。乱暴にスモックを取り払われ、びりびりとおむつが破られた。

  素っ裸で部屋の真ん中に立つ。今になって、彼の持つ黒い調教鞭が、恐ろしく光る。

  「手は頭の上で組め」

  「ごめんなさい、ごめんなさい、本当に何も知らないんだよ」

  「早くしろ」

  「ひっ……」

  震える手を後頭部で組み合わせる。

  直立して腕を上げ、無防備に体を晒す。

  ピトッ……

  冷たい鞭の感触がお尻に当たり、血の気が消えていく。

  馬に使うような本物の鞭だ。奴隷の拷問にだって使える。

  「どこで知った?」

  「た、たまたま見ただけ、そんだけ」

  ヒュッ

  鞭の風切り音が鳴る。

  「ほんとに、本当に、誰かが居た気がしただけだよ……」

  「いつ?」

  「夜……何日か前……」

  バシンッ

  お尻から乾いた音が弾け、鋭い痛みが走る。

  「ひがっ……」

  それからじんじんと熱くなる。

  視界がじわじわと涙で滲み、鼻の奥がつーんとしてくる。

  「本当のことを言えば、数は減らしてやる」

  「ほ、本当。嘘は言ってない」

  「中は見たのか?」

  「そ、それは……」

  バシンッ

  返事をするよりも先に、鞭の鋭い痛みが飛んだ。

  「ごめんなさい、ごめんなさい。ちょっとだけ、階段を下りたの」

  バシンッ

  「あっ……がっ……」

  「手を組んだまま! 離すな!」

  野太い声で命令され、慌てて手を持ち上げる。

  後頭部で組んだまま痛みで体がぴょんぴょん揺れる。素っ裸でおちんちんも一緒に震えているが、今はそんなこと気にしていられない。

  「何があった?」

  「わ……」

  バシンッ

  少しでも答えを躊躇すると、容赦なく鞭が飛ぶ。

  「何か、置物、死体か……何か。く、暗かった」

  「誰かに会ったか?」

  「誰にもっ!」

  涙交じりの声で、必死に訴える。

  「立て!」

  「はいっ!」

  もう一度風切り音が鳴を鳴らして、バシンとお尻に鞭が飛ぶ。

  「ぐぅ……」

  体をこわばらせ、直立したまま耐える。痛みには慣れてるほうだと思ったけど、この鞭の痛みは適格にティオの恐怖心を煽った。

  「この紙は?」

  ヒュッという鞭の風切り音だけで、体がビクンと身構えてしまう。

  「あ、アルヴェインに貰った。書いたのは俺」

  「普段は?」

  ヒュンッ……

  また、風切り音が鳴る。声に嗚咽が混じり、鼻水交じりの震えた声で、必死に答えた。

  「お、俺の服の胸ポケットに入れてる」

  「それを知っているのは?」

  「いない。多分。アルヴェインも知らないっ」

  「他に?」

  「いないよ、俺、友達いないもん」

  涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、本当のことを必死で喋る。

  彼は見事な手際で、風切り音一つで、ティオに洗いざらい喋らせるまでに至った。

  「あの部屋が、何か知っているか?」と重たい声と共に、風切り音が鳴る。

  「し、知らないっ。本当! 本当に、一回迷い込んだだけ」

  「今日は、誰と会った」

  「あってない、誰とも」

  「庭には?」

  「見てない。誰も見てない。本当に、お、俺が見える範囲には、誰も……」

  「そのまま待ってろ」

  「……はい」

  ティオは全裸で両手を頭の上で組んだまま、部屋に一人、置き去りにされた。

  奴隷らしい扱いに戻ったと思えば、少しは気もまぎれた。

  「ティオ……」

  夕日で部屋がオレンジに染まるころ、転がり込むように、屋敷の主人がやってきた。

  今にも泣きだしそうな顔で、見つめる。

  「アルヴェイン……」

  素っ裸で顔は涙でぐしゃぐしゃで、恥ずかしいとも思ったが、今は彼の顔が見れてうれしかった。

  「ごめんなさい、ごめんなさい。俺、内緒にしてた」

  「大丈夫。彼には下がってもらったから、全部喋ってくれ」

  「ごめん……聞いても、教えてくれないと思って」

  「分かった。まず、君はどこまで知っている?」

