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リュヌは気高い猫の獣人だが、父親が苦手だった。玉座の後ろに見える尻尾が鞭のようにしなっている。ライオン獣人である父王の尾だ。その大きな身体からは常に、決して逆らうことは許さないという圧が発せられている。
「リュヌ、お前の嫁入り先が決まった。南の大国サンディの王太子だ」
「えっ……でも、父上」
「向こうから是非王太子妃にと申し入れがあった。そんな顔をするな……私とて寂しいのだ。この国で一番美しいお前を他国にやってしまうなんて……しかしこれも役目だ。お前は我が国の利となるよう、しかと夫君に仕えるのだぞ」
「……御意」
玉座の間を出て、ツンとすました顔で自室へと戻る。すれ違う侍女が立ち止まって頭を軽く下げるが、リュヌが通り過ぎると背中にうっとりとした視線を向けてくる。
もう慣れきった反応に意識も向けず、優雅に歩く。部屋の前に立っていた騎士が卒なく扉を開ける。チラッとその男に視線をやりつつも無言で、リュヌは部屋へと入っていった。
ひとりになった部屋の奥、寝室にまで入って綺麗にベッドメイクされた布団を引っぺがしその中にくるまった。ここならミャアミャア騒いでも聞こえまい。すうっと大きく息を吸う。
「ひょろい人間と!結婚なんて……絶対やだ〜〜〜っ!!!」
国随一と言われる美貌を持つリュヌを、父王がどう有効活用しようか考えあぐねていたことは知っていた。寂しいなんて言葉はただのポーズだ。
リュヌだって結婚が思い通りになるなんて期待していない。でも、成人するまで決まらなかったから、もしかしたら……って。
部屋の前にいたリュヌ付きの無骨な熊獣人の騎士。あんな人がいいなと思っていた。身体が大きくて、だいぶ年上だけどその落ち着いた雰囲気も好みだった。
ここベッツァー王国が獣人の治める国なのに対し、サンディは人間の国だ。大国と呼ばれるだけあってその国力は我が国をも凌ぐ。この国とも取引があり、城下には商いや観光で訪れている人間もいるという。
だが人間は、獣人と比べるとひ弱らしい。リュヌは見たこともないけれど。獣人の中でも庇護対象とされる猫獣人の自分は、守ってくれそうな大きくて逞しい人がすきなのに……
獣人は力で、人間は知恵で国力をつけてきた。百年も前は違う人種同士で争っていたこともあったが、技術が進歩するほどその犠牲は増える。互いの国で被害がどんどん広がっていることに気付いた当時の王たちが、周辺国も巻き込み友好条約を結んだのだ。
でもリュヌが人間の、王となる男の元へ嫁に行くのはまったく予想していなかった。子どもも産めないのに……王太子妃だって?
月の名を持つリュヌはこの国の第四王子だ。王族だし、四番目だし、生まれたときから政治的な結婚は決まっていたようなもの。リュヌの見た目ならと、父王がより国益となる男と結婚させようとしていることも分かっていた。
成長するほどに高貴な美貌は磨きがかかる一方だった。透き通るように白い肌。銀に輝く髪と耳、しなやかな尾。同じ色の瞳は円の縁だけ濃く紫がかっている。大きな目、小さめの鼻と口はバランスよく小さな顔に収まり、猫っ毛のショートカットがそれを彩る。
高位貴族から婚姻を打診されても、功績を残した将軍が褒賞にリュヌをねだっても、欲の深い父王は頷かなかった。もっといい嫁入り先があるはずだ、と。
それでもまさか――人間の国だなんて思わなかった。彼らの国では猫が特に愛されると聞くが、まさかペットのような扱いをされるんじゃ?なよっとした人間に獣人の発情の相手なんてできるの?
答えの出ない疑問と悪い想像が頭のなかをぐるぐる駆け回り、思わず尻尾ぶわっとを膨らませる。布団の中で「んにゃーーー!」と叫んだ。本能的な叫びだった。
リュヌは自分が国にとって価値ある存在であることを理解していた。そして嫁入りするときは処女性が大事であることも……
人間なんかに自分の処女を与えてやるものか!どうせ男なら処女かどうかなんてわからないだろうし。経験済みで処女のふりをしていれば内心スカッとしそうだ。
「そうだ……なよなよした人間なんかに処女をやるくらいなら、好みのおっきな獣人で処女を捨ててこよう!」
リュヌには周囲の予想もつかないような、無鉄砲なところがある。早くに母親を亡くし、リュヌが変わったことをしてもみんなかわいいと愛でているだけだったので、常識もちょっと抜けている。
思い立ったら即行動。小さな身体を活用して、大きな騎士たちが出入りする門の隙を縫って王宮を抜け出す。ある意味本能に従いがちな獣人らしい行動だった。
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