流刑地にて

  港町とは、一般的に物・情報が集まり、活気に溢れた場所である。だが私、リオルであるグレーゴルとキモリのカフカの目の前にある港湾には、破壊された大柄帆船や小型の船が並んでおり、その殆どが浸水し航行不可能であることは明白だ。中には浸水を逃れ、航行可能な船舶もあるが、船上や近くには殺気の溢れるポケモンの姿がある。

  「ムウマージ、ドサイドン、ブーバーン...どれも強そうな連中だね」

  岩陰から港を盗み見た私は、腕っ節の強そうなポケモン達に肝を冷やしてしまった。私の言葉にカフカは首肯すると、遠目の海を泳ぐラプラスのノアを見た。

  海を遙々泳いだノアは、私とカフカを草の大陸にあるトレジャータウン近くの港町まで運んでくれた。

  荒れ狂う海は私とカフカの体力を消耗させるが、それ以上に疲れている筈のノアが弱音を一切吐かない事もあり、私は全身を包む疲労感を誤魔化すと、ノアに向かって手を振った。

  遠目に見えるノアが僅かに海を揺らし、私とカフカに返事した。

  その姿を見送ったカフカは、小さく息を吐き出すと港を見た。

  「...あそこがトレジャータウンに繋がる港だ。もっとも...今は時の守護者達が支配しているから、文字通り地獄だよ」

  カフカの言葉に私は頷くと、再度港に目を向ける。停泊している船舶から時の守護者達が次々と物資を下ろし、近くの岸に待機しているギャロップの引く馬車へと乗せていく。

  ギャロップの炎の鬣は弱々しく、全身に細かな傷がある。ギャロップの目は死んだ魚のように濁っており、疲労感を隠せずにいる。

  馬車の近くにいるドサイドンは、両肩に担ぐ袋を載せると、満載になった馬車を動かすべく、ギャロップに向かって鞭を振るう。

  港にギャロップの悲鳴が木霊する。

  背筋に走る痛みと刻み込まれる赤い線がギャロップに苦痛を与え、その脚を動かさせる。白い身体に汗が伝い、岩に滴り落ちる。ギャロップは小さな悲鳴をあげつつ、ゆっくりと歩いていく。馬車の上には見張りのゴルダックも乗っており、ギャロップが抵抗しないように目を光らせている。

  「守護者達は...身内以外のポケモンを酷使しているのか」

  岩陰から盗み見る私は無意識に呟く。よく見れば、ギャロップ以外にも重たい荷物を運ばされるポケモンや馬車を引かされるポケモンなど、重労働を課されるポケモン達の姿がある。それは、元々トレジャータウンや近郊の街に住んでいたポケモンやレシラム教、ゼクロム教の信者のポケモンである。

  その光景を見たカフカは、震える唇から小さな声を絞り出す。

  「星の停止が起きた後、ダンジョンの影響が広がり、異常なポケモン達の数が急増した...最初は各地にあるギルドや保安官事務所が事態の収拾しようとしたが、殆どが暴徒や異常なポケモン達に敗れたらしい...」

  「その結果、地獄が生まれた...」

  牡ポケモン達は過酷な労働や運搬作業を強いられ、若い牝ポケモン達は時の守護者である牡ポケモンの性的欲求の解消につき合わされている。港湾部の彼方此方に疲弊した牡ポケモンの姿があり、その中には体力を使い果たし、堅い地面に倒れる者もいる。

  それを見た時の守護者であるブーバーンは、倒れたエルレイドの片足を掴むと、力任せに岩盤に叩きつけた。ブーバーンの豪腕と遠心力により、エルレイドの身体は無抵抗のまま岩盤に衝突し、辺りに鮮血を撒き散らす。その一撃でエルレイドの頭蓋が割れるが、ブーバーンは這い蹲るエルレイドの後頭部を躊躇なく踏みつけると、顔面を岩に何度も叩きつける。

  湿った音が微かに広がる。

  エルレイドの身体は電流が走ったように痙攣し、やがて動きが収まる。ブーバーンは眼下のエルレイドが死亡した事に気がつくと、陥没した頭部を掴み、そのまま引きずる。そして、ブーバーンは岸壁の傍までエルレイドを引きずると、荒れ狂う海目掛けて動かない肉体を投げ捨てた。

