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【関ケモ11開催記念】まいど!ちんちら温泉ハッテン記ー僕らのオフパコ編ー

  風呂は、良い。

  

  熱々のお湯に浸かるだけで、心も体もほかほかになるし、ついでに色んな人の裸を見て目の保養もできる。

  僕みたいに根暗で度胸もなくて人付き合いも苦手な地味ホモには、大変貴重な癒やしの場だ。

  特に、カワウソ獣人の僕にとって、こういう水気のある場所というのは、その場に居るだけでもう身も心も本能的にふんにゃりリラックス出来てしまうので、日頃暇さえあれば色んなお風呂巡りをするのが趣味だったりする。

  町の小さな銭湯やスーパー銭湯、秘境の温泉に高級旅館の日帰り風呂。

  最早脳内だけで県内のお風呂屋マップが作れるくらい、毎日のように様々な温泉に浸かりに行く僕。

  休日には遠征だって辞さない。ほぼソロ活だけど。

  そんな僕にとって、今更こういう下町の銭湯みたいな場所は、慣れ親しみすぎて最早新鮮さを感じるのが難しいレベル。

  ――だったはず、なんだけど。

  

  『あぁ、すっげ、ふぅーアガって来た、出すぞ出すぞ、一滴も零すなよぉ』

  『ぉおーたまんねぇ、滅茶苦茶奥まで当たってる』

  『ッアーイくイく、くぅうー!』

  『うぉおすっげ、あー気持ちい、中で出てる、あー俺もイっちまう……』

  ――そこかしこから聞こえる、まるでアダルトビデオやうんちゃらファンズの動画でしか聞いたことのない台詞。

  湯気でもうもうと煙る浴場内を、逸物を勃起させて平然と歩き回る雄達。

  背中を丸めて歩く僕の体に突き刺さる、明らかに普通の風呂屋ではあり得ない強度の視線。

  「……あ、あの、こ、ここって……その、もしかして、ハッテン場……ってやつ、ですか?」

  数歩前を歩く柴犬に、思わずそんな事を聞いてしまう僕。

  褌姿の柴犬は、ん? と立ち止まると、こちらへ振り返って「あー、ここは……ハッテン銭湯やからね」と事もなげに言い放った。

  「は、はって?」

  目を丸くする僕に向かって、柴犬は人当たりの良い笑顔を浮かべ。

  「ようこそ、ちんちら温泉へ! 心ゆくまで楽しんでってな!」

  小さな牙を覗かせて、悪戯そうに笑った。

  

  *

  

  2026年4月某日。

  とあるホテルにて。

  「あー、大丈夫かなぁ」

  ベッドの上に倒れ込むと、枕を抱いた僕はゴロゴロと所在なく転げ回っていた。

  時刻はまだ15時。窓から除く空は明るく、身を乗り出して外界を覗き込めば、そこには忙しなく行き交うシティボーイ達。

  ――大都会、大坂。その都市部から少しずれた位置にある、格安ビジネスホテルの一室に僕は宿泊していた。

  『チェックインしたとー?』と、スピーカーモードにした受話器の向こうから友人の声。

  「うん、さっきしたとこ。」

  『お疲れ様やねぇ』

  「なんだけど、不安で落ち着かないよー」

  ごろごろごろごろ、と転げ回りながら、僕は枕元のスマホに届くように声を張り上げる。

  『本番明日やっちゃろ? この後どうすると?』

  訛りの強い友人が、特に興味も無さそうに言う。彼は僕にとって唯一のヲタ共であり、こうして通話を出来るこれまた唯一の友達だ。

  こうやって僕が不安定になった際には、彼にサンドバッグになって貰うのが僕らのお決まりだった。

  「えー、決まってないよー。知り合いもいないし、大坂の地理なんてひとっつもわかんないから遊びにも行けないし」

  ごろ、と回転するのをやめると天井のダウンライトを見上げる。

  真っ白い天井、エアコンの送風口。通気口。それ以外にはシミすらない。

  普段こうやってホテルになんて宿泊しないから、なんだかもの凄く居心地が悪い。

  『そんなんでようビスケに参加しようっち思ったねぇ』と呆れたような声。

  「えー、だって夢だったし」

  落ち着かず、前歯で枕のカドをかみかみしながら応える。ちなみに、ホテルの備品を雑に扱うのは大変良くないことである。

  『ふーん。パコちゃんずっと行きたい行きたいち言うちょったもんねぇ』

  「そうだよー! 頑張って本、作ったし!」

  ふん、と鼻息荒く返すと、小さなリュックサックを眺める。

  あそこには、僕が心血を注いで作った初の同人誌が入っているのだ……怖くて十部しか刷ってないけど。

  「……どうせ、一冊も売れないまま終わると思うけどね」

  『あ、まーたネガティブスイッチ入っちょるやん。じゃったら申し込みなんてせんかったらよかったとよ』

  友人の呆れ声が僕の耳に容赦なく突き刺さる。

  ――だって、本当に自信ないし。

  絵だって描き始めたばかりで下手の極みって感じだし、XXのフォロワーも30人しか居ないし。

  売れるはずが無い。でも、描き上げてしまった。下手の横好き、というヤツである。

  「ううー、やっぱり僕の描いた本に価値なんてないんだぁああ」

  『なん言っちょっとけ、最初は誰やってそこから始まるっちゃろ? 最初の一歩を踏み出すまでは、誰だっておじぃもんじゃが』

  「その後二歩下がるのがわかってるんだよぉ」

  友人の声を聞きながらスマホを手に取ると、通話を繋げたままでpoxivアプリを開く。

  お試し用に乗せた原稿の冒頭部分。頑張って描いたけれど、閲覧数は……6。

  ――駄目だこりゃ。爆死確定。

  張り切って告知もしたけど、それだって数日経つのにファボが5件しかついてない……。

  明日の僕がどんな表情でサークルスペースに座ってるか、想像するだけで怖気が走る。

  「はー、やっぱ来なきゃ良かったかなぁー。なんで受かっちゃったかなー」

  枕に顔を埋め、鼻ヒゲがむちゃくちゃになるのも構わずぐりぐりとマズルを押し付ける。

  『どっか出かけて気分転換したら? そのまま一日ゴロゴロしちょっても仕方ないやろ』

  むく、と顔を上げると「だから言ったじゃーん、右も左もわかんないんだってー」

  『よだきいヤっちゃなー』

  

  ――同人誌即売会。

  それは僕みたいな底辺絵師にとって、まさに夢のイベントだった。

  自分の作った本を、見も知らぬ誰かが手に取って、そして買ってくれる。「絵柄に一目惚れしちゃいました!」とか言っちゃってさ。「色使いが神がかってますね!」なんて褒められたりしちゃって……そんな光景を想像するだけで、興奮して鼻血が出てしまいそうだ。

  そして、特定ジャンルに限定された即売会の中でも、とりわけ人気があるイベント。

  それが、ケモノを題材とした作品のみを取り扱う『間西ビーストマーケット』――略して間ビス。

  全国津々浦々からケモノ創作者が一堂に会し、イラスト集や漫画、小説、それにグッズなんかを頒布するこのイベントに、サークル側として参加する……というのは、神絵師を目指して険しい道を歩む者にとって、決して避けられない登竜門と言える。

  今年で11回目を迎えるこの間ビスに、今回僕はダメ元で応募して……何故か。本当に何故か、サークル当選してしまったのである。

  当選通知が届いたときは、嘘でしょ⁉ 何かの手違いじゃないの⁉ と二度見三度見してしまった。

  『ついに僕もサークル主だ!』と鼻息荒く原稿作成を始めた……までは良かったけれども。

  初めての同人誌作成というのは、友達の少ない僕にとって、まさに暗中模索の日々。

  コマ割りの仕方どころか、『タチキリセンって何だ? トンボ? え? 漫画作成アプリのサブスクに入らなきゃ駄目? 月額……うわっ!』といった感じで、同人誌作成の初歩も初歩な所から勉強をする羽目になってしまい。

  なんとかかんとか印刷所の指定する締め切りギリギリでようやく脱稿まで漕ぎ着けたものの……出来上がった原稿は、我ながら酷い出来で。

  そんなこんなで、いざこうやって間ビスを明日に控え『一人で売れない本を前に通りゆく人々を眺め続けなければならないんだろうなァー』なんて不安や緊張で胃がキリキリしてしまって、それを誤魔化すために、僕は今日も友人にネガティブトークを炸裂させている、という訳である。

  『風呂でも行ったらー?』

  胃痛に呻いていると、友人がおもむろに提案する。

  「風呂かぁ……」

  リピートして、ふむ、と考え込む。

  風呂屋巡りの僕にとって、それはまさにルーチンワーク。こうしてうだうだ時間を潰すくらいなら、確かにいつも通りの行動を取ったほうが、多少は気晴らしになるというものだろう。

  「んー、でも大坂の風呂かぁ。全然知らないんだよなぁ」

  『んー……ん?』スピーカーから聞こえる声が、なんだか遠くなる。

  「あれ、どうしたの?」

  『んー……ふーん……ふふ、くく……』

  言葉は返ってこず、代わりに何故か笑いをかみ殺すような声。

  「ちょっと、どうしたの?」

  なんだか僕のことを笑われているようで、思わずムッとしていると『あーん、ごめんごめん、ちょっちナウムービー見ちょった』というお気楽な声が返ってきた。

  「えー? 僕がこんなに悩んでるのに、ビースタなんて見てんの?」

  ビースタグラム。色んなショート動画や画像を投稿するSNSプラットフォームの1つだ。

  友達は、このビースタグラムを日記代わりに使っていた。

  ついでに男探しもするがー! 等とイキがってたけれど、こうして休日の真っ昼間に僕との通話に時間を割いてくれているというコトは、まぁ結果は推して知るべし、というやつなんだろう。

  『あのさー、そのホテルってどこにあると?』と、不意に変な事を聞いてくる友人。

  「え?」ごろんとベッドの上を転がって、ホテルのパンフレットを手に取る。

  「えーっと、あし……あしはな?」

  ビスケット会場の周りにもホテルがあるのだが、イベントに不慣れな僕は直前までホテルを予約することを失念しており、急いで予約しようとしたときにはすでに全室埋まってしまっていた。

  おかげで、こうして少し離れた場所に宿を確保するハメになってしまった、のだが。

  『あー! 丁度いいとこに泊まっちょんね!』と、何故か友人は声を弾ませた。

  「えーなに、どういうこと?」

  『いいからいいから……ふふ、えっと、今から言うお風呂に行ってみてよ』

  「えー? 良さそうなとこ?」

  『んー、ふふ……うーん、そうやね、ぶふっ』何故か所々吹き出している友人。

  「ちょっと、ほんとにどうしたの」

  友人の態度に業を煮やした僕は、つい声を荒げてしまう。

  『ごめんごめん。えっとねー、えー……ちんちら温泉、かな』

  「ちんちら?」

  妙な名前の温泉だ。

  チンチラ獣人が経営してるとか、そういう感じなのだろうか? それともチンチラ用に作られたお風呂、とか?

  ……たとえチンチラが沢山居ようが、まぁ風呂は風呂に変わりないけど。それに、僕は小柄なカワウソだから、そこに混ざってもそんなに違和感ないだろうし。多分。

  『えっとねー、そこから歩いて十分くらいやと思う。多分銭湯かな?』

  「近いじゃん!」

  頭の中がチンチラでいっぱいになっていた僕は、その言葉を聞いて跳び起きた。ベッドのスプリングが効いているせいでぼよん、と体が浮き上がりかける。

  『そうそう、やからね……ふふっ、ちっと行ってみてよ』

  相変わらず今にも吹き出しそうな声色の友人だが、それを訝しむより先に、僕はすぐ近くにお風呂屋がある、という事実に歓喜していた。

  どうせ一人で遊びに出ても虚無になるだけだし、それならお風呂屋でリラックスする方が何倍もマシだ。

  ついでに間西の人たちのちんちんも見て……ぬふふふ……ん? チンチラのちんちんって、どんな感じなんだろう……?

  ――ま、いいや。

  「ありがとう! 早速行ってみる!」

  元気になった僕は、友人が送ってくれたマップをいそいそと確認する。

  なるほど、ホテルの真下にある大きな道を真っ直ぐ進めば、すぐに到着するみたいだ。

  『ついでに沢山ちんちん見れるがー』

  「あはは、そうだね! 沢山見ちゃお! じゃあ通話切るね!」

  せっかちな僕は、浮かれ気味に終話アイコンをタップしようとして……。

  『見るだけで終わるといいけどねぇ――』

  最後に意味深な言葉を残して、友人との接続は切れる。

  「――見るだけ?」

  見るだけ、とはどういう意味だろう。何やら不穏な台詞に胸がざわつくが――すぐに僕は気持ちを切り替える。

  何が起きようと、このまま一人で不安に苛まれているよりはよっぽどマシである。

  とにかく行ってみるか! 行けばわかるさ!

  「――あ、料金とか聞いときゃよかった」

  検索エンジンでちんちら温泉、と検索をかけてみるが、サイトがヒットしない。

  今時ネットの力を借りずに口コミだけで営業しているのだろうか。ということは、地元の人が集まる、知る人ぞ知るタイプの銭湯なのかな?

  「ふんふんふーん♪」

  ま、細かいことを気にしても仕方が無い。

  鼻歌交じりにさっさと身支度を終えると、僕はホテルのキーを手に取った。

  [newpage]

  「――ど、どこだ?」

  意気揚々とちんちら温泉を目指して歩き出した僕だったが、歩けど歩けどそれらしい施設が見つからない。

  「あれ、っかしいなぁ……」とスマホのマップアプリを確認する。

  大きい橋のたもとの辺りにあるっぽいんだけど、どうにもそれらしい施設が見当たらない。

  この辺は大坂の中心地から少し外れたエリア……とはいえ、僕の住むド田舎県と比べると遙かに都会であり、土地勘が無いのもあってどこを切り取っても同じ景色に見えてしまう。

  もしかして、橋の向こうかな? と、てってこ歩いて橋を越えてみたりしたけど、やっぱりどこにも温泉なんて影も形も見当たらない。

  「くそー、騙されたのかなぁ」

  悪戯好きな友人は、時折僕にドッキリをしかけて楽しむ事がある。

  もしかして、今回もそういうオチなのか?