  「知らない。本当に、何も知らない」

  ヒュッ

  何度も聞いた風切り音に、反射的に体が強張る。

  見ると、アルヴェインの手に、さっきの鞭が握られていた。

  「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

  反射的に謝罪を繰り返す。

  ピトッ

  お尻に冷たい感触が来る

  「本当に、本当に何も知らない。誰にも言ってない」

  何度も聞いた風切り音。

  「ティオ、本当に、本当に誰とも話してないんだな……?」

  困った顔、懇願に近い表情で、プラチナの瞳が覗き込んでくる。

  「絶対! 絶対に、誰とも喋ってない。俺一人、たまたま見かけて、調べちゃっただけなんだ」

  震える声で、必死に訴えた。グズグズと鼻水の呼吸がうるさい。

  ペンっと、ずいぶんと手加減した鞭が、ティオの尻に飛んできた。

  「分かった。今は信じよう」

  静かに、部屋を出て行ってしまった。

  程なくして、おっちゃんと一緒に戻ってくる。

  「ティオ、君は罰として、七日間、日中の出入りを禁止する。昼間はずっと、この部屋に居続けること、使用人との会話も禁止だ」

  「はい」

  その日は、そのまま解散になった。

  夜、真っ赤になったお尻を、アルヴェインはすごく気を使って拭いてくれた。

  触るだけでじんじんと痛いが、今は体の痛みより、心細さのほうが苦しかった。

  いつものように読み聞かせもやってくれたけど、心が晴れない。

  すぐ隣で、屋敷の主人も同じくらい辛そうな顔をしていた。

  俺、本当に知らないんだ。

  アルヴェインのことも……

  屋敷の出入りが禁止され、ティオも真摯にそれに従った。

  朝になるとアルヴェインがティオの寝室に赴いて、おねしょのおむつを片づけてくれる。当主の部屋に置かれたおまるも、こっちに移ってきた。

  洗濯するシーツは廊下に出して、徹底的にティオは誰にも会わないように隔離されてしまった。

  部屋にはティオ教本の他に、色々な本が積み上げられた。

  アルヴェインはいつも心配そうな顔で、こまめに顔を見せてくれる。本を持ってきてくれたり、つまらないおもちゃを置いて行ってくれたり、どっちが罰を与えているんだか、分からないような感じだ。

  昼食は女中に運ばれて部屋で一人で食べる。使用人が出入りするときは、必ずアルヴェインも同席する徹底ぶりだった。

  夜になると部屋から出ることができて、いつも通りに戻るが、二人の間はぎくしゃくしたままだ。

  やっぱり、ただの奴隷だもんな。

  普通の扱いに戻っただけだ。

  監禁2日目には、おっちゃんが顔を出してくれた。

  最初は「なんで?」と聞いたが、おっちゃんも使用人だったことを思い出して、口をへの字に曲げて無視した。

  「これはこれは、アルヴェイン様に似て、真面目な坊ちゃんですな」といつもの口調に戻って、ひとしきり外の話を聞かせてくれた。

  夜になって、アルヴェインにそれを言うと、彼なら問題ないと言っていた。

  3日目、おっちゃんがいつもの包み菓子をくれた。

  紅茶も持ち込んでくれたが、女中からの受取は、常におっちゃんだけだった。

  おっちゃんとアルヴェインの関係とか、自分の立場とか、色々聞きたかったけど、怖くて聞けなかった。

  話て良いと言われたけど、ほとんど一方的におっちゃんが喋るだけになってしまった。

  4日、5日と過ぎ、屋敷の中はいつになく慌ただしい様子だ。

  常にひっきりなしに誰かが出入りしている様子がうかがえるが、ティオは遠巻きの音しか聞こえない。

  そういえば、おまるを使うことにも慣れてきた。

  威張れた話じゃないけど、日中のお漏らしは、かなり頻度が減ったと言える。

  あの部屋のことは、無理に考えないようにした。

  奴隷の身分だもの、知っちゃいけないことだってある。

  6日目、外の雰囲気がやっと穏やかになった。

  絶えずひっきりなしに動いていた人波が消え、いつもの使用人たちの音しか聞こえない。

  何があったんだろう?