  動きが無くなったエルレイドの身体は瞬く間に荒波に呑み込まれるが、ブーバーンは涼しい表情のまま踵を返した。

  微かな悲鳴が聞こえる。

  それを耳にした私とカフカが目を向けると、そこには岩陰で交尾しているポケモン達がいた。全身が薄汚れ、子を孕んでいるのか、腹部の大きい牝のキュウコンが甲高い悲鳴をあげている。キュウコンの首には鎖の付いた首輪が着けられており、鎖の一端を握ったゲッコウガは歪んだ表情のまま、キュウコンに腰を打ち続ける。

  一目で合意の上での交尾でないことが伺える。

  やがて、絶頂を迎えたゲッコウガは腰を一等深く打ち付けると、呼吸を乱した。ゲッコウガの精液を出されたキュウコンは涙を流しながら俯き、その姿を見たゲッコウガは口元を歪め、一物をキュウコンから引き抜く。直後、別の牡ポケモンがキュウコンの腰を掴むと、遠慮なく挿入した。

  「酷い...」

  犯された直後、今度は別の牡ポケモンに犯されるキュウコンの姿に、私は思わず歯軋りする。私の反応にカフカは小さく頷くと、泣き出しそうな表情で口を開いた。

  「時の守護者達は抵抗するポケモン達、星の調査団やギルド・保安官の生き残りや住民達を暴力と恐怖で支配している...」

  カフカの言葉を聞いた私は港湾部を見渡した。よく見れば、彼方此方で似たような光景が広がっている。

  (星の停止やダンジョンの影響により恐怖が理性を壊し、暴力や性的な衝動に駆らせているのか...)

  彼方此方で見られる暴力と恐怖による支配、それは私が人間であった頃、目にした歴史の本と似ていた。

  戦争や貧困、飢饉、災害により秩序が崩壊した際に起こり得る光景。それと眼前の様子が酷似しており、この世界が無法地帯であることを私に教える。

  港湾の彼方此方で暴力と性的虐待が広げられており、海上には絶命した牡ポケモンや牝ポケモンの死体が浮いている。それらを見たカフカは歯をカチカチと鳴らしながら身体を震わせた。

  ラプラスのノアがトレジャータウンに近寄る事を嫌がる理由、それを目の当たりにした私は、横目でカフカを見た。カフカは涙目のまま私を見ると、小声で話し出した。

  「...トレジャータウンの中は、これ以上の地獄になっている...あそこは、無罪の人を裁く流刑地だよ」

  カフカの言葉を聞いた私は、岩陰から港町の先、トレジャータウンがある方角を見た。港町の建物は荒れ果てており、路肩にはボロボロになったポケモン達が転がっている。中には絶命している者もいるが、そういった者は町中を巡回する時の守護者達により運ばれ、海に投棄された。町中の物陰や建物の中からは、性的な快楽を味わう嬌声や、性的虐待を受ける悲鳴が木霊し、歪んだBGMとなっている。

  眼前の港町ですら、私にとっては地獄だ。

  だが、トレジャータウンはこれ以上の地獄であるとカフカは言う。その言葉の意味を反芻しながら、私とカフカは岩陰から移動する。

  時の守護者達、いや異常なポケモン達の目から逃れるように。

  *

  探検隊ギルドからキザキの森における救護活動を依頼されたルカリオのオズワルドとゾロアークのニコルは、患者のマリルをマフォクシーのヘレンに託すと、ギャロップの高速便で移動した。

  飛行機や車の無いこの世界での主たる移動手段は、風力を利用した帆船かポケモン自身の能力に限られる。海上の輸送ルートでは、大量の荷物や人員運搬には高価な帆船が、少量のそれらの場合は安価な水ポケモンが選ばれる。陸上の輸送ルートの場合、パワーがあり大量の荷物・人員を運べるケンタロスやトリデプスなどの大型のポケモンか、少量の荷物・人員しか運べないがスピード重視のギャロップ、ウインディなどの中型ポケモンが選択される。一部の特例では、空を飛べるポケモンに依頼することもあるが、航空路にかかる費用は些か高くなる。