  だったら性格が悪すぎる。今後の友達付き合いを考えるレベルだ。

  「くう、戻るかぁ……」

  先ほどから友人にメールを送っているのだが、全然返信が無い。

  電話をかけても出ないし……。

  仕方が無いので、口ひげをもそもそといじりながら、来た道をトコトコ戻っていると。

  「……ん?」

  橋の上で、海を眺めながら退屈そうに煙草を吸っている柴犬の姿が目に入った。

  僕より少し年上、くらいの年齢だろうか。身長は……150㎝しかない僕よりは随分大きいけど、他の人たちと比べたら平均的な大きさだろう。体格も同様だ。

  スタンダードな赤柴模様にピンと立った元気な耳、少し目尻が吊り上がった気の強そうな眼差し。

  顔立ちは……中の中くらいだろうか。まぁ下の下な僕が言うなって話だけど。

  上下紺色のジャージを着て、なんだかヤンキーっぽい。ああいう人なら地元に詳しかったりするのかなぁ。ちんちら温泉の事、聞いてみようか……いやでもなんか怖そうだし……と、もたもた二の足を踏んでいると。

  「ん?」と、その柴犬がこちらを振り向いた。

  「わ」

  まさか目が合うとは思っておらず、ついあたふたしてしまう。こういうとき、コミュ障は咄嗟に反応できないのが辛い。

  青年は慌てる僕を見て「どうかしたんすか?」と不審者でも見るような目つきで言う。

  ジャージの胸元が開き、胸の毛が露わになっているのが見えた。中にシャツとか着てないんだろうか。その格好は、時期的にまだ少し早いと思うけど。

  「え、あ、あの、ちょっと迷ってて」

  「迷う?」

  煙草を咥えて、僕の格好をしげしげと眺める犬人。

  「ええっと、この辺りの方、ですか?」と質問すると「えー、そうっすけど」と柴犬は頷いた。

  「ちんちら温泉って……し、知ってます?」

  「ちんちら?」と繰り返す犬人。

  「あ、そそ、そうです」

  頑張って愛想笑いなんかしてみるものの、我ながらヤバいヤツに見えちゃってるのでは⁉ と不安になるが……。

  「あー、それならほら、そこっす」

  意外にも、親切に煙草を持つ手で橋の下を指さす柴犬。

  良かったー、普通に良い人っぽい、と僕は思わず安堵してしまう。

  見た目で判断しちゃいけないな……と内心反省しつつ、僕はその人に恐る恐る近づくと、指さす方を凝視した。

  「あー、もうちょっと左、んで下の側道のとこ」

  きょろきょろ動き回る僕の視線を誘導する柴犬。

  すると――そこに『珍知羅温泉』という小さな看板があった。

  「わ、あんな所に……全然気づかなかった」

  「あーははは、小さな銭湯やから、気づかん人は全然気づかんすよねぇ」僕を見下ろし、青年は笑う。

  勝手に緊張していた僕は、その笑顔を見上げ、少しだけ平静を取り戻した。

  「ありがとうございます!」と頭を下げると、柴犬はいえいえ、と胸の前で手を振る。

  ほんとにただの良い人だった。流石大坂、人情の町。

  「助かりました、それじゃ――」

  「旅行かなんかすか?」

  歩き出そうとした僕を、煙草を携帯灰皿に捨てながら柴犬が引き留める。

  「え? あ」足を止めると、僕は再び犬人を見上げた。

  「はい、そうなんです。ビスケ――あ、いや、ちょっとイベントに参加しようと」

  「へー、そうなんすね。ウチの事はどこで知ったんですか?」

  「ウチ?」と僕が首を捻ると、柴犬はあー、とはにかんだように笑った。

  「俺、ちんちら温泉で働いてて。休憩中だったんすよ」

  「えっ、お店の方だったんですか⁉」

  「まぁ……お店の方、というか何というか」

  ぽりぽりと頬をかく柴犬。

  「友人にここを紹介されて、ちょっと行ってみようかなーって思って」僕がそう返すと。

  「はぁ、成る程」腕組みをして、柴犬は少し考え込む。

  「……どうかしました?」

  「ちょっと聞きたいんすけど」犬人はそう言って、再びちんちら温泉に目線を向けた。

  「ここから見て、どう見えます? ウチ」

  「どう?」どう見える、とは一体どういう意味なのだろう。

  ごくごく普通の銭湯に見えるけど……。

  「ヤな感じとかしないすか?」ちら、と僕の顔を見る柴犬。

  「――やなかんじ?」

  な、なんだろう。まるで、かつてここで凄惨な出来事でも起きたかのような言い方だけど……幸い僕には第六感的なモノはないし、この人の言うような『嫌な感じ』というのは何も感じない。

  せいぜい、チンチラ用の温泉にしては入り口が大きいな、という感想しか浮かんでこないなぁ。

  「うーん、僕お風呂好きで、いろんなトコに行ってるんですけど……特に他と変わりないというか、趣があるなぁ、くらいで……」

  とりあえず、そう無難に答えておく。

  「ふぅーん」

  なんだか意味深な、含みのある返事をする柴犬。

  その言い方が気になって、僕は再度ちんちら温泉の外観に目を凝らす。

  趣がある、なんて表現をしたけど、言い換えればちょっと古めかしいというか。かなり昔からあるんだろうな、という佇まいではあるけど、銭湯なんて大抵そんなもんだし。

  というか、むしろ……何だろう。こうやって見下ろしていると、不思議と妙に早く入りたい気持ちになってくるというか。いつも他のお風呂に行く時と違って、なんだかやけに胸が躍るような、期待に高鳴るような――。

  そんな僕の横顔を見ていた柴犬が、何かに納得したように小さく頷く。

  「――じゃ、丁度休憩終わることだったんで。良ければ一緒に行きますか?」

  「一緒に? いいんですか?」

  僕なんかにこんなに優しくしてくれるなんて、なんて良いヒトなんだ……!

  「勿論! それに、そこの階段降りたらすぐなんで」

  人懐こそうにくしゃりと笑うと、柴犬はすぐ近くにある階段を指差した。

  暖簾をくぐると、そこには定番って感じの玄関が拡がっていた。

  壁一面に木製の靴箱が並んでいて、そこに手慣れた様子で柴犬がサンダルを突っ込む。僕もそれに倣ってスニーカーを入れると、木製の鍵を手に取った。

  へぇ、こんな所まで古めかしいとは、中々歴史のあるお風呂みたいだ。

  「戻ったでー」

  がら、と柴犬が磨りガラスのはまった扉をスライドさせる。

  「おかえりハント……ってあれ」

  続いて脱衣所に入った僕を見て、番台らしきおじさんが目を見開いた。

  「あれあれ、同伴?」と、僕を指差す。

  「変な言い方すんなや。ウチを探してたみたいやったから連れてきてん……あ、コレは親父。ここの番台してるんすよ」

  「どうもー、番台のバンダイです」と、ふくよかな柴犬が敬礼をする。

  所々がほつれた緑色のトレーナー。首元からススキをこれでもか、と詰め込んでいるかの如く、金色の毛があちこちから爆発的に漏れていた。

  「ばんだいのばんだいさん」

  「そう! 番台をする為に産まれたのが僕、|後藤万代《ごとう ばんだい》! よろしくね」

  愛想良く笑みを浮かべ、カウンターの中から右手を伸ばすバンダイさん。

  よくわからないが、とりあえず握手を交わすと――なぜかにぎにぎ、とどことなく厭らしい手つきで握り替えされた。

  「うーん、やっぱりカワウソの手は良いね、上手そう」ぺろ、と舌なめずりするおじさん。

  「なーにが上手そうやエロオヤジ!」

  ばし、と柴犬がバンダイさんの手を叩いた。その衝撃で、僕らの握手は強制的に解除される。

  「いててっ、ちょっとくらい味見してもいいじゃんか」

  バンダイさんは、ケチンボ、と涙ぐみながら人差し指同士をチョンチョンする。

  「お客さんを味見すんな!」

  牙を剥いて威嚇する柴犬と、ぎゅっと目を瞑って叩かれた手をわざとらしくフーフーする太った柴犬。

  なんだろう、ケンカかな? と身構えていると、あ、と太くない方の柴犬が僕に目を向け、ごめんごめん、と手を合わせた。

  「変なとこ見せてごめんな、オトンにはもう今後一生涯、金輪際関わらんでええから」

  「もー、ハントのお手つきならそう言えば……あ、ウソウソ冗談! ははは……はい、五百円!」

  睨みをきかせる柴犬の目線を恐れるように、ブルブル震えながらバンダイさんは僕に入場料を請求した。

  「あ、タオルもお願いしたいんですけど……」

  財布を手にした僕がそう言うと、バンダイさんは首を振って、黙ってタオルとバスタオルのセットを差し出す。

  「今回は良いよ、僕が失礼なことしたからタオルは無料で……って言えってハントが目で伝えてくる」

  「当たり前や! 先制攻撃でセクハラから入んなって何度も言うとるやろ!」

  「だって毎日男のケツ見てたらムラムラするでしょーが! ハントは何もわかってない!」

  「アホ! そういう仕事やろうが!」

  再びケンカを始めた二人だけど……お互いの顔を見るに、どうも本気で怒っている訳ではないっぽい。仲良くケンカしてる、ってやつだろうか。

  ぽつねんとおいてけぼりを食らっていると、それに気づいた柴犬が「いやー申し訳無い」と僕の手を取った。

  「あ、ハントはお手々握っちゃうんだ。ふーん」

  「オトンと一緒にすんな! っと――こっちこっち、そこのロッカー使って……あ、使って下さいね」

  「大丈夫ですよ、敬語使わなくて! 多分僕の方が年下ですし」

  取り繕うように笑みを浮かべた柴犬に、僕も笑顔を返す。

  二人のやりとりを見て、なんだか緊張も吹き飛んでしまった。

  「あ、ええの? いやー、お客さんやと意識してまうと、どうしても敬語になってまうんよな」

  脱衣所の隅にあるロッカーを開き、ジャージを脱ぎながら柴犬が困ったような顔を作る。

  ジャージを脱ぐ、という事は、このままハントさんもお風呂に入るのだろうか。下に何も着てなかったぽいし。

  「……あ、そういえば……ハントさん、って呼ばれてましたけど」

  「そうそう。俺ハントって言うんよ。|後藤帆渡《ごとう はんと》。えっと、お兄さんは?」

  ――わ、いきなり本名聞かれちゃうんだ!

  流石大坂……! 距離が近い!

  「ぼ、僕は|小吹羽晃士郎《おふば こうしろう》といいます」

  「おふば……む、難しい名前やな」

  「良く言われます。友達はパコ君って呼ぶので、良ければそう呼んで下さい」

  「パコ君?」

  「あはは……理由は聞かないで下さい」服を全て脱ぎ終わり、パンツを下ろしながら僕は何の気なしにハントさんの方を見やって。

  「――って、は、ハントさん!」

  思わず叫んでいた。

  「ん?」腰に手を当て、不思議そうに僕を見るハントさんは……風もないのに前が白くたなびく、伝統的な下着を着用していて。

  「そ、それ、ふっ、ふっ…!」

  「え? うん。褌」

  ……平然としているが、その身に纏っているのは、越中褌、ってヤツ……!

  てっきり全裸になっていたとばかり思っていた僕は、唐突に現れたエッチな格好に目を白黒させる。

  「あ。そういえば言うてなかったな」

  ポン、と合点がいったように手をうつと「俺、ここで三助してるんよ」とハントさんは牙を見せて笑った。

  「――さんすけ?」

  聞いたことの無いワードだ。誰かの名前だろうか?

  首を捻る僕に、ハントさんが説明する。

  「うん。まーイチから説明すると長くなるんやけど、要はお客さんの背中を流したり、風呂場の掃除をする仕事って思って貰ったらええよ」

  「へぇー……だ、だから褌なんですか?」

  確かに、作業中に濡れてしまうなら下着一枚になっていても不思議ではないけど……それなら水着とかでもいいのでは……?

