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  馴染みの店だという場所は人気のなさそうな酒場で、目つきの鋭い店主がいた。

  

  「よぉ。今日は……情報を買いに来た訳じゃないらしいな」

  「あぁ……場所を貸してくれ」

  「上か?」

  「こっちだよ!」

  リュヌはきょろきょろと店内を見渡した。お忍びで来たことのあるレストランとは全然違う。言うなれば、古くて暗い。でもなんだか、大人の香りがした。

  フードが取れそうになって手で抑える。カウンターに案内されて椅子に腰掛けるとマントの下から尻尾が少し出てしまったが、暗いから色までは分からないだろう。

  リュヌが座ったことを確認した男が「待ってろ」と言い残し立ち去ろうとするので、リュヌはまたマントの端を掴んで止めた。男のフードが取れそうになって、慌てて彼は立ち止まる。

  「誰を待っていればいいの」

  「ちょっ、掴むなって!え?」

  「名前。教えてよ」

  「あー……ナージだ」

  「ナージ!」

  「なっなんだよ」

  「お肉!早く!」

  その男……ナージは「ほんと子供じゃねーか」などと呟きながらもようやく店から出て行った。後ろ姿をチラと見て、何の獣人かなぁと考える。

  マントの背中側が少し膨らんでいて、けれど膨らみはその一点だけだから尻尾は長くなさそう。熊かな?顔も男臭いのに整っていて本当に好みだ。

  それにあの目がいい。吸い込まれそうなグレーの瞳はリュヌの色にも似ているけど、もっと深い。それなのに強い光を孕んでいて、全てを見透かされているような不思議な感覚に陥るのだ。

  (……たぶん、僕のことも憎からず思ってる)

  リュヌは初めて自分の美貌に感謝した。他人からの称賛や贈り物なんて別に嬉しくなかったが、好みの男に好かれるなら万々歳だ。

  あの顔をちゃんと見てみたい。ベッドに連れ込めば全てを晒してくれるはず。自分が頼めば、きっと……

  リュヌはここへ来てやっと、本来の目的を思い出したのだった。

  

  結婚相手もあんな感じだったら嬉しいのに。ひょろひょろ弱そうな人間だなんて……まぁ政略結婚に自分の理想を求めること自体、間違っているのだろう。

  店主がドンと目の前に果実水を置いてくれる。ぽかんと見上げても、彼はリュヌの顔を見もせずに去っていった。目つきは怖いけど、嫌な感じはしない。

  高めの椅子の上で、足をぷらぷらさせながら待つ。子どもだと思われている感が否めないが、ありがたく果実水を飲んだ。

  なんだか……ドキドキしてきた。リュヌは今日、処女を捨てようとしているのだ。つい食い気に走ってしまったが、ちょうど良さそうな男も見つけた。

  ナージに恋人や伴侶がいないといいのだけど。さすがに人様のものを奪う趣味はないし、移り気な男も嫌いだ。選り好み激しいリュヌのお眼鏡に叶う男。ナージに出会えたのは奇跡的な幸運とも思える。

  他国に行って婚姻してしまえば、こんな風に王宮を抜け出したり自由に振る舞うことはできないだろう。リュヌは自分が母国の評判を背負うことになるのだとよく分かっていた。

  ――最後のチャンスを、逃してはいけない。

  ナージが戻ってきたとき、リュヌは覚悟を胸に宿していた。

  「遅くなって悪かったな。ほら、肉串だ……」

  「よしっ。行きましょう!」

  「はっ?どこへ……って、肉はいいのかよ!」

  リュヌの関心はとっくに肉を離れていた。スタッと椅子から降りると、ナージのマントを引く。

  眉を上げて驚く顔は思ったよりも若いけど、やっぱりこの人がいいと思う。

  

  「そんなことより!僕を抱いてください……ね?お願い」

  「ちょっ、ちょっと口を閉じろ!……何を言っている?」

  「だから抱いてって……」

  「わー!!!」

  大きな手に口を覆われ、店の隅に追いやられる。自分のせいだと分かっているものの、面白いほどの焦りようだ。

  別に店のどこにいたって他の客はいないし、店主にはとっくに聞こえているだろう。リュヌははっきりと告げたのだから……自分の望みを。

  「……だめ?」

  「首を傾げるな。見上げるな〜!なんだ。なんでなんだ?俺に一目惚れしたってわけじゃ……なさそうだな」

  「処女を捨てたいんです!結婚する前に……」

  「しょっ……処女ぉ……!?」

  正直に言葉を重ねる。

  結婚が決まったけど政略結婚だし、相手は得体の知れない人間だ。なよなよとした男に自分の処女は捧げたくない。

  最後の自由を得るため、好みの――ナージのような――獣人に処女を奪ってもらってから嫁に行きたいのだと。

  自分でも話しているうちに焦燥が募り、切実な響きが声に乗った。

  単純な思いつきの行動ではあったが、リュヌの見た目にしか関心のない周囲の人々や、同じようになるだろう未来の結婚相手に、ずっと意趣返しをしたいと感じていたのだ。

  