  おっちゃんがまた顔を出してくれたので、思い切って聞いてみることにした。

  「ここ最近、すごい慌ただしかったみたいだけど、何かあった?」

  おっちゃんは、大笑いして、嬉しそうに答える。

  「私からは何も申しますまい。いずれ御当主様の口からお聞きくだされ」

  嬉しそうに紅茶をすすってから、一言付け加える。

  「一つだけ、御当主様は、見事に勝利されましたぞ」

  何のことかは分からなかった。

  その日の夜。夕食をとりながら、久しぶりに、アルヴェインの顔をじっと見つめる。

  ずっと自分のことばかり気にかけていて気付かなかったけど、明らかに疲労困憊が浮かんでいた。

  スープを口に運びながら、おずおずと彼に問いただす。

  「俺、何かできることある?」

  「無い。いや、気持ちは嬉しいが……そうだな」

  珍しく、当主が考え込んだ顔を見せる。

  「言ってよ。何があったか知らねえけど、疲れてるのくらい分かるって」

  「その……頼むのも、おかしな話で……その」

  黙って次の言葉を待った。

  「読み聞かせ、してほしくないか?」

  「……は?」

  意味が分からなかったが、それで彼の気が晴れるなら、いくらでも付き合う。

  結局、いつも通りの時間、夜の読み聞かせを受けて寝た。

  7日目

  いつも通りの朝。

  自由に出歩けるとなると、やっぱりあの部屋のことが気になってくる。

  それでも、ぶんぶんと頭を振って、あえて考えないように努めた。

  多分、見ちゃいけないものだったに違いない。当然、それをしてしまった奴隷が辿る結末だって、知れている。

  紅茶を片手におっちゃんが訪ねてきてくれたので、また聞いてみた。

  「もしかしてだけど……俺、殺されてもおかしくなかった……って感じ?」

  ははは、と口には愛想笑いを浮かべたものの、おっちゃんは渋い顔を見せたまま、紅茶を一口すすってから答えた。

  「返答次第では、危ないところでしたな」

  背筋がひゅっとなる。

  「それと、御当主様から、面白い本をいただきましたな」

  そう言って、小さな冊子を差し出してくれた。

  タイトルは『眠る前の草花の話』

  「著者のところ、読めますかな?」と、意地悪な顔で、おっちゃんが付け加える。

  「む、難しい文字じゃなきゃ、読める。えっと、あ……、アルヴェイン」

  パラリ……

  矢も楯もたまらず、ページをめくった。

  中身は子供相手に読み聞かせる児童書だ。

  カラフルな草花のイラストと、それにまつわる面白い逸話、そして、毎晩、ティオが彼に尋ねた質問が、文字になって綴られていた。

  「聞きたい」「聞かせて」「もっと」……と、彼にせがんだ言葉が、そのまま本になっていた。

  ペラペラと、次々中身をめぐる。おっちゃんは、気を利かせてくれて、黙って席を立っていた。

  最初から最後まで、全部アルヴェインの言葉だった。

  それも、アルヴェインがティオに、毎晩語り聞かせてくれた言葉だった。

  7日目の夜

  二人で夕食を食べながら、神妙な顔をしたアルヴェインが、重々しく口を開いた。

  「あの部屋のこと、聞きたいかい?」

  「もちろん。聞きたい!」

  どうしようかとも思ったが、悩まないことにした。

  こういうことを言うアルヴェインは、多分聞いてほしいと思ってる。

  「長い話になる」といって、ポットに紅茶を入れたので、それはティオが持つ。

  二人分の木のカップを持って、中庭を横切り、隠し通路へ向かう。

  カコン

  あっさりと中に招かれ、主人がもつランプの光を頼りに、奥へと進む。

  中には、おびただしい異形な死体、もとい剥製の棚が山が広がっていた。

  「さて、何から聞きたい?」