  「んー、俺は別に褌やなくてもええんやけど、そこのオッサンがな」

  「当たり前だよ! 褌は三助の正装! 褌締めざる者三助に非ず!」

  鼻息荒く答えたのはバンダイさん。

  カウンターの中から身を乗り出して「だってほら、水着なんかより褌のほうがずっとエロいでしょ? むふふふ」とハントさんにねっとり熱い眼差しを浴びせ始める。

  それはどこからどう見ても、性的な何かを連想させるような熱量を帯びていて。

  「……親子……ですよね?」

  「オトンの事はもうほっといて。さ、風呂風呂~」

  バンダイさんの目線をスルーして、ハントさんは褌姿のまま大浴場へ続くガラス扉を開く。

  ハンドタオルを手に取ると、僕も慌ててその後ろについて行くのであった。

  そして――冒頭へ戻るのである。

  *

  

  「どど、どういう事ですか⁉ は、ハッテン銭湯って……」

  ――ハッテン銭湯。僕だって聞いたことくらいはある。

  スチームサウナや洞窟風呂、露天風呂の影とかシルキー風呂なんかで、隠れてハッテンする不届き者の集まる銭湯。

  全国各地にあるとは聞くが、あくまでノンケのお客さんも沢山居るので、こう、隠れてシコシコする場所……みたいな。当然それは犯罪で、僕は今まで一度もそんな所に行ったこともないし、行こうと思ったことも無かった。

  そりゃ一応は雄なので、興味を持った事が一度も無かったわけではないけど。

  でも、風呂を愛する者として、決して許してはいけない場所。それがハッテン銭湯なのだ。

  「んー……まぁ色々あって、ここはちょっと前からこんな感じになってもうてなぁ」

  周囲から聞こえるドスケベボイスを意にも介さず、真顔で応えるハントさん。

  「色々あってって⁉」

  生まれて初めて立ち入ったピンク過ぎる空間に気圧され、僕はタオルで股間を押さえたまま身動きが取れなくなってしまう。

  その口ぶりだと、元は普通の銭湯だった、みたいだけど……いったい何がどうなれば、こうも風営法に真正面からケンカを売るような施設になってしまうというのだろう。

  「ううむ……まぁ、なんだかんだで?」

  眉根を寄せて、何かに困っているような、呆れているような絶妙な表情を浮かべるが……「ま、ええやろ! こういうトコがあっても!」と、ハントさんは吹っ切れたように牙を見せて笑った。

  「え、ええ……?」

  「そんなことより、ほら、こっちおいで」

  笑みを崩さぬまま、僕に向かってちょいちょい、と手招きをする柴犬。

  「そんなトコ突っ立っとったら、取って食われてまうで」

  「取って食われる?」と繰り返した瞬間。

  僕のお尻――正確には、尾の付け根と尻の隙間の辺りに、するりと触れられるような感覚を覚えた。

  「ヒャン⁉」

  驚き飛び上がった僕は、慌てて感触のあった方を確認する。

  そこに、湯船の中から僕のお尻をダイレクトタッチするワニのおっさんが居た。

  「アンちゃんええケツしとるやん、おっちゃんと遊ぼうや」むにむにと尻を揉みしだきつつニタニタと下卑た笑みを浮かべたワニを「やめたって下さいよ、ここがこういう場所やって知らずに来てもうたんやから」とハントさんが窘める。

  「あわわわわわわ」

  ただでさえシャイなのに、知らない人に突然尻を触られ動転した僕は、小走りでその場を離れようとして、危うく転びそうになってしまった。

  咄嗟にタイル張りの床を踏みしめると「ど、どうなってるんですか、ココ⁉」と柴犬に問う、が。

  「まぁ、狩るか狩られるか、みたいな場所やからな」

  「何頭ポリポリ掻いて平然としてるんですか!」と大声でツッコんだ所で――僕はふと違和感を覚え、キョロキョロと辺りを見回す。

  「へぇ、新人さんかぁ」「見ろよ、若いカワウソだぜ」「チンポデカいかな? 小さいかな? 賭けようや」「おっさん、ケツの具合はどうだった?」

  ジェットバスの中から、階段の上から、大きな浴槽の中から。

  ――ワニおっさんだけではなく、年齢も種族もまるでバラバラで、唯一『スケベそうである』という一点においてのみ完全に一致している発情したオス達が、こぞって僕に好奇の目を向けていた。

  「ひ、ひぇえ……!」

  ぞぞ、と背中を冷たいものが駆け抜ける。まるで、丸腰のまま世紀末の世界に飛び込んでしまったような気分だ。

  しかし、硬直する僕を前に「はーいはい皆さん、可哀想やからあんまりイジめんといたってや」と腰に手を当てたハントさんがぐるりと一瞥すると、それらの目線はあっという間に散り散りになった。

  「はー、俺がおらんと皆好き勝手しようとして、油断ならんな……っと、ほれパコ君、こっちや」やれやれ、と呆れたように頭を振ると、ハントさんは僕に左手を差し伸べる。

  「は、はい!」

  何が何だかよくわからないが、この人の近くにいるのが最も安全だ――と、本能が叫んでいた。

  柴犬の手を取った僕は、導かれるままに奥へ奥へと進んでいく。

  ――そこは、大浴場の奥まった場所にある、なんだか閉鎖的な空間だった。

  目の前にある深めの湯船は緑色のお湯で満たされており、浴槽の上方には『ラドン湯の効能』と銘打たれ、レトロなイラストや説明書きが施されたプラスチックの板が取り付けられている。そこはかとなくケミカルな香りが鼻先をくすぐった。

  そんなラドン湯の鼻先に設置された小さな洗い場で、風呂椅子を前にハントさんは「ほな、ここに座って」と足元を指差した。

  「座る……?」

  「ほら、言うたやんか。俺の仕事、お客さんの背中を流すことや、って」

  そういえば、三助? とかいう仕事の説明でそんなことを言ってたような気がする。

  手にしていたバケツを床に下ろすと、お風呂用っぽい手袋とゴワついてそうなタオルを取り出すハントさん。

  「ホンマやったら有料なんやけど、なんか色々大変な目にあわせてもうたし、今は予約もはいってないからさ。俺に背中流させてよ」右手に手袋を装着しながらそう笑顔で言うと「それに、パコ君にはココの事とかちゃんと説明しとかんと、通報とかされたら溜まらんからな……」と、左手でポリポリ顎をかきながら付け足す。

  「つ、通報しますよそりゃ! こんなのおかしいでしょ!」と言い返した僕に、ハントさんはまぁまぁ、とジェスチャーをした。

  「ほらほら、とにかくあっち向いて座って」

  「え、ええ……?」

  今すぐ逃げ出すべきなのかな、と逡巡したが、下手に慌てて逃げようものなら他のお客さん達に襲いかかられる可能性だってある。ここは、言われるがままにしといた方がいいのかも、と僕は自分を納得させ、おずおずと椅子の上に腰を下ろした。

  目の前の鏡に、背後にハントさんがしゃがみ込むの姿が映り込む。

  「ほな、お背中流させてもらいます!」ポン、と肩を叩かれた。

  「は、はぁ、よろしくお願いします」

  僕の背中から覆い被さるように、右手にあるシャワーを手に取るハントさん。

  首筋に吐息がかかって、思わず背筋が伸びてしまう。

  「あ、シャワーのボタン、押してもらっていい?」

  「ここ、コレですか⁉」とキョドりながらも丸いボタンを押すと、シャワーのノズルからぬるめのお湯が噴出した。

  「湯加減は大丈夫?」と、僕の身体を濡らしながら柴犬が問いかける。

  「ははは、はい、だ、大丈夫です!」

  「オッケー。リラックスしてな」と返すと、ハントさんは僕の背中をタオルで擦り始めた。

  「……」

  緊張して無言になる僕。

  鏡に映る、黙々と手を動かす真剣な眼差しの柴犬。

  がし、がし、と僕の撥水性の高い毛皮に苦心する様子も無く、ハントさんはほどよい力加減で背中を流している。この年になって、誰かに身体を洗われるなんて思いもよらなかったけれど、不思議と厭な感じはしない。

  なんだか座ったままでマッサージを受けているようで、ビスケの事で一杯だった思考が疲れと共に流れていくような感覚を覚える。

  「――どう? 気持ちええか?」

  不意に質問されて、思わずうっとりと目を閉じていた僕は「ひゃ、ひゃい!」と奇声じみた声を出してしまった。

  「はは、そうか。カワウソを洗うのは初めてやからな」と、肩口を擦りながらハントさんは言う。

  その声はあっけらかんとしていて、他の人達が浮かべているような淫乱オーラのようなものを感じさせない。それに僕は安堵して。

  「……あの、それで、その……こ、ここって、どういう……」と、縮こまったままで質問する。

  「あ、そうそう、その話やったな」

  ハントさんの手が脇の下に滑り込む。ひょい、と腕を持ち上げると、目の粗いタオルがそこを心地良く擦り洗う。

  「ここは……まぁ、なんというか……確かにハッテン場みたいなモンではあるんやけど……なんやろな。ホモの人らが安心して集まれる風呂というか。全力でリラックス出来る場所、みたいな?」

  「リラックス出来る場所、ですか」

  「そうそう。パコ君もきっと気に入るとおもうで」

  「そう、かなぁ……」

  左に顔を向ける。

  電気風呂に浸かって、痛気持ちよさそうにしている馬人の顔が目に入った。確かに全力でリラックスしているように見えるけど……。

  「……って、どうして僕もホモだってわかったんですか⁉」

  「ん? 勘」

  「か、かん……」

  勘の一言で済まされてしまった。

  いやまぁ、実際確かに僕はゲイなので、むぐ、と口をつぐむ。

  「――ま、俺もホモやし。なんとなくわかった、って感じかなぁ」

  背中を洗いながら、柴犬は躊躇う様子も無く言う。

  「は、ハントさんもですか⁉」

  「そりゃーホモじゃなかったらこんなトコでこんな仕事でけへんよ」

  「そ、そりゃそう……ですかね?」

  は、ハントさんもゲイなのか。

  じゃ、じゃあ……その格好で色んな人とあんな事したり、こんな事したりしてるのだろうか……。

  「う、うーん」と変なうなり声をあげてしまう。

  そう言われると……なんか背中を預けるのに、ちょっと気恥ずかしさというか。変な期待感を持っちゃうんだけど……。

  う、やばい、ちょっと勃っちゃいそう、かも……。

  ――そんな僕の動揺にも気づかない様子で、ハントさんは話を続ける。

  「皆、当たり前にそこら辺でハッテンしまくっとるけど、知り合いと話してるだけの人とかもおるし……まぁ良く言えば、風呂に入りながら気楽に気持ちよくなりましょ、みたいな場所が、ここなんよな」

  ごし、ごし、と腰の辺りを洗いながら、ハントさんは続ける。

  「皆、外では仕事してたり、家族がおる人は家族サービスしてたり、身内の介護しとったり。それぞれの生活があって、身分も立場も違うけど、ここでは皆同じようにチンポ勃ててセックスして発散して、非日常を味わって気持ちも心も切り替える、みたいな」

  「……それって要するにハッテン場じゃないんですか」

  ハントさんからは見えないだろうけど、股間をこっそり隠しながら僕は質問する。

  「ははは、まぁ違いない。俺も最初は戸惑ったし、オトンがここをハッテン銭湯にする! とか言い出した時は、どついたろか! 思ったけどな」鏡越しに僕へ笑いかけるハントさん。

  「そんなんで、よく三助なんてしようと思えましたね」

  「んー、まぁ丁度仕事クビになったタイミングやったしな」

  「……バンダイさんに、カミングアウトはしてたんですか?」と問いかけると、ハントさんは手を止めて、ないない、と手袋をはめた右手でジェスチャーした。

  「なんか知らんけど、バレとったみたい」

  「へぇ、やっぱり家族なんですねぇ」

  「認めたくはないけどな……っと。はい、背中終わり!」

  尻尾の先までしっかりと擦り終えると、ハントさんは額の汗を拭った。

  「ありがとうございました」と前屈みになりながら立ち上がろうとしたところで「ちょい待ち」と肩を押さえられる。

  

  「ほら、次は前や」

  「……前?」

  「後ろ洗ったら次は前やろ。ほら、こっち向いて」

  「はい⁉」

  当然のように言い放つ柴犬。

  「な、何言ってるんですか! せ、背中流すって言ってたじゃないですか」

  「ん? ああ……でも皆、ついでに前も洗ってくれ言うからな」

  とぼけたような顔で言うと、ハントさんは笑みを浮かべる。

  「大丈夫。恥ずかしがらんでも、どうせホモ同士やんか」

  「はは、恥ずかしいに決まってるじゃないですか!」

  背中を丸めて僕は抵抗する。

  だって、それってつまり……ちんちんを見せる、って事じゃないか。

  そりゃ日頃から風呂に通いまくってる僕は、わざわざ前を隠すような真似はしない、普通の風呂では。

  でもココでは話が違う。あちこちからエッチなオーラを感じて何故かムラムラしてきちゃうし、そのせいか、さっきから緊張してるのにちんちん勃起しつづけてるし……こんなの見られたら死んでしまう。こちとら非リアコミュ障を拗らせた天然物の童貞なのだ。

  「まーま、どうせ他県から来とるんやろ? 旅の恥はかき捨てや」と、肩をポンポン叩くハントさん。

  そして、追い打ちのように「それに、さっきから勃起しとるやろ」と、耳元で囁かれる。

  「いっ⁉」

  「映っとったで、鏡に」

  慌てて鏡を確認すると、丁度股間を押さえている僕の手までが、バッチリと映り込む大きさで。

  「ほらほら、はよ洗わせてや」と柴犬は意地悪そうに言うと、僕の背中に密着して、必死に押さえていた手とちんちんの隙間に左手をするり、と滑り込ませた。

  「んわっ!」

  ぎゅ、と根元を掴まれる。

  「ほら、ちゃんと洗わんと。汚いまま湯船に浸かったらあかんやろ?」

  僕のちんちんを握りしめたまま、ぼそぼそと囁く柴犬。

  次いで、密着していた尾の付け根に、何か固いものが当たる感覚。

  「は、ハントさん……?」

  「ほれ、触ってええで。俺だってここにおったら興奮してまうんや。皆同じなんよ」

  恐る恐る、右手を後ろに回してみる。

  そこに、褌越しではあるものの、確かに固く芯の通った感触があった。

  「わ、大きい……」

  「はは、そう言うてくれるんはパコ君だけや」にこやかに言うと、ハントさんは「さ、こっち向いて」と再び催促する。

  「う……は、はい」

  どうせ既に見られているのだ、今更恥ずかしがっても仕方が無いのかもしれない。

  降参だ、と僕は息を吐く。

  

