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【関西けもケット11頒布小説試し読み】ちんちら温泉ハッテン記 序章~第一章

  [b:序章 お父さん明日からここをハッテン銭湯にしようと思う]

  「後藤君。君との雇用契約は、本日をもって終了だ」

  

  ある晴れた日の午後。

  事務所に呼び出された俺は、唐突に解雇宣告を受けた。

  

  「え?」

  ぽかんと口を開ける俺の目の前に、スッと一枚の紙切れが差し出される。

  真っ先に目に飛び込んできたのは、デカデカと太字で書かれた『派遣期間終了のお知らせ』という文字。

  「……なんすか、これ?」

  「派遣契約をここで打ちきる、という事だ」

  ――はい?

  「ちょま、待って下さいよ店長! そない突然言われても」

  パイプ椅子にかけていた俺は、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、机の上に両手をつき身を乗り出して抗議する。

  長机を挟んで椅子に座っている、黒縁眼鏡に大手家電量販店のロゴ入りジャケットを羽織ったシェパード系の犬人――店長は、目と鼻の先にある俺の顔を見上げ、

  「派遣契約とはそういうものだろう」

  ふう、と困ったように小さく息を吐く。

  「期間を満了した場合、双方の合意があれば雇用は継続、そうでなければ雇用関係は終了。入社時に用意した契約書にもそう記載されている。確認したければ、君のサインが入ったものを持って来させるが」

  「い、いや……そりゃ確かにサインはしましたけど」

  「だったら話は」とにべもなく続けようとした犬人の言葉を遮り、俺はその鼻先に顔を寄せると、「理由がわからんす!納得でけへんすよ!」と混乱のままに捲し立てた。

  シェパードは気圧されたように仰け反るが、こちらを見返す焦げ茶色の目は揺らがない。

  「理由は――いや、納得できなくて結構だ。これは人事部が決めたこと、私に反論されても覆すことは出来ない」

  ふ、と目を逸らすと、シェパードは抑揚の無い声で突き放すようにに言い放つ。

  「――店長!」

  「恨むなら、[[rb:幾 > いく]]ら恨んでもらって良い。これも俺の仕事だ」

  差し込む陽光が店長の眼鏡を白く濁らせる。

  これ以上の言葉は不要だ、と言いたげに俺を見ていた。

  この人は――いつも無愛想で、感情の機微が読み難い人だったが、今日ばかりは本当にその心の底が見えず。

  再び解雇通知に目を落とした俺は、しばしその場に呆然と立ち尽くしたあと、とりつく島が無い事を悟り「……世話になりました」と小さく残すと、店長に背を向けた。

  とぼとぼと鉄の扉へ歩を進めながら、考える。

  このシェパードの言うことは何一つ間違ってはいない。確かに俺は正社員ではない。所詮替えの効く派遣社員だ。しかし、去年――前回の契約更新をした時より、確実に成長していた筈。売り上げだって頭から数えた方が早い。大きなトラブルだって、何一つ起こしていない。なのに、何故――

  「後藤君」

  唐突に、背後から呼び止める声。足を止めて振り返る。

  「……はい」

  「ええと……次の仕事のアテはあるのか」

  俺はその言葉に、はぁ?と思わず怪訝な顔を浮かべる。急にこんな事になるなんて、予想できるはずが無い。思わず食ってかかりそうになるのをぐっと我慢すると、

  「……とりあえず、派遣元に相談してみます」と冷静に返答する。

  「そうか……いや、済まない。変なことを聞いてしまった。退店前に、ロッカー内の私物を撤去するように」

  今までお疲れ様、と続けると、店長は椅子を軋ませてこちらに背を向け、窮屈そうに半ば尻に敷かれている太い尻尾の先を軽く揺らし、それきり黙り込んでしまった。

  物言わぬ背中に向かって小さく頭を下げると、俺は黙って退出する。

  追い立てるように響く、がちゃりという冷たい音。その余韻が、いやに耳に痛かった。

  *

  

  「……クソっ、なんでこうなるんや」

  大通りに面した家電量販店。

  自動ドアをくぐり少し歩いた後、くるりと反転すると、夕焼け空をバックにそびえる元職場を見上げる。

  つい数時間前まで、俺が元気よく接客をしていた場所。

  まさかその日の勤務を終えた後、涙目でロッカーを整理し、退店……もとい、退職する羽目になるとは。

  「はぁ……」

  ため息を一つ落としたところで、ウィーンと無機質な音を立てて、大きな自動ドアが閉まった。

  そこに映る情けない顔をした柴犬をしばらくの間、ぼーっと見つめる。

  いつもは元気にくるんと巻いて正面から見えない自慢の巻き尻尾が、今は股の間から情けなく垂れているのが何とも情けなかった。

  「……帰ろ。もう知らん」

  誰にでも無くいじけたように呟くと、俺は自宅のある方角を向き、ゆっくりと歩き始める。

  

  店長からクビ宣告を受けた直後、慌てて派遣会社に電話した時の『聞きましたよ~、いやー切られましたね~。まぁしゃーないす、次探しましょ次』という脳天気な声が、頭の中でリフレインしていた。

  ほんまあの[[rb:派遣担当 > クソガキ]]、人の人生をなんやと思うとんねん……しかし、ムカついて「もう派遣の仕事も辞めます! 今後は一切連絡せんといて下さい! 今までありがとうございました!」とガチャ切りしてもうたんは、ちょっと考え無しやったかなぁ……。

  「あーもう!」

  がりがり、と両手で頭をかく。茶色い毛が数本宙に舞う。

  しゃーない。なってもうたもんはしゃーないんや。

  切り替えろ、[[rb:後 > ご]][[rb:藤 > とう]][[rb:帆 > はん]][[rb:渡 > と]]。

  そうしてしばしの間、幽霊のようにフラフラと力なく歩き続け、やるせない気持ちで[[rb:馴 > な]][[rb:染 > じみ]]のコンビニに立ち寄ると、力なく「十六番一つ」とだけ店員に伝える。

  受け取った煙草をその場で開封すると、店から出てすぐにライターで火を点け、口に咥えて再び歩き始めた。

  ――二年前、『接客業を始めるんやから禁煙せな!』と決意して以降、これまで一度も吸っていなかったこの煙草。

  もう二度と吸うモンかと思っていたが、あの決意も無駄に終わってしまった。これは、俺なりの決別だ。

  深呼吸をするように息を目一杯吸うと、肺いっぱいにヤニが充満し、煙が黒い犬っ鼻から漏れ漂う。たっぷり二秒ほど息を止めると、久々の喫煙に驚いた頭が、ぐわんぐわんと揺れた。間髪入れずこみ上げる軽い[[rb:嘔吐感 > ヤニクラ]]に思わず顔をしかめつつ、胸を埋め尽くす重圧を紫煙に乗せて吐き出して。

  ――そこでようやく、『現実』の二文字を実感した。

  同時に、こんな理由で禁煙を解除してしまった自分に少し嫌気がさす。

  「仕事……どないしようかな……」

  路上喫煙禁止の広告を横目に、荒んだ心で歩を進める。

  今更になって、ふつふつとしたモノがこみ上げてきて、

  「くそっ、マジで最悪や」

  吐き捨てるように言い捨てる。

  続いて無意識に脳裏に浮かんだのは、店長の顔。

  ――ただでさえ堅苦しい印象のシェパードな上、毎日分厚い眼鏡にカフスボタン、ビシッと皺一つ無いカッターシャツまで着込んで、いつ見ても一つも隙が無いおっさんだった。

  その上、性格まで無骨で無愛想。感情の機微も少なく、面白みも無い。無い無い尽くしだ。

  精々褒められるとすれば……顔は悪くなかった、うん。

  まぁそんな人だったが、偶然出会うことがあればフレンドリーに話しかけていたし、あちらも普段の調子のまま、無表情を保ってはいたが、世間話に付き合ってくれていた。二人の時には、つまらないジョークなんかも言ってたくらいだ。

  だから、てっきりそれなりに仲良くなれたと思っていたし、味方だと思っていた。偶然トイレで隣り合った時に覗き込もうとしたのがバレた時は、流石に顔を真っ赤にして怒っていたが……それ以外では怒ることもなく、良く言えばマイペース。悪く言えば無干渉。そんな感じの人だった。

  難しい人だなーとは思いつつも、それなりに関係性は作れている……そう感じていた矢先の解雇。

  だから、余計に裏切られたような気がして、悔しい。

  「もうホンマ……なんもかんも腹立つなァ……」

  店長……いや、元上司が言うように、きっと何か事情があって、人事部が契約の終了を決定したのだろう。

  あの人はただ、上の決定を俺に通達しただけにすぎない。

  言ってたじゃないか、これも俺の仕事だ、って。

  そんな事頭では理解しているし、この怒りがお門違いだというのもわかっていたが――それでも、今の俺が怒りの矛先をぶつけられるのは、あの犬人以外に考えられなかった。

  それに、恨むなら俺を恨め、なんてええ格好しいな台詞を吐いたのだ。

  この感情のはけ口にされたって、文句はないだろう。

  

  そうして恨み節を漏らしながら歩き続け、煙草を十本ほど連チャンで吸い、いい加減体がヤニの酔いにも慣れてきた頃。

  俺は、古びた外観の建物――『珍知羅温泉』という看板がひときわ目立つ、小さな銭湯の前に立っていた。

  犬歯の隙間に咥えていた煙草をドブに投げ捨て『本日休業』の札が掲げられたガラス張りのスライドドアに手をかけると、ぐっと力を込める。

  開いた先には、見慣れた光景――『入浴料五百円』というサインボードと、冷たいタイル張りの壁、奥へと続く磨りガラスの扉。そして……

  「お、ハント。おかえり」

  ホウキを片手に明るい声で出迎える、柴犬の中年犬人……親父の姿があった。

  まだ換毛を終えていない豊かな体毛が中年太り体型を余計にデブらせ、所々が擦り切れそうになっている緑色のトレーナーからは余った毛がぼさぼさとはみ出していて、首の辺りなんて何重顎だと突っ込みたくなるくらいに膨らみ放題。穿いている安っぽいチノパンも膝の部分がすり切れそうになっていて痛々しい。悲しいことに、これが俺の親父だ。

  いつもなら「もうちょいオシャレしいや」とからかう所だが、今の俺にはそんな余裕はなくて。

  「オトンか……ただいま」

  後ろ手でスライドドアを閉めると、俺は靴を脱ぎ、木製の下駄箱の中に突っ込む。俺と親父の住む家はこの銭湯の裏側にあり、本来はここをぐるっと回り込んでそちらの玄関から入るのが筋なのだが、この銭湯の倉庫から扉一枚隔てて家の廊下に抜けることが出来るので、面倒くさがりな俺はこうやって銭湯を経由して帰宅するのが習慣になっていた。

  「どーしたの、暗い顔してぇ」

  笑顔を浮かべ、穏やかな顔をしている犬人に向かって、俺は「別に」とだけ返して、早足でその横を通り過ぎようとした。クビになった事を報告するべきなのだろうが、今はどうにもくさくさしていて冷静に話せそうになかった。

  だから、一刻も早くこの場から離れてシャワーでも浴びたい気分だったのだが――

  「ちょっとちょっと、ずいぶん元気が無いじゃない。父さんにそんな態度をとるのは、不良のすることだよ?」

  演技じみた言い方をしながら、親父は俺の腕をがっしと掴んで引き留める。背が低いくせにやたらと力があるせいで、俺は思わずバランスを崩しそうになった。

  [[rb:蹈鞴 > たたら]]を踏む俺の首元にのっそり顔を近づけると、親父はスンスンと黒い鼻を鳴らす。

  そして「む、タバコのやさぐれた匂いが……もしかして、会社をクビにでもなった?」と眉をひそめた。

  「――は?」

  俺は親父の顔を見つめたまま、硬直する。

  ……何でわかるねん、エスパーか?

  「いや、そろそろ契約更新の時期だよなぁ~なんて思ってたんだけど」犬人は顎先の毛をゴシゴシとしごきながら言うと、「その顔を見るに、本当に派遣切りされたみたいだね…… まー気を落とすな息子よ! 仕事なんていくらでも見つかるよ」と続け、ぱっと丸い顔を笑みに変えて励ますように肩を叩いてきた。

  「ままま、まだ何も言うてへんやろ」

  何故か見抜かれた俺は、思わず盛大にキョドってしまう。

  「顔に書いてあるよ、プー太郎になりました、って」

  わははは、ドンマイドンマイ! とげらげら笑う親父。

  思わず壁にかけられた丸い鏡を見る。映っているのは、ただ疲れ切った柴犬の顔だけだ、どこにもそんな文字は書かれていない。

  ――親父はいつもこうだ。俺の顔を一目見ただけで、その日どんな事があったか言い当ててくる。親子のシンパシーというヤツなのだろうか。

  なにはともあれ、こちらから解雇されたと切り出さないで済んだ、という安堵のような思いに戸惑いながら、俺はぺたぺたと頬の毛を触ったりして、いつもの自分の顔である事を確認していると。

  「そんな事よりハント、ちょっと大事な話があるんだ」

  唐突に、親父は柄にもなく神妙な面持ちになる。

  「そ、そんな事て。こっちは無職になってもうたんやぞ」

  思わずゲロってしまったが、親父はそれを無視。

  「なあ、ハント。 父さん――」

  緊張したようにごほん、と小さく咳をして。

  「明日から、ここをハッテン銭湯にしようと思うんだ」

  ――と、何故か厳めしい顔をして言った。

  「……はい?」

  ……なんかとんでも無い事を口走ってたような?

  「……え? なんて?」

  解雇されたショックなぞどっかへ飛んで行った気がする。

  ハッテン?銭湯?なんかの聞き間違いやんな?

  ごしごしごし、と耳を擦っていると、俺の耳元に向かって、背伸びした親父が「ハ! ッテン! 銭湯!」とはっきりした声で繰り返す。

  「え……? 試して」「それはガッ〇ン」

  「おむすびころりん」「それはすってん」

  「中古車屋の」「それはハナ〇ン」

  「男同士がエロエロする」「それは……そう、それそれ!」

  右手にホウキ、左手に俺を捕まえたまま、親父は目を輝かせ、何故か誇らしげにうんうんと頷いた。

  「ハッテン。男同士でちんぽをコき合ったりしゃぶり合ったりケツをホニャララしたりする紳士の遊び――流石僕の息子だ、ちゃんと一般教養として知っていて、偉い偉い」

  柴犬が満面の笑みを浮かべ、左手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。いや怖い怖い。

  二十六歳の息子に対して五十歳になる親父がするのは何ともおもはゆい行為だが、それどころではない。

  「――ちょちょちょ、ちょい待ち」

  ずざざざ、と親父から距離をとると、深呼吸。

  「――なんでやねん!」

  「おお、良いツッコミ」

  「いやちゃう、ちゃうやろ、ちゃうねん!」

  「ちゃうの三段活用か、やるなぁ」

  鷹揚とした態度の親父を前にしどろもどろになりながら、なんとか頭を整理しようとする。

  

  ――ハッテンって言うたか? 言うたよな?

  俺の聞き間違いじゃないよな?

  「ハッテン……ハッテンって、何? 俺の実家がハッテン場になるて事?」

  「ハッテン場じゃなくて、ハッテン銭湯だよ」

  「一緒や!」

  ツッコミ疲れて、思わずはぁはぁと息が上がってしまう。

  ガラス扉の向こう、大きな橋の上をトラックがぶろろろ、と笑うように駆け抜けていった。

  「……ちょっと待って、少し落ち着こ」

  「ああ、落ち着いた方が良いかも。牛乳飲むかい?」

  「いらん! トチ狂っとんはそっちや!」

  かがんで客用の冷蔵庫から瓶の牛乳を取り出そうとする親父を手で制すると、

  「あのなぁオトン、自分が何言うとるかわかっとるんか」

  「ハント、聞いて欲しいんだ」

  言葉を遮る親父。その目はやけに澄んでいた。

  たじろぐ俺を前に、親父は中腰のままで俺の目をまっすぐに見据え、含めるように言う。

  「驚くのはもちろんわかるよ。確かに、突然家をハッテン銭湯に変える、と言われれば誰だって戸惑うだろうね」

  「そらそうやろ」

  「けど、落ち着いて聞いて欲しい。これは経営的な戦略に基づいての事なんだよ」

  親父は冷蔵庫から瓶の牛乳を取り出すと、キュポッという軽快な音を立てて蓋を引き抜く。そして腰に左手を当ててぐびぐびと一気に飲み干すと、目を丸くする俺の前でぷはー!と気持ちよさげに息を吐いた。

  「――経営……戦略?」

  唐突に現れた温度差の激しい単語に面食らう俺。

  「ああ。ハント、この珍知羅温泉の成り立ちは覚えているかい?」腕組みをすると、親父は試すようにこちらを見る。

  「え?……ーと、元々ここら辺は紡績工場で栄えてて、そこの労働者の為に建てられた銭湯がウチで。せやから男湯しか無くて、そんで今日の今日まで地域に根ざした男専用の銭湯として細々とやってきた……んやんな?」

  恰幅の良い犬人は、頷く代わりに小さな耳をひくひくと動かした。

  「そうそう。しかし、二年前。僕の親父、つまりハントのお爺さんがあの世に行って、息子である俺がこうして後を継いだ。そうして初めて判ったことなんだけど――」

  握りしめた牛乳瓶を見つめながら、ふう、と息を吐くと、親父はどこか遠い目をして。

  「――ここ、バチバチに大赤字なんだ」とため息をついた。

  「……え、そうなん?」

  初耳だった。

  そりゃ連日大繁盛! という訳ではないが、閑古鳥が鳴いて仕方が無い、という様にも見えない。

  毎日多くの常連が訪れて、それなりに活気のある場所だ。

  オトンだって今まで問題なく俺を育ててくれたし、貧乏な思いをした記憶も無かった。派遣で稼いだ給料だって、少し渡すだけで良いと言ってくれていたのだ。

  だから……赤字、という言葉はあまりにも予想外で、なんだか現実味がなかった。

  「一人あたりの入湯料が五百円。タオルや牛乳といった物販も多少はあるけど、それでも水道料金や燃料費といった運営コストをさっぴくと、残るのは雀の涙。だから、地域経済の一環として、ここには市から援助が行われていたんだ。おかげで、これまで問題なく経営できていたわけだ、けど――」不意に、親父の顔が影を帯びた。

  「……その援助が、今月末で打ち切られる、という連絡があったんだよね」

  親父は壁際までとぼとぼと歩み、洗面台の上に牛乳瓶を置くと、深くため息をつく。ボロボロのトレーナーが、なんだか哀愁を帯びて見えた。

  「……マジか」

  「大マジ」

  にわかには信じられなかったが、その背中に漂う一抹の寂しさが、それが嘘では無い事を物語っている

  くるりとこちらを振り返る親父。

  「だから、お父さんは決めたんだ。この銭湯を……二人の家を守る為に」

  そこで言葉を区切り、俺の目をひたと見据えて、

  「――最高のハッテン銭湯にし、他と差別化を図って集客力を上げ、黒字経営を目指すと!」

  ぐっ!と胸の前で握った拳に力を込めて、選挙カーの上で演説をする政治家のように、威風堂々と胸を張って見せた。

  「待て待て」

  目眩がする。

  そして、確かな予感が俺の中にある……多分、金がないとかどうとか関係無しに、この馬鹿親父は……

  「親父、ホンマの事言うてな」

  「ああ」

  「……ほんとはちょっとハッテン銭湯やってみたいなァ、みたいな気持ちもあるやろ」

  指摘すると、『あちゃーバレたか!』とでも言うように、親父は片目を瞑ると首をすくめ、ぺろりと舌を出してお茶目な顔を作った。

  「……バレた?」

  「このアホ? どうせそんなこったろうと思ったわ!」

  「いやいやハント、援助が打ち切られたのは本当なんだ」

  怒鳴り散らす俺の前で、あわあわと手を振る親父。

  「せやったらなんかこう、他にやりようあるやろ! 今やったらほら、改装してサウナー向けにサウナ中心の施設に改装するとか! SNSで助けてー! って訴えてクラファン募るとか! まっとうな方法で資金なんて調達できるやろ!」

  「お父さんにそんな難しい事ができる訳がないだろう!」

  ――突然、雷鳴のように一喝される。

  ええ……今の流れでこっちがキレ返される事あるんや……。

  「お父さんはな……お父さんはな……」

  わなわな、とその肩が震えていた。

  幼い頃、『クソ親父!』と呼んだ俺を激昂してぶっ飛ばした時以来、久々に見た怒れる親父の姿に思わず気圧される。

  「お父さんは……この町にハッテン場が無いのが、悔しいんだ!」

  

  ――は?

