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僕は諜報用に造られた素体ですから、そういった感情は調整されているんです。
ひんやりとしたステンレス製のメンテナンス台の上で、僕はぼんやりと天井の染みを眺めていた。
両腕と両脚の真っ黒な義肢は完全に取り外され、むき出しになった四肢の付け根には、神経接続や生体データをリンクさせるための無数のチューブと配線がごちゃごちゃと繋がっている。
現在の格好といえば、股間を隠すように申し訳程度の薄い布がペラッと一枚被せられているだけの、極めて無防備な状態だ。
「……博士。今日のメンテナンス、少し長くないですか?」
すぐ横の作業スペースで、火花を散らしながら義肢の調整をしている猪野博士に声をかける。
「ん? ああ、今回はハードの調整だけやのうて、ソフトウェアの大型アップデートもかけとるからな。インストールの処理に時間かかっとるんや」
防護ゴーグルをずり上げ、猪らしい平たい鼻を鳴らしながら博士が答えた。
相変わらず顔はにこやかだが、剛毛の生えた太い腕は淀みなく動き、複雑な基盤を弄っている。
「どないしたんや?」
「いえ。それなら仕方ないですね」
短く返事をし、再び天井へと視線を戻す。
口ではそう言ったものの、実は内心、見過ごせない問題が一つ発生していた。
下腹部の辺りに感じる、確かな疼き。――尿意だ。
あの『メキメキ君DX』のテストで、博士が自業自得の悲惨な目に遭った日から数日後。今日は月に一度の定期メンテナンスの日なのだが、どうやら事前の水分補給の配分を少し見誤ったらしい。
気を紛らわせるように深く息を吐き出した。
「……あと、どのくらいかかりそうでしょうか」
「んー、そうやなぁ。この調子やと、あと二時間はかかりそうやな」
「……二時間、ですか」
流石にそれは我慢できそうにない。
どうやって伝えようかと思案していると、「どないしたんや?」と、再び博士が問いかけてきた。
その声のトーンに、微かな違和感を覚える。
横目で隣の顔をジッと観察する。
先ほどまでは作業に集中していて分からなかったが、にこやかな笑顔の奥に、ねっとりとした『嫌らしさ』が滲み出ている。
(……なるほど)
すべてを悟り、目を細めてジーッと、メタボの猪獣人を見つめ返した。
「博士……わざとですね」
「さあて? なんのことやろなぁ?」
わざとらしく口笛を吹きながら惚ける姿に、「はぁ」と本日一番の大きなため息をつく。
「博士。排尿したいです。時間的に、二時間はもちそうにありません」
「……えぇぇ」
あまりにも淡々と告げると、博士は工具を置いてあからさまに残念そうな顔をした。
「なんや自分。そういう時は、もうちょいこう……恥じらいちゅうもんがないんか!?」
「僕は諜報用に造られた素体ですから。捕まった際の対尋問用に、そういった類の感情はあらかじめ希薄になるよう調整されているんです」
自身の仕様について説明すると、博士は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「はぁー……つまらん! せっかく、この間の仕返しができると思うたのに!」
「……はぁ。そんなしょうもないことを考えてたんですか。大の大人が」
「あのせいで、しばらくトイレも大変やったんやからな! 座るたびにケツが痛うて痛うて……!」
完全に自分で蒔いた種なのだが、ここで言い争っても埒が明かない。このままだと本気で膀胱が限界を迎えてしまう。
(仕方ない。少し茶番に付き合ってやるか)
小さく息を吸い込み、自身の身体へ意識を向ける。
表情筋を緻密に動かし、血流を操作して顔に赤みを帯びさせる。途端に、顔つきは『無表情』から『見た目相応の幼い少年』のものへと切り替わった。
「博士……っ」
大きな瞳にじんわりと涙を浮かべ、伏せた猫耳を細かく震わせながら、恥ずかしさと切なさで顔を歪ませる。
身体をモジモジとよじらせながら、上目遣いでか細い声を絞り出した。
「僕……その……おしっこ、漏れちゃいそうです……っ」
我ながら完璧な演技だ。
「おぉっ!!」
歓喜の声が上がった。
博士が大きな腹を揺らして身を乗り出し、目を輝かせている。
「それやそれ! ワシはそういう反応が欲しかったんや!!」