  ――あれ、変だな。僕ってこんな風に考えるヤツだったっけ。いつもはこういうとき、絶対にいやがってテコでも動かない筈なんだけど。

  何故だろう。ハントさんに背中を洗われて、気が緩んでしまったのだろうか。

  「……は、はい、向きました」

  つるりと椅子の上でお尻を軸に横回転すると、僕は尻尾が壁に当たらないよう横に流し、股間を押さえたままハントさんに正対する。

  「手ーで隠さんと、ほら。往生際が悪いで」

  膝立ちしたままで腰を突き出すと、こんもりと盛り上がった褌を堂々と見せつけ、ハントさんは胸を張ってニヤリと笑みを浮かべた。

  恥ずかしくないんだろうか。

  潔いハントさんの姿は、とても男らしくて……思わず見蕩れてしまった。

  「う、あ……わ、わかりました」

  やけに口が渇く。

  ――ハントさんは勃起してるのに隠してないんだ、僕だって……。

  おずおずと股間から手を離し、両膝の上に載せる。

  痛々しいくらいに勃起したちんちんを、柴犬が熱っぽい目でじっと見つめていた。

  「……その、恥ずかしいです」

  「何が恥ずかしいねん、立派やんか」

  くしゃりと笑うと、ハントさんは再びタオルを手に取って。

  そして、僕のイチモツが見えていないかのように、胸を擦り始めた。

  「あっ」

  タオルが乳首をかすった瞬間、自分でも怖いくらいに色っぽい息を吐いてしまう。

  「ん、ごめん、結構敏感やった?」

  「あう……」

  オナニーするときに乳首を触るのが癖になっているせいだろうか、僕の乳首もカチカチに勃起していたみたいだ。

  恥ずかしくて顔が真っ赤になるが、ハントさんは「よくある事やから、気にせんでええで~」とカラッと言うと、胸の間を丁寧に擦った。

  そして……その手がお腹の辺りにさしかかる。

  丸まっていては洗いづらいだろう……僕は意を決すると、洗いやすいように股を開き、胸を張る。

  ピンク色のちんちんが、より一層露わになる。ハントさんはただ真剣に、僕のお腹や脇腹を擦り続ける。

  「……」ガッチリと天を衝いたちんちんを曝け出したまま身体を洗われていると、ハントさんがそこを見ていなくても、なんだか自分から積極的に見せつけているようで、変な気分になってくる。

  煩悩が伝播したのか、とろりとした何かが尖端を伝い、裏筋をくすぐる感覚。

  「もしかして、あんまりセックスとかしたことない?」と、ハントさんがおもむろに口を開く。

  「ど、童貞なんです」

  そう応えると、柴犬の耳がピンと立ち、目が丸くなった。

  「珍しいなー、こんなに可愛えのに」

  「かっ、かわっ」ぼっ、と顔が燃え上がる。

  「今までええ出会いとか無かったん?」僕の太股を洗いながら、ハントさんが汗を拭う。

  「はははい、その、こ、こっちの知り合いも一人しか居なくて」

  脳裏に悪戯好きな友人の顔が思い浮かんだ。

  あいつも、僕の知らないところでこんなことしてるのかな。

  「そうなんかぁー。あー、せやったら、さっき急に握ってもうてごめんな」

  不意に申し訳なさそうな顔をするハントさん。

  「い、いえいえ、気持ちよかったです! じゃない! あ、でも気持ちよかったのは本当で」と、僕はしどろもどろになってしまう。

  な、何言ってんだ僕は。

  「――そっか。それやったら、ここも洗っとく?」

  そう言うと、柴犬の柔らかい左手が、僕のちんちんをそっと握りしめた。

  作業をしていたせいだろう、やけに熱くて湿っぽいその手に握られた瞬間、腰が砕けそうになってしまう。

  じんわりと伝わる熱。これが、他人の手。

  「っは、あうっ」

  言葉にならない声が漏れ出る。

  それをOKサインと受け取ったように頷くと、ハントさんは優しく、僕のちんちんを上下に扱き始めた。

  手を触れる前から先走りでどろどろになっていた僕のちんちんは、まるで潤滑液を垂らされたかのようになっていて、そのせいでハントさんの手はスムーズに、一切の痛み無く僕を責め立てる。

  「あっ、きっ、気持ちいい……」思わず両足に力が入る。いつも足ピンの状態でオナニーをしている僕にとって、この体勢でシコられるというのは違和感を覚える行為のはずなのに、何故かいつもよりやけに心地よくて、脳が蕩けそうになってしまう。

  ごうごうと低く唸る機械音が満ちるこの空間に、にちゃにちゃという粘つく音がやけに大きく響いていた。

  ふと顔を右に向けると、電気風呂の中から馬人が片目を開けて僕たちを眺めている様子が見えた。

  恥ずかしい……と同時に、ハントさんにこうしてイチモツを責めてもらえている、という優越感のような感情を覚える。

  「パコ君、めっちゃええ顔で感じるなぁ」と、僕のちんちんを扱きながらハントさんが言う。

  「そ、そうですか?」

  「うん。他のオッサンのチンポ扱いてても、あんまり俺は変な気分にならへんねんけど、何か今はこっちまで滅茶苦茶エロい気分になってもうてるわ」

  ハントさんは、目で僕に下を見るように促す。

  黙って目線を下ろすと、柴犬の着けている褌の前に水染みが浮いていた。

  シャワーの水がかかって濡れた、というような濡れ方では無くて……それは明確に、柴犬の鈴口から滲んだ滴が作った、じっとりと湿り気のある痕跡だった。

  ごくり、と生唾を飲み込む。

  「触ってみる?」

  そう言うハントさんの顔も蒸気していた。

  「い、いいんですか?」

  「褌の隙間から手ー突っ込むだけなら」

  照れたように耳を伏せ、ハントさんは僕のちんちんを握ったまま、お腹を引っ込めて見せる。

  おずおずとそこに左手を突っ込むと……そこに、どろどろに濡れた熱い肉の棒があった。

  「うおっ、亀頭くすぐったいかも」びくびく、とハントさんの腰が震える。

  「あ、ごめんなさい」思わず手を引き抜こうとするが「大丈夫大丈夫、ほら、内緒で抜き合いしよや」と柴犬が余裕の無さそうな顔でウインクした。

  い、いいのかな、こんな事して……と躊躇してしまうが、それ以上に他のオスの身体がどうなっているのか、という興味が勝って。

  僕は、静かにハントさんの右肩にマズルを埋めると、しなだれかかるように体重をかけ、密着する。自分がこんなに積極的な事が出来るなんて、始めて知った。

  息を吸い込むと、ふわ、と汗や犬人の体臭が混じった匂いが鼻孔に充満する。

  「――パコ君、ほんまに可愛えぇなぁ」

  ハントさんが軽く顔を動かすと、僕の鼻ヒゲがわさわさ、と小さく音を立てる。汗でじっとりと濡れた被毛が擦れる度、匂いを擦り付けてマーキングされている様な気持ちになってしまう。

  痛いくらいに心臓が高鳴って、頭が真っ白になって――そうして、僕たちはお互いの逸物を触り合うことに夢中になる。

  褌の紐が邪魔をするせいで可動域は狭いが、それでも僕は初めて触れる他人のペニスに感動して。そして、それ以上に昂ぶっていた。

  ハントさんも同じ気持ちなのだろうか。ハァハァ、と舌を出したまま荒く息を吐いていて、それが耳をくすぐる度に僕の思考も熱を増していった。

  指先で、半分被っている包皮を剥きながら亀頭の形を確かめていると。

  「んっ、く」

  不意に、柴犬が苦しそうな声を上げる。

  「大丈夫ですか?」

  「んーん、気持ちよすぎるだけ。カワウソの手ってほんまに柔らかいんやな」

  「あはは、生まれて初めてカワウソで良かったって思いました」

  身体を密着させたまま、僕らはふふふ、と笑い合う。

  すぐ右を向けば、そこにハントさんの横顔がある。

  それが気恥ずかしいけど、なんだか年上の先輩に手解きされているようで、嬉し恥ずかし、というヤツだった。

  「ほんまは褌外したいんやけど、仕事中やからさ。やりにくいと思うけど許してや」

  耳元で、ハントさんが照れたように言う。その口ぶりは、あくまでこれを『仕事』だと言い訳しているようで、そのくせ僕の手の中で固く滾らせ続けているのが、なんだかいじらしい。

  「そんな、そ、その、僕なんかがこんなことして貰えて、嬉しいです」

  「なんか、やないで。パコ君やから、や」

  「ハントさん……」その言葉に、胸が熱くなった。

  左手に伝わる熱を感じながら、ぎゅ、と目を瞑ると、幸福感でいっぱいになってしまう。

  彼氏が出来る前に、こんな事をしちゃうなんて夢にも思ってなかった。

  もし僕にも彼氏ができたら、こんな事が毎日出来ちゃうのかな。

  「ハーント君?」

  不意に、頭上から聞き覚えのある声。

  ぎょっとした僕は、慌てて褌に突っ込んでいた手を引っ込めて見上げると――そこに、バンダイさんの顔があった。

  「げっ、オトン⁉」

  ハントさんも同様に、僕のちんちんを握っていた手を離すと、さっと距離を取る。

  「お楽しみ中ごめんねー、お仕事が入ったよ」

  にこにことしているバンダイさん。その背後から、背伸びをして僕らを見下ろす虎人の顔も。

  「わわ、ケンさん! どうも~」

  慌てて取り繕うように声を張り上げる柴犬。

  その顔は、先ほどまでの色っぽい感じではなくて、いかにもお仕事モード、という感じの表情に戻っていた。

  「ハント君、俺には触らせてくれないのに……」と、恨めしい声を発する虎人。

  「ちょわっ、ここ、これは不可抗力で……な、パコ君!」と話を振られ、僕は全力で頷く。

  「そそそそう、不可抗力です!」

  「……それなら俺も、不可抗力したいなァ……」どんよりとした目をするケンさんと呼ばれた虎人。どうも、ハントさんに相当ご執心のようだ。

  「あはははは、それはまーそのー、時と場合によりけり……ってやつで……ごめん、パコ君!」

  ハントさんが手を合わせ、僕の耳元にマズルを寄せると「仕事が入ったから、その……ここまでや!」と焦ったように言った。

  「だ、大丈夫ですよ! 十分満喫……じゃない、ふ、不可抗力しました!」

  慌てて、ちんちんを勃起させたまま僕は立ち上がる。

  「おっ、百点!」それを見たバンダイさんが満面の笑みを浮かべ、力強く親指を立てた。

  「点数付けんな! オトンは早よ戻れや!」

  「えー」

  ブーブー言うバンダイさんを押し戻すと、ハントさんは虎人の手を取る。

  「じゃ、じゃあ僕はここらで! 失礼しました~」

  虎人の横をすり抜け、僕は急いでラドン湯の空間から飛び出した。

  電気風呂の中から目が合った馬人が「残念だったね~」と呑気そうに言う。

  はは、と頭を掻きながら僕は会釈して……。

  ――と、とりあえず一旦頭を冷やそう。

  とはいえ……。

  「おー兄ちゃん、やる気マンマンやなァ」

  今度は、入り口近くの浴槽でべろりと舌なめずりをしているワニのおっちゃんと目が合ってしまう。

  爛々と輝く目が、僕の股間をじっとりと見つめていて。

  

  ――こ、怖い!

  

  「ひ、ひぇぇえ」

  情けない声を上げながら、僕は慌てて目の前にある小さなドアの取っ手に手を伸ばした。

  [newpage]

  転げるように入ったそこは、前が見えないくらいに濃密な蒸気で充満していた。

  人が三人も並べばいっぱいになるような、小さな小さなスチームサウナだ。町の銭湯くらいの大きさしか無いこの施設に、わざわざスチームサウナが存在する、というだけでもありがたいのだが、その狭さは逃げ場がない、という事と直結していた。

  胸の高さくらいから上方へ向かって、分厚いガラス張りになっているので、外から中が丸見えな作りになっている。設備が古いからか、どこか麦のような香りが漂っていた。

  幸運なことに、そんなスチームサウナに、今は誰も入ってなくて。

  よろよろと進み、その一番奥に飛び乗るようにしてぺったりと座り込むと、僕は動悸を落ち着けるために何度も深呼吸をした。その度に、湯気が肺に充満して、余計に息苦しい心地になる。

  とはいえ、ここのスチームサウナ、他の温泉に比べてかなり温度が低く設定されているようで、熱くて噎せるような事にはならなかった。

  「ふう……」

  暫く肩で息をしていたが、次第に気持ちも落ち着き、心に余裕が出来る。

  不思議な事に、今でも僕の体は苦しいくらいに火照っていた。

  胸が凄くもやもやする。

  「はぁ……凄いことしちゃったなあ」天井を眺めながら、ぽつりと声を漏らした。

  ――ハントさんのちんちん、凄かったな。

  あのまま最後まで出来てたら……い、いや、何を考えているんだ僕は……。

  というか、今まで誰にも勃起したちんちんなんて見せたことがなかったのに、ハントさんだけじゃなくて、バンダイさんとか、ケンさん? とか、馬の人とか、ワニのおっちゃんとか……なんか今日一日で、一生分のちんちんを他人様に見せてしまったような気がする。

  根暗で陰キャで非リア童貞な僕がこんな体験をしてしまっていいんだろうか。

  けれど、実際やっちゃったんだよなぁ……どうしよう、もうお婿さんに行けない……。

  「うわぁ……」

  思い返して顔を両手で覆っていると。

  がちゃ、と小さくドアが軋む音がした。

  「ひっ⁉」

  ワニのおっちゃんが追いかけて来たのか⁉ と慌ててそちらを見ると。

  「あ……大丈夫?」

  