  今回、探検隊ギルドからの正式依頼であるため、必要経費は青天井で請求できる。故にニコルは必要な荷物を纏めると、高速便であるギャロップ達に依頼した。

  トレジャータウンを出立して数日、途中の宿場町では快適な宿にギャロップ達と共に経費で宿泊したオズワルドとニコルは、ようやくキザキの森に到着した。通常のポケモンの脚では一週間近くかかる距離であるが、高速便のギャロップにかかれば休息の時間を含めて3日ほどで移動できた。

  ギャロップの背中から降りたオズワルドは、荷物を地面に置き、辺りの光景を見渡しながら口を開いた。

  「ここが...キザキの森...」

  もともとは時の歯車を安置する場所であり、レシラム教ゼクロム教のいずれからも、如何なるポケモンも不可侵な聖域とみなされる森である。木々が覆い茂り、日光も満足に差し込まない森は薄暗い。空気も湿り、土と草の匂いが充満するキザキの森は、何処となく神聖な雰囲気を醸し出している。

  それらを見渡していたオズワルドの後方では、ギャロップの背中から降りたニコルが彼らに料金を支払っていた。

  「行きの代金、金貨3枚よ。帰りも依頼したいから、できれば森の近くで待っていてくれますか?」

  ゾロアークのニコルはコジョンドに化けており、リーダーであるギャロップに金貨を渡した。それを受け取ったギャロップは笑みをみせると、首から下げている袋に金貨を入れた。

  「毎度あり。俺たちも森の近くで短距離の仕事を片づけるから、終わったら呼んでくれ」

  リーダーのギャロップはそう応えると、仲間のギャロップを引き連れ、森の外へと駆けていった。その後ろ姿を見送ったニコルは、即座に身にまとう幻影を変化させ、ガブリアスのゼーンに姿を変えた。

  ニコルはゼーンの姿のまま、オズワルドを見た。

  「それじゃあ...キャンプに移動しようか」

  オズワルドはニコルの言葉に頷くと、持ってきた荷物を背負い、先行する彼女の後を追った。森の奥から吹き込む風がオズワルドの顔に当たり、思わず目を細めた。だが、ニコルは風に混じり届く鉄臭さに顔をしかめると、表情を固くしたままキャンプへと歩いていく。

  歩くこと数分、鉄臭さと血生臭さが土や草の匂いに混じり、オズワルドは顔を歪めた。その臭いの原因を把握しているニコルは、厳しい表情のまま脚を動かすと、獣道を進み、開けた場所に踏み入れた。

  そこは村だったのだろう。

  近くに清水の流れる小川があり、頭上には青空が見える。遠目には畑や集落もあり、小規模だが自給自足の生活が送れる村のようだ。だが、村の中に歩き回る人影は少なく、ほとんどが藁の敷かれた地面に横たわっている。

  辺りには、横になるポケモン達から流れ出た血の筋が刻まれている。幾本もの筋が合流し、小川へと流れ込む。血の臭いを嗅ぎつけた蠅や蛆虫が横になるポケモン達の死体にまとわりつき、見る者に吐き気を与える。蛆虫が沸く傷口は、何れも鋭利な刃物により傷つけられたら物である。地震や火事などの災害による傷とは明らかに異なる傷、そしてキザキの森で発生した暴動、それらを合わせて考えれば、この村の住人であるポケモン達に何が起きたのか容易に想像できる。

  ポケモン達の死体は何れも白や黒の装飾品を身につけており、彼らがゼクロム教、レシラム教の信者であることは明白だ。

  それらを見たオズワルドは、反射的に込み上げる吐き気を抑えきれず、その場で嘔吐した。先導するニコルは泣き出しそうな表情で振り向くと、嘔吐するオズワルドを見た。

  「...もともと時の歯車はゼクロム教、レシラム教のどちらにとっても神聖な物...そしてキザキの森は聖域...この村には相反する信者達が共存している稀有な場所だ」

  ゼーン、いやニコルの言葉を聞いたオズワルドは胃の内容物を吐ききると、汚れた口元をタオルで拭った。

  「だけど...何故暴動が発生したのですか?」

  話を聞いているうちに、自然と浮かんだ疑問をオズワルドは口に出した。彼の問いにニコルは首を左右に振った。

  「今まで小さな小競り合いはあったが、ここまで激しい暴動は起きたことがない...何かがここで起きたみたいだ」

  ニコルの返事にオズワルドは頷くと、脚を動かした。やがて、オズワルドとニコルは村の一角にある集会所に到着した。

  集会所からは複数の呻き声が響いており、中は熱気と生臭さに覆われている。入り口から中を覗き見たニコルは、その光景を見て苦虫を噛み締めたような表情を浮かべる。

  室内の彼方此方に薄汚れた敷物が敷かれており、その上にはまだ息のある負傷したポケモン達が横になっている。その合間を医師や看護師が駆け抜けており、手当てに翻弄している。