  

  「性の多様化が叫ばれる現代、同性愛者のあり方も大きく変わった! しかし、この町は未だに何も変わらない! せこせこSNSで裸の画像をアップしては近所の仲間を探し、こそこそ隠れてセックスをするような[[rb:輩 > やから]]ばかりだ! 父さんはそんな数千、数万の悲しい思いをしている同胞の為に、仲間同士で集まって、ひとっ風呂浴びながら語らえる場を提供したい! 父さんに出来るのは何だ? 父さんに残されている物は何だ? そう、父さんに出来るのは……」

  俺の目を見据えて、親父は力強く言い切る。

  「同士達が心も体も安らげる場所を、作りたいんだ!」

  「……で、その心は?」

  「あわよくば父さんもみんなと一緒にハッスルしたい……あ、いや、違う! 違うんだハント、今のはちょっと心の声が漏れただけ! チョロッと漏れただけだから!」

  ……はぁ。ため息が止まらない。

  「あの、親父。一つだけ、いい?」俺は頭を抱え、何やらわめき散らしている親父に待ったをかける。

  「ど、どうした息子よ」

  「……あの、さっきから同胞とか同士とか言ってるけど、親父って……まさかまさかやけど……ホモなん?」

  親父はビッグスマイルを浮かべると、大きく頷いた。

  「ああ! 俺は生まれてこの方五十年! 生粋のゲイだ!」

  ――お天道様を背景に、ニッカリ笑う親父の背中にでっけぇ波が打ち付けるヴィジョンを見た気がした。

  「……あ、そう。そうかそうか、成る程ね」

  ――疲れた。

  ただひたすらに、なんか、疲れた。あと頭も痛い。

  父親なんやから、当然ノンケか、最悪でもバイやと思っとったのに……。俺を産んで死んでもうたオカンも、草葉の陰で泣き崩れとるで……。

  「まぁ、その、なんや……好きにして。俺は家を出るから」

  親父の顔を見ずに、俺は踵を返そうとする。

  「まぁ待て息子よ、まだこの話には続きがあるんだ」

  ……嫌な予感。

  「ここで、お父さんと一緒に」

  「嫌や」

  「まだ全部言い切ってないだろう!」

  「絶対手伝わへん!」

  「手伝ってなんて言ってないだろう!」

  「ほんならなんて言うつもりやってん!」

  「お父さんと一緒にエッチな仕事をモリモリしよう!」

  「いやいや一緒や! 絶対せぇへんで!」

  「どうしてだ! その為にわざわざお前をクビに」

  ……そこまで言って、親父が『やべっ!』みたいな顔をする。

  「……ん? なんて?」

  何やら妙なことを口走った気がするぞ、このジジイ。

  俺はずんずんと歩み寄り、思いっきり目に力を込めると、親父をぐっと見下ろし睨みつける。

  「わざわざ? お前を? クビにィ? ――どういう事? 続きは? 続き言うてや? なぁ?」

  「お、あ、いやぁ? なーんでもない、よ?」

  視線を[[rb:彷徨 > さまよ]]わせつつ、ひゅーひゅー、と口笛を吹こうとする親父。

  その額が一目でわかるほどじっとりと湿り、親父自慢のモヒカンみたいな頭頂の毛がしんなりと萎えている。

  「……オトン」すっ、と俺は拳を振り上げて見せた。

  「あーっ殴らないで! 暴力反対! 可愛いハントはお父さんにそんな事しないもんね!」

  「するで」

  「どっ、ドメスティックバイオレンス!」

  先ほどまでの堂々たる態度はどこへやら……五十のおっさんらしからぬ頭の悪そうなワードを並べる親父の姿に、全身から毒気が抜けていく。最悪のデトックス体験だ。

  「……殴らへんから、言うて?」

  二の腕に筋肉をモリモリさせながら、俺は問う。

  「あ、ああ……お前の働いてる会社に『後藤ハントという社員の態度が酷い』というクレーム電話を毎日毎日かけて追い込み続けて……あっ、ちょ、な、殴らないで!」

  「ハァー? 何? クビになったのは全部オトンのせいって事? このアホ! ボケ!  カス! チンカスッ!」

  牙を剥き出しにして親父を罵倒する。ヤニでクールダウンした筈の脳が、シュッポシュッポと沸騰していた。

  「いやぁ……そうかもね」

  鬼の形相になっている俺を前に、ははは、と半笑いで頭を掻く糞親父。

  

  ……信じられん。これが親のする事か……?

  

  怒りのあまり、一周して気を失いそうになる。

  ハッテン銭湯がしたい! だから息子をクビにさせて手伝わせちゃお♪ とでも考えたのか?

  ――しばく。

  「こんの……」

  「ヒエッ!」と親父は頭を抱えて丸くなった。

  熱を帯びたままの頭で、今すぐにでもこの人格破綻者をボッッッコボコに叩きのめすべきなのか、それともこの場から飛び出してどこか新たな新天地で独り新生活を始めるべきなのか。そんな事を、プルプル震える親父に向かって牙を剥き、振り上げた拳を握りしめたまま逡巡する。

  

  ――しかし。そんな怒髪天を衝く心の隅っこに、悲しいかな『自分が悪くて解雇された訳ではない』と少しだけ安堵している俺もいた。

  という事は、あのシェパードにも、嫌われたり裏切られたりした、というワケではない、という事になる。

  それが、なぜだか少し嬉しかった。

  

  こちらを見上げて、しきりにごめん、お父さんを許してくれぇ……と、キュゥキュウ鼻を鳴らしながら情けなく手を合わせる親父。

  ……ここで一発カマすべきなのかもしれない――が。一応、このボケカスに育ててもらった恩義も、無い訳ではない。

  俺は握りしめた拳の怒りを静めるように、必死に理性を働かせて脱力を試みる。

  「――くっ……」

  そんな俺を、涙で濡れた瞳でじっと見上げる親父。

  それを見下ろしながら、考える。

  このまま銭湯を続けられなくなり、廃業したとして……そうなれば、このバカ親父はこの土地を泣く泣く手放す他無くなる。その後、都市開発の為にここが更地になんてなったりしたら、きっと……俺も親父も、多分、死ぬまで後悔するだろう。

  この馬鹿のやり方は、控えめに言ってイカれている。

  が……それでも、なんとしてもこの場所を……俺達の家を守りたい、という気持ちは……ほんのちょびっと、小指の先位かもしれないが……多分、同じなのだろう。

  だから――はぁ、もう。

  俺は、拳を下ろして目を閉じ、大きく息を吸うと、六秒間息を止めて――ふぅ、と鼻から吐き出した。

  オトンも俺も、救いようのないバカや、ほんま。

  「おっ、アンガーマネージメント」

  「やかましいわ。まぁ、その、なんや……それで全部?」

  確認するように言うと、親父はうんうん、と頷く。まるで親に叱られて必死にご機嫌取りをする子供だ。

  「しゃーない……どうなるか知らんけど、ちっとくらいなら手伝うたるわ」

  ばりばり、と後頭部を掻きながら、仕方なく……許す。

  「ハント!」

  がばっ!と音を立てて、親父が抱きついてきた。

  そして、そのまま俺の首元に鼻先を押しつけると、嬉しそうにぐりぐりと押しつけてくる。

  「ちょ、や、やめーや!」

  嫌がる俺を無視するように、何度も何度も俺の喉元に熱烈なキスの雨を降らせる親父。

  大人になってからこうして抱き合う事など無かったので、気恥ずかしいやらで顔が熱くなってくる。

  「ハント、好きだーっ! ハントー!」

  「わっ、ちょっ、わかった、わかったから離れーや!」

  「チュー! 父さんとチューしよう! な! チュー!」

  「ちょや、やめっ、口はやめーや!」

  どさくさに紛れて腰をヘコヘコさせ始めたのが見えて、流石に怖気だった俺は「だーッ、ええ加減にせぇ!」と必死に押返し、マズルを突き出す親父から距離をとる。

  そうしてなんとかその魔手から逃れると、俺はふぅ、と息をついた。こういう時、バカ親父の無駄な剛力が憎い。

  ……というか、首筋がやたらとぬちょぬちょして、気持ち悪いことこの上ない。つい先ほどまでべそべそ泣いていた癖に、許した途端調子づいた姿を前に、やっぱり一発かましとくべきだったか?と淡い後悔が浮かぶ。

  「とにかく、その……えっと、計画が上手く行くかは置いといて。そもそもどうやってホモを呼び込むんや? 常連の爺さんやって沢山おるんやで? そんなとこでエロい事なんてしてみい、あっちゅー間にポリにシバかれるで」袖口で首を拭いながら、俺は正論をぶつける。そりゃそうだ、そもそもハッテン行為なんて公共の場で許されるモノではない。

  「ああ、そうそう。勿論その点はすでに解決方法を用意してある、心配には及ばんぞ」

  ズボンの前をもぞもぞと直しながら、親父はにこやかに返す。

  ちょっとまて、そのもぞもぞは何?

  なんでちょっとふっくらしてるん?

  「えーと」

  冷ややかな目線に気づかない親父は、何故か唐突に、辺りをキョロキョロと見回し始めた。

  つられて俺も辺りを見渡す。

  「何? どうしたん?」

  目に映るのは、広々とした玄関と、小さな手洗い場と、壁一面を覆い尽くす下駄箱達。

  あとは、ガラス戸の奥にうっすらと広がる脱衣所の影くらいだ。

  「んーと、こっちかな?」

  がらがら、と脱衣所の扉を開く親父。

  「おーい」

  「親父?」

  トコトコと脱衣所の扉をくぐる犬人。でっぷりと肥えた背中を追って、俺も脱衣所へ足を踏み入れる。

  右手に大きな鏡、その下に連なる翡翠色の手洗い場。手洗いに設置されたドライヤー達。

  左を見ればボックス型のロッカーが列を成している。更に首を左に捻ると、蛍光灯を照り返して鈍く輝く体重計に、二階の休憩所へと続く階段。何の変哲も無い、見慣れた景色だ。

  「ちょっと、何探しとるん?」

  おーい、と誰かを探すようにウロつく犬人の背中以外に、ここに異常は見当たらないが……

  

  その時、きょろきょろと忙しなく動いていた親父の目線がピタリ、と停止し――ちょうど俺の足元のあたりに吸い付いた。

  「あ、そんなトコに居たのか。おーい、ザーキちゃん!」

  「ざき?」

  いつも常連にやっているようなフランクな声音で、親父が誰かの名前を呼んだ、瞬間。

  「……おわっ?」

  何の前触れも無く、板張りの床の上に、もくもくと煙が立ち始めた。

  驚いて硬直する俺の前でそれは勢いを増し、あっという間に天井へ達するほど巨大で濃密な煙の塊が完成する。

  仰天する俺とは対照的に、腰に手を当てて煙をにこやかに見つめる親父。

  「ちょちょっ、オトン! やばいってこれ! 火事か?」

  慌て頭上の火災報知器を見上げる。去年消防が点検に来たのでまだ問題なく作動するはずのそれは、この立ち上る煙にうんともすんとも言わない。

  「落ち着けハント。ほら、もうすぐだぞ」

  「もうすぐって何が?」

  渦を巻き始めた煙を前に微動だにしない親父。

  そして――

  「――ふん……ヌッ、ぐぅう……」

  呻き声と共に、煙の中から何かが現れる。

  

  それは、太く長く、歪にうねる角だった。

  

  続いて頭――[[rb:獰 > どう]][[rb:猛 > もう]]な肉食獣のような、厳つい顔つきをした何者かの頭が覗く。

  そして剛毛に覆われ筋骨隆々とした両腕が生え、見えない扉を押し開くように蠢くと、分厚い胸板が、丸太のような大腿が、猛禽のような爪の生えた脚が順々に現れ。

  最後にサナギから脱皮した蝶のように、黒く濡れた膜のような物がずるり、と抜け落ちると、それが合図であるかのように煙は一瞬で霧散した。

  そうして、どすっ、という重い音と共に現れた――いや、顕現したのは――一糸纏わぬ巨大な獣だった。

  あんぐりと口を開ける俺の前で、まるでゲームに登場する悪魔というか何というか、超神話的な雰囲気の生き物は、地面の固さを確かめるように何度かその場で足踏みをすると、フゥー、と威圧的に息を吐く。

  閉じた口の端から覗く牙は鋭く長く、呼吸に合わせて鼻先で黒い渦のような物が巻いては消えてを繰り返していた。

  「ちょ、あ、わ……」

  あまりにも非現実的な現象に目を白黒させる俺。

  「おー、久しぶりだねぇ」

  対照的に、何故か親父はあっけらかんとしていた。あまつさえにこやかに両手を広げ、そのモンスターを歓迎するような素振りまで見せている。

  ばさり、と音を立ててその獣の背中から黒い翼が展開されても、顔色一つ変えていない。

  「おおお、オトン、こ、これは何? あああ、悪魔召喚プログラム的なヤツか? 悪魔と契約してもうたんか? こ、殺されるーッ! 誰か助けてー!」

  慌てふためき大声で叫ぶが、悲しいかなRC造の壁は、俺の声を冷たく跳ね返すだけだった。

  「まーまー落ち着けハント」

  「おおお、落ち着けるかい! どちらの悪魔さん?」

  「えー? 悪魔なんかじゃないぞ?」

  暢気に言うと、親父はへらへらと笑いながら、「なぁ?」と隣の謎生物に同意を求めるように視線を送る。

  ザキちゃん、と呼ばれた化け物は、ぐぐっ、と胸を張ると、俺より頭一つ分高い位置からじろり、とこちらをねめつけ。

  「ハーイハント♡ 私が貴方のマ・マ・よ♡」

  ――その迫力満点のビジュのどこから出てるのか理解できない、やけに艶やかでハイトーンな声で、高らかに告げた。

  [newpage]

  

  「――まま?」

  ぽかん、と硬直する俺の前で、その二足歩行する巨躯の獣はくねり、と何やら女性的なポーズを取る。

  「そうよ♡ 貴方は私の子・ど・も♡」

  「もーザキちゃん、ハントが驚いて固まってるぞ」

  「ウフフ♡ サプライズ大成功ね♡」

  なにやら仲睦まじげに会話する二人を前に、俺は金魚のように口をぱくぱくさせる事しかできない。

  「あら? ハントが何か言おうとしてるわよ?」

  「おや、どうしたんだハント?」

  「え、あ、え……え?」

  親父、化け物、親父、そして化け物、と交互に目線を動かしながら、俺は何とか現状を理解しようと試みる。

  「え、ええと……あ、あなたがザキさん?」

  [[rb:戦 > せん]][[rb:々 > せん]][[rb:恐 > きょう]][[rb:々 > きょう]]としながら、とりあえずこいつが俺にとって害の無い存在であることを祈りつつ問う。

  「やだもう♡ ザキだなんて男臭い呼び方しないで♡ 呪殺魔法みたいでヤだわ♡」

  「呪殺……」

  呪殺魔法をぶっ放してきそうな外見をしている癖にやたらとフェミニンなそいつは、くねっくねっと体を動かした。

  「まーでも、本当の名前を呼ぶと死んじゃうから♡ ザキちゃんでいいわよ♡」

  「いや死ぬんかい! やっぱロクなヤツやないやんけ!」

  「こら! ハント! ママに向かってそんな言い方は無いだろう!」

  「さっきからママママってなんやねん! こいつどう見てもオスやろ!」

  俺はそのザキとかいうモンスターの股間を指さす。

  

  そこには当然のように、俺の腕ほどもある長大な逸物がだらりとぶら下がっていて、その後ろにこれまた存在感のある毛だらけの金玉が二つ垂れていた。

  肉の幹には太い血管がびっしりと蔦のように絡みつき、包皮から半ば顔を出している赤黒い亀頭はどこかグロテスクさを感じる。

  「ハントちゃんったら♡ まじまじと見ちゃ駄・目♡」

  そいつは内股になると、股間を両手で押さえて悩ましげな声を上げた。

  「今はオスになってるだけだもんねぇー」

  どう見てもこの世のものではないモンスターを庇うように抱きしめながら、暢気に続ける親父の声。

  「今はオスってどういう事? ……てか、オカンは昔死んでもうたって」

  「あれは[[rb:嘘だ > うそよ♡]]」綺麗にハモる二人の声。

  「ええ……」

  連続する意味不明な展開に気が狂いそうになる。

  

  ――いい加減頭が痛くなってきた俺は、ため息をつくとその場にしゃがみ込んだ。

  古びたフローリングの線をあみだくじのように目で追いながら、必死に思考を整理する。

  一つ、このザキさん?とかいうモンスターは、親父と何やら仲が良い。

  二つ、ザキさんは俺の母親を自称している(が、どう見てもあれはチンポ)

  三つ、とりあえずこのザキさんとやらは、どうやら敵対的な存在では無い。

  「――よし」

  「おっ、立ったぞ」

  「立ったわ? なんだか感動的ね?」

  

  俺は身を寄せ合う二人から目を逸らし、三歩後ずさる。

  そしてくるりと背を向けてポケットからスマホを取り出すと、ピ、ピ、ピ、と順にダイヤルを押した。

  「……あ、もしもしポリスメン? なんかウチに化け物が」

  「フンッ♡」

  瞬間、耳にあてがっていたスマホから、バチィッ!というヤバげな音が響く。

  「うおっ?」

  慌ててスマホを頭から離すと、ワンテンポ置いて画面がブラックアウトした。

  「なっ、何や!」

  「通報は♡ ノン♡ ノン♡」

  口元で指を振るザキさん。

  その指先に、黒紫色の光が尾を引いていた。

  「こっこっ、壊したんか?」

  「壊してないわよ♡ メッ! しただけ♡」

  ――メッて何⁉ 滅したって事⁉

  