  もうもうと煙る湯気の向こうに立っていたのは、どうやら犬人らしかった。

  心配げな声色。悪い人では無さそうだ。まぁ、ちんちら温泉にいる時点で善い人という訳ではないんだろうけど。

  「え、あっ、はい、だっ、大丈夫でふ!」

  素っ頓狂な声を上げると、僕は既にサウナの隅っこにいるのに、更に奥へ詰めようと壁に体当たりをする。

  「お、落ち着いて……」

  まるで発狂している病人を見るような目で僕を見ながら、中へ入ってくる犬人。

  「俺は無理矢理手を出したりはしないから」

  どうどう、と落ち着かせるようにジェスチャーする様子を前に、僕も少しずつ落ち着きを取り戻していく。

  「ひいひいふう、ひいひいふう……」

  「ラマーズ法で落ち着く人っているんだ」

  「あ、はは……」見上げると――うっすらと湯気の向こうに、青と金色のオッドアイが見えた。

  「ど、どうもすいません、こういうとこに来るの初めてで」

  後頭部を掻きながら、僕は頭を下げる。

  「ああ、なるほど」と納得するように頷くと、「隣、いいかな?」と犬人は僕の隣を指差した。

  「もっ、勿論です!」

  犬人は僕の隣にとん、と腰掛けると、緊張している僕とは裏腹に、落ち着いた様子で「ふぅー」とおっとりした息を吐いた。

  動悸を我慢するように深呼吸をすると、ちらりと横目で相手を確認する。

  ――白地に黒やグレーの模様。目には黒い隈取り模様。ハスキー系の犬人のようだ。

  湿気のせいで被毛が表皮に密着し、筋肉質な胸元が露わになっている。

  座高だけで僕より頭一つ分高い。両方が立てば、下手すりゃ二つ分は差が出来るだろう。僕みたいなちんちくりんカワウソと違って、堂々とした雄犬の身体、という感じ。

  ハントさんは荒削りな若々しさで満ちていたけど(と言っても僕より年上だろうが)、ハスキーの横顔にはどこかクールさというか、厭世観のような何かが感じられる。

  落ち着いた声質をしているからだろうか、ハントさんより更に年上に見えた。

  「俺は、ここに来るのは2回目。前はこんなんじゃなかったけどね」と、値踏みするように見ていた僕の視線など構わずに、ハスキーは不思議そうに首を傾げる。

  「そうなんですか?」

  ハスキーの言うには、去年の今頃ここに来た際は、こんな感じ――つまり、エロエロでエッサイムな感じでは無くて、ごくごく普通な下町の銭湯だったそうだ。番台は変わらずバンダイさんだったらしいが、今みたいにはっちゃけてなくて、普通に人の良さそうな柴犬でしかなかったし、あのハントさんも働いていなかったとの事。

  「だから、ビックリしちゃってさ。変わったなぁーって」

  どこか遠い目をする犬人。

  ――変わったなぁ、で済まされるレベルではないと思うけど……確かに、こうして聞きかじった限りでは、ちんちら温泉という土地自体がまるごと別の場所に様変わりしてしまったように思える。

  「ですよね……僕は友達に紹介されて来たんですけど、まさかこんな場所とは知らず」

  「ははは、だったら尚更だね。ま、俺はこういうのも悪くないなーって思うけど」

  朗らかに言うと、ハスキーは横から右手を差し出した。

  「俺はアクル。君は?」色違いの目を細めて、落ち着いた声で握手を求める犬人。

  「あ、僕は……えっと、パコです」握手を返す。力強いけど、繊細そうな手だな、と感じた。

  「パコ君? 由来は?」

  「聞かないで下さい……」

  そっか、とだけ返してハスキーは前を向く。

  ガラス窓の向こうで、馬人が電気風呂から身を乗り出して何かを凝視しているのが見えた。

  ラドン湯で何が起きているのだろうか……ちょっと見てみたい気もする。

  「……アクルさんは、こういう……その、ハッテン銭湯みたいな場所に行ったりするんですか?」

  馬人から視線を戻すと、僕は再びハスキーを見上げる。

  「俺? いいや……エロい事は大好きだけど、わざわざそんな場所に行ってヤルほどじゃないよ。リスキーだしね」

  「で、ですよね! 他の場所はこんなにオープンじゃない、って聞きます」

  馬人が更に身を乗り出した。

  よほど凄い何かが行われているのだろうか。

  「ただ、風呂は好きなんだよね」

  「あ、僕も好きです! 趣味でお風呂巡りしてます!」と僕が返すと「いいなぁ、羨ましいよ」とアクルさんがため息をついた。

  「あ、れ? お風呂、巡らないんですか?」

  「あー、うん。家風呂が殆ど。俺、こんなんだからさ」

  ハスキーは左手で胸元を押さえ、僕にそこを眺めるように目でサインを送る。

  「?」どうしたんだろう、とそこに目をやると――冷たく銀色に輝くもの。

  それが乳首に開けられたピアスだと気づくまで、たっぷり五秒ほどかかってしまった。

  「わ、それって」「うん、ニップルピアス」乳首に対して水平に通されたピアスが、おぼろげなライトの光を照り返して鈍く煌めいた。

  「こういうのをしてるせいで、普通のお風呂に行きづらいんだよね。周りの目が気になっちゃって」

  ピョコピョコと耳を動かしてみせるアクルさん。その耳にも、犬耳を横に貫く銀色のピアス。

  更に目を凝らすと、マズルの下……口唇にもピアス。

  サウナの蒸気のせいで気づかなかったが、このハスキーの身体には、様々な部位に金属が施されていた。

  僕は思わず「わぁ……」と目を見張ってしまう。

  「はは、ヒいちゃった?」と、悪戯っぽくアクルさんが笑った。その目の下にも、小さく点のようなピアスが輝いているのが見えた。

  「いつもは毛がモフモフしちゃうから隠れがちなんだけどさ、こういう場所だと全部わーっと見えちゃって、余計目立つんだよね」

  「はぁ……」

  ――この世界で、ピアスを装着する人は稀だ。

  獣人の身体は自然治癒力が高く、小さな傷であれば否応なしに治癒しようとする力が働く。そのせいか、特殊な合金でなければピアス穴を維持する前に傷口と金属部が拒絶反応を起こし、ただれたり壊死してしまうのだそうだ。しかも、その合金製のピアスを着けたからといって、必ず副反応が起こらない、という保証も無い。だから、当事者の体質が合わなければ絶対にピアスを装着することは出来ないし、諦めてカフ型の疑似ピアスを装着する人が殆ど、と聞く。

  金属耐性の高いヒト型の種族であればその限りではないらしいが、そもそもヒト種自体がレアだし。

  その反動と言うべきか、ピアスに対する憧れを持つ獣人は少なくなく、実際僕のいる界隈……つまりケモ絵師界隈においても、ある有名な絵師はピアスをあけた人物のイラストばかり描いていて、それが多くのファンを抱えるきっかけになっている。

  ――そして僕自身も、その絵師さんのファンだったりするので。

  「かっこいいです……」と、思わず呟いていた。

  え、とハスキーが意外そうな目をする。

  そりゃそうだ。朴訥を絵に描いたようなイモ臭田舎っぺカワウソが、全身にピアスをバチバチに開けたハスキーを恐れるどころか、素直に格好いいと思う感性を持っている方が変だろう。

  そりゃ、あの絵を始めて見たときは、うわっ! という感想しか出なかったけど。

  でもその人の絵を見ているうちに、なんだか絵師の抱えている苦悩や世間に対する拒絶感、それでも世界に歩み寄ろうとする意思のようなものが滲み出ているように感じて。

  そんな彼にコンプレックスだらけの僕を勝手に重ねているうちに、気づけばその絵師の持つハードコアな画風や世界観にハマってしまっていた訳である。

  「あ、べ、別に自分で開けようとかは考えてないです! ピアスをしてるカワウソなんて変ですし……でも、アクルさんはハスキーだからその、よく似合ってます! 格好いいですよ!」

  思わず力説してしまったが、その勢いに、きっとアクルさんも僕の感性が本物だと感じたのだろう。「嬉しいなあ、そう言ってもらえて」と、本当に嬉しそうに顔をほころばせた。

  「じゃあ、こっちはどうかな?」

  アクルさんはそう言うと、ごそ、とおもむろに足を開く。

  「え?」思わずアクルさんの股間を見やると――半ばまで包皮に包まれた、僕のより一回り大きいちんちんがあって……。

  その鈴口の部分に、太いピアスが施されていた。

  それを目にした瞬間――僕は、あんぐりと口を開けて見入ってしまう。

  ピアスはアルファベットのCに近い形状をしており、それぞれの先端にはストッパーの様に丸い金属球があしらわれている。ピアスに詳しい訳ではないが、ある程度時間をかけて丹念に拡張したのだろう、というのがすぐに判るサイズ感。裏筋に開いた穴を通って尿道まで通されたそれが、淡い照明の明かりを浴びて鈍い輝きを放っていた。

  「プリンスアルバート。これ以上ゲージを上げると危ないから、これで我慢してるんだけどね」

  「わ、わ……凄い」

  思わず顔を寄せ、まじまじと見つめてしまう。

  ちんちんに穴を開けるなんて。いったいどれだけの苦痛を我慢して装着したのだろう。

  倒錯的な痛々しさに目を背けたくなるが……同時に、ハスキーが抱える覚悟のようなものもそこに垣間見えて、なんというか……圧倒されてしまった。

  「はは、これを見てヒかれないの、久々だな」

  よいしょ、とハスキーは僕の頭を押し上げると「まぁそんなわけで、あんまり高温のサウナには入れなくてさ。ここみたいにぬるめのミストサウナじゃないと、危なくて」と、再び股を閉じ、ふぅー、と心地よさそうに息を吐いた。

  「大変ですね……」

  僕は元の体勢に戻ると、はー、と感嘆の息を吐く。

  こういうのに対して、忌避感を持つ人も多い。自分のやりたいことをしているだけなのに、それを周囲から白い目で見られる……それでも意地を通す生き方は、カッコいいけど僕にはとても真似できない。

  だからこそ、なんだろうか。出会ったばかりのこのハスキーが、なんだかとても魅力的に思えてしまって、鼓動が徐々に早まっていく。

  「……あれ」

  アクルさんが、何かに気づいたような声を出した。

  「どうしたんですか?」

  「パコくん、勃っちゃった?」

  え、と下を向くと、腰に掛けたタオルの下で、僕のちんちんが元気になっていて。

  「わっ!」と慌てて手で押さえる。

  「すす、すいません!」

  「いや、別に謝るようなことじゃないけどね。ここじゃみんなそうだし」

  「そ、そうですけど、アクルさんはそんな事ないじゃないですか」

  そう返す僕の前で、ハスキーは小さく笑むと股を開く。

  そこに、ゆったりと頭を持ち上げる逸物があった。

  まだ全力じゃないのに、現段階で僕の勃起しきったちんちんよりよっぽど大きい……こう言っちゃ悪いけど、ハントさんのより大きくなるんじゃないだろうか。

  仰天する僕の耳元で「キミがこういうの大丈夫なんだ、って判ったら、俺も興奮してきちゃって」と小さくアクルさんが囁く。

  そして……僕が何かを応えるより早く、右股に何かが触れる感触があった。

  それがハスキーの左手だと理解した瞬間、僕は座ったまま飛び上がりそうになる。

  「あ、アクルさん!」どくどくどく、と心臓が早鐘を打つのが聞こえる。体中の毛という毛が全て逆立ってしまいそうだ。

  「ごめんね、その、君を見かけたとき、可愛いなって思ったんだけど。多分俺みたいなのは無理だろうなって思ってたからさ」

  「む、無理だなんてそんな! ぼぼ、僕みたいなのでよければ」と言いかけて、こんなお粗末なカワウソが何言ってんだ、と口をつぐむ。

  

  「パコ君」

  呼ばれて右を向くと――そこに、優しい目をしたハスキーの顔があって。

  その口唇が、チュ、と僕のマズルに浅く触れた。

  ――サウナの熱気のせいだろうか、それとも興奮のせいだろうか。そのキスをきっかけに、先ほどハントさんとしていた時と同じように、僕が僕でなくなっていくような感覚で思考が塗りつぶされていく。

  

  「あ、アクルさん」

  僕は右側に腰かけるアクルさんの方へ、ぐっと体を寄せる。

  舌を伸ばすと、もっと、とせがむ。

  それにアクルさんは答えてくれる。長い犬舌を僕の口の中へねじ込み、ねっとりと嘗め回す。

  「んん……」

  生まれて初めてするディープキスは、なんだか思っていたような形と違ったけど……優しいハスキーにエスコートされるように、僕は身も心も委ねて、口づけに没頭する。

  やがて、僕の左手が無意識にハスキーの下半身へ伸びて……熱く脈打つモノに触れる。そして、その形状にはっとする。

  目線を下ろすと、先ほどまで半勃ちだったそれが完全にいきり勃っていて――包皮からはみ出した部分は血の様に赤くて、幹はガチガチと固く、そして根本がぷっくりと膨れていた。

  芯が通りきったそれは、片手で握れないほどの大きさがあって、思わず僕は喉を鳴らす。

  「珍しいでしょ、この形」

  キスを取りやめ、アクルさんは少し困ったように目を細めた。

  「その、はい……血が濃いんですね」

  その形状に目が離せない僕は、じっとそこを見つめたままで返す。

  ――昔、学校で習ったことがある。先祖返りをした獣人は、元となる種の特性を強く引き継ぎ、体の形状に特異性を現す事がある、と。

  実際に亀頭球を目の当たりにすると、自分との違いに仰天してしまうが――それと同時に、先端に冷たく輝く銀の輝きと相まって、より異形感があって。怖いくらいに、いやらしく見えた。

  「どうかな」と、ハスキーがこちらを見つめる。

  「あ」口を開けたまま、言葉が詰まる。目の前の犬人は、僕の返事をじっと待っている。

  赤黒いペニスが脈打ち、ピアスの隙間から粘液が滴っていた。

  スチームの麦臭い匂いに混じった獣臭が、つんと僕の鼻を刺す。

  

  「……舐めてみたいです」

  本能的に、そう答えていた。

  そしてすぐに、自分の発した言葉にハッとしてしまう。

  どうしちゃったんだ、僕は――つい数十分前まで、こんなハッテン場みたいな場所から一刻も早く逃げ出したい、と思っていたはずなのに。

  