  「...まるで野戦病院だな」

  その光景を見渡したニコルはそう呟き、室内に入った。彼女に続き、オズワルドも集会所に入ると、歩み寄ってくるサーナイトを見た。レシラム教徒の証である白い装飾品を身につけたサーナイトは、ニコルとオズワルドの前で立ち止まると口を開いた。

  「ヘンデルのギルドから派遣された方々ですね。私はチャームズのソフィです」

  サーナイト、ソフィの両手は負傷者の血で汚れており、彼女の顔には疲れの色が滲み出ている。チャームズといえば、リーダーのミミロップのミスト、サーナイトのソフィ、チャーレムのエレナから構成される有名な探検隊である。言い換えれば危険な場所でも活動実績のある探検隊であり、応急処置などの技能も持ち合わせている事を意味する。それ故にチャームズを始めとする有名な探検隊はキザキの森における暴動制圧や負傷者の救助に投入される。

  眼前のソフィも、負傷者の治療に当たっており、両手や身体の彼方此方に血が付いている。

  その姿を見たニコルは僅かに笑みを浮かべると、ソフィに向かって口を開いた。

  「私はゼーン、彼はオズワルド。負傷者の救護活動のために派遣されました」

  ニコルの挨拶に合わせてオズワルドも一礼すると、運んできた荷物を床に置いた。それを見たソフィも頷くと、辺りに横になる負傷者を見た。

  「ご覧の通り、キザキの森は地獄と化しました...暴動はコールマンの鎌鼬や他のチームが制圧しましたが...負傷者が多すぎます」

  「見たところ、彼らの傷口は刃物や鈍器によるもの...住民同士が殺し合ったようですね」

  ゼーンの推測にソフィは首肯した。だが、オズワルドは納得のいかない表情でソフィを見ると、疑問の声を出した。

  「...何故、暴動が起きたのですか?」

  オズワルドの問いにソフィは目を伏せると、ゆっくりと応えた。

  「...何者かが時の歯車を盗み出しました」

  ソフィの言葉を聞いたオズワルドとニコルは目を丸くした。そしてソフィの顔をまじまじと見つめると、「盗まれた?」とニコルは疑問の声を漏らした。

  「盗難直後、少しずつダンジョンの影響が発生し、キザキの森の住人の一部が凶暴化しました。その後、レシラム教徒とゼクロム教徒の住人が互いに疑心暗鬼に陥り、暴動に繋がりました」

  「それにしても...酷すぎる」

  ニコルは苦悶の表情を浮かべると、負傷者や村の様子に目を向けた。村の彼方此方に死体が転がり、中には乱暴された者やそのまま殺された者もいる。

  ニコルの視線に気がついたソフィは、悲しそうな表情のまま口を開いた。

  「暴動は鎮圧されましたが、盗賊や強盗、人買いや奴隷商人も横行していました。生き残った住人の多くが、彼らの牙に曝されています」

  奴隷、その言葉を聞いたオズワルドは泣き出しそうな表情を浮かべると、そのまま俯いた。ニコルに救い出されるまで性奴隷として売春宿で酷使されていたオズワルドにとって、キザキの森で起きた出来事は人事でない。故に奴隷商人に浚われた住人達を思い、オズワルドは目尻に涙を浮かべた。

  『単に強制的に交尾しただけでしょう?』

  ふと、オズワルドは先日救出したブラッキーに対して放った自身の言葉を思い出した。あの時ゼーン、いやニコルに諭されたが、それをオズワルドは理解できずにいた。

  しかし、眼前で起きた暴動とそれに伴う奴隷商人の存在を肌で感じ、オズワルドは改めて自身が言い放った言葉の重たさと、ブラッキーをどれだけ傷付けたかを理解できた。

  自身に置き換えることで始めて人の痛みを知ることができたオズワルドは、右手を胸に当てると、顔を歪めた。その姿を背中越しに見たニコルは、現在の状況とオズワルドの発言を考え、彼の心中を理解した。