  恐る恐るスマホを耳にあてがうが、間違いなく警察に繋がったはずのそこからは、ツーツーどころか一切の音が聞こえなくなっていて。

  慌てて電源ボタンをカチカチと押すが、完全に無反応だ。

  「あーあ、ママを怒らせちゃったな」

  「やだ♡ 怒ったりしないわよ♡ 愛息子だもの♡」

  「あ、あ、あ……俺のスマホが……」

  プスプス、と黒い煙を吐き出し始めたスマホを前に、俺は四つん這いになってがっくりと項垂れる。

  ――何が何やらわからんが、まだまだ十八ヶ月分の残債が残った愛機が、呆気なく命を散らせてしまった……。

  どうやら、こいつに刃向かうとロクな事にならないらしい。

  「……も、もうええ……もうわかったわ。いや、わからん。何一つわからんけど」

  よろよろと立ち上がると、俺は改めて二人に向き直る。

  「とりあえず、一つ一つ説明してや」

  すう、と深呼吸する。

  ――これ以上怒らせて、超常的な力で頭をパーンなんてされたら洒落にならん。

  とにかく、話を進めよう。そして、親父はともかくこの謎生物を刺激しないように円滑に話を進めて、魔界か異世界か知らんが元の世界に戻ってもらおう。

  俺はこんなところで不審死なんてしたくない。

  「よし、それじゃあお父さんが説明しよう」

  「よっ♡ 伊達男♡」

  くっ、なんか慣れてくるとイラつくなこの喋り方……。

  「あれは今から二十六年前の事だ――」

  親父は、難しい顔をしながら訥々と語り始めた。

  

  二十六年前のある日の事。

  ベロベロに酔っていた親父は、何気なく道端に落ちていた怪しい魔導書を見つけ、手に取った。

  そこには淫魔を召喚するための儀式と、それに必要な呪物の数々が記載されていた。

  何故か偶然ポケットの中に呪物が一式入っていた親父は、ノリと勢いで儀式を実行。

  結果儀式は成功し、怪しいグラマラス[[rb:美女淫魔 > サキュバス]]が登場。

  しかし親父はゲイだったので、「ごめんね、女の子には興味が無いんだ」とお断り。

  すると淫魔は即座にムキムキエチチビースト♂(つまり今の姿)に変化。

  その雄っぽさに親父はノリノリになり、誘われるがままにズッコンバッコン。

  実はカントにも興味があるんだーと言う親父の前で、即座に股間を女性器に変化させた淫魔。

  んほー気持ちええんじゃ!となった親父はそのまま膣内射精。

  んで、俺が爆誕。

  と、言うことらしい。

  「……うん」

  昔話を一通り聞き終えた俺は、すぅー、と息を吸うと、語り終えて反応を聞きたそうに耳をヒョコヒョコさせる親父に、

  「オトン……悪いクスリでも買うた?」

  「ばっ、何言うんだ! お父さんはクスリなんて使わなくてもビンビンだぞ!」

  「いや、そういうクスリでは無くてやな……」

  「まぁ♡ そういう事だから♡ 私のことは気兼ねなくママって呼んで♡」

  くねくねっと身をよじらせながらこちらを見つめる化け物。

  「絶対呼ばんし、さっきの話も理解でけへんねんけど」

  「そうかぁ? わかりやすく要約したと思うんだけどなぁ」

  ぼりぼりと頭を掻く親父。

  「それが! 何! 一つ! 理解! でけへんねん! なんでポッケの中に呪物が入っとったん⁉」

  「ははは、父さん酔うと何しでかすかわからないからなぁ」

  「あとなんで当たり前にセックスしとん⁉ キ〇ガイか⁉」

  「ほら、エッチなゲームなんかだと、道端とか階段で前触れなく急にエッチを始めたりするだろ? あんな感じだよ」

  「ゲームを基準に話すんなや! てかそんなアホみたいなゲームあるはずないやろ!」

  ひたすらツッコミ続ける俺と、ヘラヘラ返答する親父を交互に見ながら。

  「あら♡ まだまだ反抗期真っ盛りね♡ やっぱり人間っておもしれーわ♡」

  ニヤニヤするザキさん。

  ――いや、絶ッ対ロクでもない生き物やんけコイツ。

  「まあまあハント、そういうわけだから」

  ぽん、と俺の肩に手を置くと、親父は笑顔で強引に納得させようとしてくる。

  「どういうわけ⁉」

  「ははは、つまり、ママはサキュバス♂って事だ」

  「それは普通インキュバスって言うねん!」

  かつてプレイしたゲームに登場した、股間にやたら長いペニスケースを装着している悪魔の姿を思い描く。

  「やだわ♡ あんな低俗悪魔と一緒にしないで♡ あいつらは夢の中でしか行動できないし、魔法も使えないのよ♡」

  そしてさらっと自らを高位の悪魔か魔族やとカミングアウトするザキさん。

  「じゃあアン……ザキさんの本体はええと……サキュバスやから……♀って事でええんか?」

  「ううん♡ この姿が本体よ♡ パパノンケっぽかったから♀モードで突撃しただけ♡ というか魔性に性別なんて無いわ♡ だから暫定的にサキュバス♂という事にしといて♡」

  「というかそもそもオトンは普通の犬人やろ! 獣人とサキュバスに子供って作れるん⁉ んなはずないやろ⁉」

  せめて実の母親がこの化け物である、という事だけはなんとか否定しようとするが、

  「人間の作りなんて単純だもの♡ 擬似的に子宮を作って出産するなんて造作も無いことよ♡ ただ、淫魔っぽいビジュアルだと学校でいぢめられそうだからお父さんベースのラブリードッグにしたってだけ♡」とイライラする口調で否定し返され、俺はがっくりと項垂れた。

  というか、ナチュラルに人類を見下してるあたり、流石は悪魔やな……

  「あ、やろうと思えば私とおなじくらいおっきいおちんちんもつけられたけど♡ 初期のステ振りに使うポイントが思ったより低かったから並のおちんちんになったわ♡ 子供ってリセマラ出来ないから不便ね♡」

  クソッ、知りたくない事実までついでに知ってしまった。死にたい……。

  「おいおい母さん、不謹慎な物言いは駄目だよ」

  「あらそうね♡ あっちじゃ倫理観なんて習ったこと無かったわ♡ むしろ邪魔みたいなところがあるし♡」

  「ははは、違いない」

  

  わちゃわちゃしている二人のどうでもいい会話を聞きながら、俺は状況を整理する。

  思わぬところで出生の秘密を知ってしまったが、この際そんな事はどうでもいい。いや良くないが。

  とにかく、このザキさんは人知を超えた力を行使できるらしい。つまり――

  

  「えーっと……オトン? さっき言うとった『解決方法』って、もしかしてもしかすると、このザキさんの事?」

  いい加減超展開に慣れてきた俺がそう問いかけると、ザキさんと親父は揃って首を縦に振った。

  「流石お父さんよね♡ ここをハッテン銭湯にしちゃおうなんて♡ イカれてなかったら思いつかないわ♡」

  「なははは、照れるな~」

  照れるな。むしろヤク中だった方がマシまであるぞ。

  「まーそういう訳だハント、母さんの不思議パワーがあれば、ここをハッテン銭湯にするなんて簡単なんだぞ、なぁ?」

  「そうね♡ ママ全能に近いから……♡ ただ、ちょっと表現が曖昧でどうしようか考えあぐねてる部分もあるわ♡」

  「そうだなぁ……バリバリハッテンし放題の銭湯にしつつ……でも表向きは普通の銭湯、という事にしないと、いろいろ問題になるかもしれないし……仮に客がノンケに手を出して通報なんてされちゃ、父さん困っちゃうよ」

  小難しい顔をして考え込む二人。

  「って、大丈夫か? そしたら保健所とかくるんちゃう?」

  俺が突っ込むと、親父はにっこりと微笑んだ。

  「全然大丈夫なはずないじゃない、バレたら営業停止からの即廃業コンボだよ」

  「アホか!」

  「だーかーら、母さんに頼むんじゃないか」

  何故かうんざりした顔でこちらを見る親父。

  いや、うんざりしたいのはこっちだが。

  「もう♡ 無理難題を押しつけてくる最低の父親ね♡ でも悪魔はそういうクズが好き♡」

  うんうん、と頷きながら親父はザキさんに同調する。

  クズの自覚はあったのか……。

  「ああ、あと銭湯としての趣も大事にしたいなぁ」

  「あら♡ 姿形は現状をキープしつつ、って事かしら♡ 中にブランコとかローション風呂とか造らなくて良いの?♡」

  「いやいや、そこはいじっちゃ駄目だ。ごく普通の銭湯でハッテンするからこそ高まる興奮、ってのがあるからね」

  提案する化け物に顔を横に振って見せ、腕組みをしつつ謎の主張をする親父。てか何でそんなに詳しいねん。

  ザキさんはそれに、そーねぇ♡と適当な相づちを打つ。

  「……オトン、自分が経営してる銭湯でそういう事想像するのやめてくれん?」

  ジト目で見つめる俺に、親父はバチンとウィンクをして、

  「ハント、全裸の男達を前にして働いてたら、誰だってそういう妄想の一つや二つするもんさ。それが大人ってもんだ」

  「せぇへんわ!」

  

  ……趣とやらは全く理解出来ないが、とりあえず親父が目指すべき形は大体わかってきた。

  つまり世間的には普通の銭湯である、という事が何より大事なわけだ。そうしなければ、あっという間に通報からの廃業、運が悪ければ出張ってきた国家権力にポコパンされて俺達に前歴がつく。いやリスクしかねぇなオイ。

  しかし先ほど俺が通報しようとした際に邪魔してきたあたり、ザキさんもあまり事を大きくはしたく無いようだ。

  「ま、まぁ話を進めるとして……つまり役所や警察に感づかれないようにしつつ、ここで自由にハッテンできるようにしたい、って訳やな」

  「警察なんて出張ってきた日には♡ 皆殺しにするしかなくなっちゃうから注意しないとね♡」

  「あ、そ、そう……」それは警察だけか? それとも俺達も巻き込むのか? とは敢えて訊かないでおこう。

  「表向きは普通の銭湯として堂々と営業して、上手くホモだけを寄せつつノンケが寄りつかないようにできないかな」

  「いやそれハッテン場とちゃうんか」

  腕組みをした親父が、俺を無視してうーん、うーん……と難題を前にした高名な学者のように思考を巡らせる。

  その尻尾が揺れる度、ゆっさゆっさという微かな音。

  横顔を見つめながら、『俺、なんでこんなヤツの子供に産まれてもうたんやろ』という悲しみで陰鬱な気分になる俺。

  そして、しばらくして。

  「――あ♡ ママ思いついちゃった♡」

  「うん? どうしたんだいママ?」

  「お父さんの言う通りよ♡ ノンケは来たくなくなって、逆にゲイは無性に来たくなるようにしちゃえば、自然とノンケが淘汰されてゲイだらけになるわ♡」

  「そ、そんなこと出来るん?」思わず訝しむ俺。

  「出来るわよ~♡ なんてったってママはサキュバス♂よ♡ [[rb:淫男魔術 > スペルマスペル]]に不可能はないわ♡」

  「なんやそのクソみたいなルビ振られた魔法は」

  俺のツッコミを無視してうふふ♡と上機嫌そうに微笑むと、ザキさんは「それじゃ早速やっちゃうわね♡」と微笑む。

  「え?」

  悪魔は右手を天高く掲げ、人差し指をくるくると動かして。

  凶暴な牙の並ぶ口を開き。

  「――『[[rb:男淫来々 > ホモキ・ターレ]]』♡」

  高らかに、(恐らく)呪文(らしき何か)を唱えた。

  

  刹那。

  俺達を包む空気が、一瞬ピリッと帯電し、爆ぜた。

  「あいたたたっ、静電気かな?」

  親父が不快そうに表情を歪め、体に異常が無いか確認している。そりゃそれだけモコモコしてれば静電気なんて日常茶飯事だろうが、明らかに今のアレはそんなもんじゃない。

  「……ほもきたーれ……?」と繰り返した俺に、ザキさんはウインクをすると、

  「ええ?♡ 人間の認知やら知覚やらを歪曲させて、珍知羅温泉を『ノンケは無意識に忌避し、ゲイは強く惹かれる』空間にする結界を張ったわ♡」

  「お、おお……なんやわからんけど、ゴキブリホ〇ホイみたいなもんか?」

  俺がそう返すと、ザキさんはムキムキの両腕を掲げて呆れた、というポーズを取る。

  「んもう♡ ロマンの欠片も無い息子ね♡ でもそこがいいわ♡ ママとエッチする?♡」

  「流石に近親相姦はムリや」

  「やだわ♡ さっきお父さんにキスされた時にちょっと甘勃起してたくせに♡」

  「えっ、そうなのか? ハント! ハント?」それまで平然としていた親父が、その一言に露骨に反応する。

  「ししししししししししてへんわ! ってかそれより、その魔法? の具体的な効果説明してくれや! ザキさん、何も説明せんと勝手に結界? 張ったやろ」

  慌てて話題を逸らすと、にやにや笑いをしていた巨躯の獣はそうね?と頷く。

  「もしもこの銭湯にノンケが足を踏み入れた場合、頭痛や寒気、嘔吐、その他の諸症状に苦しむことになるわね♡ そして本能的にそれを察知して、ここには絶対に入りたくない!と感じるの♡ 野生の勘ってヤツね♡」

  「な、なるほど……んでゲイにはどんな効果があるんや?」

  なぁなぁハント! 勃起したのか⁉ と纏わり付く親父をしゃにむに引き剥がしながら、俺は次の質問を投げかける。

  「ゲイにとって、ここはとても安らぐ空間になるわ♡ それと同時に、精力を増強させたり、ムラムラさせたり、抵抗感を薄くさせる効果もあるわね♡ ついでにここのお湯に浸かると、肩こり腰痛肉体疲労に冷え性リウマチ神経痛、切れ痔といぼ痔とその仲間達もあっという間に即完治♪する効能も付与されるわよ♡ 悪魔も健康体になっちゃうわ♡」

  「お、おおお~、なんて都合の良い魔法……」

  あまりに都合の良すぎる効果に思わず嘆息してしまう。

  この化け物は明らかにヤバい生物だが、味方につけると存外役に立つ……のかもしれない。

  「ただし♡」不意に、ザキさんの声がワントーン低くなる。

  そこに不穏な物を感じ、それまでユルユルになっていた背筋がピンと伸びるような感覚。

  ごくり、と息を呑む……そりゃそうだ、それだけ凄い魔法なら、何か凄い代償があるに違いない。

  「結界の維持には、それなりの[[rb:淫力 > パワー]]が必要になるわ♡ ほっとくと氷が勝手に溶けちゃうのと同じようにね♡」

  「ぱ、パワー?」

  ザキさんは翼を広げると、すぅう、と深呼吸をし、

  「この結界内でエッチな事が起きると、そこで発散される精力と同じだけの[[rb:淫力 > パワー]]が放たれるの♡ 人間の目には見えないだろうけど♡ 今からエッチしようか、という雰囲気になると、互いに妙にムラムラする雰囲気になって、先走りが勝手に出たりする事あるでしょ♡ あれも微少な[[rb:淫力 > パワー]]のせいよ♡ で、それが尽きると魔法の効果も消えるわ♡」

  「なーるほど、つまりここで毎日エッチな事が起きれば良いわけだね! 簡単簡単! 父さんに任せなさい!」

  ぽん、と手を打つと、親父はいとも簡単そうに応える。

  確かに、ハッテン銭湯なんだからほっといてもそのパワーとやらは勝手に集まりそうだが……

  しかし、ザキさんは首を横に振ると、

  「ただここで色んな人がハッテンしまくる、ってだけだと恐らく維持は出来ないわ♡ より[[rb:淫力 > パワー]]を高めるような――つまりクソエロい[[rb:出来事 > イベント]]を定期的に起こさないと、徐々に結界の効き目は減衰していくわよ♡」

  「じゃあここでお父さんとハントが毎日エッチすれば」

  「おとんは黙っといてや」

  「は、ハントぉ~」わざとらしく落ち込む親父を横目に、ザキさんは話を続ける。

  「そして♡ もしも[[rb:淫力 > パワー]]が枯渇するようなことがあれば♡」

  すっ、と獣の目が三日月のように細くなる。

  縦長の瞳孔が、ぎらりと煌めいた。

  「――ココは、ハッテン銭湯どころか♡ 近づく者の精気を無差別に貪る呪われた地になるわ♡」

  「……それってつまり」

  「足を踏み入れた者全員、問答無用で呪殺よん♡ ついでに影響を及ぼすエリアも拡大して、この町全体がなんかヤバい感じになるわね♡」

  「…………は?」

  「はえーすっごいなぁ」

  あんぐりと口を開ける俺と、ぼりぼりと尻を掻きながら小学生並の感想を口にする親父。

  いや、絶対ヤバさが伝わっとらんやろ。俺達の家が最恐心スポになる危機やねんぞ……

  「と、言うわけで♡ 親子で力を合わせて頑張ってね♡ あ、そろそろタイムリミットみたいだわ♡」

  「タイムリミット?」唐突に出てきた言葉に俺が思わず聞き返すと、

  「そうなの♡ 現界できる限界♡ なんちって♡」

  お茶目でムカつくポージングをすると、ザキさんは俺達を交互に見つめる。

  「じゃあ帰るわね♡ しばらくこっちに来られないから♡」

  「えっ、もう時間かい?」

  「ごめんなさいね♡ ママ結構忙しいのよ♡ こう見えても中間管理職だから♡」

  笑顔でそう言うやいなや、突如ずもももも、とザキさんの足元から異様な煙が噴出しはじめる。

  「ちょっ、ちょっと待ってや! この結界っていつ解けるん? その、いつかは無くなるんやろ? なっ?」

  こんな事はあまり考えたくないが、仮にホモキターレとかいう[[rb:碌 > ロク]]でもない魔法が永続的に効果を発揮し続けるとするとなると、その為に俺達は死ぬまでここをハッテン銭湯として維持し続けなければならない訳で。

  それは流石にマズい。というか勘弁して欲しい。

  このバカ親父と運命共同体になるだなんて心底御免だ。

  「んん~♡ そうねぇ、ママの気分次第♡ かしら♡」

  「ぐおっ、この悪魔畜生ッ!」

  「うふふふ♡ それじゃアディオス・アミーゴ♡」

  ザキさんが片手を上げてポーズを取ると、立ち上る煙が、あっという間にその体をすっぽりと包み込む。

  「あっ♡ そうそう♡ お土産を置いていくわね♡」

  煙の中から隆々とした腕がにゅっと生えた。

  その手には、ファンシーな包み紙で包装された何か。軽々と指先につまんでいるが、結構な大きさだ。

  「便利アイテムだから♡ 上手に使うのよ~♡」

  「流石ママ、気が利くなぁ」「絶対ロクでもないモンやろ」

  親父と俺が各々返し、返事代わりにどさっ、とそれが落下するのと同時に、巨大な腕がふわりと空気に解け、煙が一層濃密になり。

  ――そして、瞬きする間に、その場には俺と親父だけが残された。

  「あ、ちょいまち♡」

  と思いきや、何も無い空間からヒョコッとザキさんの顔が生え、こちらをじろりと見つめる。いや、煙なくても出入りできるんかい。

  「ハントちゃん♡ 私と接触したことで、多分あなたの中のサキュバス因子が活性化したと思うの♡」

  「サキュバス…因子…?」

  そうよ? とニコニコ返事をするザキさん。

  「あ、おちんちんが大きくなるとかじゃないわよ♡」

  「うっさいわ! いちいちイジるな! あと一応平均サイズやからな!」

  「フフフ♡ コンプレックスがイマージュしてるわね♡ という訳で、あなたの右手に新たな力が宿ったわけなんだけど、その能力というのが……あ、いけない、ガチで時間だわ、[[rb:マジで消える五秒前 > M  K  5]]…♡」再び色素が薄くなり始める悪魔。