  アルヴェインは、ゆっくりと向き直って、二人分の紅茶をポットから移す。ポットには綿のカバーをかけ、少しでも保温する。

  「全部……だけど、やっぱり俺のこと……なんで、俺を買っだんだ?」

  少し考え込んで、口を開く。

  「安かった……それも違うな。家族が、欲しかったんだ」

  「意味が分かんねえ……家族なら、その、嫌な言い方だけど、女奴隷でもさ……」

  「難儀だ。僕には難しい。最初は、ただの話し相手のつもりだった。君はあの場所でも、とりわけ愛想が良かったから」

  紅茶をすすってから、話を続ける。

  「多分、嬉しかったんだと思う」

  「嬉しいって? 俺、散々迷惑かけっぱなしじゃなかった?」

  「この扉を見つけられたときは、本当に焦った」

  ティオは頭を抱えた。

  「分かんねえんだよ。なんで、俺に……。俺、お前に、何もしてやれてない」

  アルヴェインは、静かに頭を振った。

  「振り出し。やはり、最初から喋ろうと思う」

  「聞く。聞かせてくれ!」

  長く長く、彼は語ってくれた。

  二人の間に、アルヴェインのこれまでの人生が広げられていく。

  時代は、今から三十数年前にさかのぼる。

  アルヴェインの生まれは、歴史ある家系でありながらも、潮風に金の匂いを混ぜる、新しい家風の旧家だった。

  外洋へ出る冒険者へ出資し、戻ってきた船から異国の香辛料を買い叩き、珍品を貴族へ流す。近代文化が台頭する波に乗り、没落とまでいかぬまでも、うだつが上がらない家系が、瞬く間に名を膨らませた。

  年の離れた兄が一人、姉は腹違いまで合わせれば五人は居た。

  蜂蜜色の毛並みを持つ、年の離れた次男は、昔から人付き合いより、黙々と図鑑を片手に草花を眺めるような子供だった。

  屋敷へ運ばれる木箱は、幼い彼にとって宝箱だった。

  長い航海を終えた船乗りたちが、疲れ切った顔で運び込む荷の中には、乾いた塩の匂いがして、知らない世界が詰まっていた。

  それが、貴族の常識と外れていたことを知ったのは、十歳のころだった。

  姉たちは終始社交界へご執心で、博物学など、どこ吹く風だ。

  茶会の席でアルヴェインに話を振られると、彼は決まって新しく知った知識を披露した。

  「南の航路から運ばれる砂薔薇には、棘の無い品種がみられる。これは薔薇から棘が失われたとみるべきか、あるいは、僕たちの薔薇こそ、棘が生えたそれなのか」

  姉たちは鼻で笑い、「今、そんな話、してないわ」と返す。

  「花の話なんてつまらないわよ」「塩臭い男なんて嫌」「社交界では笑われるわ」

  彼女たちに悪気はないことくらい、アルヴェインには分かっていた。

  十三歳になったころ、初めての夜会へ連れて行かれた。

  ブロンドの髪を整えられ、蜂蜜色の顔に軽く化粧を乗せる。

  襟は高いが、まだ首が細かったので、あまり窮屈な思いはしなかった。鏡に使えそうなほどに磨き上げた靴を履かされる。

  「失礼のないように」姉が言う。

  「面白い話をするのよ」もう一人の姉が、付け加えた。

  アルヴェインはとても真面目に、できる限り面白い話を披露した。

  「港で珍しい種を見ました。葉脈が普通の植物と逆でして……」

  彼が話し終えるよりも先に、女性たちは彼の元から去っていった。

  彼は必死になって、できるだけ彼女たちの話に耳を傾ける。

  貴族の誰々が今はフリーで、遠くの屋敷でスキャンダルがあって、あの二人は近親相姦している……そんな話を延々と聞かされた。

  それらを暗記するだけなら、話は簡単だったのだが、ひとしきり喋った後には、決まって同じ言葉が飛ぶ。

  「ねえ、どう思う?」

  真面目な少年は、いつも、この言葉で返事に詰まってしまった。

  状況は分かるし、喋った内容を諳んじることも容易い。

  だが、気持ちなんて、どうやって知ればいいのだろうか?