  少しずつであるが、自身の振る舞いと人を思いやる気持ちを理解しつつあるオズワルドに対して、ニコルは閉口したまま敬服した。

  「...浚われた住人達の保護は?」

  重たげな口調でニコルは尋ねる。彼女の質問にソフィは外に目を向けると、ゆっくりと話し出した。

  「鎌鼬を中心とした凄腕のチームが捜索に向かっていますが、時間も経過しているので、どれほどの住人を保護できるか...」

  ソフィの返事を聞いたニコルとオズワルドは悲しげな表情を浮かべた。しかし、今の彼らに浚われた住人達を案ずる余裕はない。彼らの眼前には、暴徒により蹂躙された負傷者が数え切れない程いる。

  それを理解しているオズワルドは、浚われた住人達を救いたい衝動に駆られつつも、彼らをコールマンやソル、グリムの鎌鼬を始めとするチームに託した。

  その気持ちはニコルも同様であり、荷物を近くに置き、ニコルはソフィを見た。

  「それで、私達はどう動けば?」

  ニコルの質問にソフィは疲れた表情のまま溜め息をこぼすと、集会所内部を見渡し、口を開いた。

  「...医薬品や必要な物資は不足し、重体患者が全員死亡、今いる患者もこのままでは...」

  「トリアージをしていないのか?」

  ニコルの問いにオズワルドとソフィは不思議そうに小首を傾げた。彼らの反応を見たニコルは苦々しい表情のまま、「気にしないでくれ...」と呟くと、ソフィの案内に従い集会所内を歩いた。

  その後ろ姿を見たオズワルドは、自身とニコルの荷物を集会所内にある休憩所へと運んだ。

  ふと、オズワルドは足を止めた。

  彼の視界には全身を鉈で切り裂かれたイーブイとブースターの親子が映り込む。我が子を護るため、母親は身体を張ったが、その子供は暴徒の振り下ろす鉈により、絶命している。その事に気がついているのか不明だが、ブースターは涙を流しながら子守唄を歌い続けている。

  オズワルドの視界が揺らぐ。そして、先日コールマンと話した際と同じく、脳裏に何かの映像が過ぎる。

  荒れ果てた街並み。

  崖の上に晒された首吊り死体。

  ベッドにうつ伏せにさせられ、背中に文字を刻まれる者。

  響き渡る苦悶の声、カフカという名前のキモリがオズワルドを見て声を荒げている。

  カフカとピンク色のセレビィ、エミルを包囲し、少しずつ距離を詰める時の守護者達。

  「...?」

  時の守護者、エミル、カフカ。

  記憶の無いオズワルドの脳裏に刻まれた、だが知っている名称。それを意識した瞬間、オズワルドは激しい頭痛を覚える。

  再度、吐き気がこみ上げるが、彼はそれをすんでのところで抑えた。此処は負傷者の集まる集会所、野戦病院だ。このような場所で嘔吐してしまうと、周りのポケモン達に誤解させてしまう。

  オズワルドは吐き気を抑えると、それを腹の底に閉じ込め、小さな声で呟いた。

  「...ここは地獄、か?」

  オズワルドはぽつりと呟いた。

  *

  「...ここは地獄、か?」

  周囲の光景を見渡したリオルである私、グレーゴルは呟いた。

  港湾部からトレジャータウンへ繋がる道を私とキモリ、カフカはおっかなびっくり歩いており、時折近づく時の守護者達の気配に身を小さくした。港湾部には暴力と性的虐待による地獄が展開していた。だが、カフカはトレジャータウンの方がまだ地獄であると言った。

  その言葉が意味する事、それを理解している私は近くを通ったヨノワールから見つからぬように身を小さくすると、私とカフカが地獄に墜ちぬように細心の注意を払った。

  通常の歩行ペースなら10分程で移動できる道のりを、私とカフカはその数倍の時間をかけて慎重に移動する。途中の雑木林からは乱暴される牝ポケモンの悲鳴が聞こえ、近くには惨殺された牡ポケモンの死体が転がっている。