  「右手⁉ 右手が何や⁉」SNSで最近よく見る『〇〇なのですが、その理由というのが→』みたいに先が気になるヒキをしようとするザキさんを引き留めようとする、が。

  「触れたもの全てを…は…ょう…る…♡」

  「何⁉ ちゃんと聞こえへんねんけど⁉」

  「あ……露呈……♡」

  途切れ途切れになる声。

  一番大事な所が上手く聞き取れず、慌てて必死に問いかける俺の努力も虚しく、ついにはサキュバス♂の頭部がぐにゃり、と水飴のように溶け崩れると――

  「ザキさん! ザキさーん‼」

  「ヌゥッ! フゥン! ……フゥ、アンコールに応えて気合で一分延長したわ♡」

  再びヌッと頭が生えた。

  「これが愛の力♡ パワー・オブ・ラブ……♡」

  「ははは、お茶目だなぁ」

  「消えへんのかい! ええ加減素直に消えろ……やない! 力ってなんなん⁉」

  再度出現した獣の頭は、俺の右手をクイッとアゴで示すように上下に揺れ、

  「右手の甲をよく見てみて♡」

  「うん?」

  言われるがままに、右手を掲げる。すると、右手の甲に薄く淡い光のような何かが纏わり付き、鼓動に合わせるように明滅していた。俺がそれに気づいた直後、光は被毛の中に沈み、右手に溶け込むように消える。

  「その右手で触れられると、相手は無条件かつ強制的に発情するようになるわ♡ ついでに秘めたる願望も露呈させるちゃうの♡ これでスケベし放題よ♡」

  「すっ、スケベ⁉ 俺の右手がスケベハンドになってもたって事⁉ マジで⁉」

  慌てて右手をクルクル回したり振ったりしてみる。違和感はないが、この化け物がわざわざ無意味に嘘偽りを口にするとは思えない。

  「えっ! それは凄いなぁ!」と、まるで玩具を羨ましがる子どものように目を輝かせて俺の右手を見やる親父。

  「それがあれば、どんな相手ともすぐにエッチ出来るって事だろう? 最高のギフトじゃないか! ちょ、ちょっと父さんに触れてみてくれ! 試しに! さぁ! ハント!」

  「い、いやや! オトンを発情させて何が楽しいねん!」

  「ふふ♡ ハントの好きに使っていいのよ♡ 息子の性欲解消にも一役買う、理解のある母親に感謝してね♡」

  確かに……これがあればいつでも性欲解消ができるなんて、なかなか便利そうな能力である。これは……ちょっと嬉しいかもしれん。絶対にオトンには触りたくないが。

  「ただし、相手が暴力で興奮するタイプだと危険だし、殺人衝動を持つ[[rb:屍体愛好家 > ネクロフィリア]]だったりしたら、それこそ問答無用で殺されちゃうから、ちゃんと相手を見極めて使うコト♡ ママとのお約束よ♡」

  ――前言撤回。何やそれ、リスクめちゃデカやん。

  「ちょ、こんな能力いらんねんけど⁉」

  「あら♡ お気に召さなかったかしら♡ けど、ハントをキャラメイクする時にパッシブスキルとして設定しちゃったから、アナタの意思でオンオフする事はできないわ♡」

  「いらんわ! その分ちんちんおっきくしとけ!」

  「フフ♡ 人生というレシピにスパイスは必要……あ、もう限界だわ♡ チャオ♡」

  「おい!」……という俺の呼びかけも虚しく、再度ザキさんの頭がさーっと透き通り。

  そして、今度こそ本当に、俺達を残して謎の悪魔は元の世界へと戻って行ったのであった。

  最後に、どこか遠くからパチン、と指を慣らすような音が聞こえたような気がしたが――それっきり。まるで何事も起きていなかったかのように、ただ沈黙だけを残して。

  *

  「……オトン、どうすんねんこの状況……」

  がらんとした脱衣所の中で、俺は『お土産』……床に転がるファンシーな謎物体と、何やらクソみたいな機能を覚醒させたらしい我が右手を前に途方に暮れる。

  「うーん、何とかなるんじゃないかな」

  「なるかァ!」

  ボグッ、と思わず左手で親父を殴る俺。

  「い、痛い! 殴らないって言ったじゃんか!」

  「今は殴ってええタイミングやろ! とんでもない事態にしやがって! どないすんねん!」

  よよよ、と泣き崩れる親父を責め立てるものの、

  「まぁまぁ、なっちゃったものは仕方ないし。それに、今すぐ大変な事になるって訳でもないでしょ」とあっという間に立ち直り暢気に言って、どっこいしょ、と荷物を持ち上げるとカウンターの上に置き直す親父。

  「そらそうかもしれんけど……」

  「それに、いざという時はまたママを召喚してなんとかして~! って泣きつくから大丈夫だよ」

  うーん、と腰に両手を当てて伸ばす親父。ポキポキ、と小君の良い音。

  「それならエエけど……エエんか?」まぁ、なってしまったものはしょうがないかもしれないが。なんか釈然としない。

  ――と、そこで俺はあることを思い出す。

  「あ! てかスマホ! これオトンが修理代出してや!」

  そういえば、なんとなく話の流れ的に忘却の彼方に置き去りにされていたが、ザキさんに俺の相棒が破壊されたのである。今やスマホが故障すると言うことは、まともに日常生活が送れないことと同義の時代だ。早急に修理しなければ何かと困る。

  「ええ! 保険に加入してるだろ? ショップに持ってって直してもらいなよ」

  「魔法でぶっ壊されたんやぞ? 保険が効くか!」

  「じゃ、じゃぁ今から地面に叩きつけちゃえば」

  「そーいう問題ではないやろ」

  ぶつくさ言いながら俺は尻ポケットから先程破壊されたスマホを取り出し――「あれ?」と首をひねった。

  顔の前に持ってきた瞬間、まるで故障などしていなかったかのように、ロック画面がパッと表示されたのだ。

  「……オトン、これさっき壊されたよな?」プスプスと黒煙を上げていた姿を思い浮かべながら、俺は親父にスマホを見せつける。

  「あれあれ、なんともなさそうに見えるね……ママがこっそり直したのかな?」

  スマホのロックを解除すると、俺はどこかおかしな点がないかしげしげと確認する。しかし、そこにあるのはやはり、俺がポリに電話をかけたあの瞬間までそうだったように、いつも使い慣れたスマホと全く同一だった。

  色んなアプリを開いてみるが、やはり異常はなさそうだ。

  壊すも直すも自由自在なのか……なんとも恐ろしいような、羨ましいような能力である。

  「よしよし、なんか直ったみたいだし結果オーライだね」

  誤魔化すように笑う親父。

  「全然オーライちゃうねん……スマホは直っても、俺の右手は面倒な能力をゲットしてもうたし……はぁ」

  スマホをポケットの中に戻すと、大きなため息をつく。すると、親父は

  「なーにが面倒な能力だ、これからの仕事にはぴったりの力じゃないか」

  「仕事? ぴったり?」

  腕組みをすると、親父はうんうんと大きく頷いた。

  「ハントには、ここで三助をやってもらうつもりだったからね。渡りに船、ってヤツだよ」

  「三助?」

  耳慣れない言葉が飛び出し、俺は首を捻った。

  なんだそりゃ? 人名か?

  「あれ、知らない? 三助」

  俺が頷くと、親父は箱を地面に一旦置き、

  「三助っていうのは、今は廃れてしまった銭湯文化なんだけどね」

  と、どこか懐かしそうに語り始める。

  「かつて風呂を火で焚いていた頃は、その火の管理をしたり、お客さんの靴を管理したり、浴場内でお客さんの背中を流したりといった仕事をする人が居たのさ」

  「ほーなるほど、要するに雑用って訳や」

  「そうそう。主にそれら三つの作業を担当するから三助といって、それはそれは大事な役割を担っていたんだ。ただ、釜がボイラーに置き換わり、靴もロッカーで管理するようになって……お客さんの背中を流すくらいしかする事もなくなったから、時代の変転と共に消えた仕事なんだ」

  腕組みすると、寂しそうにうんうん頷く親父。

  「と言うわけで、ハントには簡単な風呂の清掃や、風呂場内でお客さんの背中を流す作業なんかをして欲しいんだよね。お父さん、番台でお客さんの対応しないとだから手が回らなくなりそうで」

  「ふーん……そんなんならまぁ、えぇけど」

  「よし、決まり!」

  ニコッと笑みを浮かべると、親父は大きく頷いた。

  「ハントみたいな子に背中を流して貰えて、お客さんが羨ましいよ! 父さんもお願いしちゃおっかな! はっはっは」

  豪快に笑う親父。

  その顔を見ていると、ふと――胸の辺りが、暖かくなったような気がした。

  そういえば、こうして親父と一緒に働くなんて初めてだ。幼い頃はなにかと手伝ったりもしていたが、自分の道を歩め!という親父の言葉を受けて、俺は銭湯以外の世界も知りたいと色んな仕事に手をつけてきた。

  まぁ……成り行きはともかく。

  親父とこうして、肩を並べて一つの仕事に取り組む、というのもまぁ、良い経験になるかもしれないな。不本意ではあるが。

  「……てかさ、オトン、ふと思ったんやけど」

  「うん?」喜色満面な親父が、どうした? と小首を傾げた。

  「ザキさん、何でも出来るんなら財宝でも出して貰って、それを売り捌いたらこんな事せんでもよかったんやないか?」

  ――その指摘に、親父が「う」と呻いた。

  「……え? もしかして思いつかへんかった、とか……?」

  「い、いや……はは……勿論そういうことは最初に思いついたさ……父さんはランプの魔神に願いを無限に増やしてくれ、って頼むタイプの人間だからね……」

  親父はぎこちない動きで右手を後頭部に添えると、

  「……その場合、代償として僕のちんちんを持ってく、って言われちゃって」

  「アホー! そんなもん一番要らんわ!」俺は迷わず親父の頭をスパン! と叩く。

  「なな、何を言うんだよ! 父さんの唯一自慢できるとこなんだよ? 無くすわけにはいかないでしょ!」

  「知るか! 今すぐチンポもいでザキさんに頼み直せ!」

  「もうムリでーす! 結界張られちゃったもんね! 後戻りはできませーん! ハントは父さんと[[rb:一 > いち]][[rb:蓮 > れん]][[rb:托 > たく]][[rb:生 > しょう]]になるしかないんだよー!」

  「……クソ親父……」

  ――前言撤回。

  親父と一緒に働くのが良い経験になる、とか考えた俺が馬鹿だった。

  「と言うわけで、早速」

  再び怒りをたぎらせる俺を無視してそう言うと、親父はどすどすとカウンターの方へ歩いて行くと。

  「ほい、明日からはコレをつけてお仕事してね」

  「……ん?」受け取ったそれは……何やら白くて長い布。

  「何やこれ?」

  「何って、フンドシだよフンドシ」

  「……何故?」

  「そりゃ……顧客サービス、かな」

  「ちょいまち、一応聞くけど」ごほん、と咳払いをして、俺は親父をじっと見つめる。

  「もしかして、三助って仕事……性的なサービスをしたりはせぇへんよな?」

  「ははははは、面白い事を言うなあハント」

  腰に手を当てて腹を突き出し、からから笑う親父。

  「背中を流すだけやんな?」

  「まぁまぁハント」

  ぽん、と俺の肩を叩くと、親父は笑みを崩さぬまま、

  「特別手当を出すから」

  「誰がやるかァ!」

  再びスパァン! と左手で親父の頭をはたく。

  二人きりの脱衣所に、乾いた音が響いた。

  

  ――こうして、怒濤のような一日は幕を下ろす。

  俺はこのちんちら温泉の三助として……これ以上無いくらいに不本意ではあるが……このどうしようもないバカ親父と、これから二人三脚でハッテン銭湯を運営することを、不承不承ながら了承する事となった。

  

  果たして、無事に経営を続け、この町の平和を守ることが出来るのか。

  そして、俺は無事でいられるのか。

  ――不安で胸がいっぱいである。

  [newpage]

  [b:第一章 匂いタイガーはサンドイッチがお好き]

  

  この世には、二種類の人間がいる。

  匂いフェチか、そうでないかだ。

  そして、俺は後者だ。確かに蒸れた男の体臭に全く興奮しないか、と聞かれれば、まぁ多少は興奮するけどね? と答えるが、あくまでそれは常識的なレベルというか、普段の情事に少しの味変を、程度の感覚で。

  だからつまり、

  「……んッ……はぁ、臭ェ……溜まんねェす……もっと、もっとキツいのを……」

  ――そう、こうして目の前で、へたり込んだ俺の下半身に鼻先を突っ込みながらブッ飛んでいる虎人のレベルには、まだまだ遠く及ばない、という事。

  「ちょっ、タガリさん! ま、マジで落ち着いて」

  「……ッはぁ、すっげぇす……チンカス溜まりまくったチンポの匂い、マジで気が狂う……ああ、チンポ好き……」

  悲しいかなギンギンに勃起している俺の息子に必死の形相で鼻を近づけ、狂ったように荒い呼吸を繰り返してはその匂いを堪能し続ける虎人。まるで生殺しに合っている気分である。時折さわさわと鼻髭が亀頭の辺りを掠め、その度にぞわぞわっと背中が粟立つ。

  「マジでどうしたんスか? らしくないっス……うっ!」

  必死に押し返して距離を置こうとするものの、大柄な虎人の両腕ががっちりと俺の腰を掴んで離さない。

  タイル張りの床の上にへたり込んだ俺の、ちょうど真向かいの壁面にずらりと並んだ鏡に、情けなく目を白黒させる俺と、太股の間に大きな睾丸をぶらぶらと揺らす縞模様の[[rb:巨 > おお]]きな尻が映っていて。その割れ目の中央にあるピンク色の穴が、虎人の全身が戦慄くのに応じるように、時折わずかにヒクついているのがなんとも扇情的である。なんて今はそんな事を考えている場合ではないのだ。

  「おーい、ハントー。大丈夫かーい?」

  大浴場の入り口、ガラスのドア越しに脱衣所を清掃する親父の暢気な声が聞こえる。そちらに目を向けると、見世物でも見るようにニヤニヤと笑いながら、ホウキ片手にデブい犬人が観戦しているのが見えた。

  「だっ、大丈夫に見えへんやろ! 右手で触れてもうて、た、タガリさんがおかしくなってもうとるんや!」

  「ははは、まぁ平常運転だね」

  「どこがやねん! 助けろやバカ親父‼」

  俺の怒声が浴場内に響く。

  それにハモるように、うおお、とかぐうう、という低い呻きが空気を震わせていた。

  *

  「そういえばオトン、コレどうするん?」

  親父がハッテン銭湯宣言をかました次の日。

  昼過ぎから開店という事で、実際にゲイがこの店に集まってくるのかはさておき、「とりあえずいつも通りに準備しないとね」という親父の言葉に従い、俺達は二人であれこれと片付けたり掃除したりしていた。

  「あぁ、母さんの置いてったお土産ってやつか。そういえば昨日はわちゃわちゃしてそのままだったねぇ」

  カウンターの上に置きっぱなしになっていた、ファンシーで大きな謎の塊。子供向けのクリスマスプレゼントを三回りほど大きくしたようなそれを前に、俺は

  「なーんかあんまり良い予感はせぇへんねんけど……」

  「まぁまぁ、母さんの気持ちを無碍にするのも良くないよ」

  「てかアレの事母さんって言うのやめてくれへん? なんか嫌悪感でぞわぞわするんやけど」

  顔をしかめる俺を無視して、親父はその土産とやらをどっこいしょ、と床に置き直した。

  「事実なんだから受け入れるんだ……っと、さてさて」

  親父はふいとしゃがみ込むと、ザキさんの土産とやらの包装紙をぺりぺり剥がし始める。あまりの無警戒さに呆れるが、そのまま放置しておく訳にもいかない。仕方ない、と俺は親父の手元に目線を落とした。

  「よいしょ、よいしょ」どこか楽しそうにぺりぺりぺりりん、と包装を剥ぎ終えた親父。

  そこには、我々が普段見慣れている薄茶色の段ボール箱があった。側面にはみかんの名産地でお馴染みな某県のゆるキャラが笑顔で手を振るイラスト。なんというか、いかにも世間の母親が仕送りなんかで使っていそうな梱包である。わざわざ母親らしさを演出しているという事だろうか……正直薄気味悪さしか感じないが。

  べりべりとテープを剥がすと、親父は躊躇無く箱を開け、

  「……うん? 牛乳瓶……と、石鹸に……これは入浴剤かな?こっちは……なんだろ、白い粉みたいな……」

  ひょいひょいと中身を取り出しては床に並べ始めた。

  「ちょ、ちょっとオトン! 素手で触れて大丈夫なんか?」

  「何言ってるの、父さん達はナマで交尾までしたんだよ?」

  「そういう話か?」

  「それにほら、全然ヤバそうなモノには見えないよ」

  ツッコみつつ覗き込むと、確かに親父の前にあるそれらは、どう見てもそこらに売ってるような普通のお風呂グッズ。強いて言えばラベルに謎言語でいろいろ書かれているのと、こちらも謎の白い粉が気になるところではあるが。

  「風呂セットか……こんなんウチに幾らでもあるのに」

  「ママなりの気遣いかなぁ」

  「それやったら、米とか缶詰なんかの方が助かるよなぁ」

  「そうだなぁ……あ、でもママの世界の食べ物なんて食べたら体がどうなっちゃうかわからないよ?」

  「確かに……ん、なんか底にあるで」

  俺は箱の底を指さす。お風呂セットの下敷きになっていて気づかなかったが、底の方に1枚のペラ紙が隠れていた。

  親父はそれを手に取ると、じっと見つめる。

  どうやら、ちゃんと俺達が使っている言語で書かれた手紙のようだった。

  「えーと何々?『これらは適切に使えばとっても便利なアイテム達よ? 使い方は↓のコードをスマホのカメラで読み取って確認してね?』……だって」

  「コード?」

  言われてみれば、一箇所だけ明らかに機械的なバーコードっぽい箇所があるが……

  「スマホで読み取れ、て言われてもなぁ」俺は腕組みをする。

  「ねぇねぇハント、読み込んでみてよ」と気軽に言う親父。

  「えー、なんかやだなぁ……またスマホが壊れるんとちゃう? オトンので読み取りーや」

  「父さんはまだガラケーだから」

  「そういえばガラパゴス親父だった……」

  正直あまり気が進まない……が、怖いもの見たさでコードとやらを読み取ってみたい気もする。

  少しだけ迷ってから、俺はスマホのカメラを起動すると、手紙を画角内に収めた。

  すると、一瞬の読込み時間の後、画面に何かが表示される。

  「ええと、これは……各種物品の名称と、並びに使用例の解説書……て書かれてるな」

  どうやら説明書のようだ。。

  俺は画面に目を凝らして、それぞれのアイテムの名前と効果を読み上げ始めた。

  