「満足ですか。じゃあ早く義肢をつけてもらいたいんですけど」
スンッ、と。
一秒もかからず元の無表情に戻り、冷え切った低い声で告げた。
先ほどの余韻をぶった斬られ、「えっ、あ、おん」と戸惑いながらも、博士は気まずそうに頭を掻く。
「いや、その……ご満悦のところ悪いんやけどな」
「はい」
「『二時間かかる』っちゅうのは、嘘やのうてホンマやで」
「…………は?」
今度こそ、スッと血の気が引いた。
「いや、だからな。ソフトウェアのアップデート中やから、途中で物理的に接続切ったらデータが飛んでまうんや。やから、あと二時間は義肢、繋げられへんで」
「……」
思わず絶句する。
つまり、ただの意地悪で時間を長引かせているのではなく、正真正銘、あと二時間はこの台の上から一歩も動けないということか。
「えっと……博士」
「なんや」
「その、演技じゃなくて、本当に漏れそうなんですけど」
焦りが滲んだリアルな声に、博士はようやく事態の深刻さを悟ったらしい。
「お、おう! ちょっと待っとき!!」
ドタドタと蹄の音を響かせ、博士がラボの奥へと走っていく。
そして数秒後、ゴソゴソと物色する音と共に、手に持って戻ってきたのは――。
「しゃあない! ニックス、とりあえずコレで我慢しい!」
それは、謎の怪しげな薬品が底にこびりついた、理科の実験で使うような『ガラスのビーカー』だった。
「…………」
「…………」
冷たいステンレス台の上。
下半身に布を一枚乗せただけの僕と、ビーカーを差し出す猪の獣人。
諜報員として造られた身体に羞恥心はないはずだったが、それでも流石に、この状況は人としてどうなんだろうと、天井の染みを見つめながら深く考え込んでしまった。
「……致し方ありません。お願いします」
背に腹は代えられない。僕は深い絶望と共に目を閉じ、静かに了承した。
「おう、任しとき!」
博士は頼もしく頷くと、股間を隠していた薄い布をペラリと取り払った。
冷たい空気に晒され、身体の見た目相応の、未熟な皮の被った性器が顕になる。
「ちょっと触るで。堪忍な」
「……っ」
剛毛に覆われた無骨な指先が触れた瞬間、僕は思わずビクッと身を震わせてしまった。
手際よく皮を少し捲ると、狙いを定めるように先端がガラスのビーカーへと向けられる。
「よっしゃ、出してもええで」
促されるままに、限界を迎えていた下腹部の力を抜く。
――ちょろちょろちょろ……。
静まり返ったラボの室内に、ひどく間抜けな水音が響き渡った。
なんてことはない、ただの生理的な排泄行為だ。
ふと、視線を感じた。
見下ろすと、ビーカーを持つ博士の目が、僕の『そこ』にじーっと注がれている。
よく見れば瞳孔が少し広がっているようだ。まさか、興奮しているのだろうか?
「博士。そんなに見つめられると、恥ずかしいんですが」
本当は少しも恥ずかしくなどなかったが、どんな反応をするか気になって、わざとらしく言葉をかけてみた。
「へっ!? あ、あっ、そ、そうやな!」
びくっと肩を揺らし、激しく動揺する博士。
彼はビーカーを持つ手をプルプルと固定したまま、慌ててプイッと顔を明後日の方向へ逸らした。
(ふーん……)
内心で平坦な声が漏れる。
どうやら、この変態発明家は僕のこの未成熟にみえる身体に対して、少なからず性的な関心を抱いているらしい。その事実になぜか、奇妙な優越感のようなものを覚えた。
同時に、ふつふつと悪戯心が芽生えてくる。
「……博士、終わりました」
「お、おん! そか!」
告げると、博士はこぼさないように慎重にビーカーを持ち、そそくさと部屋の奥へと片付けに向かった。
「ふぅ、危ういとこやったで」
ビーカーを処理し、安堵したように息を吐きながら戻ってきた博士に対し、わざとらしく困惑した声を出した。
「あの、博士……これ、どうしたらいいんでしょう」
「ん? なんや、まだ残っとったん――えぇっ!?」
視線を戻した博士が、素っ頓狂な声を上げた。
そこには、排尿と指の刺激で、小さく元気よく立ち上がった僕の突起があった。
「僕の身体、おかしくなっちゃったんでしょうか?」
首を傾げながら、潤んだ目で無垢を装い、博士を見つめる。
もちろん、演技だ。性の知識も、なんなら性的な諜報手段だってこの頭の中にはインプットされている。