  アクルさんは小さく微笑んで『好きにしてくれ』とでも言う様に両手両足を広げ、背中の壁に頭をもたれて目を閉じた。

  何かに操られるかのように、僕はゆるりと立ち上がると、その股の間にしゃがみ込み、怒張したペニスに顔を近づける。

  むっ、と一際強烈な匂いが鼻腔を通り、思わずむせかえりそうになってしまう。

  顔を上げる。アクルさんがうっすらを目を開け、僕の様子を伺うように見下ろしていた。

  「――し、失礼します」

  そろそろ、と舌を出すと、裏筋に這わす。

  生まれて初めてするフェラチオ。動画で見たようにすれば、多分問題ないはずだ。

  ちろちろ、と舌先を上下させる。しょっぱい。大丈夫、これは知っている知識だ。昔、興味本位で自分の先走りやおしっこをひと舐めした事がある……ちょっと変態的で興奮したな、あれは。

  気を取り直して舌を押し付け、根元から先端に向かって思いきり舐め上げようとして、不意に触れた冷たく硬質な感覚にはっとする。

  ――どうしよう、ピアス付きのをフェラチオしてる動画なんて、見た事ない。

  動画に出演してた人みたいに、激しくジュポジュポなんてしたら、ピアスが取れるどころか裂けて血が出たりするんじゃ……。

  僕は慌てて舌を引っ込めると、その代わりに大きな双球の間にマズルを突っ込み、舌で愛撫する。鶏卵くらいはありそうな球は竿よりさらに濃縮したような塩味があって、なぜかそれがやけに美味しく感じた僕は、せっせと球を掃除するように舐め回した。

  シュー、と小さく機械音が響く空間に、はぁ、と心地よさそうにアクルさんが吐息を漏らす声が混じる。良かった、ちゃんと出来てるみたいだ。

  けれど……たぷつく球袋から顔を剥がすと、再び聳えるアクルさんの逸物を見上げる。

  強烈な匂いと熱を放つ、アクルさんの象徴。

  口いっぱいに先っぽを頬張りたい、という欲求と、誤って傷つけてしまったらどうしよう、という不安。

  正解がわからない。ただ、じっと目の前のそれと向き合っていると――戸惑う僕がよっぽど可笑しかったのか、「ふふ、大丈夫だよ」と、ハスキーが笑って僕の頭を優しく撫でた。

  「ちゃんと外れにくくなってるし、無理に引っ張ったりしなければ血も出ないから」

  「そう、なんですね……よ、良かった」

  その言葉に安堵した僕は、改めて根本の膨らみに舌を添え、徐々に太い裏筋を上へと湿らしていく。

  そして、舌先で、試しにピアスとピアス穴の隙間をそっと突いてみた。

  「うっ、はぁ」と、アクルさんが苦しそうな声を漏らす。

  「い、痛いですか?」

  「いいや……焦らされてるみたいで、興奮する」

  その言葉が真実であると裏付ける様に、隙間から微かにニガじょっぱい汁が溢れた。

  「ごめん、ピアス着けてると、ちょっとその……滓が溜まっちゃって。不味いよね」と、少しだけ不安そうにアクルさんが僕を見つめる。

  けれど、その味が全く嫌だと感じなかった僕はかぶりを振り、今度は先ほどよりも少し力を込めて、ピアスを揺らす様に舌を小刻みに震わせた。

  「んっ、っく」ぶるぶる、と僕を挟み込む太ももが震えた。じわり、と隙間から再び汁が漏れ、僕はそれを掬い上げる様に何度も何度もなぞる。その度に、アクルさんは全身を戦慄かせていた。

  竿の内側から金属で尿道を擦りあげられるって、どんな感覚なんだろう。よっぽど気持ちいいのだろうか。

  視線を上げると、ハスキーは口の端からでろんと舌を垂らし、僕の舌使いに耽溺しているようだった。

  決して上手ではないはずなんだけど……少なくとも、悪くはないようだ。

  しばらくの間、そうして僕は裏筋を舐め上げ、ピアスの近くを優しく愛撫し、また下へ、と上下運動を繰り返す。

  鼻先が穴から漏れる先走りでしっとりと湿り、鼻いっぱいにハスキーの臭いが充満する。肺も脳も犯されているようで、やっている僕がおかしくなってしまいそうだ。

  「ふぅ、パコ君、気持ちいいよ……」

  「そ、そうですか? 初めてだから緊張してて」

  口の周りを拭いながら答えると、再びハスキーの手が僕の頭をふんわりと撫でた。

  「初めてを貰っちゃったんだね。嬉しいよ」

  

  ……どくり、と心臓が高鳴る。

  ――そうだ、僕、生まれて初めてこんな事してるんだ……。

  少しの怖さと、それを上回る高揚感で胸が一杯になる。

  それを誤魔化す様に、僕は舌を一旦納めると、両手でアクルさんのちんちんをぐっと握りしめ、鈴口の辺りを覗き込む。

  本来おしっこや精液が出てくる穴が、金属で半分ほど埋められている。

  ピアスで拡張しているせいだろう。血の通いきった先端はぱっくりと縦に割れ、しとどに透明な液体を吐き出しているのが見えた。

  僕は躊躇いなく、その先端に口づける。びく、とアクルさんが震える。

  意を決してあんぐりと口を開くと、僕はかぷ、と大きな亀頭を吞み込んだ――が。

  「ん、んぐっ」えづきそうになり、亀頭を吐き出すと、げほげほ、とせき込む。

  「大丈夫? やっぱりしんどいかい?」

  「だ、大丈夫です、その……ピアスにあんまり触れないようにしたら、オエッてなっちゃって」

  僕の返答に「ああ、さっきと同じだよ。激しくしなければ大丈夫」とアクルさんが返す。

  「わ……かりました」ごくりとつばを飲み込むと、息を整え、再び僕は口を開き――今度は遠慮なく、口全体で亀頭を圧迫するように咥え込んだ。そして、確認するように、舌をピアスに押し当てると、アクルさんが小さく息を詰める。

  ゆるゆる、と舌を動かす。裏の割れ目と、二つの金属球を軽く押し上げると「ふぅ、はぁ」とハスキーが切なげに喘いだ。

  大丈夫そうだ――僕は牙を立てないよう注意して、口蓋と舌を使い、痛くないように優しく、柔らかく亀頭全体を挟み込むように刺激する。カラ、とピアスが歯の裏側に当たる感覚。慎重に、慎重に。急がず慌てず、僕は口全体で、じっくりと丁寧に奉仕した。このやり方であっているのかわからないけれど、僕に出来る事を一生懸命に。

  口全体がオナホールになったんだ、と念じながら、頭全体を前後させる。じわじわ、と舌に再び苦み走った味が広がる。さっき、アクルさんはピアスの穴に滓が溜まる、と言っていたが……とすると、僕は今、口を使ってアクルさんのピアスやピアスの穴を懸命に掃除している、という事なのだろうか。

  ばっちい、といつもの僕なら思うのだろうが――それが今は、アクルさんに体全体で隷属しているようで……抵抗よりも、服従する喜びの方が勝っていた。ああ、僕ってドМだったのか……まぁ、僕らしいっちゃらしいけど。

  慣れてきた僕は、アクルさんの下腹部に抱き着くようにして身を乗り出すと、さらに奥まで亀頭を呑み込み、口唇をすぼめて血管の浮き出る幹を擦りあげる。やはり先祖返りしているからか、きつい臭いが鼻を犯す。

  「はぁ、くう」「ぶふぅ、ふぅ」アクルさんが低く唸る声と、僕の不細工な呼吸音が重なり、より一層淫猥な空気を作り上げていく。

  「あ、あくるはん、ひもひいいれふか」

  亀頭を頬張ったまま、そう確認すると……返事の代わりに、アクルさんの両手が僕の頭に添えられた。

  

  そして、僕の両耳を押しつぶしながら、アクルさんがゆっくり、じわじわと――腕に力を籠める。

  「ん、ん、んーっ!」

  ぐぐ、ぐぐ、と。

  僕が頑張ってここまでが限界だ、と思っていた部分のさらに奥まで、大きな亀頭が侵入してくる。

  反射的に横隔膜が跳ねる。んうーっ、とうめき声が漏れる。けれど、アクルさんは力を緩めようとしない。

  必死に鼻で呼吸をする。サウナの湿気でびちゃびちゃになっていた僕の鼻から、じゅるっと鼻水なのか唾液なのかわからない液体が噴き出し、アクルさんのもっさりとした陰毛を汚すのが見えた。

  アクルさんのお腹に回した手で、何度もぺちぺちと横っ腹を叩く。

  けれど、ハスキーは暴挙を止めようとしない。

  ――く、苦しい……!

  喉奥を割り開くように、無理やりに膨れ上がった肉が進行し、息が出来なくなる。涙がぽろぽろと目から零れ、頬の毛を濡らした。

  不思議と嘔吐感は無い。ただただ息苦しい。

  一般カワウソがこんなのに耐えられるはずがないのに……何故か僕の身体は限界を迎えない。アドレナリンがドバドバと溢れ出ているのだろうか、脳の血管がどくどくと滾る感覚があった。

  やめたい。怖い。そう願う一方で、もっと滅茶苦茶にされたい、もっと苦しめてほしい、と切なくなるような気持ちがせりあがってきて、混乱してくる。

  僕は一体、どうしてしまったのだろう。

  「苦しい?」とハスキーが優しく問いかける。けれど、その手の力は緩まない。

  僕は――僕は、小さく首を横に振る。

  嫌だ、もっと好き勝手に扱ってほしい。

  僕みたいなつまらないヤツを――今だけでもいい、アクルさんの特別にして欲しい。

  何故か、そんな思いがふつふつとわき上がってくるのがわかった。

  

  少しだけ、腕の力が緩んだ。

  その隙に、胸いっぱいに鼻から息を吸い込む。半ばまで出ていた液体が鼻から逆流するのにも構わず、何度も胸郭を上下させて息を整える。

  そして、タイミングを計ったかのように、再びアクルさんは腕に力を込めた。

  「ん、んっ、んんっ」

  二度目の挿入。

  今度は心の準備が出来ていた。

  ――いや、おかしくなる準備が出来ていた、と表現する方が正しいだろう。

  だから、僕はまるで蛇のように喉を開いて巨大なペニスを咥え、牙を立てないように顎を開き、命をアクルさんに委ねる。

  ずるずる、ずるずる、と、音もなく肉の塊が僕の中を満たして――ぺたり、と僕のマズルの先端が、アクルさんの肉瘤にタッチした。

  「ふぅ、フゥーッ!」と、獣じみた呼吸音が頭の上から聞こえる。

  喉の奥に、硬質なものがごりごりと当たっていた。流石にぼっこりと膨らんだ根元までは僕に口には収まらず、その手前で止まってしまったが――これって、イラマチオってやつだよね、多分……僕、こんなの出来たんだ……なんて事を、掠れる意識で考える。

  喉の奥が、無意識にキュッと亀頭を締め上げる。潰されている舌を通して、太い裏筋がビクビク、と打ち震えているのを感じる。届いてはいけない所を金属でくすぐられ、奇妙な心地よさを覚える。

  僕は、アクルさんの道具になってしまった事に、異常な満足感と安堵を得ていた。

  

  殆ど虫の息になったまま、数秒間。

  されるがままになっていたけど、流石にこれ以上はマズい、と体が拒否反応を出そうとしたタイミングで、アクルさんがパッと両手を離した。

  「――ゲホッ、げほ、ゲホッ」

  水中から飛び出したときの様に、僕は全力で呼吸をしながらアクルさんの逸物を吐き出した。

  ずろん、と現れるアクルさんのちんちんは、なんだか先ほどより一層大きくなっているようにも見えた。

  「ぜはっ、はーっ、はーっ」

  息を整えようとしていると、アクルさんが再び僕の頭を押さえ込む。

  「あ、あくる、さん」

  ちょっと待って、と言おうとしたが、ハスキーはそれを許さなかった。

  「ん、ぐっ、んっ!」

  肉塊が、僕の口をこじ開けて突っ込んでくる。前歯が亀頭に擦れて痛いはずなのに、一切の躊躇無くそれは僕の喉奥まで進行し、気道を塞ぐ。

  反射的に喉がビクビクと痙攣する。

  「ふぅ、ふぅ」荒々しい呼吸音が頭上から降り注ぐ。今どんな顔をしているのだろうか、見上げてみたいが、頭を押さえる手がそれを許さない。

  ごりごり、とピアスで喉を削られる。

  朦朧としながら、僕は必死で顎を開き続ける。

  僕は道具なのだ、このハスキーの支配下にあるのだ。そう自分に言い聞かせる。

  酸素が足りないのか、身体が上手く動かない。全身の筋肉が硬直し、僕の意思で動かせなくなっていた。

  「フーッ、フゥー」

  ハスキーは唸りながら、がぼ、がぼ、と僕の喉でペニスを刺激し続ける。

  ストロークの幅が徐々に小さくなり、小刻みに前後し始めた。僕の事などおかまいなしに、快楽に酔いしれているのだろう。

  唾液なのか胃液なのか、それともアクルさんから湧き出る先走りなのかわからないが、とにかくぬるぬるとした液体が絶えず口の中に溢れてきて、それが口の中の摩擦を薄れさせ、アクルさんの剛直をスムーズに滑らせる。おかげで、舌の上を行き来するピアスがどこかに引っかかるような事もなかった。

  そして、僕の頭が真っ白になった瞬間――パッ、とハスキーは手の力を抜く。

  「――ッ、はぁ、はぁ、はぁっ!」

  頭を上げ、反射的に息をする。命をつなぎ止める為に、懸命に呼吸を繰り返す。そして、少し落ち着いたところで、三度アクルさんの逸物が口の中に雪崩れ込んでくる。

  「んうっ、うううー」

  喉を開き、それを受け入れる。

  口の中を、喉の奥を、極太のペニスが蹂躙する。

  