  「まずこのタオルは『[[rb:淫転腰布 > バリリバタオル]]』。体のどこかに巻き付けると、一定時間タチネコを入れ替える。対象がリバの場合は効果が無い」

  「へぇ、パパには効果が無いみたいだね、残念だなぁ」

  「やかまし……こっちの石けんは『[[rb:淫穴石鹸 > エロマンソープ]]』。泡立てて肛門付近に塗布すると、ケツ穴がやわやわになり鎮痛作用も」

  「おお、凄く便利だ。ローションいらずって事かな?」

  「……こっちの入浴剤みたいなんは『[[rb:入淫欲剤 > バストロマン]]』。お湯に溶かして入浴すると、エロい気分になる。湯気には吸引すると、一時的に様々な罪悪感や抵抗感を薄弱にするる効果」

  「なるほど、これで自然にハッテンできるってわけだ」

  「この謎の白い粉は『[[rb:淫爆胸塩 > デカチチソルト]]』。身体に擦り込むと、該当部位が一時的に筋肉質になり肥大化する。特に胸部に効果大。尚乳首も肥大化し、乳腺から体液の分泌が可能になる。接種しても人体には無害……なんじゃこりゃ」

  「搾乳プレイかぁ~、男のロマンだね」

  「んなワケあるかい。最後……この牛乳瓶っぽいのは『[[rb:淫売牛乳 > メスイキミルク]]の原液』。接種した者の性欲を増強させ、勃起力を限界まで高める強壮剤。使用する際は必ず牛乳で十倍に希釈すること。原液のまま体内に取り込むと、不可逆的な後遺症が生じる場合がある」

  「わお、気をつけて使わないとね」

  「ふぅー……」

  一通り説明書きを読み終えると、俺はスマホをカウンターの上に置く。

  そうしてワクワクと目を輝かせる親父を無視して床に並んだ物品を段ボール箱の中に詰め直し「ええと、ちょっと行ってくるわ」ひょい、と箱を持ち上げた。

  「どこにだい?」

  「ゴミセンター。燃やしてもらう」

  「これを捨てるなんてとんでもない!」

  がばっ!と箱を奪い取る親父。

  「全部ゴミやんけ」

  「どこがゴミなもんか! どれも夢のあるアイテムじゃないか!」と段ボール箱を抱え、いやいやと首を振る親父。

  「それに、捨てちゃったりして母さんが怒ったらもっと大変な事になるよ」

  「それは……まぁそうか」

  仕方ない。コレの管理は親父に任せよう。

  それに、こうして土産とやらにかまけ続けていたら、いくら時間があっても足りない。

  「もうええわ、好きにしいや」

  「やたー! 好きにしちゃうよん」

  陽気に言うと、親父は段ボールをカウンター内の足元に隠すように置いた。まぁ、客の目に入る場所に段ボールなんて置いとく訳にもいかんしな。

  「っと」ふい、と時計を見上げる親父。

  「そろそろかな?」

  「そろそろ?」

  つられて時計を見上げる。時刻は十一時。開店するのは十三時なので、まだ二時間は余裕がある。

  

  その時だった。

  がらがら、と入り口のスライドドアが開く音が聞こえる。

  振り向くと――そこに、見慣れない人影。

  「あ、来た来た」

  「? 鍵閉めてなかったんか?」外には俺が『準備中』という札を立てかけていた筈だ。その時に施錠もしっかりしたはずなのだが、親父が勝手に鍵を開けてしまったのだろうか。

  「そりゃそうだよ、閉めちゃったらタガリ君が入れなくなるじゃん」

  「タガリ?」聞き慣れない人名に首を捻る俺。

  ごそごそ、と入り口の方で下駄箱に靴を入れる音がする。続いて、ぬっと大きな影が脱衣所のドアの前に立つと。

  「……お邪魔します」

  窮屈そうに脱衣所に入ってきたのは、頭にタオルを巻いた、背の高い虎人だった。

  目を隠すように伸ばした前髪の隙間から、じろり、とこちらを覗き込む碧い瞳に気圧される。

  「紹介するよ。 タガリ君、お風呂の清掃業者さんだ」

  「……っす」

  ぺこり、と小さく頭を下げる虎人。つられて俺も「ど、どうも」と頭を下げた。

  「……世話になってます[[rb:。弐 > に]][[rb:追 > おい]] [[rb:田 > た]][[rb:刈 > がり]]です」

  「はぁ……あ、[[rb:後 > ご]][[rb:藤 > とう]] [[rb:帆 > はん]][[rb:渡 > と]]です」

  簡単な自己紹介を返すと、虎人は俺の顔を見つめ、

  「……似てませんね」と今度は親父の方を見やる。

  「ははは、母さん似なのかな」

  「似てたまるか!」思わずツッコむ俺。

  そんな俺らの掛け合いに興味が無さそうに、タガリさんは俺の頭越しに大浴場の方を眺めると、

  「……それじゃ、早速始めますね」

  「ああ、いつも通りよろしくね~」

  親父が道を譲るように横に退くと、その横をのしのし、と虎人が通り過ぎて行った。

  その背中を、俺はまじまじと見つめる。

  

  年齢は俺より大分上そうだ、恐らく三十七、八といった所だろうか。やたらと猫背気味だが、先ほどそうしていたように、ぐっと背を伸ばせば身長は俺より頭一つ分高い。また、鍛えているのか仕事柄なのか、こうして眺めているだけでその全身が良く鍛えられているのがわかる。特にあの広い背中、ズボンの上からでも判るパンパンの太股に裾から覗く大きな足。親父が飛びかかってもびくともしなさそうだ。薄灰色の作業着を身に纏い、頭にタオルを巻く姿はどこか土方や塗装業の兄ちゃんみたいな雰囲気があった。顔つきも精悍で男臭く、いかにもゲイにモテます!という雰囲気。

  しかし、それにしてもなんというか、陰気くさいというか無愛想というか……どこかのシェパードを思い起こさせる。

  ぼんやりと眺める俺の視線に気づいたか、

  「……あの」と、不思議そうに虎人が首を捻った。

  「あ、すいません」

  「どーしたハント~、男前だから見とれちゃったかい?」

  いつの間にか隣に立っていた親父が茶化すように言う。

  「み、見とれてへんわ!」

  「まーまー恥ずかしがるな我が子よ」ばんばんと背中を叩かれる。げほ、と思わずむせる俺の耳元に、親父が小声で「タガリ君はこっちの人だからね」と、ぼそりと囁いた。

  「は……はぁ?」思わず変な声で返してしまう。

  「……大丈夫ですか?」[[rb:胡 > う]][[rb:乱 > ろん]]な目でこちらを見る虎人。

  「だ、大丈夫です大丈夫です……ちょっと親父」

  俺は背を向けると、左手で親父の肩を抱き、声を潜めて

  「……どういう事?」

  「どういう事って、タガリ君は清掃の」

  「じゃなくて。こっちの人って」

  「ああ。ほら、問題なく結界の中に入ってきてるでしょ?」

  「あー……なるほど……そういう判別方法ね」

  ひそひそと話す俺達の横を、タガリさんはするりと横切り玄関へ。

  太い虎縞の尻尾が、存在を主張するようにゆらゆら揺れているのが見えた。

  「彼とはね、ちょっといろいろ」ニヤリとする親父。

  「いろいろって?」

  「まぁそこはおいおい」

  「おいおいって」

  「そのうち判るよ。そのうち」

  含み笑いをした親父がそう返したのと同時に、革で出来た鞄を手に再びタガリさんが脱衣所へ戻ってくる。

  何が判るのか追求したかったが、いつまでもこうしてコソコソしていては、流石にタガリさんに不審に思われるだろう。俺は渋々親父を解放する。

  「と言うわけで、ハントはタガリ君の作業を手伝ってあげて」ふー、と背中を伸ばしつつ、その場の空気を切り替えるように、朗らかに親父は言った。

  「手伝う?」

  きょとん、と親父の顔を見つめ返す。

  「そりゃそうだよ、三助ったってお風呂の掃除くらい出来ないと」

  「あ、いやそうだけど……」

  「……あ、その、俺一人で大丈夫っすよ」

  俺の顔を見ながら言うタガリさん。そりゃそうだ、業者の人間からしたら、素人が混ざったところで効率なんて変わらないだろうし。というかむしろ悪くなるだけだろう。

  「いーや。これからは今まで以上に風呂の汚れが増えるだろうし、ハントも手伝えるようになった方が絶対にいいと父さんはおもうなぁ」

  「……汚れ?」不思議そうに返す虎人。[[rb:訝 > いぶか]]しげなその視線に刺され、俺はあせあせと言い訳をするように「あ、その、えっと……とと、とにかくその、よろしくお願いします! 俺は今日から、三助としてここで働くので、えーっと、タガリさんの手伝いも仕事の内っていうか」とまくし立て、ははは、と頬をかりかりと掻いた。

  流石に『ここは今日からハッテン銭湯になるから毎日ザーメンとかヘタすりゃ小便やら謎の液体やらで汚れまくる可能性がある』とは言えない。

  「今日からここはハッテン銭湯になるんだよね~。だからみんなが出した色んな液体でビッチャビチャになると思う!」

  「おいバカ何言ってんだ」

  思わず左手でボディブローを叩き込みそうになったが、意外にも虎人は驚くわけでもなく「……そっすか」とだけ返す。

  「あ、あれ?」俺はてっきり『気でも狂ったんですか今日で辞めますお疲れ様でした』と回れ右される、とばかり想像していたので、そのあっさりとした反応に面食らってしまう。

  「……ハッテン、銭湯……」

  小さく小さく呟いたタガリさんの声。それまで無表情だった虎人の口角が、微かに上がったような気がした。

  

  「さぁさぁ、そろそろ作業に取りかからないと、時間が無くなるんじゃない?」

  奇妙な空気を打ち消すように、親父がパン、と手を叩く。

  はっと我に返った俺は「お、おう」と返事をすると、いそいそと脱衣所の端にある小さな倉庫へ向かった。確か、中には掃除道具が一式入っていたはずだ。

  デッキブラシを手に取ると、俺はくるりと振り向き。

  「それじゃタガリさん、早速……タガリさん? どうして脱ぎ始めたんですか?」

  「……え?」

  いつの間にか上着を脱いでいたタガリさんが、こちらを向いたままずるりとズボンを下ろす姿が目に入った。

  尻尾を逃がすために尻の部分に穴が開いたズボンは、腰裏にあるベルトのバックルを外すとストンと脱げる造りになっている。おかげで、俺がそう問いかけ終わる頃には、虎人の穿いた水色のボクサーパンツと、その前で存在感を放つでっぷりとした膨らみが露わになっていた。

  硬直する俺の前で、更にタガリさんは巻いていたタオルを外すと、インナーに着ていたシャツをもぞもぞと脱ぎ始める。

  「タガリ君には、掃除をした後そのまま一番風呂に入ってもらってるんだ。ほら、風呂掃除なんてしたら全身びしょびしょになっちゃうでしょ? だからついでに全身もキレイキレイしてもらってるんだよね」

  物言わぬタガリさんに代わって親父が説明する。シャツを脱ぎ終えてパンツ一枚になったタガリさんも「……っす」と肯定するように短く頷いた。

  「だから、わかるよね?」何故か嬉しそうにつんつん、と俺の脇腹をつっつく親父。

  「な、なにが」

  「当然、ハントも脱ぐんだよ~」

  「なっ、なんで俺も⁉」

  「タガリ君だけ裸にして申し訳ないと思わないのかい?」

  「もも、申し訳ないとかの問題か⁉……し、しゃーないな」

  確かに、教えてもらう立場の俺だけ服を着たまま、というのも偉ぶっているようでばつが悪い。それに、服がびしょ濡れになるのも嫌だし……仕方なく、俺は虎人の左隣にあるロッカーを開けると、着ていた上着を脱ぐ。

  タガリさんの半裸を見てしまい、正直ちょっとだけムラムラしてしまった俺は、成長過程にある息子に必死に鎮まるよう念じながら、のったりのったり時間をかけてシャツとズボンを脱いだ。

  色気のない黒のロングボクサーパンツに、タガリさんのには遠く及ばない平均サイズの膨らみが物寂しいが――とにかくパンイチになると、よし、とロッカーを閉める。

  「それじゃタガぇえええええええ⁉」

  「……ん」

  右を向くと、そこには全裸になった虎が、モロ出しなのを隠そうともせず、堂々と仁王立ちしていた。

  不思議そうにこちらを見る顔、胸に生えたぼさぼさの被毛。毛皮越しにでもはっきりと割れている腹筋に、剛毛に覆われた鼠径部。

  無意識に目線を下ろすと、股間からぞろりと伸びる仮性包茎のご立派な逸物。八割方包皮に包まれた先端からは、苦しそうに赤茶色の亀頭が顔を覗かせていた。

  被毛に包まれた睾丸がその後ろに、これまた存在感たっぷりにぶら下がっている。

  「ぜぜぜぜぜ全裸⁉」思わず絶叫する俺。

  「え? タガリ君は毎回全裸でお風呂を洗ってるよ?」

  「……どうせ全身濡れるんで」一切の恥というものを知らない部族のご出身でもあるのだろうか、まるで何か問題が?とでも言うように真顔で続けるタガリさん。

  「いや、そういう問題⁉」ツッコみながらも、虎人が動く度にぷりん、と揺れる股間から目が離せない。

  「それに、ここに居るのは我々三人だけだから。ほら、何の気兼ねもないでしょ?」親父は平然と言ってのける。

  気兼ねあるあるや! 俺の目に毒やこれは!

  「や、その、えーと……」

  目のやり場を無くし、とりあえず天井を向くと、必死に股間の膨張を我慢する。

  「……あの、早く行きたいんすけど」と、凪いだ海面のような目をしている虎人。そのちんぽがエロ過ぎて困るんですが。

  「わがままを言うんじゃないよーハント、郷に入ればうにゃららか、って言うじゃん」

  「なっ! じゃあオトンも脱げや! 郷に入っとるやろ!」

  「えっ⁉ 風呂掃除しないのに脱いで良いの⁉」

  「……いや、余計目に悪いからええわ……」

  そうして左右からじーっと圧をかけられた俺は、謎の敗北感を感じながら、もそもそとパンツを脱ぐのであった。

  しん、と静まりかえった大浴場に、がしがしとデッキブラシで床を擦る音が響く。

  地面だけを眺めながら、俺は一心不乱に手を動かしていた。

  「……そこ、そんなに汚れてないんで」

  「ああっ、すいません!」

  背後から声をかけられ、慌てて別の汚れた場所を探そうとする。しかし、床や壁、天井に至るまで多少の老朽化は感じられるものの、ざっと見てさしたる汚れは見当たらない。

  タガリさんが日頃から丹念に清掃している賜物なのだろう。

  「……大丈夫す、排水口周りなんかの汚れやすい箇所だけ重点的に清掃した後薬剤を蒔いとけば、他は普段俺一人でやってるだけである程度キープできてるんで」

  浴槽の中を清掃していた虎人が、立ち上がってこちらを見る。その目はどこか達観していて、足手まといの俺を疎ましく思っているような感じはしなかった。何を考えているか捕らえがたい、不思議な目をしていた。

  「そ、そうですかぁ……タガリさん凄いんすね」

  何故か気恥ずかしくなり、俺は慌てて目を逸らす。まぁ相手が全裸なので、致し方ないだろう。

  「……何がすか」

  「いや、一人でこんな広い風呂を清掃するなんて」と言って俺はぐるりと辺りを見渡した。

  大浴場の入り口から入って正面右手に大きな浴槽、左右の壁面にはカランとシャワーヘッドが並んでいる。中程にジェットバスや小さな水風呂、更に進むと左手にスチームサウナ、回れ右をすると電気風呂、突き当たりの奥まった場所にラドン湯の浴槽。少し戻ってジェットバスの向かいには二階へ続くタイル張りの階段があり、登り切ると目の前に浅めの全身ジェットバス、右に数歩歩くと露天風呂へ続くガラス扉がある。露天風呂は大人が四人入ればいっぱいになる程度の広さしかないが、それでも掃除するとなると一苦労だろう。

  さらにさらに、俺が立っている場所の真後ろにはまた別の階段があり、登り切ると右手にサウナ、奥へ進むと休憩所。

  間取りとしてはざっとこんな感じだが、要は家一軒すっぽり収まるくらいの広さがある、という訳だ。

  「……そうでもないすよ。スパ銭なんかに行ったらここの三倍くらい広さがあるんで流石にきついっすけど、これくらいなら大したことないす」

  虎人は涼しい顔で言うが、ウチの規模の銭湯を一人で清掃するなんて、想像するだけで目眩がする。こんな事を長期間続けているのだから、そりゃあんなガタイになるよな、と縞模様の背中を横目に感心する俺。

  「……慣れれば、一カ所辺り十五分もあれば終わりますし。むしろこの広さを清掃するだけで、毎回相場以上に給料を払って下さってて、バンダイさんには頭が上がりやせん」

  「へー、そんなもんなんすねぇ」日頃『男万代、一城の主として恥じるような生き方はしていないよ』とヘラヘラ笑っている親父の顔が思い浮かぶ。

  俺に取ってはどうしようもないちゃらんぽらんな助平親父なのだが、存外関わっている人には慕われているようだ。

  「あ、じゃあ次は何したら良いですかね」

  「……そっすね、カランの拭き取りでもしましょうか」

  よいしょ、と浴槽を乗り越えて出てくるタガリさん。その拍子に全身の筋肉が躍動し、逸物がぶるんと存在を主張するのが嫌でも目に入ってしまう。

  ペタペタ、とタイルの上を肉球が吸い付く音を立てて見惚れていた俺の前に立つ無表情の虎人。俺がその場を動かなかったせいで、目の前で鉢合わせるような格好になる。

  「……あと、俺には敬語使わなくて良いっすよ」

  しかし、威圧感の割には遠慮がちな声色のタガリさん。

  「え、いやでも、タガリさん年上すよね?」

  「……まぁそうすけど」

  「一応聞いときたいんですけど、お幾つなんですか?」と訊くと、虎人は小さく「……三十六っす」と応えた。

  「じゃあ今まで通り敬語で話させてください」

  つい先日まで接客業をしていたのである、親父に対しては慣れた口調で話してしまうが、他人に対してはこうやって敬語で話す方が馴染んでいる。強いて言えば、[[rb:後 > こう]][[rb:輩 > はい]]の熊人にはタメ口で話すくらいで、普段の俺は腰の低い男なのだ。