目の前で顔を真っ赤にしてうろたえる博士の反応が面白い。
「い、いや! おかしいっちゅうか、その、自然な生理現象やからな!?」
「でも、なんだか変な感じがします」
「あー、えっと、そ、それはやなぁ……!」
しどろもどろになる姿をじっと見つめながら、トドメとばかりに甘えるような声を出した。
「あの、博士。……治して貰えませんか?」
甘えるように囁くと、博士はゴクリと喉を鳴らした。
空中で躊躇うように彷徨っていた分厚い手が、やがてゆっくりと下りてきて、立ち上がった『それ』にそっと触れる。
「……っ、ん」
温かい体温に触れられた瞬間、思わず口から熱を帯びた吐息が漏れた。
無骨な指先が、ゆっくりと慎重に未熟な皮を剥きあげる。そして、また元の位置へと戻す。
静まり返った冷たいラボの中で、その反復運動だけがスローモーションのように繰り返されていく。
最初はぎこちなかった指の動きが、次第に一定のリズムを帯び始めた。
擦れる熱に当てられ、やがて先端から透明な体液がじんわりと滲み出す。指が上下に扱かれるたび、余った皮と亀頭の隙間でチュッ……、チュッ……と、卑猥で湿った水音が鳴り始めた。
「ん……んっ、博士……っ」
さらに畳み掛けるように、わざとらしく甘い声を上げてみせる。
途端に、すぐ横にいる博士の鼻息が、明らかな熱を帯びて荒くなっていくのが分かった。
(……なんだか、すごい)
ただのからかいのつもりだった。すべて演技のはずだった。
それなのに、この僕の小さな身体が、博士の理性をここまで狂わせている。その事実と、指先から伝わってくる熱情に当てられ、僕自身の鼓動までもが次第にドクン、ドクンと高まっていくのが分かった。
下腹部に、これまでにない奇妙な熱が溜まっていく。
「博士……なんか、また、漏らしちゃいそうです」
演技と本音が入り交じったような声で告げる。
すると、手の動きがピタリと止まり、博士が僕の顔を覗き込んだ。その顔は被毛の上からでも分かるほど茹でダコのように真っ赤で、目はすっかり欲情に濡れていた。
「……ええんやで。我慢せんで、ええ」
低く掠れた声。
それに促されるように目を閉じ、下腹部に溜まっていた熱を一気に解放した。
小さく身体を跳ねさせ、白濁した精液を散らす。
荒い息を吐きながら薄く目を開けると、博士は自分の手にべっとりと掛かった精液を、言葉を失ったようにジッと見つめていた。
「……どうします?」
すっかり元の冷めた顔に戻り、イタズラっぽく微笑みかけながら問いかけた。
「続きも、します?」
その言葉が耳に届いた瞬間。
まるで魔法が解けたかのように、博士の身体がビクッと大きく跳ねた。状況にようやく思考が追いついたのだろう。みるみるうちに、顔だけでなく耳の先までが真っ赤に染まっていく。
「お、お前……! お前っ……!!」
指を震わせ、後ずさるメタボの猪獣人。
そんな彼の姿を上から下まで眺め、最後の一撃を放つことにした。
「ソコ、きつそうですね」
僕が視線を向けた先。
博士の股間は、だぼだぼの作業ズボンの上からでもはっきりと分かるほどに、立派に勃ち上がっていた。
「なんなら僕のこと、使ってもらっても大丈夫ですよ?」
「ひぃっ!?」
心底怯えたような悲鳴が上がった。
慌てて両手で自身の股間を隠すように覆うと、へっぴり腰のように大きく腰を引いた体勢になる。
「お、お、おっちゃんの純情をもてあそびよってからにぃっ……!!」
涙目でそう叫ぶや否や、博士は股間を押さえたまま、ドタドタドタッ!と凄まじい足音を立てて、ラボの奥へと逃げ去ってしまった。
バタン!と扉が閉まる音が響き、後には再び、しんとした静けさだけが残される。
「……流石に、からかいすぎたか」
一人、身動きできない状態で冷たいメンテナンス台の上に取り残された僕は、ぽつりと呟いた。
見下ろせば、下半身は汚れたままで、四肢の付け根には義肢の代わりに大量のケーブルが繋がれたままだ。
……この状況。どうしたものか。
最低でもあと一時間半は、アップデートが終わらないはずだが。
乾き始めた精液の冷たさを腹部に感じながら、僕は長いため息を吐き出した。
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