  どこに書いてあったか、必死になって探るが、アルヴェインの心は、いつも空っぽだった。

  十八歳になり、そろそろ相手を見つけ始める頃、彼の評判はすっかり決まり切っていた。

  話のつまらない変人。

  仲間外れにされるのは傷ついたが、自分が面白いと思う話をすればするほど、ヒトは離れて行った。

  それでも、兄だけは彼の言葉に耳を傾けてくれた。

  海運業を営むこともあり、博物学に明るかった兄は、仕事の合間に話し相手になってくれた。

  「アルヴェインは本当になんでも知っているな」

  兄に褒められるのは嬉しかった。

  仕事の手を止められ、迷惑そうな顔を隠しもせずに対応されていたが、それでも、話を聞いてくれる相手がいるだけで、アルヴェインにとっては大きな支えになっていた。

  二十を半ば過ぎたころ、兄に勧められて論文の執筆を始める。

  見聞きした内容をまとめ、植物の生態系が地域によってどう変わっていくか、法則を見つけようとした。

  当然ながら簡単な道ではない。そもそも十分な高等教育を受けているわけでもなかったのだから、土台無茶な話でもあったのだ。

  それでも名を上げようとするなら、権威が要る。あるいは学閥、もしくは学歴。

  アルヴェインが唯一、持っていると言えるものは、金だけだった。それも自分で稼いだものでもない、家の金。

  孤独に記した論文は、誰の目にもとまることはなく。

  家では唯一、兄だけが話し相手だった。

  三十歳が近くに迫ったある日のこと、家で奇妙な剥製を見つけた。

  図鑑に載っていない生き物。鳥の羽に魚の尾をくっつけた奇妙な動物の剥製。

  骨格的に見ても不自然な体の継ぎ目。

  家名が記されていることから、この家が取り扱っている商品の一つだと分かる。アルヴェインはそれが何なのか知りたかった。

  兄を訪ね、剥製を見せる。

  「これ、おかしいよね?」

  兄は振り向き、不機嫌そうな顔を隠しもせず答えた。

  「何がだ?」

  「不整合だ。この生き物は、居ない」

  沈黙が流れ、兄の顔が空気と一緒に、重く沈んでいく。

  「新発見かもしれないだろ」

  「不可能。ここの骨が曲がらない」

  兄は黙り込んで、また重々しく口を開く。

  「それで、何が言いたい? それのどこが悪い?」

  「贋作」

  兄は肩をすくめて、言う。

  「たまたま船で壊れて、接着された結果かもしれない。もしくは、冒険者がいたずらしたか」

  「作為だ。偽物って分かるのに、なんでこれを店頭に回すんだ」

  「売れるからだよ。真実なんて、分からない」

  「何故だ。なんで……こんなの、嘘じゃん。図鑑にも載ってない、解剖学の観点からも変。最近では進化論が……」

  兄が、話を遮った。

  「夢を売ってるんだよ」

  うんざりした表情を隠しもせず、大声で言い捨てる。

  「子供は未知に憧れる。貴族は驚きを買う。冒険者はそれに夢を見る。誰も困らない」

  アルヴェインは、口をあんぐりと開けて、何も言えなかった。

  この家で、唯一、話を聞いてくれたヒトは兄だけだった。

  だからこそ、分かってほしかった……。

  兄の商品には『接合品』『舶来損傷』などとそれらしい語句が書き添えられ、偽物でも決して嘘とは言い切れない合間を縫っていたことに気づいた。

  正否のグレーな偽剥製を、兄はずっと市場に流し続けていたのだ。

  三十歳、去年、アルヴェインは一つの論文を書いた。

  『舶来標本における接合痕と、解剖学的見地から見る真贋判別について』

  つまり、自分の見知った真贋の見分け方を、公開して広めようと思ったのだ。

  アルヴェインは夢中になって書き綴った。ようやく、自分がなすべきことを知れたように思えた。

  ある日の朝。アルヴェインの書斎に置かれた机が、ずたずたに切り裂かれていた。

  8割かた書き終えた論文は、丸められ、インク壺の底に沈んでいた。