  港湾での光景、そして雑木林の様子をみた私は、思わず先の言葉を口にした。それに賛同するようにカフカは頷くと、雑木林の先にある街を指差した。

  「あそこがトレジャータウンだ。もっとも...今は時の守護者達が占領しているけどね」

  カフカの言葉を聞いた私は、足音を極力殺しながら去りゆくヨノワールと反対方向に進む。トレジャータウンに続く交差点には、地下のカフェの廃墟に繋がる階段と、崖の上に建てられたギルド跡に繋がる階段がある。それらの傍には時の守護者達が立っており、不審者の警戒や脱走者の見張りに勤めている。

  「...保安官事務所は何処にある?」

  私の質問にカフカは木陰から交差点を見ると、その先を指差した。

  「交差点を直進した先に、銀行跡がある。その隣にトレジャータウンの保安官事務所があるぞ」

  カフカの返事に私は頷くと、改めて交差点に目を向けた。交差点にはイワーク、ヤミラミ、リーフィアなどのポケモン達がおり、目を光らせている。

  「交差点はトレジャータウンに繋がる唯一の道だ...見張りも多いぞ」

  私は心配そうに呟くカフカの口を塞ぐと、木陰から遠くを見た。トレジャータウンの方角から複数の人影が接近してきており、それらが直に交差点に到達することは明白だ。

  それを見た私はカフカに身を屈めるように合図を送る。

  トレジャータウンから歩いてきたのは拘束されたルチャブルだ。ルチャブルの周囲には鋭い爪と目を光らせているヤミラミ達が歩いており、ルチャブルを拘束する鎖を引きずっていた。

  本来、格闘タイプのルチャブルは筋肉質な体躯であるはずだ。しかし、私とカフカの視界に映るルチャブルはやせ細り、ふらつく足取りで引きずられている。途中、ルチャブルは躓いてしまうが、ヤミラミは苛立ち混じりに舌打ちすると、腕力に物を言わせた。

  交差点にルチャブルの悲鳴と咳き込む音が微かに響く。

  弱々しい声からも、ルチャブルが激しく衰弱しているのは明らかだ。その姿を見たカフカは、目尻に涙を浮かべると身を小さくして、木陰で震えている。

  (ルチャブルの末路を...知っているのか)

  カフカはルチャブルがどのような目に合うのか理解している。現状でルチャブルを救出できるのはカフカとグレーゴルだけであることも理解している。

  それでも、私とカフカは動けずにいる。

  理由は明白だ。

  時の守護者達に敵わないからだ。例え木陰から飛び出し、ルチャブルを救うために時の守護者達に襲いかかっても、彼らを制圧できるはずもない。そればかりか、守護者達が仲間を呼び寄せ、私とカフカまでもが捕まる恐れがある。

  カフカは震える眼差しでルチャブルを見つめ、私は至極冷静な態度を保ちつつ、連行される姿を見た。

  やがて、ヤミラミ達に連行されるルチャブルはギルド跡に続く階段を昇っていく。階段の途中には見張りの時の守護者達もいる。

  ふと、私の視界に階段脇にある岸壁が映り込む。

  それは細い登り道であり、小柄な私とカフカなら通れるかもしれない。守護者達も知らない道、その先は階段上に繋がっている。

  私はカフカの肩を叩くと、登り道を指差した。カフカは道に気がつくと、私の意図も理解し、足音を殺して歩き出す。私もカフカに続くと、登り道を通り、階段上に移動した。

  階段の上、そこにはプクリンを模した建物がある。それは高名な探検家、ヘンデルの纏めるギルドの証である。かつてはヘンデルや相方のノイズ、そして弟子のポケモン達で賑わっていたギルドであるが、今や幾つもの血痕が広がる血生臭さ場所となっている。

  プクリンの形の建物も血で塗れており、かつては訪問者の足跡判別に用いられていた縦穴には幾つもの死体が放り込まれている。

  縦穴の周囲には複数のベッドが置かれている。ベッドは簡素な作りであり、クッションやシーツの類は一切ない。代わりに、寝かされる者を拘束するための革紐が設置されている。

  複数のベッド、その上には先ほど連行されていたルチャブルやフライゴン、アブソル、オーダイルなどのポケモン達がうつ伏せで寝かされている。各ベッドの脇には時の守護者達が控えており、うつ伏せで寝かされているポケモン達の口に薄汚れた綿を押し込んでいる。