  「……っす」

  掠れた声返すタガリさん。顔の上半分を長く伸ばした前髪で覆っているので表情の機微は窺えないが、こちらを向いてちらりと覗く瞳には、変わらず誠実そうな光が宿っていた。

  「……やっぱり、バンダイさんに似てないっすね」

  タガリさんは俺の顔をじ、と見つめる。

  「ははは、オトンに似てるって言われたら落ち込みますよ」と冗談めかして言うと、脱衣所の方からへくしっ! という大きなくしゃみが聞こえた。

  「……でも」

  不意に、タガリさんが身をかがめ、俺の首筋の辺りに顔を寄せ、くんくんと鼻を離す。

  「わ、わっ」

  突然匂いを嗅がれ、思わず仰け反る俺。

  「……匂いは、よく似てるっす」

  「匂い⁉」ぞぞぞ、と怖気が走る。たとえ目に見えない部分とは言え、親父に似ている部分があるなんて嫌すぎる。

  ――まさか加齢臭がするとかそういう話じゃないよな⁉

  「……なんか、枯れた干し草みたいな。安心する匂い」

  すぅー、と耳元で息を吸う音。違うっぽい。

  「あ、あの」と声をかけるが、聞こえていないのか、タガリさんは俺の匂いを夢中で嗅ぐのをやめようとはしなかった。

  その時、俺の下腹部に違和感――何かが微かに触れる感覚と、淡い熱の感覚。

  つ、と視線を下ろすと……タガリさんの逸物が、俺のチンポの先っちょに思い切りキスしていた。

  ――に、匂いを嗅いで勃起しかけてる⁉

  「た、タガリさん?」もう一度声かけするが、反応がない。その代わり、下半身に感じる圧が一回り強くなったような気がする。影になって見えづらいが、タガリさんのただでさえ前向きな砲身が、ぐぐっと持ち上がっているように見えた。

  「……あ、すいやせん」

  硬直していると、我に返った虎人はすっと身体を剥がした。タガリさんは俺達の股間が密着していた事に気づいていなかったようで、特に下の方を気にする様子も無かった。

  「……俺、他人の匂いとか好きで、つい嗅ぎ始めると止まらなくなっちまって……」

  「はは、さ、さいですか」

  これ以上密着されると、俺も色々危なかった。頭をクールダウンさせようと、俺は浅く呼吸を繰り返しつつ、脱衣所で準備をしている親父のことを考える。いつもならあの阿呆面を思い出せば興奮がすっと収まるのに、「匂いが似ている」と言われたせいか、逆に意識してしまって冷静になれない。

  「……すいません、この癖のせいでよく気味悪がられてて」

  「気味悪いだなんて、そんな」

  確かに――ちょっと特殊かもしれないが、だからといって忌避する程でもないだろう。なんなら親父だってしょっちゅう俺にくっついてきては耳の裏にマズルを突っ込んで『息子の香ばしい体臭~』と悦に浸っている。

  俺にはそのテの癖は無いが……俗に言う、匂いフェチというヤツなのだろうか、この虎人は。

  ともかく、俺はこの空気を取り繕うように小さく咳をした。

  「ごほん……俺は、タガリさんの事、むしろすげーなって尊敬してますし。ほら、仕事が出来てガタイも良いし顔も渋いし、チンポもでかくて羨ましいな~なんて」と冗談めかした言い回しをしてみるが、虎人は微笑みすらしなかった。

  「……そんないいもんじゃないす」

  励まし方を間違えただろうか。タガリさんはふっと表情を暗くすると、そのまま押し黙ってしまう。

  少しの間沈黙があったあと「……俺、一度気になる匂いを見つけると頭が回らなくなるっつうか、手が止まっちまうんすよ」と目を伏せてタガリさんは言った。

  「へぇ……?」

  よくわからないが、極度の匂いフェチすぎて頭がいっぱいいっぱいになってしまう、という事なのだろうか。

  「……だから、一人で仕事してないと、すぐ周りに迷惑かけちまって。自分でも直さねぇと、と思ってるんですが」

  そう続けながら、タガリさんはおもむろに足元に置いてあったバケツの中から小さなブラシを二つ取り出すと、こちらに向かって片方差し出す。

  「――ま、とにかく、作業の続きに戻りやしょう」

  「はぁ」と左手でそれを受け取ると、俺達は壁側へ少しだけ歩いてしゃがみ込み、ずらりと並んだカランの清掃を始めた。

  浴場の入り口付近……つまり一番左端から右方向へ。俺がタガリさんの左隣になるかたちだ。

  「だから最初俺と作業するのを断ったんですね」

  俺は虎人の真似をするように、壁面と蛇口の根っこの境目を見様見真似で擦り始める。

  「……へい。前は工場で自動車の組み立てなんてやってたんですけど、オイルの種類によっては俺の……その、なんつうか、苦手? 好き? よくわかんねぇんすけど、そういう匂いがあって。それを嗅ぐと仕事にならなくなっちまって」

  見事な手さばきで蛇口周りを擦り終わると、タガリさんはシャワーを手に取り汚れを洗い流す。

  「……もっと前にやってた仕事は、もうちょいシンプルで俺に合ってたんすけどね」

  「へぇ、どんな仕事ですか?」

  「……ヤクザす」

  「へ?」思わず虎人の顔を見る。

  「……なんて、冗談すよ」

  ちら、と前髪の隙間からこちらを見ると、タガリさんは下手な笑顔を浮かべた。

  「じょ、冗談……ですよねぇ~」

  「……冗談す、冗談」

  まるで冗談に見えない表情で、タガリさんは手を止めずに繰り返す。

  ――何を考えてるか全然わからへんな、この人……。

  「ま、まあ……ともかく、いろいろ苦労してるんですね」

  冷や汗を拭いつつシャワーで蛇口周りを洗い流すと、バケツの縁にかけてあったタオルを手に取り水滴の散った鏡を拭き上げる。キュッキュッ、という小気味の良い音とともに、薄ら残っていた水垢が綺麗さっぱり消え去った。おぉ、しんどいけど結構達成感あるなコレ。

  「……でも、ハントさんもその、大変だったって聞きましたよ、バンダイさんから」

  「うっ! そ、そっすね……派遣切りされちゃって、はは」

  ――そういうの、普通は他人に言わへんねんぞ、親父……。

  「……三助、始めるんすよね」

  この虎人は、三助がなんたるかを知っているようだった。

  「あーそうっすね、どうすればいいかよくわかってないんすけどねぇ」

  「……凄いっす、俺はこんな性格だから、人と触れ合うなんてとても」

  「触れ合うだなんて、背中を流すだけですよ」

  二つ隣に移動したタガリさんにくっつくように俺も移動する。勢いがつきすぎたのか、俺の右肩が虎人の左肩に軽く触れる。この男前に背中を流されたりしたら、俺だったら多分興奮して立てなくなっちゃいそうだな。勃っちゃって。

  「……でも、時には気難しい客も来るかもしれねぇ。対人の仕事やってた経験が活きるんじゃないすかね」

  「そう……なのかなぁ、まだやってないからなんとも……」

  「……気をつけて下さいね、俺みたいな変なヤツに当たったらトラブルになるかも」

  手元を見つめたまま、タガリさんは自重するように言った。

  「ええ? タガリさんが変な人だなんて、むしろめちゃくちゃ真人間! って感じで、話してて落ち着きますけど」

  ははは、と笑いながら返答すると、それを聞いた虎人の手がピタリ、と止る。

  「……初めて言われたっす、真人間って」

  その声は、静かだが微かな驚きを含んでいた。

  「? そうですか?」

  はい、と小さく返すタガリさん。なんとなく気になって、鏡越しにその顔を覗き込むと、少し紅くなっているような気がした。そんな俺の目線に虎人も気づいたのだろうか、鏡越しに視線が交差する。

  「あ、すいません、なんかジロジロ見つめちゃって」

  気恥ずかしくなった俺は、目線を手元に戻した。

  「……いえ、むしろこんなナリしてるんで、普通はみんな目を逸らします。見られるのはその、あんまり慣れてなくて」

  蛇口を拭き終えたタガリさんが、再び二つ右隣へ移動する。俺もそれについていく。

  「そーっすか? むしろ風呂屋なんかに行ったら、みんなタガリさんをジロジロ見るんじゃないんすか?」

  「……はは、確かに風呂屋では目線を感じるかもすね」

  右を向くと、手を止めずにこちらに牙を見せて笑うタガリさん。不意の表情に、思わずときめきそうになる。

  陰気な雰囲気がある人だけど、別に根暗というわけではないようだ。ちゃんと笑うときは笑えるんだな……。

  これは気をつけやんと、俺が変な気を起こしてまうかも。

  「……ところで、その、ハントさん」

  不意に真面目な顔に戻ると、虎人は少し言いづらそうに、

  「……あの、あと少しだけ、距離取ってもらっていいすか」

  「え? あ、邪魔でした?」

  「……あ、邪魔じゃねぇんすけど、その……」

  奥歯に物が挟まったような物言いに俺が首を捻っていると、

  「……ち、近いとその、匂いが」と虎人は[[rb:口 > くち]][[rb:籠 > ご]]もった。

  「え、あ、あぁ~……じゃあ俺、反対側の列やりますよ」

  確かに、先ほどよりは距離があるとはいえ、こうして座り作業をしていると、その分感じる匂いも強まるのだろう。

  そういえば作業に熱中する余り、俺は少し汗ばんでいた。

  「……すんません、シャワーヘッド拭くときに腋がその、へぇ……」そこまで言って口をつぐんでしまうタガリさん。

  「あ、そういえば昨日風呂入ってないや、すいません」

  へへ、と俺は照れ笑う。

  この虎人、初対面の印象より饒舌になった印象を受けていたが、やはり根は相当シャイなのだろう。十も年が離れているのに、なんか可愛らしいな。

  よ、と立ち上がると、俺はくるりと振り向――こうとして。

  つるっ、と足裏の肉球が滑り、体制を崩す。

  「あわわわっ!」

  慌てて近くの掴めそうな物へ手を伸ばし。

  ――不幸にも。

  俺は無意識に右手を出していて、その掴めそうな物というのが、タガリさんの左肩だった。

  

  「あ」

  がしっ、と分厚い肩口に手をついた瞬間。

  右手の甲が急激に熱を帯び、同時に右手の平から何かが放出されるような、奇妙な感覚が右腕を貫いた。

  「や、やべっ……!」

  脳裏に「その右手で触れられると、相手は無条件かつ強制的に発情し、更には秘めたる願望も発現させる」というザキさんの言葉がよぎる。

  まずい、その言葉が本当なら、これは能力が発動してしまった、という事なのか……?

  背筋を冷ややかな感覚が這い回った。

  「……っぐ」

  硬直する俺の前で、タガリさんが唸る。

  当然、片膝をついてしゃがみ込んでいた屈強な虎人の肉体は、俺如きの体重を受けてもびくともしない。しかし、微動だにしないまま、タガリさんは目を閉じていて――

  「……ふう……」

  開いたその碧いはずの瞳孔が、赤紫色に変色していた。

  それを目の当たりにした瞬間、俺は自らの過ちを後悔し、瞬時に脳内でレッドシグナルが鳴り響く。

  「あ、その、すいません、俺……」

  慌ててタガリさんの肩から右手を引き剥がすと、俺は一歩、二歩と後ずさる。

  ザキさんの『アナタの意思でオンオフする事はできないわ』という台詞の通りであるなら……。

  さーっと血の気が引いていく。

  

  やばい。

  激烈にやばい。

  タガリさんの本性がまだ判っていない。

  もしもこのヒトが、暴力性を持っていたらどうなるか――油の切れた機械のように、ぎぎぎ、とぎこちなく視線を動かす俺。その先に、俺など簡単に一ひねりに出来そうな虎人の筋肉質で鍛え上げられた、雄の身体があった。

  スローモーションになる視界の中で、タガリさんがじろり、とこちらを見上げる。

  俺が防御態勢に入る間もなく、虎人の身体が即座に躍動し、続いて俺の腹部に衝撃が走った。

  「どわっ!」

  ひ弱な犬人の身体は当然それに耐えられず、数歩よろめくと、びしゃり、という濡れた音と共に、風呂椅子の上に叩き付けられるように座り込む。巻き込まれる形になった尻尾が悲鳴を上げる。

  「あづっ! た、タガリさん!」

  「ぐるるる……」獣人ってそんな音出せるん⁉ とビビるくらいの音量で喉を鳴らす虎。

  両腕を後ろについて、足をかっぴらいて。そんな情けない態勢になる俺に、肉食獣は四つん這いになったまま、ひたり、とにじり寄る。

  視界に入るのは、大浴場の天井と、目を紅くそめるタガリさんの顔と、萎え散らかした俺の粗末な逸物。

  し、死ぬ……殺される……!

  「お、オトン! オトンー!」

  俺は咄嗟に叫んだ。まだ脱衣所に親父が居るはずだ。

  慌てて振り返るが、ガラス戸の向こうに親父の姿はない。トイレにでも行っているのだろうか、畜生! 役立たず!

  コレが今際の際ってヤツなんか、お終いだ――俺は目を瞑り、歯を食いしばって遅い来るであろう激痛に備えた。が。

  「――くっ、はぁ……」

  「……へ?」

  そろそろと目を開くと……そこに居たのは、へたり込んだ俺のちんぽに鼻先をあてがい、深呼吸をする虎人だった。

  「……ふぅ……はぁ、くっせ……」

  マタタビを嗅がされた猫のように、ただただ一心不乱に息を吸っては吐き、息を吸っては吐き。

  高く突き上げた尻の上で尻尾がふらふらと揺れ、つい先ほどまで戦々恐々としていた俺を笑っているかのようだった。

  「……くぁあ、すっげぇ……たまんねェ……蒸れチンポの匂い……」

  [uploadedimage:24157896]

  「む、蒸れッ⁉」

  その発現に、かーっと顔が熱くなる。

  た、確かに昨日は疲れたから風呂入らんと寝たけど!

  そんな言われる程臭いか?

  「あ、ああぁ……もっともっと、もっと……」

  シャイで無愛想だが常識人で、男らしくて――そんなタガリさんが、大きな虎鼻をヒクつかせながら、俺の逸物の匂いを堪能している。その様子は、どこか[[rb:淫 > いん]][[rb:靡 > び]]で扇情的だった。

  「勃たせてくれよ、なぁ……ハントさん……」

  目を見開くと、野性的な表情でこちらを挑発する虎人。

  「ッ――!」

  その時、俺の目に映ったのは、四つん這いになったタガリさんの胸元から覗く、赤黒く充血し、屹立して床を打つ虎の逸物だった。萎えていた時は半ばまで皮を被っていた亀頭が完全に露出し、ぱっくりと避けた鈴口がこちらを睨んでいる。

  次に俺が感じたのは、鼻をつく強烈な臭気。小便と[[rb:滓 > かす]]の混じった芳醇な匂いは、紛れもなく目の前の虎の下腹部から漂い、大浴場に漂う薄いカルキの匂いをあっと今に上書きし、俺の脳を強烈に揺さぶっていた。

  間違いなく、俺の物なんかより強烈に匂い立つそれを視覚と嗅覚で感じた瞬間、頭と胸がかっと熱くなり、情欲が畏れを塗りつぶしていく。

  そして――今まで俺自身も見たこともない程の早さで、俺の息子に血が通い、物の数秒でガチガチに勃起してしまう。

  「うおっ、くっ……」

  今日出会ったばかりの相手に、こんなものを見せつけてしまった……。しかも相手はタガリさんだ。

  羞恥心で、身体頭も動かなくなる。

  「……うへ、凄ぇ……ハントさんのチンポ……」

  しかしそんな俺の動揺などどこ吹く風と言うように、虎人はより深く身体を沈めると、俺の睾丸と逸物の境目へ鼻先を突っ込み、そこからつつつ、と裏筋を焦らすようにゆっくり顔を上げ始める。

  「う、うおおおっ」ぞくぞくぞくぞく、と微かな快感が背中を突き抜けた。

  目の前で、俺のチンポの先端からどろり透明な汁が零れ、裏筋側へ流れる。途端、ゆらゆら揺れていたタガリさんの尻尾や広い背中の毛がざわっと立ち上がり、

  「……おっ、おおっ、くぅ……!」

  歓声とも嬌声とも取れる声が、下腹部の方から上がった。

  「あぁあ、すっげぇウメぇ……」

  ネコ科のザラつく舌で容赦なくぺろり、と舐め上げられ、「ひんっ!」と甲高い声で悲鳴を上げてしまう。

  もっともっと、と催促するように鼻先で裏筋を挑発するタガリさん。触れるか触れないかのソフトタッチで繰り返し攻め上げられ、抜けていたはずの腰が勝手にガクガクと震える。

  「うっ、タガリさん、凄ッ」無意識にそんな言葉が口から漏れ、再び透明な――いや、今度は少し白濁を帯びた液が、俺の亀頭をしとどに濡らした。今回は俺の腹側へ零れ、それを追いかけるように虎人は上半身を持ち上げると、鈴口に鼻を近づけ、くんくんと臭気を堪能しはじめる。

  「ふうう、はぁ……」と発情するタガリさんは、ゆっくりと鋭い牙の並ぶ口を開くと、長大な舌をだらり、と伸ばし。

  「――ぐうっ、うううっ!」その先端を、勃起しても半分被ったままの俺の包皮と肉頭の隙間に器用に差し込み、無理矢理押し広げるようにずり、と動かした。

  強烈な快感にびくびくと波打つ下っ腹の向こうに、虎人のそれとは違って、まだ経験不足で使い込まれていない桜色の亀頭が無理くり晒される。

  さらに舌が動き、包皮をゆっくりと押し下げ……ついに、うっすらと滓のこびりつく雁首が露わになった。

  「……くおぉっ……!」

  鼻を近づけた虎人が、唐突に声を上げる。

  「……臭ェっ、すげ、すっげぇ……バンダイさんのと同じチンカスとションベンの匂い、ぶっ飛んじまそうす……」

  「え……えっ?」

  唐突に耳を突き抜けたワード。

  ――なんでここでオトン?

  「ぐっ、ふぅ……」

  よく目をこらすと、所々白いものでまだらになっている俺の亀頭をうっとりと嗅ぎながら、自身の逸物をぐちゅぐちゅと擦り上げているタガリさん。

  二人のチンポの蒸れた匂いが再び俺の鼻をつき、少しだけ冷静になりかけた脳が麻痺しそうになる。

  その時だった。

  「おうおう、楽しんでるね~」

  

  背後から、愉しそうな声。

  振り向くと、いつの間に戻っていたのだろうか、そこにはガラス越しにこちらに手を振る親父の姿があった。

  「お、オトン⁉」

  「判っただろ~、ハント~」マズルの前で両手を丸く合わせ、メガホンのようにして親父は「タガリく~ん。匂い好きすぎてちょっと色々ヤバいんだよね~」と呑気に言った。

  「だっ! そんな事っ、ちょ、ちょっ、タガリさんっ」何とか親父に助けを求めようとするが、下半身に微弱な電流を流されているかのようにじりじりとした快感が継続して走り続け、全身が戦慄いてしまい上手く会話が出来ない。

  「父さんはここで見てるから~」

  「く、クソぉ……! し、シバくぞ……!」

  ――こうして、冒頭に続く訳である。

  [newpage]

  「おーい、タガリくーん。そろそろ解放したげてよ~。ハントが泣いちゃうよ~」

  からからとドアをスライドさせると、デブい犬人は手をメガホンにしたまま声をかける。しかし虎は一向に俺の下半身を手放そうとしない。

  「な、泣かへんわッ! てか全然話がでけへんねんっ……くっ、と、とにかく引き剥がして、オトン、オトン~!」人生でここまで親父を求めた事など一度も無かっただろう。しかし、今の俺に取って唯一頼れるのは、この頭のイカれたバカだけだ。

  「……おかしいな、いつもならそこまでおかしくならないんだけど……あーなるほど、右手で触っちゃったって言ってたね。へぇー、こうなるんだね」

  流石に異常性に気づいたのだろうか、親父がぴちゃぴちゃと足音を立てながらこちらに近づいてきて――

  「あっ! ちょ、ちょっと、バカ、見たらあ、あかん!」

  抵抗虚しく、俺のチンポと、それにメロメロになっているタガリさんの顔をひょいっと覗き込まれる。

  羞恥心で顔が燃え上がりそうだ。

  「おー、育ってるねぇハント。可愛いちんちんじゃないか」

  「うっさいわ! これが平均サイズじゃ!」クソっ、中学生の時以来親父には一度もちんぽを見せてこなかったのに!