  周囲に黒い斑点が飛び散り、壺に入りきらなかったであろう紙たちは、ずたずたに切り裂かれて床に散らばっていた。

  机の中を開くと、万年筆、木炭、羽ペン。あらゆる筆記具が、全て二つの折られていた。

  遠い昔、兄が土産にくれた、削れた骨のお気に入りペンさえも。

  全て、折られていた。

  兄に問いただす気持ちも起きなかった。

  夕食のとき、兄は重々しく言った。

  「ルフランの名で、あのような論文を書いて良いと思っているのか?」

  そんなことをすれば、暗にルフラン家の贋作に注意しろと言っているようなものだ。

  思い出せる限り、これが、アルヴェインが兄と会話した最後の思い出だ。

  少し経って、アルヴェインは家を出るよう、兄に命じられた。

  都会に移り住むことを決めた知り合いの貴族から、割安で温室付きの邸宅を譲り受けたそうだ。

  家に数人いた執事のうちの一人が、彼の境遇を哀れみ、ついてきてくれた。

  そこまで話して、主人は大きく息をついた。

  「これが、この家に住むまでの話だ」

  手に持った紅茶はすっかり冷めてしまっていた。

  「……本家からついてきた、執事の一人って?」

  アルヴェインはいたずらっぽく人差し指を立て、二人が良く知っている人物のものまねをした。

  「それは、言えませんな。使用人がそうであるように、雇用主もまた、使用人の過去を勝手にしゃべるなど、できますまい。」

  「……おっちゃん」

  ティオは鼻頭が熱くなった。

  使用人は全て本家からの派遣で来ている。つまり、堂々と屋敷の中を歩ける、彼の監視の目でもあったのだ。

  唯一、御者のおっちゃんだけが、アルヴェインの味方だった。

  「君がこの通路を見つけたときは、本当に慌てた。私も、彼も」

  「ご……ごめんなさい」

  ポットから、ぬるい紅茶を継ぎだした。

  一息ついて、アルヴェインが話の続きを切り出した。

  「ここにある剝製は、全て、兄の作品だ」

  隠匿された一年の間、アルヴェインはついてきた執事と一緒に、秘密裏に兄の偽剥製を買い集めた。

  そして、信用できる職人の手を介して、正しい姿に戻し、また市場に移す。

  その隠された保管庫が、この部屋だった。

  「それ、俺に教えていいの?」

  この家には、まだ本家の人間が出入りするはずだ。

  彼らがティオに危害を加えないとも限らない。懐柔か、拷問か。

  「安心して。状況が変わって、もう手出しできない」

  そう言って、小さな冊子を取り出した。

  『眠れない夜の草花の話』

  「それ、その本! 何?」

  「ああ、僕が書いた。というより、僕と君で、書いた本だな」

  「俺? 何もやってない」

  「そんなことない。嬉しかったんだ。多分、本当に……」

  アルヴェインは言葉を探すように目をキョロキョロさせる。

  「君に言ってもらえたこと、『聞かせて』と、言われたことが、嬉しかった」

  喋りながら、彼の目元がうるんでいるのが見える。

  ティオの胸に、温かい気持ちが流れ込む。

  「そんなの……俺、いくらでも言うよ?」

  「嬉しかった。やっと、言葉にまとまった。僕は君にせがまれて読む本が大好きだった」

  「もっと読んでよ」

  「いくらでも読むよ。それから君の話を、もっと色んな人に聞いてもらいたくなった」

  「これ、俺の話だよな」

  「そうだ。子供向けにまとめ直した、博物学の児童書だ」

  大きく息をついて、言葉を続ける。

  「やっと、私が書きたいものが、見つかったよ……」

  彼の目に溜まった涙が、今にも流れ出しそうだ。

  「俺、お前のところに居て、良かったんだな」

  「懇願。僕のほうから言うよ、僕の家に居てくれ」

  ティオは、やっと素直に、自分の立場を喜べるようになった。

  椅子から立ち上がり、アルヴェインの膝の上に座る。