  見るからに吐き気を催す綿を口に詰められ、何体かのポケモンが吐き出そうとした。だが、守護者達はそれを赦さず、強引に綿を口に押し込み続けた。

  綿の匂いと味に耐えきれなくなったアブソルが、守護者の指を押し返す勢いで吐き出した。

  「おえ...」

  アブソルの唾液と綿により指を汚された守護者は、それをまじまじと見つめると地面に落ちた綿を手に取り、再度アブソルの口に押し込んだ。

  「咥えろ」

  声から察するに、まだ年若いポケモンであるが、その姿は全身を覆う外套ではっきりと見えない。

  岸壁の物陰から私とカフカはベッドに拘束されたアブソル、そして脇にいる外套を纏う守護者を見た。口に綿を押し込まれたアブソルは、鼻孔から液を垂らすが、外套を纏う守護者は歯牙にもかけない。

  「...あのベッドは何だ?」

  その光景を見た私は、隣で隠れているカフカに尋ねた。カフカは歯をカチカチと鳴らすと、唾を飲み込み、口を開いた。

  「罪人の身体に罪状を刻む処刑台だ...俺の両親もあれに載せられ...」

  小声でカフカは呟き、目尻に涙を浮かべた。

  (しまった...)

  私の視界にあるベッドは、カフカにとってのトラウマである。知らなかったとはいえ、私はカフカにトラウマを説明させていた。

  私は無意識に苦い表情を浮かべ、それを誤魔化すようにベッドに目を向けた。

  ベッドに拘束されたポケモン達は、誰もが苦しそうな声を漏らす。その声を聞いた守護者達は、少しずつ開かれるギルドの入り口を見て後ずさった。

  ギルド跡の入り口が開き、黒いコートを身に纏い、黒い制帽を被ったバクフーンが現れた。軍人のような出で立ちのバクフーンは、柔和な笑みのまま周囲を見渡すと、ゆっくりと歩き出した。ベッド脇にいる守護者達は、揃って姿勢を正し、バクフーンに対して最敬礼する。

  唯一、先ほどの若いポケモンのみ最初と変わらぬ態度であるが。

  バクフーンは優しげな笑みのまま歩き続けると、各ベッドに拘束されているポケモン達を見下ろした。一見すると優男なバクフーンだが、周囲の守護者達の態度から高位なポケモンであることが伺える。

  「準備はできていますか?」

  優しげな口調であるが、バクフーンの纏う雰囲気が言葉に表せられないプレッシャーを放っている。現に質問された守護者は震えながら頷くと、僅かに後ずさった。

  バクフーンは守護者、そしてベッドに拘束されるポケモン達に目を向けた。

  その姿を見た私は、トラウマに震えるカフカに尋ねた。

  「あのバクフーンは何者だ?」

  本来ならば、彼に問うべき質問ではない。しかし、カフカ以外にバクフーンの正体を知る者がいないため、致し方ない事である。

  カフカは涙目のまま盗み見ると、口を開いた。

  「アイツは闇のディアルガの腹心...時の守護者達の指揮官だ」

  「...あの優男が?」

  私の言葉にカフカは頷く。

  「一見すると優しげだが、中身は悪魔のような男だ。女子供も容赦なくベッドに寝かさせ、処刑する...」

  カフカの説明を聞いた私は、再度バクフーンを覗き見る。バクフーンはベッドの合間を歩くと、時折ベッドの上に固定されている機械に手を伸ばし、整備していた。

  「このパーツ...傷んでいますね。そろそろ換え時ですね」

  「はい、将校様」

  バクフーン、いや将校は丁寧な口調で外套で身を包む若いポケモンに言った。若いポケモンは将校の言葉に素直に頷くと、ベッドの上に固定されている機械を見た。

  機械の中には数多くの歯車が設置されており、機械の下部からは鋭い針が飛び出している。それは農耕機具よりも鋭く、幾本も並んでいる。まるで馬鍬のような装置の真下には、うつ伏せで拘束されているポケモン達がいる。無防備にさらけ出された背中に向かって、馬鍬の針が光っている。