  ――奇妙なことに、僕の身体は徐々にこの行為に適応し始めていた。

  

  考えてみれば、当たり前だ。だって、僕はカワウソの獣人なのだから。

  今でこそある程度劣化はしてしまったものの、僕らの原種は水中で数分間呼吸を止めたままでいられたという。ならば、その末裔である僕の肺活量がそこらの獣人より並外れている、というのは当然のこと。

  だから――動揺を抑え、冷静さを少しでも保つことが出来れば、僕の身体は自然とエコモードに変わり、効率的に酸素を消費するようになる。

  その証拠に、三回目となる今回のイラマチオでは、僕の意識は先の二回より鮮明に、明確になっていた。

  「フウッ、フウッ!」

  鼻息荒く、ハスキーは僕の頭を何度も下腹部に打ち付ける。

  その度、喉の奥に肉塊がずるりと滑り込んできて、固いものが最奥部をノックする。そのタイミングで僕が喉を絞めると、ビクビク、と野太い幹が戦慄いた。

  下顎のあたりに何かが触れる感覚。

  睾丸が上がって来ているようだ。きっと限界が近いのだろう。

  

  ――僕は、自分がわからなくなってきていた。

  確かにアクルさんを魅力的に感じていたのは事実だ。

  けれど、こんな酷いことをされて、それに耐え忍ぶ理由にはならない。

  苦しい。辛い。それは慣れてきた今でも変わらない。

  なのに僕は自分から進んで口を開いて……まるで、望んでこんな扱いを受けているようですらある。その証拠に、さっきから僕のペニスは痛いくらいに屹立しているし、アクルさんのペニスが前後する動きと連動するように、僕も何度もそれをずりずりと擦っていた。

  一体、僕はどうしてしまったのだろう。こんなことをするのは生まれて初めてなのに。僕はこんな人間じゃないはずなのに。

  

  ――ただ一つだけわかるのは、今僕は、心も体も、このハスキーに屈服していて。

  そして、なぜかそれをまだやめて欲しくない、とどこかで願っている、という事。

  もっともっと僕を別の何かに変えて欲しい、今とは違う何かに変身させてほしい。そんなワケのわからない渇望が、小さな種火となって燻り始めるのを、飛びそうな頭で感じていた。

  「うぐっ!」

  突然、アクルさんが小さく唸る。

  「ん、う……」

  ペニスは僕の喉を封鎖したままだ。

  ぶるぶる、と僕の頭を押さえる手が震える。ハスキーの腰が前に動き、少しでも僕の奥へ奥へ、と鈴口を運ぶ。

  咥えているグロテスクな肉が、痺れたように小刻みに振動し、膨れ上がる。僕の口が限界まで引き裂かれる。

  そして。

  「んっ、ううっ、ううううううう」

  ――灼熱感が、喉を介さず、直接僕の食道へと流れ込んできた。

  ごぷごぷごぷ、と胸の辺りから厭な音がする。

  「フゥ、フゥウウ」

  風船から空気が抜けるように、アクルさんの声から熱量が抜けていくのがわかった。

  数秒間僕はハスキーの精液を嚥下し続け……解放される。

  今回は、最後まで意識を保っていられた。不思議と誇らしい気持ちになる。

  ぐぼ、と変な音を立てて、アクルさんのペニスが僕の口から抜き取られた。

  「――っは、はぁ、はぁ、はぁ」

  根元の瘤は、まだ資料で見たような形にはなっていない。恐らく、上澄みが出ただけだろう。

  それに、なぜだか僕は安堵していた。

  

  しばしの間、ぜぇはぁと息を整えていると。

  「ぱこ、君」

  アクルさんが僕の両脇の下に手を差し込み、立ち上がるように促す。

  よろよろと僕が立つと、ハスキーは腰掛けたまま、大きな体でがばっと僕を抱きしめた。

  「――ごめん」

  切なげな声で、アクルさんが僕の身体をきつく抱き竦める。

  「頭がぼーっとしてきて……手が止まらなくなってしまった」

  「あ、アクルさん……大丈夫ですよ、僕、カワウソなので……」

  と言いながら、僕は何故か涙が流れてくるのが止められなくて。

  ハスキーの肩口にマズルを埋め、声を出さないように歯を食いしばる。

  どうして泣けてくるんだろう。全然悲しくなんてないのに。

  「……しんどかったよね」

  耳の横から、心底申し訳なさそうな声。

  「無理やりイラマなんてさせて、本当にごめん」

  「う、ううん……凄く興奮しました」

  ――それは本当の事で、未だに僕のちんちんはガチガチに硬直したままだ。

  アクルさんもそれに気づいたのだろう、安心したように大きく息を吐くと「でも、初めてだったんだよね」と、腕に力を込めた。

  「あ、アクルさん……僕、本当に大丈夫です。というか、自分でもあんなことが出来たんだ、ってびっくりしました」

  ハスキーの胸から顔を離すと、僕はそう言って笑顔を作る。

  苦しくて、辛かったけど、嫌悪感は無かった。

  それどころか『使って貰えて良かった』と感慨すら覚えている。

  多分、もっと練習すれば、きっと僕はアレが無理なくできるようになるんだろうな、という謎の自信があった。きっとこれは、僕の才能みたいなものなのだろう。

  「そ、そうか」と、驚いたようにアクルさんが僕を見ている。

  「あ、あの、それより、僕……息、臭くないですか?」

  「え?」

  アクルさんはくんくんと鼻を動かすと――うへ、と間抜けな顔をする。

  「……飲んじゃった?」

  「そりゃ、その……飲んだというか、飲まされた、というか……」

  「は、はは……」少しの間、僕らの間に変な空気が流れる。

  けれど、すぐにアクルさんは嬉しそうに破顔して「君ってやつは」と、再び僕を抱きしめた。

  ばくばく、とアクルさんの胸が弾んでいる。

  そうやって抱き合っていると、なんだかこのハスキーと、心が通じている様な気持ちになってきて。

  「あ、アクルさん」

  僕は口を開く。

  「ん?」

  「その、実は、さっきからその……なんでかわからないんですけど、お尻がその、ムズムズしてて……」

  ハスキーの胸にマズルを埋めたまま、僕はそんなことを口走る。

  無理矢理に種汁を注ぎ込まれた辺りからだろうか……じんじんと下腹部が熱を持って、疼いて仕方がない。

  昔エロ漫画で見た、前立腺にキュンキュンという謎のオノマトペが発生している画を思い出す。

  そんなの現実にあるはずない、と思っていたけど――僕の躯体は今、間違いなくこのハスキーに雌にして欲しい、と。そう切実に願っていた。

  *

  

  (この後二人は合体し、その中でパコがアクルに思わず『好きだ』と何度も告げ、アクルも好きだ、と応えるものの、その後「セックス中に勢いで好きだ、と言ってしまうのはよくあること」とアクルに言われてパコが考え込むシーンが挟まります。二人はその「好き」が本当に好意に発展しているのか、それともただの勘違いなのか思い悩むのですが……こちらに関しては、FANBOXにシーンを抜粋して投稿しているので、ご興味のある方は是非ご検討くださいませ。それでは引き続きストーリーをお楽しみください)

  *

  [newpage]

  「ふぅ」

  お湯を掬い、じゃば、と顔にかける。

  くんくん、と腕の臭いを嗅ぐと、ほんのり麦のような匂いがした。

  あれだけ長時間スチームサウナの中に居たんだもん、無理はないか。

  「お疲れ様」

  アクルさんが隣で微笑んでいる。

  「大変だったね」

  「そ、それは忘れて下さい」

  

  ――あの後。

  アクルさんが『そろそろ大丈夫そうだ』と言って、僕を持ち上げたままよいしょ、と立ち上がって。

  え? え? としがみつく僕を抱いたまま、スチームサウナから出て行くと、出歯亀していた人々を尻目に洗い場の方に行って……そして、ずる、とアクルさんのちんちんが僕の中から抜けた瞬間、どぼどぼどぼどぼっ、と凄まじい勢いで――。

  「う、うう」顔を押さえたまま、僕は浴槽の中で間抜けな呻き声を出す。

  あんな所、大勢に見られてしまった……正真正銘、もう死ぬまでお婿に行けないよ……。

  「お尻、どう? 痛くないかい?」

  心配げに言われて、あ、と僕は手をお尻に添える。

  そういえば、明らかに裂けた、と思ったのに、裂けてない……どころか、動画で見たように拡張されてぶよぶよに腫れ上がってるって感じもなく。

  いつも通り、平常運転のキュッと引き締まった肛門がそこにあった。

  「あ、あれぇ?」

  何度触れても、まるでアクルさんとのセックス等していなかったよ、とでも言うように、肛門は素っ気なく僕の指を弾き続ける。

  「……だ、大丈夫っぽいです」

  間抜け面で見上げる僕を見つめて、アクルさんは「へぇ……本当に頑丈なんだね」と感嘆した。

  そうか……本当にそうなのか?

  うーん、と僕が首を捻っていると。

  「お二人さん。お疲れ様っす!」

  へ? と見上げると、そこには褌を締めたハントさんが居た。

  「ハントさん。お疲れ様です」と、アクルさんが小さく会釈をする。

  「お尻、何ともないやろ?」

  「み、見てたんですか⁉」

  悪戯っぽく笑う柴犬に、僕は素っ頓狂な声を上げる。

  ハントさんはいやいや、と手を振って。

  「俺は見てへんよ。二階の清掃しとったからね。ただ、一階の方から凄い歓声が上がっとったし、他のお客さんが『いやーカワウソ君凄かったねぇ』って話しとったから、まぁなんとなく察したっつうか」

  「あ、あはは……」

  僕とアクルさんは顔を合わせて、引きつった笑い声を上げた。

  「まあ、エッチした後お湯に浸かれば大概のダメージは引いてくから、安心してや」

  柴犬はそんな僕らを交互に見ながら、にこやかに言う。

  「え? そ、そうなんですか?」

  「ま、ちんちら温泉では、な」

  ……どこか謎めいた言い方。

  やっぱり、ココ、絶対変な秘密があるな……と訝しんでしまうが、とりあえず僕の体力や傷は全回復したっぽいし、ロクでも無い真実が隠れてたりしたらなんか厭なので、そこはあまり詮索しないでおこう。

  「しかし、とんでもない量出したんやなー、排水口詰まりかけとったで……お兄さん、やるっすねぇ!」

  ピュー、と口笛を吹いてハントさんはアクルさんの肩を叩く。

  「いやあ、お恥ずかしい……」と照れるハスキー。

  「じゃ、俺はそろそろ仕事してくるから。ゆっくりしてってな」

  今度は僕の肩を叩くと、ハントさんはバケツ片手に颯爽と歩み去る。

  その背中を見送ると、僕とアクルさんは再び顔を合わせて……ふふ、と笑い合った。

  「あの、アクルさん」

  揺蕩う水面を見つめながら、僕は勇気を振り絞る。

  「れんら――」

  「連絡先、交換してくれないか?」

  「へ?」

  意を決して言おうとしていたことを割り込まれた上に先回りされて、僕は面食らってしまった。

  「べ、別にまたセックスしたい、とかじゃなくて、その……ピアスの事、理解してくれる友達が少なくてね」

  こりこりと耳を掻きながら、照れくさそうにアクルさんが言う。

  僕は――勿論、ぶんぶんと顔を縦に振った。

  そんなの、願ったり叶ったりだ。

  僕の反応を見て、ハスキーは嬉しそうに顔をほころばせると。

  「多分、また来年の今頃、ここに来ると思うから。その時にまた会おう」

  「ら、来年ですか……」

  その言葉に、へろへろと耳がへたってしまう。

  そういえば、1年ぶりに来た、みたいな口ぶりだったし……きっとアクルさんも僕のように遠方から来ている、という事なのだろう。僕だってはるばるど田舎県から来てるからなぁ……。

  アクルさんは、静かに僕の顔を見つめていた。

  「次会えたときに、またここでエッチをして……その時に、変わらず好きだって言ってくれたら、その時は……その、君がフリーだったら……」

  もごもご、とアクルさんが口吻をすぼめる。

  それを聞いて、僕ももじもじしてしまう。

  

  ――恋愛経験がないから、こういう時に使える気の利いた言い回しなんて思いつかない。

  それに……まだ、わからないのだ。

  このハスキーに、あの時僕が好きだと言ってしまった理由が。

  ただの気の迷いと断じてしまっていいのか、それとも本当にこのハスキーに心惹かれてしまったのか――。

  「……」

  ぼんやりと黙考するハスキーの横顔をチラリと盗み見る。

  きっと、僕と同じなのかもしれない。

  ピアスの事で敬遠されてて、本当はあまり人付き合いが得意ではないのだろう。もしそうなら、気持ちはよくわかる。

  だって……僕だって、あんなに二人で快楽を貪り合った仲だというのに、まだこの人を信じ切って良いのか……アクルさんと一緒に歩んでいきたいのか、それともただの一時的な感情のバグが起きているだけなのか、図りかねているのだから。

  だったら。

  「……うん、わかりました。また来年、必ずここで会いましょう」

  ざば、と僕は左手を持ち上げる。

  「約束です」

  「……うん」

  きゅ、と小指を絡める。

  ――一年あれば、きっとこの気持ちにも整理がつくだろう。

  そしたら、その時。まだ好きなままでいたら、改めて告白すれば良いのだ。

  先送りにしているだけかもしれない。

  でも、これが僕らに出せる、最善の結論だった。

  

  そして、僕らはお風呂から上がると。

  スマホで連絡先を交換して、別れたのだった。

  あまり別れを惜しむのもよくないかなぁ、と思って、別れ際は「じゃ」「はい」って感じで、かなりあっさりと終わらせてしまったけど……最後、大きな道に出る直前、後ろを振り向いたら、アクルさんも反対側の曲がり角から僕を見つめていて。