  「んーふーふー」状況を楽しむように半笑いで少し考え込むと「ちょっと待ってね」親父は身を翻した。

  「あっ、ちょっ、オトン! 行かんといてくれぇ‼」

  必死に叫び、手を伸ばすが――力が入らず、なぜかウキウキと脱衣所へ姿を消す親父の背中を眺めることしか出来ない。

  「……ほら、もっと臭ェ汁出して下せぇよ……」

  ぞりぞりぞりっ、と舌で舐め上げられる。

  「ひっ、ひぃいっ」

  悲しいかな、身体は正直というやつか。

  こんなに逃げ出したいのに、快楽に陥落したのか指一本まともに動かせない。

  というか、右手のこの力はいつ解けるんだよっ、マジで洒落にならん――!

  思わず仰け反っていると。

  「おーい、戻ったぞ~」

  「お、オト……オトン?」

  ぺたぺた、という足音と共に戻ってきたのは――何故か全裸になった親父だった。

  笑顔で暢気に手を振ってなどいるが、そのお花畑感ある陽気な近所のおじさん的な空気感とは正反対に、ぶらんぶらん、と邪悪さすら感じる凶悪なサイズのちんぽが出っ張った腹の下で揺れている。準備周到なことに、すでに半分程勃っているようで、タガリさんのを更に一回り赤黒くしたような、グロテスクな色に変容していた。

  そう。これが親父の……常人の二倍はありそうな、まさしく『大砲』である。

  男なら誰もが憧れ、崇拝する程のでかさ。

  それに負けじと、ザーメンタンクという言葉がぴったりな程に肥大化した玉袋。

  コレが、俺のコンプレックスの原因でもある、親父のバカでかいちんぽだった。

  ……俺は幼少期、この親父のチンポに憧れていて『いつかは俺もこのサイズになるんだ』と理由も無く確信していたのだ。しかし、悲しいかな……こうはなれなかった。

  幼き日の俺よ、許してくれ……誰かさんが初期ステを変なトコに注ぎ込んじまったせいで……。

  執拗に下半身を攻め上げられ、気絶しそうになりながらそんな事を思い返していると。

  「おーい、タガリくん」

  「……あ?」ふ、と虎人が俺の下半身から顔を上げる。

  「ほら、こっちのみーずはあーまいぞ~」

  俺の横に立ち、腰を振ってみせる親父。振り回された仮性包茎チンポが、べちんべちんと俺の横っ面にあたる。

  わざとやっとるやろコイツ。

  「……?」

  瞬間、タガリさんが目をかっと見開いた。

  同時に、俺の真横からとんでもない匂いが――俺とタガリさんの匂いを足しても到底勝てないほどの、尋常ならざる強烈な匂いが漂う。

  「うおっ、くっせぇ⁉」

  「はは、三日間風呂に入ってないんだ」

  「死ね! バカ!」

  今すぐ包丁か何かで叩っ切ってやりたいが、

  「……ぐぅう、チンポ……バンダイさんのチンポ……」

  その激臭漂うチンポがよっぽど美味そうに見えたのだろう、虎人はがばっと上半身をもたげると、一目散に親父の股ぐらに頭を突っ込んだ。

  「……~~‼ すっげ、臭い……ッ‼ ぶっ飛ぶ……!」

  そして。

  俺にしていたよりも熱烈に、まさしく一心不乱に、虎人は親父の激臭を放つ逸物にむしゃぶりついた。

  うぇ、と思わず顔を背けてしまう俺。

  「可愛いなぁ、タガリ君」対照的に、親父は嬉しそうだ。

  仁王立ちしたまま、よしよし、と自らの股間に顔を埋めるタガリさんの頭を撫でる親父。

  これ幸いと、俺は慌てて立ち上がろうとする。下半身がまだふらふらするが、何とか逃げ出すことは出来そうだ。

  「タガリ君はね~、いつもこうして父さんのチンポを嗅いで大満足してるんだ。給料も要らないからって無料で清掃までやってくれて、本当に助かるよ」

  ――ちょっとまて、『相場以上の給料』ってこういう事⁉

  「父さんのはタガリ君に綺麗にしてもらう事になってるから、いつも風呂に入っても洗わないように気をつけてるんだよ」

  「や、やから三日間も風呂に入ってへんかったん?」

  「いや、それは面倒くさかっただけ」

  「汚ねっ! 社会不適合者ッ!」

  罵りながらも、俺は浴槽の縁に手をかけて、なんとかかんとか、よろよろと立ち上がった。

  「でもほら、おかげで今回は助けられたでしょ」と胸を張る親父。いや、確かにそうかもしれないが……って、

  「――もしかしてオトン、こうなるのわかっとったんか?」

  「いやいや、ハントの右手がそんなに凄いとは知らなかったから、ここまでになるとは思ってなかったけどね。でもほら、父さんの息子なら、まぁ同じくらいチンポが臭いかもなーって。だからタガリ君が面白い反応見せてくれるかもって期待してたんだけど。いやはは、コレは予想以上だね!」といたずらっぽくウィンクしてみせる犬人。

  「アホ! 俺は毎日風呂に入っとんねん! 確かに昨日は疲れて入れんかったけど!」

  「だからほら、一日風呂に入らなかっただけで、冷静なタガリ君がくっさ♡ やっば♡ ってなった訳でしょ~。やっぱり流石、父さんの子だ」と親父は感慨深げに目を閉じる。

  「へんなとこで感動すんな!」

  「ははは、それにチンポなんて大きければいいもんじゃないからね。匂い、味、質感。ハントのは十分合格さ!」

  唐突に人の心を[[rb:抉 > えぐ]]ってくる親父。

  ――この一件が解決したら、絶対その金玉割ったる……!

  俺の目線に気づいた親父が、あせあせとした様子で「お、怒んないでよハント、褒めてるんだから……あ、ほら、これ」と、逸物にメロメロになっているタガリさんを左手でなでなでしつつ、右手で何かを投げてよこした。

  「ん、っと……え、何これ」

  それは、小さな紙切れ……いや、違う、これは――薬を飲むときに使う、水溶性のフィルムを折りたたんだもの。

  よく見ると、中に何か白っぽい物が包まれている。

  「よくぞ聞いてくれた! それはさっきまで父さんがせっせせっせと作ってた、即席のアナル解しアイテムだよ!」

  「は……は?」俺は目を丸くする。

  「石鹸だよ、石鹸! [[rb:淫穴石鹸 > エロマンソープ]]! ほら、シャワーでお湯を出してそれをくぐらせてみて」

  よくわからんが、俺は言われるとおりに、すぐ近くにあったカランの蛇口を捻る。勢いよくシャワーからお湯が出始め、そこにフィルムをさっと通すと――あっという間にそれは解けて無くなり、小さな石鹸の欠片だけが掌に残った。

  「あとはそれを、濡れた手でくしゃくしゃっと泡立てて!」

  「お、おう」よくわからんが、言われたとおり、俺は両手を合わせると、ぐしゃぐしゃとすり合わせる。

  すると、見る間にもったりとした、濃密な泡の塊ができあがった。泡立ちネットも無いのに凄まじい発泡力だ。

  「それを、タガリ君の尻に塗って!」

  「は?」

  「いいからいいから、騙されたと思ってやってみて! ほらタガリくん、お尻を突き出して」

  猛獣を調教するように、親父はタガリさんに命令する。すると、虎人は言われるがままにこちらへ尻を突き上げ、尻尾を真上へ伸ばし――ピンク色の肛門を曝け出した。

  強靱な背中が揺れるのと連動するように、ひくひくと小刻みに蠢いている。

  「え?え?」それを前にして、俺はたじろいでいた。

  「ほらほらハント、早く塗って! タガリ君に恥を掻かせちゃ駄目だよ」

  言われて見ると、親父の[[rb:滓 > かす]]だらけの逸物に夢中になりながらも、タガリさんは時々こちらをちらちら、と何かを期待するかのように流し見ていた。その目は蕩けたように細く、頬は毛皮の上からでも判るほどに紅い。

  「ちょ、オトン?」泡を手に貯めたまま、俺は戸惑う。

  それってつまり……

  「ハント、タガリ君はね、バリネコなんだ」

  「ば、バリ⁉」素っ頓狂な声を上げてしまう。あんなに男らしくて立派な逸物まで持っているのに、この人は完璧なメス猫だったって事なのか……⁉

  「だが、同時にこの子は男の匂いが大好きで大好きで……父さんのチンポを間近で嗅ぎたい、という欲求が上回ってしまうみたいなんだ。それに、流石にこの大きさのちんぽは入らないみたいでね、一度試したらとんでもない事に」

  「……う、ぐぅ……」その時のことを思い出してしまったのだろうか、タガリさんが少し切なそうに声を漏らす。

  な、なるほど。でかけりゃいいってもんじゃないっつうのはそういう意味か……じゃない。

  「ちょ、待って……つまり今から俺は」

  「タガリ君を掘るんだ」

  「……ほ、掘る……」

  ごくり、と目線を再び落とす。

  太股の太さに負けじと大きく育った、左右それぞれがスイカほどもある立派な尻。

  黄色と黒に彩られた双丘の奥、肛門の周囲だけが白い毛で覆われ、そこから覗く桜色の肉穴は、待ちわびるように小さく震えている。しかし、なんというか……エロビデオで見たような、使い込まれているケツ穴、みたいな感じでは無くて。

  どちらかというと、まだ未使用感の強い、ピュアさのようなものが漂っていた。

  つまり、普段から遊び慣れている訳ではないという事だ。

  「ハント、聞いてくれ。 恐らく母さんのやることだ、このタガリ君の状態を元に戻すには、タガリ君かハント、そのどちらか――もしくは両方が絶頂に達するのが条件なんじゃないか、と父さんは考えてる」

  ……解除条件は聞いていなかったが、確かにそれが一番納得できる考えだろう。流石に永続的なものではないだろうし。

  そうなると……俺がこの虎人の尻を犯して、二人共が絶頂に達すれば――この状況は解決できる、という事になる。

  「た、タガリさん……い、良いんすね?」

  一応、本人に確認を取る。

  数秒おいて、こくり、とその頭が頷いた。

  ならば……すー、と息を吸うと、俺は肛門の上を撫でるように、泡の塊をそっと撫で付ける。できるだけ優しく。

  「ん、ぐうっ」

  びくり、とタガリさんの尻が跳ね上がる。

  その真ん中をゆっくりと掘り下げるように撫でると、尻尾が悩ましげにくねり、俺の首元にきゅっと巻き付いた。

  気づけば俺の逸物は期待に天を衝いていて、虎人を挟んで見える親父の逸物も一層固く、太く、極悪に育ちきっていた。三人分の匂いがソープの清潔感のある匂いに混じり、余計に[[rb:淫 > いん]][[rb:靡 > び]]な雰囲気を醸している。

  それに、始めて見る親父の本気の勃起。まるで鈍器か何かのように長大で、触れなくても重量感が想像できる雄の証――悔しいが、ちょっと……なんだろう。本当に、ほんのちょこっとだが……タガリさんが羨ましく感じられた。

  「スケベだねぇ」虎人を見下ろしながらニヤニヤと笑う親父。

  「こ、今回はしゃーなしやからな」と言い訳をするが、どうせ俺の虚勢なんて親父には見抜かれているだろう。

  ムカつくが、実の父親と一緒に一人の雄を犯す、という状況は……あまりにも背徳的だ。

  さて、それはともかく、だ。どうしても気になるのは、[[rb:淫穴石鹸 > エロマンソープ]]の効き目である。

  確か効能は……肛門括約筋の軟化と鎮痛。

  「ほら、ハント。ズブッといっちゃお、ズブッと」

  この状況で、なんともお気楽に言う親父。

  「アホ。ほんまに効き目があるんかわからんやろ……タガリさんに痛い思いさせたるんは忍びないし、ちゃんと解さな」

  俺はタガリさんの肛門に人差し指をあてがうと、ゆっくりと力を篭める。

  ……そして、驚く。

  別に俺は童貞ではないし、コレまでだって何度もハメてきた。その度に、相手のアナルを傷つけないよう、ローションを塗布しては時間をかけて解していたものだ。

  しかし……タガリさんのまだ不慣れなはずの肛門は、まるで俺の指を呑み込んでいくように、抵抗なく受け入れる。

  「……んあっ」ビクビク、と縞模様の背中が戦慄いた。

  「どうだい、ハント?」目を輝かせる親父。

  「いや、なんか……凄ぇトロトロしとる。なんつうか、締め付けはあるんやけど、抵抗は無いっつうか」今までに無い感覚に驚いてしまう。まるで歴戦のケツを相手にしたような感覚。これなら一切ほぐさなくても、俺くらいの大きさならするすると入ってしまうのではないか……。

  というか、ヘタすれば親父のも入るんじゃ……?

  「おおっ、凄いじゃないか」

  俺は黙って指を引き抜くと、今度は人差し指と中指を揃え、肛門に侵入させる。流石に一本の時より抵抗はあるものの、やはりスルスルと受け入れられる。

  「……ふぐぅ、ううん……」どうやら本当に痛みが無いようで、タガリさんは親父のチンポに鼻先を押しつけたまま、誘うように尻を動かし、俺のチンポに擦り付けた。

  「ほら、タガリ君も早く欲しいってねだってるよ」

  親父の言葉を無視し、俺は通常そうするように、指をゆっくり出し入れする。指を縦にし、穴を慎重に拡げる。

  今にも蕩けそうな肉が指に絡みつき、別れを惜しむように括約筋が閉まる。これは間違いなく、名器とかそういう類いの尻だろう。

  試しに指を折り曲げ、こりこりとした部分を捉えると、指先に力を込める。すると、先ほどよりもより激しく、タガリさんの背中が波打った。

  「……凄ぇ……バンダイさん、俺……おかしくなる……す」

  何度か前立腺を指で擦ると、虎人の太股がぶるぶると震え始める。そして、我慢できない、とでも言うように「ハントさん……た、頼む、チンポを……」と、親父の金玉に顔を埋めながら、タガリさんは懇願した。

  「わ、わかりました」

  つぷ、と指を引き抜くと、俺は改めて、今にも暴発しそうなチンポを尻の隙間にあてがって。

  「挿れますよ」

  ぐ、と力を込めた。

  ずるり、と、呆気なく俺の逸物はそこに呑み込まれて――

  「ん、んぐぅううっ……!」

  「う、おっ……」

  タガリさんと俺の声がハモった。

  肉の海に割り入った瞬間、どろどろと溶けたような熱が、チンポにねっとりと纏わり付く。

  腰をゆっくり動かす。奥の方はゆるゆると柔らかく、根元を締め付ける入り口はきゅっと俺の棒を咥え込み、催促するようにヒクヒクと小刻みに痙攣している。

  凄い……これが石鹸の効果ではないとすれば、今までロクに使ってこなかったのが惜しいくらいに良い穴だ。

  思わず衝動的に腰を振る。ぐじゅぐじゅ、という濡れた音が、静まりかえった浴場に満ちる。

  「……んっ、ひぃっ」情けない声を漏らす虎人。

  「ほらほら、ちゃんとハントのちんちんを掃除しないと」

  サディスティックな笑みを浮かべると、親父はそんなタガリさんの口に拳ほどもある亀頭を強引にねじ込んだ。

  「……ん、ぐぅううううう!」

  苦しそうな声を上げ悶絶するタガリさん。そりゃそうだ、いくら虎人の顎は可動域が広いとは言え、喉をめいっぱい使ってあのサイズを呑み込むのは簡単ではない。しかし、本人は必死の形相で親父のチンポを咥え込み、舌と口を使って汚れきった親父の逸物を掃除し、磨き上げている。流石は清掃のプロだ。それとも、これが本来のタガリさんの願望というやつなのだろうか。であれば、相当なマゾヒストである。

  その仕草を見ていると、俺の中にも何か熱くて黒いものが渦巻き始めて、俺は衝動のままに腰を振り続けた。

  叩きつける度、ばちゅばちゅ、と俺の腰や金玉が虎人の尻にぶつかる音が繰り返される。更に奥を[[rb:抉 > えぐ]]ろうと腰を突き上げると、虎の尾が動きをトレースするかのようにびく、びく、と何度も伸びては弛緩し、また伸びた。

  「どうだいタガリ君、僕と息子に前後から侵される気分は」

  「……んぐっ、凄ぇ、頭おかしくなりそうす……!」

  親父のチンポを吐き出すと、恍惚とした声を上げる虎。そこには、あの冷静なタガリさんの姿はなかった。

  今は、ただ情欲のままに前後から挟まれ、口と尻を犯され狂う一匹の雄がいるだけだ。

  「なぁハント、たまにはこういうのも良いだろう」

  再び虎の口にペニスをねじ込みながら、親父が口を開く。

  「……た、たまには、なッ」

  一心不乱になっていた俺は、思わず正直に応えてしまう。

  そりゃ息子として、こんな状況を否定したい気持ちはやまやまだが……悔しいが、今まで俺がしてきたどんなセックスよりも強烈だ。

  「たまにはこうして親子水入らずで楽しまないとなぁ~。本当はハントと二人きりもしたいけど」

  「そっ、それは、お断りやッ!」

  何度もタガリさんの胎内を削りながら、俺は応える。

  「いけずだなー、もう」

  「うっさい……」

  雲の晴れ間が出たのだろうか、浴場の天窓から差し込む光が俺達をまざまざと照らし出す。

  「じゃあ、まぁタガリ君さえ良ければまた三人で、ね」

  その声に――虎人はこくり、と目を細めてに頷いた。

  全く、あんなに控えめな性格をしていたのに、ずいぶんと自分に正直になってしまって……そんなタガリさんが、何故か可愛くて、愛おしくて感じられて。俺はその気持ちを込めるように、縞模様の尻を両手でぐっと掴むと親指で尻たぶを押し広げ、一層力強くガツンと突き上げた。