  ナージは顔を顰めている。だめ……だろうか。ここで駄目ならもう帰るしかない。どうせ外出はバレるだろうし、もう二度とこんなチャンスは訪れない。

  閨教育で学んだなかに色仕掛けはあったかな……と頭の中で考えながら、まずボディタッチしようとリュヌはナージに抱きついた。

  胴に飛びつくとその逞しい身体がよくわかる。リュヌが小さいから頭はその胸までにしか届かない。

  「わぁ!?や、やめろ!俺は……」

  「恋人や伴侶はいる?ナージ、お願い。好きにしていいから」

  「いや、まだいないが……好きにって、リュヌは本当に俺でいいのか?」

  「僕は守ってくれる強そうな人が好きなの!ナージがいい」

  「なーるほど、な…………いいだろう。[[rb:婚 > ・]][[rb:前 > ・]][[rb:交 > ・]][[rb:渉 > ・]]、しようぜ」

  脇の下を持ってふわりと抱き上げられる。ナージが言い切る前に成功だと気付いたリュヌは舞い上がった。嬉しくて尻尾がふりふりと揺れてしまう。

  

  獣人は発情期があるため、婚姻していなくても性行為は一般的な営みのひとつだ。リュヌのように特殊な事情がない限り。

  男の猫獣人に発情期はないが、相手の発情に釣られて発情する性質がある。つまり相手さえ発情していればいつでも性行為可能なのだった。

  

  市井でモテる人はかなり経験豊富だという。ナージは魅力的だから絶対にそっち側だ。

  豊富な経験を持っているなら、リュヌに興奮してさえくれれば、あとは入れて出すだけ。簡単に遂行できそうだと思った。

  ナージはリュヌを子どものように抱えたまま歩いていた。店の二階を使っていいと店主は申し出たが、ナージは断ったのだ。

  フードをすっぽりと被せられて周囲は見えないが、リュヌも彼の発情を促すため首に擦り寄ったり尾を腕に巻きつけたりしていたからそれでよかった。

  「そ、それ……やめてくれ。我慢できなくなる」

  「発情する?して貰わないと、困るんだけど……」

  「してます!!!」

  スンスンと首筋から匂いを嗅ぐ。確かに、ほんのりと感じるものがナージのフェロモンかもしれない。思考を芯からとろっと蕩けさせようとするような……

  フェロモンに決まった匂いはないが、相手の理性を溶かし本能のままに行動させようとするのがフェロモンである。

  いつの間にかぼうっとしていたリュヌはぽすんと背中からどこかに着地した。その拍子にフードが外れ、視界が明瞭になる。

  ここはベッドの上のようなので、どこかの寝室にいるらしい。宿なのか家なのか、広く調度も豪勢に見える。先ほどの酒場と比べるとすごく清潔感があって、だからここにしたのかもしれない。

  「ナージ……顔ちゃんと見せて」

  「覚悟しろよ」

  ナージの顔はもう赤くなかった。発情していると言ったわりに、緊張を孕んだ表情だ。

  なにを覚悟しろというのか、その理由は彼がマントを脱いだことですぐに分かった。

  「わっ。変な耳」

  「俺の正体が分かったか?」

  「見たことない種族だなぁ……ちょっと触らせて」

  ナージの耳は頭の上でなく横に生えていた。しかも毛がなくて、小さい。変だけど、この国にはいろんな獣人がいるから、自分が知らないだけかもしれない。

  リュヌが寝転がったまま呼び寄せると、ナージは腰の剣帯を外し覆い被さるように近づいてきた。ベッドサイドのランプが顔を照らす。

  「わ。やっぱりかっこいいー……」

  「……は?」

  「すごく好み。こんな人に抱いてもらえるなんて……すごい記念だ」

  「ははっ!それは嬉しいな。俺もリュヌのこと……好みだ」

  淡い褐色の肌は日焼けではなくナージ自身の肌の色とみた。それが男らしい顔立ちによく似合っている。

  リュヌがぽーっと見惚れていると、顔が近づいてきてふにっと唇同士が当たった。お互いに目を合わせ息で笑う。ナージも嬉しそうだし、なんだか楽しくなってきた。

  呼び捨てで名を呼ばれるのは家族以外で初めてだが、まぁいい。好みの見た目同士なら、最高じゃないか。

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