  ぺこ、とお互い何も言わずに小さく礼をして。

  そして僕らは、お別れをした。

  「――来年、またここで」

  少し歩いた後、もう一度後ろを振り返る。

  『珍知羅温泉』という看板が遠くに見えた。

  そこに小さく頭を下げる。

  ハントさん。

  アクルさん。

  また来年、会いましょう。

  それまで、僕は……ええと、何だろう。

  つ、強く生きます。

  ……とりあえずは、明日のビスケ……はぁ、なんだかまた憂鬱になってきた……。

  ホテルに戻ると、タイミングを計っていたかのように友人からの通信が飛び込んできた。

  『どうやった⁉ やっぱりエロエロやと⁉』と興奮気味に言う友人。

  「……やっぱりそういう事かぁ」

  どす、とベッドに寝転ぶと、僕はスマホをスピーカーモードにして、服を脱ぎ始める。

  『ねえ、どうやったと⁉ ナウムービーの通りやった?』

  そのナウムービーという奴を僕は見ていないので、その通りなのかどうかは判りかねるが。

  「うーーーーん、どうだろうね」

  とはぐらかす。

  『えーっ⁉ その言い方やと、何か良いことしたっちゃね⁉』

  「えー? 良いことっていうか、良い人に会えた、っていうか」

  『ちょっと、その話詳しく聞かせんね!』

  「どうしよっかなー」

  ぼふ、と枕に頭を乗せて、アクルさんの顔を思い出す。

  今になって思い出すと、凄くかっこよかったよなぁ……来年まで会えないのかぁ……。

  胸がどきどきする。

  やっぱり、しちゃったのかな……恋。

  『おい、パコちゃん! おーい!』

  けたたましく騒ぐ友人の声を聞きながら、僕は目を瞑ると――急に襲って来た睡魔に抗えず、泥のように眠ってしまったのだった。

  [newpage]

  後日談。

  というか……翌日談。

  この話をここまで聞いていたなら、きっと予想はしていただろうけど。

  「あ」

  「え?」

  翌日。

  つまり、4月某日、日曜日。

  ビスケ会場で――僕とアクルさんは、約364日早い邂逅を果たした。

  「……パコ、君?」

  「アクルさん……?」

  時刻は9時半。

  ビスケ会場で、人々が忙しなく即売会の準備をする中で……リュックを背負った僕と、長机に座ってぼんやりとしていたアクルさんは、まさに運命的にばったりと鉢合わせたのだった。

  鉢合わせた? というか……お隣さんのサークルのところに、何故か見知ったような気がするハスキーが座っていて、僕が目を凝らしていると、そのハスキーもこちらに気づいて。

  で、「あ」「え?」なのだ。

  「ぱ、パコ君もビスケに?」

  「ああ、アクルさんこそ!」

  僕は、ハスキーの手元にある見本誌というシールの貼られた同人誌に目を落として……え、と二度見した。

  「――ぴ、『ピアススキー』先生⁉」

  吃驚仰天した。いや、そんな言葉では言い表せないほど……もう訳がわからないくらい、とにかく驚いて、飛び上がって、狼狽えてしまった。

  ――僕の尊敬する、大好きなピアスケモ絵師。

  通称『ピアススキー』氏。

  その正体は、アクルさんだったのだ。

  「ぱぱぱ、パコ君も本を出すのか……?」

  金魚のように口をぱくぱくさせるアクルさん。

  「は、はい、その、ド新人というか、完全に無名の絵師、って感じで……」

  ――うわぁ、隣がピアススキー先生だったなんて知らなかった。

  サークルの配置図、ちゃんと見とけば良かった……って、そうじゃない!

  「……あ、アクルさぁん」

  目頭が熱くなってくる。

  ――やっぱり、一晩経ってわかっちゃったのだ。

  アクルさんに、ちゃんと心から惹かれていたんだ、って。

  僕はせっかちだから、先走りすぎなのかもしれないけれど。

  でも、夢の中でアクルさんと一緒に生活をして、セックスをして。

  起きぬけに涙を拭ったとき、確信したのだった。

  ――してるんだ、恋。

  このハスキーに。

  

  ……なのに、下手したらもう一生会えないかも……なんて寝起きのネガティブな頭で考えて落ち込んで、重たい尻をなんとか持ち上げて、ここまでとぼとぼとやって来たものだから。

  この再会は、本当に運命的で、今までの人生で一番の僥倖だった。

  「パコ君」

  こちらを見るアクルさんの目も、なんだか潤んでいるようだった。

  同じ気持ちなのだろうか……だったら良いんだけど。

  「――っと、再会を喜んでる場合じゃないな」

  パッと隈取られた目を瞬かせると「準備をしないと、間に合わなくなるよ」と、アクルさんは優しく微笑んだ。

  それは、昨日別れ際に見た顔と同じで、胸が温かくなる。

  「あ、は、はい! 準備します!」

  興奮冷めやらぬ中、急いで自分用に用意された机に荷物を置くと、僕はバッグの中から同人誌と値札や名札なんかが入ったポーチを取り出して――あっという間に支度を終えた。

  そりゃそうだ、荷物なんてこれだけだし。布を引いて本を出して値札を立てたらお終い。

  既刊なんて存在しないから、ものの5分もあれば準備完了だ。

  「ふぃー、間に合ったぁ」

  パイプ椅子に背を持たれて、僕は息を吐く。

  

  ――後は、イベントが始まって、隣でアクルさんの本が飛ぶように売れるのを横目に息を潜めていれば、もうお終い。

  またお別れ、かぁ……再会が早まったけれど、結局またすぐに離ればなれなんだよね……。

  ビスケの後……は、きっと『ピアススキー先生』は打ち上げなんかで忙しくしてるだろうし。

  僕なんかとまたちんちら温泉になんて、行かないよねぇ。

  イベントが終わったら夜行バスで地元に帰らなくちゃいけないし。

  はぁ……なんかぬか喜びしちゃったかも。これなら再会なんてしない方がよかt

  

  「パコ君、見本はもう提出したのか?」

  いつも通りのネガティブスパイラルに入っていると、唐突にアクルさんが僕の肩を叩いた。

  「はえ?」

  「え、いや、見本を提出しないと」

  「提出?」

  目をぱちくりとする僕。

  

  ――しばしの沈黙が流れた。

  

  はぁー、とアクルさんは困惑したように息を吐く。

  察したのだろう。僕が同人誌即売会について、全く何一つ理解していない事を。

  「――よし、俺が先輩として教えてあげるよ! 本を持ってついといで!」

  そう言うやいなや、ハスキーは身を翻す。

  「は、ひゃい!」

  がたがた、と慌ただしく席を立つ僕。

  「ペンも忘れないようにね!」

  あの柔らかい雰囲気はどこへやら、どこか学校の教師みたいに厳しい雰囲気を醸し出し始めるアクルさん。

  「わわ、りょ、了解です!」

  とてとて、とハスキーの尻尾を追いかける。

  危ない、アクルさんが居なかったら本を売るどころじゃなかった――!

  こんなにかっこよくてエッチなのに、その上頼りがいまであるなんて、さすがアクルさんだ!

  「……ど、どうしたんだい?」

  僕の目線がよっぽど気味が悪かったのだろうか、アクルさんが引いたような目で僕を見ていた。

  「……列、長いですね」

  「うん。こういうのは最初にやっとかないと、後々面倒な事になるんだよ。こんな風にね」と、アクルさんは遠くに見える『見本誌受付』の窓口を指差す。

  山のような人だかりの中、見本誌を提出する列に僕たちは並んでいた。

  「め、面目ないです……」手早く必須事項を記載した紙袋と同人誌を抱えて、僕はため息をつく。

  ゆっくりと列が進んでいく。

  「まぁ、初めてなら仕方がないさ。他に詳しいサークル仲間は居ないのかい?」

  「あの、僕、ぼっちで……」

  再びため息を重ねた僕を見下ろして、アクルさんはふふ、と吹き出した。

  「じゃあ、俺と一緒だね」

  「ええっ⁉」

  意外だった。

  あんなにXXのフォロワーが多いのに、アクルさんがぼっちだなんて……確かに、他の絵師さんが作ってる合同誌に寄稿したりしてる様子は見られなかったし、普段の呟きでも私生活は全くと言って良いほど匂わせないストロングスタイルを貫いているけれど……。

  「……苦手なんだ、知らない人と群れるの」

  「あはは、一緒です」

  僕が笑うと、アクルさんも楽しそうに目を細める。

  列が動く。

  「こっちにはいつまで居るんだい?」

  アクルさんが前を向いたままで言う。

  「イベントが終わったら、夜行バスで地元に帰るんです」

  「一緒だ」

  「わ、そうなんですか……バス、大変ですよね。疲れるし」

  「俺は三列シートにしたよ。あれなら少しは眠れる」

  「うう、僕は四列……」

  また列が動く。

  前に進む度に、ビスケが始まるのが……そして、終わってしまうのが近づいてくる気がする。

  アクルさんと一緒の時間も、残り数時間。

  「へぁ……」

  またため息。もう、僕ってば一日に何回ため息をついたら気が済むんだろうか。

  隣のアクルさんも……なんだか浮かない顔をしていた。

  や、やばい。折角再会出来たのに、これじゃ空気が重いまま一日が終わってしまう。それだけはなんとしても回避しなければ……!

  「あ、あの!」

  またまたまた列が動いて、僕たちは前に歩む。

  意外と列が動くのが早い。

  「うん?」

  空元気を出す僕と、ふいと顔を上げるアクルさん。

  「じ、地元ってドコなんですか⁉」

  「え? 俺の地元かい?」

  「はい!」

  「んー……そうだな、凄い田舎だよ」

  「僕もです!」

  またまたまたまた列が進む。

  「そうなのかぁ、共通点が多いね」

  「へへ、ですね! 僕の地元、お風呂が沢山あるんですよ」

  「奇遇だね、俺も同じだよ。知ってるかい? 地獄巡り、って」

  「え?」

  またまたまたまたまた列が進む。

  「……ん? どうしたんだい? ほら、進まないと」

  「あ、えと」

  ぽふ、と一歩前へ出る。

  受付はもう目の前だ。

  「――もしかして、大板ですか?」

  「さすがお風呂好きだね、よく知ってる」

  「僕も大板です」

  「……は?」

  「え?」

  ハスキーが色違いの目を丸くする。

  僕も一緒に目を丸くする。

  

  ――列が進む。

  

  僕らはまだ二人とも、目を見開いたまま。

  「……あの、見本誌……」

  受付の猪人が、何故か見つめ合ったまま動かない僕らを不思議そうに見ている。

  「え……一緒、なんですか……?」

  「パコ君も、大板なのか……?」

  「見本誌……」

  あ、と僕は慌てて見本誌と受付用の封筒を受付に出す。

  ぱらぱら、と本を捲った後「大丈夫です。楽しんで下さいね」と本を受け取った猪に送り出され、僕とアクルさんは呆然としたまま列から放り出された。

  

  「……あ、あれ? じゃあ、その……」

  「……すぐ、会えるね……」

  サークルスペースに戻る道中。

  急展開に驚いている僕の左手に、何かが触れた。

  考え事に必死な僕は、それがぎゅ、と僕の手を握るまで、触れられていた事にも気づかなくて。

  「パコ君、頑張ろうな」

  アクルさんが、目を輝かせている。

  「――はい!」

  それに、僕はとびきりの笑顔で頷いた。

  

  『まもなく、間西ビーストケット11が開催となります。準備がまだ終わっていない方は――』

  アナウンスが流れる。

  僕たちは手を繋いだまま、急いでサークルスペースへと駆け戻る。

  息を切らした僕らは、顔を見合わせて笑い合う。

  変な気分だった。

  「――そういえば、パコ君の本、どんな本なんだい?」

  走ったせいか、頬を染めたアクルさんが長机に並んだ僕の本を見下ろす。

  下手な絵を見せるのは恥ずかしいけど、昨日あれだけのことをしたわけだし、今更これを見られてもどうって事ないか。

  「あの、拙い本ですが……」と、おずおずと本を差し出す。

  「……これって」

  「あ、はい、ピアススキー先生……というか、アクルさんの絵に憧れてて」

  僕の描いた同人誌。

  それは、勇気を出してピアッサーでピアス穴をあける青年の話だった。

  コマ割りもトーンも滅茶苦茶。でも、僕が作った初めての本だ。

  「……」

  何も言わず、アクルさんは食い入るようにそれを読んでいた。

  「……あ、あの」

  ぱた、とアクルさんが本を閉じる。

  「率直に言って、売れないだろうね」

  「は、はは……ですよね」

  僕は照れ隠しに頭を掻く。そりゃそうだ、自分でも良くわかってる。

  「――でも、俺はこの本が欲しい。幾らだい?」

  「え?」

  僕は目を丸くしたまま、固まってしまった。

  「まだまだ荒削りだけど、描きつづければきっと良い絵師になるよ」

  「あ、アクルさん……」

  憧れの人にそんな言葉を貰って、思わず目頭が熱くなる。

  「……初めてのお客さんです」

  「はは、また初めてを貰っちゃったね」

  ポケットから硬貨を取り出すと、アクルさんは朗らかに笑う。

  もう、と僕は顔を赤らめながら、それを受け取った。

  「それに」ごほん、とハスキーは小さく咳をして。

  「パコ君さえ良かったら、その……あっちに戻っても、いつでも絵の描き方とか教えるから」

  「……も、勿論、真横で教えてくれるんですよね?」と、おずおずと見上げると――アクルさんは満面の笑みで。

  「当然」

  そう言って、僕の頭をぐりぐりと撫でた。

  「……パコ君」ちょいちょい、とアクルさんは足元を指差す。

  そして――僕たちは周りに気づかれないように机の下に潜り込むと。

  安物のテーブルクロスの裏で、隠れてこっそりと、小さくキスをした。

  

  

  『――それでは、間西ビーストケット11、開場です!』

  

  (了)

  

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