  「うん。ここに居させてくれ。なんなら、家族になってやっても良いぜ」

  彼は手を回して、背中から抱き寄せてくれた。

  蜂蜜色の毛並みが、温かく体を包み込んでくれた。

  紅茶を飲んで、お互い少し落ち着いてから、アルヴェインが切り出した。

  「じゃあ、本当に、家族になってもらおうか?」

  「良いよ。でも、どうすんのさ?」

  ぱらりと、小さな紙切れを開いて見せる。

  『第二版に寄せてのあとがき』

  「重版。あっという間に、第一版が品切れになってな、すぐにでも次が出版される。それも、五千部。卸先も次々埋まっている」

  「い、五千って……いくつだ?」

  「多い。この町の半数近い世帯が見るだろう。見込みでは、町の外への流通も初まるから、すぐに三刷が来る」

  「つまり、この町みんなが読むってこと?」

  いつの間にか、アルヴェインが国民的な大作家になっていた。

  ここ数日間、ドタバタしていたのは、出版のいざこざのせいだったそうだ。

  「内容の修正に加えて、最後にあとがきを添えさせてもらう。読めるか?」

  「や、やってみる……えーっと『出版に当たり……骨身を惜しまず働いてくれた、んーいえ』」

  ティオがつまずくと、すぐに助け船が飛ぶ。彼の胸元に頭を寄せているせいで、当主が喋るたびに、ティオの頭が震える。

  「家令だな、家の世話をしてくれるヒトだ」

  「『家令のヴァルタザールに改めて厚く礼を申し上げる』……ヴァルタザールって、名前だよな?」

  「そうだ。君も何度も会っているだろう。そもそも、初めて来た夜に」

  「初めての夜って……おっちゃん? あの人、ヴァルタザールって名前だったの?」

  「そうだが? 言って……」

  「言ってない! 初めて聞いたんだけど」

  「あ……あれー?」

  くりくりの目が困ったように目を回した。

  「続き、読むからね。『わが兄にして、博物学の知識を惜しむことなく伝えてくれたルフラン家の当主に……』なるほど、こんなの書かれたら、表立って悪いこと言えなくなっちゃったわけか」

  それで、ここまでアルヴェインの名前が有名になってしまうと、本家も簡単には手出しできなくなった。と、いう話のようだ。

  「えっと、最後は……『最後に、この本を出版するにあたり、最大のこう……』

  「功労者、一番、役に立ったヒト」

  優しく震える胸から、頭の上に声が届く

  「『功労者に。感謝を述べる。我が……最愛の弟、ティオへ』」

  読み上げて、顔が、かっと熱くなった。

  口をパクパクさせて、言うべき言葉が見つからない。

  背中を抱く腕が、更に熱くなる。照れくさそうな声で、主人が続きを読み聞かせてくれた。

  「我が最愛弟、ティオへ。著者、アルヴェイン・ルフラン」

  「え……これ、俺?」

  「五千部だ。一世帯が四人だとしたら、単純に計算すれば二万人が、これを読むんだ」

  「二万って……いくつだ」

  「本当に、町中のひとが、これを読むだろう。君が言っただろう?」

  「はは……あはは……」

  ティオは力なく笑いながら、兄の胸に顔をうずめた。

  まさか、本当にやってしまうとは思わなかった。

  「発端。君のアイデア。街中のヒトたちが、僕達を家族だって分かってくれたら、事実上はそうなる」

  「うそでしょ……」

  「これから、本当になる」

  呆然として、実感が湧かない。

  アルヴェインは、言葉が足りないが、いつも大真面目に本当のことを言う。

  本当に、家族にしてしまうつもりだったんだ。

  「アルヴェイン、お兄ちゃんになんの?」

  「ティオ、僕の弟は、不満か?」

  にこりと笑って、もう一度、彼の胸に顔をうずめた。

  「毎晩、読み聞かせ、やってくれるなら、良いよ」

  「約束」

  シャツにうずめた頭を、柔らかな蜂蜜色の指先が、愛おしそうに、優しく撫でてくれた。