  将校は全てのベッドを見て回ると、やがてそれらを見渡せる位置に立った。そして満足そうな笑みを浮かべると、ベッドに拘束されているルチャブルを見た。ルチャブルの目には恐怖の色が滲み出ており、それを見た将校は笑みのまま歩み寄る。

  そして、口に綿を押し込まれたルチャブルを見下ろすと、口を開いた。

  「皆さん、それぞれが犯した罪をその身体に刻み込まれる事により、贖罪してくだい」

  将校は丁寧な口調で語るが、意味することは残酷だ。現にルチャブルは恐怖の眼差しのまま将校を見上げると、大きな声を発した。

  「ふざけるな!俺たちが何の罪を犯したというのだ!」

  ルチャブルの抗議の声、それを聞いた将校はクスクスと愉快そうに笑うと、彼を見た。

  「教えてもよろしいですか、意味はないでしょう。なにしろ自分の身体で思い知る訳ですから」

  将校は心底楽しそうな口調で語る。そして、ひとしきり笑うと、ルチャブル達を見て「まぁ、良いでしょう」口を開いた。

  「皆さんはディアルガ様を敬う義務があります。これは決して難しい義務ではありませんし、どうしても必要な義務です」

  将校はルチャブル達に対して丁寧な口調で説明する。その言葉を聞いたルチャブルや他のポケモン達は唖然とした表情で話を聞いている。

  「判決には、いつでも疑いの余地がないです。そして皆さんは有罪となった」

  「...ふざけるな!!」

  将校の話を聞いていたルチャブルは再度大きな声をあげた。それを聞いた若いポケモンはルチャブルの後頭部を掴むと、躊躇なくベッドに叩きつけた。

  辺りに鈍い音が広がり、ルチャブルの口から血の混じった唾液がこぼれた。若いポケモンは苦悶の声をあげるルチャブルを一瞥すると、続けて顔面をベッドに叩きつけようとした。

  「およしなさい」

  若いポケモンに将校は優しさ声で語りかける。その一言に若いポケモンはルチャブルの後頭部から手を離すと、ベッドから遠ざかった。その姿を見た将校は、笑みのまま若いポケモンの肩を外套越しに撫でた。

  「無闇な暴力はいけません。彼らの罪はディアルガ様を敬わないこと...『汝の神をうやまえ』と刻み込まれる事が彼らの贖罪となります」

  将校は優しげな声で語ると、続けて「時間です」と言った。その一言を合図に守護者達はそれぞれのベッドに取り付けられているハンドルを動かした。

  辺りに機械仕掛けの絡繰りが動き出す音が微かに響く。

  直後、馬鍬の付いた装置がカタカタと動き出し、内蔵された歯車により馬鍬の針の位置が調整される。

  次の瞬間、装置の馬鍬が上下に動き出し、うつ伏せのまま拘束されているポケモン達の背中に突き刺さった。

  私とカフカは思わず目を閉じ、顔を背けた。

  周囲に悲鳴が響くが、口に詰め込まれた綿によりくぐもった声にしかならなかった。しかし、針は容赦なく突き刺さり、肉を切り裂く音を立てる。傷口からは鮮血が溢れるが、針に並列して設けられたら穴から水が流れ落ち、血を洗い流す。背中に広がる激痛に、ルチャブルやアブソル、他のポケモン達は悲鳴をあげるが、口に詰め込まれた綿がそれを許さない。

  少しずつ、時間をかけて背中に刻み込まれる罪の文字、その痛みにポケモン達は悲鳴をあげる。その姿を見た将校は、微かに笑みを浮かべたまま、口から息を吐いた。

  まるで長い間、愛焦がれた想い人と再開したような表情を浮かべる将校、その顔を見た私は激しい嫌悪感を抱いてしまう。それはカフカも同様であり、両親の仇である将校を震える目で睨みつける。

  「...狂っている」

  その光景を見た私は無意識に呟いた。

  やがて、背中に罪状を刻み込まれたアブソルは、激痛と恐怖による涙と鼻水で顔を汚すと、込み上げる吐き気を抑えきれず、再度綿を吐き出した。

  物陰に隠れる私とアブソルの目が合った。

  「だず...げで...」

  アブソルは私とカフカに向かって言った。次の瞬間、将校と若いポケモンは、私とカフカのいる方向に揃って顔を向けた。

  将校が物陰に潜む私とカフカを見て、微かに微笑んだ。