  「んおおっ、ひぃっ――」

  タガリさんが嬌声を上げる。

  その時だった。

  「っと、ハント、そろそろ交代しないかい?」

  「え?」

  不意に、親父が当たり前のような顔をして提案してくる。

  「ええけど……タガリさん、大丈夫すか?」

  チンポをタガリさんの奥深くに埋めたまま、俺は問いかける。間に挟まれたタガリさんは何も応えない。その代わり、

  「大丈夫、タガリ君は我慢できるよ。ね?」

  親父はそう言うと、犬歯を覗かせ――普段見せないような、悪辣極まりない笑みを浮かべた。

  それを見上げていたタガリは「……っす、バンダイさんのチンポ、ケツで磨かせて下さい」と頷く。そこには小さな恐れと、それ以上に親父の逸物を受け入れたい、という衝動がない交ぜになっているように感じられた。

  ずっと咥え込みたい、と願っていた親父の逸物。ついにその機会が来たのだ。その目には覚悟が宿っていた。

  それなら……と、俺はずるりと逸物を引き抜く。

  交代だ。タガリさんの尻に、俺の物とは比べものにならない大きさのチンポが入る。本来なら、相当な苦痛があるだろうが、きっとこの[[rb:淫穴石鹸 >エロマンソープ]]の効果が効いてる間なら――多分、大丈夫。そんな確信があった。

  

  虎人は親父の下腹部から顔を離すと、よろよろと反転し、こちらに顔を、親父には尻を向け直す。

  目に涙を浮かべ、鼻水を垂らすタガリさん。未だにその目は紅く、俺の右手の力が効力を失っていないのは明らかだ。

  これが本来のタガリさんではない、と理解しているが――心のどこかで、この力が無くても、あの無愛想な虎人はこうされたがっていた、と思うと。

  「……タガリさん、マジでスケベっすね」と、侮辱するような言葉が思わず口から出てしまった。

  「そうだよー、タガリさんはね、いつだって父さんのチンポが嗅ぎたくて嗅ぎたくて我慢できない変態なんだ」

  タガリさんの尻に肉杭を押し当て、尻を軽く叩いてみせる親父。ひっ、という小さな声の後「……へ、へへ……お、俺はお二人のくっせェチンポでブッ飛ぶ変態野郎っす」と淫猥な笑みを浮かべるタガリさんは、まさに『キマってる』という表現がふさわしかった。そうして虎は俺の前に手をつき、

  「……へへ……ハントさんのチンポ、すげぇ匂いがするすねこっちでも掃除しやす……」だらしなく舌を垂らして、泡だらけの俺のチンポにキスをする。すでにチンカスの匂いなんてソープにかき消されているだろうに、それでも愛おしそうに目を細め、舌を伸ばした。

  「良かったねぇ、ご主人様が二人に増えて」

  「ちょ、オトン! 俺はそういうつもりやないで!」

  反論するが、視線を落とすと――うっとりとこちらを見上げている虎人と目が合った。いや、間違いなくこの状況は、俺の右手のせいで、きっと効果が切れたら、また出会ったときのタガリさんに戻るのだろう。

  けれど……たまに、うっかりまた右手で触れてしまうことがあるかもしれない。そんな事を考えてしまう。

  「さて、それじゃぁハントのちんちんで拡がってる内に、挿れちゃおっかな。タガリ君、ぼーっとしてないで、ハントのも綺麗にするんだよ」

  「……う、っす……」と、タガリさんが喉を拡げ、俺のチンポを奥深くまでぐっぽりと呑み込んだ、瞬間だった。

  「よっと」

  親父は一片の躊躇いも無く。

  タガリさんの尻に、唐突に凶器を突き立てた。

  「んがぁッ、ぬ、んあぁああああッ!」

  タガリさんが咆吼する。あわや俺のチンポを噛み切られてしまうのでは、と恐ろしくなってしまうほど、凄まじい声量。

  「おお、凄いな。スルスル入るよ」

  がっちゅ、がっちゅ、と明らかに俺が突いていた時より恐ろしい音が鳴り響き、親父が動く度に、あがぁ、ぐぁあ、とタガリさんが泣き叫ぶ。

  「お、オトン、大丈夫か?」こういうのって、普通突っ込んだ後しばらく慣れるまで置いとくもんやないんか……? 思わず心配になるが、タガリさんを躊躇無く破壊する親父は脳天気なものだ。

  「大丈夫だよ、後でお湯に浸かれば治るんでしょ? 多少壊れちゃっても……ね、タガリ君。どうだい?」

  「いぎぃいい、ず、ずげぇっ! ば、バンダイざんのヂンボ、俺の中、ゴリゴリしでるッ‼」

  あのサイズを咥え込んでいるのだ、恐らく相当に胎内を圧迫されているのだろう。ぜいひい、と荒い息をしながら、タガリさんはぎゅっと目を瞑り、耐えている。耐えながら、俺のチンポにむしゃぶりついていた。最早匂いを愉しむどころの騒ぎではないだろうに。

  「いやー、凄いね。血の一滴も流れてないよ、これ完璧に僕のチンポを呑み込んでる。というか、こんなに名器だったんだねぇ、もっとしとくべきだったなぁ」と感嘆する親父。

  「ねえねえハント、スマホ持ってきてよ。撮影したい」

  「アホか! ハメ撮りしたいなら機種変せぇや」

  「けちんぼだな~、ねータガリ君」

  ぐっぐっと親父が腰をねじ込む度、虎人の筋肉が胎動し、全身で悦ぶ。だらしない親父の腹が揺れ、やはりその剛直とのアンバランスさに奇妙な違和感を感じてしまう。

  そうして親父はしばしの間、虎人の尻を容赦なく堪能し続けた。徐々に慣れてきたタガリさんは、必死にそれを受け止めながらも、俺のちんぽを丹念に掃除し続けていて。

  そうして、俺達は三者三様に、互いを犯し続けた。

  「よーし、それじゃいい加減時間も無くなりそうだし、ちょっとスパートかけちゃおうかな」

  不意に親父はそう言うと、タガリさんの尻尾の付け根をむんず、と掴み。

  「ふんっ、ふんっ、ふんっ!」

  腕、腰、足。全てを駆動させ、俺の[[rb:脹 > ふくら]][[rb:脛 > はぎ]]くらいありそうな逸物を、俺が[[rb:抉 > えぐ]]っていたより遙か奥まで突き立て始める。

  「んっごっ、あごぉっ、ぐぉっ!」潰れた蛙のような声、とはこのような声だろう。腹の奥から捻り出されるような獣染みた声で呻き喘ぐタガリさん。ソープの効果があって尚ここまで悶絶するとは、よっぽど凄まじいストローク……絶対に常人じゃ耐えられそうにないな。

  しかし、その様子を見ていると俺の中でも熱いものがせり上がってきて。

  「じゃ、じゃぁ俺もそろそろなんで……」俺がそう言うと、虎人はがっぽりと口を開けて俺のチンポを再度深くまで飲み込み、舌や口蓋でめちゃくちゃに犯し始める。乱暴なフェラチオは、決して心地よいとは言えない稚拙なものだ。親父のモノでかき混ぜられていれば、そうもなるだろう。

  だけど、俺はそれ以上に、親父のデカマラが何度も何度も何度も何度も引き抜かれ、また押し込まれ、また引き抜かれ、また押し抜かれ、肉欲のままに一方的に貪っている拷問のような様子が、あまりに強烈で、それを見ているだけで達してしまいそうだった。

  その時。

  「んごっ、んー! んう‼」

  逸物を咥えたままのタガリさんが、全身をびくびくと震わせ始める。

  太い尻尾がじたばたとうねり、親父の肉感的な腹を打って。

  「ンウーーーーーーーーッ!」

  びちっ、びちゃっ、と粘液がタイルを叩く音が響いた。

  まるでスライムを壁に投げつけた時のように、粘液質で激しい水音。続いて、今までに無かった濃厚な雄の芳香が立ち上り、俺の鼻を強烈に突き刺す。

  「おおっ、イっちゃったか! くっ、凄い締め付けだ、よし、[[rb:射精 > だ]]すよ! しっかりケツ締めて漏らさないようにね!」

  「あぐっ、お、俺も……!」

  そして、親父が背筋を伸ばし、つま先立ちをするように最後の一突きをした途端。

  「んぐぉおおっ、あつ、熱いッ! バンダイさんの種、腹ン中出てるッ! ぐぉおおっ!」

  タガリさんが叫んだ。

  少しあって、ぶりぶり、ぶびゅっ、という間抜けな音と共に、うっすらとクリーム色に黄ばんだ種が、二人の接合部から勢いよくから吹き出し、虎人の尻尾の付け根や親父の突き出た腹を汚していく。強烈な青臭い匂い。

  親父は漏らすなと命令したのに、相当量が多かったらしい。それか、もう締められないくらいに穴が拡がってしまっていたか――どちらにせよ、その光景は俺を至らせるには十分すぎるほど凄まじくて。

  「っく、イくっ!」

  我慢できず、俺も限界を迎えてしまう。タガリさんの頭を両手で掴むと、乱暴に腰を振り、口の中に何度も何度も解き放った。

  親父の精を受け、ぐったりと力なく開かれた虎の口。その牙の隙間から、どろどろと俺の種汁が零れ落ちる。さらに匂いが強くなるのを感じながら、俺はこみ上げるままに、金玉がカラになるまで射精を続けた。

  朦朧とした虎の鼻が、それを嗅ぎ漏らすまいとひくひく動いている。

  「おお、ハント凄いな。父さんより多いぞ」

  「う、っさい……」こんな量が出るのは生まれて初めてで、自分でも驚いてしまう。しかし、ずるりと抜かれた親父の逸物や、肺いっぱいに充満する精液の蒸れた匂いが何度も脳の奥を刺激し、その度にびゅく、びゅく、とせり上げてきて。

  そして、ようやく俺が最後の一滴を流し終えたところで……ついに力尽きたタガリさんが、どちゃり、とくずおれたのだった――

  

  *

  「ふぅー。いーい湯っだっなっ、ハハハン! いーい湯っだっなっ!」

  「うっさいねんオトン! もーちょい声量下げぇや!」

  「……」

  上機嫌そうに歌う親父と、複雑そうな顔でじーっと壁の方を眺めているタガリさん。

  俺は浴槽に張られた湯の表面をちゃぱちゃぱとかき混ぜながら、なんとも言えない気持ちでいっぱいだった。

  脱衣所の時計は、十二時半を指している。

  

  あの後、親父は鼻歌交じりに浴槽に湯を張り始め、俺はタイルの上に精液塗れで寝そべるタガリさんを見つめながら「これ、生きとるんか……?」とハラハラとしていたが。

  タガリさんに親父が容赦なくシャワーをぶっかけて、そのまま浴槽に引きずり込んだところ――ものの数秒で、虎人はハッと我に返った。どうやらザキさんが口にしていた湯の快癒機能というのは本当のことらしい。というか、本当じゃなかったら救急車を呼ぶしかないかも、と覚悟を決めていたので、心底安堵したのはここだけの話。

  

  「あ、だ、大丈夫すか?」

  「……あ、はぁ」

  努めて明るく声をかけた俺の前で、口をもごもごさせながら、何かを言いたそうにするタガリさん。そりゃそうだろう、一応全身綺麗に洗い流したとはいえ、流石にシャワーで口の中までゆすぐわけにはいかなかったのだから、きっと口の中は……俺のザーメンの残りで……その、推して知るべし、というやつである。

  「おー元気になったみたいだね! 良かった良かった」

  親父はそう言って、豪快に湯を掬うと自分の顔にぶっかける。その飛沫が飛び散ったか、タガリさんはぶるぶると顔を振った。濡れた前髪が横に流れて素顔が[[rb:露 > あら]]わになり、海色に戻った瞳が迷惑そうに親父を捉える。

  「……あの、俺……何が……」

  訳がわからない、と言いたげに俺達の顔を見るタガリさん。

  「い、一応聞きますけど……何も覚えてません、よね」

  「……え? は、はぁ……よくわからんすけど……」

  湯船の中で体育座りをする虎人。大きな背中を丸めている姿は、まさに最初に出会ったタガリさんの印象そのものだ。

  「ハント~」

  親父がそう言いながら、俺の右隣に来ると――

  「ていっ」

  俺の右腕を掴み、その手のひらをタガリさんの背中に躊躇無く押し当てた。

  「ちょっ、何やっとんねん!」

  慌ててその手を引き戻す。触れた部分に違和感は無い。

  「いや、元気になったならおかわりできるかな?って」

  「……?」

  慌てて虎人の目を見るが、そこには変わらず青い光だけが宿っていて。

  はぁー、と思わず安堵のため息が出る。

  「なるほど、一度効果が出たらしばらく耐性が出来るみたいだねぇ」

  冷静に、しかしどこかつまらなそうに言うと、親父は風呂の隅っこへ移動し、両腕を浴槽のフチに乗せ、再び鼻歌を歌い始めた。

  「えーっと……その、掃除が終わったと思ったら、急にタガリさんがふらーっと倒れちゃって……気付けになるかなーってお湯に浸けてみたら元気になった、的な……ははは」

  俺は手を頭の後ろに回すと、誤魔化すように笑った。

  「……あぁ、そうだったんすか」

  納得したのだろうか。虎人はそれだけ言うと、ふぅー、と長い息を吐く。

  「そーそー。大変だったんだよ?」と横から口を挟む親父。あれだけ豪快にタガリさんをぶち壊しておいて、なんと無責任な物言いだろうか。我が親父ながら恐ろしい。

  「……あの」

  「はい?」声をかけられ虎人を見やる俺。

  タガリさんはあらぬ方向を見つめながらゆっくりとこちら側へ移動し。

  「……えっと、その……」俺の耳元に口を近づけると。

  「……変な夢、みたんすけど」と小声で言った。

  「ゆ、夢?」

  湯船の中にいるのに、明確にたらり、と汗が頬を伝う感覚。

  ノリノリで鼻歌を口ずさむ親父を眺めながら、タガリさんは複雑そうな顔のまま。

  「……俺と、バンダイさんと、ハントさんがその……」

  「そ、その……?」

  「……あ、いや……やっぱり何でもないす」

  そこまで言って、ざばり、と立ち上がる虎人。

  そして、冷や汗をかく俺を背にしたタガリさんは、何かに気づいたように、すんすんと鼻を動かし始める。

  「……ん、この匂い……」

  ――シャワーですべて洗い流した筈だったのだが、もしかして変な匂いでも残ってたか?

  「なな、なんか匂います~?」

  「……いや、多分俺の気のせいすね……すいません、お先、失礼します」

  小さく頭を下げると、こちらに背を向けたまま脱衣所へ向かうタガリさん。

  しかし、俺は確かに見た。

  鏡越しに、虎人の逸物が固く屹立しているのを。

  「ふー、なんか忘れちゃってたみたいだったね」

  バスタオルで全身を拭きながら、親父が言う。

  タガリさんはいつの間にか帰っていたようで、脱衣所には俺達二人だけだ。

  「ほんまに忘れてるんかな~」

  先に上がったタガリさんの勃起を思い返す。

  収まるまで待ってから風呂を上がらないのはタガリさんらしいといえばらしいが……まるで、俺にだけ見せつけた様な気もして。

  「まぁほら、彼が思い出したら思い出したでまた楽しめるし、いいんじゃない? 多分忘れちゃってるでしょ、また三人でエッチしよう、って話した事。思い出してくれたら三人でまたエッチできるんだから、それはそれで、ね!」

  残念そうにする親父。

  「ええ訳あるかい」

  先に水気を拭き取り終えていた俺は、冷蔵庫の中から牛乳瓶を取り出し蓋を抜く。

  さて、これからどうしようか。

  どうせ、この後開店したらまた風呂場に戻るのだろうが――実際いつ三助として仕事をする事になるのかもわからないし。背中を流されたくない客だっているだろうし。それならしばらくは、まぁ清掃中心でやってくしかないか……。

  本当は、タガリさんからもう少し色々教えて貰いたかったんやけどなぁ。

  ごくごくと牛乳を飲み干すと、瓶を黄色い籠の中に入れる。

  時計を見上げると、時刻は十三時を回っていた。

  開店の時刻だ。少しだけ、緊張感を感じる。

  「でもさ、いろいろ判ったじゃない」

  肌着を着た親父が牛乳瓶片手に俺の隣に来ると「この右手の事とか、母さんの土産物の事とか。お湯の事とか」と言って、俺の右手を指さす。

  「まぁ――うん、まぁね」

  どす、と脱衣所の中央に設えた、膝ほどの高さの座敷に腰掛けると、俺は右手を見つめる。

  この右手の効果とやらは本物である。

  あの石鹸の効果も説明書通りである。

  湯船に浸かれば元気になるのも本当である。

  

  「つまり母さんは何一つ嘘を言っていない、ってことだね」

  「うーん……まぁ、そうね」親父の言葉に、俺は頷いた。いつの間につけたのだろうか、ブーンという扇風機の唸る音が、静かな脱衣所に響いていた。

  のたのたとカウンターの中に入ると、親父は肌着の上から見慣れたトレーナーを着込み、カウンターの中へ潜り込むと、ふぃーと気の抜けたため息をつく。

  「って事は……結界ってやつの効果も、本当なんだねぇ。タガリ君は元々ゲイって知ってたからアレだけど……きっと、これから沢山お仲間がやってくるよ!」

  わくわくと表情を輝かせる親父。脳天気なものである。

  「って事やんなぁ……はぁー面倒くせぇ……」

  先ほどタガリさんの身に起きた……というより、俺が起こしてしまった出来事を思い返し、俺は何度目か判らないため息をついた。

  これから毎日、あーいう不慮の事故に怯えながら生活せにゃならんのか……手袋、倉庫にあったかなぁ。

  ――それに、ザキさんの言っていた[[rb:淫力 > パワー]]とやら。それを集めるためにエロい[[rb:出来事 > イベント]]を沢山起こせ、と言っていたが……毎回こんなんやってたら、流石に寿命が幾らあっても足りんぞ、呪いどうこう以前に干からびて死んでしまう。

  「なんでだよぉ、楽しみじゃないか」

  ぴっ、とテレビのリモコンを操作する親父。

  「毎日あんな出来事起こってみい、頭おかしくなるで」

  「えー! そんなの……最高じゃん!」タガリさんとの3Pを思い出したか、親父はにっこりと顔を綻ばる。

  「はぁ……オトンは気楽でええな……」

  モニターに野球中継の様子が映り、親父はリラックスした様子でそれを眺めながら「とにかく。父さんは父さんで頑張るから、ハントも頑張ってね」と無責任に欠伸をした。

  「はぁ……しゃーない。頑張ってお背中流しますかぁ」

  座ったまま、うーん、と背中を伸ばす。

  湯の効果だろうか、あれだけガンガンセックスをしたにも関わらず、全身に力が漲っていた。

  俺が気合を入れ直すと同時に、からから、と入り口の方から誰かが引き戸を開ける音。

  「おっ、初来店だね」

  初めての客。どんな人だろうか。

  少しだけ緊張してしまう。

  磨りガラスの向こうに人影が見えて。

  「いらっしゃいませ~」

  親父の暢気な声。

  そして脱衣所に現れたのは――

  「……後藤、君……?」

  「て、店長?」

  ――全くもって、予想外の人物だった。

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